魔術がない世界で魔術を使って世界最強

海月13

インサニア


「やれユノ!あのゴミ共を始末しろ!!」

「いけ」

ベルヘットがユノに指示を出し、それをユノが氷狼に指示を出す。その指示に従い、氷狼が極低温のブレスを吐き出す。

「!!逃げろ!!」

三人は速やかにその場から離脱し、ブレスの範囲内から逃れる。

絶対零度のごとき凍気のブレスの範囲にあったものは全てが凍りつき、何もかも崩れさる。

「ユノ!しっかりしろユノ!!」

「ユノちゃん!!」

弥一とセナが呼びかけるがユノは全く反応を示さずただひたすら氷狼に指示を出している。

氷狼は氷の礫を出現させるとそれを一斉発射。

礫の数は圧倒的で捌ききるのは不可能。【金剛障壁】を展開し、氷の雨あられを防ぎ切る。

礫は硬質な音を立て【金剛障壁】にぶつかり砕ける。だが、礫の軌道が変化し一点を集中的に攻撃してくる。そのせいで少しづつ小さなひびが広がる。

「ーーくっ!!」

弥一は【金剛障壁】を放棄し、【加速魔術】で急速に距離をとる。回避すると同時に【金剛障壁】が砕ける。

「なにあの狼!?」

「神獣だ、フェーズⅡの魔物が長い年月をかけて稀に進化することがある。神獣はどれもが規格外の力を持ってる・・・あれは大規模な精鋭魔術師大隊でようやく倒せる相手だ」

「そ、そんな」

弥一のそんな言葉にセナは顔面を蒼白させる。そして氷狼はまたもや氷の礫を発射してくる。

弥一は【加速魔術】で、セナは【疾風加速ゲイルアクセラレイション】でなんとか回避する。

その防戦一方の光景を見てベルヘットが高笑いする。

「ハハハ!!見よ!これが私の研究の研究の成果、インサニアの力だ!!」

「イン、サニア・・・」

おそらくこの氷狼の名前だろう。しかしそれ以上にユノがあの男の命令に従っていることに弥一は疑問を隠せない。

「てめぇ!ユノに何しやがった!」

「なに、とは?」

弥一がベルヘットに向かって睨みつけるが、ベルヘットは惚けたような声で言葉を紡ぐ。

「とぼけないで!ユノちゃんを返して!!」

「返してとは心外な。これは私が創ったものだぞ!」

セナが叫んだ声にベルヘットは返答をする。

その言葉を受けて弥一は疑問を浮かべ、そして、驚愕する。

「創った・・・まさか、お前!!!」

弥一は顔に鬼のような表情を浮かべ、今までにないほど怒りを表しベルヘットを睨み付ける。

「創ったのか!!ユノを・・・創造人間ホムンクルスを!!!」

その言葉にベルヘットは、「ほうっ」と眉を顰める。今だなお、鬼の形相を浮かべ、ベルヘットを睨み付ける弥一にセナは問いかける。

「弥一どうゆうこと?ユノちゃんを創ったっていったい・・・」

「ユノは創造人間ホムンクルス、人間が人工的に作り出した人造人間だ・・・!!」

その言葉にセナは大きく息を呑み、顔を蒼白させる。

「そんな・・・!!」

創造人間ホムンクルスはその名のとおり、魔術を使って人が人工的に創り出した人間のこと。

科学技術にも同じような技術が存在する。それはクローン技術。

クローン技術で人を創り出すことはクローン技術規制法第三条で禁止されている。人のクローンを創り出すことは「人の尊厳の侵害」「社会秩序の混乱」「安全性の問題」などの問題があるからだ。

そして創造人間ホムンクルスも同じような理由で魔術の世界では最大の禁忌の一つとされている。

ユノはこの施設で創られた創造人間ホムンクルスだったのだ。

「でも、なぜ自然の摂理として受け入れられ、成立している・・・?」

創造人間ホムンクルスといえど完璧ではない、魔術で人工的に創り出したのなら自然のものではない人工物なので、自然の摂理には受け入れられず何かしらの違いはあり、それを気が付けない弥一でない。

ではどうして弥一は気づけなかったのか。

答えは簡単。自然の摂理に受け入れられないならーーー


ーーもともと受け入れられているものを使えばいい。


「人を触媒とした創造。お前はユノを創るために人間を触媒に使ったんだな!!だから自然の摂理に受け入れられている!!」

元々自然の摂理として成立している人間を触媒とする事で、自然と自然を掛け合わせた自然が生まれる。

この人を触媒とした創造人間ホムンクルスの製造方法は、禁忌であるホムンクルスの更に最暗部の禁忌である。なにせ、この方法でホムンクルスを創る場合、犠牲になる人間の数はーーーーおよそ数千人。

「ほう、そこまでわかったか。そうだ、この『ユノ』はそこにある人間どもを使ったホムンクルスだ!」

「ふざけるな!!それがどれだけのことかわかってるのか!!いったい何千人の人を犠牲にしてきた!!」

ベルヘットの言葉に弥一は激しく激昂する。このホムンクルスの創造方法は甲明から魔術界における最大禁忌の一つとして、魔術を習い始めたころからしっかりと教えて貰っていた。

魔術は危うい均衡の上に成り立っており、たった一歩でも踏み外した瞬間、魔術の深く、暗い面に呑み込まれ二度と戻れなくなる。そう言い聞かされてきた。

そして今目の前には、その魔術の最暗部に呑み込まれ、堕ちた下郎がいる。

「ふん、貴様なんぞに私の崇高なる目的などわかるまい。それにこのホムンクルスなど目的の通過点にしか過ぎない」

「な、なんだと・・・お前の目的はいったい」

幾千の人々を犠牲にしておいてそれが通過点に過ぎないという。そんなバカげたことがあるか、いったいベルヘットはどれだけのことをするのか、弥一とセナは憤る。

そんな二人の表情にベルヘットは愉快になり、高らかに両手を広げ言い放つ。

「いいだろう、貴様らには教えてやろう。私の崇高なる目的、それはこの伝説の魔物、インサニアの復活だ!!」

インサニア。二千年前に存在した伝説の魔物でその力は五か国合同の大軍隊をたった半日もかからず壊滅させたほど。二千前に英雄シンが率いる十か国の軍隊の討伐隊でようやく封印できたこの世界最強の神話の魔物だ。

「私はこのインサニアの魂をこのホムンクルス『ユノ』に埋め込むことで現代に復活させ、操ることに成功したのだ!!」

「バカな、フェーズⅢの魔物の魂を埋め込む?そんなことすればいくらホムンクルスでもアストラル体が持たないはず・・・っ!!」

そこまで言ってようやく気付いた。ユノと出会ったときユノのアストラル体が異常に消耗していたこと、ユノの中に何が存在していたのかを。

「そんなことのためにユノを創って、多くの人々を犠牲にしたのか!!」

「そんなことだと!?この魔物がいれば世界が手に入るのだぞ!貴様らはその価値がわからぬのか!!」

世界を手に入れるため。そんな馬鹿げた理由で何千人もの人が殺された。その事実に弥一はもう話す余地なしと判断する。

「もういい。いまだ、エル!!」

「了解です、マスター!!」

弥一が呼んだ瞬間、エルがベルヘットの背後に突如現れその首にナイフを突きつける。

エルは最初の攻撃の瞬間弥一の、認識を逸らし気配を隠す【隠蔽魔術】の一種、【隠業おんぎょう】によってベルヘットの意識から外れ、弥一とベルヘットが言い争っている間に背後に接近し、弥一の合図と同時に飛び出したのだ。

ナイフはそのままベルヘットの首元に吸い込まれーーーー氷の塊に阻まれた。

「なっ!」

完全なる意識外からの不意打ちを防がれたことに驚愕する。インサニアはエルの不意打ちの攻撃に瞬時に対応し、氷を生み出し防いだ。その反応速度に弥一も含め三人とも驚愕する。


インサニアはエルに向かって氷をぶつけ、そのまま吹き飛ばす。エルは水平に吹き飛ばされ奥の壁に激突しそうになる。

「エル!!」

弥一は先回りをし、壁に激突する前にエルを抱き留め、横抱きに抱えたままインサニアの追撃を回避する。

「無事か、エル」

「は、はい。申し訳ありませんマスター」

「気にするな。エルの攻撃は完全な不意打ちだった、それを防がれたのはインサニアの反応速度を見誤った俺のミスだ。すまん」

「い、いえ、そんなこと」

前を見ながら氷を回避し続ける弥一は声だけエルに向ける。エルは少し頬を染めつつ、それどころではないと意識を切り替え、直撃しそうな礫をナイフで撃ち落とし、弥一のサポートをする。

「【風炎砲】!!」

インサニアに向かって風と炎の矢が飛来する。そしてインサニアの近くでで炎が爆ぜる。

撃ち込まれた方向を見ると、インサニアの意識が弥一たちに向いた瞬間に魔法を撃ち込んだセナがいた。

攻撃が途切れた瞬間に弥一はセナと合流する。

「二人とも無事!?」

「ああ、助かったセナ。それでインサニアはどうなった?」

インサニアの方を見ると爆ぜた炎が徐々に小さくなっていき、本体が見えた。

インサニアの近くには巨大な円盤状の氷の塊が浮遊している。その氷は半分以上が溶けており、さすがに風と炎のミサイルを喰らっては無事ではないようだ。

だが、

「マジかよ、傷一つねぇ・・・」

インサニア本体は傷一つどころか焦げ跡一つない。その圧倒的な反応速度と防御能力に、もはや驚愕の言葉すら出てこない。

「ハハハハハ!!効かん!そのような攻撃などインサニアの敵ではない!!やれユノ!さっさと潰せ!!」

「やれ」

ユノの命令を受け、インサニアが大きく息を吸う動作を行い、体内で巨大な魔力の高まりを感じることができた。

この攻撃はヤバイ!、そう瞬時に考えるや否や詠唱を始める。

「《我が前に現るのは純白の神盾。その盾は盾にあらず、その盾は盤石にして不動たるもの。決して揺らぐことのなき、確固たるもの。如何なるものの前にあろうと潰えぬ輝き盾。その盾は神が持ちし神盾。その盾の名は神の盾アイギス!全てを阻む純白の輝きよ》!!」

神の盾アイギス】が顕現するのと凍気のブレスが襲いかかるのはほぼ同じ。

全てを止める絶対零度のごときブレスは視界の全てを覆い尽くし次の瞬間、白のブレスと純白の輝きが拮抗する。

凍気のブレスは【神の盾アイギス】を凍りつかせようと襲いかかる。

しかし【神の盾アイギス】はインサニアと同じフェーズⅢの神獣であるルバティアドラゴンの咆哮を防いだ、弥一最強の守りである。

純白の輝きは衰えることなく、ブレスの中でも輝き続け、やがてブレスが終わるとそこには輝きが健在している。

「ば、バカな!!インサニアのブレスを防ぎ切っただと!?ありえん!!貴様何者だ!?」

「魔術師、日伊月弥一。ユノの父親だ!!」

弥一は腹から声を絞り出し、叫ぶ。

叫ぶと同時に腰の【蒼羽】を抜刀、筋肉のバネを極限まで利用し、【加速魔術】を使って駆け出す。

人外の身体能力の極限と【加速魔術】が合わさり、今の弥一は常人では残像を捉えるのが精一杯の速度まで加速していた。

しかしそれほどの加速を持ってしてもインサニアの視界からは逃れることができず、インサニアは氷の雨あられを弥一目掛けて放つ。

弥一はそれを、横や縦、壁を使っての三次元軌道を駆使して回避し、時には【思考強化】スキルと【解析眼】による軌道予測を利用して銃弾の如き氷の雨あられを【蒼羽】で捌き切る。

「《弾門》!!」

捌き切る際、迫る氷の散弾に紛れさせ、幾つもの魔弾を放つ。

魔弾は氷の合間を縫い、様々な軌道を描きながら一斉に迫るがそれをインサニアは周りに浮遊させている氷の盾で
弾く。

「クソッ!まだ攻めきれないのか!!」

いかなる攻撃手段を用い様が全てに完璧に対応してくる反射速度に舌を捲く。

「【炎斗】!!」

突如、そんな言葉が聞こえると、インサニア目掛けで数十の焔が尾を引き、流星群の如く迫る。

インサニアはそれを氷をぶつける事で防ぐ。

防がれることはセナもわかっていた。だからこの攻撃はダメージを与えるためのものじゃない。

ぶつかった炎は氷を蒸発させ、辺り一帯を広範囲に霧が覆う。

インサニアが一瞬、こちらから意識を外した瞬間に再び三次元立体機動でインサニアの周囲を高速で動き回る。

霧の中、完全にインサニアは弥一たちを見失ったようで、無闇に攻撃を仕掛けてこない。その隙に弥一は【隠蔽魔術】を発動すると同時に、レルバーホークを発射。

マッハ五の弾丸は音を置き去りにし、霧の中を突き抜ける。

突き抜けた弾丸は、インサニアの右後ろ足に直撃し、血しぶきを撒き散らす。

「グォオオオオーーーーーン!!」

足を撃たれた事でインサニアがくぐもった悲鳴を上げ、ふらつく。

「いまだ!」

インサニアに攻撃が当たった瞬間、弥一は神速の如き速度で反対側に周り、横腹に迫り、【蒼羽】の柄に手を伸ばす。

全く反対からの攻撃、しかもインサニアは足の激痛に加え、弥一を見失っている状態。圧倒的な反射速度を持つインサニアでも弥一を捉えられていないこの状況では反応する余地もない。

刻印に魔力を流し、【蒼羽】の疑似分解切断を発動。

そしてインサニアが刀の間合いに入った瞬間、抜刀。引き抜く際に刀身が鞘で加速し、勢いを乗せる。

「これで、どうだ!!」

気合の烈派とともに抜刀された刀身は、銀の一線となり、インサニアの横腹に刻むべく吸い込まれる。

そして、銀の一線はインサニアに触れーーーー




ーー閃光が弥一を貫いた。




「ーーーーーーえっ」

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