クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零8-3・親子]


0Σ8-3

 その傍らに記載されていた名前を、ギインは無意識の内に呟く。「祷」というその少女の姿が無数に並ぶその光景に、得体の知れない君の悪さをギインは感じた。
 PCは起動したままで、その画面には何らかの報告書らしき文章が並んでいる。其処にやはり「祷」の字が合って、ギインはつい覗き込んでしまう。本当なら気にしている暇など無いのだが、その珍妙な光景を何とか自分の中で咀嚼して理解したい気持ちがどうしても上回った。ギインは文書を素早く流し読む。

「特異点、祷茜とそれに起因したバグに関する報告書……?」

 祷茜という少女についての特徴、というよりも内面的性質について述べられていた。合理的で共感性が低く、目的遂行の為に犠牲を厭わない。そんな講評の中に奇妙な言葉を見つける。
 シンギュラリティ。祷茜という少女がシンギュラリティであると書かれていた。「シンギュラリティ」という単語自体は特異点を意味する言葉であるが、それが何を意味しているのか分からない。少なくとも分かるのは、彼女はシンギュラリティというものでありながらその性質を有していないという事だった。「クラウンクレイドの軛を越えた」という意味の分からない文章が続く。
 この少女が何処の何者であるのか分からないが、この部屋の主は随分と執心していた様だった。

 ストーカーと呼ぶには妙に格式張っていて、監視対象であったと取るべきであろうか。見た目では只の少女にしか見えない彼女が、少なくとも「監視して誰かに報告せねばならない」対象だということだ。
 クラウンクレイドの軛を越えたシンギュラリティの少女。

「何の事かさっぱりだ」

 そんな中、ウンジョウから通信が入る。

『下の階に生存者を発見との通信が入った後に、通信が途絶えた。向かうぞ』

 部屋を飛び出し廊下にいたウンジョウと合流する。本部に呼びかけるも、下の階に行った隊員二人からの通信は途絶えたままだと言う。
 ギインは舌打ちしながら階段を駆け下りる。下の階層は建物内の構造自体は変わっていないが、妙な空気の重たさを感じた。廊下の突き当りに、扉が開いたままの部屋を見つけハンドサインでウンジョウに合図をして中へ進む。銃身を突き出し中を改めると、目の前に飛び出してくるモノがあって。咄嗟にギインは飛び退く。

「な……!」

 そこに居たのは同じ部隊の隊員の姿で。しかし明らかに異常をきたしていた。
 その変色した体表と、隆起した太い血管。白濁した瞳からは人間らしい表情の色は消え、犬歯を剥きだして開いた口からは、呻き声が漏れる。装備の隙間から青紫色に変色している皮膚が見えた。ライフルはスリングで身体からぶら下がっているものの、その手には何も持っておらず。我武者羅にギインに向かって組み付こうとその手を伸ばして飛び掛かってきた。
 背後から銃声が轟いて。ギインの目の前で、隊員の顔面が血塗れの肉片となって吹き飛ぶ。概形動脈から行き場を失った血液が踊るように溢れ出す。まるで下手なステップを踏んだように、先程まで生きていたその身体は勢いよく床に崩れ込んだ。

『次は躊躇わず撃て』

 ウンジョウが冷静にそう言って。ギインは反論の言葉を呑み込んだ。
 そうだ、彼が正しい。
 今回のパンデミック、原因はまだ不明ではあるが感染した人間は十数秒後には理性を失い狂暴化して他者を襲う。感染者から噛み付かれた人間は血液感染によって、同様に感染者に変わる。治療法は未だ不明であり、隔離も確保も出来るリソースがない以上、感染した人間は速やかに排除するしかない。その判断が遅れたからこそ、今世界中で「ゾンビパニック」が起きているのだ。
 だから、例え同じ部隊の隊員であろうとも感染したなら速やかに射殺するしかない。故にウンジョウは正しい。
 けれども、その一瞬にでも躊躇いや後悔や、いや何だっていい感情を見せて欲しかったとギインは思う。
 部屋の隅に目標である政府高官の姿があった。胸元に数発銃弾を撃ち込まれた跡があり、その皮膚は変色している。感染後なのは間違いがなかった。

「感染した政府高官と戦闘になって、彼もまた感染したのか」

 対象が死亡した以上、作戦は失敗。速やかに引き上げる必要があった。ウンジョウがもう一人の隊員と司令部に通信をしている間、ギインが政府高官の遺体を手早く改めていると、彼の胸元に電子ペーパーが挟まっているのを見つける。
 その薄く柔らかい液晶を摘まみ上げギインは何気なく見てみると、そこに映っていた物にギインは訝しむ。
 あの祷茜という少女の姿が映っていた。
 この少女は政府筋の関係者なのだろうか、とギインは考え込むも結論は出ない。

「もう一人を回収するぞ」

 通信は途絶えたままである以上、嫌な予感が脳裏を過る。そんな中、外の廊下から女性の物らしき悲鳴が聞こえた。ギインが先に飛び出す。声のした方へ向かう。
 部屋に飛び込んだ先でギインが見たのは、感染した隊員が民間人に噛み付いている姿と、そして。

「レベッカ!」

 ギインの娘であるレベッカが其処にいた。

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