最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その64 魔王さま、送り出される
「では、今回の件を説明してもらおうか魔王様」
樹人族の長、スィドラが厳しい口調で僕を問い詰めた。
周囲に居る魔物の長たちも同意して頷く。
ここは魔王城内の会議室。
カーリスとの戦いの後、町の修復と怪我人の手当が一通り終わると、僕は長たちに会議室に集合するよう招集をかけた。
今回の避難に関する説明が必要だったからだ。
犠牲になる魔物が1体も出なかったのが幸いだった、そうなってたら話し合いじゃ済まなかったろうから。
「順を追って説明するよ。まず僕がフォラスから”サルヴァ帝国が複数のアーティファクトを手に入れた”と言う情報を手に入れたのが昨日の朝のことだった。具体的には僕たちが手に入れた水、土のアーティファクトを除く4つ全てだ」
うち火と光を回収したから、帝国が持つ残りは風と闇だけだけど。
「その情報を手に入れた後、僕はディアボリカでサルヴァのスパイを発見した。それが部屋の隅に立っている彼女――エイシャだ」
僕の紹介を受け、エイシャは一歩前へ出て深々と頭を下げた。
もちろん魔物たちの視線は懐疑的だ。
「帝国ノスパイヲ入れテ、大丈夫ナノか?」
オークの長、カルヴァトスの疑問はごもっとも。
僕はすぐさま答える。
「僕の力で魔王に忠誠を誓ってくれた、裏切ることは絶対に無いと言いきれるよ」
「その通りです魔王様、私の命は全てこの国に捧げております」
「ウ、ウム……ソうカ……」
カルヴァトスは納得してくれたようなのだが、僕の力でって部分が引っかかったのか、微妙な表情をしている。
「そして僕たちはエイシャからサルヴァの情報を得た。どうやら彼らは領土の地下に眠る”破壊神サルヴァ”と呼ばれる存在を、闇のアーティファクトを使って目覚めさせようとしているらしい。その破壊神は、文字通り世界を破壊し尽くすほどの力を持っているそうだ」
できれば破壊神の存在は伏せたまま事態を収束させたかった。
みんなが困惑し、怯えてしまうのは目に見えていたから。
けれど帝国がここまで派手に動き始めた以上、隠し通すことも出来ない。
案の定、魔物の長たちはざわざわと騒ぎ出す。
そしてスライムの長、ミュージィが怯えたようすでおずおずと尋ねた。
「世界が、滅びるんですだ?」
「話によるとね、僕の力があっても勝てないらしい」
「い、嫌ですだ……まだ魔王さまとねんごろの関係にもなってないのに死にたくないですだ……」
それが最後に残した未練って、スライムの長としてどうなんだ。
しかし、僕でも勝てないという言葉を聞いて、取り乱したのはなにもミュージィだけじゃない。
明らかに他の長たちも動揺していた。
そんな中、フェアリーの長であるライムとその補佐のシトラスは落ち着いた様子で言った。
「なあ、そんな化物を目覚めさせたら帝国まで滅びるんじゃないか?」
「本末転倒ですよねぇ」
「破壊神を制御する術を準備しているらしいよ、それが未完成だから闇のアーティファクトを手に入れてもサルヴァは破壊神を目覚めさせないんだとか」
「それは、いつ完成するのですか?」
人間の代表として顔を出しているフラウが、毅然とした態度で問いかけてくる。
少し見ないうちに立派になったもんだ、奴隷として救出された頃の面影はほとんど残っていない。
若干細身だけど肌の色も健康的だし、すっかり読み書きも出来るようになったみたいだ。
……っと、関心してる場合じゃない、ちゃんと答えないとね。
「具体的にはいつかはわからない。けど、サルヴァは火のアーティファクトを使いマルの国を攻め、そして同時に光のアーティファクトを使ってこの町に攻め込んできた。要するに時間稼ぎの必要があったってことだ」
「つまり、今日の騒ぎはその光のアーティファクトを使った帝国兵が攻め込んできたから、ってことですにゃ?」
「そういうことになる」
「話によれば、魔王様は帝国が攻め込んで来ることを察知して、あらかじめ彼女たちを配置してたそうではにゃいですか、それなら我々にも教えてくれてよかったのではにゃいですか?」
ケットシーの長が、僕の近くに立っているニーズヘッグたちを見ながら言った。
「僕はサルヴァの動向を掴んでいたわけじゃないんだ」
「だったら、どうして配置できたですにゃ?」
「勘、っていうか、それ以外に表現しようがないんだよね。強烈に嫌な予感がして、だから僕はマルの国へ向かって、そしてディアボリカを守るために彼女たちを配置した」
「そんな馬鹿にゃ……と言いたくても、魔王さまだとありえるから困るにゃ」
「魔王様が、そうだと言うのなら、納得するしか、あるまい」
会議室の窓の外から、野太い声が聞こえてくる。
話しているのは、巨人族の代表であるサイクロプスだ。
体が大きすぎて入らないもんだから、仕方なくこういう形で会議に参加してもらってる。
雨の日はびしょ濡れになるから、その辺の対策もじきに考えないといけないな。
どうやらサイクロプスのフォローのおかげで、今回の件は仕方ないことだったと魔物たちは納得してくれたみたいで、それ以上は場が荒れることは無かった。
しかし、本題はここからだ。
今までの話は起きたことを、おさらいしただけに過ぎない。
真に語り合うべきは、これから先、帝国に対しどういった態度を取るか、だ。
まあ、僕はすでにそれを決めているんだけど。
「さて、避難についての説明も終わったところで、これからサルヴァ帝国をどうするかだけど――一番確実な方法で潰そうと思ってる」
「ト、言うト?」
「僕がひとりで乗り込む」
カルヴァトスの動きが止まる。
いや、彼だけでなく他の魔物たちも。
僕は後ろから冷たい視線を感じて、恐る恐る振り返った。
そこで僕が見たものは――
「わかってましたよ」と諦めるグリム。
「まおーさまらしいな」と誇らしげなザガン。
「まあそうだろうね」と納得するフォラス。
「魔王サマはわかってねえなあ」と呆れるヴィトニル。
そして、無言で僕を睨みつけるニーズヘッグの姿だった。
しかもなぜか泣きそうだ。
「ニーズヘッグ、これはみんなの安全を考えた結果なんだ。まだ風のアーティファクトだって残ってる、サルヴァ領内じゃ何が起きるかわからないし、それにディアボリカを守る人員だって必要になる」
「私の居場所はマオ様の隣だけだと、つい最近言ったはずだが」
確かについ最近聞いたけども。
「魔王サマ、連れてってやりな。この町なら大丈夫だ、傷が無限に治癒するような相手でもない限り、オレたちが居れば負けやしねえよ」
「そうは言っても……」
ニーズヘッグは町を防衛するにあたって大きな戦力になるはず。
僕が彼女を置いていこうとしたのは、もちろん危険に晒さないというど理由も含まれているけれど、むしろ防衛のための戦力に、という側面の方が大きい。
それに、あの時、カーリスに殺されかけていたニーズヘッグの姿は、僕にとってもトラウマになってるんだ。
例え治癒できたとしても、もう二度とあんな姿は見たくない。
そういった願いも込めていたつもりなのに――
「……だめ、か?」
上目遣いでそんなことを言われて、断れる男が居るわけがないじゃないか。
「はぁ……わかった、僕の負けだ。連れていくからそんな悲壮感に溢れた目で僕を見ないでってば」
「そ、そんな目になっていたのか?」
「なってた、見てるだけで罪悪感が湧いてくるぐらい」
指摘されたニーズヘッグは、頬に手を当てながら赤くなってしまった。
よほど恥ずかしかったのだろう。
あれだけ破壊力抜群な顔が無自覚だったなんて、恐ろしい話だ。
「ところで魔王樣、そもそも帝国領に乗り込んだりして、あなたの身は大丈夫なのかしら? 破壊神には勝てないって言ってたような気がするんだけど」
あまり口を開かなかったアルラウネの長が、気だるそうに言った。
「そこは未知数と言うしか無いかな。でも世界を滅びさせるわけにはいかない、まだやりたいことも、支配したい場所も残ってるんだから」
「若いわねえ、みんなそういう所に惹かれたんでしょうけど」
アルラウネは髪をいじりながら、楽しそうに笑っている。
転生前から合わせれば50年だけど、今の僕として生きてきた時間はほんの10年とちょっと。
彼女の言う若さという物を理解できるほど経験は積んでいないけど、自分が割と無茶なことをやっているという自覚はある。
いくらそれを実現できる力があったとしても、付き合ってくれたみんなには感謝しないとね。
「コウナッタラ、我々ニ出来るコトハ魔王サマが無事ニ戻ルコトを祈ルダケだ」
「統治者としてでなく、魔王樣という個人が無事であって欲しいと私たちは思ってるよ、特にこの場に居ないレモンとかがね」
「魔王様が居ないとこの国はおしまいですにゃ、商売上がったりですにゃ。だから、こんな所で倒れられても困りますにゃ」
「国だけではないですだ、私だって悲しいですだ」
「ネクトルの輸出で我々の地位は大きく向上した、この恩を返し切るまでに死んでもらったら困る」
「もはや、魔王樣、ひとりの命では、無いということ、だ」
全ての激励にしっかりとうなずきながら、僕は彼らの言葉を胸に刻み込む。
死ねない。死ねるわけがない。
いや、そもそも死ぬつもりなんて微塵も無いんだけど――
「ありがとう、みんな」
そう言って、僕は深く頭を下げる。
するとグリムが「相変わらずそういう所は魔王らしくないですね」と小言を言ってきた。
それを聞いたニーズヘッグが「それがマオ樣の素敵な所だ」と反論すると、いつかのやり取りを思い出した長たちは、こらえ切れずに笑うのだった。
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