リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●19-2 伝説の勇者の戦い 中編







 かつては一号が優勢に立っていたことも、今となっては夢か幻かのようであった。

 弟二人の角を受け取ることによって、残骸になった紅白剣から生まれた光の刃は、確かに万物を両断するほどの切れ味を有していた。

 しかしそれは、敵が『斬れば死ぬ』相手であればこそだ。

 何を燃料にして燃えているのかすらわからない【炎の塊】を相手に、よく切れる剣など、何の役にも立たなかった。

 その事実を知った上で、しかし一号はよく健闘したと称していいだろう。

 向上した身体能力を駆使し、全力で光の剣を振るい続けた。時には喉に宿った言霊を操り、周囲の何もかもを利用して、千変万化の太刀筋を見せた。

 決して諦めず、絶対に手を抜かず、死力を尽くした。

 彼は、どこかに弱点があるはずだ、と信じて戦っていた。

 ただの炎が寄り集まって獣人の形をとるわけがない。必ずどこかに、核となる部分があるはずだ。そこさえ破壊できれば、冥王は死ぬ。きっと殺せるはずだ――と。

 故に、彼は死に物狂いで剣を振るい続けた。喉を酷使して言霊を紡ぎ続けた。何度も宙を飛び、何度も火だるまとなり、何度も地べたを嘗めた。

 一度だけでいい。偶然でもいい。この光の刃が冥王の核に掠りでもすれば、それだけで希望が生まれる。

 だが先述の通り、冥王の図体はどうしようもなく巨大だった。その構成要素が炎だけになったとしても、サイズは変わらない。それどころか、さらに肥大化していた。そんな巨体のどこかにある小さな核を、細い光の刃だけで切り裂さける確率などたかが知れていた。

 また、冥王の攻撃も苛烈だった。意図的に集束された炎は一号の甲冑に施された『防火の加護』など物ともしなかった。物理的な【硬さ】を伴った炎の脚は、一号の体を幾度も打ち据え、跳ね飛ばし、地面に叩き付けた。加護を歯牙にかけない炎はその度に一号の全身を覆い、丸焼きにした。

 角の本数を六本にまで増やした一号の耐久力は、桁違いに増強されていた。しかし、それにも限度があった。類い希なる身体能力を駆使して大半の攻撃は回避していたが、被弾する度にダメージは蓄積し、やがては限界へと到達する。

『……はぁ……はぁ……はぁ……クソッ……』

 吐き捨てる声にも力がない。

 既に身につけていた甲冑のほとんどが吹き飛び、一号は裸も同然だった。また〝巨人態〟のあちこちが傷付き、場所によっては肉が抉られ、穴が空いている。血が流れていないのは、巨人の肉体があくまで仮の物だからだ。朱色の皮膚に走る輝紋の光は弱まり、手元の光の剣すら明滅を始めていた。

 輝光血流(フォトン・ブラッド)の輝きは命の輝きだ。この光が消える時、それ即ち一号の命が終わる時でもある。

 まさに今、一号の命の輝きは、風前の灯火がごとくであった。

『GGGGRRRRRRRAAAAA』

 炎の蜘蛛と化した冥王は、もはや声を荒げたりなどしない。静かに、そして冷酷に、己が獲物をいたぶるように追い詰める。真っ白に灼熱する双眸から、しかし何の感情も窺えない冷たい視線を放ち、半死半生の一号を射貫く。

『……ここまで、かよ……』

 自らの性能が落ちていることを自覚する一号は、思わず声をこぼした。

 畢竟(ひっきょう)、冥王の核の位置はわからない。こちらの攻撃はどこを斬っても無駄。言霊で炎を吹き飛ばしても、次の瞬間には再生する上、生じた隙を攻められて手痛いしっぺ返しを喰らう始末。そうこうしている内に体力は減り、手足がどんどん重たくなってきた。もはや繰り出せる攻撃は、あと一回か二回ぐらいだろう。

 動けなくなれば、もう言霊で冥王の炎を跳ね飛ばすことも出来なくなる。そうなったら、あとはただ焼き殺されるだけだ。〝巨人態〟はもちろんのこと、中にいる一号の本体も含めて。

『……けどまぁ、我ながら偉ぇことだぜ……』

 死に神の鎌が首元にかけられている――そんな幻視をしつつ、一号は口元に自嘲の笑みを浮かべた。

 伝承にある『赤髪の神』ではなかったにせよ、目の前にいる敵は思っていた以上の化物だった。まさか『女王』の形態から二度も変身した上、挙げ句には肉の体すら持たない存在になるとは。神ではないにせよ、神に等しい力を持った存在だと言っても過言ではないだろう。

 まさか己が、そんな伝説の中にしか存在しなさそうな相手と戦うことになるなど、夢にも思わなかった。

 冥王の口にあたる部分が大きく開き、ただの空白な空間にしか見えないそこから、夥しい量の火炎が吐き出された。

『――ッ!?』

 一体どこから出したのか、冥王の体積をも超える勢いで火炎の濁流が生まれる。怒濤のごとく押し寄せる猛火の壁を前に、もはや一号は回避行動をとることすら出来なかった。

『ぐわぁあああああああああああああ!?』

 高熱の劫火に全身を炙られる。一号は咄嗟に光の剣で炎の流れを裂こうとして、しかし寸前で思い止まった。

 自分が放てる攻撃は、おそらくあと一回が精々だろう。ならば、その一回すら冥王に叩き込まなければ気が済まない。どうせ無駄になることはわかっていても、最後の最期まで足掻くと決めたのだ。ならば、やはり最後の一撃は奴にぶつけてやらねば。そう、【最期】の一撃、なのだから。

『――ぁぁあああああああああおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』

 悲鳴を雄叫びに変え、未だ途切れぬ猛火の河の中を一号は進み始めた。もう走る力もない。ゆっくりだが、一歩一歩を確実に進め、冥王との距離を詰めていく。

 焼ける。焦げる。体内を巡る血が沸騰していく。それでもなお一号は前に進む。

 容赦なく叩き付けられる炎波が一号の全身を苛み、蚕食していく。腕や足、胸や足、全身の至る所が黒ずみ、炭化し始めた。病魔が肉体を冒すように、一度ついた黒いシミはジワジワと広がっていく。

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――!!!』

 半端に言霊の宿った咆哮は、僅かに火炎流による影響を和らげてくれるが、所詮は焼け石に水だ。直撃を避けられない以上、〝巨人態〟が朽ちていくのは止められない。

 朱色の肌が漆黒に染まり、ボロボロと崩れていく。ライムグリーンの輝紋の光が、明滅を繰り返しながら弱まっていく。

 剣の届く間合いまで、あと十歩。

『こなクソがぁあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』

 あと五歩。

 四歩。

 三歩。

 二歩、

『GGGGGGGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAWWWWWWWWW!!』

 しつこいぞ、とでも言うかのように冥王が吼え、口から吐く炎の勢いをさらに強めた。豪、と火炎流が加速し、激流となって一号に叩き付けられる。

『ぐぅ――ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』

 あともう少しというところで一号の足が止まり、それ以上進めなくなる。一気に増加した火炎波の勢いはそれほど凄まじく、一号の肉体が炭化する速度も急上昇した。

 このまま立ち止まっていては、いずれ全身が完全に炭化し、崩れ落ちるのは目に見えている。かといって今更引くわけにもいかない。引いたところで、結末は変わらないのだ。

 であれば――

『 前に出るしかねぇだろうがあああああああああああああああああああッッッ !!! 』

 最後にして最大の言霊。絶叫じみた咆哮がほんの一瞬だけ冥王の炎の息を完全に吹き飛ばし、一号の眼前に凪の空間を作り出した。

 足を踏み出し、あと一歩。

『俺様のド根性見さらせやぁあああああああああああああああああああああああッッッ!!!』

 次の一歩を地面に叩き付け、勢いよく跳躍。宙に浮いた瞬間、限界を超えた片足が消し炭となって飛び散った。

 光の剣を振り上げ、限界まで背中を反らす。海老のように体で『C』を描き、

『うおりゃぁああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』

 全身全霊を籠めて振り下ろす。

 純白の剣光が一直線に走った。

『GGGGGRRRRAAAA――!?』

 炎で構成された冥王の巨体が一瞬にして両断され、ささやかだが一号の迫力に負けたと思しき唸り声が漏れ出た。

『――――』

 人間で言えば正中線を真っ直ぐ貫いた剣閃は、そこを境目として冥王の体を左右を別ち、右側は上へ、左側は下へ、わずかな【ズレ】を生じさせた。

 一号の最後の一太刀は、それほどの威力を有していた。

 しかし。

『――グハァッ!?』

 冥王の背中から生えた脚の一本が、空中で剣を振り下ろし抜いた体勢の一号を強襲した。

 とっくに限界を超えていた一号の四肢が砕け、手足を失った胴体が玩具か何かのように宙を飛ぶ。そのまま放物線を描き、ぐしゃり、と無様に地面へ激突した。ゴロゴロと岩のように転がり、やがて停止する。

『――GGGGGGGRRRRRRRRAAAAAAA……』

 言わずもがな、乾坤一擲の一撃は冥王の核をかすりもしていなかった。

 一号の最後の攻撃は、無為に終わった。

 惜しくもなんともない、当然の帰結だった。

『――……』

 炎の化物は、何事もなかったかのように体のズレを修正し、地面に転がった【一号だったもの】を睥睨する。

 しばらく真っ黒に焦げた塊を注視していたかと思うと、やがて視線を転じ、後方で長兄の戦いを見守っていた二番と三等の方を見やった。

『GGGRRRAAA』

 最大の邪魔者は潰した、次はお前達の番だ――そう告げるかのように短く吼え、空中を滑るように移動を開始する。

 そこへ、

『――待てやコルァアアアアアアアアアアアア!! 俺様はまだ生きてるぞクソがぁあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』

 なおも響いた怒声に、冥王の動きが止まった。揺らめく炎の塊が振り返り、声――というより念が飛んできた方角へと顔を向ける。

 一号はまだ生きていた。

 生きて、しかし〝巨人態〟は完全に崩壊し、ただの消し炭と化していた。

 だから、彼はその上に立っていた。

 さっきまでの彼に比べれば虫ケラと呼んでもいいサイズの、通常の人間大の本体が、〝巨人態〟の残骸の上に立って、冥王に向かってがなり立てていた。

『まだ終わってねぇんだよクソがぁっ! 俺様はまだ生きてるぞゴルァ! どこに目ぇつけてやがるッッ!!』

 あれだけの熱波である。〝巨人態〟の中にいた一号自身もかなりの損傷を受けていた。全身は火傷に彩られ、皮膚がただれ、黄緑に光る体液が流れ出ている。だが、そんな状態でも一号は全身を大きく使い、冥王に強く訴えていた。

 俺様はまだ生きてるぞ、と。

『兄さん……!』

『あんちゃん……!』

 長兄の不屈の姿に、二番と三等は我知らず声を漏らした。どうひいき目に見ても、もはや戦える状態ではない。むしろ、動けているのが不思議なほどだ。あんな姿でアピールせずとも、時を置けば死に至るのは自明である。だというのに、

『テメェなに俺様の弟に手ぇ出そうとしてやがる!! ざけんな!! 俺様の目の黒いうちはそいつらには指一本触れさせねぇぞコラァ!!! ――げぶっ……』

 既に意識も朦朧としているのだろう。一号らしからぬ台詞が飛び出し、続けて彼は喉から血を吐いた。ライムグリーンに光る液体がビシャビシャと黒焦げになった〝巨人態〟の表面を濡らす。

 それでもなお、一号は小さな体を震い立たせ、冥王からすれば針のような人差し指を向け、高らかに吼える。

『俺様はそいつらの兄貴なんだよ! だから俺様を殺す前にそいつらを殺すんじゃねぇ! この世に真っ先に生まれた俺様が! そいつらよりも真っ先に死ぬんだよ! 順番間違えてんじゃねぇぞタコスケが! 先にそいつらを殺してみろ! 地獄から蘇ってでもテメェをぶち殺してやんぞ!! わかったらそいつらを殺すより先に、この俺様を殺しやがれこのドチクショウめがぁああああああああああああッッッ!!!』

 おそらく自分でも何を言っているのか、一号本人も理解しているまい。

 一号の主張は支離滅裂であった。

 もはや兄弟三人の全滅は見えた。多少の順番の違いに意味などない。だというのに、彼は魂を込めて絶叫していた。

 先に自分を殺せ、と。

 ひとえにそれが一号の矜持であったのだ。この戦いにおいて、自分が弟二人より後に死ぬことなどあってはならない。守るべき立場の己が、守られるべき二番と三等よりも先に死ぬことなど、絶対に許されない。

 だからこっちへ来て、まず自分を殺していけ――と。

『…………』

 そんな魂の叫びが非生物である冥王の胸に響いたはずもないが、しかし火炎の魔王は、優先ターゲットを一号に戻したようだった。二番と三等のいる方角ではなく、一号の方へと移動を再開する。

『……へっ、それでいいんだよ、それで……』

 こちらへ近付いてくる冥王の姿に安堵し、一号は軽く笑みさえ浮かべた。

 これでいい。これで少なくとも、弟達が死ぬ姿を見送ってから逝く、などという無様を晒さずに済む。先に死骸になってしまうという醜態はもちろんあるが、弟より後に死ぬよりかは幾分マシだ。でなければ、あの世で二番と三等に合わせる顔がなくなってしまう。

『――チッ、なに勿体付けてやがる。早くこっちに来やがれってんだ……』

 音もなく空中を浮遊し、ゆっくりと近寄って来る冥王。いまや奴の指先一つが触れただけで、一号の命は終わるだろう。身を守る術のない一号の肉体は、紅蓮の炎に包まれた瞬間に朽ち果て、全てが終わる。

 ――悪ぃな、ベオウルフ様よ……どうやら俺様は、言い伝えの勇者じゃなかったみてぇだぜ……

 今はもういない〝神使〟の少年に内心で詫び、一号は両目を閉じる。所詮、言い伝えは言い伝えでしかなかったというわけだ。口伝の伝承はつまるところ架空の物語であり、ただの空想でしかなかった――それだけの話であった。

 ――すまねぇ……

 自分が死んで、二番も三等も死んで、その直後にでもこの島は崩壊するのだろう。

 全てが終わる。

 なにもかもが、おしまいだ。

 そう考えると、これまで生きてきた中で出会った全てのものに、一号は謝罪したい気分になった。

 ――本当に、すまねぇ……

 己の無力さを。己の矮小さを。

 何もできず、このまま終わっていく半端さを。

 世界そのものに対して、一号はただただ詫びた。

 前方から近付いてくる熱を感じる。ようやく、冥王がすぐそこまでやってきたのだ。

 さぁ、終了だ。終焉だ。

 もはや全身が苦痛に苛まれ過ぎて、一周回って何も感じられない状態だが、せめて最期は苦しまず逝けるとありがたい――そんなことを思いながら、最後の深呼吸をしようとした瞬間だった。



 ゴッバァ! と岩盤の割れるがごとき音が頭上から落ちてきた。



『――!?』

 耳どころか全身を劈く大音響に思わず目を開き、一号は視線を上空に向けた。

 音の発生源は、こちらに迫り来る冥王のやや後方にある、地下空間の天井。

『は――!?』

 分厚い岩盤だったそこが、内側から爆発したように罅割れ、砕けていた。

 【ディープパープルの光によって】。

『――はぁああああああああああああああっっっ!?』

 見覚えのある輝きに、一号は目を丸くして自分でも何が言いたいのかよくわからない叫びを上げる。

 高速回転する衝角――即ち『ドリル』の形状をとった深紫の光は、天上をぶち破った勢いそのまま真っ逆さまに落下し、地面へ激突した。

 その光景は、まるで地底深くにあるこの空間に、紫色の稲妻が落ちてきたかのごときだった。

 凄まじい破壊力で破られた天井には蜘蛛の巣状の亀裂が走り、刹那の拮抗の後、一気に崩落する。

 巨大な立体ジグソーパズルと化した岩盤が、最初は雨のごとく、いつしか滝のごとく降り注いだ。

 先に落ちた深紫の光の主がそのまま押し潰されるのでは――と、死を目前とした状況にも関わらず一号は心配する。だが、それは杞憂だった。もっとも大きな瓦礫が地面と抱擁する寸前、ディープパープルの輝きは崩落する天井の直下から矢のように飛び出し、一気に空中へ上昇する。

 流星のごとく尾を引いて走る深紫の輝きが、今更のように通信波を放った。

『――すみません、一号さん! お待たせしました! 大丈夫ですか!?』

 その声を聞いた瞬間、一号は全身が総毛立つのを感じた。

 死んだと思っていた。あんなマグマの火柱の中へと突っ込んでいったのだから、とっくにくたばっているものだと思い込んでいた。

 直に目にしておきながら、未だに信じられない。

『ベ……』

 得も言えぬ感情が喉につっかえて、上手く言葉が出てこなかった。自然と目の前の風景が歪む。両眼から溢れ出る涙が止められなかった。

『……ベオウルフ様ぁああああああああああああああああ!!』

 わけもわからず名前を呼んだ。この行為自体に意味があるわけではない。しかし、心の奥底から迸る衝動をどうにかするためには、少年の名前を叫ぶ以外の処方を一号は知らなかった。

『はい!』

 応じる声は、たった一言だけ。

 だが、そのたった一言が、これ以上なく頼もしく聞こえて仕方がなかった。

『GGGGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAWWWWWWW――!?』

 天井の崩落に遅れて冥王が反応する。後方を振り返り、疑念の意が籠った電子音を轟かせ、体の炎を大きく燃え盛らせる。

 深紫の光がやや収まり、いきなり派手な登場をした〝神使〟の少年――ベオウルフの姿が空中に現れた。小柄な少年の手には、その矮躯に似合わない超強大な光の剣が握られている。

 とんでもない速度で宙を駆ける少年は、炎の魔獣と化した冥王を迂回して回り込み、一号の前方へとやって来た。ちょうど一号と冥王の間に立ち塞がる形だ。

『遅くなってごめんなさい! さっきの奴はちゃんと倒してきました! ここからは僕が引き受けます!』

 ベオウルフは空中の一点で立ち止まり、一号に背中を向け、深紫に光る大剣の切っ先を冥王に向けた。

 よく見ればその小柄な体は、一号に負けず劣らずボロボロの有様だった。全身に纏った黒い鎧は傷だらけで、土に汚れている。しかし、その足取りに、体の動きに、声の響きに、迷いは全く見て取れなかった。

『…………』

 一号の目に、ちっぽけなはずのその後ろ姿が一瞬だけ、驚くほど大きく見えてしまう。そう、冥王の威容が霞んで見えるほど、巨大な背中に。

 だが、少年のあまりの真っ直ぐさに一号は困惑する。

『……ひ、引き受けますって、アンタ……』

 生きていただけでもめっけものだと言うのに、まだ戦おうというのか――そんな思いが一号の声音には含まれていた。自分の被害も大概だが、あちらも相当だ。あれでまともに戦えるのだろうか――否、例え戦えるにしても、炎の塊と化した冥王を相手にどう戦うというのか。今の自分のように返り討ちにあうのが関の山ではないのか――?

 若干引き気味で紡がれた一号の念に、しかし軽い苦笑の気配が返ってきた。

『心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です』

 振り返らず、冥王に体を向けたまま、少年は明るい声で告げた。

『さっきも言った通り、ハウエルとの勝負はつきました。もう僕を縛る制約はありません。支援術式が使えるんです。だから、何の問題もありません。安心して見ていてください』

 そして肩越しに振り返り、目を細めて微笑みかけ、彼はいっそ朗らかにこう嘯いた。



『三分間だけなら、僕は世界最強の剣士ですから』



 あは、と笑いながら言って視線を切り、真正面に向き直る。

『――――』

 一号は絶句するしかなかった。

 それは、これまで見てきた中でも初めて見る少年の表情であり、なおかつ、一号の人生において未曽有の言動だった。

 あんなに明るい声で、表情で、しかしあれほど不敵かつ、ふてぶてしい台詞を吐く者がこの世にいようとは。

 ああいう人物をこそ、〝勇者〟と呼ぶにふさわしいのかもしれない――そう思った。

 予想外に過ぎる発言に度肝を抜かれ、言葉を失くす一号の眼前で、ついに戦いの火蓋が切られる。

 小さな体で冥王と真っ向から対峙する少年が、バネのごとく身を撓め、強く言葉を放った。



『さぁ、行くぞ――時間がもったいない。一分以内に終わらせてやる』



 次の瞬間、深紫の閃光が地下空間を埋め尽くした。





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