魔術がない世界で魔術を使って世界最強

海月13

いざ集落へ


カネーシアとカーネを助けてから3日後、弥一たちは銀狼族の集落に向かっていた。銀狼族の集落には銀狼族にしかわからないルートを進まなければ辿り着かないようになっているらしい。

そんなわけで現在弥一たちはフレクシードの森にやってきている。コーネリア国から北に進んだところにあるフレクシードの森は、強力な魔物が住み着き普段は滅多に人が寄り付かないらしい。その為生まれつき戦闘能力の高い銀狼族の集落を作るうえで最適なのだとか。

「それで、ここから山に入るの?道なんてないけど」

セナがきょろきょろとあたりを見回す。人が寄り付かないせいで草や木は荒れ放題、とても人が通れるような道は存在しない。

「そこの木の横から入りますね。そこから山を登って集落まで行きます。」

「よし、じゃあ全員荷物を持って行くぞー」

腰に蒼羽を差し黒コートの内側のホルスターにはレルバーホークを入れて、魔物と遭遇した時の戦闘準備万全にして歩き出す。他のメンバーもそれぞれ準備してカネーシアの案内の後に続く。

腰まで届くほど無差別に生えた植物をかき分けて道なき道を進んでいく。足場は整備されていないため非常に悪く、体力を消費する。カネーシアとカーネは流石銀狼族というべきか迷いのない足どりで軽々と山道を進む。

弥一・ユノ・エルはそれに続き順調に進んでいく。しかし雄也・健・彩・凛緒・セナは悪い足場の山道を登るのは大変なようで思ったように進むことができない。

雄也たちの方が体力があるとはいえ、いくら体力があろうとこのような場合は体力より感覚の方が重要だ。山に登ることに慣れていない者にとってこの山道はつらいのだ。

「てゆーか、ユノちゃんとエルさんは分かるとしてなんで弥一はそんな平気なんだ?」

「剣聖の爺さんにさんざん山に放り込まれてしごかれたからな。山を飛ぶように逃げる爺さんを捕まえるために丸1日走り回ったこともあってか、慣れてるんだよ」

地球では、一振りで山を斬り裂く剣聖の爺さんから体力づくりの一環としてよく山に連れていかれたものだ。問答無用で谷底に突き落とされたり、崖から突き落とされたりと散々な目にあったことを思い出す。

遠い目で明後日の方を見つめる弥一に、何となく察したのか全員から同情の視線が混じる。それでもそのしごきが今の自分につながっているので良しとしよう。

「皆さん大丈夫ですか?」

「大丈夫だろう。直に慣れるさ」

その言葉通り時間がたつにつれて少しずつ全体の速度も上がっていった。

そして順調に進んでいると、茂みがガサガサと揺れて魔物が飛び出してきた。

魔物は大型の熊の魔物でその数は3匹。。体には血のように赤い紋様が浮かんでいることからこいつらはフェーズⅡ、災害級だ。

『オオオオオオオオオオオオオーーーーーー!!』

魔物が飛び出してくると同時に、全員が即座に動き出していた。まず1匹目に向かって雄也が縮地を使って懐に入り込み、下からルナ・エルームを振り上げる。

「フッ!!」

『グォオオオオ!!』

熊は咄嗟に避けたが完全には避けきれず体表が浅く斬られ血しぶきが舞う。それで怒った熊は雄也をつぶそうと巨大な爪を叩きつけてくる。雄也はその攻撃を避けるのではなく、剣で受け止め角度をつけて受け流す。

熊の爪は雄也に受け流されたことによって爪が深々と地面に突き刺さり抜けなくなる。

「健!」

「おうよ!」

雄也が爪を受け流した瞬間、飛び出した健が熊の腕を伝い熊の顔面までたどり着く。

「オラァアア!!」

【身体強化】と【筋力強化】の拳を流れるように顔面にぶち込む。全力の一撃を喰らった熊は顔面を陥没させ吹き飛び、出てきた林に戻っていった。

そして続けて同じように吹き飛んで戻っていった熊が。飛んできた方向を見ると、ユノが氷の拳を突き出している。

「パパ終わったよー!」

「おう、こっちも終わらせる」

熊の爪を受け止めていた弥一がそう言うと、力を込めて爪を押し返す。そして押し返されてバランスが崩れた熊の腹めがけてヤクザキックをぶちかます。腹に蹴りを喰らいひゅ~とまたしても熊が林に消えていった。

意外なほどあっけなく勝負がついたことにカネーシアとカーネは驚いているようだ。

「お兄ちゃんたちすごく強いね!びっくりだよ!」

「災害級をこうもあっさりと倒しいてしまうとは。これならこの後の道のりも大丈夫そうですね」

下ろした荷物を背負いなおして再び歩き始める。だいぶ歩くのにも慣れたのか進行スピードは速くなり、昼頃には目的地までもうすぐのところまできた。

「ここを登れば集落はもうすぐです」

「ここって......」

そこは反り立つ大きな崖だ。60メートルくらいの大きさのある崖は、ごつごつとした岩の出っ張りがあり、慣れていれば登るのは簡単だろうが、慣れていない者にとっては一苦労だ。

「ここを登るのは大変だな」

「そうか?簡単じゃないか。この上に行けばいいんだろ?」

「なにいってんだ、ってお前飛んでんじゃねぇか!!」

健の横でふわりふわりと空中浮遊。飛行魔術に掛かればこのような崖など障害にすらならない。先に凛緒・彩・雄也・エルに飛行魔術を付与し崖の上にあげる。カネーシアとカーネとユノは崖をぴょんぴょんと軽快に上がっていく。そして弥一は降りてきてセナをお姫様抱っこで抱えると崖を上昇する。

「っておい弥一!俺は!?」

「重力を軽減しといたから自力で登ってこーい」

「くそがぁああああーーーー!!」

下から聞こえる叫び声を無視して弥一はゆっくりと上昇していく。すでに崖を登っていた三人は登り終えているようだ。

「いいの弥一?健をほっておいて」

「大丈夫だろう。どうせ自力で上がってくるさ」

「ふふっ、弥一のイジワルさん」

「じゃあセナも自力で登るか?」

「い~や。だからしっかり捕まってる」

そういってぐっと首元に密着する。お姫様抱っこで密着すると自然と二人の顔の距離も縮まり、お互いの吐息が感じられるほど。

やっておいて改めて少し恥ずかしくなったのかセナの頬がほんのり桜色に染まる。そして照れ隠しのつもりなのか弥一の頬に軽くキスをする。

「.....やっぱり外でお姫様抱っこは少し恥ずかしいかな」

「じゃあこのまま集落まで行くか?」

「もう!」

どんな時でもどんな状況でもイチャイチャを忘れない二人は崖をゆっくりと登りながらイチャイチャをし続ける。そして崖を登り終え、

「なぁあああ~~にしてるのかな~二人ともぉ~?」

上がると目の前に凛緒がいた。

どうやら二人のやり取りを上から見ていたらしくこめかみに青筋を浮かべてにっこりと微笑んでいる。どうやら大変怒っていらっしゃるらしい。

そんな凛緒に向かって大地に降り立ったセナはいたってどこかあざ笑うような表情で、

「イチャイチャしてただけだけど?」

「《打ち据えよ水》!!」

「ふっ、甘い!」

凛緒が水流をセナにぶつけ、セナは水流に水流をぶつけて相殺する。

いつのも光景を見つつため息をつく弥一。どうしたものかと思った次の瞬間、ガシッ!と足首が捕まれ、

「や〜い〜ちぃいーーーーーーー!!てめぇよくもおいて行きやがったなっ!!」

「お、意外と早かったな」

「くたばれぇえーーーーーーっ!!」

「甘いなっ!!」

繰り出された俊足の飛び膝蹴りを弥一は下から膝を押し上げることでエネルギーを上に流し受け止める。そのまま足首を掴むと豪快にフルスイングし健を再び崖に落とす。

「くたばるかぁあーーーー!!」

自分で言ったことに返す健。

投げ飛ばされた健だが空中で態勢を持ち直すと、ぐっと膝を曲げて溜め、一気に空中を蹴って飛ぶ。

これは健の瞬脚の派生スキル【空翔】といって、空を蹴って翔けることのできるスキルだ。まだスキルの練度は足りないが、空中を三歩まで跳ぶ事ができる。そして今はその三歩だけで十分だ。

三歩で崖の上に戻ってくると弥一を前に身構える。

お互いに動かない弥一と健。奥の方では凛緒とセナが対峙している。

まさに一触触発のこの状況。そして全員が一歩踏み出した瞬間、銃声四発。

それぞれ四人の額に命中する。どうやら銃弾はゴム弾らしく、殺傷力はないが衝撃はそのまま伝わる。

凛緒とセナは「はきゅ!?」と弥一と健は「ぶぼぁ!?」と悲鳴を挙げる。女子二人は額を涙目で押さえて疼くまり、男子二人は額を押さえてブリッジ。

人外の身体能力を持つ弥一とセナにもダメージを与えられることから二人のは特別製なのだろう。全く嬉しくない特別だ。

しばらく四人仲良く身悶えていると拳銃を構えニッコリ笑顔のエルが歩み出る。笑っているのに目が全く笑っていない。

「皆さん?はしゃぐのはその辺にしましょうね??」

「「「「は、はい.......!!」」」」

「あやおねぇちゃん、エルおねぇちゃんがこわいの....!!」

「お母さん....!!」

エルが放つ無言の圧力と綺麗な笑顔にユノとカーネが怯えてしまっている。サニアも彩の後ろで丸くなっている。

それから足がプルプル痺れるまでお説教を喰らった四人は心底反省したようだった。

エルは一切怒鳴ったりせず、見惚れるような微笑みで淡々と言ってくる。それが逆に不気味さを煽って恐ろしいものに見えた。

このメンバーの中では一番怒らせてはいけない相手だと理解した弥一たちだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


そろそろ日が沈みかけるという時間でようやく目的地が近づいてきたようだ。

「皆さん、もう直ぐつきますよ」

カネーシアの言葉に疲労感一杯の声で全員が反応する。

「うぅ〜もう足がパンパンだよ〜。お風呂入りたい......」

「うん、確かに。僕も慣れない山道で足の裏が痛いよ」

「私も......きゃっ!」

彩は「足が痛い」と続けようとしただが、足を踏み外してこけそうになる。そこを素早く健が腕で受け止める。

「おっと、大丈夫か彩?足痛めたか?」

「あ、ありがと。うん、少し痛いだけだから大丈夫」

「無理すんなよ、弥一!回復魔術かけてもらえるか?」

健に言われて弥一は少し考える。すると悪い笑みを作り次にはもとの表情に戻ると言う。

「それは慣れないことをして普段使わない足の筋肉を使ったせいだな。実はそういった疲労は魔術じゃよく治せないんだ」

「え?そうだったのか」

もちろん嘘である。結局は普段使わない筋肉が軽い炎症を起こしているだけなので治癒魔術で治すことができる。

ではなぜ弥一は嘘をついたのか。ニヤリと口元に笑みを浮かべると「だからさーー」と言葉を続ける。

「集落までもう直ぐなんだし彩を担いてやれよ」

「えっ、.......!?」

「それもそうだな。ほら彩後ろ乗れよ」

予想外の言葉に固まる彩。しかし健は全く気にした様子はなく何の疑問にも思わず頷く。

顔を赤くしてわなわなする彩の前で健が背を向けてしゃがむ。

「で、でも....」

「なにしてんだ、早く乗れって。ほら」

「う、うん.......」

羞恥で顔を真っ赤に染めつつも健におぶられる。

「お、重い?」

「ん?いや全然。むしろ軽いくらいだちゃんと食べてんのか?」

「た、食べてるわよ!」

ひょいっと重さを感じさせない動作で健が立ち上がると、全員歩き始める。全員からの生暖かいニヤニヤした視線を受けて健の背中に顔を埋める彩は見ていて面白かった。

そして健の歩行スピードに合わせてゆっくり進んでいき、少し霧が深い森に入ったところで。

「フッ!」

弥一が一気に前に飛び出し抜刀。キンッ!という金属音が響き、斬られて縦に真っ二つになった矢が左右に落ちる。

突然の攻撃に一瞬硬直した一同だが、すぐさまカネーシアとカーネを守るように円状に固まりお互いの死角をカバーする。

「敵か!?」

「数は八。霧の向こうからこちらを狙ってきた!全員気を付けろ!」

そう説明する間も矢が四方から飛んできた。矢の狙いは正確で守りにくいところを的確に狙ってくる。

「弥一!ここは一旦撤退を、ーー
ッ!」

突如霧の向こうから雄也目掛けて外套を被った何者かが突撃してくる。咄嗟にルナ・エルームの腹を使って繰り出された拳を防ぐ。

「雄也!うおっ!」

加勢しようとした健目掛けてまたしても飛び出した別の何者かが、手にした棍棒を振るって来る。健はそれを間一髪右手の籠手で防ぐ。

襲撃者は防がれた後直ぐさま次の動作に繋げ、雄也と健を相手取る。巧みな無駄のない動きと軽いフットワークの攻撃に雄也と健は苦戦を強いられる。

まだまだ戦闘経験が薄い健と雄也だが、仮にも勇者と英雄だ。普通の冒険者程度では相手にならないくらいの力はある。そんな二人を追いつめるとは相当の手練れだ。

「【風鎚】!」

「《散る炎・集まり衣となりて我を護れ》!」

「くらえ!」

健と雄也以外にも女子組の方にも集団で襲い掛かる。しかし今の所どうやら拮抗しているようだ。

と次の瞬間、弥一の方にも一回り大きい体格の何者かが現れ、その籠手に光るクローを振るう。

抜刀状態の蒼羽を掲げクローを受け止める。どうやらクローはミスリルで出来ているらしく、蒼羽と激突しても刃こぼれ一切しない。

「なにもんだ!お前ら!」

「ふん、何者だだと?白々しいぞ人間が!」

「は?」

何のことかわからない弥一は少し間の抜けた声を上げる。それを挑発と受け取ったのか男は外套を脱ぐ。

そして露わになったのは、銀色の髪をした鋭い目付きと額の傷が特徴的な厳つい男。そして彼の頭には銀色の狼耳と腰には尻尾が付いていた。

弥一はその耳と尻尾に見覚えがある。後ろを振り向けばそこには同じ耳と尻尾を付けたカネーシアとカーネが。

「汚らしい人間が!よくも俺の妻と娘を連れ去ったなっ!!」

「はい.....?いやいやいや!誤解だ!!」

どうやら弥一たちはカネーシアとカーネを攫った犯人と勘違いされているらしい。必死に手を横に振る弥一だが、相手はようやく見つけた妻と娘を見て完全に聞く耳を持たない。どうやらカネーシアの夫らしい。

「ええい!問答無用!人間の言葉など信用できるかっ!!」

「あなた!」
「お父さん!」

「待ってろカネーシア、カーネ!今直ぐ助けてやる!」

感動的な親子のやりとりだ。こうなると弥一は悪くないのに悪者の立場になってしまう。

「死ね人間!!」

「ちょっとぉ!?」

問答無用で鋭い突きを放つ。込められた殺気は本物で、突きも身体の動きがスムーズで一切の無駄がない。間違いなく歴戦の戦士のそれだろう。しかし、

「(でも、リカードさんほどではない!)」

精霊の里でのリカードとの対決を思い出す。確かにこの男の腕は歴戦の戦士そのもの、それこそ強者の部類だろう。だが、リカードの動きはもっと鋭く、もっと重く、この男の数段上をいく。

あの時のリカードとの戦いに比べればどうということはない。

「ふっ!!」

「ぬっ!?」

繰り出されたクローを下から斬り上げる。同時に蒼羽の疑似分解切断魔術を発動。クローの刃をスパッとバターのように斬る。
 
「なに!?」

「いい加減少し落ち着け!」

「ぬぉおおっ!?」

体勢が崩れたところを狙って踵で地面を踏む。すると男の足元に黄金の魔術陣が浮かび上がり、陣から黄金の鎖が飛び出し男を拘束する。

「グレバスさん!ーーッ!」

「なんだこの鎖は!」

他の襲撃者も同じように地面からの鎖で拘束され動けなくなった。

グレバスと呼ばれた男は全力で逃げようとするが、いくら力を込めようとも
鎖は全くビクともしない。

「こうなれば、フィーア!コーサ!魔法だ!」

逃げることは無理だと判断したグレバスは森の奥に向かって声を投げかける。どうやら森には魔法師が隠れているようだ。もっともそんなことはなから分かっている。

グレバスが言葉を投げ掛けたがいくら経っても魔法は飛んでこない。代わりに出てきたのはエルだった。

「フィーアとコーサというのはこのお二人ですか?」

「なっ.....!」

そう言ってドサリッとエルが引きずってきた若い男女を前に放す。二人は気絶しているらしく、外套から銀髪を晒して倒れる。

「さてどうします?この状況でまだ闘いますか?」

「ぐっ....!それでも、!妻と娘のために諦めるわけにはいかない!!」

身体中に魔力を漲らせまだ抵抗しようとするグレバス。そのせいか魔力が高まるにつれ鎖がギシギシと音を立てる。

と、その瞬間弥一の後ろから声が響く。

「あなた落ち着いて!」

「そうだよお父さん!この人達は私達を助けてくれたの!!」

「..........なに?」

グレバスは妻と娘の言葉に間抜けな表情で答える。他の襲撃者も同じような顔でカネーシアとカーネを見る。

取り敢えず落ち着いてくれた事を確認すると弥一が言う。

「取り敢えず、話聞いてくれます?」



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