最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その65 魔王さま、帝国に侵入する
サルヴァ帝国内の中央に位置する首都カストラ。
その北側に建つのが、皇帝ディクトゥーラ・マールムが居るカストラ城だ。
火と光のアーティファクトが奪われ、じわじわと追い詰められていく中、ディクトゥーラは玉座の間にて不敵に笑いながら兵からの報告を聞いていた。
「そうか……来たか」
壁を乗り越え魔王が領内に侵入した。
それを聞いた時、ディクトゥーラは胸が躍った。
圧倒的魔力を用い、未開の地を開拓、次々と他の国家との国交を結び、2年にも満たない時間でマオフロンティアと呼ばれる国家を作り上げた男、魔王。
魔物と人間の共存という思想をディクトゥーラは吐き気がするほど嫌っていたが、しかしその実力は評価していた。
でなければ、わざわざ切り札たるアーティファクトを使ったりはしない。
そして魔王は自分の国を守るどころか、遠く離れたマルまでも守ってみせた。
その上、アーティファクトまで奪われ、ディクトゥーラは――正直、愉快で仕方がなかった。
先代から続く破壊神サルヴァを目覚めさせる計画は順調すぎるほど順調に進み、破壊神を従わせるための装置の開発ももはや完成間近。
一時期は積極的に戦争に向けて動いていたエイレネも、近頃では日和ったのか目立った動きは見せていない。
ディクトゥーラは退屈だった。
立ちはだかる壁がないこと。
乗り越えたときに得られるカタルシス、絶望に歪む敗北者の嘆き、それらは何にも代えがたい至上の快楽だ。
それを得る機会すら無いことを、彼は嘆き続けていた。
「待ちに待った時が近づいているのだ、せいぜい愉しませて貰わんとな」
そこに流星のごとく現れた魔王という存在。
世界崩壊へ向けてのカウントダウンが着々と進む中、ディクトゥーラにとっては魔王こそが退屈を癒やすための最後の希望だった。
失敗を知らず、自信に満ちたその男を打倒し、絶望の奈落へと突き落とすこと。
今のディクトゥーラが望むことは、ただそれだけである。
サルヴァ帝国は壁で覆われた謎多き国家だ。
出入りするための門はあるものの、国交があるのはごく一部の国家のみ。
それらの国家もサルヴァの情報を他国に漏らすことは決して無く、その実態は長年明らかにされることはなかった。
そんなサルヴァの地に、僕は今、足を踏み入れている。
空を飛び壁を越え、割と堂々と領地内に侵入すると、ニーズヘッグが不安そうに口を開いた。
「せめて姿を隠した方が良いと思うのだが」
「学院と一緒で、視覚的に監視されてるのはもちろんだけど、魔力的にも監視してるはずだから。姿を隠したってその魔法が感知されてどうせバレるから同じことだよ。だったら堂々としてた方が、相手にプレッシャーを与えられると思ってね」
「豪胆だのう、付いていくのも一苦労だ。そのおかげでおぬしの隣でしか見えぬ景色があるのだがな。例えば、今まさに目の前に広がっておる景色のような――」
高度な魔法の技術を持つ豊かな国家。
そんなサルヴァに対するイメージは、壁を越えた瞬間に崩壊した。
「見事に枯れておるな」
「うん、この国は死んでる」
スラムを彷彿とさせるボロボロの町並みに、砂色が目立つまばらな畑。
そしてそこに住む人たちもまた、その多くが生ける屍のように痩せこけている。
これだけ大きな国の富が中央にばかり集中しているのだとしたら――軍事技術だけが異常に発達するのも頷ける。
地面を這う虚ろな目が、空を飛ぶ僕たちの姿を捕らえていた。
見慣れぬ異物に驚く体力すら無いのか、見上げる彼らの顔は一貫して無表情だ。
時折聞こえる、『助けて、助けて』という声が、さらに彼らの精神を削っているのだろう。
「まるで呪詛のような声だな」
「本当に呪われてるのかもね、この国の人たちは」
住民たちの姿は、呪いによって死体から蘇ったアンデッドのようだ。
死んだ目で見つめられていると、あまり気分は良くない。
「ひょっとするとこの壁は、外から内に入れないためじゃなく、国民を逃さないためのものだったのかもしれない」
「巨大な檻、というわけか。統治しておるのは皇帝ディクトゥーラ、だったか? やっていることは魔王よりよっぽど魔王らしいな」
「そういう表現に魔王って言葉を使うのはやめてくれないかな。この国を作ったやつはただの能無しだ、独裁者としても三流以下だね」
「おぬしも独裁者としては道を外れておると思うがのう」
目的が世界を破滅させる破壊神の目覚めなんだから、国のことなんてどうでも良かったんだろうけど。
それにしても、この風景を見て胸が痛まないものなのかな。
それともファルゴと同じように、自分は選ばれし人間で、他人を虐げる権利があるとでも思っているのか。
なんにせよ、この巨大な帝国という名の宗教を作り出した男だ。
話が通じる相手とは思えなかった。
帝国兵が僕たちの存在に気づき、届かない銃弾を空に向かって発砲する中、僕たちは首都カストラに向かって進み続けていた。
と言うか、あんまり空に向かって撃ってると落ちてきた銃弾で自滅しかねないからやめた方が良いと思うんだけどな。
「帝国兵は優れているのだろうと思っておったが、大したことないのだな」
「エイシャは自分を末端と言っていたけど、スパイとして外に送り出される時点である程度の実力はあるってことだろうね。地方で自国民の監視をしてる兵こそが本当の末端で、実力だってこんなものってことさ」
転送魔法を使えるのも、実はほんの一握りなのかもしれない。
ただ、その一握りが馬鹿にできない数になってしまうほど、帝国兵の総数が多いってことなのかもしれないけど。
さらに進むと、ようやく首都カストラがうっすらと見えてくる。
僕がカストラに抱いた第一印象は、要塞だった。
カストラはサルヴァの内部にありながら更に壁に囲まれている。
帝国のやり方に不満を持った国民が入ってこないようにしているんだろう。
町中には今までのサルヴァ領内ではほとんど見かけなかった近代的な工場がいくつも立ち並び、天高く煙を排出し続けている。
市街地には娯楽施設もあるようだし、エイレネですら見かけなかった高層の共同住宅もあるようだ。
明らかに、サルヴァの富の全てが集中している。
そんな発展した町並みの中には、よく見ると砲台らしき装置も設置されていた。
文字通り要塞としての役割も持っているってことなんだろう。
僕が油断して砲台を凝視していると――砲門が光り、煙を巻き上げる。
少し遅れて、ッバァン! と発射音が聞こえた。
そりゃ撃ってくるよね、敵がこんな場所まで来てるんだから。
迫ってくる砲弾を僕は余裕を持って視認し、タイミングを合わせて足を引く。
ガァンッ!
そして強化した足でサッカーボールを蹴るように打ち返した。
インパクト音は鈍い。
自らの勢いに加え、キック力まで加えられた砲弾は、発射された時以上の速度でカストラに向かって飛んでいき――
ドンッ、と惜しくも砲台のすぐ傍に着弾した。
町中から煙が立ち上る。
遠くから、蟻のような大きさの兵士たちが慌てふためく姿が見えた。
「マオ様、遊んでいる余裕など無いぞ」
「ごめんごめん、つい打ち返したくなっちゃってさ。でも……」
「何か気づいたのか?」
「今はあまり近づかない方がいいかもしれない、嫌な予感がする」
「またそれか。つまり――風のアーティファクト所持者が来るということか?」
「来るっていうか、なんだろう、もっと大きなことが起こるような……」
漠然とした予感は、以前よりはっきりとした物になっていた。
動き出す、何か大きなものが。
浮き上がる、とてつもなく巨大な何かが。
うっすらと脳裏にヴィジョンが浮かんでくる。
モザイクがかかったようにぼやけているけれど、スケールの大きさだけははっきりと理解出来た。
ゴ、ゴゴ……ゴゴゴゴ……。
サルヴァの領内に地鳴りが響き渡る。
下を見ると、音だけでなく、地面は明らかに揺れていた。
地震という自然現象ではなく、人為的に、明らかに何らかの意図をもって。
「な、なんなのだ、この音は」
カストラを囲む壁を境界線にして、砂埃が巻き上がる。
帝国兵たちは状況を把握していないらしく、大地震と勘違いしたのか大急ぎで施設内へと避難している。
せめて身内にぐらい話しておけばいいのに。
ガゴオォォンッ!
そして、カストラと大地は袂を分かった。
首都カストラが、空高く舞い上がっていく。
夢としか、冗談としか思えないその光景は紛れもなく現実で――
「馬鹿な、いくらなんでも無茶苦茶だ……」
ニーズヘッグは驚愕のあまり、口をあんぐりと開けている。
確かに無茶苦茶だってのには同意だ。
僕が彼女に比べて動じなかったのは、ひょっとすると前世で見たアニメで、空飛ぶ城を見てたからかもしれない。
だとしても、実際に見るのと画面越しに見るのとでは迫力が全く違う。
こうして、要塞のようだと称した町は、紛れもなく機動要塞と化したのだった。
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