クラウンクレイド
[零8-6・救済]
0Σ8-6
「何を……!」
彼の声は弱々しくも明瞭な言葉遣いとなっていて、感染していない可能性があった。レべッカはそう訴えるもラセガワラは首を横に振る。
「この傷では間に合わんよ……感染の恐れがある以上……捨ておくべきだ」
「でも……でも!」
「……ウンジョウ……施設内の全てのコントロールがダウンした。これを偶然と思うか」
そんな事が起こり得る筈がない。その回答をウンジョウは呑み込む。その問いの意味を、今起きている悲劇の意味を、理解したからだった。始まりは偶然かと思っていた。しかし、ゾンビの侵入と同時に施設内の防護扉や非常用シャッターのコントロールがダウンする等起こり得るだろうか。そう自問するウンジョウの脳裏を祷の言葉が何度もちらつく。
「区画……内全てに……ゾンビの侵入を……許した。もう間に合わん。いけ……ウンジョウ……レベッカ」
「駄目です、そんなの絶対……まだ負けてない! ゾンビなんて撃ち殺せます! まだこんなの!」
「これが……」
ラセガワラは天を仰いで言葉を紡ぐ。苦し気に咳き込み口の端から血の泡を噴き出しながら。それでもまるで急き立てられるように、その言葉を吐く。
「……我々に対する罰……とでも呼ぶつもりか……世界を……変えられなかった……我々の罪だと」
ラセガワラの手が力なく放り出されて、その首もまた項垂れるように倒れて。そして何も語る事は無かった。ウンジョウは唇を噛み締めて、レベッカの肩を掴む。
「……ダイサン区画を放棄、これより離脱する」
「そんなの、絶対おかしいですよ!」
「……撤退だ!」
ウンジョウの言葉にレベッカは言葉にならない声を上げて。部屋を離脱する。ヘリと合流する為に屋上を目指してウンジョウを先頭に進む。階段を駆け上り、崩れ込んでくるゾンビを撃ち抜いていく。
ムラカサに支えられてレベッカは力ない足取りでそれに続いた。
そんな中、レベッカの首筋にざわつく感覚があった。この感覚は何度も感じたことのあるものだった。先導するウンジョウに向けてレベッカは怒鳴る。
「生存者がいます……まだ……生きてる!」
「何処だ!」
「多分近く……に!」
「進行ルートを外れる! 弾薬も残り少ない、諦めろ!」
「嫌です!」
「不確定な直感とやらに頼って行動する余裕はない!」
「そんなの!」
レベッカは弾薬の切れたショットガンをその場に投げ捨てる。腰のホルスターからハンドガンを引き抜いて、ウンジョウに言葉をぶつけ返す。
「何の為に此処に来たんですか!」
制止の声を無視してレべッカは駆け出す。直感に従って通路を進む。
「生きてる……まだ生きてる……!」
通路を塞ぐゾンビに向けてハンドガンの弾丸を撃ち込む。威力の足りない分は懐に飛び込んで距離を詰めた。我武者羅で無茶苦茶で、それでもレベッカは強引に前に進む。
あの日とは違うと言って欲しかった。誰かにそう言って欲しかった。
今この手には、あの時と違って進む力があって。何も掴めないままなんかじゃないと叫びたかった。
強くなれた筈だった。
人の気配をハッキリと感じ、レベッカが押し入った部屋にはゾンビが数体居た。引き金を無心で引きまくり片っ端から弾丸を叩き込む。銃声に叫び声が混ざる。ゾンビを排除し、血の匂いと硝煙の匂いが混ざり合って部屋の中でレベッカは怒鳴る。
「お願いです、生きていて……生きてるって言ってください!」
その悲痛な叫びに。
確かに応えるものがあって。
ベッドの下から聞こえた微かな物音に、レベッカは慌ててその下を覗き込む。其処には幼い少女の姿があった。蒼白した顔色と怯えの表情が張り付き、涙は乾き切って跡になっている。それでも確かに生きていた。無事だった。レベッカは言葉にならない声を漏らす。
少女に手を貸してベッドの下から引き揚げて、その少女をレベッカは抱き締めた。少女はもう泣く事すら出来なくなっていた様で、レベッカに抱きしめられたまま呆然としていた。涙も声も掠れきっていて、手先は冷たく震えていて。
それでも冷え切った体温の奥深くに、確かな鼓動と脈打つ血の温もりがあって。レベッカは息をするのも忘れて強くその背を抱く。確かにその肌の下に、血が通っているのを確信する。
「君はまだ生きてる」
【零和 八章・血に生きる 完】
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