最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その51 魔王さま、ニーズヘッグを泣かす
その日は、午前中で様々な申請書類を処理し、ケットシーの作る大型商業施設の建設現場の視察へ向かい。
ゆっくりとお昼ごはんを食べて、午後は特に用事もないのでだらっと過ごす。
だらっとしながら、帝国への対処法を考えてもいいかもしれない。
そんな感じで、平和に一日が過ぎるはずだった。
だけど――
「っ……マオ様……なぜ……」
何事も物事と言うのは予定通りに進まないもので。
お昼過ぎ、城で鉢合わせたニーズヘッグはなぜか泣きだして。
「いやだ……マオ様、こんなの……くっ……!」
その上、僕の顔を見るなり走って城から飛び出し――その場面を、ばっちりと第三者に目撃されてしまったのだ。
メイドとして城で働き始めたミセリアと、最近彼女とやけに仲のいいザガンに。
その瞬間、僕の平和な一日の予定は泡沫の夢と化したのであった。
案の定、ミセリアはにやにやと笑いながら僕に近づいてくる。
完全におもちゃを見つけたって感じの顔だ。
「まおーさま、ニーズヘッグをなかせたのか?」
「あーあ、泣かせちゃったんだ、いーけないんだー」
純粋なザガンは真剣にニーズヘッグのことを心配してるもんだから、余計にミセリアのおふさけが際立つ。
「待ってよ、まず僕の話を聞いて欲しい」
「どうせまた女の子に手を出して怒られたとかでしょ? ケダモノだねえ」
またって何だ、またって。
僕はまだミセリアとのキスぐらいしかしてないっての。
「まおーさまはけだものだったのか……!?」
「だから話を聞いてってば!」
目撃者からしてみれば、明らかに僕がニーズヘッグを泣かせてしまった元凶だし、責められるのも仕方ないのかもしれない。
でも、実際の所は違うんだ、むしろ顔を見ただけで泣かれた僕の方が被害者みたいなもので。
ほんと、なんで泣いてたんだろ。
「僕は偶然ここでニーズヘッグと会っただけで、何もしてないんだよ」
「本当にぃ? 先生に言いつけちゃうぞ?」
「先生なんてここには居ないって」
「呼んだか?」
「呼んでません」
ミセリアに導かれたように、フォラスがひょっこりと姿を表した。
確かに先生と言えば先生だけどさ。
彼女は手に小さな瓶を持ち、中を眺めながらこちらに近づいてくる。
瓶の中を見てみると、パチン、パチンとガラスを割らない程度の強さの爆発が散発的に発生している。
そしてフォラスはそれを見ながら頬を赤らめて……ああ、ついにそんな自家発電方法まで思いついてしまったんだね。
「聞いてくれフォラス、さっきニーズヘッグが、まおーさまの顔をみたとたんに泣きながら走っていったんだ!」
「言っておくけど僕は何もしてないから」
「つまり魔王君は、ニーズヘッグがなぜ泣いていたのか知りたい、と?」
フォラスが(一部を除いて)常識人でほんとよかった。
ニーズヘッグがなぜ泣いていたのかは僕だって気になってる。
できれば、その理由を明らかにしたいんだけど。
「でもさ、ニーズヘッグさんが涙を見せることなんて、マオ関係以外には無いと思うんだよね」
「まおーさまにぞっこんだからな!」
そこは否定しない。
「そういえば最近、彼女が本を読んでいる姿を見た覚えがあるな」
「本を?」
それは確かに珍しい。
一緒に居る時間の長いはずの僕が見たこと無いってことは、僕に見られないように読んでいたのかな。
僕に隠れて……なんかもやっとするな。
「連中を説得する方法を本で探してたんじゃねえの?」
フォラスに続いて、ヴィトニルまで姿を表した。
これで城のメンバーは全員集合か。
……みんな、割と暇してたんだね。
「説得って?」
「なんだ、本人から聞いてなかったのか。ニーズヘッグのやつ最近、ワイバーン族をマオフロンティアに引き込むために、北西にある岩山に通ってたんだよ」
ワイバーン族って言うと、ドラゴンにしては珍しく群れを作って生活する種族だったっけ。
逆に言えば、群れを作らなければ生きていけない種族ということなんだけど、とはいえ腐ってもドラゴン、戦闘力は並の魔物を軽く凌駕する。
そういや以前、ニーズヘッグと話してた時に、ワイバーンが居れば空輸もできるようになるとか話してた覚えはあったけど――まさか、それを聞いたから説得してくれてたのかな。
「もしかして自分のせいとか思ってんのか?」
ヴィトニルは鋭いな。
さすが鼻が利く、とでも言っておくべきか。
「なあに、魔王サマが知らなくても気に病むことはねえよ。あいつ自身がドラゴンとしてのプライドの問題だとか言ってたしな」
「ワイバーンが自分より格下だから、従えることができるはずだ、ってこと?」
「じゃねえの? オレには詳しいことまではわかんねえけど」
彼女のプライドの問題なら、僕は手出しするべきじゃないのかもしれない。
けれど、ニーズヘッグは泣いていた。
さすがにそれを放置することはできない。
ワイバーンだって腐ってもドラゴンだ、自分を見下してくる相手になびいたりはしないと言いたいのだろうし、僕だもマオフロンティアへの参加を強制するつもりはなかった。
だけど、ニーズヘッグが涙を流した原因がワイバーンにあるのだとしたら――
魔王としてではなく、男として話をつける必要がある。
「お、マオが珍しく真面目な顔してる」
「めずらしくはないぞ、まおーさまはいつも意外とまじめだ」
ザガン、意外とは余計だぞ。
「まあ、とりあえずワイバーンたちに聞けばニーズヘッグが泣いた理由がわかるかもしれないってことだよね」
「保証はしねえけどな」
「十分だよ、どうせ暇してたしちょっくら行ってくる」
「ヤキモチ焼いてワイバーンたちを殺したりしないようにねー」
「そこまではしないって!」
ひょっとすると、その手前ぐらいはあるかもしれないけど、さ。
魔王城を飛び立ち、全速力で飛ぶこと数十分。
僕は目的地であるワイバーンの巣窟へと到着した。
切り立った崖にはいくつもの穴が空いており、彼らがその穴を寝床にしていることが容易に想像できる。
これだけゴツゴツとした岩山なら外敵も居ない。
だからこそ、繁殖力が低いと言われるドラゴンでもここまで増えることが出来たんだろう。
僕が岩山に近づくと、複数の巣穴からワラワラとワイバーンたちが現れる。
ドラゴンと言うよりは、蟻を彷彿とさせる多さだった。
なるほど、これだけ増えればマオフロンティアに属する必要も無いわけだ。
町に住む魔物が増えて、餌取りのライバルも減ってるだろうしね。
「聞きたい話があるんだけど、長老とかボスとか、とにかくトップの人と話させてもらってもいいかな?」
僕が彼らに聞こえるよう、大きな声で言うと――
ヒュボッ!
1体のワイバーンが、僕に向かって口から火球を放つ。
「おっと」
ギリギリで避ける僕を見て、何体かのワイバーンがゲラゲラと笑った。
やってることが田舎のヤンキーみたいだ。
この調子でニーズヘッグの話も聞かなかったわけか。
僕が大きくため息をつくと、再び火球を放とうと別のワイバーンが動く。
誰が仕留められるか、チキンレースでもやるつもり?
敵が居ないから、食物連鎖の頂点に君臨したつもりになって調子に乗ってるんだろうけど、まずは身の程を知ってもらわないと。
ヒュボオッ!
再び火球が放たれる。
近づく人の大きさほどの火球を見て、僕はあえてそれを避けようとせず、拳を握りしめた。
「リフレクトスキン」
魔法を発動、右腕に反射の皮膜を展開。
眼前に迫る火球に向かってその腕を突き出し、インパクトの瞬間――
「アクセラレイトッ!」
反射した火球を対象に、加速の魔法を発動させる。
僕に向かって放たれた火の玉は何倍にも速度と威力を増幅されて、放った当人の元へと帰っていった。
元からリフレクトスキン自体にも過剰に魔力を注ぎ込み、増幅作用を付加していたから、その威力は相乗効果で数十倍にも達している。
ま、ミセリアに殺すなって言われてたから、直撃はさせないけどね。
チュィンッ――ドゴオオォォォンッ!
火球は視認不可能な弾丸の如き速さでワイバーンをかすめ、背後の岩山に着弾。
彼らの寝床である巣穴をいくつか巻き込んで、岩山は粉砕されたのだった。
突然の出来事に、何が起きたのか理解出来ていない様子のワイバーンたち。
そんな彼らに向かって、僕はもう一度告げる。
「トップの人と話をさせてもらってもいいかな?」
抑揚もなく、無機質な声でそう告げると、観念したかのようにゆっくりと1体のワイバーンが近づいてきた。
よく見てみると、周囲のワイバーンに比べて体が大きい。
表皮についている傷跡も多く、戦闘経験の多さを誇示するようだ。
彼がリーダーってことか。
「お、お前は……何者だ、何の用でここに来た!?」
相手がワイバーンだから表情ではわからないけど、どうもビビってるらしい。
やりすぎたかな。
「自己紹介がまだだったね。僕の名前はマオ・リンドブルム、一応魔王ってことになってる」
「ま、魔王だと!? つまりあの女の――」
「ニーズヘッグがずいぶん世話になったみたいだね」
ニコリと笑うと、ワイバーンは後ずさる。
僕は笑っただけなのに、後ろめたいことがあるんだろうな。
「わ、我々は悪くないぞ、ただ誘いを断っただけだ!」
「断られたなら仕方ない。今日はそこに文句をつけに来たわけじゃなくてさ、ニーズヘッグに何か変なことを言わなかったか、それを聞きに来ただけなんだ」
「変なことだと?」
心当たりが無いのか、眉間に皺を寄せながら考え込むワイバーン。
嘘をついてそうな雰囲気でもないな。
考えてみれば、ニーズヘッグってワイバーンに何か言われたからって泣くような性格はしてないと思うんだよね。
「もしかしたら自分で気づかなかっただけかもしれないし、そっちからニーズヘッグに言った言葉を教えてくれない?」
「我々はほとんど話していない。あの女が一方的に、我々の前で魔王がいかに素晴らしいかを熱弁していっただけだ」
「……なにそれ」
「それは我々のセリフだ、いきなりやってきて、見たこともない魔王を褒めちぎられて、一体どうしろと言うのだ!」
ニーズヘッグ、嬉しいけど……そりゃ説得できるわけないよ。
「最初は、魔王様はとてつもない魔力を持っていて世界最強だ、誰も敵わないという話をしていたのだが――」
ん、思ってた話と少し違うな。
「気付けば、魔王様の顔が素晴らしいだの、体のここが好きだの、優しくて好きだの、でも実は意外と野性的だの、のろけ話にしか聞こえない話を初めて……」
「あー……わかった、よくわかった」
「あれは、やはりお前のことなのか?」
「……たぶん、そうなんじゃないかな」
これじゃ、ワイバーンを疑った僕がバカみたいじゃないか。
ニーズヘッグが泣いてた理由は彼らじゃない、それは間違いなさそうだ。
まあ、いきなり攻撃を仕掛けてきたことは擁護できないけど。
「お騒がせして申し訳ない、山はちゃんと治すから――リストア」
手のひらから拡散した魔力が、粉砕された山を修復していく。
巣穴も見事再現、破壊された岩山は数秒後にはすっかり元通りに戻っていた。
「な、なんだ、今のは一体……ッ!」
「ん、魔法だよ? ニーズヘッグから聞いたんだよね」
「聞いてはいたが、無限の魔力などあるはずないと……ならばあの女の話は、全て事実だったのか」
打ちひしがれるワイバーン。
彼らが今、どういう心境できるのか僕にはわからない。
理解した所で無意味だし、わからないことを考えても仕方ないので、とっとと帰ろうと思う。
「じゃ、用は済んだから僕は帰るね」
そう言い残して、僕はさっさと魔王城へと戻っていった。
恥ずかしすぎて、あまり長居したくはなかったから。
結局、ニーズヘッグが泣いてた理由はわからずじまいのままだ。
数千年生きてきたドラゴンが泣くなんて、一体何が起きたのやら。
やっぱ本人に聞くしかないのかな。
次に顔を合わせたら直接聞いてみよう、そう決意して城の自室へ戻ると――そこでさっそく、僕はニーズヘッグと顔を合わせるのだった。
「……お、おかえり」
「うん、ただいま」
彼女は、顔を赤らめながら気まずそうに僕を迎えた。
なぜさっきは逃げたのに、今は僕の部屋に居るのか。
なぜ恥ずかしそうにしているのか。
この時、僕はなんとなくだけど……彼女が泣いてたのは、実はすごくしょうもない理由なんじゃないかと思い始めていた。
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