最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

kiki

その44 魔王さま、禁忌を犯す覚悟を決める

 




 人の波に逆らって、僕とグリムは爆発地点へと向かう。
 リヴリーが学院を出ていったタイミングからして、あの爆発が全く無関係とは思えなかったのだ。
 何人もの人々と肩をぶつけながらも、どうにか前へと進む。
 そしてようやく爆発が起きた場所へとたどり着いた。
 そこにあったのは――

「酒場?」
「ですねえ」

 何の変哲もない、大衆的な酒場だった。
 すでに警備が到着しており、僕は遠巻きにその建物を見ることしか出来ない。
 見たところ、爆発は酒場の入り口付近で起きたようだ。
 そのあたりだけ破損がひどく、血らしき赤い液体が飛び散っていた。
 見覚えのある布の切れ端が見えた気がするけど、見なかったことにした。

「リヴリーの姿は見えないみたいだけど……」
「あてが外れてしまったのでしょうか?」
「けど他に心当たりなんて無いし、もう少し探ってみよう」

「センスアップ」を発動、目を閉じ聴覚に意識を集中する。
 強化された聴覚は周囲のあらゆる音を逃さず捕らえる。

「くっ……」
「大丈夫ですか、マオさま」
「心配、いらない。
 ちょっと……ノイズが多くて驚いただけだから」

 数千人分の話し声、呼吸、足音、心臓の脈動、服が擦れ合う音――
 人が多いせいか、脳に流れ込んでくる情報量が桁違いだ。
 脳にチリリとした痛みが走る。
 けど、慣れればどうにかなる。
 聞き分けろ、必ずどこかにリヴリーの声があるはずだ。

『っ……ううぅぅ……何で、何でこんな……っ』

 ――よし、見つけた。

「グリム、こっちだ!」

 音の聞こえた方へ向かって駆け出す。
 リヴリーが必ずそこに留まってくれるとは限らない。
 できるだけ急いで彼女の元に向かわなければ。

 酒場から離れ、入り組んだ路地を進み、人がギリギリ通れるほどの細さの隙間を通り抜けた先に、その場所はあった。
 建物に囲まれ、薄暗く、排水口が近くにあるせいかやけに湿っぽい。

「……マオ?」

 地面にへたりこんだリヴリーは、頬を涙で濡らしていた。
 僕の姿を見つけると、さらにぼろぼろと泣き出す。

「マオぉ……っ」

 すがるように僕の名前を呼ぶリヴリーに近づき、屈むと、彼女はおもむろに抱きついてくる。
 僕は何も言わずに抱き返した。
 聞きたいことは沢山あるけれど、今は落ち着かせることが先決だ。

「わ、わたし、私のせいでっ、ユリが……ユリがぁっ……」
「落ち着いてリヴリー」
「私が誘わなければ……ユリは、あんなことにはならなかったのに……!」

 リヴリーが何を言いたいのかよくわからない。
 ユリは、本当に死んだって言うのか?
 だったら、レントはなんでそんなことを知ってたんだ。

「マオさま、そこに誰か倒れているようですが」

 グリムが指した先に視線を向ける。
 そこには、仰向けに寝かされた30代前後の女性の姿があった。
 リヴリーにばっかり注目してて気づかなかった。
 女性は血まみれな上に、胸から首にかけて火傷している。
 爆発の犠牲者なのかな、このまま放っておけば命を落としてしまうだろう。

「ベルナさんも……私の、面倒を見てくれてたのに……見てくれてたのに、もう……この傷じゃ……っ」

 ベルナってのが女性の名前らしい。
 面倒を見たってのは、両親を失ったあとの話かな。
 ってことは――

「彼女も真の平和の夜明けリベラティオ・エイレネのメンバーなんだね」
「っ!?
 どうして……マオが、それを?」
「やっぱりそうなんだ」
「どうしますかマオさま、助けます?」
「危険な団体とは聞いてるけど、さすがに見殺しにするのは寝覚めが悪いかな」

 僕はベルナと呼ばれた女性に向けて手のひらをかざすと、

「ヒーリング」

 治癒魔法を発動する。
 手のひらから放たれた光はベルナの体中に広がり、やがて体はその光に包まれ――光が消える頃には、傷は完治していた。

「うそ……詠唱もしてないのに、傷が治ってく……」
「その辺の説明はあとでするよ。
 とりあえず――少しは気持ちも落ち着いたみたいだし。
 今度は僕の質問に答えてもらいたいんだけど、いいかな。
 リヴリー……いや、ミセリア・インフォルム」

 本名で呼ばれ、彼女の体がぴくりと震えた。
 どうやら、図星みたいだ。
 できれば間違いであって欲しかったけど。

「やっぱこれも当たってたんだ」
「は、はは……マオはすごいね、全部お見通しなんだ」
「これでも調べるのに苦労したんだよ」

 主にヘルマーがね。

「私を……殺しに来たの?」
「どうしてそうなるかな」
「だって、同じ組織の人間とは思えないし、それなら私の正体を知ってる人間なんて……軍の人間か、帝国の人間ぐらいだから」
「違うよ」
「じゃあなんで知ってたの!?」

 どう説明したもんかな。
 ここで魔王って言った所で信じてもらえるか微妙な上に、さらにミセリアを混乱させるだけだ。
 とりあえず敵じゃないってことを信じてもらうしか無い。

「んー……どう説明したもんかな。
 とりあえずは、学院で行われてる研究を疎ましく思ってる人間ってことで」
「研究、って何のこと?」

 ……その反応は予想外だった。

「えっと、人間の脳を獣に移植する研究だけど。
 真の平和の夜明けリベラティオ・エイレネは、その調査のためにスパイを送り込んだんじゃないの?」
「そんなの、私は知らない。
 私たちはただ、行方不明者がどこに行ったのか、何をされたのか調べるために学院を調べてただけだから」

 つまり研究までたどり着いてなかった、と。
 思ったより組織の諜報能力は低いみたいだ。
 となると、研究の存在を知った上で調査してたのは僕だけってこと?
 なんでわざわざ学院の地下なんかに研究所を作ったのか疑問だったけど、こうなってくると、意外と隠すには打ってつけの場所だったのかもしれない。

「でも……マオが言うんならそうなんだろうね。
 人工モンスターって、もしかして、国境とかで噂になってるやつ?」
「そう、あれだよ。
 たぶん政府はあれを帝国との戦いに使うつもりなんだろうね」

 獣としての身体能力と、最低限のコミュニケーションを交わせる程度の知能を持った生体兵器として。
 もっとも、今はあのバックに帝国の存在をちらつかせることで、国民の反帝国感情を悪化させるための材料としても利用してるみたいだけど。
 小賢しいやり方だ。

「私の兄も、ユリの姉も、そしてユリ自身も……その実験に、使われて……」
「まだユリがそうなったと決まったわけじゃないから」
「決まってるんだって!
 だって、だってぇ……送られてきてたの、爆発したの……!」
「何が、どこに送られてきたの?」
「アジトとして使ってた酒場に。
 首のない……ユリの、死体が」
「な……」

 僕は思わず絶句した。
 ――なに、それ。
 首のない死体が、爆発?
 それがユリの死体?
 何を言ってるんだミセリアは。
 そんなの、そんなことが……人間にできるはずがない。
 ああ、でも、そうだ。
 あいつらはとっくに人道なんて外れてるんだ、人間の脳を獣に移植するだなんて馬鹿げたことを始めた時点で。
 だとすれば、十分ありえること、なのか?
 脳が理解を拒んでいる。
 ユリの首を切り取り、首から下を爆弾として送りつけるなんてそんな発想、仮にありえたとしても、あってはならないものだ。

「私が誘ったから、同じように家族を失ったユリを、組織に誘ったから、それがレントたちにバレちゃったんだ。
 あいつら私たちに執着してたから、ずっと後をつけてたんだ。
 それで、軍にバレされて……ユリ、殺されちゃった。
 ユリは、私のせいで殺されちゃったんだ……!
 そうだよね、マオもそう思うでしょ? ね? 私のせいだよね!?」

 ミセリアは自分を責めたがってる。
 行き場のない怒りを自分に向けることで楽になりたいんだ。
 けど、そんなのは認められない。

「違う」
「じゃあ誰のせいなの!?」
「殺したやつが悪い。
 それだけだ、それ以外に答えなんて無い」

 人殺しは、罪だ。
 エイレネ共和国の人間なら、罪を犯せば誰だって裁かれる、例外はない。
 ……その、はずだった。
 歪んだ権力は例外を作る。
 淀んだ既得権益は自らの価値観で罪を無罪へと変える。
 本来なら裁かれるべき悪が、のさばっている。
 僕は思う。
 裁かれない彼らは、罪を犯しながらものうのうと生きている彼らは、果たして人間なのだろうか、と。
 答えはノーだ。
 もはやあれらは人間などではない。
 ゴミクズだ。
 だって人間なら裁かれるのに、彼らは裁かれていないんだから。
 それってつまり彼らはすでに人間などでは無いということで、だったら僕は躊躇わなくていいということで。
 ああ、躊躇いのなんと無意味なことか。
 嗚呼、倫理観のなんと無価値なことか。
 痛感した。
 思い知らされた。
 人の形をした人でなしは、この世に沢山存在しているのだ。
 レント。
 研究に関わった大勢の人間。
 それを許す政府の連中。
 あるいは僕自身も。
 僕が思っているよりも、ずっと沢山。

「じゃあ、私はどうしたらいいの?
 こんなことをする軍に私たちが勝てるはずがないんだよ!?
 でも私は誰かを責めずにはいられない、だってユリが死んじゃったんだもん、大事な友だちがっ、私のせいで!」
「簡単なことだよ」
「わかんないよ、何が簡単なの!?」

 語気を荒らげるミセリア。
 僕は彼女の気持ちを落ち着けるよう、できるだけ冷静に言葉を続ける。

「当事者に責任を取らせる、それだけのことだ」
「だからそれは無理だって!」
「無理なことなんてあるもんか。
 軍がどれだけ強かろうと、無限の魔力の前じゃ平等に無力だ」
「無限の、魔力?」

 聞き覚えのない単語に、彼女は首を傾げた。

「マオさまの魔力は無限に湧いて出てくるんですよ。
 だから詠唱いらずで、どんな魔法でも使い放題なんです。
 リヴリーさんだって、さっきの治癒魔法を見たでしょう?
 あ、本名はミセリアさんなんですっけ」

 説明されたって信じられるものでもないのはわかってる。
 もう少し時間があれば治癒魔法以外も色々見せられるんだけど。
 それより今は――

「そういうわけだから、心配なんていらない。
 必ず僕が連中には責任を取らせてみせる。
 ユリの命を、そして罪のない沢山の人たちの命を冒涜したあいつらには、きっちり落とし前をつけてもらうさ」

 僕はミセリアの体を離すと、グリムの方を見て言った。

「グリム、ミセリアと一緒にヘルマーの館に避難してもらってもいいかな?」
「お安い御用です!」
「マオ、待って!
 無限の魔力とかわけわかんないよ!
 とにかく行っちゃダメ、マオまで失ったら私はっ!」
「じゃ、行ってくるね」

 ミセリアの悲痛な叫びを背中で受けながら、僕は空高く舞い上がった。

 空から見下ろすパークスの町は、自分の足で歩いた時よりも狭く感じる。
 けれどその狭い町には、ユリやリヴリー、その他大勢の人たちとの4ヶ月分の思い出が詰まっていた。
 数字にすると短いけれど、実際はとても長くて、尊い日々だった。
 例え数多の偽りが混ざり込んでいたとしても、失うのを惜しんでしまうほどに。

 けれど――僕はもう、学院生活を続けようだなんて思わない。
 もう人間を殺さないとか甘いことも言わない。
 ぶち壊してやる。
 研究を、ふざけた軍の連中を、その命を――僕の思い出もろともに。





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