覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

そして月日は流れて——

 
 ―——そして、時は流れ―—— 

 再び関羽が眠る小屋へと戻る。

 関羽は意識を抛り出し、睡眠によって疲れを癒す。
 だが、意識の手綱を掴み直し、まどろみの一時から覚醒する。
 何者かの気配を感じる。場所は外、されど近い。
 猫やカラスと言った獣ではない。人の気配。
 心当たりは―——ある。
 むしろ、有り過ぎると言っても過言ではなかった。
 コロッセオで戦う権利を得るまで無茶な戦い方をした。
 戦いを見て、仕官を申し出た貴族を何人も蔑ろにしてきた。
 どうやら、自分が思っている以上に恨みは持たれているようだ。
 道端で急に襲われる事も増えてきた。しかし、そういう輩とは違うようだ。
 殺気が感じられない。ならば、ただのコソ泥か?
 自身の下に引かれた革袋の数々。中身は金貨だ。
 目立たせぬ振る舞いを行っていたが、溜め込んでいる事を目星をつけた者でも現れたか。
 関羽はベットの下へ手を伸ばす。隠されているのは青龍偃月刀。
 しかし、体を動かすにも困難な室内で使用する武器ではない。
 ならばと、革袋の山へ手を入れる。
 下に隠されたのは、金貨よりも価値があると関羽が思っているもの。
 それは曹丕より託された宝剣だった。
 小柄な曹丕の体に合わせて作られた宝剣は、通常の剣より小さく、小回りが利く。
 少なくとも青龍偃月刀よりは室内向けの武器だ。
 何者かが、静かに扉を開ける。周囲を警戒しながら、ゆっくりと小屋へ体を―——
 そのタイミング。
 侵入者が体を室内へ入れたタイミングだ。
 関羽の巨大な足から繰り出された前蹴りが侵入者の体を捉えた。
 まるで爆発で吹き飛ばされるが如く、侵入者は室内から外へ弾かれた。
 「やれやれ、これでは青龍偃月刀でも変わりはなかったか」
 おそらくは昏睡しているであろう侵入者を捕まえようと関羽も追って外へ出る。
 しかし、関羽の予想を裏切り、侵入者は立ち上がっていた。
 夜空の月明かり―——
 (あの巨大な星が月であるかは不明だが)
 夜空に輝く星々の光に照らされ、侵入者の姿が明らかになる。
 闇夜に紛れるためか、黒いマントで身を包んでいる。
 マントについてるフードによって顔は見えない。
 明らかな不審者である。例え、正常な判断を失って迷い込んだ酔っ払いであっても、叩き出されても文句を言えまい。
 だが、酔っ払いではない。証拠に不審者はこちらに対して無手ながらも戦いの構えを向けている。
 「ほう」と関羽は唸る。蹴りから伝わった感覚でいえば、確かに腹筋を貫いている。
 多少、鍛えている程度の人間ならば、立ち上がる事すら困難なはずだが……
 「何者であるか?」
 関羽の問に侵入者は答えない。
 (ならば、捕えた後からでも、じっくりと聞いてみよう)
 関羽は前に出る。無傷で捕えるつもりではあるが、剣は持ったまま。
 相手は無手であるが、腰の位置にズレが見える。おそらく、短刀やナイフといった武器を腰に下げている。いつ、それが、刃を抜くか分からない。
 だが———

 「…ま、待たれよ……私だ。は、腹を叩かれ声が……でぬ…」
 関羽は動きを止めた。その声には聞き覚えがあった。
 関羽にとって、この世界で聞き覚えがある声は数少ない。
 侵入者は顔を上げ、フードを外す。
 関羽は「あっ」と声を上げた。
 その人物は曹丕であったのだ。 

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