魔術がない世界で魔術を使って世界最強
約束された運命
刀身の切っ先がインサニアに触れた瞬間、腹部に焼けるような感触と激痛を感じた。
「ーーーーーーえ」
あまりの突然の事にそんな言葉しか出てこない。時間が遅く感じる中でそんな事を思っていると、口内に腹からせり上がってきた血が溢れ、「がはっ!」と吹き出す。
「弥一ぃいいーーーーーー!!!」
その光景を見たセナが今までにないくらいの大音量で叫ぶ。しかし弥一はそちらに意識を向けることが出来ず、落下する。
(い、いったいなにがッ・・・!)
落下しながら回らない意識をどうにか回し原因を考える。【隠蔽魔術】は完璧に発動していた、攻撃に関してもレルバーホークの銃弾が命中するのを確認しての攻撃だった。しかも攻撃方法は全く違う方法。対応できるわけはない。
狭まる視界の中必死に目を凝らしてインサニアの方を向く、そして「マジかよ」と乾いた声を上げる。
視界の先にいるインサニアは、圧倒的な凍気とーーー雷撃を纏っていた。
周囲に凍気を撒き散らし、体表では紫電がバチバチと弾けている。弥一を貫いたのはこの紫電による雷撃をだった。
落下している弥一に向かってインサニアは前足を薙ぎ払うようにして叩きつける。
砲弾のように弾き飛ばされた弥一はそのまま壁に激突し壁にめり込み。
「ガハッ・・・!!」
口から大量の血を撒き散らし壁から力なく崩れ落ちる。
血の海に沈んだ弥一にセナとエルが駆け寄る。
「弥一!弥一!!しっかりして!!」
「マスター!!」
二人はその顔に悲壮の表情を浮かべ涙を流しながら弥一を見る。
腹部からは大量に出血し、雷撃のせいで貫通箇所が大きく焼けただれており、内臓はすでにミンチ状態だ。更に薙ぎ払われた衝撃で肋骨、胸骨、右上腕骨の骨折など、満身創痍の酷い状態だ。
コートに刺繍したミスリルと刺繍によって常時発動状態の障壁と人外の身体が無ければ今頃死んでいた。
「セナ様、すぐに治癒魔法を!!」
「うん!」
セナは急いで水の回復魔法【癒水】を発動する。手のひらに現れた魔法陣の光に当てられ弥一の出血が止まり、肉体が少しづつ塞がっていく。
しかし敵はそれを待つ道理はない。
インサニアは周囲に氷の塊を幾つも出現させ、三人をまとめて貫くべく一斉発射する。
刹那、エルは上空に六つの緑色の宝石を三人をぐるりと囲うように地面に投擲し、
「ーー《展開・翠玉結界・多重強化》!!」
緑色の魔力線が地面を走り、六個の宝石を繋ぎ六芒星陣を描く。
それに従って三重の緑色の結界が三人を包み、氷の塊と真っ向から受け止める。
刻印宝石。これは魔法が使えないエルのために甲明が作った結界魔術が刻印された宝石に魔力を流し詠唱を行うだけで発動できる一種の魔導器だ。
そして今発動したのは【翠玉結界】。物理・魔術防御能力に平均的に優れているが【金剛障壁】ほどではない。しかしこの【翠玉結界】は【金剛障壁】と違い全方位を覆い防御できるため集団戦ではよく使われている。
弥一ほどの魔術師になると【金剛障壁】を半球状態で展開し、全方位を固めることができるが、普通の魔術師では【金剛障壁】ほどの魔術を改変は出来る者はいない。しかもエルの【翠玉結界】は宝石に元から刻んだ以上の出力は出ない。
正面から衝突した氷のマシンガンは、【翠玉結界】にビキビキとひびが入り、そして追い打ちとばかりに雷槍の如き鋭い紫電が結界に直撃する。
雷槍の一撃で硝子が割れ砕けるような音と共に一層目の結界が崩壊し、消失する。
そして再び氷のマシンガンが襲いかかり、二層目の結界にもやがてひびが入り始めた。
エルは更に宝石を投擲し結界を強化する。強化した結界はなんとかギリギリのところで持ちこたえる。
すると氷の砲弾が収まった。
「と、とまった・・・?」
いったいなにが、と思いインサニア目を向けた瞬間ーーーー悪寒が襲った。
「ーーーッツ!!」
悪寒に駆り立てられ、矢継ぎに宝石を投擲し結界を限界まで強化する。
刹那、視界全てを埋め尽くす光の柱が結界に直撃する。
「く、ぐっ・・・!!」
神の雷槌のと見紛うばかりの雷撃の柱は、膨大な熱量と電気を周囲に無差別に撒き散らし、地面を抉りながら迫ってくる。
腕をかざして光を遮りながら、結界越しにも伝わる衝撃を前傾姿勢になりながら耐える。さらに残りの宝石全てを使って、内側に新たな【翠玉結界】を発動。
柱はパリン!パリン!と少し拮抗した結界を破壊し、衰える事なく迫ってくる。
(このままではマスターたちが!)
エルは宝石の許容魔力量を超える魔力をありったけ流し込み、なんとか少しでも持たせようとする。
しかし雷槌はそんな抵抗も虚しく、一枚また一枚と結界を破壊し、やがて残り二枚となる。
そして魔力を注いでいると結界が破壊され、最後の一枚となった。
結界にビキビキと速い速度でひびが奔り、最後にベキッと鳴った瞬間、最後の結界が破壊された。
(申し訳ありません、マスター・・・)
迫る雷撃にエルが目を瞑った、その瞬間
「《神の盾!全てを阻む純白の輝きよ》!!」
雷撃とエルの前に純白に輝く魔術陣が現界。雷撃は魔術陣とぶつかり、貫こうとするが輝きは揺るがない。
それから数秒、光の柱である雷撃は威力を弱めていき、消失した。
「大丈夫か?エル」
「マスター!!」
エルが振り向くとそこにはセナに肩を支えてもらいながら立ち上がってこちらに来る弥一がいた。
「ぐっ、こんだけの負傷を負ったのはルバティアドラゴン以来だな。流石は同じフェーズⅢってとこか」
「マスター、傷は大丈夫ですか!?」
「ある程度動けるから問題ない。これ以上の治癒は時間がかかるからな。ありがとう、エル、お前が守ってくれて助かった」
「うん。本当にありがとう」
「い、いえ勿体無いお言葉。従者として当然の働きをしたまでです」
褒められて恥ずかしいのかエルが頬を微かに赤らめる。そして弥一はインサニアの前に歩み出る。
「セナ、エル、これから大魔術の詠唱を始める、この大魔術は構築まで時間がかかる。その間インサニアの注意を引きつけてくれ」
「「了解!!」」
セナは【疾風加速】を使用して駆け回りながら魔法を撃ち込んでいく。
エルは【翠玉結界】とは別の刻印宝石を取り出し、魔術を発動する。
「《展開・身体強化》!!」
展開した魔術は【身体強化】。これによりエルの身体能力は三倍となった。そしてエルは手品のようにいつの間にか手に大型のライフルを握っていた。
レールガン式アンチマテリアスナイパーライフル、魔導器【グレーク】。砲身内部の電磁によって弾丸が電磁加速し、更には【弾速強化弾】によって発射される弾速は、マッハ七。
ズドォン!と重低音な音と銃口からマズルフラッシュが炸裂し、そこから十三センチの弾丸がプラズマを纏って発射される。発射の際の衝撃は【身体強化】で耐え、エルの足元が軽く沈没する。
弾丸はインサニアとの距離を瞬時に消し飛ばす。しかしそれでもインサニアは反応し、氷のかたまりで弾丸を防ぐ。
だがグレークの弾丸は氷の塊にひびを入れ、破壊する。
「やるエル、私も負けてられない!【豪炎鳥】!!」
豪炎の柱が立ち上がり、そして炎の中から豪炎を纏った巨大な鳥が現れた。
「いけ!」
『ギュァアアアアアアーーーーー!!』
口内から灼熱の炎のブレスを放つ。インサニアを飲み込むべく炎は迫るが、インサニアは口から凍気のブレスを放ち炎に対抗する。
凍気と炎が中心でぶつかり拮抗する。
しばらく拮抗したが、やがて凍気のブレスは炎を凍りつかせそのまま凍気が炎のブレスを貫き、豪炎鳥そのものを凍り付かせた。
「ッ!まだ!【冥水竜】!!」
セナは今度は水の竜を召喚し、インサニアに攻撃を仕掛ける。
そして弥一は今もなおインサニアと戦っているセナとエルを視界の端に捉えながら弥一は大魔術の準備をする。
ポケットから箱を取り出す、取り出した箱には呪符と鎖で封印されている。その箱からは大きな魔力と圧倒的や存在感が漏れ出す。
「《戒め・我ここに解放せん》」
そう詠唱すると箱の鎖と呪符が燃え上がり消え、箱が空いた。箱を開けるとそこには小指ほどのサイズの”石”があった。
この石は聖遺物と呼ばれる遺跡などから発掘される古代の伝説に関わる物品のことである。その物には例外なく強力な魔力などをもっており、魔術触媒としては最高クラスの物だ。そしてこの石は聖遺物の中でもトップクラスの物だ。
「『選定の石』。これなら倒せる」
選定の石。この石はその昔、選定の剣が突き刺さっていた石の土台の一部だ。その剣はかつてブリテンの王を選定した世界中で広く知られているもっとも有名な剣ーーーーーーーーー
ーーーーーーー聖剣エクスカリバー。その剣を突き刺していた土台だ。
その石を【蒼羽】の刀身に当てて詠う。
「《勝利は我にあり・妖精の剣に込められた運命は我に勝利をもたらす・その運命は約束された勝利・その剣は約束された勝利の剣》」
地面に黄金に輝く魔術陣が出現する。そこから黄金の光がぼんやりとあたりに溢れだし、ゆっくりと石に集う。石はうっすらと発光した後、【蒼羽】の刀身に吸い込まれる。
「《神が選定するは勝利を運ぶに値するもの・神が認めた運命は我に勝利をもたらす》」
そのままゆっくりと刀身に当てた左手を刃に滑らせるように走らせる。刃を滑らされた後【蒼羽】の刀身に絶大な魔力と聖遺物の聖なる力が集まる。
するとその集まる力のうねりにインサニアは焦ったようにこちら向いた後雷撃や氷を放ち、その脅威を排除しようとする。
「「させない!」」
セナとエルが雷撃と氷を防ぐぎ、インサニアの前に立ちふさがる。
そんな二人を頼もしく見つつ弥一は更に魔力を集め、集中する。
「《我にもたらせその運命・我にもたらせその勝利》!!」
刀身に膨大な力が集まり、黄金の光が溢れる【蒼羽】を頭上に掲げ、構える。
「今だ!二人とも全力で避けろ!!」
弥一の言葉で二人は左右に全力で飛びのき、正面を開ける。
セナとエルの妨害がなくなったインサニアはもうスピードで弥一に向かって駆け出し、その凶悪な爪を振り下ろすべく突撃してくる。
弥一はそれを焦ることなく見据え、叫ぶ。
「《約束された運命》ーーーーー!!」
黄金の光を振り下ろす。振り下ろされた黄金の光はインサニアめがけ振り下ろされ、地下施設すべてを光が包み込む。
振り下ろされてから数秒、地下施設すべてを覆った光はやがて弱くなり、消える。
目を開けるとそこには、静寂が訪れていた。
地面は大きくえぐれ、あたりの物のは何もかもなくなっている。
そして天井を見ると光が見えた、太陽の光。大魔術【約束された運命】、その威力は絶大ではインサニアを消滅させ、さらに地下施設から山の山頂までを大きく切り裂いたのだ。
圧倒的な破壊の痕跡に誰もが言葉を無くす。そんな中弥一はガクッと膝を屈す。それをみてセナとエルが駆け寄る。
「弥一!」
「マスター!」
セナとエルに支えてもらいながら立ち上がると、ベルヘットは叫び出す。
「バカな!バカなバカなバカな!!!インサニアが、世界最強の神話の魔物が!たかが冒険者風情に負けるだと・・・!?あ、ありえん!!」
ベルヘットは現実が受け入れられずただひたすらに喚き散らす。そして錯乱した状態でユノに命令する。
「ユノ!!もう一度インサニアを召喚せよ!!早くしろ!!」
「ぐっ、う、うう、わぁあああああーーーーーーーー!!!」
インサニアを再召喚しようとしてユノに取り付けられた面が怪しく光だすと、ユノが頭を押さえ苦しみだし叫ぶ。
するとあたりの魔力が徐々に活性化していくのを感じて、弥一はレルバーホークを向ける。ユノに。
発射された弾丸はそのままユノに向かっていき、面を弾き飛ばす。
更に続けて弾丸で空中にある面を撃ち抜く。
バラバラに面が砕けると、ユノはその場に力なく倒れる。それを見てベルヘットはその顔に絶望を浮かべた。
「そ、そんな・・・長年にわたっての私の研究がこんなところで・・・嘘だ、嘘だぁあああ!!!」
ベルヘットは頭を掻きむしり、バッと身を翻すと奥の通路に向かって逃亡する。
しかし、それを許す弥一ではない。
瞬間移動かと見まごうばかりの速度でベルヘットの前に現れると、その胸倉を乱暴に掴み、吊し上げる。
「がっ、!ぐっ・・・!!」
「お前には特にいうこともない。お前の声なんか聞きたくないからな、ただ・・・あの世で犠牲になった人々に償うんだな!!!」
人外の化け物とかした身体能力と【身体強化】の部分集中強化が合わさった渾身の右ストレートがベルヘットの顔面にぶち込まれる。
「ぐぼぉ!!」
冗談のように吹き飛ばされたベルヘットはそのままエルに向かって飛んでいく。
「消えなさい、このゴミ野郎!!!」
「げぶっふ!!」
エルが飛んできたベルヘットの側頭部に義足のインパクト機構と【身体強化】が合わさった蹴りをお見舞いする。
またもや冗談のように飛ばされたベルヘットはそのままセナに向かって飛んでいく。
「ユノちゃんをよくも!!【豪覇風炎】!!」
「ぐぎゃがぁああああああ!!!!」」
セナが飛んできたゴミ野郎に向けて豪家を放ち、燃えている状態で衝撃波と風をぶち込み、打ち上げる。
ベルヘットは火だるまになりながら【約束された運命】が貫いた穴を登っていく。そしてそこへまたもや弥一が現れる。
「や、やべぇでぇ・・・」
恐怖と苦痛交じりの声で懇願するがそんなもの弥一は受けつかない。
「天高く昇れぇえええええーーーーーーー!!!」
渾身の蹴りを延髄に入れ、天に舞い上げる。蹴りの衝撃で辺りに衝撃波が発生し、延髄からは骨が粉々になる音がする。
「グギャァアアアアアアアアアアーーー!!」
醜い声と共にベルヘットは舞い上がる。山頂まで舞い上り、そのまま空へ消えた。
蹴りを打ち込んだ弥一が地面に着地するとセナとエルが集まってくる。
「終わったな」
「うん」
「はい」
空へと消えたベルヘットを見ながら三人は呟く。上空からは明るい朝日が差し込んできた。
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