覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

「ようこそ 神の世界へ」

 ん?なんであるか?自分の胸元に棒が存在していた。
 関羽は、その棒に違和感を覚えた。
 一体、いつの間に棒が現れたのか?皆目見当がつかない。
 ……いや、どうもこれは棒ではないようだ。……これは腕だ。
 誰の腕か?その腕は細い。武人の手ではない。だとすれば……曹丕殿の腕だ。
 (はて?なぜ、曹丕殿の腕は私の前にあるのか?)
 そこで初めて、自分が立ち上がっている事に気がついた。
 頭より早く、体が動いたのだ。それを曹丕が止めていた。
 もしも、曹丕の制止がなければ、自分は目の前の男、ユダの胸ぐらを掴んで殴り倒していた……かもしれない。
 ユダは言った。この世界から、元の世界に戻る方法はない……と。
 その言葉で自制心が崩れたのだ。
 しかし、関羽は冷静であった。冷静ではあるが、まるで体から魂が離れたような感覚。
 まるで他人事のように、自身の体の動きに気がつかなかった。

 関羽は、慌てて曹丕の様子を窺う。
 曹丕とて、元いた世界に帰りたいはずである。
 その気持ちは、自分と同等か、それ以上のもの。
 自分を戒めるほどの冷静さはあるようだが……
 曹丕の顔を見て、関羽は体温が上がるような感覚に見舞われる。
 曹丕の感情が読めない―——否。
 感情という概念が抜け落ちたかの如く表情。それは、神仏の彫刻が見せれ表情に近い。

 「ようこそ。神の世界へ」

 不意打ちのように放たれたユダの言葉が空間を侵食していく。
 「今、なんともうしたか?」
 関羽は自分の声が震えている事に気がついている。しかし、それを止める術を持ち合わせていなかった。
 「本当は勘づいていたのでしょ?」と言って薄ら笑いを浮かべるユダ。関羽は嫌悪感を覚える。
 「この世界は完成している。もう発展の余地がないほどに完成している。しかし、人間の業と言うものは深く、底が知れない。もう、英知を極めてしまった人類は、外部に発展を求めた。自分たちとは異なる精神と価値観を持つ過去の偉人を呼び、技術を渡す。だから彼等は私たちをこう呼ぶのです。

 《渡人》

 ……とね」
  
 「そんな事のために……人をこの地に閉じ込めるというのか……」
 「先ほど、申した通り、歴史とは一つの巨大な綱のようなもの。貴方たちが消えても、貴方たちの歴史が変化しても、巨大な歴史の綱には影響がありません。なぜなら、貴方たちの歴史は、こちら側の世界では終わったものなのです」
 「そんな事をきいているのではない!」

 関羽は、今度こそ、自らの意志に沿ってユダを殴ろと一歩前に踏み出す。
 だが———それに合わせて曹丕の腕から力が増していく。
 振り払うのは簡単だが―——曹丕から、何かを感じる。その目に燈る意志の強さを―——
 何が彼をそうさせているのだろうか?その真意は?
 関羽は、椅子に座った。
 どうやら、自分には曹丕の心中がわからない。それにユダという男の心中もわからない。
 しかし、曹丕が何か考えているという事はわかる。
 そう、何かがあるのだ。おそらく、自分では理解できない何かが……

 

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