クラウンクレイド
『24-1・呪縛』
【24章・魔女と、亡者と/祷SIDE】
24-1
三奈瀬優子と名乗った彼女に対して、私は近寄ろうとはしなかった。私は彼女に杖を向けて、其処で止まれという意思を示す。彼女は少し驚いた表情を見せた。
けれども、彼女は手に持っていた重厚なジェラルミンケースを床に置いて、素直に其処で立ち止まる。私は杖を降ろして、問いかけた。端的に、そして必要な情報だけを聞き出そうと思った。
「シルムコーポレーションが魔女を集めている理由は何ですか」
「ほう? つまり、君は」
「魔女です。私の横の子も魔法が使えます」
「うちのヘリが会ったのはもしかして君だったのかな。そのヘリは消息不明になったのだが、君なら何か知っているだろうか」
それはおそらく、加賀野さんと私が学校の校庭で遭遇したヘリの事を指していた。あのヘリならば、アダプターが投擲したコンクリートの塊が直撃し、私の目の前で墜落した。三奈瀬優子の問いに、私は端的に答える。あまり多くの情報を渡したくないという警戒心があった。
「ゾンビの攻撃を受けて墜落しました。そのヘリに乗っていた人物から、シルムコーポレーションが魔女を捜していると聞いています」
三奈瀬優子がどの様な立場の人間であるかは不明だが、やはりシルムコーポレーションは魔女について知っている可能性が高い。三奈瀬と言ったが、三奈瀬君の血縁者の可能性はあるだろうか。
そんな時、私の横で明瀬ちゃんが再び咳込み始めた。体長の悪化が著しい。私が明瀬ちゃんに肩を貸すと、三奈瀬優子が口の端を歪めて私達を見ていた。
「噛まれているのか」
「二回程。でも魔女にはゾンビ化に対しての抗体がある筈です。あなた達が知っている様に」
「成程。それでシルムコーポレーションが魔女の抗体について知っていると気付いたわけだ」
「推測ですが」
「確かにそうだ。だが、解せないな。何故、君達は此処に来た? サンプルとしてかな?」
「あなた達がワクチンを作ろうしているのなら、協力しても良いと思っていたから」
「思っていた?」
「考えが変わりました」
その目だけで、彼女は信用が置けない人物だと、私の本能が訴えていた。その是非は兎も角、彼女は自分の目的の為なら何かを切り捨てる事が出来るタイプの人間だと思った。私と同属の匂いがした。
私の言葉に、彼女は成程、と頷いていた。
「君の判断はともかくとして、ワクチンについては君達の協力は必要なくなった。ワクチンではないが、血清が完成したからね」
「本当ですか」
「元々ウイルスについてはパンデミック発生前から知っていたからね」
血清が完成している。それはつまりゾンビ化の発症を止めることが出来ると言う事で。しかし、それよりも。気になったのは別の言葉だった。彼女は、ウイルスをパンデミック発生前に知っていた、言った。
私は声を荒げる。
「知っていたなら何故!」
「勘違いしてもらっては困る。ワクチンや血清と言うのは即座に、そして簡単に作れるものではない。此処までの感染拡大は誰にも予想できていなかったし、感染拡大の原因については未だに見当も付かない。まぁ簡単に言うと間に合わなかったということだ」
「でも今は、ある」
「まぁ、その事は置いておこうではないか。君も私も抗体を持っているのだから」
私も、と彼女は言った。訝しむ私に彼女は興奮気味に言葉を続ける。
「ところで、君は何処まで知っている? 見た所学生だろう? 魔女がゾンビ化の抗体を持つという仮説に至るのは簡単ではあるまい。聞いてみたいものだ、この地獄でのフィールドワークの結果を」
「何を……」
「答え合わせということだよ。悪い話ではないだろう? 君も真実を知りたい筈だ。それに、大事な事に気づいていない様に見えるしな」
彼女が何を言っているのか分からなかった。彼女が信用に値する人間であるとは思えず、これ以上、此処に留まるのは何か嫌な予感がした。
しかし、私が何かを見落としているという事を、自信満々に指摘してきた彼女の言葉が気になるのもまた事実だった。
ゾンビ化ウイルスは血液感染するという事。ウイルスによってホルモン分泌が狂い人を襲いだすという事。そして魔女にはゾンビ化の抗体があるという事。これは実際に何度も目撃した結果だった。
そして、シルムコーポレーションが魔女を捜している事を知ったことで、魔女の血液によってワクチンを作ろうとしているのではないかと推測したと私は言った。三奈瀬優子は黙ってそれを聞いていたが、大きく頷く。
「素晴らしい、素晴らしいよ。だが二点間違いがある。まず一つは魔女が抗体を持つのではなく、抗体を持っているものがウイルスに感染する事で魔女になるのだ」
「……どういう意味ですか」
「ウイルスは人間の中枢神経に影響を及ぼす。抗体の無い人間は中枢神経を破壊され、ウイルスの感染拡大の為に他の人間を襲いだす。
だが抗体のある人間はウイルスによって中枢神経が活発化し、人間の従来のスペックを遥かに凌駕した力を発揮する。それが魔法だ。ウイルスを抗体と引き継いでいく、その共存関係を得たのが魔女と言う事になる」
魔女の力の真実。
その事実は、私を動揺させるには十分すぎるもので。ウイルスに感染している事、そしてその抗体を持つ事。それが魔女のキーだった。それはまるで、明瀬ちゃんのクラウンクレイドの話を証明しているかのようで。
「私は既に感染していると?」
「ワクチンによって抗体を作るには、弱毒化したウイルスを体内に打ち込み体内の免疫系統にそれを学習させて対処できるようにするというものだ。つまり、魔女は最初からウイルスを保持しているのだよ。その感染力は失われているけれどもね」
「そんな」
「そして君は一つ重大な勘違いをしている」
24-1
三奈瀬優子と名乗った彼女に対して、私は近寄ろうとはしなかった。私は彼女に杖を向けて、其処で止まれという意思を示す。彼女は少し驚いた表情を見せた。
けれども、彼女は手に持っていた重厚なジェラルミンケースを床に置いて、素直に其処で立ち止まる。私は杖を降ろして、問いかけた。端的に、そして必要な情報だけを聞き出そうと思った。
「シルムコーポレーションが魔女を集めている理由は何ですか」
「ほう? つまり、君は」
「魔女です。私の横の子も魔法が使えます」
「うちのヘリが会ったのはもしかして君だったのかな。そのヘリは消息不明になったのだが、君なら何か知っているだろうか」
それはおそらく、加賀野さんと私が学校の校庭で遭遇したヘリの事を指していた。あのヘリならば、アダプターが投擲したコンクリートの塊が直撃し、私の目の前で墜落した。三奈瀬優子の問いに、私は端的に答える。あまり多くの情報を渡したくないという警戒心があった。
「ゾンビの攻撃を受けて墜落しました。そのヘリに乗っていた人物から、シルムコーポレーションが魔女を捜していると聞いています」
三奈瀬優子がどの様な立場の人間であるかは不明だが、やはりシルムコーポレーションは魔女について知っている可能性が高い。三奈瀬と言ったが、三奈瀬君の血縁者の可能性はあるだろうか。
そんな時、私の横で明瀬ちゃんが再び咳込み始めた。体長の悪化が著しい。私が明瀬ちゃんに肩を貸すと、三奈瀬優子が口の端を歪めて私達を見ていた。
「噛まれているのか」
「二回程。でも魔女にはゾンビ化に対しての抗体がある筈です。あなた達が知っている様に」
「成程。それでシルムコーポレーションが魔女の抗体について知っていると気付いたわけだ」
「推測ですが」
「確かにそうだ。だが、解せないな。何故、君達は此処に来た? サンプルとしてかな?」
「あなた達がワクチンを作ろうしているのなら、協力しても良いと思っていたから」
「思っていた?」
「考えが変わりました」
その目だけで、彼女は信用が置けない人物だと、私の本能が訴えていた。その是非は兎も角、彼女は自分の目的の為なら何かを切り捨てる事が出来るタイプの人間だと思った。私と同属の匂いがした。
私の言葉に、彼女は成程、と頷いていた。
「君の判断はともかくとして、ワクチンについては君達の協力は必要なくなった。ワクチンではないが、血清が完成したからね」
「本当ですか」
「元々ウイルスについてはパンデミック発生前から知っていたからね」
血清が完成している。それはつまりゾンビ化の発症を止めることが出来ると言う事で。しかし、それよりも。気になったのは別の言葉だった。彼女は、ウイルスをパンデミック発生前に知っていた、言った。
私は声を荒げる。
「知っていたなら何故!」
「勘違いしてもらっては困る。ワクチンや血清と言うのは即座に、そして簡単に作れるものではない。此処までの感染拡大は誰にも予想できていなかったし、感染拡大の原因については未だに見当も付かない。まぁ簡単に言うと間に合わなかったということだ」
「でも今は、ある」
「まぁ、その事は置いておこうではないか。君も私も抗体を持っているのだから」
私も、と彼女は言った。訝しむ私に彼女は興奮気味に言葉を続ける。
「ところで、君は何処まで知っている? 見た所学生だろう? 魔女がゾンビ化の抗体を持つという仮説に至るのは簡単ではあるまい。聞いてみたいものだ、この地獄でのフィールドワークの結果を」
「何を……」
「答え合わせということだよ。悪い話ではないだろう? 君も真実を知りたい筈だ。それに、大事な事に気づいていない様に見えるしな」
彼女が何を言っているのか分からなかった。彼女が信用に値する人間であるとは思えず、これ以上、此処に留まるのは何か嫌な予感がした。
しかし、私が何かを見落としているという事を、自信満々に指摘してきた彼女の言葉が気になるのもまた事実だった。
ゾンビ化ウイルスは血液感染するという事。ウイルスによってホルモン分泌が狂い人を襲いだすという事。そして魔女にはゾンビ化の抗体があるという事。これは実際に何度も目撃した結果だった。
そして、シルムコーポレーションが魔女を捜している事を知ったことで、魔女の血液によってワクチンを作ろうとしているのではないかと推測したと私は言った。三奈瀬優子は黙ってそれを聞いていたが、大きく頷く。
「素晴らしい、素晴らしいよ。だが二点間違いがある。まず一つは魔女が抗体を持つのではなく、抗体を持っているものがウイルスに感染する事で魔女になるのだ」
「……どういう意味ですか」
「ウイルスは人間の中枢神経に影響を及ぼす。抗体の無い人間は中枢神経を破壊され、ウイルスの感染拡大の為に他の人間を襲いだす。
だが抗体のある人間はウイルスによって中枢神経が活発化し、人間の従来のスペックを遥かに凌駕した力を発揮する。それが魔法だ。ウイルスを抗体と引き継いでいく、その共存関係を得たのが魔女と言う事になる」
魔女の力の真実。
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