魔術がない世界で魔術を使って世界最強
またいつもの家族に
「ユノちゃん!しっかりしてユノちゃん!!」
「エル!心拍数は!!」
「心拍、脈拍共に異常なしです。ですが意識レベルがレベルIIIまで低下しています!」
「やっぱり、フィジカル体じゃなくアストラル体の問題だ!クソっ!!」
ユノのアストラル体を検査してその原因を探る。弥一はその結果を確認して拳を地面に打ちつける。
ベルヘットを吹き飛ばしたあと、ユノに呼びかけても反応がなくさらに全身から血の気がなくなっていたのだ。
「弥一ユノちゃんはいったい・・・!」
「アストラル体が著しく損傷している。このままじゃアストラル体が自壊してフィジカル体もアストラル体につられて崩壊してしまう」
「そ、それって」
「このままじゃユノは、死ぬ」
「・・・!!」
弥一の言葉にセナは顔面を蒼白させる。魂というのはその人間の在り方や肉体の形を表すものだ。魂が崩壊した場合、崩壊した形が本来の肉体の形ということになり肉体がその魂につられて変化する、つまり肉体が魂と共に崩壊する。
ユノの魂は今も損傷し続け、このままではいずれ魂の崩壊が起きてしまう。そうなっては弥一にはどうすることもできなくなってしまう。
「一体どうして!」
「インサニアだ。いくら創造人間のアストラル体は通常の人間より強いとはいえフェーズⅢのような強力すぎる魂を入れられては保たない。インサニアを現世に現界させるたびにユノの魂はインサニアに蝕まれていたんだ」
「じゃあどうすれば・・・!」
インサニアの魂はユノの魂に根付いてインサニアの魂を取り出すことは不可能。しかし取り出さなければユノは助からない。
(クソっ!俺はまた大切な人を失うのか!?)
五年前の苦しみ、悲しみ、後悔、悔しさそれが一度に押し寄せてきてあの頃のようにまた失うのかと思うと自分に怒りが湧いてくる。
(違うだろう!!今の俺はあの頃より強くなった、守る為に、大切なものを失わない為に・・・!!俺の魔術はそのためのものだ!!)
弥一は自分の頬を殴ると、気をしっかり持ちどうすればいいか考える。最愛の娘を助ける為に。
(・・・魔術回路、そうだ!それだ!だが出来るのかそんなこと、俺一人だけで全ての工程を・・・)
考えた案なら確かにユノを救うことができる、だがそれは弥一にとって、いや世界中の魔術師にとって初めての試みだ。自然と不安が襲ってくる、これに失敗すればユノの命は完全に失われてしまう。
(いいや出来るかじゃない、やるかやらないかだ!)
「セナ、エル、【フェルセン大迷宮】に転移するぞ!」
弥一はユノを抱きかかえ、セナとエルは弥一の腕に抱き着く。
すると【転移石】が光り、足元に魔術陣が展開され四人を飲み込む。
「エル、すぐに治療室に案内を!」
「了解ですマスター!」
ユノを抱えたまま急いで治療室に急ぐ。手術室のようなところに案内されると、診察台にユノを寝かせる。
「これからユノに魔術回路の移植を行う」
魔術回路移植とは、魔術回路を持たない人間に魔術師の魔術回路の一部を移植することで、移植者の中で挿し木のように魔術回路が成長し魔術回路が形成されるという魔術医療技術だ。
この魔術移植は高位の医療魔術師でも出来る人が少なく、さらにこれは本来五人がかりで行う大規模な儀式用魔術の一つでもある。
「魔術回路を?でもなんで?」
「インサニアの魂を一つの魔術として改変し、それを魔術回路で負担することでアストラル体の負担を肩代わりするんだ。魔術回路でならインサニアの魂を制御することができる。それならインサニアの魂を無理に取り出すことなくユノが助かる」
魔物のアストラル体を【召喚魔術】の使い魔として一つの魔術に改変するというのは簡単に言えば、魂を魔術に変えること。かつて地球ではそれを成功させた例が一つだけあった。それを弥一は文献で知っていたのだがまさかそれを自分がやることになろうとは思わなかった。
「そんなことできるの?」
「成功確率はほぼゼロに等しいな。この一連の工程を行うためには成功させるべき課題が多くてすべて高難易度だ。それでもやらなによりかはましだ。セナ、エル手伝ってくれ」
「うん!」
「はい」
三人はこれから世紀の大儀式魔術と呼べるものにたった三人で挑もうとする。それはあまりに無謀で想像できるようなものではないが、不思議と不安はなかった。
弥一はまずユノから血液を採取し、そこに魔術触媒を加えた後飲み込む。
「ぐっ!うっ・・・!」
魔術回路移植はもちろん魔術師本人への負担も大きいがそれと同じく移植者への負担も大きい。いままでなかったものを埋め込まれるのだからそうだろう。
しかし今回の場合今もなお危険な状態のユノに負担が掛かるのは死人に直結する。
なので移植する魔術回路にユノの魔力を馴染ませ同一化する必要がある。
むろん他人の魔力を直接取り込んだ場合自らの魔力と反応して体中を激しい痛みが襲うのだが、そこは血液を一緒に飲み込んだ魔術触媒と体内の魔力を調節することで何とか抑える。
「よ、よし、何とか取り込んだ、次だ。セナ、これから魔術回路を少し摘出する、魔術で抑えるが激痛が奔ることになる。大丈夫か?」
「うん、それくらい大丈夫。それでユノちゃんが助かるのなら」
インサニアほどの強大な魔物を制御しようとした場合弥一の魔術回路ではその負荷に耐えられない。そこでセナの精霊神の強い魔術回路を合わせることでインサニアを制御できるほどの負荷に強い魔術回路を創り出すのだ。
「わかった。エル、これから俺とセナのアストラル体に【治癒魔術】を継続して掛けてくれ」
「了解ですマスター。《展開・治癒・継続付与》」
エルが刻印宝石で二人に継続的な治癒付与を施す。そして弥一は【魔力ブースター薬】を飲み込み、魔力を増幅させる。
「はじめるぞ」
「うん」
セナの左手に左手を合わせ、魔力を少し浸透させるように流し込むと蒼い魔力がバチバチを走り、セナの左手の甲に緑色のいくつも枝分かれした線が現れる。
「ぐ、あ、っ!ッツ!!」
神経を直接切られるような激痛にセナが歯を食いしばり耐える。そして手の甲から緑色の線の一部が浮き出て弥一の掌に収まる。
「エル、セナのこと頼む」
「はい」
膝を屈したセナの世話を任せ今度は自らの魔術回路を摘出する。
「----ッツ!」
精神を直接切られる激痛に耐えながら一瞬たりとも集中力を切らせない精密な魔術制御を行う。それは麻酔なしで自らの身体を手術するようなものだ。更にインサニアとの闘いで負った負傷と【約束された運命】を使ったことによる消耗が激しく、意識が途切れそうになる。
いつ途切れてもおかしくないような意識を唇を噛んで血を流しながら必死に繋ぎ止める。
「制御式、よし・・・術式演算、完了。」
セナと弥一の魔術回路を組み合わせ、負荷に強く魔術制御に優れた魔術回路を作り出す。
「よし、次だ・・・!」
完成した魔術回路にユノの魔力をを馴染ませる。少しづつ魔力を流し込み着実に魔力を馴染ませる。
「魔力循環八十・・・九十・・・百パーセント!がはっ!」
魔力が魔術回路に完全に馴染むと弥一は口から血を吐いて倒れた。
「弥一!しっかりして!」
「マスター!《展開・治癒・重複付与》《展開・回復・重複付与》!!」
インサニアとの戦闘での負担とこれだけの大儀式魔術に流石の弥一も限界が来たのだ。
魔術回路を摘出した事で一時的に魔法が使えないセナに変わり、エルが【治癒魔術】で出血箇所を塞ぎ、さらに【回復魔術】で体力と自己治癒能力を上げる。
「ぐっ、あと少しだ」
全力の治癒でも今の弥一は立ち上がるのがやっとの体だ。
笑う膝を抑えフラフラとなりながらも必死に立ち上がりユノを見つめる。
「待ってろ、ユノ。俺が必ず救ってやる。娘を助けるのはパパの役目だからな」
愛しむようにユノの頭を撫で、「おぉおおーー!!」と気合を入れて立ち上がる。
身体中からビキビキと悲鳴が聞こえる。【治癒魔術】でも追いつかないくらい消耗している弥一の身体はとっくに限界を迎えている。それでもなお立ち上がれるのは、ただ一つのパパとしての意地。
「エル、俺の【治癒魔術】と【回復魔術】を全てユノに回してくれ。ここからが一番危険だ」
「・・・!?ですがそれでは!!」
「心配するな。コートの【自動治癒魔術魔術】がある、ほんの少しの治癒だが俺はそれで十分だ」
「・・・わかりました」
渋るような表情を見せたがきちんと重大性は理解しているエルはすぐさまユノに集中して【治癒魔術】を掛け続ける。
弥一は乱暴に口元の血を拭い、続きを始める。
「さぁ、ここからが正念場だ!」
ユノの額に手を当てアストラル体に干渉する。
そして見つけた、とても強大で圧倒的な存在を。今ならこれがなんなのかがわかる。
弥一は宝石を取り出し、ユノの額に当て【検査魔術】を使用する。するとインサニアの膨大な量の情報量が押し寄せてくる。それを宝石に保存する。
インサニアの情報を保存した宝石を今度は近くの台にセットし、【解析器】をスーパーコンピューターに接続して宝石の情報を一つ一つ整理する。
「な、なんだこいつは・・・」
そして驚愕する。インサニアの情報はまさに神獣と言わせるほどのもので、これによく俺たちは勝てたな、と思うほど。しかもインサニアの力はあれが全力でなく、魂だけでの召喚であったため力が制限されていたのだ。
いったい生きてた時代はどれ程の力だったのか、想像するだけで鳥肌が立つ。
インサニアの力に驚愕しつつ弥一はインサニアのアストラル体を魔術に変換する事を始める。【契約魔術】の術式を使いインサニアを【使い魔】として登録し、それをアストラル体にインストール。
そこから魔術として整理し、最適化を行う。
(最適化完了。その他諸々は後日でいい、今はとにかく必要最低限な項目を術式化していく)
魔力演算、術式構築、術式処理、契約パス、パスの変換効率、などその他含め総数四九工程を処理していく。
「術式構成完了。シュミレート開始・・・終了。魔力循環九十一パーセント、負荷処理、クリア!できたぞ!」
術式が完成し、勢いよく椅子から立ち上がる。
術式を別の宝石にインストールを開始して、今度は魔術回路を保存した神聖結晶の刻印宝石を取り出す。
「《宿れ・かの者に新たな力を》」
ユノの心臓部分に当てられた宝石が吸い込まれるようにして消える。刻印宝石はそのまま魔術回路の一部になるので、魔術処理負荷に強い神聖結晶はユノの魔術回路に最適だ。
吸い込まれた心臓部分から枝分かれするように幾つもの緑の線が身体の隅々まで行き渡った。
「良かった、負荷なく上手く適合したみたいだな」
ユノの状態を見て弥一は取り敢えず一安心する。
だが安心してばかりも居られない。まだ最大の難関が待ち構えているのだから。
「セナ、エル、これから指示する通りにこれで図形を描いてくれ」
そういって渡した瓶には水銀がたっぷりと入っている。
それを弥一が指示する通りにユノの台座を中心としながら、半径二メートル程の大きな魔術陣を描く。
「さぁ最後の難関だ、行くぞ!」
「頑張って弥一!」
「頑張って下さいマスター!」
陣に手を触れながら、反対の手で握った術式をインストールした宝石に意識を集中し、陣の魔術を起動する。
アストラル体に干渉する儀式魔術でユノの中に住まうインサニアのアストラル体にアクセスする。
「うぉ!なんて強さだ。少しでも気を抜けば逆にこっちが乗っ取られるなッ・・・!」
インサニアのアストラル体にアクセスした後、弥一は宝石の術式を陣を通して流し込む。
ここからが本番だ、これから弥一は宝石の術式を使ってその術式通りアストラル体を変化させなければいけない。
その工程数、894工程。
一つ一つの工程は一瞬たりとも魔術や魔力、集中力を乱してはならない。一瞬でも乱せばドミノのように連鎖的に術式が崩壊してしまう。
【思考強化】のスキルを使い思考と集中力を極限まで高め、一つ一つ丁寧かつスピーディにこなしていく。
(不思議だ、周りが止まって見える・・・)
周りが止まって見えるほど感覚とこんな状況の中、別の事に意識を割く事ができた事。
ステータスプレートを見れば気づけただろう。スキルの欄が変化している事にした事に。
【思考強化】の派生スキル【思考加速】。これにより周りの状況が、止まって見える程にまで思考を加速する事が出来る。
加速した思考の中でさらに作業スピードを上げていく。
そして約一時間ーーー
「使い魔契約完了・・・!」
インサニアのアストラル体をユノの使い魔として成立させる事に成功、そしてそれをユノの魔術回路に固有魔術として登録。
「これで、最後だ!!」
手首を噛み切り、血を流す。そしてその血を使って魔術陣を描く。血を触媒とし、魔術回路にインサニアの魔術を固定する。
そして魔力を注ぐ。
「戻ってこい!ユノ!!」
祈りを込めて魔力を注ぐ。 
術式は完成した。後はユノが戻ってくるだけ。
(最愛の娘をなにがなんでも救う。そう誓ったんだ!!)
「ユノちゃん!戻ってきて!!」
「ユノ様!!」
セナとエルも必死に呼びかけながら、回復魔法をかけ続ける。
その場の全員が必死に願う。しかしユノの意識は戻らない。
「クソッ!どうしてだ!どうして・・・!」
「弥一・・・」
意識を取り戻さない事にセナは目尻に涙を浮かべながら、弥一の背中を摩る。エルも悔しそうに口元を引き締める。
また失うのか、そう思った瞬間
「パ、パ・・・マ、マ」
「「「!!」」」
か細い声が聞こえた。それは今一番聞きたかった声。
三人はすぐに台座に駆け寄る。そしてそこには少し虚ろな目をしながらも、はっきりとこちらを捉えているユノがいた。
「ユノ!!」
「ユノちゃん!!」
弥一とセナはユノを抱き締め、涙を流す。
「パパ?ママ?」
ユノ本人はなにがなんだかわからないといったい具合だが、それでも二人の暖かさに嬉しそうに笑い、ギュッと抱きついてくる。
「おかえり、おかえりユノ」
「おかえりなさいユノちゃん」
涙を流しながらおかえり、といってくる二人にユノは太陽のように満面の笑みを浮かべる。
「ただいま、パパ、ママ・・・!!」
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