最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その6 魔王さま、妖精たちを解放する
温泉から上がったあと、ニーズヘッグが服を着る僕の方をみてこう言った。
「今更だが、魔王様にしてはみすぼらしい服を着ているのだな」
僕は人間から逃走していた頃に貴ていた服をそのまま利用している。
一般的な冒険者の服と変わらないと思うんだけど、魔王だと考えるとみすぼらしく見えてしまうのも当然だ。
かと言って、服を買いに行くわけにもいかない。
「いくら魔王として名前を上げても、外見がそれでは威厳もへったくれもないな」
「確かにニーズヘッグの言う通りです。彼女を配下にしたという事実はじきに東の魔物たちには伝わると思いますが、実物がこれではみんながっかりしてしまいますね」
「酷い言われようだなあ」
「素材は悪くない、問題は服装だからな」
「服……そうだ、でしたらフェアリー族を配下に加えてはどうでしょうか!」
「フェアリー?」
額面通り受け取れば、そのまま妖精ということになる。
「体長は30cmほどでしょうか、背中に羽根の生えた小型の魔物になります」
「奉仕種族だな」
「その通りです。戦闘能力が低いので、強い魔物の配下となって奉仕をすることで、今まで生きながらえてきた種族なんですよ。なので一度支配してしまえば忠誠心は高いですし、細やかな作業が得意なので、衣服の生産だってお手の物です」
それは助かる、けど……強い魔物の配下になる、って部分に僕は引っかかっていた。
「戦闘は免れませんが、魔王さまなら問題はありません」
「私より強い魔物はそうそう居るものではないだろうからな」
「それなら大丈夫……かな」
すでに日が傾きかけていたので、その日は休むことにした。
そして翌日。
事前に場所を調べておいたグリムに連れられて、僕たちは魔王の城から南西にあるフェアリー族が住むという里に向かったのだった。
上空から地表の様子が伺えない森の中、茂みをかき分けた先にその場所はあった。
人間の家の1/5サイズの建物が立ち並ぶ、ミニチュアの町。
それがフェアリー族の里だ。
「に、人間っ、人間だぁーっ!」
茂みからにゅっと出てきた顔を見た短髪の女の子らしきフェアリーは、その瞬間に大きな声で叫んだ。
人間の顔を見て騒ぐ魔物なんて見たことも聞いたことも無い、グリムの言うとおり、本当に弱い種族なんだ。
叫び声に反応して、家の中から4体のフェアリーたちが大慌てで姿を現し――里の奥にある、一番頑丈で大きな建物へと入っていった。
「あれが避難場所なのかな」
「頑丈そうではありますが、その気になれば普通の人間でも壊せそうですね」
カナヅチでも持ってきたら、子供でも一発だろう。
「それよりも、姿を現したフェアリーがやけに少ないのが気になります。キレイな土壌さえあれば勝手に増える種族なので、数は多いと聞いていたのですが」
「さらっと言ってるけど、キレイな土壌があれば増えるって割ととんでもないよね」
「フェアリーは自然の化身とも呼ばれているからな、一般的な魔物や人間とは命の仕組みからして違うのだよ」
水が綺麗だと増えるホタルみたいな存在なんだろうか。
ひとまず僕はフェアリーたちが入っていった施設に近づく。
危害を加えたいわけじゃないんだし、敵意が無いことを示しさないと。
施設の前には、先ほど叫んでいたフェアリーが、門番のように立ちはだかっていた。
「やい人間、ここを通りたくば私を倒して……うわぁ~っ!」
言葉を言い終わるより前に、ニーズヘッグがその首根っこを掴み、容赦なく持ち上げる。
「お、お前っ、食べる気かっ!? 言っておくが私は不味いぞ!?」
「ニーズヘッグ、あんまり脅かさないであげてよ」
「私は持ち上げただけだぞ、小骨が多そうなフェアリーなど食べようとも思わんわ」
小骨が多いって、まるで小魚みたいな扱いだ。
実際、竜にとっちゃフェアリーなんてそんなものなのかもしれないけど。
「そこのあなた、ライムを離しなさいっ!」
すると施設の中から姿を現した新たなフェアリーが、ニーズヘッグに向けて槍のような物を向けた。
今ニーズヘッグにつままれている彼女は、どうやらライムって言うらしい。
んで、槍を持っている髪の長い彼女は――
「シトラス、駄目だよ隠れてなきゃ!」
「嫌よ! ただでさえみんな死んじゃったのに……ライムまで失ったら、私もう生きていけないもの!」
「ミノタウロス様が助けに来てくれるよっ」
「助けに来たって、その代償に、また誰かが食べられるだけじゃない!」
僕たちはすっかり悪者扱いだけど、里の現状はなんとなくだけど把握できた。
「どうやら、フェアリー族はミノタウロスに食べられたせいで数が減っているようですね」
「フェアリーは一度仕える相手を死ぬまで裏切らないと聞く。仕える相手を間違えたようだな」
守ってもらうために命を捧げるなんて、本末転倒もいいところだ。
ミノタウロスって言うとたぶん牛頭の魔物だったと思うけど、なんでまたそんな奴に忠誠を誓っちゃったんだか。
気の毒に。
「えっと、君はシトラスでいいのかな?」
「軽々しく名前を呼ばないでっ!」
「そんなに警戒しないでよ、僕たちはフェアリー族と戦いに来たわけじゃないんだ」
「信じられないわ!」
「そうだそうだっ、どうせ面白半分で私たちを殺しに来たに決まってる! この悪魔め!」
さんざんな言われようだ、さすがに僕でも悪魔呼ばわりは傷つくよ。魔王だけどさ。
いきなり現れたってことを差し引いても、この嫌われっぷりは尋常じゃない。
たぶんこれ、昔に人間が何かやらかしてるんだろうな。
言葉で説得するのは難しそうだし……こうなったら、あんまり気乗りしないけど、魔王らしいやり方で話を聞いてもらうしか無い。
僕が指先をシトラスに向けると、彼女は小さく「ひっ」と声を上げて身をすくませた。
「何をするつもりだ人間っ!」
ライムが叫ぶ。
僕は無視して、突き出した指をくいっと曲げた。
テレキネシス。
妙は小細工は必要ない、魔力をそのまま力としてぶつける簡単な魔法だ。
フェアリーたちが逃げ込んでいた施設が、床だけを残してまるで紙のように吹き飛んでしまう。
「えっ?」
シトラスが後ろを振り向き、唖然と口を開いている。ライムも似たような表情だ。
「ふん、外道め」
「それでこそ魔王さまです」
グリムとニーズヘッグは満足げに笑っていた。
もちろん、中のフェアリーは傷つけていない。あくまで吹き飛ばしたの建物だけだ。
中から姿を現したのは、身を寄せ合ってガタガタと震える3人のフェアリー。
合計5人、この里にはもうたったこれっぽっちのフェアリーしか残っていないみたいだ。
「ごめん、本当は荒っぽい手は使いたくなかったんだけど、どうしても話を聞いてもらいたくて」
「お、お前……何者だ? ただの人間じゃないな!? よく見たら、変な本も連れてるしっ!」
最初に声を上げたのはシトラスだった。
さて、どう説明したもんかな――と僕が悩んでいると、グリムが意気揚々と語りだした。
「頭が高ぁーいっ! このお方をどなたと心得ているのです! かつて圧倒的な力を駆使し、世界を支配した魔王さまの名を継ぐもの――マオ・リンドブルム様にあらせられますよ!」
あんまり怖がらせると後で面倒だから、ほどほどにしておいて欲しいんだけどな。
「ま、魔王だって……!?」
「そういうわけで、今日は君たちを僕の配下にしようと思って来たんだけど。どうかな、今の主みたいに命を捧げる必要も無いし、悪い話じゃないよ」
「一度主と決めた相手には最期まで尽くすのがフェアリー族の掟、いくらあなたが魔王だったとしても従えませんわ!」
槍を持つ手を震わせながら、ライムがそう言い切った。
さすが奉仕種族、忠誠心の高さは伊達じゃない。
「そっか、じゃあどうしようか」
「最期まで、か。ならば引導を渡してやるのが私たちの務めかもしれんな」
「ひぃっ!」
「こらニーズヘッグ、あんまりフェアリーたちを怖がらせないでよ」
「誰もフェアリーに引導を渡すとは言っておらんだろう。ほれ、異変に気づいたのか獣臭い畜生がこちらに近づいてきておるぞ。自ら火に飛び込むとは、愚かな蚊トンボよのう」
ニーズヘッグに言われて耳を澄ませると、茂みの奥の方から何者かの足音が聞こえてきた。
ズゥン、ズゥン、と重い音を響かせるそれは、明らかに人間のものじゃない。
そして足音の主が姿をあらわす。
身長は僕の二倍ほど、牛頭で右目に傷跡のある、巨大な斧を持った絵に描いたようなミノタウロスだった。
「きざまらぁぁぁ、おでのふぇありぃ共になぁにをしで――」
パァンッ!
そしてミノタウロスは、姿を現した数秒後に上半身を消し飛ばされた。
赤いふんどしのような物を着けた下半身が、ドサッと地面に倒れる。
ミノタウロスって喋るんだね、びっくりしたよ。
「くくっ、容赦ないな。てっきり私と同じように美少女に変えるのかと思っておったぞ」
「面倒だったから」
僕はミノタウロスが姿を現した瞬間、温泉を掘る時に使った魔法、ピアッシングレイを放っていた。
シャドーボクシングの要領でミノタウロスに拳を向け、小さな声でぼそっと発動したのだ。
主を失ったフェアリーたちは、体を震わせることすら忘れ、ミノタウロスの亡骸を呆然を見ている。
「さて、これで君たちの主は居なくなったわけだけど……どうかな、今度こそ僕の配下になってくれるかい?」
フェアリーたちは怯えきった表情で、首を縦に振った。
あぁ、やっちゃったなあ。
そうだよね、いきなり主の上半身を吹き飛ばしたら誰だって怖いに決まってる。
彼女たちからは、今の僕はまさに魔王のように見えているだろう。
僕が目指すのは平和な国造り。
首尾よくフェアリーを仲間に加えられたのはよかったけど、圧政をするつもりなんかないって、ちゃんと誤解を解く所から始めないとね。
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