クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零14-3・異端]

0Σ14-3


「仮想世界上に構築されたNPC達はそのリアルな挙動を再現する為に疑似的な人格を与えられていると言ったが、疑似人格を持つNPCと実際のプレイヤー達の挙動の差異、数十億人分の疑似人格のシミュレーション、それらのデータの集積は疑似人格の精度を飛躍的に高めた」

 話が繋がってきた。彼女の傍らにいるロトの意味が分かってきた。私は辿り着いた仮定を口にする。

「高度に形成された疑似人格を転用しようとした……?」
「その通りだよ。先天的前頭前皮質高度欠損障害、通称LP症と呼ばれる前頭葉障害が当時確認され始めていた。意志の欠如が起こるそれは、疑似人格の研究が進めば対処できるのではないかと当時LP症の研究を続けていた集団は思った」

 世界を丸ごと造り上げたシミュレーターは、クラウンクレイドというゾンビゲームに姿を変え、魔法を目指していた者達の計画の名残を受けてその世界には魔女が登場した。そしてそれと同時に、LP症の為に人格の解明と再現を目指すプロジェクトも重なった。ゲーム内のNPCは高度な演算能力とデータの蓄積による、本物の人間と変わらぬ程の人格を獲得するに至った。

「だが問題が二つ起きたのだよ」
「問題?」
「疑似人格の生成は非常に精巧なヒトもどき造り上げたが、完璧とまではいかなかったのだよ。NPC達はその性格か環境によって行動の方向性を決定したが、その目的は絶えず『最善』の模索だった」
「最善の模索?」
「彼らの行動決定、意志、欲求。性格や思考による行動の揺らぎは人間らしさを装う事は出来たが、結局意志の根底には『最善』の模索があった」
「それが何の問題が」
「そもそも私達の人間性とは何だ、という問いだよ」

 かつて、同じような事を彼女と語ったのを思い出す。
 意志がない、というLP症の意味が分かってきた気がする。前頭葉が過剰に特定の場合に働き過ぎている、と言う事ではないのだろうか。本能を超越して最善の模索を続ける事、絶えず正解を躊躇いなく選んでしまう事、それを私達は「意志」とは呼ばない。

「理性と本能の揺らぎ……」
「その理性と本能の揺らぎは数値化するのが難しかった故に、彼等の定義した理性のプラグラムによってより良く、より正しく、最大公約の利益が出る結果を求めてしまうのだよ。だが一人だけバグが起きた」
「バグ?」
「クラウンクレイドというゲームを、問題なくゲームとして成り立たせるために、NPCには幾つかの要素が存在した。その一つにシンギュラリティとして設定されたNPCはプレイヤーキャラに対して、簡単に言えば好意的になるように調整されていた。強制するものではないが、他のNPCに対してよりも好感を抱くようになっている。
これはシンギュラリティという強力なNPCがプレイヤー側の交渉に一切関心を持たなかった場合に、仲間に出来ないどころか強力な力を無差別に振るう可能性がある。魔法というチート能力を持っているのに、それが自分本位に行動してプレイヤーを攻撃なんてしたらゲームとして問題だろう?」
「だから行動決定の要素に細工をした。ゲームとして成り立たせるために」
「シンギュラリティであるNPCは他のキャラクターに対してよりも、少しだけプレイヤーキャラクターに対して好意的になるように設定されていた。だから交渉なり会話なりで、仲間に引き込みやすくなっている。だが、一人のシンギュラリティはその機能が何故か働いていなかった」

 仮想世界の中のキャラクターは従来のゲームの様に特定の行動がプログラミングされているわけではなく、疑似人格を与えられそれぞれが状況やその人格要素を加味した演算を行い行動を決定する。それは本当の人間になることは出来なかったものの、非常に高いリアリティを生みだした。
 だが、特殊な能力を持ったシンギュラリティと呼ばれるキャラクターにおいてのみ別の要素も加えられていた。
 ゲームをゲームとして成り立たせる為に、演算の方向性に作用する要素。
 プレイヤーキャラクターを好意的に感じる、他のNPCよりもプレイヤーキャラクターへの優先度が上がる。言うなれば遺伝子レベルで本能に細工をされていた。無意識の内に行動を左右する要素が埋め込まれていたということだ。

 バグ、と評されたのもあながち間違いではない。ゲームとして成り立たせる為の、クラウンクレイドが科した軛をその一人の人物は抜け出していたのだから。
 ようやっと。この場にいる存在達が、それだけの意味を持っていたのだと気が付く。知らぬところで事態は動いていたにも関わらず、その実は私は誰よりも中心地にいた。

 クラウンクレイドというゲームは、プレイヤーとNPCの見分けを付けるのが非常に難しい程に仮想世界が作り込まれていた。魔女であること以外に、その人物をNPCであると判断する事は難しい。その逆も然りで。
 だが、私がその世界で見てきたものには奇妙な綻びが確かに存在した。知り得ない情報を握った者、特異点の言葉を告げた者、今までの人物とはまるで人が変わってしまったかのような者。
 そして何よりも。
 その者達は「適合者」の名を冠して、私の前に立ち塞がった。故に彼らは仮想世界の住人ではなく、この世界の住人。シンギュラリティの根底に左右する筈の存在。

 私はその者達と袂を分かつ事を選んだ。

「クラウンクレイドというゲームにおけるバグ、従う筈の軛に背いた一人の魔女。それが私と言う事ですか」

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