最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

kiki

その27 魔王さま、侵略の第一歩を踏み出す

 




「魔王さま、報告にきたのです」

 玉座の間へとやってきたレモンは、そう言いながら僕の肩に座った。
 指先で下顎を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。

「ん……あの冒険者たちは順調にもてなされているのです、予定通り宿にまで案内して、今は布団に入って眠ってる頃なのです」

 外はすっかり暗くなっている。
 夜だということはわかっていたが、すでに就寝時間になるほど時間が経っていることに僕は驚いた。
 今日は色々と忙しかったからな。

「温泉や夕食の反応はどうだった?」
「珍しい形の温泉にテンション上がりぎみだったのです」

 和風の風呂なんて、この世界には存在しないだろうしね。

「風呂上がりの牛乳もなかなか好評だったのです。
 残念ながらネクトル牛乳は手に取ってもらえなかったですが」
「あれ美味しいのに……」

 フルーツ牛乳を思い出しながら開発した自信作だ。
 今の所、あまり売れてないみたいだけど……。

「風呂場でのスライム族のマッサージも最初は警戒していましたが、いざ受けてみるとすぐに虜になっていたのです。
 男の方が出していた喘ぎ声みたいな奇声が気持ち悪かったのです」

 あれ気持ちいいんだよね。
 僕もたまにミュージィを呼んでマッサージを受けてるけど、必ず声が出てしまうから気持ちはよくわかる。

「料理は肉が少し固めなのが気になっていたようですが、味は抜群だったようで舌鼓を打っていたのです」
「やっぱりそこが問題か」
「家畜の飼育は1年やそこらでどうにかなる問題ではないので、長い目で見ていくしか無いのです」

 動物性タンパク質の摂取は、今でも狩りで獲ってきた動物だよりだ。
 町の住人たちの全てが肉を食らうわけではないから、人口に対して肉の消費量はそこまで高くないんだけど、やはり全部を狩りで補おうとすると無理が出て来る。
 すでに牧場は作っているし、家畜の飼育も順調に進んでるって聞いてるから、解決は時間の問題だと思いたい。

「ですが固いと言っても、特に不満を言葉にしていたわけではないのです、もしかしたらそうかもしれないという私の主観なのです。
 肉を柔らかくするための調理法は出来る限り行っているはずですし、味自体には問題は無かったので、多少硬くても美味しそうにバクバクと食べていたのです。
 ですが、一番反応が良かったのはやはりネクトルです。
 特にネクトル酒が気に入ったようで、2人とも酔いつぶれるまでぐびぐび飲んでいたのです」
「それで寝ちゃったんだね」

 できればもう少し魔物の国を満喫して欲しかったけど、酔って寝てしまったのなら仕方ない。
 フェアリーたちが作った最高級の布団の魔力に溺れながら、しっかりと睡眠を取ってもらおう。

「いつか人間を連れてくるとは聞いていたのですが、今回は急だったのでみんな緊張していたのですよ」
「そうそうタイミング良く人間が現れてくれるわけじゃないから、そこは我慢して欲しいな。
 特に今回は訓練も兼ねてるわけだしね」
「それはわかってるですが……」
「わかってるよ、あとでちゃんとスタッフはねぎらっておくから」
「スタッフだけですか?」
「もちろんレモンのことも。
 ありがとう、よく頑張ったね」

 指先でレモンの頭を撫でる。
 すると彼女は甘えるように自分から僕の指に頭を擦り付けた。
 ほんと好きだね、頭撫でられるの。

「おや、レモンが来てたんですね」
「また女遊びか、魔王サマ」

 レモンの頭を撫でていると、玉座の間に2人の少女が入ってくる。
 人型に変身したグリムとヴィトニルだ。
 2人は揃ってふりふりのレースが付いたメイド服をまとっている。
 給仕係と言うよりは、いかがわしい店の人にしか見えないのは僕だけかな。
 とか言ってたら、ヴィトニルに死ぬほど怒られるんだろうけど。
 人間の姿になって1年経過した今でも、女性服には慣れてないみたいだし。
 それが何でメイド服を着ることになったのか、主な原因はグリムにあった。
 話せば長くなるから、今は思い出すのはやめておこう。

「レモンから報告を受けてたんだよ」

 相変わらずヴィトニルは口が悪いな。

「ああ、人間連れてくるとか言ってたな、そういや。
 しかし、そっからどうして頭を撫でる流れになんだ?」
「褒めてくれって頼まれたの」
「仕事に対する対価を要求するのは当然のことです」
「愛されてるねえ、羨ましい限りだ。
 それにしたって、魔物が総出で人間サマをおもてなしとは、オレも含めて腑抜けちまったもんだな、ったく」
「ヴィトニル、あんまり生意気なことを言ってると下着もピンクのレース付きに変えてしまいますよ?」
「はっ、この服にすら慣れてきたオレにそんな脅した通用すると思うなよ」
「言ってて悲しくなりませんか?」
「……それは言わないでくれよ」

 目を細め、遠くを見るヴィトニル。
 どうも彼女の生殺与奪権はグリムに握られてるみたいだ。
 フェンリルの長だったころの威厳はどこへやら、一番腑抜けてしまったのはヴィトニルだと僕は思ってる。
 もっとも、彼女が大人しく従っているのは、僕が捕虜だったフェンリルたちがあっさりと解放し、しかも北の大地に新たに作られた町スヴェルの自治権を与えたからだろう。
 以前は産業がほとんど無かった北の大地は、その後の調査で新たに見つかった鉱山のおかげで驚異的なスピードで繁栄して、スヴェルも麓の町――ディアボリカとそう変わらないほどの賑わいを見せている。
 かつての魔王が使用していた”転送陣”と呼ばれる技術がフォラスの手によって復活したことも大きな要因だろうけど。
 おかげで、遠く離れたスヴェルからディアボリカまで、一瞬で鉱石を運べるようになったわけだしね。

「マオさまがこうして人間をこの町に招き入れたということは、計画は次の段階に進むわけですね」
「うん、冒険者の反応も上々、魔物たちの人間に対するアレルギーもあの・・・たちのお陰で随分と和らいだみたいだしね」

 あの子たちとは、フェンリルに買われていた奴隷の少年少女のことだ。
 フェンリルとの戦いのあと、食料になる前に救出していた。
 男の子が2人に女の子が3人、事前に救出されていたフラウを含めると計6人。
 僕は、彼らの世話を魔物たちに任せた。
 もちろん反対されたけど、そこは魔王らしく強引に押し切った。
 問題が起きなかったわけじゃないけど、奴隷として売買され、教育すらまともに受けられなかった彼らに危害を加えるほど魔物も鬼畜じゃない。
 どちらかと言えば、鬼畜だったのは僕の方だ。
 奴隷に同情する彼らの感情を上手く利用して、魔物に根付いた人間に対する嫌悪感を取り除こうとしていたのだから。
 結果、計画は成功し、人間への反感は見事に薄れ、元奴隷の少年少女たちも今では元気に魔物たちに馴染んだわけだけど、ニーズヘッグからは「お前は以前よりずいぶんと魔王らしくなったな」と皮肉を言われてしまった。

「ってことは、いよいよ人間社会への本格的な侵略を始めるってわけか」

 ヴィトニルが好戦的に笑いながら、指をボキボキと鳴らした。
 彼女は一体何と戦うつもりなんだろう。
 僕がやるのは、魔物の素晴らしさを人間たちに理解してもらうことだけだけなんだけどな。





 ――というわけで。
 やってきました、エイレネ共和国の首都パークス。
 人里付近とディアボリカを繋ぐ転送陣が開通して以降、僕は下見のために何度かパークスを訪れていた。
 その間にこっそりと、比較的地価の安い郊外に、ネクトル販売の拠点とするための割と広めの家を購入しており、そこに荷車にたっぷりのネクトルを載せてやってきたというわけだ。

「で、なんでオレはこんな場所に連れてこられたんだ?」

 キョロキョロと家の中を見回すグリムやニーズヘッグとは対象的に、何やら不機嫌そうなヴィトニル。

「そりゃあ、人間の町でも問題なく活動できそうなのは僕とグリム、ニーズヘッグ、そしてヴィトニルぐらいしかいないからだよ」

 消去法でこのメンバーになったというわけ。

「一応確認しておきたいんだが」
「うん、どうぞ」
「まさか、手売りでネクトルを売ろうとしてるわけじゃないよな?」
「そうだけど」
「地道すぎるだろ!」

 他に手段が無いんだから仕方ないじゃないか。
 ゆくゆくはフラウたちにやってもらいたいとは思ってるけど、まだまだそれも難しそうだし。
 最初は地道に、魔物産の果物が美味しいということを広めなければならない。

「ヴィトニル、うるさいぞ」
「ニーズヘッグも適応しすぎなんだよ!」
「マオ様が言う事なら従うだけだ」
「従順だな、忠犬かよ」
「フェンリルジョークか?
 まあ、マオ様のためなら犬にでも何にでもなってみせるがの」

 ここ1年の間に、ニーズヘッグの忠誠心は何やら大変なことになっていた。
 助かるけど、たまに愛が重いよニーズヘッグ。

「だいたい、この家とかどうやって手に入れたんだよ」
「エイレネ共和国では最近、新たに流通したエイレネ金貨に含まれる金の含有量が減ってるって噂が立ってて問題になってるんだってさ。
 商人たちの噂によると、国内の鉱山から産出されてる金の量が減ってるのを誤魔化そうとしてるんじゃないかって話みたいだね」
「硬貨の信用性が落ちてるわけですか」
「そういうこと。
 そこで金取引も行ってる商人に、金の純度が高い別の金貨をチラつかせてみたんだ。
 そしたらすぐに食いついてきてさ、あっという間に家が買えるぐらいのエイレネ金貨が集まったってわけ」
「いつの間にそんなことを……。
 ちなみに、その別の金貨ってのは?」
「マオフロンティア国製のスヴェル金貨」

 半年ほど前からマオフロンティアに流通し始めた硬貨だけど、さまざまな魔物たちが力を合わせて作り出したおかげで、今の人間では再現出来ない程の純度の金貨を作り出すことに成功した。
 他にも銅貨や銀貨があって、マオフロンティアの住人たちはその通貨を用いて普段の買い物をしている。
 ゆくゆくはこの通貨が世界中で流通するようになればいいな、なんて野望も抱いてたり。

「さて、ヴィトニルの疑問も解けた所だし、さっそく出店準備をしないとね」

 販売開始は明日の朝から。
 すでにパークスでの出店許可証も取得済みだ。
 ちなみに、書類は魔法でどうにか誤魔化した。万能魔法バンザイ。
 ネクトルの味は間違いなくどんな果実よりも美味しい、売り方さえ間違えなければ絶対に普及するはずなんだ。
 これが成功したら、その次はネクトル酒、更に次はフェアリーの作った服や、オークが作るジャロ芋、その他にも色んな魔物製の製品を人間の間に広めて――人間が魔物無しでは生きられなくなるようにしてみせる。
 さあ、侵略のための第一歩、気合を入れて臨まないとね。





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