クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

『17-4・敗走』

17-4


 私達は1階フロアを脱出し、2階フロアまで戻ってきた。私はずっと明瀬ちゃんに支えられていたがそれも限界で、辿り着いて早々に倒れる様に床に転がる。私の腕の下から明瀬ちゃんが這い出して立ち上がろうとしたが、そのまま床に崩れ落ちた。私は起き上がる事すら出来ず、荒い呼吸を繰り返し横たわったままだった。先程までの光景が嘘の様に、2階フロアは静まり返っていて。

「ねぇ、弘人は」

 加賀野さんがそう言った。彼女は壁に背を預けて床に崩れ込み、肩で呼吸を繰り返している。明瀬ちゃんは、その問いに答えようとしていたが、言葉に詰まって。

 数分の沈黙の後、私と加賀野さんは此処で何が起きたのかを知った。私達がいない間に起きた悲劇を聞いた。加賀野さんは話の途中で泣き出して、何度も床に力なく拳をぶつけていた。
 私がようやく動けるようになったので、三人で2階フロアを回った。床に零れた血の跡が、窓からずっと続いているのを見つけて、その跡を追っていくとベッドの上で息絶えた梨絵ちゃんの姿があって。梨絵ちゃんの肌についた血の跡を見た明瀬ちゃんが、泣きながらそれを拭い綺麗にしようとしていた。
 亡骸になった梨絵ちゃんを前にして、私達は黙祷というよりも、ただ言葉を詰まらせた。

 血の跡はフロアの途中で途切れて、三奈瀬君と樹村さんの姿は発見できなかった。嘆きより悲しみより、肩にのしかかる無力感で私は一杯になっていて。何も言葉に出来なかった。
 三奈瀬君は噛まれ、それを助けに樹村さんは消えたという。考えたくもないが、生きているとは考えづらかった。
 一瞬にして全てが壊れた。みんなが死んでいった。また、私の手で誰かが死んでいく。知っている顔が目の前で死んでいっても、心が揺れ動かなくなった事を、私はそれを成長と呼ぶべきなのだろうか。

「なんで」

 床に座り込んだ私達の中で、加賀野さんが口を開いた。それは、その言葉は、堪え切れず漏れた様で。

「あなただけ生き残ってるのよ」
「分かるわけないじゃん、そんなの」

 私がその言葉に食い下がろうとして、それでも声が出せなくて。
 明瀬ちゃんが今回噛まれても発症しなかったことから、やはりゾンビ化への抗体があるのは間違いないように思えた。ただ、魔女については予想外だった。
 明瀬ちゃんが、床を力なく叩く。やり切れなさが急に沸々と湧き出してきてか、明瀬ちゃんが昂った声を上げる。

「分かんないよ! 目の前で梨絵ちゃんがゾンビになって、三奈瀬君は噛まれて! 香苗さん必死に連れて逃げたのに気づいたらどっかいっちゃうし! 葉山君も鷹橋さんもゾンビになって! ゾンビに殺されるって思ったら突然魔法が使えるようになるし! こんなの分かるわけないじゃん、私がいけないっていうなら何が駄目だったのか教えてよ!」

 一気にそれを言い切って、明瀬ちゃんは咳き込んだ。加賀野さんが小さく「ごめん」という言葉を呟く。
 全てを失って、それでも私達は生きていて。私の手にはまだ、あの時の感触が残っていた。大型ゾンビは偶然か必然か、どちらも私の知っている人物が変異していて。そのどちらも、私が殺した。

 私が加賀野さんが、ヘリを狙った攻撃に巻き込まれた後。私達が身を隠すと大型ゾンビはその場から去っていった。故に、一度ホームセンターへ帰還しようとしたのだが、まさかその大型ゾンビがホームセンターに現れ、しかもその正体が変異した葉山くんであるとは思ってもいなかった。

 大型ゾンビは従来のゾンビと比較して明らかに異様だった。ゾンビの特徴である身体能力か感覚器官の低下が一切見られず、むしろ身体能力に関しては人間のそれよりも強化されている。他のゾンビの様に著しい知能の低下も見られない。投擲という動作を的確に行い、その効果を理解している。他のゾンビとは明らかに違う。

「何で葉山君と鷹橋さんだったんだろ」

 ゾンビの差異は何故生まれるのだろうか、そう呟いた私に、明瀬ちゃんが言う。走れるゾンビ「スプリンター」と通常のゾンビ「ウォーカー」の差異は、内臓機能の差ではないかと。ゾンビは体内で超超高分子化合物の類を生成できる器官を持っているのではないかと明瀬ちゃんは言う。そしてそれと並行して、ブドウ糖も変換できるゾンビが「スプリンター」になるのではないかと。

「じゃあ、あの大型ゾンビは何が違うの」
「……分かんないけどさ、まるでウイルスによる変化を上手く活用しているみたいな感じがある。適合って言えば良いかな」

 適合、と私は言葉を繰り返した。それは感染した人間の体質に左右しているのだろうか。それともウイルスそのものが変異しているのか。ウイルスそのものの変異している可能性に関しては、明瀬ちゃんが難色を示した。
 では、明瀬ちゃんがゾンビへの抗体を持っている様に、ゾンビウイルスに感染しても、その変異する先が、感染者の体質によって決定されるのだろうか。

「体質……」
「体質っていえばさ、ねぇ、祷。私にもさ、魔女の血が流れてたってこと?」
「魔女の家系じゃなくても魔法の才能がある人っているから。佳東さんの時みたいに。魔法の発動は独特な感覚がいるから、才能があっても気付かない人も多いと思う」

 そこまで答えて、私はふと気が付く。明瀬ちゃんと佳東さんの奇妙な共通点に気が付く。
 それだけしかない一例であったが、しかしシルムコーポレーションの一件がそれを結び付けている気がして。私はその可能性を口にした。魔女とゾンビ、不可思議でこの世界に存在する筈がない筈だったものを結び付ける可能性。

「魔女にゾンビ化の抗体があるのかも」

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