覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

曹丕、童を抱えて飛ぶ

 (子供?)(飛び出し?なんで?)(手綱を)

 「ダメっ」と反射的にわたしの口から短い悲鳴が漏れます。
 すぐに馬車を止めよう手綱を引こうとします。しかし、すぐには体が動いてくれません。
 あまりにも突然な事に、手綱を引く手が遅れてしまったのです。
 手遅れ。
 その言葉だけが頭を埋め尽くしてしまいます。
 手綱によって首を引かれた馬は大きく仰け反り、後ろ足2本で体を支え、前足を空中にバタつかせて止まりました。
 馬の鳴き声が周囲に轟き、やがて、人のざわめきが聞こえてきます。
 でも、わたしは瞳を強く閉じて、見ることができませんでした。
 でも―――

 「お見事」

 背後から低い声。
 わたしは思わず、両目を開き後ろを向きました。
 後ろには関羽さんがいました。関羽さんの視線に釣られ、前方に目をやります。
 「え?」
 わたしが目を閉じていた間に何が起きていたのでしょうか?
 結論から言いますと子供は無事でした。
 曹丕さんが子供を抱きかかえて、立っていたのです。
 でも―――
 そんなはずないのです。
 なぜなら、さっきまで曹丕さんは、わたしの横に座ってたはずなのですから・・・・・・

 わたしには、うまく想像できません。その瞬間、なにがどうなったのか?
 おそらく、おそらくですよ?
 わたしが飛び出した来た子供に気がつくよりも早く、曹丕さんは走る馬車よりも速く、前へ飛び込み、子供を抱きかかえ、自身に向かってくる馬車よりも速く、前に飛び出した。
 結果だけで考えてみるとそういう事なのでしょう。
 なのですが・・・・・・。
 可能ですか?それ?
 馬は人間よりも速い生物です。
 品種改良を行っていない野生の馬ならば、人間の全力疾走よりも走るのが遅い種類の馬はいるそうです。
 けれども、この馬は《渡人》を都までお送りするための馬です。
 このお役目のためだけに国から預かり、村全体で育成した名馬なのです。
 確かに村の中では速度を抑えて走らせていました。
 けれども・・・・・・。それでも・・・・・・。

 「それで君は、なんで飛び出してきたの?」

 さっきまで混乱していたわたしは曹丕さんの声で、正気に戻ります。
 いくらぶつからなかったとはいえ、子供を轢きかけてしまったのです。
 その事実から目をそらして、わたしは何を考えてているのでしょうか。
 わたしは慌てて、馬車から降り、子供と曹丕さんの元へ走ります。

 「大丈夫ですか?怪我は?とにかく、ごめんなさい」

 叫ぶように謝罪する。わたしにはそれ以外の方法はありません。
 でも―――
 子供は何もしゃべしません。
 しかし、目には強い意志が宿ってみえます。

 『それで君は、なんで飛び出してきたの?』

 曹丕さんの言葉が思い出されます。曹丕さんは気がついていたのです。
 この子供は自分の意思で馬車を止めようと飛び込んできたのだと・・・・・・。

 「おにいちゃん、おねえちゃん・・・・・・。この村を救ってくれませんか?」

 子供は、わたし達に訴えかけるような声を出しました。
 か細く、いつ途絶えるか知れない声。
 先ほど、強い意志が宿っていたはずの子供の瞳から大粒の涙が零れ落ちています。
  

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