リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●19-3 伝説の勇者の戦い 後編








 危ないところだった。

 あともう少しでうっかり寝過ごして――なんて言うと暢気すぎる表現かもしれないけれど、危うく気を失ったまま何もかもが手遅れになってしまうところだった。

 一度は暗闇に落ちてしまった意識が、それでも短時間の内に現実世界へ戻って来られたのは、寸前に補給したブラッド・ネクタルと、激しい大地の揺れのおかげだろう。

 体内に吸収されたブラッド・ネクタルが〝SEAL〟の輝紋に流れ、応急処置的に枯渇状態(イグゾースト)を緩和し、尋常ではない地震が体を大きく揺さぶり、僕の覚醒を促したのだ。

 気が付いた時には、倒れてから五分ぐらいが経過していた。たったの五分のロス、されど五分の無駄。この非常事態において、その五分は値千金以上の価値を持つ。

 流石に目が覚めてからすぐは手足が痺れて動きにくかったけれど、それでも無理矢理に立ち上がり、僕は『女王の間』へ即時戻ることを決意した。

 当初は一号氏の住処を経由する正規ルートから戻ろうと考えていたのだが、事ここに至っては、そんな悠長なことなど言っていられなかった。

 僕は心の中でハヌに詫びつつ、支援術式〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉を発動。それぞれの術式を十個ずつ同時発動させ、自身を〝アブソリュート・スクエア〟状態へと移行。

 すぐさまストレージから黒玄〈リディル〉と白虎〈フロッティ〉を取り出し、合体。太極帝剣〈バルムンク〉から深紫の光刃(フォトン・ブレード)を出力し、剣術式〈ドリルブレイク〉を発動させた。

 取り得る最短経路はもちろん、真下へ――地面をぶち抜いて再び地底に戻るルートだった。

 無論、もう一度マグマの中を突っ切るのか、という思いがないわけでもなかったが、流石に火山の火口から入るよりは幾分マシだろうと判断した。当然、戦闘ジャケットはモード〈ステュクス〉で。さらには〈プロテクション〉の加護があれば万全だろう、と。

 結論から言えば、その読みは当たっていた。地上に飛び出す時と違って、地底に戻る際のマグマの層は薄く、また〝アブソリュート・スクエア〟による防御力と速度の上昇は、全てを一瞬で貫くものだった。

 稲妻のごとく『女王の間』へと帰ってきた僕は、まず真っ先に一号氏の安否を確認した。

 一体いかなる戦いがあったのか、一号氏は〝巨人態(ギガンティック)〟が完全に破壊されるほどの深手を負っていた。見るも無惨な、真っ黒焦げの残骸と化した〝巨人態〟の上で、体中にひどい火傷を負っていた。

 でも、生きていた。生きていてくれた。それが何よりも嬉しかった。

 ついでに言えば、頭に生えた角の本数が増えているような気もしたけど、そこは今気にするところではないと判断し、切り捨てた。

 そこからの決断は早かった。

 経緯はわからないが、状況なら見ただけでわかる。

 とにもかくにも一号氏は瀕死の重傷を負っていて、二番氏と三等氏は少し離れた場所へ退避しているらしい。それだけわかれば十分だ。

 そしてなにより、この空間の主――女王改め、冥王イザナミ。

 黒い毛を持つ獣人という形状から、同じ形をした【炎の塊】と化しているそいつを見た瞬間、しかし僕は大して驚きもしなかった。

 我ながら度しがたいことに、僕は【こういうこと】にすっかり慣れてしまったらしい。

 ここはルナティック・バベル。そこは理不尽な不条理に満ちた場所。

 前回の仮想空間でも竜の群れが現れたり、双頭の蛇(ウロボロス)が九頭竜(ヒュドラ)になった挙げ句、さらには巨大竜(ミドガルズオルム)になろうとしていたのだ。

 ここでは炎を纏っていた翼持つ獣が立ち上がり、筋肉質な人型へと変貌したのである。その次があるのはある意味では当然のことで、むしろ『なんだ、炎の塊になっただけか』ぐらいの感想しか出てこないほどであった。

 故に、僕は一切の頓着なくこう告げた。

『さぁ、行くぞ――時間がもったいない。一分以内に終わらせてやる』

 それは嘘偽りのない本音だった。

 回復したとは言え、なんだかんだ言って僕も手負いだ。ブラッド・ネクタルを飲んだからといって、流石にそれだけでフォトン・ブラッドが全快するわけもなし。全身に負った火傷だって〈ヒール〉や〈リカバリー〉を併用して回復させたが、体力は消耗したままだ。

 何より、今の僕の肉体に〝アブソリュート・スクエア〟は負担が大きすぎる。戦っている間にいきなり血反吐を吐いてぶっ倒れてしまわないとも限らない。

 だから、相手が誰だろうと、どんな奴だろうと関係ない。

 全力全開で、可能な限り、迅速に倒す――それが僕の取り得る最善手だった。

「――〈ヴァイパーアサルト〉」

 スカイウォーカーの機能で空中に立ち、傷を負った一号さんを背に庇う形で〈バルムンク〉を構える僕は、我ながら落ち着いた声で剣術式を発動させる。僕のフォトン・ブラッドと同じ色の光刃が生きた蛇のごとく伸び上がり、ただでさえ長大な刀身がさらに巨大化した。

 状況は逼迫している。この場で戦えるのは僕一人だけ。島の寿命はもはや尽きる寸前。敵は実体を持たない火炎の寄り集まった存在。

 だけど、不思議と心が落ち着いていた。

 驚くほど頭が冷静で、感情の波がすごくフラットな状態を維持している。

 いつもなら胸の奥底から恐怖や不安、あるいはそれらを打ち消すほど激情や戦意が溢れ出てきて、体の中で荒れ狂って渦を巻いているはずのに。

 今の僕には、それがない。

「〈ドリルブレイク〉」

 大蛇のごとく伸び上がった〈バルムンク〉の刀身に、高速回転する衝角を覆わせる。ドリルのサイズは剣のそれに比例するため、かなり巨大なものが形成される。僕はそれを十五個同時に発動させ、三角コーンのように重ねていく。

「〈エアリッパー〉」

 そこへ風刃の攻撃術式を装填し、ただでさえ唸りを上げて回転しているドリルに疾風の力を纏わせた。〈フォースブースト〉で強化され、十五回重ねされた固体空気の刃は、〈ドリルブレイク〉を包む竜巻と化す。

 今のような静かで落ち着いていて、けれど純粋な攻撃衝動が全身を満たしているようなこの感覚には覚えがあった。

 あれはそう――フリムやアシュリーさんと共にヒュドラと戦っていた時のことだ。

 僕は窮地にあったフリムを救うため、ヒュドラの猛攻の前に身を投げ出した。その結果、僕は九本の首にもみくちゃにされ、最後にはしたたかに地面へと叩き付けられた。

 その後、意識が朦朧としていた僕は、今のような純然たる攻撃衝動に取り憑かれたのだ。

 まるで夢を見ているような気分だった。何もかもが曖昧で、現実感が薄くて、五感に分厚い膜が掛かっているような心持ちだった。周囲からの刺激を受けないが故に、僕の頭は平静で、かつ冷酷に回転していた。

 感情にとらわれない判断。機械のような戦闘演算。必要かつ最小限の動きで、最大限の効果を発揮する攻撃を、ただ無感情に放つ――そんな機械になったかのようだった。

「〈ボルトステーク〉」

 さらに攻撃術式を重複発動。広い地下空間の天井まで届く竜巻が、雷電を帯びた。深紫の光が瞬き、大気を焦がす音が辺りに充満する。

 結局、あの時の僕は夢見気分のまま、そして闘争本能の赴くままヒュドラを徹底的に叩き、破壊し続けた。そのままだと暴走した挙げ句の自滅が待っていたと思うのだけれど、幸いなことに僕にはフリムがいた。自称『お姉ちゃん』の従姉妹で幼馴染みが、力尽くで僕を止めてくれたのである。

 あの時の頭突きの衝撃は、未だ鮮明に憶えている。

 こうしている今も、額のど真ん中で疼く幻痛があるほどだ。

「〈ズィィィ――」

 もはや剣とは呼べない形状と化した〈バルムンク〉を担ぐようにして振りかぶり、僕は仕舞いの剣術式を〝SEAL〟の出力スロットへ装填する。

 多分、今の僕はあの時と同じ状態なのだと思う。一時的に情動が麻痺して、狂戦士(ウールヴヘジン)のような暴走状態にあるのだ。だから敵を目前にしても戦意が昂ぶらないし、講じる攻撃手段にも容赦がない。

 それでもこうして自己の状態を客観的に理解できているのは、やはり前回フリムがくれた凄まじい頭突きのおかげなのだろう。

 さっきも言った通り、僕は額に幻痛を覚えている。脳を貫いて後頭部まで突き抜けていくような、衝撃の残滓だ。槍のように頭蓋を貫通するその感触が、おそらくは僕を暴走状態一歩手前のところで押し止めているのだろう。

 その証拠に、僕は今の自分がどんな状態で、何を考えているのかをしっかり把握しているし、多分その気になれば、いつでも普段の自分に戻れるはずだとも確信している。

 つまり暴走寸前の、闘争本能が最大限に活性化している状態が、今の僕だ。

 いわば超集中状態『ゾーン』と呼ばれるもののさらに深奥――ロゼさんが言うところの『明鏡止水の境地』に達しているのかもしれなかった。

 故に。

「――スラッシュ〉」

 その攻撃に迷いはなく、容赦もない。

 剣術式が発動し、フォローを受けた僕の四肢が半自動的に動く。稲妻を纏う巨大な竜巻が、ハヌの召喚した天龍のごとく身をくねらせ、宙を躍った。

 僕から見れば超高層ビルにも匹敵するサイズの冥王めがけて、強化係数一〇二四倍の恩恵を受けた雲耀(うんよう)の斬撃が走る。

 一瞬で宙に『Z』の字が刻まれた。

『GGGRRAAA――?』

 瞬きの十分の一以下の刹那に駆け抜けた僕の斬撃に対し、冥王は微塵も反応できなかった。

 僕は大剣を振り抜いた体勢で停止し、次に起こるであろう【結果】を待つ。

 剣術式〈ヴァイパーアサルト〉、〈ドリルブレイク〉。そして攻撃術式〈エアリッパー〉と〈ボルトステーク〉を重ね掛けした上で放たれた〈ズィースラッシュ〉は、まずは空間そのものを断ち切り、一拍の間を置いてから、軌道上にあった全てを巻き込み、ねじ曲げ、爆ぜさせる。

『――GGAAA……!?』

 今更のように我が身の異変に気付いたのか、冥王の口から不明瞭な電子音が漏れ出た。

 今の奴は紅蓮の炎が寄り集まった流体の状態。どう見てもまともではなく、生半可な物理攻撃ではダメージを与えられそうにない。

 だが、奴が〝フロアマスター〟である限り、広義の意味でのSB(セキュリティ・ボット)である限り、必ずどこかに核であるカーネルコアがある。それだけは間違いない。

 なら、そのカーネルコアごと全てを叩き潰してしまえばいい――そんな単純かつ明快な判断を、僕は機械のごとき冷酷さで下した。

 だからこそ、この攻撃だ。

 いつかロゼさんにも指摘された、過剰なほどの飽和攻撃――そう、死んだ奴をもう一度殺すほどの必殺を畳み掛けたのである。

『GGGGGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAWWWWWWW――!?』

 燃え盛る劫火そのものとなった身を『Z』の軌跡に切り刻まれた冥王が、地下空間を震わすほどの悲鳴を上げる。

 当然だ。冥王イザナミ――否、もはやこの姿を言い表すには、ハヌから聞いた神話の中にあった『カグツチ』という名を使った方が適切かもしれない――の体に刻んだ僕の斬撃の跡を起点として、空間が歪んでいるのだから。

 複合術式の斬撃によって生まれたのは、まさしく【断裂】だった。

 空間そのものに刻まれた亀裂。

 次元に空いた【穴】。

『GGGGGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAWWWWWWWOOOOOOOOOOOOOOOO!?』

 カグツチを形成する炎が、ブラックホール現象よろしく空間の亀裂の中へと吸い込まれていく。カグツチの体をバラバラに引き裂きながら、透明な空間の歪みへと貪欲に呑み込んでいく。

 奴が全身が吸収され、完全に消失するまで、さほどの時間はかからなかった。

『GGGGGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRRR――』

 カグツチの悲鳴は、ぷつり、と途切れた。最後の炎の一欠片が、するり、と赤いスカーフのように透明な【裂け目】に吸い込まれ、巨大なフロアマスターはその影も形もなくなってしまった。

 が、僕は微動だにせず、カグツチが消えた空間から目を離さない。

 手応えが薄すぎる。

 フロアマスターの最期にしてはあっけなさすぎる。

 さっきも言ったが、ここはルナティック・バベル。その仮想空間に出てくる相手が生半可な雑魚であるはずがない。

 まだ他に何かあるはず――と思考する僕の目の前で、何もない空中から真っ赤な炎が発生し、瞬く間に膨れ上がった。

『――GGGGGGGGGGGGGRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――!!』

 爆発的に膨張した炎はほぼ一瞬で元のカグツチの姿へと戻り、復活の雄叫びを上げる。

 案の定だ。

 一号氏が傷だらけな時点で何となくこの可能性は考慮していた。何故なら、彼は魔眼『月夜見』を持つ異能者だ。そんな彼が、カグツチの体内にあるコアカーネルの存在に気付かないわけがない。そして、気付いていたのなら攻撃していないわけがない。

 だというのに、カグツチは無傷で、一号氏は重傷を負っていた。

 なら、答えは簡単だ。

 カグツチの体内に【コアカーネルは存在しない】のだ。

 いつもなら、有り得ない、とか、常識外れだ、などと焦って混乱しているだろうが、今の僕にそんな心配はない。

 目の前の状況を、ただ無感情に丸呑みする。

 有り得ないことは有り得ない――それがルナティック・バベルだと理解しているから。

『……一号さん、お願いがあります』

『――はっ!? え、あ、お、おおっ!? お、俺様かっ!?』

『一号さんの目を貸してください』

 突然の呼び掛けに驚いている一号氏のリアクションを敢えてスルーして、僕は要望を伝えた。

 目の前にいる巨大な炎の塊の中にコアカーネルはない。だが、奴がこの遺跡(レリクス)を守護するSBである限り、コアカーネルを持たないなんてことはまず有り得ない。

 であれば、必ずどこかに存在するはずだ。

 体内でなければ、即ち【体外】に。

『俺様の目……?』

『はい。奴のコアを探してください。あなたの目なら見通せるはずです。例えば……』

 と言いかけたところで、カグツチが仕掛けてきた。

『GGGGGGGGGGGGGRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAWWWWWWWWWW!!』

 何の芸もない体当たり。だが奴の巨大さと、その身が高熱の猛火でできていることを考えたら、これ以上の攻撃はなかろう。

「〈レイザーストライク〉」

 僕は無慈悲に剣術式を発動。〈バルムンク〉に纏わりついている稲妻を帯びた竜巻を、刀身ごと射出する。

 無造作に発射された竜巻は、適当に投げた棒きれのように飛んでいった。

『GGGGGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAWWWWWWWOOOOOOOOOOOOOOOO!?』

 つい先程、カグツチを消滅させるほどの空間に歪みを作った力だ。当然、さっきとほぼ同じ結果が出た。猛烈に回転する竜巻に巻き込まれ、カグツチの炎が剥ぎ取られ、吸収されていく。蝋燭の火が強風に吹き散らされるかのごとく、再びカグツチの巨躯が儚く消え去った。

『――例えば、あそこ。中央にある火柱はどうですか?』

 僕は何事もなかったかのように話を再開した。見るだけで中に突入した際の苦しさを思い出す、紅玉(ルビー)がごとき火柱へと視線を向ける。

『あ、あれか? あれがどうしたって……』

『あそこに敵のコアがある可能性が高いんです。奴はいつもあの中にいて、出てきても近くを離れませんでした。体内にコアがないなら、この空間で次に安全なのは多分あの中です』

『お、おお……って言われてもよ、俺様はあんなん何度も見てきたんだぜ? 今更――』

『上手く隠してるんだと思います。真ん中辺りはないとして、すごく上の方か、あるいは……すごく下の方か。特に根元の方はどうですか? 何か見えませんか?』

『おう、ちょ、ちょっと待ってくれよ……?』

 矢継ぎ早に質問を飛ばして、僕は実質的に一号氏を操作する。

 自分で言うのも何だが、今の僕は、思考のキレがやけに冴えている気がする。まるで僕ではないみたいに。

 感情から生じる余計なノイズがないだけで、ここまで思考がクリアになるとは。目の前にある状況に対して、次から次へと答えが浮かび上がってくる。まるで、最初から知っていたみたいに。

 だからなのか、カグツチのカーネルコアが中央の火柱の内部にあるというのは、予測というより確信に近かった。

『――!? あ、あった! あったぜベオウルフ様!! アンタの言った通りだぜ! あの柱の根元のさらに下の方! 木でいやぁ〝根っこ〟のところに青白い塊がありやがるッ!』

 やっぱりだ。普通、あんなところの真下に何かが埋まっているなんて誰も思うまい。上手く隠したものだ、と感心してしまう。

 だが、常に近くにいて火柱を守護していたのは悪手だとしか言い様がない。

『――わかりました、ありがとうございます!』

 答え合わせは済んだ。僕は一号氏に礼を述べると、スカイウォーカーの靴底で力場を蹴り、一気に走り出した。

 強化係数一〇二四倍の速度は尋常ではない。僕の肉体は空気の壁をぶち破り、各所から白い蒸気の帯を引きながら宙を駆ける。

 手元の〈バルムンク〉に術力を注入して新たな光刃を形成。巨大な刀身の切っ先を火柱を向け、直突きの構えをとる。

 高速で移動する僕の視界の中、真紅に輝く大樹がごとき火柱がグングン大きくなっていく。

 しかし。

『GGGGGGGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAWWWWWWWWW!!』

 僕の行く手を阻むように、三度カグツチがその姿を現した。

 それも――【火柱の中から】。

「――!」

 煌々と燃え盛る柱の炎から分離するように現れたカグツチは、しかし一体だけではなかった。

 複数の炎の化物が、一斉に出現したのである。

『GGGGGGGGGGGGGGGGRRRRRRRAAAAAA!!』『GGGGGGGGRRRRRRRRAAAAAWWWWWW!!』『GGGGGGGGRRRRRRRRRRRRYYYYYYYYYAAA!!』『GGGGGGGGGGOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAWWWWWWWWWWW!!』

 その数、都合五体。

 想定外の事態に、しかし僕は、なるほど、と納得する。

 これまで色々と見誤っていたことに気が付いたのだ。

 そもスタート地点から間違えていたのだ。

 まずもって僕や一号氏達が『女王』と認識するべきは、炎の翼をもつ黒い獣などではなかった。無論、その後に変化した獣人でもなく、いま目の前にいる炎の塊でもない。

 この空間の中央に鎮座ましましている、あの巨大な火柱だ。

 あれこそが、カグツチの本体――否、【フロアマスターそのもの】だったのだ。

 つまり、僕らがこれまで戦ってきたのも、こうして眼前に出現しているのも、全てはその護衛用の眷属、あるいは囮(デコイ)とでも呼ぶべき存在なのである。先日のミドガルズオルム戦におけるドラゴンの群れ、と言えばわかりやすいだろうか。

 カグツチの体内にコアカーネルがないのも当然だ。こいつらはフロアマスターでも何でもない。ただの手足に過ぎなかったのだ。

 倒すべき本体は、一番最初から、堂々と僕達の前に姿を現していたのである。

 思い込みによる錯覚、意識の陥穽だったとしか言い様がない。

 誰だって火柱の中から、いかにもな巨大生物が現れたら、そっちが本命だと思うだろう。

 狙ってやっているのか、それとも素でそういうものなのかはわからないが、やはりここはルナティック・バベルだ。

 意地が悪いにも程がある。

「――だけど、もう種は割れた」

 SBのくせに弱点が露見して焦ったのだろう。土壇場で複数のカグツチを出現させたのが、一号氏の『月夜見』による見立てが間違っていないことのこれ以上ない証左となってしまった。

 つまり、一号氏が発見したコアカーネルはブラフではない。

 本物だ。

「――〈ドリルブレイク〉」

 ならば、やるべきことは決まっている。

 僕は〈ドリルブレイク〉×20を〈バルムンク〉へと作用させ、巨大な回転衝角を形成した。

 ハウエルに対して使った二百連以上の〈ドリルブレイク〉に比べれば十分の一程度の重ね掛けだが、今の僕は身体強化(フィジカルエンハンス)の支援術式によって千倍以上のブーストを得ている。

 威力はまさに桁違いだ。

『GGGGGGGGRRRRRRRRRRRRYYYYYYYYYAAA!!』『GGGGGGGGGGOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAWWWWWWWWWWW!!』『GGGGGGGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAWWWWWWWWW!!』『GGGGGGGGGGGGGGGGRRRRRRRAAAAAA!!』『GGGGGGGGRRRRRRRRAAAAAWWWWWW!!』

 五体のカグツチが火柱を庇うように前へ出て、猛火の壁を作る。よほど切羽詰まっているのだろう。奴らの身を形作る炎の勢いが激しくなり、色合いまで変わって見える。きっと内部の温度は格段に上昇し、生半可なものでは一瞬で焼き尽くされてしまうのだろう。

 だが、無駄だ。

 お前達に、今の僕を止められやしない。

「〈エアリッパー〉」

 攻撃術式〈エアリッパー〉×20を重層〈ドリルブレイク〉に付与。ドリルの回転と風の力が合わさり、空気の層が捻れるほどの渦を巻く。膨大な力が衝角の切っ先に集中する。

「邪魔だ、どけ」

 僕の背中から膨大なフォトン・ブラッドが噴出し、〈ステュクス〉に包まれた体が蹴っ飛ばされるように加速した。

 漆黒と深紫の弾丸になる。

 カグツチ達のつくった壁など、濡れた紙切れより脆かった。

『『『『『――!?!?』』』』』

 一瞬で五体の体をぶち抜いた。

 剣術式〈ドリルブレイク〉と攻撃術式〈エアリッパー〉の合わせ技――言うなれば『エアリエルブレイク』とでも呼ぶべき突撃槍の前に、五体のカグツチの体は為す術もなく蹴散らされたのだ。

 悲鳴すら上げられないほど刹那のことだった。

 大気を貫き、炎の壁をぶち破り、僕は流星のごとく火柱の根元へと突っ込んだ。

 轟音。

 幾千幾万の雷が落ちたかのごとき激音を立て、〈ドリルブレイク〉が硬い地面を抉る。岩の破片を紙吹雪のように飛び散らせ、火柱の足元を穿っていく。

『UUUUUUUUUUUURRRRRRRRRRRRRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY――!?』

 火柱――フロアマスター本体が震え、驚愕と恐怖が入り交じったような電子音を迸らせた。途端、大木のような火柱全体から猛烈な火炎が噴き上がり、今度は五体どころではないカグツチが量産される。

 一斉に生まれ落ちたカグツチの数は、ぱっと見ではもう数え切れない。ざっと一瞥した感じでも、優に百体は超えているだろう。もはや相手になどしていられない。

 それに。

「もう遅い」

 僕は低い声で呟く。もう何もかも手遅れだ。千倍のスピードで動き、千倍の力で地を掘る僕に追いつけるわけがない。

 体感時間では数十秒。けれど客観的にはほんの一瞬で、僕は火柱が根ざす最深部まで到達した。

 地に空いた裂け目から閃く青白い輝き――コアカーネルの煌めきだ。

 その中心部を、深紫に光る〈ドリルブレイク〉の先端が捉えた。

 パキン、とガラスの割れるような手応え。

『UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUURRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW――!?』

 断末魔の叫びが、細く、高く、そして長く。

 僕の背中を捉えようとしていたカグツチの群れが、大気に溶けるように一斉に雲散霧消し。

 煌々と猛火を発していた火柱が、水をぶっかけられたように沈静化した。

 ルビーのような光沢が一瞬にして色褪せ、さらにはただの石柱へと変貌するように青黒く曇った。

 ピキピキパキパキ、と立て続けに響くのは、柱が冷えゆく音か。根元を発端とするその音は、加速しながら上昇して瞬く間に柱全体へと駆け抜ける。やがて音が端から端、そして天井に至る頂点に達した時、

 クリスタルを鉄槌で砕くような音が響き渡った。

 石柱の見た目は変化せず、しかしその内部で、【何か】が致命的に砕け散ったような気配があった。

 それが終焉。

 僕は〈ドリルブレイク〉をキャンセルし、それ以上掘り進めるのを止める。

 途端、しん……と耳が痛くなるほどの静寂がその場に満ちた。

『……………………お、終わった、のかよ……?』

 しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは、石柱から離れた場所にいる一号氏だった。

 無論、僕はその質問に答えない。もしかしたら、まだ【続き】があるかもしれないからだ。

 しかし、それは杞憂に終わった。

 僕の〈ドリルブレイク〉は柱の根元を大きく掘り起こし、約十メルトルほどの深さの穴を空けていた。剣術式をキャンセルし、再び露わになった〈バルムンク〉の先端には、まだ青白く光るコアカーネルがある。

 それが、じわり、と湧き水のように地面から滲み出て、ゆっくりと上昇していく。

 その動きに危険がないのは、直感的にわかった。

 地の底から浮かび上がる青白い光は、やがて頭上で集束し、一個の球体を形作る。

 情報具現化コンポーネントだ。

 直径は十メルトル近くあるだろうか。明らかにヘラクレスのそれよりも大きく、ミドガルズオルムに近いサイズだ。

 巨大コンポーネントは数秒ほど空中に浮いていたかと思うと、思い出したかのようにこちらへ降りてきて、僕の〝SEAL〟へと吸収された。

『――終わりました』

 これをもって、僕は戦いの終わりを告げた。

 カグツチ――というか、その元になっていたのは火柱の方なのだから、やはり改めてイザナミと呼ぶべきだろうか――のコンポーネントを回収したからには、もうこれ以上の展開はあるまい。あるとすれば、またぞろこの浮遊島そのものがフロアマスターへと変化するような流れであるけれど、それは流石にないと思いたかった。

 僕は〝SEAL〟が実行中のプロセスを全てパージして、支援術式の効果を一挙にキャンセル。ステータスをニュートラルに。

 ふぅ、と安堵の息を吐いた僕は、無意識に口元を緩めて、こう続けた。

『……僕達の勝ちです。お疲れ様でした』

 あは、と笑った僕の言葉に対し、一号氏が反応するまで数拍の間があった。



『――――――――ぃしょっっっっしゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!』



「――~ッ……!?」

 あまりに強烈な念に、僕の耳というか頭の中に凄まじい衝撃が走った。これが声なら鼓膜が破れていたかもしれない。それほどの出力だった。

『勝った! 勝ったぜ! 俺様達の勝ちだぜコンチクショウッッ!! シャオラッ! シャオラッ! シャオラッ! ヨッシャオラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 深い穴の中にいるから見えないけれど、それでも一号氏が両腕を前後に振って、天井に向けて雄叫びを上げている様子が容易に想像できた。

 そうだ。勝ったのだ、僕達は。

 自分で口にしておきながら、不思議なことに一号氏が喜ぶことでようやっと実感が湧き上がってきた。

 気が付けば、地面の震動はすっかり収まっていた。島のエネルギーを吸収していた〝フロアマスター〟イザナミが活動停止(シャットダウン)されたことで、崩壊の進行も止まったのだろう。

 だから、僕は心の底から安心する。

 ああ、もう終わったのだ――と。

『勝った! 勝った勝った! 勝ったぜオラ! 見てたか二番! 三等! ベオウルフ様が、俺様の〝神使〟様がやってくれたんだぜ! 見てたかよおい!』

 弟さん二人に自慢する一号氏の声を聞きながら、僕は体中から力が抜けていくのを感じた。

 何はともあれ、今回もずいぶんを無茶をやらかしたものだ。ふと気付けば、一号氏に笑ってみせたせいか、さっきまでのクリアでフラットな思考までもがキャンセルされ、冴えた全能感のようなものはすっかり消え去ってしまっていた。

 急に気が抜けたせいか、モード〈ステュクス〉も解除され、元の戦闘ジャケットの形状へと戻ってしまう。幸い、マグマの熱もすっかり引いてしまい、気温はさほど高くはない。詰まる所、島の崩壊も、この空間の異様な熱も、全てイザナミが引き起こしていたというわけだ。当然、奴が消えれば、起こしていた現象が収まるのは道理である。

 くらり、と目眩がした。

 いくらブラッド・ネクタルを摂取したとはいえ、本来なら枯渇状態(イグゾースト)でぶっ倒れていて然るべき状態でここまで戦ったのだ。無理を通せば道理が引っ込むとは言うが、畢竟、無理がたたればひどい反動がやってくるものである。

 ――あ、ダメだ、気が遠くなってきた……

 思い出したように腹も鳴った。カロリーを使いすぎたらしい。胃が『早く飯をよこせ』とがなり立てている。

 かくん、と膝が抜けて、目の前が真っ暗になって――あ、これはいつもの気絶するパターンだな、と自覚して、そうなったらいつものように目が覚めた時にはハヌが、

 ハヌ。

「――ッ!?」

 僕は再起動した。意識がシャットダウンしようとしているの強制キャンセルして、崩れ落ちかけた下半身に活を入れる。ザッ、とスカイウォーカーで地面を蹴って、倒れる寸前でどうにか踏み止まった。

「……ハヌッ!」

 やばかった。あやうく失念したまま、また失神するところだった。

 そうだ。まだだ。まだあの子が囚われのままなのだ。

 今すぐ迎えに行かなくては。

 一分でも、一秒でも早く。

『――すみません一号さん! 僕ちょっと行くところがあるのでこれで失礼しますね!』

 ホットラインにそれだけ言い置いて、僕は再び支援術式〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉を一斉発動。一瞬で〝アブソリュート・スクエア〟まで強化係数を高めると、スカイウォーカーで不可視の階段を勢いよく駆け上がった。

 急激すぎる機動に大気が爆発して、白い蒸気が吹き荒れる。

 そんな中、僕は矢のごとく弾丸のごとく稲妻のごとく、ハヌがいるだろう三等氏の住処へと向けて、全力全開のダッシュをしたのだった。





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