クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零11-8・反逆]

0Σ11-8

 弾丸は尽きた。退路は消えた。燃え盛る世界を背に私はサブマシンガンを投げ捨てる。背にした鍵を握り正面へと、向かってくるゾンビへと向ける。

「何やってんだ!」

 ゼイリ氏の叫ぶ声を無視して私は焔を呼ぶ言葉を紡ぐ。

「......穿焔!」

 杖は応えなかった。
 私の手の中で、鍵は鈍い煌めきを闇夜の中で返すだけで。
 押し寄せるゾンビの群れを前に、それでも尚、私はまるで壁の様に迫る無数のそれを睨み付けて立ちどまる。
 レベッカが私に向けて叫ぶ。

「行ってください! 何かを切り捨てることが強さなら! あたしはそうなれなかった……でも、あなたは強い人なんでしょう!」

 また、世界は色々な物を奪っていこうとするのか。

「そんなこと……」

 何かを切り捨てることが強さなら。私はきっとそうなのだろう。私はずっと戦い続けてきた。魔法という力でゾンビの溢れる地獄の中で。
 それが私にとっての現実だった。何度も涙を呑んで何度も叫ぶ声を堪えて、意味も哀しみも苦しみも背負い込んで。目の前で死んでいった人達も、救えなかった人達も、私は全部覚えてる。それは大切な物の為に切り捨ててきたものだ。
 明瀬ちゃんの為に全てを投げうっていいと思って戦い続けた。明瀬ちゃんの事を愛して、そして明瀬ちゃんからも受け取った。

 けれども目覚めた世界は私の見てきた世界とは全く違って。全てが夢であったのだと否定されもした。私の手には魔法がなくて、それを否定できなかった。

「この世界に魔法がないって誰が決めたんだ。どうしてそんなものに従わなくちゃいけないんだ」

 私を否定するのは、魔法など存在する筈がないという世界の誰かの言葉。
 それは神話だ。誰かの創り出した神話。世界の形をお節介な誰かが決めてしまったのだ。
 魔法はいつしか世界から否定された。存在する筈がないと御伽噺の中に追いやられた。奇跡と同義の言葉に変わってしまった。
 けれど、それが神話でしかないのなら。誰かが創り出した神話でしかないのなら。
 それが私を阻むのなら。私はそれを壊してしまおう。

「これはきっと神殺しなんだ。魔女なんていないという絶対の神話がそこにあるのなら、私達がやろうとしてるのはきっとそういう事なんだよ」

 そうだ、私はずっとそうしてきた。私の選んできた道を、私は進み続けてきた。
 身勝手とでも呼ばれそうな道だった。私は私の大切な物だけの為に、全てを切り捨てる道を選んだ。世界だって神様だって私を見捨ててしまうのならば、私だってそんなもの見捨ててしまおうと思った。
 だから、今。

「エヴェレット……ガラクタなんて言葉は否定しよう。だって、此処には」

 私の視界一杯に拡がった絶望は、牙を剥いて爪を立てて。私の肌に鋭く食い込む。まるで雪崩の様に、その群れは一瞬で私の周囲を埋め尽くして。レベッカが何か叫んでいたけれど、聞き取れないくらいに呻き声で全ては満ちて。闇よりも深く沈み込む黒一色の空の下。

「魔法がある」

 紅蓮。
 灼熱。
 業火。
 言葉では形容出来ぬ程。それは熱く激しく眩く瞬く。空へと懸り、穢れを禊ぎ、激しく猛り、閃光は眼前を穿つ。

 杖から発した火線は駆け抜けて、空中に火の海の水平線が描かれる。目の前の視界全てを塞ぐほどの盛る炎。全てを呑み込み、全てを薙いで燃やし尽くす。それは細く鋭く薙ぎ払う一閃でありながら、触れる全てを焼き尽くしその一柱の下に集う火柱へとも姿を変える。夜天を紅の色に染め上げて、太陽を生みだしたみたいに周囲にその閃光を撒き散らし。
 間違いなく焔は私の手によって存在した。

 一瞬にして全ては消えて。私の周りに残ったのは塵芥で、灰と黒煙ばかりが風に巻き上げられて闇夜に消えていく。ゾンビの群れを薙ぎ払い燃やし尽くし、地面に上がった火柱が残る彼等の行く手を阻む。その大量の障害物が、雄叫びの様な呻き声を上げて焔にその身を焼きながらも再度押し寄せてくる。

 この世界で。存在しない筈の魔法は。今私の周りで焔の形を持って再現された。私を囲う様にそれは全てを燃やし尽くした。業火の中心で鍵を手にした私は込み上げてくる衝動の全てを吐き出す。声は否応なしに昂りの色を添える。

 私に、傍らの鍵に、言い聞かすように。刻み込むように。私達が今壊した神話を今一度確かめるように。この場所から神様にだって見えるように。
 私は鍵を天へと向ける。 

「焔を掲げろ」



【零和 拾壱章・焔を掲げろ 完】

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