クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零11-5・孤立]

0Σ11-5

 ウンジョウと共に行動していたレベッカであったが、状況は悪化していた。フレズベルクによる同時多発的な襲撃はハウンドによる迎撃体制を潜り抜け、区画内へのゾンビ投下を許した。
 だがそれにしては、あまりにも感染拡大のスピードが速すぎた。区画内の防衛システムが機能していないとしても、区画の面積は非常に広大でありその行き来も空中廊下を通る必要がある以上、ある程度移動は制限される。

 しかしその空中廊下で防衛戦を構築した筈の別動隊が背後からゾンビに襲われたと報告が入っていた。屋上からの侵入を防いだビルにいたにも関わらず、である。
 つまり空から降ってきたそれではなく、ビル内部で沸いて出たような存在がいるということになる。

「祷の言っていた可能性が当たったのかもしれん」

 ウンジョウが苦々しく言葉を吐き出す。何者かがゾンビによる襲撃を手引きしていると言うのならば、この混乱に乗じて何らかの行動を起こす可能性があると睨んでいた。

 一つはフレズベルクに関連する証拠やそれを知っている人間の排除である。これを危惧した祷はゼイリの救出に向かった。内部構造の解析をゼイリに依頼した事を、その何者かが知覚している可能性は棄てきれないと祷は言っていた。現にタイミングを図ったかのように、今という時に襲撃は起きた。

 そして危惧するべき点はもう一点。スプリンクラーという今まで確認されていなかったタイプのゾンビを区画内に侵入させようとしたことから、その何者かはゾンビについて多くの知識やデータを所有している可能性があった。それならば。

 人為的に感染を引き起こせる可能性がある。ビル屋上からの侵入を防いだ筈のビル内部で、外部からの侵入経路である空中廊下を封鎖していた部隊が背後からゾンビに教われたという事は、その可能性を十分信じるに値すると物語っている。

 間違いなく何者かが暗躍している。何処からかウンジョウ達の情報を把握して、である。ウンジョウはヘッドセットに向けて怒鳴る。

「祷、無線は通じているか!」
『祷です、ヘリポートに到着。ゼイリ氏も一緒です。ただ……、ゾンビの進行を抑えきれるのも数分かと』
「こちらも離脱する、何とか持ちこたえろ! レベッカ、離脱だ!」
「また見捨てるんですか!?」
「どうやったら助けられると思うんだ!」

 ウンジョウが怒鳴る。それをかき消すようにレベッカのショットガンが激しい銃声を立てて、血肉の飛び散る景色が広がる。
 他の部隊が壊滅し、ウンジョウとレベッカが孤立した事が兎に角手痛かった。
 問題になるのは補給の問題だ。持ち運べる弾薬の量には制限がある以上、どこかを拠点として補給線を構築する必要があった。だが、現状他の部隊が壊滅状態である以上、ウンジョウ達の手持ちの弾薬には既に限界が見えていた。装備の問題というよりも相手が多すぎた。

 簡易なバリケードを構築し立てこもっていた部屋を放棄して二人は後退する。祷のいるヘリポートのビルは二つ先。空中廊下を拠点とした防衛線は崩壊した以上、AMADEUSを利用した移動によって空中廊下の「外側」を行く他無かった。

 ダイサン区画の時と同じだ、とウンジョウは苛立ちを抑えきれなかった。ゾンビから逃れるために造った聖域は、その堅牢な守り故に人々から抗う為の力を奪ってしまった。
 5年前に起きた悲劇から何も変わっていない。引き金を誰が引くのかを、誰も考えてなどこなかった。
 ウンジョウはそれを決して否定などしなかった。成熟した社会は「弱いコト」すらも内包出来るものであると知っていたからだ。だが。

「ムラカサとも連絡が付かない、この区画は放棄して離脱する!」
「ですが!」
「今ここで、俺達が死んだら!」

 レベッカが食い下がろうとする前に、ウンジョウは激昂したように声を張り上げる。

「次の悲劇を誰が防ぐんだ!」
「……。」
「お前が救ったあの少女は誰が守るんだ、お前しかいないだろう! 全てを救うなんて出来ないんだ」

 今、此処で。5年前の再現などさせるわけにはいかなかった。
 あの日、彼は父親である事を捨てきれなかった。それと同時に父親であり続けようとした。レベッカを守ってレベッカを置き去りにして彼は死んだ。まるで形見の様に残された幼い少女の姿に、ウンジョウは何度も感情を揺らした。憤りとも呼べるであろう程に激しく、だ。
 そう全てを救う事など出来ない。けれども、それを知っていても。あの日を何度も思い出す。

「突き当りの窓から外へ出ます!」
「ショットガンでなら割れる、走れ!」
「はい!」

 レベッカが窓に駆け寄ってショットガンをぶっ放す。ガラスが割れるその瞬間。ウンジョウは油断していた。廊下は一本道。周りに人影もない。故に。
 物陰に潜んでいたゾンビの姿に気づくのが遅れた。

「レベッカ!」

 咄嗟にウンジョウは手を伸ばす。ゾンビが組みかかろうとしていたその瞬間に、レベッカを突き飛ばす。
 ウンジョウの腕に激痛が走った。意識が飛びかける程の痛みの中で、ウンジョウは咄嗟に引き金を引く。銃弾がめり込む鈍い音と共にゾンビが床に臥す。

「離れろ……! レベッカ!」

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