クラウンクレイド
『17-3・疾風』
17-3
明瀬ちゃんがゾンビに囲まれて、押し倒されそうになっていた。振りほどこうとした明瀬ちゃんの腕が、無数の腕に掴まれて。それに噛み付いたゾンビの姿があって、血飛沫が上がったのが見えた。無数の呻き声が歓喜の様に幾重にも重なって。明瀬ちゃんの悲鳴の声が塗りつぶされて。無数のゾンビの肌色の合間に明瀬ちゃんの姿が消えて。幾つも重なったそのゾンビが、それを目掛けて集まって。その群れの向こうで、彼女の白い肌と必死に天に伸ばした腕だけがわずかに見えて。
そして。
風が吹いた。
「ぁぁっぁぁっぁぁっ!」
それは間違いなく明瀬ちゃんの絶叫で。ゾンビの集団の向こう側に消えて、その喉を潰した叫びが聞こえて。そして、突如としてゾンビの集団が一斉に空中に浮かんだ。そう、浮遊。数センチ、ほんの少しだけその足が地面から離れて。
風を切る音。旋風の音。そして、何かを切り裂く音。
明瀬ちゃんの周囲にいたゾンビが空中に浮かんだと思うと、一瞬にしてその全てが、その全身から血を吹き出した。皮膚が無数に裂けて、血と肉が空中に飛び散って。何かに吹き飛ばされるようにして勢いよく、ゾンビの身体が飛んでいく。それらは背中から地面に落ちていった。
「え……?」
風。突如吹き荒れた風が、ゾンビを吹き飛ばし、その身を刻んだ。
その中心にいたであろう明瀬ちゃんが、呆然とした様子で、立っていた。血の流れ出した腕を胸の前に突き出して、ただ立っていた。
何が起きたのか理解出来なかった。明瀬ちゃんを中心として、かまいたちが起きたとでも言うのか。ゾンビの身体を吹き飛ばす程の風が、突発的に吹いたというのか。明瀬ちゃんを巻き込まずに。それは。そんなのは、まるで。
「魔法……!?」
ゾンビの呻き声が幾重にも聞こえた。私の背後に、残りの群れが迫ってきていた。首から下に力が入らず、指先だけでもなんとか動かそうとする。魔法は使えないどころか、逃げる事すらままならない。私を見て明瀬ちゃんが駆け寄ってくる。
「祷!」
明瀬ちゃんの大声が、彼女が突き出した腕が。再び風を呼んだかのように。
私の頭上を吹き抜けていった強風が、ゾンビの群れを凪いで。その鋭い旋風が、ゾンビの皮膚を肉ごと抉り削り取る。血飛沫が勢いよく散って、それすらも風が散らす。塵芥を巻き上げ白く染まった暴風が、ゾンビの群れを空中へと打ち上げて。そしてそれらは、勢いよく地面に落下していった。まともに着地の姿勢が取れる筈も無く、鈍く何かが折れる音と共に、彼等は地面に潰れていく。
今の強風は、偶然だとは思えなかった。そして、自然現象と呼ぶにはあまりにも異様な風だった。ゾンビの身体を切り裂き、打ち上げる風。風速だけでは説明が付かない。
だとすれば、今のは魔法でしかありえない。けれども、明瀬ちゃんは魔女の家系ではなく、魔法の事など微塵も知らなかった。
魔女家系というように、魔法には才能が大きく左右する。逆に言えば才能さえあれば、突如その力に目覚める事はありえた。しかし、そんな偶然があり得るのだろうか。このタイミングで魔法に目覚めた、その事実にはあまりにも説明が出来ない。
偶々、明瀬ちゃんには魔法の才能があった。生命の危機に、それが突如発現した。そんな「偶然」が起こり得るのだろうか。
魔女家系以外の魔法の発現については、似たような状況に覚えがあった。私の知る、魔法が突如発現したもう一人。
佳東さんも水を操る魔法が突如発現したと言っていた。魔法についての知識は全くなく、魔女家系でないのは確かだった。彼女も偶然だったとして。
何か、見落としている気がする。何か、共通点があるような。
思考は纏まらず、鈍い感覚が身体中に沈み込む。
「祷しっかりして」
私の側にしゃがみ込んだ明瀬ちゃんに、肩の下に腕を回されて。私は力が入らず、無理矢理引き起こされた。私の身体が彼女へと倒れ込んで、バランスを崩しそうになりながらも、腕を回してもらい支えてもらう。
「動ける?」
「祷! 明瀬!」
加賀野さんの叫ぶ声がして、電撃が弾ける音がそれに続く。別のゾンビの群れに囲まれて姿の見えなくなっていた加賀野さんが、それを切り抜けて現れた。ゾンビの群れの一点に風穴を開けて、其処を突破してくる。血と脂で歯が回らくなったのか、動かないチェーンソーでゾンビの側頭部を殴りつけてゾンビを押し倒していた。彼女の周囲で散った青白い電撃が、近くのゾンビへと這い廻りスパークを散らす。
彼女は血まみれであったが、群れを駆け抜けてきた足取りは確かで。
「明瀬、祷をお願い! ホームセンターの中に戻るわ!」
「祷、行くよ!?」
「あたしが道を開く!」
ホームセンター裏口から店内1階フロアに戻る。追ってくるゾンビから距離を離すも、店内にはゾンビが群れとなって集結しつつあった、加賀野さんが向かってくるゾンビを電撃で貫くも、私の身体が上手く動かないせいで、ゾンビの群れが集結しつつあるスピードに対応出来そうになかった。明瀬ちゃんに肩を回されて、私の動かない足を引きずる様に店内を進んでいく。通路を塞ぐようにゾンビの群れが沸いて出た。
駄目だ、そんな感情が私の中で過る。
だが、明瀬ちゃんが加賀野さんへと叫んだ。
「加賀野ちゃん、火災警報器を発動させて!」
明瀬ちゃんの言葉の意味を理解してか、加賀野さんは天井へと雷撃を放った。パルスが散って、蛍光灯が煙を立てて割れる。一間遅れて、火災警報器のサイレンがけたたましく鳴りだした。フロア中に鳴り響く音が、全てを塗りつぶしてしまう。ゾンビの動きが止まった。
「今だよ!」
明瀬ちゃんがゾンビに囲まれて、押し倒されそうになっていた。振りほどこうとした明瀬ちゃんの腕が、無数の腕に掴まれて。それに噛み付いたゾンビの姿があって、血飛沫が上がったのが見えた。無数の呻き声が歓喜の様に幾重にも重なって。明瀬ちゃんの悲鳴の声が塗りつぶされて。無数のゾンビの肌色の合間に明瀬ちゃんの姿が消えて。幾つも重なったそのゾンビが、それを目掛けて集まって。その群れの向こうで、彼女の白い肌と必死に天に伸ばした腕だけがわずかに見えて。
そして。
風が吹いた。
「ぁぁっぁぁっぁぁっ!」
それは間違いなく明瀬ちゃんの絶叫で。ゾンビの集団の向こう側に消えて、その喉を潰した叫びが聞こえて。そして、突如としてゾンビの集団が一斉に空中に浮かんだ。そう、浮遊。数センチ、ほんの少しだけその足が地面から離れて。
風を切る音。旋風の音。そして、何かを切り裂く音。
明瀬ちゃんの周囲にいたゾンビが空中に浮かんだと思うと、一瞬にしてその全てが、その全身から血を吹き出した。皮膚が無数に裂けて、血と肉が空中に飛び散って。何かに吹き飛ばされるようにして勢いよく、ゾンビの身体が飛んでいく。それらは背中から地面に落ちていった。
「え……?」
風。突如吹き荒れた風が、ゾンビを吹き飛ばし、その身を刻んだ。
その中心にいたであろう明瀬ちゃんが、呆然とした様子で、立っていた。血の流れ出した腕を胸の前に突き出して、ただ立っていた。
何が起きたのか理解出来なかった。明瀬ちゃんを中心として、かまいたちが起きたとでも言うのか。ゾンビの身体を吹き飛ばす程の風が、突発的に吹いたというのか。明瀬ちゃんを巻き込まずに。それは。そんなのは、まるで。
「魔法……!?」
ゾンビの呻き声が幾重にも聞こえた。私の背後に、残りの群れが迫ってきていた。首から下に力が入らず、指先だけでもなんとか動かそうとする。魔法は使えないどころか、逃げる事すらままならない。私を見て明瀬ちゃんが駆け寄ってくる。
「祷!」
明瀬ちゃんの大声が、彼女が突き出した腕が。再び風を呼んだかのように。
私の頭上を吹き抜けていった強風が、ゾンビの群れを凪いで。その鋭い旋風が、ゾンビの皮膚を肉ごと抉り削り取る。血飛沫が勢いよく散って、それすらも風が散らす。塵芥を巻き上げ白く染まった暴風が、ゾンビの群れを空中へと打ち上げて。そしてそれらは、勢いよく地面に落下していった。まともに着地の姿勢が取れる筈も無く、鈍く何かが折れる音と共に、彼等は地面に潰れていく。
今の強風は、偶然だとは思えなかった。そして、自然現象と呼ぶにはあまりにも異様な風だった。ゾンビの身体を切り裂き、打ち上げる風。風速だけでは説明が付かない。
だとすれば、今のは魔法でしかありえない。けれども、明瀬ちゃんは魔女の家系ではなく、魔法の事など微塵も知らなかった。
魔女家系というように、魔法には才能が大きく左右する。逆に言えば才能さえあれば、突如その力に目覚める事はありえた。しかし、そんな偶然があり得るのだろうか。このタイミングで魔法に目覚めた、その事実にはあまりにも説明が出来ない。
偶々、明瀬ちゃんには魔法の才能があった。生命の危機に、それが突如発現した。そんな「偶然」が起こり得るのだろうか。
魔女家系以外の魔法の発現については、似たような状況に覚えがあった。私の知る、魔法が突如発現したもう一人。
佳東さんも水を操る魔法が突如発現したと言っていた。魔法についての知識は全くなく、魔女家系でないのは確かだった。彼女も偶然だったとして。
何か、見落としている気がする。何か、共通点があるような。
思考は纏まらず、鈍い感覚が身体中に沈み込む。
「祷しっかりして」
私の側にしゃがみ込んだ明瀬ちゃんに、肩の下に腕を回されて。私は力が入らず、無理矢理引き起こされた。私の身体が彼女へと倒れ込んで、バランスを崩しそうになりながらも、腕を回してもらい支えてもらう。
「動ける?」
「祷! 明瀬!」
加賀野さんの叫ぶ声がして、電撃が弾ける音がそれに続く。別のゾンビの群れに囲まれて姿の見えなくなっていた加賀野さんが、それを切り抜けて現れた。ゾンビの群れの一点に風穴を開けて、其処を突破してくる。血と脂で歯が回らくなったのか、動かないチェーンソーでゾンビの側頭部を殴りつけてゾンビを押し倒していた。彼女の周囲で散った青白い電撃が、近くのゾンビへと這い廻りスパークを散らす。
彼女は血まみれであったが、群れを駆け抜けてきた足取りは確かで。
「明瀬、祷をお願い! ホームセンターの中に戻るわ!」
「祷、行くよ!?」
「あたしが道を開く!」
ホームセンター裏口から店内1階フロアに戻る。追ってくるゾンビから距離を離すも、店内にはゾンビが群れとなって集結しつつあった、加賀野さんが向かってくるゾンビを電撃で貫くも、私の身体が上手く動かないせいで、ゾンビの群れが集結しつつあるスピードに対応出来そうになかった。明瀬ちゃんに肩を回されて、私の動かない足を引きずる様に店内を進んでいく。通路を塞ぐようにゾンビの群れが沸いて出た。
駄目だ、そんな感情が私の中で過る。
だが、明瀬ちゃんが加賀野さんへと叫んだ。
「加賀野ちゃん、火災警報器を発動させて!」
明瀬ちゃんの言葉の意味を理解してか、加賀野さんは天井へと雷撃を放った。パルスが散って、蛍光灯が煙を立てて割れる。一間遅れて、火災警報器のサイレンがけたたましく鳴りだした。フロア中に鳴り響く音が、全てを塗りつぶしてしまう。ゾンビの動きが止まった。
「今だよ!」
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