クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零14-1・裏切]

【零和 拾四章・シンギュラリティエリミネーター】

0Σ14-1

 私はこの世界についての多くを知らない。見てきたのは足元に広がる地獄と、それから逃れる為に人々が造った聖域と。
 空を目指して建てた塔は遠く高く、例え仮初であっても、足元に地獄が広がっているのも忘れるくらいに幸福の満ちた世界だった。
 それを箱庭と称した彼女は私に語った。

 この世界は歪で完全な世界であると。
 その真意の全てを察する事は出来ないけれども、何を語ろうとしているかは分かった。
 確かに安全で幸福な世界を人々は造り上げた。世界が地獄に変わるその手前でようやっと、人々を救う為の祈りは実を結んだ。緩やかな変化では救えないものが幾つもあったから、世界は急激に形を変えて歪ながら完全を目指した。

 一度は世界は救われて、けれども簡単に崩れていって、そしてその事を誰もが忘れてしまって。そして足元には地獄が広がり続けている。
 それを救える筈もなく、世界はそうやって歪で完全なものになって、終わっていく。
 それを彼女は恨んだ。この世界を創ってしまった者達を。人間らしさとでも呼ぶべきであろうか人の愚かさを、彼女は憎んだ。
 だから今、此処に彼女はいるのだろうか。

「あなたはどうして全てを壊す事を選んだんですか、ムラカサさん」

 私が呼びかけた名前に、仮面の人物は意外そうな声を出して。

「ほう?」

 根拠はあった。そして何よりもこの場所に現れた事が全ての疑念を結び付けてしまったとも言えた。
 フレズベルクがゾンビを投下し、区画への攻撃を行った。タイミングを同じにして区画内の各種防護システムがダウンする。ダイサン区画の一連の事件は、フレズベルクが機械構造を持つ人工物であったことから、何者かによる攻撃であると私達は推測した。そして内部に内通者がいる可能性に行きついた。

「私とウンジョウさんは内通者が区画内にいると考えていました」

 フレズベルクのパーツを入手した私達はそれをダイイチ区画からダイニ区画へと移送した。移送した日の夜にフレズベルクはダイニ区画へと攻撃を行い、区画内ではゾンビによるものとは思えない感染の拡大が起きた。そしてドウカケ先生とサキガタさんが何者かによって殺害された。

 攻撃を行っている何者は、ゾンビによる襲撃を人為的なものであると思われたくなかった筈である。
 故に、私達がフレズベルクを鹵獲している事とフレズベルクのパーツをダイニ区画へ移送した事を知れば何者かは行動を起こすのではないとか考えていた。
 そして現に、移送した日に攻撃は起きた。

「あの時、フレズベルクの輸送についての情報を知っていたのはウンジョウさんとクニシナさん、それと私とレベッカとムラカサさんしかいなかった」
「容疑者が多すぎるな?」
「あなたが喋り過ぎなければ」

 あくまで疑念だけだった。内部に内通者がいる可能性があるという事しか確証はなかった。しかし、ムラカサさんの言葉がその疑惑の方向性を変えた。

「ダイサン区画にフレズベルクとゾンビが現れた時、あの場にいたのは私とウンジョウさんとレベッカだけだった。なのに、あなたは私との会話で奇妙な事を言いました」
「奇妙な事?」
「ダイニ区画の関東圏生態保存エリアで、あなたはダイサン区画にスプリンクラーと呼ばれる破裂するタイプのゾンビが二体現れたと言った」

 その些細な言葉が、私の疑念を強めるのに十分だった。スプリンクラーと呼称した、肉体が破裂する事で周囲に体液を撒き散らすそのゾンビは「この世界」では観測されていないタイプだった。故にムラカサさんもそれを生存競争による進化の形ではないかと称した。

「だけど、あの時ダイサン区画内に進入したゾンビは1体だけなんです。もう1体は侵入前にウンジョウさんが撃ち殺してる。だからもう1体がスプリンクラーであったか分からない。そもそも、あの場に2体のゾンビが居た事をあの場にいた人間しか知らないんです」

 その手が動いて私は警戒したが、仮面を外すだけだった。その下にあるのは予定調和であったかのようにムラカサさんの顔で。
 レベッカが何で、と憤りの籠った声を荒げる。私はただ淡々と事実の確認に終始した。

「フレズベルクがダイイチ区画で製造されたという偽の情報もあなたが流した」
「その辺は私というよりも私達と言うべきかな。ドウカケ先生を口封じで殺したのも私。ロトを回収する必要があったからね」
「彼女が一体何だって言うんですか」

 ドウカケ先生のところにいた「意志」がないという少女。何故彼女が此処にいるのか分からなかったが、ムラカサさんが連れてきたようであった。

「それは、これを見れば分かる」

 その言葉と共に。ロトが一歩前に踏み込んで。その刹那、彼女を中心に光の粒子が散って。それが突如炎へと変わる。その手の平で渦を巻いてその場に固定された焔を見て。私は辿り着いた言葉を絞り出す。

「魔法……!」
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