最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

kiki

その47 魔王さま、謀略する

 




 地下から上がってきた僕は、真っ先にグリムに指示をだす。

「グリム、ブランケット持ってきて」
「はーいっ!」

 グリムはとてとてと駆け足で荷台まで近づくと、前が見えなくなるほどの山盛りブランケットを抱えて僕の方へとやってくる。
 僕は彼女が持つブランケットを一枚ずつ、地下から上がってきた、人工モンスターの体から蘇った人々に配った。
 受け取った者から順に外に踏み出し、久々に人の体で吸う外の空気を堪能する。
 中には自分の体を抱きながら、涙を流す者まで居たほどだ。
 やっぱ元の体って大切だよね……ニーズヘッグやヴィトニルが僕のことを憎んでないのって、実は奇跡的な現象なのかもしれない。

 先立って救出され、外で待っていた人々は、新たに救出され外に出てきた彼らを興味深そうに見ていた。
 特に、僕が出てきてもなお抱き合って、再開を喜んでいたユリとミセリアのリアクションが一番大きく、口は半開き、目は見開いた状態で驚愕を露わにしていた。

 ユリは20代ほどの女性――行方不明になっていた姉を見て。
 ミセリアは同じく20代ほどの男性――遺された最後の家族である兄を見て。

 じろじろと見られている2人の方はまだ視線に気づいていないようで、僕は2人の肩をトントンと叩き、「見られてますよ」と悪戯っぽく笑いながら言った。
 彼らが振り向いた先にあったのは、唯一無二の家族の姿。
 お互いに二度と会えないと思っていた家族との再開に、冷静でいられるはずなど無く――真っ先に動いたのは、意外なことにユリだった。
 纏っていたブランケットを投げ捨て、全力疾走で姉に駆け寄り、

「お姉ちゃああぁぁぁぁんっ!」

 と子供のように声をあげ胸に飛び込む。
 一方でミセリアは、思ったより落ち着いた様子で兄に近づき、

「おかえり、馬鹿兄貴」

 とぶっきらぼうに、しかし口元には笑みを、目元には涙を浮かべながら言った。

「嬉しそうですね、マオさま」
「そりゃね」

 正義の味方を気取るつもりはないけれど、これだけの人間を救えたと思うと、達成感もあるというもの。
 おかげで右手の痛みもさほど気にならない。

 ヘルマーの手配した馬車が学院に到着したのは、それから5分ほど経ったあとのことだった。
 救出された被害者たちは次々と馬車に乗り込み、ヘルマーの館へと向かう。
 そして最後に残ったのは僕とグリムの2人。

「マオさま、早く行きましょう」
「わかってる」

 もう生徒として、この学院に戻ってくることは無いだろう。
 ほんの4ヶ月。
 短くて、けれど長くて。
 得た物は多く、失った物も多く。
 僕は目を瞑り、走馬灯のように湧き上がる思い出を噛み締め――魔法学院に別れを告げた。





『エイレネ政府、国民を拉致し人体実験実施か。
 国家魔法師ティライン氏の内部告発により発覚』

 そんな見出しの新聞がパークスに出回ったのは、翌朝のことだった。
 スクープをすっぱ抜いたのは、パークスタイムス社という新聞社。
 パークスタイムスはエイレネ共和国で第3位の発行部数を誇っており、政府とのつながりが強い上位2社とは違い、独自の視線で一風変わった事件を取り扱う、一部の読者に人気が高い新聞だ。
 そんな新聞が一面に載せた衝撃的なスクープは、瞬く間にエイレネ全土へと広まり、政府は大慌てで火消しに追われることとなった。

「はあぁぁぁ……死ぬかと思った」

 昨晩、軍本部に連行され、今朝ようやく解放されたヘルマーは、帰ってくるなりソファーに沈み、大きなため息をついた。

 僕たちが館に逃げ込んだ数時間後、研究施設の襲撃への関与が疑われるヘルマーの元に大勢の軍人が押しかけ、強制的に捜査が始まった。
 あれだけの数の馬車が一斉に移動すれば、もちろん目撃者も出るし、当然怪しまれもする。
 けれど、証拠は何も出てこなかった。
 それどころか、多数の目撃証言があったはずの馬車の姿すら見えない。
 まあ、だって僕が隠してたからなんだけどね。
 それでも諦めきれなかった軍は、昨晩強引な理由でヘルマーを拘束、そして今日の朝まで不眠不休で取り調べを続けたというわけだ。
 最終的にはヘルマーに罪を押し付けるための何者かの仕業、ということで結論が出たようだ。

 でも、僕はそれで彼らが納得するとは思わない。
 だから館の外には監視の目が張り巡らされているはずだと思っていたんだけど――どうやら今のところ、そんな様子は見受けられない。

「引きが良すぎて不気味だね、ヘルマーはどう思う?」
「火消しで手一杯なんだろう。
 人工モンスターを利用して反帝国の感情を高めることで、どうにか不景気で高まった政府への反感を抑えてきた。
 それがただのマッチポンプだとわかってしまった以上、民衆の感情が爆発するのも時間の問題だ、連中は戦々恐々としているはずだ」
「つまり、放っておいても現政権は勝手に潰れる状態ってことか」

 そんな僕たちの会話は、ほどなくして現実のものとなった。





 記事が新聞に掲載されて以降、散発的にデモが発生するようになった。
 規模が小さいので政府あまり気にしていなかったけれど、それがまずかった。
 どんなに小さかろうと火種の扱いには注意が必要なもの。
 数日後、とあるデモが始まると、周囲の民衆がデモ隊に次々と参加し規模を拡大、シュプレヒコールをあげながら国会へと迫った。
 やがてデモ隊は国会を取り囲むほどにまで肥大化し、実際にそれをやってのけたのだった。

 国会が囲まれてから数時間後、政府は軍を派遣。
 デモ隊を力づくで排除しようとするも、そこで予想外の出来事が起きる。

『非人道的な実験を行う政府を支持することはできない』

 と、兵士の一部がデモ隊に寝返ったのだ。
 どうやら、内部告発を行ったのが(驚くことに多くの兵に慕われていたらしい)ティラインだったことも大きな要因だったようだ。
 鎮圧するはずだった軍の寝返りにより、完全にデモは収集がつかなくなった。
 もはや身動きが取れなくなった政府に残された手は、敗北を認めることだけ。
 それからほどなくして……議会は、解散される運びとなった。





 それからさらに数日後のこと。
 急激に部数を伸ばしたパークスタイムスが、新たな記事を掲載した。

『人体実験被害者を救出したのは魔物と判明、我が国との外交関係締結が狙いか』

 それはある意味で、政府の人体実験よりも大きなインパクトを国民に与えた。
 長年人間の敵とされてきた魔物が、人間を救うなんて、と。
 さらに記事には、ネクトルやジャロスティック、それに商人たちの取引でよく使われていたスヴェル金貨が”魔物の国”と呼ばれる場所から輸入された品であることも明かされ、エイレネ共和国にはさらなる混乱が広がった。
 ジャロスティックを取り扱っていたディアボロにはクレームが殺到、ネクトルも取扱中止を表明する店が出る一方で、その味の虜となった民衆が、二度と食べられなくなるのではないかと危惧し買い占めるという現象も発生していた。
 とは言え、この発表によって売上が落ちることは織り込み済み。
 むしろ、もっと落ちると思っていたものだから、ヘルマーと一緒に一安心していた所だった。
 売上が落ちなかった理由としては――

『エイレネ共和国から遙か北の大地には魔物たちが住む楽園があり、迷い込んだ人間を手厚くもてなすらしい』

 ――という噂が、冒険者たちを中心に広まりつつあったことが、大きな要因なんだと思う。
 冒険者をディアボリカに呼び込み最高のおもてなしをする、という地道な作戦が功を奏したということだ。
 人工モンスターの正体が判明した今、もはや人間に危害を加える魔物はほぼ存在せず、噂の存在もあって、エイレネ国民が持つ魔物に対する悪いイメージは劇的に改善されつつあった。





 そんな中、選挙において圧倒的優位であると言われていた野党第一党”バルトル党”が、政権を取った暁には、魔物の国――マオフロンティアとの正式な外交を行うことを公約として表明、国民にさらなる衝撃を与える。
 その会見において、ついに僕は表舞台に立つこととなり、魔王マオ・リンドブルムの名はエイレネ全土に――おそらくは僕を追い出した故郷の家族たちにも知られることとなった。

『魔物の国の王として現れたのが、15歳の少年だなんて』
『本当にあいつが魔王なのか?』
『童顔すぎて15歳かどうかも怪しいもんだ』

 そうやって失笑する人間も居たけれど、軽く魔法を放ち、空を覆う雲を切り裂いてやれば、誰もがすぐさま僕を魔王だと認めてくれた。
 ……と言うか、童顔は余計じゃないかな。

 僕は力を見せつけながら、いつかフォラスと話していたことを思い出していた。
 支配者には人柄も必要だし、頭も良いに越したことはない。
 けれど生物を支配する上で重要なのは、結局のところ強大な力なんだ。
 虚しい事実だ。
 けど、力なき支配者に誰も従わないという現実を認めるしか無い。





 さて、マオフロンティアとの外交関係締結を表明したことで、バルドル党の支持率はそこそこに減少した。
 しかし、バルドル党優位の状況は変わらず、さらにそのタイミングで起きた不幸な事件・・・・・がきっかけで、支持率は会見以前の状態にまで戻ることとなる。
 なんと、勇気ある内部告発を行った英雄、ティライン・グランツが与党を支持する過激派の人間に襲われ、命を落としてしまったのだ。

 ――ああ、なんて悲しい事件なんだろう。
 でも不思議だな、どうして彼はわざわざ夜中に、過激派の活動が盛んな地域に出かけたのか。
 どうして彼は、トップクラスの魔法師としての実力を持つにもかかわらず、ただのナイフを持っただけの一般人に殺害されてしまったのか。
 その謎は誰にもわからない。
 国民にも、軍にも、そして……彼自身にも。

「マオさまは、たまに昔の私よりえげつないことをしますね」

 ティラインが死んだ後、グリムからそんなことを言われてしまった。
 伝説に残るほど恐ろしい魔王以上だなんて、傷つくなあ。

「僕だって普通の人間相手には、洗脳した挙句にわざわざ危険地域に丸腰で出向かせたりはしないよ」
「あの人は普通の人間では無いんですか?」
「無実の人間を拉致して、脳を摘出した挙句に獣に移植してたんだよ?
 あいつは人でなしだ、人じゃない。
 だからバルドル党の支持率をあげるために利用したんだ」

 僕が言うと、グリムは黙り込んで顎に手を当て「うーん」と唸っていた。
 納得したような、理解できないような、そんな雰囲気だ。
 そんなに難しいことを言ったつもりは無いんだけどな。





 かくして、野党圧倒的優位の状況で選挙の日は訪れた。
 その頃にはマオフロンティア製の商品の売上は以前の90%にまで回復しており、魔物の国との外交という公約も多くの国民が受け入れつつあった。
 だから、結果なんて言うまでもなく。
 ここ数十年実現しなかった政権交代はついに成され、バルドル党は念願の与党となったのである。





 それは同時に、魔王である僕が、エイレネ共和国において大きな影響力を手に入れたということと同義でもあった。
 支配と呼ぶにはまだ足りない。
 ただの足がかりに過ぎない。
 けれど、僕にきっかけを与えてしまった以上――エイレネ共和国が実質的・・・に魔王の支配下になるのは、もはや時間の問題だった。





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