覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

関羽 モンスターと対峙す

 思わず曹丕は体を震わせた。
 目の前にいる妖怪から発される濃密な殺気。
 それは、才はあれど、まだ達人の領域に達していない曹丕にすら、感じられるほど危ういものであった。

 こやつらに人の言は通じぬ。
 一方、関羽はオークという生き物を瞬時に計り終えていた。
 人と似かよっていながら、人を襲うもの。
 巨漢の体にそれを支える巨大な筋肉。人間の形をしていながら、その動作は野生の動物に近いものがある。
 こやつらに武という概念は存在していない。
 しからば、来る。野生の如く。
 関羽の予想通りにオークは飛びかかってきた。
 ただ、拳を強く握り、左右から振り回して襲いかかってくる。
 その拳擊を紙一重で避け、がら空きになった腹部へ関羽は青龍偃月刀を突き立てた。
 全ての攻防が関羽の予想通りだった。ただ、関羽に読み違いがあるとしたら、オークが持つ桁外れの生命力であった。
 なんと、腹部を貫かれたオークは、関羽が握る青龍偃月刀が突き刺さったまま、拳を振う事をやめず、前へ前へと前進し始めたのだ。
 そして、残り2体のオークも関羽を取り囲むように迫ってくる。
 唯一の武器である青龍偃月刀はオークの腹部に深く突き刺さったままであり、簡単には抜けない。
 これは、武に計れぬものを計ろうと報いか。
 この関羽、人を越え、最後は人ならず者に討ち取られる定めか。
 そう覚悟すら決めかけた時、曹丕の声が聞こえた。

 「関羽 これを使え」

 曹丕が手にした宝剣をこちらに向かい投擲したのだ。
 その宝剣は関羽に向かって投げられたものではなく、オークの頭部を狙ったようだ。
 まるで吸い込まれていくかのように真っ直ぐ、オークの頭部へ突き刺さっていく。
 それに向かい関羽は跳び上がり、宝剣を手にする。
 そのまま、刺さった宝剣を抜く事はせず、刺さったまま上へ切り上げた。
 オークの雄叫びが響く。
 だが、関羽は攻撃の手を緩めない。
 宝剣を切り上げた事で、宝剣を振りかぶる形へ構えを直す。
 そのまま、裂帛の気合と共にオークの頭部に目掛けて宝剣を叩きつけた。
 確かな手応えと共にオークが前のめりに倒れた。
 しかし、安堵する間もなく、残り2体のオークが左右から襲ってくる。
 まず関羽は左のオークに対して、手にした宝剣を投擲。
 狙い通り、オークの片目に突き刺さり、オークは大きく仰け反った。
 そして、右側から襲い来るオークと1対1の状態へ。
 襲い来るオークに対して、関羽は無手。
 だが、すぐそばには1体目のオークの亡骸がある。
 オークの亡骸は、最後に前のめりに倒れた事で、関羽の青龍偃月刀がめり込み、背中から大きく抜け出ている。
 片手で青龍偃月刀を引き抜くと、そのまま片手突き。迫り来るオークの胸部を激しく貫いた。
 やはり、1体目と同様にオークの動きは止まらない。通常の生物なら致命傷を受けながらも動き続ける。
 次に関羽が行った攻撃は意外なものであった。
 青龍偃月刀を手放し、飛び上がったのだ。そして拳を振り上げる。
 あの化け物を殴り倒すつもりか?
 そう曹丕は考えたが、すぐに違うと気づいた。
 なぜ、先ほどの関羽は青龍偃月刀を片手で操ったのか?
 それは、いつの間にやら、もう一方の片手に拳状の石を隠し持っていたのだ。
 関羽は、岩を掴んだまま、その拳をオークの口内へ叩きつけた。
 折れた牙が舞い上がる。関羽の拳はオークの喉元、深々まで潜り込んだ。
 そのまま、オークは後方へ倒れ、二度と動くことはなかった。
 残りは顔を傷つけられ、慄いているオークが1体のみ。
 未知なる生物との戦闘を学んだ関羽に1体の獣が勝てるはずもなく・・・・・・


 
 再び山を駆け下る曹丕と関羽。
 時間が経ち、落ち着きを取り戻したのか、曹丕は疑問を口にした。

 「しかし、あれはどういう生物だったのだろうか?」

 その質問に対して関羽も答えを知るはずもなく、暫く「むむむ」と首を捻る。
 そして、何か思い当たる節があるらしく、口を開く。

 「そう言えば、聞いたことがあります。遠く南蛮の地にあのように怪物じみた王がいるとか」
 「なんと、あのような者を王として祭っている地があるというのか!」

 それは、曹丕の知識にないものであり、覇王の後継者たる曹丕に取って聞き捨てならないものであった。

 「私も噂として切り捨てておりましたが、なんでも身の丈12尺」
 「待て待て!12尺だと!?」

 曹丕が驚くのは無理もない。
 尺という単位は時代によって変化しているものではある。
 ものではあるが、12尺を現在の大きさに直すと、約288cmになるのだ。

 「その王は、なんでも体が蛇のように鱗で覆われており、油で染み込ませた蔓を編んで鎧にしており、剣も槍も通らないとか」
 「なんと、無茶苦茶な。そのような剛の者がいるとは思っても見なかったぞ。つまり、先ほどの連中はその親族か何かであったのか」
 「おそらくは、その通りでありましょう」

 「なぁ関羽よ。やはり中華の大地は広いものよな」
 そう言う曹丕の表情には喜びが浮かんでおり、曹操と重なって見えていた。
 暫く山を下ると、煙が上がっているの見えてきた。
 戦の煙ではない。人が生活のさいに使われる煙だ。 
 それを確認した二人は足を早め、麓まで転がるように降りて行ったのであった。
 

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