クラウンクレイド
『24-5・叛逆』
24-5
これは夢か、それとも走馬燈だと思った。
私の目の前にいるのは、私自身、というよりも私と同じ見た目をした誰かだった。
彼女はその見た目は確かに私のものではあるものの、しかし私は強い違和感を覚えた。目には見えない内面というか性格というか、その内側の何かが私と違っていて、その差異が染み出して違和感というカタチで表出している様に思えた。
少なくとも、これが現実でないというのはよく分かった。私と同じ見た目をしている存在と対峙するのも、そう思った理由であったし、そして今、私がいるこの場所が何もない真っ白な空間であることもそうだった。
「これは極めてイレギュラーな事態であり、このような形は本意ではないものの、そのネガティブな要素を加味しても尚、この手段を取るだけの価値があると判断した」
私の前の彼女は、そう口を開いた。言ってる内容について、私は殆ど理解出来なかった。というよりもあまりに抽象的な物言いで、半ば理解する事を放棄した。私にとって、その言葉の内容を理解するよりももっと重要な事が多くあった。
その者の姿を取って語り掛けてくるような存在を、私は悪魔しか知らない。この世界に本当は魔法が存在していたのなら、私の走馬燈に悪魔が出てきてもさほどおかしくもないだろう。
走馬燈、私はその言葉を躊躇いなく使った。下を向けば私の身体には何の傷も流血も無く、痛みもない。本当ならば、私の身体には鈍色の槍が突き刺さっている筈で、嗚呼やはりこれは現実ではないのだと。きっと、死の間際に見ているものなのだと。
そして、それは酷く悪趣味だ。語り、そして語りかけてくるのが、私の姿だというのは。
「胸部に重度の損傷が発生し、出血量が生存限界の基準を越えている。生命活動に重大な支障が発生し、これ以上の生命活動は不可能である。絶命までのタイムリミット内に、適切な処置が施される見込みはない」
「そんな時に、言うべきなのは懺悔? それとも後悔?」
私は皮肉めいた口調で言う。彼女は私が死を迎える間際だと、丁重にも教えてくれているらしい。
死の間際、こんな光景が見えるなら。それはどんな意味をもっていて、どんな意味を求めているのだろうか。
今までの人生を振り返れ、とでもいう事だろうか。矢野ちゃんにも、こんな光景が見えていたのだろうか。人でなくなった彼等も、炎で焼かれる間際に、こんな光景を見ていたのだろうか。
「だとしても、私は後悔していない」
私はそう言い切る。そんな私の言葉に、目の前の彼女は首を傾げた。
「後悔すべきだと認識している事項があるのか」
「誰かの死に関り続けてきたのは認めるよ」
「そこに責任は伴うと?」
「思わない」
「そこに罪の意識は芽生えているか?」
「罪?」
「他者を死に追いやった事への」
「無いよ。そんな風に問える人なんていない」
何人もの人が私の前で死んでいった。名前を知っているものも、知らないものも、数えきれないくらいに死んでいって。その血と亡骸を後にして、私は進んで来た。その結末が、例え業火に焼かれるとしても、私はそれで構わないと思った。
私の炎が焼いた多くの命が、それがいつしか更に大きな炎へと変わっていって、私の身を焼くとするならば、それはまた当然の報いだとも思う。
けれども。
それを決める事が出来るのは、私でも誰かでもない。
あの日、そしてあの日から。多くの人が死んでいった。全ての人間に訪れた無差別で無慈悲で圧倒的な死は、私達の社会を壊して、その価値観を塗りつぶして。そんな中で、生きる為に選んだ行動を罰する事が出来るのは、きっと誰もいない。
「それが出来るのは、神様くらいだよ。でも、私は神様に見捨てられても構わないって思った。見捨てられてもいい、私の方から見捨ててやるって。神様なんているならだけど」
「その言葉が文字通り、創造主を指すのであれば、それは反逆ではないのか」
「……あなたは誰?」
私と対峙する私、という構図にしては、あまりにも私の内面とかけ離れた存在だと思った。別に本気で神様を信じてなんていない。その言葉にそこまで執着されるのは、違和感でしかなかった。
私の言葉を無視して目の前の彼女は言葉を重ねる。
「それを選択するにいたった価値基準を、その動機は何か?」
問いかけてくる言葉は、やはり私のものではないようで。
ならば、きっと。彼女は神か何かの類なのだろう。
「明瀬ちゃんの為に決まってるよ」
「それは、他者の為にという言葉で、責任や罪の意識から逃れてきたということだろうか。他者にその全てを預けることで……」
「違う」
私は、言葉を遮る。
そう、違うのだ。そして、それに気が付いた。
全ては明瀬ちゃんの為だった。例え全てを投げうっても、全てを切り捨てても、明瀬ちゃんの為ならそれで良いと思った。神様に見捨てられても、世界を見捨てても、業火に焼かれることになろうとも、私はどうなったって構わないと思った。
その気持ちは変わらない。
明瀬ちゃんの為に全てを犠牲にして進んできた。
「私は全部明瀬ちゃんの為に生きてきた」
「ならばその責務も責任も全て他者が負うのではないのか」
「違うんだよ。私が全部明瀬ちゃんの為に捧げたって、それは明瀬ちゃんの為なんかじゃなかった。私は私の為に、明瀬ちゃんといたいの。私の好きって気持ちは私の為のものだから。だから、私はまだ死ねない。私のわがままの為に、私はまだ死ねない。私の為に、世界にだって神様にだって」
だから、その責務だって重荷だって。私が、私自身が背負うのだ。明瀬ちゃんの為、という言葉に全てを預けないのだ。
私の足元で、呪文の言葉もなく焔が渦を巻く。巻き上がった焔が周囲を紅く染め上げて。この空間の遥か彼方までをも照らしだす。紅く揺れる炎が空を舐めて、私の周囲を燃やし尽くしていく。激しく燃えていく業火の中で、それでも私は動かなかった。
「あなたにだって邪魔はさせない」
私の言葉と共に炎は更に高く昇って。
焔の壁の向こうで、私と同じ声がした。
「一縷の望みを。その先を見たくなった」
これは夢か、それとも走馬燈だと思った。
私の目の前にいるのは、私自身、というよりも私と同じ見た目をした誰かだった。
彼女はその見た目は確かに私のものではあるものの、しかし私は強い違和感を覚えた。目には見えない内面というか性格というか、その内側の何かが私と違っていて、その差異が染み出して違和感というカタチで表出している様に思えた。
少なくとも、これが現実でないというのはよく分かった。私と同じ見た目をしている存在と対峙するのも、そう思った理由であったし、そして今、私がいるこの場所が何もない真っ白な空間であることもそうだった。
「これは極めてイレギュラーな事態であり、このような形は本意ではないものの、そのネガティブな要素を加味しても尚、この手段を取るだけの価値があると判断した」
私の前の彼女は、そう口を開いた。言ってる内容について、私は殆ど理解出来なかった。というよりもあまりに抽象的な物言いで、半ば理解する事を放棄した。私にとって、その言葉の内容を理解するよりももっと重要な事が多くあった。
その者の姿を取って語り掛けてくるような存在を、私は悪魔しか知らない。この世界に本当は魔法が存在していたのなら、私の走馬燈に悪魔が出てきてもさほどおかしくもないだろう。
走馬燈、私はその言葉を躊躇いなく使った。下を向けば私の身体には何の傷も流血も無く、痛みもない。本当ならば、私の身体には鈍色の槍が突き刺さっている筈で、嗚呼やはりこれは現実ではないのだと。きっと、死の間際に見ているものなのだと。
そして、それは酷く悪趣味だ。語り、そして語りかけてくるのが、私の姿だというのは。
「胸部に重度の損傷が発生し、出血量が生存限界の基準を越えている。生命活動に重大な支障が発生し、これ以上の生命活動は不可能である。絶命までのタイムリミット内に、適切な処置が施される見込みはない」
「そんな時に、言うべきなのは懺悔? それとも後悔?」
私は皮肉めいた口調で言う。彼女は私が死を迎える間際だと、丁重にも教えてくれているらしい。
死の間際、こんな光景が見えるなら。それはどんな意味をもっていて、どんな意味を求めているのだろうか。
今までの人生を振り返れ、とでもいう事だろうか。矢野ちゃんにも、こんな光景が見えていたのだろうか。人でなくなった彼等も、炎で焼かれる間際に、こんな光景を見ていたのだろうか。
「だとしても、私は後悔していない」
私はそう言い切る。そんな私の言葉に、目の前の彼女は首を傾げた。
「後悔すべきだと認識している事項があるのか」
「誰かの死に関り続けてきたのは認めるよ」
「そこに責任は伴うと?」
「思わない」
「そこに罪の意識は芽生えているか?」
「罪?」
「他者を死に追いやった事への」
「無いよ。そんな風に問える人なんていない」
何人もの人が私の前で死んでいった。名前を知っているものも、知らないものも、数えきれないくらいに死んでいって。その血と亡骸を後にして、私は進んで来た。その結末が、例え業火に焼かれるとしても、私はそれで構わないと思った。
私の炎が焼いた多くの命が、それがいつしか更に大きな炎へと変わっていって、私の身を焼くとするならば、それはまた当然の報いだとも思う。
けれども。
それを決める事が出来るのは、私でも誰かでもない。
あの日、そしてあの日から。多くの人が死んでいった。全ての人間に訪れた無差別で無慈悲で圧倒的な死は、私達の社会を壊して、その価値観を塗りつぶして。そんな中で、生きる為に選んだ行動を罰する事が出来るのは、きっと誰もいない。
「それが出来るのは、神様くらいだよ。でも、私は神様に見捨てられても構わないって思った。見捨てられてもいい、私の方から見捨ててやるって。神様なんているならだけど」
「その言葉が文字通り、創造主を指すのであれば、それは反逆ではないのか」
「……あなたは誰?」
私と対峙する私、という構図にしては、あまりにも私の内面とかけ離れた存在だと思った。別に本気で神様を信じてなんていない。その言葉にそこまで執着されるのは、違和感でしかなかった。
私の言葉を無視して目の前の彼女は言葉を重ねる。
「それを選択するにいたった価値基準を、その動機は何か?」
問いかけてくる言葉は、やはり私のものではないようで。
ならば、きっと。彼女は神か何かの類なのだろう。
「明瀬ちゃんの為に決まってるよ」
「それは、他者の為にという言葉で、責任や罪の意識から逃れてきたということだろうか。他者にその全てを預けることで……」
「違う」
私は、言葉を遮る。
そう、違うのだ。そして、それに気が付いた。
全ては明瀬ちゃんの為だった。例え全てを投げうっても、全てを切り捨てても、明瀬ちゃんの為ならそれで良いと思った。神様に見捨てられても、世界を見捨てても、業火に焼かれることになろうとも、私はどうなったって構わないと思った。
その気持ちは変わらない。
明瀬ちゃんの為に全てを犠牲にして進んできた。
「私は全部明瀬ちゃんの為に生きてきた」
「ならばその責務も責任も全て他者が負うのではないのか」
「違うんだよ。私が全部明瀬ちゃんの為に捧げたって、それは明瀬ちゃんの為なんかじゃなかった。私は私の為に、明瀬ちゃんといたいの。私の好きって気持ちは私の為のものだから。だから、私はまだ死ねない。私のわがままの為に、私はまだ死ねない。私の為に、世界にだって神様にだって」
だから、その責務だって重荷だって。私が、私自身が背負うのだ。明瀬ちゃんの為、という言葉に全てを預けないのだ。
私の足元で、呪文の言葉もなく焔が渦を巻く。巻き上がった焔が周囲を紅く染め上げて。この空間の遥か彼方までをも照らしだす。紅く揺れる炎が空を舐めて、私の周囲を燃やし尽くしていく。激しく燃えていく業火の中で、それでも私は動かなかった。
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