クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

『7-5・Sorceress』

7-5


「な!?」

 弘人の目に映ったのは、激しく眩い光であった。青白い閃光が、周囲を真っ白に照らし出しながら明滅する。パルスが走り回り天井の蛍光灯が割れ、破裂音と共に白煙が散った。ガラスの破片が閃光を刻んで。蛇の如くうねる電流が大気を焦がした。
 桜の手から放たれた電撃が大型ゾンビを刺し貫いた。ゆっくりと、背中から大型ゾンビが床に倒れる。振動が店内に伝わって、重量感のある音が響き渡る。
 今の目を疑う様な光景を弘人は理解が出来なかった。あの電撃は何だったのか。

「……倒せたのか」
「いや、死んでねぇ」

 鷹橋がそう言い切った。床に倒れた大型ゾンビの腕が微かに動いている。ゾンビの血を頭から被って全身を汚した桜が、その手のチェーンソーのスイッチを切って言う。

「急いで」
「何だよ、今のは」
「早く」

 弘人の質問には答えず、桜は苛立ちを隠さずに言う。弘人が鷹橋に肩を貸して、ゆっくりと立たせる。苦い声を振り絞りながらも、鷹橋は起き上がった。苦しそうに息を荒げているが、その眼はぎらついていて、痛覚よりも別の何かが彼を一杯にしている様に見えた。苦痛に歪んでいた表情の合間には、何処か興奮の色が見え隠れする。

 大型ゾンビを迂回してコンビニの外に出た。手を振って、香苗に車を近付けさせる。たどたどしく後退してくる車に、鷹橋は少々苛立っている様だった。後部座席を開けて鷹橋を座らせた。頭から血を被っている桜を見て梨絵が泣き出した。赤黒い血が少し乾いて、桜の肌に張り付いていた。車の前で立ち止まった桜を、弘人は後部座席に押し込んだ。

「ちょっとなにすんのよ!」
「ぼさっとしてんなよ!」

 ドアを叩き付けるように閉めて、弘人は助手席に回った。ハンドルを握った横の香苗に言う。

「香苗、出してくれ!」
「一体、何があったの」
「いいから、早く!」
「急に言われても、私免許取ったばかりなのよ」

 香苗がゆっくりとアクセルを踏み込んだ瞬間、桜が窓の外を見て言った。

「追いかけてきてるわ!」

 サイドミラーには、コンビニの店内からゆっくりと出てきた巨躯の姿が映っていた。桜がチェーンソーの刃を突き立てたゾンビの心臓は、切り込んだ箇所は既に塞がっており大きな傷跡に変わっていた。零れた血が全身を汚していたものの、血は何処からも溢れ出していない。驚異的な治癒能力だった。
 その姿に、香苗が悲鳴を呑み込んだ。そんな香苗に鷹橋が言う。

「足は速くない筈だ、そのまま思い切りアクセル踏め。どうせゾンビにぶつけまくった車だ」

 香苗が悲鳴を上げながら思い切り加速した。ミラーに映る大型ゾンビの姿が小さくなっていって、安心して弘人は溜め息を吐いた。車道に戻って速度を落とした香苗が、ハンドルを固く握りしめていた手を少し緩める。バックミラー越しに、後部座席の桜に話しかけた。

「桜ちゃん、平気なの?」
「そうよね……心配よね、ここで降りるわ」
「どういうこと?」

 桜の言葉に、香苗が不思議そうに言った。桜の言葉に、隠しきれていない苛立ちの色が混ざる。

「噛まれては無いけど、これだけ血を被った。不安に思うのは、あたしも分かるから」
「よく分からないのだけれど、私の鞄の中にタオルが入ってるから使って言おうと思って」
「いつまでお人好し『ごっこ』してんの、それとも単に馬鹿なわけ?」
「どういうことなの……?」
「ゾンビが他の人間に噛みつくと、その人はゾンビに変わる。血液や体液からの感染の可能性があるのは馬鹿でも分かるじゃない。ゾンビの血を大量に被ったあたしが感染する可能性が高いわけ。だから」

 桜がそこまで言って、香苗はようやく言葉の意図を察したようであった。確かに、ゾンビ感染の切っ掛けには血液が関わっている可能性が高い。「スプリンクラー」と呼称した駅前で目撃した破裂する人間。周囲に彼の血が飛び散ったことで感染は広まった様に見えた。桜もその可能性は否定しきれない。しかし、弘人が今まで見てきたゾンビ感染の光景では、切っ掛けからゾンビ化までのタイムラグは非常に短かった。桜に大きな変化は見られない。
 切り捨てろ、と桜は言った。切り捨てる、と鷹橋は言っていた。けれども、弘人はそれを選べなかった。

「桜は俺たちを助けてくれた」
「馬鹿じゃないの」
「俺たちは助け合うべきだろ」

 二人のやり取りを聞いていた鷹橋が笑った。桜の頭を小突いて、鷹橋は言う。

「止めとけ、桜。馬鹿には勝てねぇ。それと弘人、さっきは助かった」
「いえ」
「確かにそうだ、協力し合うべきだ、俺達は。桜、お前も含めてな」

 鷹橋が、考えを変えてくれた事を弘人は嬉しく思った。そういえば、と弘人は思い出す。鷹橋が桜を見て何か聞きなれない言葉を言っていた。桜が見せたあの雷撃と何か関係があるのだろうか。弘人は桜に問いかける。

「なぁ、桜。さっきのは何だったんだ」

 香苗のタオルで顔を拭いていた桜は、弘人の問いを前にして、タオルを手に持ち見つめたまま暫し悩んでいた。

「あたしは電気を起こす力があるのよ。所謂、魔女って事」
「魔女!?」

 弘人が急に大声を出したので、香苗が驚いてブレーキを踏んだ。急停止した車体が大きく揺れる。雑音を垂れ流していたラジオを切ろうとした香苗の指が滑って、ラジオの受信周波数が変わった。雑音が一瞬途切れて、スピーカーから人の声がした。

『私達は内浦市のホ-ムセンタ-に居ます。生き残っている人は――』



【7章・兆しを宿す者/弘人SIDE 完】

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