リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●25 乱戦 2






 次に目についたのは黄金の煌めき。

 チカチカと目にうるさい色彩は、もはや見紛おうこともない。

 アシュリーさんと肩を並べる〝カルテット・サード〟が一人、〝鎧袖一触(アトゥー・シュヴァリエ)〟のユリウス・ファン・デュラン――そのフォトン・ブラッドの輝きである。

 まだ例のパワードスーツ――確か〝サウィルダーナハ〟だっただろうか――は装着してはいないようだけれど、それにしたって物凄い輝きだ。もしかして〝SEAL〟を励起させているだけで、あれ程の光量を発しているのだろうか。あるいはユリウス君も、フリムのほぼ無限に『現実改竄物質』が回復する『永久回炉(メビウス・オヴェン)』のような、特殊なアビリティを持っているのかもしれない。

「はぁーはははははははッ!! どうしたどうした我が戦友達よ! 卿らの力はそんなものかね! せっかくの機会なのだ! 余をもっと楽しませてみてはどうだ!」

 高らかに笑い声を上げるユリウス少年と戦っているのは、『戦友』という言葉が指し示す通り、同じ『蒼き紅炎の騎士団』メンバーである。

 しかも彼の上司であるカレルさんと、同じ〝カルテット・サード〟のゼルダさんまでが『黒』の陣営に加わっている。

 ――そうか、ユリウス君は『白』のチームなのか……

 全身から発されている山吹色(サンライトイエロー)の光が強すぎて見えにくいが、彼の頭上には確かに『白』のアイコンが浮かんでいた。

「むぅぅぅぅぅぅー! ユリウスのくせに生意気でありますですぅー!」

 疾風(はやて)のごとく駆けながら憤るのは、長大な直刺剣(エストック)を携えたゼルダさんである。右手に握ったエストックを弓のように引き絞り、刀身に左手を添えて発射台よろしく構えている。

「ふははははは!! その意気やよしだゼルダよ! そこまで言うのなら是非とも破ってみせよ! この余の鉄壁の防御を!!」

 見るからに次の攻撃の為の助走をしているゼルダさんに対して、腕を組んだ仁王立ちのユリウス君があからさまな挑発をする。

 この間もそうだけれど、あのものすごい自信は一体どこから湧いてくるのだろうか。ハヌもちょっと似たようなところがあるけれど、僕のような人間からするとああいう根拠のない自信は不思議に思えて仕方ない。幼さ故の特権なのだろうか。

「うりゃりゃぁああああああああああああああッッ!!」

 ユリウス君のベタな煽りが癇に障ったのか、ゼルダさんの疾走がさらに加速した。もはや地面も壁も関係ない。ボロボロの舗装道路から、近くにあったビルの壁面に足をかけ、ゼルダさんは真上に向かって突っ走る。

 発射されたロケットのごとく一気に上昇。

 瞬時に屋上の端まで駆け抜けて宙を飛ぶ。空中でトンボを切って体勢を入れ替えると、直突きの構えをとったエストックの刀身が陽光を照り返し、ギラリと輝いた。

 ゼルダさんのペルシャンブルーの双眸が、刹那、剃刀のごとく鋭く細められた。

「――〈メテオスマッシュ〉」

 藍色の光がゼルダさんの皮膚を駆け巡り、その額に剣術式のアイコンが出現した。パッ、とアイコンが弾けて消失した瞬間、ゼルダさんの全身がダークブルーの輝きに包まれる。

 それは僕が初めて見る、ゼルダさんが術式を使った姿だった。

 これまでズバ抜けた身体能力だけで戦っていたゼルダさんが発動させたのは、位置エネルギーを破壊力に変える剣術式。藍色のフォトン・ブラッドが彼女を包み込み、エストックの刀身と切っ先には一際分厚い膜がかかる。

 転瞬、ゼルダさんの背中から猛烈な勢いでダークブルーのフォトン・ブラッドが噴出し、しなやかな肢体が蹴っ飛ばされたように加速した。

「てぇりゃぁあああああああああアアアアアアアアアッッッ!!!」

 どこか僕の〈ドリルブレイク〉にも似た形で真っ逆さまに落下するゼルダさん。下降すればするほど速度が上がり、まさに加速度的に直刺剣を包む藍色の光も大きく強くなっていく。

 剣術式〈メテオスマッシュ〉は発動時の位置エネルギー、即ち術者の位置が高ければ高いほど威力を増す。通常は高めにジャンプして発動させても充分な威力を発揮する突進術式だが、ゼルダさんはそれをビルの屋上よりも高い位置で使った。

 その破壊力はまさに、地に落ちる流星がごとく。地表に激突すれば巨大なクレーターを穿つこと間違いなし。

「――ふははははっ!! ガチで来たなこやつめ! よかろう! ならば余も本気を出すまで!」

 上空から猛禽のごとく襲い掛かってくるゼルダさんに対し、しかしユリウス君は余裕の態度を崩さなかった。

 その手に握るのは、幼い彼の体格に相応しいショートソード。刃渡り五十セントル程のそれを逆手に持ち、柄頭を杖のごとく頭上へ掲げる。

「いま再び我が身を守れ、天下無双の〝サウィルダーナハ〟よっ!」

 叫ぶと同時、強く励起していたユリウス君の〝SEAL〟がさらに激しく輝いた。黄金にも見えるサンライトイエローの光輝が勢いよく迸る。

 術式の発動ではない。あれはギンヌンガガップ・プロトコルの光――ストレージから物質を取り出す際の余剰光(オーバーレイ)だ。

 突如、ユリウス君の前面に巨大な光の壁が現れた。

 門扉にも等しい大きさの光は、やがて輝きを弱めて実体を露わにする。情報空間から現実世界へと出現したのはなんと――豪華絢爛な修飾が施された、分厚く大きな盾。

 忽然と現れた石碑(モノリス)と見紛おうな巨大すぎる盾は、ちょうど隕石のごとく迫り来るゼルダさんの進路上に立ちはだかっていた。

 刹那、超高空から発射された藍色の〈メテオスマッシュ〉と黄金の巨盾とが激突する。

 轟音。

 まさしく隕石を金属の盾で受け止めればこんな爆音が轟くのだろう。浮遊群島全体に響き渡るような鳴動が生まれ、大気と地面を大いに揺るがした。

 激しい地震と、空間を揺るがす〝空震〟とが、ゼルダさんとユリウス君を中心として同心円状に広がっていく。周囲の人々は余波を受け、中には転倒する『NPK』メンバーまでいる。

 だが、それでも激突は終わらない。ゼルダさんのエストックも、ユリウス君の巨盾も、お互いを弾き飛ばすことなくその場で鬩ぎ合う。

「――ッこんにゃろなのでありますよぉぉぉぉーッッッ!!!」

 斜め上から剣先を突き込んでいるゼルダさんは、藍色のオーラに身を包みながらさらに雄叫びを上げる。台詞自体は可愛らしいが、やっていることは質量兵器そのものだ。

「はははははは出血多量の大サービスだぞぅゼルダよ! いつもより厚めのものを用意した! 破れるものなら破ってみるがいい!」

 ゼルダさんもゼルダさんだが、あの高さからの、しかも〝疾風迅雷(ストーム・ライダー)〟と異名を取る彼女の〈メテオスマッシュ〉を受け止める盾の方も尋常ではない。

 先刻のヴィリーさんとアシュリーさんの対決はレベルが高すぎて逆に地味に見えたが、こっちはこっちでド派手過ぎるし、周囲への影響が大き過ぎる。

 しかし、そんなゼルダさんとユリウス君の戦いを他所に、カレルさんは『黒』チームを指揮して別の方角へと差し向けている。まるで、ゼルダさんを使ってユリウス君をその場へ繋ぎ止めておくかのように。

 改めて俯瞰して見ると、あくまでその場においての話だけれど、形勢的には『白』チームが不利なようだった。

 カレルさん率いる『黒』チームは『白』チームの集団を包囲するように展開している。流石はカレルさん、とは言い難い立場だけれど、もしかするとアシュリーさんがヴィリーさんと戦っているのも策略の内なのだろうか? 『白』チーム側の強力なプレイヤーに対し、自陣の精鋭をぶつけて無力化する――いかにもあの人が採りそうな戦術だ。

 さらによく見れば、『白』チームのメンバーは何かを守るように円陣を組んでいる。その中心にいるのは――

「――ハヌっ!」

 思わず声が出た。やっと見つけた。

 どうやら無事らしい。接近戦には不慣れなあの子を、ヴィリーさんの指示によるものか、『NPK』メンバーが全方位を囲って保護してくれていたのだ。

 そう理解してから見ると、ユリウス君の立ち位置に遅れて驚く。彼がいるのは、おそらくは『黒』チームとの最初の接触点――今は包囲されてしまっているが、位置関係を見るに、彼は『白』チームの陣頭に立ってハヌを守ってくれていたに違いない。

 となると、ゼルダさんに挑発的な態度を取っていたのも、『黒』チームの目を自分に向けるためだったのだろうか。

 ともかく、ハヌが見つかったのならあちらへ急行しなければ。相手側にはカレルさんがいる。今はまだ指揮に集中しているようだけど、さっき僕相手にしたように、本人がいつ前へ出てくるかもわからないのだ。

 ――待っててハヌ、今そっちに行

「私達を相手によそ見をするとは余裕ですね」

「――ッ!?」

 思いがけず近距離から聞こえてきたロゼさんの声に度肝を抜かれる。

 油断していたと言えば油断していた。フリムと違ってロゼさんは空を飛べないし、フリムのことは強化した速度で振り切れると思っていたから。

 なのに、どうして――!?

「グレイプニル」

 声のした方角へ振り返るのと同時、ロゼさんが静かに武器の名を告げた。

 彼女の意を受けたDIFA(ダイナミック・イメージ・フィードバック・アームズ)が襲い掛かってくる。

 蒼銀と紅銀に制御された、不可視の力場。二条の螺旋を描く鎖に束ねられた透明な武器が鞭のごとく空を裂く。

「――うぁっ!?」

 咄嗟に〈スキュータム〉を発動させる暇もなかった。巨大な丸太をぶつけられたように、僕は全身に衝撃を受けて斜め上方に吹っ飛んだ。

 そして見る。

 ロゼさんが空中にいる理由――それは、ハヌの『酉の式』のように大鳥の背に乗っているからだ、と。

「……!」

 飛行型SBペリュトン。鳥の胴体と翼に、鹿の頭と前脚を持った歪な怪鳥。全長三メルトルもある巨体はなるほど、人間を背に載せて飛ぶには余りあるスケールだ。

 ロゼさんは鹿頭の角を両手で掴み、どうやら背中の鎖を操作することだけに集中しているらしい。

 ――しまった、そうだった……!

 普段から狭いルナティック・バベルで戦うことが多く、その類稀なる格闘技術ばかり披露されているものだから、すっかり失念していた。

 ロゼさんは使役術式使い《ハンドラー》であり、本人にその技能がなくとも、再生リサイクルしたSBを用いれば、地海空のどこでも機動力を確保できるのだ。

「――ほんっっっっとハルトのくせに生意気よねッッ!!」

「――~ッ!?」

 続くフリムの声に僕はさらに愕然となる。

 上。

 いつの間に回り込まれたのか、頭上から影が差す。見上げると、そこには『ジャイアントハンマー』を大上段に構えたフリムの姿が。

『『ママママママママママキシマム・チャージ』』

 彼女の〝SEAL〟から紫色の星屑が無数に飛び出し、ドゥルガサティーとスカイレイダーに吸収されていく。

『ジャイアントハンマー・ニョルニル』『ライトニング・グラビトン・ジェット・ファイア』

 二つの武具の〝ユニゾン〟によって相乗されたエネルギーが唸りを上げる。ドゥルガサティーのスリットから膨大な紫のフォトン・ブラッドが溢れ出し、『ジャイアントハンマー』のヘッドがさらに巨大化。さらには全体が紫電を帯び、打撃部の尻から猛烈な火炎が噴射した。

 打ち下ろしの一撃が来る。

「――――――――ッッッ!?!?」

 今度は〈スキュータム〉×15の発動が間に合った。だけど圧倒的な破壊力を前に、多少の防壁など気休め程度にしかならなかった。

「どぅぉおおおぉりゃぁあああああああああああ――――――――ッッッ!!!」

 ジェット噴射の加速に高重力のブースト。それらの恩恵を受けた巨大ハンマーの振り下ろし。

 衝撃が爆発する。

「ぐぁっ――!?」

 幸い〈スキュータム〉の重層防壁によって直撃こそしなかったものの、与えられた運動エネルギーを受け止めきれず〈シリーウォーク〉がキャパシティオーバーを起こした。

 僕は真っ逆さまに叩き落とされる。

「……!!」

 猛烈な重圧に全身の骨格が軋みを上げるのを感じながら、僕は背中から地上に叩き付けられた。

 全身を貫く衝撃。

「――ッ!」

 息が詰まる。神経に電気が走る。目の前が一瞬だけ真っ暗になる。

 だけど――こんなのシグロスに地面に叩き付けられたときに比べたら……!

「――ンのっ!」

 視界の端に浮かぶステータス情報の内、HPの表示が二つ分減っているのを確認しつつ、僕は体にかかった慣性を振りほどくように地面を転がった。我ながら死にかけの蝉みたいなジタバタした動きで落下地点から飛び退いた僕は、大量に舞い上がる土煙の中に隠れて支援術式〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉を重ね掛けし、強化係数を百二十八倍まで上昇させる。

 さらには〈フォースブースト〉×10を発動させ、術力の強化係数だけ一気に最大値へ。

「……はぁ……はぁ……」

 大して動いていないはずなのに、いつの間にか息が上がっていることに気付く。緊張の連続が急激な負担となって体力を消耗させているのだ。

 正直、二人を舐めていたのかもしれない。

 ロゼさんもフリムも、なんだかんだ言いながらも仲間で家族なのだから、少しは手心を加えてくれるかもしれない――とか。そんな甘い考えが頭のどこかにあったのだろう。

 だけど、それ以上に【見誤っていた】と言う他ない。

 二人の【実力】を。

「〈レイザー……!」

 僕はさっきから両手に握っておきながら、しかし未だに抜刀していなかった黒帝鋼玄〈リディル〉と白帝白虎〈フロッティ〉に術力を籠める。深紫の光刃(フォトン・ブレード)が形成され、僕は完全なる戦闘態勢を取った。

 侮っていた、と素直に認めるべきだろう。

 二人が強いのは知っていた。特にロゼさんなんてハンドラーではなく格闘士として活動していれば、今頃はヴィリーさんの『NPK』と肩を並べるトップクラスのクラスタを結成していてもおかしくないほどの実力者だ。

 理屈ではちゃんと理解していたつもりだった。だけど、いざ実際にこうして対峙してみると、自分の認識は甘かったのだと痛感させられる。

 ある意味、彼女達が味方だったからこその誤認ではあろう。普段の彼女達のことを知っているからこそ、僕の目にはバイアスがかかってしまっているのだ。

 なればこそ、その誤りはここで修正しなければいけない。

 そう――二人とも、【僕が思っていた以上に強いのだ】。

 だから、意識を切り替える。二人とも、間違いなく本気だ。これまで戦ってきた誰よりも強いと思って相対しなければ、あっと言う間にやられてしまう――!

 僕は両手の武器に剣術式を発動させ、未だ晴れぬ土煙へ向けて振り上げた。

「……ストライク〉ッ!」

 下から上に連続で切り上げ、〈リディル〉と〈フロッティ〉の軌跡が『×』を描く。残光はそのまま【斬】光と化し、土煙を切り裂いて飛んだ。

 飛翔する斬撃の風圧が土煙を吹き飛ばす。一気に開けた視界の中に、果たしてこちらへ突撃しようとしていたロゼさんとフリムが現れた。

 予想通りだ。両者ともに引いて守るつもりなんて微塵もない。多少のリスクを負ってでも僕を潰す――そのための攻撃一辺倒だ。

 ロゼさんはペリュトンを旋回させ、フリムはスカイレイダーで空中を蹴って〈レイザーストライク〉の斬撃を回避する。二人はそのままローリング・シザーズにも似た軌道を描きながら距離を詰めてくる。

「〈天轟雷神――」

 ロゼさんの〝SEAL〟が激しく励起し、孔雀石色に煌めくフォトン・ブラッドが迸る。次いで、全身から凄まじい量の光の粒子が立ち昇り始めた。しかも、いつの間にやら背中の鎖をペリュトンに巻き付けて体を固定し、両手を空けているではないか。

 転瞬、彼女の両手両足に格闘術式の〈裂砕牙〉が発生したかと思えば、その光は流体へと変化し、前方に差し出されたロゼさんの両手の中へと収束する。

 ――あれは、まさか……!?

 一度だけ見たことがある。近接戦闘を得意とするロゼさんが、しかしグロテスクなキメラSBとなったシグロスに放った遠隔攻撃の格闘術式。

「――牙獣咆〉!」

 一度腰元まで引いた腕が再び押し出された時、ロゼさんの両掌から凄まじい勢いで極太の光線が撃ち放たれた。

 閃光。

「ッ!!」

 僕は全力で回避行動を取った。あの術式はキメラSBになっていたシグロスの巨体に、とんでもないでかさの風穴を開けた代物だ。あんなものが直撃したら絶対にただじゃ済まない。

 空中から発射されたレーザービームがごとき攻撃を、〈シリーウォーク〉の足場を蹴って横っ飛び。ヘディングするように地面に倒れこみ、身を丸めて転がる。

 さっきまでいた空間をマラカイトグリーンの光の奔流が貫き、空気を焼き焦がす匂いが鼻を突いた。

「――~ッ!」

 遅れて思い出したように爆裂する道路。地面の中に地雷でも仕込んでいたのかと思うほど、ロゼさんの〈牙獣砲〉が舐めて行った部分が土砂を噴き上げる。重低音が腹の底を叩く。

 これがロゼさんの怖いところだ。近接戦闘で無類の強さを誇るくせに、こんな恐ろしい遠隔攻撃まで持っているのだ。これに自慢の使役術式が加われば、鬼に金棒どころか鬼神に大砲である。

 改めて、彼女が僕達の仲間であることが何かの間違いではないのか、とさえ思ってしまう強さだ。

「いまよレイダ――――――――ッッッ!!!」

『ライトニング・グラビトン・ジェット・バーニング・ドリル・ペネトレイター・クラッシュ』

 回避直後の体勢が崩れたところを狙われた。フリムの怒声にスカイレイダーの冷徹すぎるコマンドが伴い、紫色の光輝が爆発する。野獣の咆哮にも似たエキゾーストノートが轟いた。

 ――駄目だ、避けられない……!

 漆黒の戦闘ブーツのスリットから決河の勢いで溢れるフリムのフォトン・ブラッドを目にして、僕は内心で臍(ほぞ)を噛む。

 つまりはロゼさんの攻撃は囮で、フリムのこれこそが大本命。しかもあのコマンドの長さから言って、フロアマスター級に使うレベルの必殺技だ。あちらも僕が支援術式によって防御力を上げていることを知っている。それ故の本気の攻撃なのだろう。

「――〈スキュータム〉!」

 どうあっても避けきれないと悟った僕は防盾の術式を重複発動。交差させた〈リディル〉と〈フロッティ〉の前面に、十五枚の術式シールドを皿のごとく直列に重ねてフリムを迎え撃つ。

 さらに動いて逃げる選択を捨てたが故に得られたマージンを使って、支援術式を発動。フルエンハンスを二回。強化係数を五百十二倍にまで上昇させた。

 これで〝アブソリュート・スクエア〟一歩手前。ここまで強化した能力があれば――!

「どぉおりゃぁああああああああああああぁ――――――――ッッッ!!!」

 巨大な砲弾と化したフリムの全身あちこちから一斉にスラストが噴射。バットに打たれたボールがごとく、とんでもない速度で撃ち出された。

 斜め頭上から流星のごとき飛び蹴りが、十五枚重ねの〈スキュータム〉へと突き刺さる。

 激音。

 スカイレイダーが発揮できる各種属性をてんこ盛りにしたこの全力全開攻撃は、どこか僕の重複〈ドリルブレイク〉にも似ている。出せる限りの力を振り絞り、一点に集中させて敵を撃ち抜く――そんな意志の籠もった攻撃だ。

 それだけに『貫通力』という点においては尋常ではない。

「ぐっ……ッ……!!」

 身体能力が五百倍以上にもなっているというのに、フリムの蹴りを受け止めた〈スキュータム〉と双剣、そして両腕に凄まじい重圧がかかる。まるで空から降ってきた巨岩を受け止めたかのような感覚だ。骨の髄から痺れ、全身の骨格が軋み、かつてヘラクレスの斬撃を受けた時のことを思い出す。

 こうして真っ正面から受けてみると、改めてフリムというエクスプローラーの異常性が如実に感じられる。

 実際問題、素の実力においてはフリムは僕と同程度だったりする。ヴィリーさんやアシュリーさん、ロゼさんのように武芸に秀でているわけでもなく、ハヌのように強い術力を持つでもない。またゼルダさんみたいに身体能力に優れているわけでも当然ない。

 彼女の戦闘力はその全てが、身につけている武装に集約されている。白銀の長杖〝ドゥルガサティー〟や漆黒の戦闘ブーツ〝スカイレイダー〟はもちろんのこと、防具として身につけている戦闘ジャケットや護身具のアクセサリーまでもが、〝無限光(アイン・ソフ・オウル)〟ことミリバーティフリムお手製の武具なのだ。

 敢えて突き放した言い方をすれば――彼女はただ、丹精込めて作り上げたそれらを装備し、その性能を発揮させているだけ。

 そう、決してフリム自身が戦士として強いわけではない。

 だからこそ――付け入る隙がある!

「――ッああああああああああああああっ!!」

 僕は〈スキュータム〉とともにフリムとスカイレイダーの超絶キックを受け止めている腕に力を込め、強引にシールドの角度を傾けていく。

 フリムの戦闘能力はもはや武器防具が本体と言っても過言ではない。それだけに攻撃方法は単調になりがちで、はっきり言ってしまえば【技がない】。

 それだけに、こうして突進力をいなすように受け流してしまえば――

「――あれ?」

 と拍子抜けした声を漏らしたのはフリムの唇。

 重層術式シールドの角度が一定の値を超えた瞬間、スカイレイダーによる必殺の飛び蹴りは薄紫の力場の表面を勢いよく滑った。

 後は氾濫する河の流れを変えるかのがごとく。

 フリムは突っ込んできた速度そのまま、僕の脇を抜けて足から地面へと激突した。

 舗装された路面が砕け、大量の土砂が間欠泉のごとく噴き上がる。

「えっあっ!? ちょっ――!?」

 続けて上がるのは焦りの声。先程も言った通りフリムのキックは僕の重連〈ドリルブレイク〉に似ている。スカイレイダーが纏ったフォトン・ブラッドがドリルのように猛回転し、過剰なまでの貫通力を持つからだ。

 それだけに、地面に突き刺されればどこまでも深く潜っていくはず。それこそ、この浮遊大島の底を抜けるほどまで。

「――いやぁあああああいやいやストップストップストッププリィ――――――――ズッッッ!!! 待って待ってちょっと待ってレイダー止まって止まって止まってってばぁねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!」

 あれだけの大技だ、そう易々と止まれるわけがない。なにせ自分から『グラビトン』だの『ジェット』だのと膨大なエネルギーを注ぎこんだのだ。一度発動してしまったら、台風のごとく全エネルギーを使い果たすまで止まることはない。

 フリムの必死な制止も空しく、彼女は紫色の輝きとともに地中へと吸い込まれていく。悲痛な悲鳴もすぐに遠ざかり、深い地の底へと消えていった。

「…………」

 すっかり聞こえなくなったフリムの声に半分は安堵し、半分は戦慄する。

 声が聞こえなくなるまでフェードアウトしていくのが、本当に一瞬のことだった。つまり、それほどの威力をあのキックは秘めていたのである。

 ――というか、まともに直撃を受けたら四散五裂とか八つ裂きとかじゃすまないんじゃないかな、アレ……!

 一瞬、ミンチになる自分を想像してしまって、ゾッ、と背筋に悪寒が走る。実際、あの蹴りを受けた〈スキュータム〉十五枚の内八枚が割れていたし、強化係数五百十二倍の筋力をもってしても僕の両腕がジンジンと痺れている。我が従姉妹ながら、恐るべき破壊力だった。

 ――と、胸を撫で下ろしている場合ではない。まだロゼさんが残っているのだ。

 フリムと違い、ロゼさんには技もあれば力もある。さらに言えばエクスプローラーとしての経験も豊富で、なおかつ〝神器保有者(セイクリッド・キャリア)〟でもあるのだ。

 ――ロゼさんはきっとフリムみたいに簡単にはいかない、だから……!

「――〈フレイボム〉!」

 僕は一つの覚悟を決め、爆裂の攻撃術式×15を〝SEAL〟の出力スロットへ装填し、起動。全方向に向けてアイコンを展開し、どこからロゼさんが来ても対応できる態勢を整える。

 辺りには未だ濃い土煙が立ち込めていて、視界が悪い。ロゼさんの〈牙獣砲〉に加え、フリムが空けた大穴からなおも現在進行形で土砂が噴き上がっているのがその原因だ。

 自前の目だけではなく周囲に散開させた〈イーグルアイ〉の俯瞰視野を使って、僕はロゼさんの姿を探す。彼女は巨鳥のペリュトンに乗って飛行しているのだから、すぐに見つかるはずだ。

 いた。

 いくらロゼさんとて生粋の騎兵というわけではない。ハヌの〝酉の式〟のように速度や小回りに長けているわけでもないペリュトンでは、僕やフリムの立体機動のような細やかな動きは不可能だ。

 もうもうと立ち込める土煙の上を旋回して様子見するロゼさんに、僕は位置を特定されることをわかった上で〈フレイボム〉の照準光線を向けた。

「――!」

 焦げ茶色の煙の中から突如として現れた深紫の光線の束に、ロゼさんの目の色が変わる。かつて僕からヘラクレスのコンポーネントを譲渡されるためにフロートライズに訪れた彼女だからこそ、この攻撃術式が連鎖した時の破壊力はよく知っているはずだ。

 自己の手足や胴体を照準(ポイント)する光線をどう思ったのか。ロゼさんは騎乗しているペリュトンにコマンドを送り、バレルロールを行わせた。僕もその動きを照準光線で追う。

 あのロゼさんのことだ。このまま遠くへ逃げるなんて選択はするまい。きっと敢えての攻勢に出る。でも、一体どう動くのか――

「――な……!?」

 思わず声が漏れた。〈イーグルアイ〉から受け取った視覚情報で予想外のものを見たのだ。

 それは、ペリュトンがマニューバしている最中に手と鎖を離し、そのまま重力に引かれて真っ逆さまに落下するロゼさんの姿。

 ――わざと落ちた!? あんな無防備な状態で何を……!?

「――〈オーバードライブ〉」

 なおかつ、背筋に電流が走るような文言がロゼさんの唇から零れ落ちる。

 ――今のはまさか、神器の術式……!?

 ロゼさんの所有する神器〝超力(エクセル)〟は、その名の通り『限界を超える概念』の力を持つ。それを加工したのが〈オーバードライブ〉術式であり、それを武器や他の術式、もしくはロゼさん自身に作用させると――

「〈天轟雷神・裂砕牙〉……!」

 聞き覚えのある術式の起動音声(コール)に、頭より先に体がビクッと跳ねた。

 ロゼさんの〝SEAL〟がかつてないほど激しく励起し、マラカイトグリーンの輝きが戦闘ドレス姿を包み込む。光の粒子が逆巻く瀑布のごとく噴き上がり、アッシュグレイの長髪が巻き起こる風に躍って逆立った。

 かつての記憶がフラッシュバックする。

 初めて見たのは、ロゼさんとシグロスとの戦い。一撃一撃が削岩機のような音を立てて、超高速で拳と蹴りの連続技がシグロスに叩き込まれていた。

 二度目に見たのは――そしてこの身で直に味わったのは、竜人形態となったシグロスとの戦い。目にも止まらぬ高速連打を〈スキュータム〉を連発することで防ごうとしたが、結局どうにもならずに相打ちを狙うことしかできななかった。

 神経網の隅々まで駆け抜けたのは恐怖の衝動。あの時、シグロスに勝利できたのは僕一人の力ではない。ハヌやロゼさんがいたおかげで勝てたのだ。僕一人だけだったらきっと負けていた。それだけに、あの時の戦いを思い出すのは精神にヤスリをかけられるような気分だった。

「くっ……!」

 怯えた四肢はつい反射的にあの時と同じ行動を取ってしまう。

 防御に備えて全ての〈フレイボム〉をキャンセル。改めて重複〈スキュータム〉を発動。交差させた光刃(フォトン・ブレード)の向こうに術式シールドを展開する。

 咄嗟の行動だったが、実際問題もはや〈フレイボム〉は使えない。〈フレイボム〉は三次元照準だ。上下左右に加え『距離』までも計算に入れなければならない。

 だが〈天轟雷神・裂砕牙〉――あの技の超加速は骨身に染みている。空中だろうが何だろうが関係ない。空間を縮めたように、きっとロゼさんは一瞬で間合いを詰めてくる。僕の位置は〈フレイボム〉の照準光線が教えてしまった。彼女は視界の悪い中、賭けに出たのだ。

 即ち――〈フレイボム〉が爆発するよりも速く僕に接近する、と。

 僕の必殺の連鎖〈フレイボム〉は照準がピタリとあって初めて威力を発揮する。ヘラクレスのように足を止めて戦う巨体相手ならともかく、高速で移動する小さな的には分が悪いのだ。

「――破ぁあああああ阿阿阿阿阿ッッ!!」

 孔雀石色の光輝を纏ったロゼさんが、先程のフリムにも負けず劣らずの加速を見せた。裂帛の気合いの声を上げ、ボッ、と背中から大量のフォトン・ブラッドを噴射し、稲妻のごとく落下する。

 彼我の距離がゼロになるのは、やはり一瞬のことだった。

 風圧で土煙が吹き飛び、一気に開けた視界の中で、僕とロゼさんは視線を交錯させる。

「「――!!」」

 僕がロゼさんの顔を見た。

 ロゼさんも僕の顔を見た。

「――砕きます」

 激突する直前、空白の一瞬――ロゼさんがそう宣言したような気がした。

「――負けません!」

 僕もまたそう言い返したつもりだったが、果たしてそんな時間の余裕はあったのだろうか。

 閃光が炸裂する。

 轟音が耳を劈いた。

「阿阿阿阿阿ッッ!!」

 普段は抑揚のない口調で喋るロゼさんが、ここぞとばかりに声を張る。琥珀色の目を見開き、光り輝く両手足を駆使して〈スキュータム〉の障壁に連打を叩き込む。

「――――――――ッッッ!!!」

 ここまで本気の形相をするロゼさんを真正面から見るのは初めてかもしれない。あるいはシグロスと肉薄した時以上の恐ろしさすら覚える。

 流石は本家本元とでも言うべきか。ロゼさんの四肢に装着された〈裂砕牙〉は異常なほどの威力を誇り、強化係数五百十二倍の加護を受けた〈スキュータム〉が瞬く間に亀裂を入れられ、粉砕されていく。

 これではシグロスの時と同じだ。あの時と全く同じ轍を踏み、相打ちに終わる可能性が高い。

 ――いいや、それじゃダメだ!

 相手はロゼさんなのだ。先日、僕は誓ったばかりではないか。フリムとロゼさんに、今よりもずっと強い剣士になってみせると。その覚悟を見せるのが、今この時なのだ。

「――……!」

 覚悟を決めた僕は、しかし前の時と同じように新たな〈スキュータム〉を連発したりはしなかった。ロゼさんが薄紫の術式シールドを叩き砕いていく様を、じっと目を凝らして観察する。

 僕の戦闘ジャケット〝アキレウス〟の素材になった将星類(ジェネラル)『蟲竜(インセクト・ドラゴン)リモールヘッズ』の星石と融合した、竜人シグロス。奴がロゼさんからコピーして使った〈天轟雷神・裂砕牙〉もまた空恐ろしい攻撃だったが、ロゼさんのそれはより速く、より正確なものだった。

 なにせ動きに一切の無駄がない。シグロスは術式のアシスト任せだったのか微妙なぎこちなさが残っていた――それでもなお肝の冷える迫力だった――が、ロゼさんの場合はむしろ、アシストに己の力を【上乗せ】しているようにも見える。

 ロゼさん自身の動きと術式のアシストが完全に同調(シンクロ)して、ただでさえ速く強い攻撃がさらに底上げされているのだ。

 瞬く間に十五枚の〈スキュータム〉の内、十枚が砕け散った。

 それでもロゼさんは止まらない。いや、それどころかさらに回転速度を上げて、ミキサーのように空間を削っていく。残り五枚も寸暇を置かず粉砕されるのは明白だ。

 だから、僕は時期を見計らった。

 ロゼさんの拳や脚が十四枚目の〈スキュータム〉を破砕した瞬間、

「――づぁああああああああああああッッ!!」

 自ら最後の〈スキュータム〉を双剣で突き崩し、至近に迫ったロゼさんに逆襲を開始した。

「――……っ……!?」

 ロゼさんの瞳に一瞬だけ動揺がよぎる。最後の一枚を砕いてから僕と切り結ぶものと見ていたのだろう。だから、僕はその目論見より一瞬早く動いたのだ。

 砕けた〈スキュータム〉が粒子となって弾け飛ぶ。僕は足を踏み出しながら猛然と〈フロッティ〉と〈リディル〉を振るう。二本の光刃(フォトン・ブレード)が深紫の光の尾を引いて空間に鋭角の軌跡を刻む。

 そこから、僕の双剣とロゼさんの両手足による壮絶な打ち合いが始まった。

 炸裂。

「「――――――――――ッッッ!!!」」

 もはや声もない。

 かたや超一流の格闘士(ピュージリスト)。その肉体自体がもはや兵器であり、その一挙手一投足が死を告げる死神の鎌そのもの。そこへ背中から生えた四本の鎖と、二条の不可視の力場が加われば、阿修羅をも凌駕する存在と化す。

 かたや身体能力の強化係数五百十二倍の剣士。何の変哲もない剣士でも五百人と集まればそれなりの戦力。それらを一つにまとめた存在は一騎当千ならぬ一騎【当五百】。濃縮された性能は凡百の剣士を遙かに超える。

 そんな二人が激突すればどうなるかなど、言わずもがなだ。

 ガガガガガガガガガガッッ!! とディープパープルの閃光とマラカイトグリーンの煌めきが目にも止まらぬ速度でぶつかり合う。飛び散る火花が僕達の周囲で狂い咲く。僕はフリムが鍛えてくれた自慢の得物を、ロゼさんは己の手足に纏ったフォトン・ブラッドだけを恃みに、せわしなく立ち位置を入れ替えながら高速の攻防を繰り返す。

 ――いける……! ちゃんと戦えてる――!

 戦いの最中、僕は会心の手応えを得る。シグロスの時には凌ぎきれなかった〈天轟雷神・裂砕牙〉の連続攻撃を、僕は時に弾き、時に受け流すことによって完全に防いでいた。そう、明らかにあの頃の僕より成長しているのだ。

 ――これならっ……!

 相手の動きがよく【見える】。そして、その先が【視える】。だから、それに応じた手を打つこともできる。

 円、回転、螺旋を意識する。なおかつ体内に漲る力を散逸させず、骨に力を乗せる感覚で斬撃を放つ。〝芯〟のある剣閃は術式にアシストされているはずのロゼさんの拳や蹴撃を真っ向から弾き返す。

 ――全部、ロゼさんに教えてもらったこと……! 今ここで、その成果を見せてみせる……!

 だが当然、ロゼさんもこちらと全く同じ術理で動いている。あちらにだって僕の動きは【見えて】いるだろうし、【視えて】いるに決まっている。

 ――だけど、この強化係数ならっ!

 いくら生体限界を超えているとはいえ、生身のまま強化係数五百十二倍の僕と互角に打ち合うロゼさんには驚愕しきりだが、単純なパワーとスピードなら今の僕の方が上だ。

 このまま行けば、間違いなく押し勝つことが出来るはず。

 無論、だからと言って油断など決してしない。

 相手はあのロゼさんなのだ。僕の知らない技をいくつも隠し持っているだろうし、そうでなくても背中の鎖を含めた搦め手でこられたらかなわない。今は超がつくほどの接近戦だからロゼさんも鎖を迂闊に使えずにいるが、少しでも距離が開けば――

 故に、

「――〈ヴァイパーアサルト〉ッ!」

 ロゼさんが足の重心を僅かに踵側へ寄せたと感付いた瞬間、僕は剣術式を発動させた。〈リディル〉と〈フロッティ〉の刀身が蛇のごとくうねりながら伸び上がる。

 間合いを離して鎖を使う――ロゼさんがそうしようとした刹那を見極めたのだ。

 ――そうはさせないっ!

 距離を開こうとしたということは、ロゼさんはこの状況を膠着状態と判断したということだ。あるいはどちらかが息切れするまでの消耗戦を続けるという愚を避けたのかもしれない。

 ――打開策を打つのなら、その機先を叩くッ!

 戦いの流れを変える為には、間断ない動きを止める必要がどうしても出てくる。その際、必ずと言っていいほど隙が生まれてしまう――と僕に教えてくれたのは他ならぬロゼさん自身だ。

 だからその隙を突く。

 弾かれたように後方へ飛び退くロゼさんを追うように、僕は双剣の刀身を〈ヴァイパーアサルト〉で伸長させて追いすがった。前のめりになって放つ斬撃の嵐を、けれど信じがたいことにロゼさんは後方へ重心を置きながら的確に受け止め、弾き返していく。冷静な琥珀色の瞳が、じっと僕の動きを見据えている。

 こちらの意識の死角をつくようように、いきなりロゼさんは術式を発動させた。

「〈グラビトンフィールド〉」

「――ッ!?」

 完全に不意打ちだった。冷酷なまでの冷徹さでロゼさんはこの瞬間を待っていたのだ。僕が前へ出過ぎる、この時を。

 薄墨色のドームが瞬時に広がった。術者を中心として展開するこの重力場は、半径三メルトルもの範囲にまで及ぶ。内部に取り込まれたものは、ほぼ例外なく通常の三倍もの重力を課せられてしまう。

 別段、通常の五百十二倍もの強化状態にある僕に、今更その程度の加重など屁でもない。だが、体重の変化によって僅かなりとも感覚に変化が生じてしまう。それが、五百十二倍もの速度で動いている状態ならどうなるか。

 例えるなら、アクセル全開で最高速にのっているバイクが道路上の小石をまともに踏んでしまったら?

 その影響は決して無視できるものではない。

「――~ッ……!?」

 体のあちこちの動きに【ズレ】が生じて、体中の歯車が一斉に咬み合わなくなった。ガキン、と僕にだけ聞こえる不穏な音がして、四肢が硬直して全く動かなくなる。

 ――し、しまっ……!?

 そして、ロゼさんは狙い澄ましたかのように着地と同時に腰を落とし、重心をまっすぐ下へ。足の裏からスパイクを生やしたかのごとくビタリとその場にとどまり、拳を構える。

 一拍遅れてから、思い出したように、ズドン、と重低音が鳴った。

「〈我王裂神――」

 獲物を狩る直前の獣がするような無表情で、ロゼさんが初めて聞く術式を発声起動(コール)。マラカイトグリーンの光がより一層強く輝き、その全てがロゼさんの右拳へと収斂していく。

 ――まずいっ……!?

 本能でわかった。これは喰らってはいけないやつだ、と。理屈なんてない。見ただけでわかる。マグマを見て、触らなくともその熱が想像できるように。鏡のごとく磨かれた刃を見て、その切れ味に怖れを覚えるように。

 これが直撃したら自分は死ぬ――そうわかってしまった。

「――通天八極〉ッ!」

 見たことも聞いたこともない、けれどロゼさんの本気の一撃。手加減はしない――その言葉に嘘はなく、この格闘術式が奥義絶招の類いであることは間違いなかった。

 だというのに、僕の体はまるで反応できない。動きたくても体を走るベクトルがてんでバラバラで全く制御できないのだ。

 ――まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいやばいどうにかしてロゼさんの動きを止めないとっ!

 咄嗟に思いついたのは『フリーズ』のマジック。駄目だ。遅すぎる。口に出して発動するマジックでは間に合わない。その前にロゼさんの拳が僕の腹に突き刺さる。

 ――なら他に手は!? 何か、何か何か何か何か何かなにかナニカNANIKA何か……!

 瞬きにも満たない刹那、僕の思考は目まぐるしく回転し、高速並列処理される無数の演算の結果、とある行動に出ていた。

 支援術式〈プロテクション〉×10。

 それを――【ロゼさん】へ。

「ッ!?」

 術式の処理は『フリーズ』の単語を口にするよりずっと速い。目に見えてロゼさんの表情が強張り、既に動き始めていた腕の動きに明らかな異常が起こる。全身の筋肉が引き攣るように、ロゼさんの体がビクッと震えた。

 ――やった、成功だ……!

 このゲームが始まる前、僕達はてっきり全員が味方だと思い込んでいたものだから、ルーターで各々の〝SEAL〟を連結し、パーティーを組んでいたのだ。

 そしてゲームが始まった今も、その回線はまだ生きている。

 支援術式〈プロテクション〉は、十回も重ね掛けすると強化係数一〇二四倍もの強力な防御力を手に入れることができる。だが同時に、その体には生半可な筋力では動けなくなるほどの、まさに鉄塊がごとき重さと硬さが与えられてしまうのだ。それこそ〈ストレングス〉で筋力を強化しなければ、まともに歩けなくなるほどの。

「――~っ……!」

 ロゼさんも自らの不調の原因に気付いたらしい。琥珀色の瞳が「やってくれましたね」と僕を見る。だがそれは決して悪い意味ではなく、健闘を称える意味合いが強い。

 流石のロゼさんも骨が鉛に、関節が硬いゴムになったかのごとき状態では十全とはいかない。それでも多少なりとも動けるというのだから、凄まじい怪力だとしか言いようがない。

 斯くして、ロゼさんの〈我王裂神・通天八極〉という名前からして空恐ろしい攻撃は発動直後にキャンセルされた。

 この場に残ったのは、まともに体が動かなくなった二人。僕は前のめりに突っ込んでいて、ロゼさんはそれを迎え撃つ形だ。

 故に、そのまま何もできずに衝突してしまうのは避けられない事象だった。

「「――!」」

 僕は勢いそのまま左肩からロゼさんの胸へと突っ込んだ。いまの彼女は防御力だけなら〝アブソリュート・スクエア〟クラスであったため、柔らかいとか温かいといった感触は一切なく、ガツッ、と鉄アレイに肩をぶつけたような衝撃しか得られなかった。この場合、それでむしろ助かったとも言える。

 ぶつかった反動でお互いの体が一瞬だけ宙に浮いた。

 そのまま無限とも思える瞬間が流れ――

 僕らは同時に体の自由を取り戻す。

「「ッ!!」」

 ロゼさんが態勢を整えて再び大技を放つ気配。それを鋭敏に感じ取った僕は、今度こそ口を開いてマジックを放った。

「――フリーズッ!」

 咄嗟に前へ突き出した右掌。そこから間髪入れず深紫の閃光が迸った。

 僕のフォトン・ブラッドと同じ色の光線を避ける手段は、ロゼさんにはなかったはずだ。彼女とフリムはゲームが始まってすぐのタイミングで僕に『フリーズ』ないし『ハック』を使ったのだから。

 紫紺の煌めきが弾け、ロゼさんの全身を包み込む。ぼんやりした燐光が、彼女の輪郭を一瞬だけ浮かび上がらせた。

「……!」

 至近距離で発射された光線の直撃を受けたロゼさんは、まさしく凍結(フリーズ)するかのごとく動きを止めた。中途半端な、けれどだからこそ躍動感に満ちたポーズのまま、時が止まったかと思うほど綺麗に硬直する。なんと驚くべきことに、動きに合わせて浮かび上がったアッシュグレイの髪までもが、そのままの形で固まっているではないか。

「……はぁ……はぁ……はぁ……!」

 僕は忘れていた呼吸を思い出し、息を切らせる。だが、これでロゼさんは少なくとも一分間は動けないはずだ。

 可能なら、ここで攻撃を畳み掛けてロゼさんのHPを一気に削っておくべきなのだろう。悲しいかな、今の僕と彼女は敵同士。『黒』チームの貴重な戦力であるロゼさんをここで落としておけば、後の展開はかなり有利になるはずだ。

 しかし、その考えこそが〝油断〟であることを僕は知っている。

「――! もう戻ってきた……!」

 コンバットブーツの靴底に伝わる不穏な鳴動。浮遊島だというのに地震が起きて、しかもそれが少しずつ大きくなっていく。いや、こちらへと近付いてくる。

 フリムだ。当たり前だけどあのまま島の底を抜いて落ちていくわけもなく、どうにか途中で停止し、今度は同じ要領で上昇して帰還しようとしているのだ。

 不気味な震動はどことなく魔神の復活を予見させる。

 ――予想よりも早い……!

 ここでロゼさんを失格まで追い込むことは容易いが、そうすると再びフリムに捕まってしまう。今、何より優先されるのはハヌとの合流だ。

 正直に言うと、ちょっと――いや、かなり……いいや、ものすごく勿体ない気がするけれど。思わず『どうとでもなれ!』とやけっぱちになってロゼさんに攻撃を仕掛けたくなる自分がいるけれど。

 でも、それでフリムと再戦することになって、結果としてハヌを守り切れなかったとしたら目も当てられない。僕はきっとすごく後悔するだろう。

 故に、僕は行かなければならないのだ。

 決意した僕は両足に〈シリーウォーク〉を発動させて、駆け出そうとした。

 その瞬間。

 ドッバァ! と少し離れた場所からとんでもない勢いで土砂が噴き上がった。火山の噴火もかくやの爆発だ。

 天高く伸び上がる土砂の塔の中から、ピュアパープルの輝きを纏った人影が飛び出した。

「――っしゃぁああああああああ地獄の底から舞い戻ってきたわよぉおおおおおおおおっっ!!」

 あれが何者かなんて誰何(すいか)するまでもない。長いツインテールを悪魔の翼のごとく広げた泥だらけの自称『スーパーエンチャンター』は、フォトン・ブラッドを充填した白銀の長杖を大きく振りかぶり、紫色の視線で僕を照準する。

 そんな従姉妹に、僕は近くのロゼさんを指差して見せた。

「ハルト! さっきはよくも――」

「ロゼさんにフリーズをかけたんだ! しばらく動けないはずだから守ってあげて!」

「――やってくれ……えっ?」

 怒りの形相で凄んできたフリムが虚を突かれて、キョトン、とした。

 当たり前だけど、この場にいる『白』チームは僕一人だけではない。この局面でフリムが僕を倒すことを優先したら、そこでフリーズしているロゼさんは放置され、最悪の場合、他の『白』メンバーにHPを削られて失格になってしまう。ロゼさんが貴重な戦力であることはフリムも理解しているはずだ。現状、彼女が取るべき行動は『僕を見逃して、ロゼさんを守護する』一択である。

「――えあっ! うそっ!? ちょっマジで!?」

 フリムは慌ててキョロキョロと辺りを見回す。他に『黒』チームの人で、ロゼさんの護衛を任せられる相手を探しているのだ。

 無論、適切な人物が見つかるまで僕が待っててあげる理由などないわけで。

「じゃあまた後でっ!」

 狼狽えるフリムを置いて、僕は今度こそ駆け出した。薄紫の力場を踏んで飛び石のように宙を飛翔する。

「ああっ! ちょっとこらハルトぉーっ! 逃げるなんて卑怯よっ! 待ちなさいよコラァ――――――――ッッ!! お姉ちゃんの言うことが聞けないってぇのっ!?」

 後方でフリムがぎゃあぎゃあと喚いているけど、聞く耳などもちろんない。というか、素直に言うことを聞いたら聞いたで、後でバカにされるに決まっているのだ。

 ――待ってて、ハヌ! 今度こそそっちに行くからね!

 僕は脱兎のごとくその場を離れ、一路ハヌのいる座標へ向けて疾走した。










いつもお読みいただきありがとうございます。

お知らせです。

このたび、電子書籍のkindle版「リワールド・フロンティア」の一巻から三巻までが、 Kindle Unlimitedの読み放題に登録されました。

まだ書籍版をお持ちになられてない方で、kindleをご利用している方は是非ご覧ください。
書籍のみの書下ろしパートや、東西さんの美麗なイラストが掲載されております。

リワフロ以外にもTOブックス様の書籍がたくさん読み放題ですので、おすすめかと思います。

どうぞよろしくお願いします。


国広仙戯



※いつもたくさんの「いいね」とコメント、ありがとうございます。      
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「リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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コメント

  • Kouki

    通知来て飛んできた!

    4
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