最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

kiki

その39 魔王さま、目をつけられる

 




 教室にチャイムが鳴り響き、午前の授業が終わりを告げる。
 詠唱学担当であるテミス先生が教室を出ると、クラスメイトは一斉に体の力を抜いて、各々の方法でリラックスし始めた。
 そんな中、僕はテミス先生が出ていった扉をじっと眺めていた。

「どうしたんだよ、マオ様」

 ぼーっとしていた僕に、ヴィトニルが話しかけてくる。
 今日は彼女が当番の日だ。
 以前のようにメイド服を着ることに疑問を抱くことも無くなり、すっかりナチュラルに着こなしている。

「あの先生さ、噂によると以前はもっと明るかったんだって」
「今はゾンビみたいな見た目なのにか?」

 血色も悪いし、立っているのが不思議なほど手足も細い。
 喋り方にも元気がなく、顔つきも死体そのものだ。

「おや、ひょっとして私の出番かにゃ?」

 呼んでもないのに近づいてくる一人の女子。
 彼女はエイシャ。
 僕のクラスメイトで、取材と称して人に話を聞くのが趣味で、常にメモ帳と筆記用具を手放さい、無類の噂話好きだった。
 その信憑性は微妙な所だけど。

「そんな顔しないでよマオっち、君と私の仲じゃないか!」
「ほぼ他人だね」
「固い絆で結ばれたクラスメイトの間違いだと思うけどにゃあ。
 んで、テミス先生に関する噂話を聞きたいんだっけか?」

 聞きたいとは言ってないけど、放って置いても勝手に話してくれそうだ。

「数年前までは、明るくて生徒に大人気の先生だったらしいよん、卒業生に聞いたから間違いないにゃ。
 でもある日を境に、みるみるうちに今のアンデッド状態に変貌してしまった。
 当時の生徒の間でももちろん話題になったらしいんだけどぉ、最終的には何らかの呪いにかかったんじゃないかって噂されてたみたいにゃ」
「困った時は何でも呪いのせいにしておけば楽だろうからな。
 要するに、理由はわからないってこったろ?」
「ヴィトニルさん、そういうことを言ってると、あなたもいつか呪いにかかっちゃうかもしれないですよん?」
「問題ない、オレなら跳ね返せるからな」

 ヴィトニルなら本当に生半可な呪いは返してしまいそうだ。
 ……たぶんだけど、テミス先生はこの学院では珍しい、至極まっとうな教師だったんじゃないだろうか。
 それが人工モンスターの研究に巻き込まれてしまったことで、罪悪感に耐えきれず今の状態になってしまった。
 あくまで仮説だけど、筋は通っているように思えた。

「まあ、この学校の先生はみんな元国家魔法師だから、みんな何かしらの秘密は持ってるのかもしれないにゃあ」
「みんなすごい人たちだったんだ」
「そのほとんどが左遷だって話だけどね、国家魔法師だからといって必ずしも優秀とは限らないものよ。
 地位も実力もピンきりだからねん」

 国家魔法師はエイレネ共和国に属する魔法師全般を指す言葉だ。
 そのほとんどが軍に所属している。
 エイシャの話が事実なら、教師たちが一切ボロを出さない理由も納得出来る。
 軍人なんだから、情報漏えいに対する意識の高さは人一倍だろうから。
 どうりで、頻繁にセンスアップを使って聴覚を強化しても、全く人工モンスターに関する話が聞こえてこないわけだ。

「マオくん……今日のお昼は、どうするの?」

 エイシャと話していた僕の元に、ユリが近づいてくる。
 もちろんリヴリーもセットだ。

「もちろん食堂だよ、一緒に行こうか」
「うんっ」
「おっと、それじゃ私はお邪魔させてもらいますかにゃ。
 昼休みは情報収集で忙しいからねん」

 そう言って、エイシャは教室を出ていった。
 昼飯をどこで食べてるのかもわからないし、口調もよくわからないし、謎の多いクラスメイトだ。

 ――僕がこの学院に入学して一ヶ月が経過した。
 僕はヴィトニルとユリ、そしてリヴリーと共に食堂へ向かいながら、ふと、あっという間に過ぎていった日々に思いを馳せていた。

 学院での生活は、個性的なクラスメイトや、うざったい貴族たち、面倒な担任に囲まれて毎日大忙しだ。

 P-4、落ちこぼれクラスと言われる僕たちだけど、学院に合格するだけの能力はあって、実は全員それなりに優秀な生徒ばかりだった。
「あー、だりぃ」と言って全く勉強しようとしないバリーや、「私のやり方こそが正しい!」と言って教師の言うことを全く聞かないフェインですら、ほんの一ヶ月で扱うことの出来る人間が少ない中級魔法を

 習得しつつあるのだから。
 特にユリに関しては、元から治癒魔法を使えるだけあって、落ちこぼれクラスとは思えないほど成績優秀だった。
 やっぱり、グランサスが何らかの細工をしてP-4に追いやったらしい。

 そんな中、僕はというと……元から魔力量が多いこともあって、僕は最初のように担任のグランサスに怒られることも無くなったけれど、代わりに理不尽な命令を度々出されることになった。
 ちょっとミスすると校庭を走ってこいとか、草をむしってこいとか、何かにつけて教室から僕を追い出そうとするのだ。
 まあ、最近はなんとなく前兆がわかるようになったから、命令される直前に骨折した腕に細工して事なきを得てるんだけど。
 そのせいで、一ヶ月経った今でも彼の腕は治ってない。

 あと、やたらとユリシーズ商会の御曹司であるレントとその取り巻きが絡んでくるようになった。
 無駄に肩をぶつけて因縁をつけてきたり、あとはどうもグランサスに僕に対する嫌がらせをさせてるのも彼らみたいだ。
 彼らの所業は徐々にエスカレートしている。
 学院にいる間、僕が常にユリとリヴリーと共に行動をしているのは、別に下心ではなくって彼女たちを守るためだった。
 ……2人がどう思ってるかは知らないけど。

「マオくん……また、なにか考え込んでる」
「マオ様には色々あんだよ、実家のこととかな」
「そりゃあマオの実家は天下のネクトルの生産元だもんね、悩みの1つや2つぐらいあるでしょうよ。
 そういやディアボロで売ってるジャロスティックの原料もマオんちなんだっけ?
 さすがに儲けすぎだよ、うっはうはですなー」
「別にそれで考え込んでたわけじゃないけどね」

 ヘルマーと共に進めていたジャロスティックの店――ディアボロは2週間ほど前にパークスに開店しており、すでに大反響を得ていた。
 僕の見立て通り、揚げ料理という存在はエイレネ共和国の住民たちに大きなインパクトを与えることに成功したらしい。
 ディアボロっていう一見して邪悪っぽい店のネーミングもインパクトを与えるのに一役買ってるみたいだ。
 あまりの人気っぷりに、早くも新店舗オープンの話が進んでいるほで……もっとも、元から複数店舗を展開する予定だったからこそ、そのフットワークの速さなわけだけど。

「そーだ、今日の帰りにディアボロに寄ってく?」
「行列すごいんだよね……買えるかな」
「マオ様がいるんならどうにでもなるだろ」
「どうだろ。
 そういうの期待されても、応えられるかわからないよ?」

 まあ、たぶんできるだろうけど。
 作ってるのは両親で、僕はただの息子だってことにはしてるけど、実際の所はディアボロの経営者みたいなもんだし。

「じゃあ決まりね、寮に帰る前に町へ繰り出すってことで。
 こりゃ昼ごはんは少なめに食べないとなー……って、おや珍しい」

 彼女たちと話しながら食堂へ向かう途中、窓の外を見ると、そこではフィナスクラスの実習が行われていた。
 いつもは施設内で行われるので、外での実習はめったに無いはずなんだけど。
 周囲を見ると、天才たちの授業を何人もの生徒が興味深そうに眺めていた。

「どうして、フィナスクラスの授業が……こんなところであってるんだろう?」
「見せつけたいんじゃねえの」
「だね、デモンストレーションなのかも」

 5人の生徒と2人の教員。
 生徒たちは各々得意分野が違うようで、僕たちみたいな凡人とは違って、個性を伸ばすために個人個人で異なるカリキュラムが組まれてるそうだ。
 教えている教員も、元軍人ではない。
 正真正銘、今も最前線で活躍しているエース魔法師だ。

「アクが強そうな先生たちだね、フィナスクラスも大変そうだ」
「あっちの前髪がうざったそうな方がティライン・グランツ。
 もう一人の死んだような目をしてる方がオクルス・サイトっていうらしいよん」

 僕とリヴリーの間から、エイシャがにゅっと顔を出して解説した。
 情報収集で忙しいんじゃなかったのか。

「そんな目で見ないでくださいよお、生きるトップシークレットたちがこうやって目の前に姿を現してるんだから。
 そりゃ私だって浮かれるし、見に来るに決まってるにゃ」
「すごい人たち……なの?」
「現在進行形で帝国との水面下の戦いに尽力してる最高位の国家魔法師だから、普通は一般人の前に姿を現したりはしないにゃ」
「最高位ねえ、いつかオレもやりあってみたいもんだ」

 物騒なことを言いながら、拳をボキボキと鳴らすヴィトニル。
 負ける心配はしてないけど、頼むから無駄に騒動は起こさないで欲しい。

「ヴィトニルさんかっこいい……」

 そんなヴィトニルを見て、ユリが目を輝かせていた。
 入試で助けられて以降、彼女はヴィトニルに対してずっとこんな様子だった。
 放っておけばお姉さまとでも呼び出しそうな雰囲気だ、危ういなあ。

「なんか見てるだけでレベルが違うってわかっちゃうよね。
 どうやったらあんなに魔法を連発できるんだろ。
 早口言葉の練習でもしてるのかなー」
「高位の魔法師はみんな詠唱の短縮ができるらしいんだとか。
 ただし、今あそこで魔法を連発してる彼は、いくつも魔法を溜めておける特異体質との情報を得てるにゃ、やばい奴にゃ」
「1個ためておくだけでも大変なのに、いくつもなんて……うらやましいな」

 戦闘中は突っ立って詠唱をするわけにもいかないし、動いていればその分だけ集中力が欠け、うまく魔法が発動できなくなってしまう。
 したがって、詠唱を完了直前で中断し、常に発動できる状態を維持しておくのは魔法師としての基本技能だった。
 もっとも、銃器が登場した現代では、魔法師に求められる仕事は破壊ではなく、魔法でしか出来ないこと――例えば傷の治癒だったり、隠密行動や諜報活動なんかにシフトしているようだけど。
 それでも戦闘での出番が無いわけではなく、複数個の魔法がチャージしておけるという特異体質が貴重であるという事実が変わるわけじゃない。

「あっちの彼女は風属性魔法に関しては詠唱をほとんどカットできるらしいよん」

 僕のアイデンティティが崩れた気がする。
 いや、僕の場合は風属性に限った話じゃないから負けたとは思わないけどさ、世の中にはとんでもない天才もいたもんだ。

「あっちの軍人さんたちはどんな力を持ってるの?」
「そこまでは把握してないかにゃ。
 なんたってトップシークレット、だからこそ私もこうやって見に来てるわけで」

 エイシャは話しながらも一瞬もフィナスの授業から目を離さない。
 その目には、興味以上の何かが宿っているように思えた。
 僕も彼らの授業に集中していると、1人の生徒が前髪がうざったそうな軍人、ティラインに何か話しかけている。
 ティラインは「やれやれ」と言った風に前髪をかきあげると、フィナスの生徒たちの前に出て、何やら詠唱を始めた。

「おお? まさか本当に見れるなんて……」

 驚きの声をあげるエイシャ。
 そして詠唱が完了し、ティラインの魔法が発動する。
 ぐにゃぐにゃと地面が液体のように歪みだし、マーブル模様になっていく。
 次第に色まで変わりだし、魔法が完了する頃には――そこには立派な石畳が完成していた。

「うわ、すっご。
 あそこただの土だったよね、どんな仕組みなんだろ」
「あんな魔法……見たこと無い」

 驚嘆するユリとリヴリー。
 僕も同じく驚いていた。
 人工モンスターの謎を握る人物が、あっさりと尻尾を出したことに。

「マオ様、あいつもしかして探してた奴じゃねえの?」
「うん、地下道や裏口の地形を変えたやつだ」

 どうりで学院の教員を探っても謎が解けないわけだ。
 つまりあいつを探れば、人工モンスターの研究施設にたどり着け――

「っ!?」

 ゾクリ。
 その時、僕の背筋に寒気が走った。
 もう一人の軍人、オクルスが振り向いて、冷たい目で僕を見たのだ。
 偶然ではなく、明らかに何らかの意図を持って。
 まるで――心を見透かすように。
 まさか、心を読む魔法でも使えるのか?
 馬鹿な、そんなもの存在するわけがない。
 だけど彼は、間違いなく僕を見ていた。
 ティラインを徹底的に追尾する、そんな僕の悪意を察知したかのように。

「そ、そろそろ行こうか、昼休みが終わっちゃうからさ」
「そうだねー、食堂も今なら少ないかも」
「オレも腹が減っちまったよ、ほらユリも行くぞ」
「うん……わかった」

 僕は慌ただしくその場を離れた。
 エイシャは相変わらず熱心に授業を見ている、元々一緒に食べに行く予定では無かったんだし、誘わなくても大丈夫か。
 最後にもう一度、オクルスの方を見ると――彼はまだ、その目で僕の方をじっと見つめていた。





 その日の放課後。
 ユリとリヴリーと共にパークスにジャロスティックを食べに行くという約束を果たすため、僕は彼女たちと共に教室を出た。
 するとそこには、まるで僕を待っていたかのようにオクルスとティラインの姿があった。

「マオ・レンオアム」

 オクルスが僕の名を呼ぶ。

「ついてこい」

 理由すら告げずにそう言うと、彼らは僕に背中を向けた。
 拒否権はないってことか。

「マオくん……」

 ユリが心配そうに僕を見ている。
 僕だって不安だけど、行くしか無い。

「ヴィトニル、2人を連れて先に出といてくれる?」
「おいおい、オレも付いていくに決まってんだろ。
 何のためにメイドなんてやってると思ってんだ」
「無理だって、たぶん僕以外に用は無いんだと思う」
「じゃあ、戻ってくるまでマオのこと待ってる。
 ちゃっちゃと終わらせて、ジャロスティック食べに行こ!」
「リヴリー……わかった、じゃあすぐに戻ってくるから待っててよ」

 そう告げて、僕はオクルスの背中を追った。
 リヴリーの言葉に勇気を貰ってもなお、僕の頭から不安は消えてくれなかった。





コメント

  • 陽々[はるひ]

    ディアボロwwジョジョやん笑

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