クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

[零6-3・末路]


0Σ6-3

 サブマシンガンの大きさはハンドガンよりも一回り大きいくらいだった。長方形と台形を組み合わせた様な全体的に四角いフォルムをしている。
 レベッカが私にサブマシンガンのグリップを握らせた。ゆっくりと銃口を持ち上げて、指先で安全装置のレバーを切り替える。微かに鳴った歯車の噛み合う様な音が、もう引き金を引けば人を殺せるのだと教えてくる。魔法の呪文より簡単なトリガーだった。ビルの屋上の端の瓦礫の山に、レベッカが何処からか引っ張り出してきた金属片を幾つか置いた。
 銃身の先に備え付けられた照準器は凹の字の形をしている。その内側に的にした金属片を収める。レベッカがゆっくりと私の腕に触れて下から支えるように持つ。

「もう少し足を開いてください。腕は真っ直ぐ伸ばして。左手は添えるくらいにして。引き金はゆっくり絞るようなイメージです」

 引き金をゆっくりと絞る。微かに指先に感触があって、銃身から跳ね上がるような衝撃が返ってくる。つんざくような銃声が数度轟いて、銃口から撃ち出された弾丸が遠方の瓦礫の山に当たって跳ね散る。私の足元に薬莢が散らばって派手な音を立てた。
 的には掠りもしていなくて、自分の中での射線のイメージを大幅に修正する必要があるなと私は思う。焔をぶつけるのとは訳が違う。

「まぁそんな簡単には当たらないものですよ」

 レベッカが言う。嫌味の類ではなさそうであったものの、その言葉の節には自慢めいたものが見え隠れしていた。前から少し感じてはいたが、彼女の言葉や態度は分かりやすくて表情がコロコロと変わる。見てて面白い。
 当あるまでやるものかと思ったら、使い方と注意点だけレベッカは私にレクチャーして銃を仕舞う様に言った。

「これから先はビルの高度が低くなります。建物屋上を利用して移動する機会も増えますので、使う事になる可能性もあります。まぁでも、あたしが何とかしますから後ろにいて下さい」

 区画以外の建物は下層でのバリケードの設置が出来ておらずゾンビに進入されている可能性が非常に高い。この世界のゾンビの身体能力の高さであれば階段程度なんの障害にもならないだろう。
 ウンジョウさんが柵越しに地面を埋め尽くすゾンビの姿を睨み付けたままで、少し距離を離した私とレベッカはビルの立ち並ぶ光景を見ていた。

「この辺りは再開発が追い付いていない一帯ですね」
「私の目から見たら、この一帯も近未来だよ」
「ビンガム普及前の建造物は古い建物に分類されるんです」
「ビンガム?」
「耐震構造の為の装置です。ダイサン区画の超高層建造物が、地震や強風に対しても無事で居られるのはビンガムのおかげなんです。理論上はあたしたちのAMADEUSと同じ様な仕組みです」

 そう言って、レベッカは背負っているAMADEUSのストラップ部分を手で軽く叩いた。私の知っている世界からこの世界迄は、ラセガワラ氏の言葉を借りればたったの60年しか経過していない。しかしその時間は私の知っている世界を大きく変えた。同じなのは、ゾンビがいることだけだ。

「私の知っている世界とは大きく変わったんだね」

 私の言葉にレベッカが表情を曇らせた。

「……それでも、この古い建物だって、こんな風にそれが乱立している一帯だって。生活している人は沢山いたんです」


 多くの人間が飢えで死ぬ、そんな地獄になる前に世界は空を目指した塔を建て大地の殆どを麦畑に変えた。その為に、そしてそれ故に、出来上がったインフラは社会の在り方も変えた。
 レベッカは言う。パンデミック以前の社会は完璧で完全に満たされた幸福で理想的な社会に向かっていたと。
 区画はモデル社会の形だった。
 食料問題は解決、インフラはほぼ全てが機械によって自動化された社会。人々はその空を目指した塔の中で生活が完結する。

「区画は当時の先端モデルでした。その社会インフラは徐々に拡大していく途中でした」

 区画と呼ばれたのは、あくまでそれが特異性を持った一帯であったからだ。ダイイチからダイサン区画は、東京都内の中でも中心地と呼べる場所に位置している。
 最終的にあの超高層ビルディング群の様な建物と社会インフラが拡大していく予定だったという。

「パンデミックが起きてみんながゾンビに変わって行く中、逃げ遅れて犠牲になった人達は下層にいた人たちです。勿論区画の中でもパンデミックは発生しましたけど、上層階に逃げきれたのはそもそも区画にいた人達」

 全ての人間が区画で生活していたわけではない。関東圏の人間全てを東京都市部に集中させて他を全て農地に変えるのがハイパーオーツ政策だったのだから。
 あくまで区画はその為に作られた居住地拡大の策であり、そして社会インフラの先端モデルだった。だから、区画以外にも多くの人が住んでいた。
 地面を全てゾンビが埋め尽くしてしまう位に。
 此処にいるのは、救えなかった者達の末路なのだ。

「あの時、もし……」

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