クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零10-3・標本]


0Σ10-3

 私が笑ったのを見て、少し恥ずかしそうにサキガタさんが私の肩を小突いた。私は取り繕うとするもやはり笑ってしまった。今まで見てきた事実があまりにも重たく悲痛なモノばかりであったから、彼女の気楽な言葉が妙に面白く感じてしまって。

「ごめんごめん」
「いいだろぉ、別に。神妙な顔で頷かれるよりさ。アタシはセンセェってわけじゃねぇしさ。親父に言われてセンセェの事手伝ってるけどさ、精神科って柄じゃねぇのは自分でもよく分かってんだよ」
「むしろ笑ってもらったほうが、何か気が楽だから」
「ホントに魔法でもあったらさ、ゾンビなんか全部ぶっ飛ばして世界を救ってハッピーエンドになるじゃん。物語の主人公みたいだろ?」

 そうだね、と私は応える。
 けれどもそうならなかった。魔法があれば世界を救える。そんな簡単な御伽噺は存在しなくて、私が見てきた物語はひたすらに凄惨で悲劇と血が重なるばかりのものだった。私は世界を救うなんてこと微塵も考えていなくて只の一人の「モブ」であるかのように思ってた。
 明瀬ちゃんの言葉を思い出す。主人公が「ラスボス」を倒してくれるのは一体いつになるのだろうか、とも。

「……ホントにそんな事あったらいいのにな」

 私達は心の何処かで、救世主たる誰かが世界を救ってくれるのを待っている。壊れた世界を、巻き戻せない所まで来てしまった世界を、綺麗に丸ごと救ってくれるのを夢見ているのかもしれない。でも、それは御伽噺でしかない。かつて世界が否定した魔法と同じように、神や魔王に挑む勇者は物語の中にしか存在しない。
 今、私の手の中に魔法がない様に。

「やめ、やめ、辛気臭い話になりそうなのは却下!」

 語り出したのはサキガタさんじゃないか、と私は思いながらも言わないでおいた。彼女は立ち上がり飲んでいたコーヒーのパッケージを握りつぶす。そうして私に手を差し出してきた。

「ダイニに来たのは初めてだろ? 面白いもの見せてやるよ」

 よく分からないまま手を引かれて私は連れ出された。ビルを移動して辿り着いたのは他とは少し離れた場所にあった背の低い建造物だった。背が低いといっても超高層ビル群の中で目立つだけで、高さはそれほど低いわけでもない。形はドーム状をしていて、言うなればビルの上に野球ドームが乗っている様なイメージだ。
 そこへ通じる空中廊下を抜ける。重厚な扉が自動で開くと小さな部屋があった。両壁は狭く、身を捩るくらいのスペースしかない。部屋の正面にはまた扉が見え、廊下の一画が仕切られている様な感じだ。
 サキガタさんと共に部屋に入ると扉が閉まり、左右の壁から突然空気が噴き出してくる。その風は微かに湿り気と刺激臭を含んでいた。足元には透明な液体が染み出して、私の靴底を濡らす。区画内に入る際に行われる消毒作業と同じでだった。

 十数秒ほどで風の噴出は止まり、私は手で乱れた髪を撫でつける。ムラカサさんが消毒作業を受ける度に苦い顔をするのも分からなくはない。
 正面の扉のロックが解除された音がして、私は先に進んだ。扉を開いて、また短い廊下を進む。その先に、また扉があって。自動で開いた扉の向こう側へと足を踏み入れて。

 私は息を呑んだ。
 広大なドーム状の建物。その中は一つの自然が広がっていた。屋内にも関わらず大小様々な植物が繁茂し、その茂みの陰をキツネか何かの小動物が駆けていくのが見えた。私の直ぐ側にあった大樹の幹には蝶や蜂がいて。一つの巨大な森が、建物の中に存在していた。

「ここは……?」
「関東圏生態保存エリアって呼ばれてる」
「生態保存?」
「リーベラのハイパーオーツ政策ってあったじゃん? あれってさ、全てを更地に変えた後に全部農地にしちまおうっていう。動物とか植物とか虫を犠牲にしちゃう計画なんだよ」

 国内の食糧生産を品種改良された小麦「ハイパーオーツ」の一点に絞り込み、その生産性を飛躍的に高める。
 単一作物だけに注力すれば、機械とAIによる自動生産の効率は上がる。なおかつハイパーオーツは虫害、病害に対して非常に強く、その作付面積に対してのカロリー効率も高い。
 食糧危機に瀕した世界を賄う為にかつての社会は、大量に簡単に高効率な作物を生産する事で解決しようとした。
 そしてその為に、その他全てを切り捨てた。農地転換というレベルではない、人々の生活や文化は勿論の事、自然も含めて全てをハイパーオーツ政策の為にリソースを回した。
 人類を超高層ビル群の生活圏に集約し、その他全ての物を人類を維持する為のリソースに回す。それはあまりにも力業であったが、それだけ世界は危機に瀕していた事の裏返しでもある。その時代を目の当たりにしていない私には、とてもではないが想像すらできない。

「この植物園はさ、そうやって犠牲にされた環境が保管されている場所って事さ」
「生ける保管庫だ」

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