最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その48 魔王さま、こき使われる
エイレネの政権交代から三ヶ月が過ぎた。
その間、僕は死ぬほど忙しい日々を過ごしていた。
……と、過去形にはしてみたものの、まだ忙しいのが終わったわけじゃない。
一段落、って言えばいいのかな。
ひとまず今進めている仕事は、あとはみんなに任せるだけというか、そんな状態になって一息ついている状態だ。
こうして城にある自室で椅子に腰掛けゆっくりできるのも、一体いつ以来かな。
アルラウネたちが生産している、芳醇な香りのお茶を飲みながらの優雅な一時。
もっとも、忙しかった原因が”僕が立案した”とある企画が原因なもんだから、文句は言えないのだけど。
『魔物の国に抽選で100名様ご招待、楽園で夢のような時間を過ごしませんか?』
某新聞社の朝刊にそんな宣伝が掲載されたのが2ヶ月前のことだった。
実は正しくは、抽選で"95名"だったりするんだけど……まあ、100人招待するのは間違ってないんだし訂正する必要もないだろう。
この企画を考案したのには、ちゃんとした理由がある。
すでにディアボリカでは、迷い込んだ冒険者たちをもてなしたり、エイレネ共和国の重鎮たちを接待したりと、順調に観光地としての階段を登っていた。
政治家で接待と聞くといかがわしいサービスを連想してしまうかもしれないけれど、もちろんそういったサービスは行っていない。
踊り子に手を出すような人間は容赦なく痛めつけられる、それが魔物の国……と言うか、ごく普通の反応だからだ。
それでも、幸いなことに客からの評判は上々で、もう一度来たいと言い出す人間が後を絶たない。
特に男性客には、酒造場の見学(主に試飲)やコロッセオが。
そして女性客にはフェアリーの花畑と、レモンの作ったブランド”レモネード”本店でのショッピングが好評だ。
温泉や食事、そして夜に湖で行われるマーメイドとスライム、そして光の精霊と呼ばれる魔物”ウィスプ”による水と光のショーは、男女問わず高い評価を受けていた。
けど今のところ、マオフロンティアで迎えたことのある人間は少人数だ。
気軽に観光できる場所にしたいと考えている僕としては、まだ物足りない。
そこで100名招待して、団体客に慣れて貰おうと思ったわけだ。
当選者たちがマオフロンティアを訪れるのは、いよいよ明日。
実際に接客をすることになる魔物たちは、慌ただしく準備を進めているはず。
さすがに前日ともなると、王として出来ることなんてそう残っていない。
せいぜい準備が順調に進んでいるか視察して、彼らを励ますぐらいで。
そう慌てることは無いだろうと思って自室でゆっくりしていたのだけれど――
「まおーさま、大変だ!」
バタンッ! と勢い良くドアが開かれ、ノックもなしに入ってきたのはザガンだった。
珍しく本気で焦った表情をしている。
「ザガン、ノックはちゃんとするように」
「ごめんなさい……」
緊急時でも素直に反省するのはザガンの美徳だ。
「で、何が大変なの?」
「今日の分の魚がまだとどいてないって、セリオ料理長が怒ってるんだ!」
セリオは、人間たちが宿泊する『妖精宿・清流』という旅館で料理長をやっているサハギン族の魔物だ。
料理の腕は確かなんだけど、気難しい性格をしていて、常に怒ってるような人だからそれ自体は平常運転。
とは言え、魚が届いてない、ってのはどう考えても異常事態か。
「シーパレスに連絡したらもう出発してるはずだっていってたから、途中でなにかおきたんじゃないか?」
シーパレスはマーメイドを含む水を好む魔物たちが多く住む海辺の集落だ。
内陸部にあるディアボリカで提供される魚のほとんどは、毎朝シーパレスから輸送されている。
マーメイドの水魔法によって魚が生きた状態で到着し、新鮮な状態の魚を食べることが出来るため、魔物はもちろん、旅館に宿泊する人間にも好評だった。
確か、旅館では今日イベントが行われてて、明日のリハーサルも兼ねて100人分の料理が振る舞われるって話だったはず。
そのためのメインディッシュである魚が到着しないとなると――セリオ料理長がいつも以上の鬼の形相で怒り狂っている姿が容易に想像できる。
みんな忙しいだろうし、僕がどうにかするか。
「ちょっと様子を見てくるよ」
「まおーさまが行くのか?」
「それが一番早いから。
セリオ料理長には、僕が動いたからじき到着するって伝えておいて」
「わかった!」
さすがのセリオ料理長も、僕が動いたとなれば怒りを収めてくれるはず。
僕はすぐ魔王城を出て、マーメイドたちの輸送団の捜索に向かった。
空を飛びながら輸送団を探す。
シーパレスとディアボリカを繋ぐ街道は敷設の途中で、まだ完全に繋がったわけじゃない。
途切れている部分では森の中を通る必要があり――輸送団は、その森の途中で何者かに囲まれて立ち往生していた。
あれは……人間か。
随分と重装備だな、鎧にフルフェイスの兜に……兵士なのかな?
でもエイレネの軍が魔物を襲うとは考えにくいし、そもそもなんで兵士がこんな遙か北の離れた場所にいるんだか。
ま、原因追求はあとでいい。
今はとにかく――魔物を傷つける狼藉者をぶっ飛ばすだけだ。
「ノーム!」
僕は地表に降下し、久しく使っていなかった召喚魔法”もどき”を発動する。
ゴゴゴゴゴゴ……。
地鳴りと共に現れた岩の巨人に、魔物たちを取り囲んでいた兵士がたじろいだ。
「魔王さまだ、魔王さまが来てくれたぞーっ!」
「良かったぁ……死ぬかと思ったよぉ……」
「さすが魔王様だ、忠誠を誓ったのは間違っていなかった!」
マーメイドや、荷車を運んでいたフェンリルたちが歓喜に湧いている。
彼らはほぼ全員傷だらけで、中には重傷で呼吸の浅いマーメイドも居た。
早く終わらせて治療しないと。
兵士の数が魔物より多いとは言え、戦闘力の高いフェンリルもいる。
なのに見る限りは兵士の方が圧倒的有利な状況だ、練度は相当に高いってことか。
まあ、多少強かろうが関係はない。
うちの国民に手を出した以上、生きたまま返してやるものか。
「容赦するな、潰せ」
「ウウゥゥゥゥオオオオオオオォォォォォンッ!」
雄叫びをあげながら動き出すノーム。
兵士も魔法を放ち応戦するも、傷一つ付けられない。
見た目はただの岩だけど、そいつはダイヤモンドより硬い。
上級魔法だろうと、傷一つ付けられやしないさ。
ブオォンッ!
ノームが腕を薙ぎ払う。
風圧だけで兵士が宙を舞う。
まともに食らった者は、鎧ごとひしゃげて吹き飛ばされた。
ズゥゥンッ!
ノームが跳躍しその体で兵士を押しつぶす。
あとに残ったのは、車に轢かれた沢蟹のような姿になった兵士だけだった。
その後もノームが動く度に数人が倒れ、ものの2,3分で兵士たちは全滅。
僕はノームに戦いを任せている間に傷を負った魔物たちの治療を行った。
「ヒーリング!」
重傷で息絶える寸前だったマーメイドの体も、無事に治癒完了。
「あっ、ありがとうございまひゅ!」とテンパりながら礼を言われ、「どういたしまして」と笑顔で返すと、周囲のマーメイドが黄色い声をあげた。
フェンリルたちの治療も終わり、予定より到着が遅れており、セリオ料理長が怒っていることをみんなに伝えた上で、僕が全員を連れて行くことを提案した。
圧倒的賛成多数、反対は無い。
僕は魔法で輸送団全員を浮き上がらせ、来た時と同じスピードでディアボリカへと戻っていった。
常にこうしたらいいんじゃないかって?
無理無理、さすがに任せる所は魔物たちに任せないと僕に体が持たないって。
しかし、今の兵士……何者だったんだろ。
エイレネと、その周辺の小さな国々が同盟を結んでることを考えると、そこの兵士とは考えにくい。
となると、消去法で帝国の兵ってことになるのかな。
一体何のためにこんな僻地まで足を運んだんだか。
しばらくは、輸送団に護衛をつけるようにしないと。
ディアボリカに戻ってからも、代わる代わるハプニングが発生し、その度に僕が駆り出される。
旅館で女将と仲居が対立して、その仲裁を頼まれたり。
光と水のショーの練習中、コンビネーションが合わずスライムがウィスプに大量の水をぶっかけ、命の灯火が消えかけたウィスプの治療を頼まれたり。
何が起きたのか知らないけど、セリオ料理長が激怒して包丁を振り回しながら暴れだしたので、それを諌めたり。
コロッセオでオーク同士のガチ喧嘩が勃発して、その鎮圧を任されたり――とにかく色々あった。
いつもはこんなじゃないんだけどね。
みんな、明日の一大イベントを前に緊張してるんだと思う。
そんなこんなで、本来ならゆっくり過ごすはずの一日は慌ただしく過ぎていゆき、僕が次に自室へ戻れたのはとっくに日が沈んだ夜のこと。
すぐにでもベッドに飛び込みたいぐらい、へとへとに疲れた僕が扉を開けると、ベッドにはすでに先客が座っていた。
「おかえり、マオ様」
黒いネグリジェ姿のニーズヘッグが、温かい笑みで僕を迎える。
「ただいまー」
ぼふっ。
部屋に入った僕は、すぐさま彼女の膝に飛び込んだ。
「今日はずいぶんと甘えんぼさんだな」
「疲れてるからね」
「疲れてると私の太ももが恋しくなるのか」
「うん、最高の癒やし空間だから」
いやらし空間の間違いじゃないの? と自分で突っ込みを入れてみる。
へとへとすぎて、今日はそんな気も起きないけど。
頭を撫でるニーズヘッグの手のひらの感触が、こそばゆくて気持ちがいい。
いきなり太ももに飛び込まれても、一切文句を言わないどころか、笑顔で僕を迎えてくれるニーズヘッグは彼女の鑑だと思う。
「それにしても、今回はやけに張り切っているが、何かあったのか?」
「僕が言い出したことだからね」
「それだけではないだろう?」
ニーズヘッグは見透かしたように言った。
正直に言えばそれだけじゃない。
抽選で招待されるのは95人、残り5人はと言うと――
「まあ、ユリとミセリアが来るからね、良い所みせないと」
そう、ユリと彼女の家族、そしてミセリアが来るのだ。
ミセリアの兄は、忙しいとかで招待を辞退してしまった。
だから5人。
「やはりそうか。
変に遠慮などするでない、私は理解した上でおぬしの恋人になったのだ、他の女の話をされても嫉妬などせんぞ」
それはそれで寂しい気もするけれど。
「ところで、あの2人も愛人にするのか?」
「ぶふっ」
思わず噴き出す。
「なんてこと言ってんの!?」
しかも平然な顔してさ!
「真面目な話だ、そのつもりで招待したのではないのか?」
「むぅ……」
全く無いと言えば嘘になる。
ユリからは告白のような言葉を告げられたことがあるし、その時にミセリアも僕に好意を抱いているみたいな話も聞いた。
けどそれ以降、最近は忙しくて会えなかった事もあって、話に進展は無い。
実際のところ、2人が僕をどう思ってるかなんてわからないんだ。
それに、2人には大事な家族もいるしね、そこを捨ててまで魔物の国に来て愛人になってくれー、だなんて無責任に言う男にはなれない。
「迷っているのなら、私から一つアドバイスをしてやろう」
「どんなの?」
ニーズヘッグは得意気に笑って言った。
「おぬしに愛された女は、例外なく幸せになる。
経験者が言うのだから間違いない。
だから胸を張って自信を持て、躊躇うんじゃない」
……あ。
なんか、今の言葉聞いてたら……元気になってきた。
僕はむくっと体を起こすと、ニーズヘッグの方を向き、無言で肩に手を置いた。
そして軽くぐいっと前に力を入れると、意図を察した彼女の方からベッドにぼふっと倒れ込む。
「疲れているのではなかったのか。
それに、明日の朝は早いのだろう?」
ニーズヘッグはジト目で睨んでくる。
その表情は逆効果だってば。
「大丈夫、だって魔王だし」
「なんだその理由は。
まったく……甘えんぼさんめ、好きにするがよい」
そう言って、無防備にネグリジェの肩をはだけさせるニーズヘッグ。
言われた通り好きにした結果――翌朝、微妙に後悔したことは言うまでもない。
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