リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●16 前哨戦




 まるでグラグラと煮え滾る鍋の中のようだった。

 まさかとは思っていたが、やはり地下の熱エネルギーはこの場所に集められているらしい。

 一号氏の部屋とは比べものにならないほど広大な空間に足を踏み入れた途端、サウナのごとき熱気が押し寄せてくる。

 どっ、と全身から汗が噴き出した。

「……っ! ここは……」

 一瞬にして全身の毛穴が開いて、汗でびっしょりになりながら、僕は周囲を見回す。

 そこは真っ赤な溶岩(マグマ)の河が流れる、巨大なドーム状の空間であった。

 大きさは巨人準拠なのだろう。本当に地下なのかと思うほど天井が高く、また広さも申し分ない。おそらく、この浮遊島の地下スペースのほとんどを占めているのだと思われる。それほどの広さだった。

 けれど、灯りと言えばそこらを流れる溶岩の光のみ。暗い闇を赤々とした輝きが照らし、実に不気味かつ荘厳な風景を作り出していた。

『おう、やっぱ二番も三等も既に来てやがるぜ』

 武者震いか、一号氏の体がぶるりと震える。彼の両手の上に乗っている僕の体も大きく揺れた。

 僕は顎から滴る汗を戦闘ジャケットの袖で拭いつつ、問う。

『どこですか?』

『おう、あそこと、あそこだぜ』

 既に一号氏とは視覚情報を共有している。スイッチで〝SEAL〟同士をリンクしているからこそ可能な情報共有だ。僕は一号氏の視覚に潜り込み、彼の視線の先を追う。

 いた。

 ちょうど、この空間をケーキに見立てたら、それを三等分する位置だ。僕達から見て、右斜め向こうと、左斜め向こうに、うっすらと巨大な人影が見える。もう少し明るければ、色も判別できただろうか。

 だが、余程の照明でもなければ、二番氏と三等氏を隠す【逆光】は相殺できなかっただろう。

 そう、この広大な空間の中央に鎮座する――巨大な火柱の輝きを超えるものでなければ。

『――あれが、女王……?』

『おう、そうだぜ、ベオウルフ様。あれがネノクニの……ひいてはこの島の支配者よ』

 僕の疑念に、一号氏が肯定の意を示す。

 それは火柱のようであり、同時にダークレッドに煌めく宝石の柱のようにも見えた。

 より正確に描写するならば、【柱状の深紅の宝石が燃えている】、とでも言うべきか。

 太さは一号氏を基準とすれば、その三倍から四倍。高さは、地面から天井まで真っ直ぐ伸びていて、計測しようもない。

 まるで、あれ一本でこの広い空間全てを支えているかのごとき、圧倒的な存在感を放っていた。

 思わず生唾を呑み込む。

『……なるほど、確かに……わかります……』

 この感覚には憶えがある。この感触、この肌触り、この匂い――仮想空間〝ミドガルド〟で双頭の蛇〝ウロボロス〟と対峙した時と同じか、もしくはそれ以上の【重圧感(プレッシャー)】。

 間違いない。あそこにいるのは、途方もない強敵だ。それが否が応でもわかってしまう。

『わかるかい、おめぇさんにも……ま、俺様もでかい口を叩いちゃいるが、あのクソ女王が死ぬほど強ぇのは確かな事実だからな。あのクソ親父が、島の所有権の対価に指定するぐれぇはある』

 見た目は半凝固した溶岩の柱にも見えるが、その内部には凄まじいエネルギーがとんでもない密度で詰め込まれているのがよくわかる。また、火柱の輝きは時間を経るごとに変化していき、緩やかに明滅を繰り返している。まるで、心臓の鼓動を表すかのごとく。

『見てみろよ、女王の奴ぁ、ああやって島の力を吸い取ってやがんのさ。それがこの島の寿命を縮めてやがんだぜ。んで、それが全て吸い取られちまうと――』

『――この島が爆発する。そうですね?』

 一号氏は返答しなかった。否定も肯定もしないのが、この場合は肯定だった。

『……よっしゃ行こうか、ベオウルフ様よ! あっちも準備万端のようだぜ!』

 話を打ち切り、一号氏が止めていた足を再び動かし始めた。空間の中央、女王がいる場所に向けて歩き出す。

 大きな人影にしか見えない二番氏、三等氏も同様に動き出したようだ。遠く、巨人のシルエットがこちらへ近付いてくるのがわかる。

 この時、僕は密かに〈イーグルアイ〉×10を発動。十体の深紫に輝く鳥を宙に放ち、目立たないよう低空を飛行させて、空間内へ散っていくよう指示を出す。

 視点は多いに越したことはない。戦いは既に始まっているのだ。敵の僅かな動きをも見逃すことがないよう、僕はこの場に監視網を敷き詰めていく。

 やがて判明する、二番氏と三等氏の立ち位置。

 右斜め前方にいるのが、青白い肌と水牛がごとき二本角の二番氏。その左肩に立っているゴツい体格の持ち主は、この僕が見間違うわけがない、ハウエル・ロバーツだ。

 左斜め前方には、緑の肌と太く長い一本角を持つ三等氏。その兜の上には黒い人影――僕の側からハヌを奪い去った張本人、ヤザエモン・キッド。やはり全身黒尽くめで、その容姿は杳(よう)として知れない。

「……ッ……!!」

 先行させた〈イーグルアイ〉の視覚情報から二人の姿を確認した途端、ただでさえ熱い体の内側がカッとなって、体温が急激に上昇した。

 一瞬で沸騰して蒸発しかけた理性の糸を、僕は必死に繋ぎ止める。落ち着け、今はまだ時機ではない。絶好の機会は、この後にやってくるはずだ。それまでは雌伏の時だ――と。

「――――」

 すると、今度は不気味なほど体の芯が冷え始めた。熱気にやられかけていた頭の中がクリアになって、怖いぐらい五感が冴え渡っていく。今ならきっと、〝アブソリュート・スクエア〟になった際の意識のチューニングすら、一切の遅滞なくすんなりと行えることだろう。

 そういえば、ロムニックとの決闘の前もこんな風だった。どこかで聞いた『復讐という料理は冷めてから食べた方が美味しい』という言葉。あれは真理なのかもしれない。

 心が戦いを求めて飢(かつ)えていく感覚。

 目に見えていないものでも見えるような気がする。手に触れていないものの感触を知ることができる気がする。音のない音を聞き分けられる気がする。もしかすると、一号氏達の〝異能〟とはこういった感覚を指すのだろうか。

 ハウエルの側にも、ヤザエモンの近くにもハヌの姿はない。おそらく気を失わされた状態で、二番氏か三等氏のねぐらに隠されているのだろう。

 やがて、一号氏、二番氏、三等氏それぞれの姿が、互いに視認できる距離にまできた。

 めいめい、微妙な間合いを保ったまま足を止める。

 毎度の儀式のようなものだろうか。巨大な火柱である女王を中心として、巨人三兄弟は三すくみの図を作り、それぞれが睨み合う。

 真っ先に口を開いたのは、その口に〝異能〟を持つとされる二番氏だった。

 この場に僕やハウエルがいるせいか、誰でも受信できるマルチキャストな通信を介して、念話が届く。

『あーら、お元気そうね、二人とも。うふ。それに初めましてよね、兄さんのところの〝神使〟様? あ、三等君のところの〝神使〟様には挨拶が済んでいるから、もういいわよね? というわけで、私様(わたくしさま)は二番よ。よろしくね。あはん』

 ――は……?

 という心の声を、僕はどうにか口に出さずに済んだ。

 二番氏を、生粋の嘘つき野郎、と一号氏は言っていた。オカマ野郎とも。

 だから何となく想像はしていたのだけど、しかしそれでも、厳つい甲冑を身につけ、人間にはとても扱えない超巨大サイズの槍を持った巨人が、クネクネと腰をくねらせながらオネェ言葉で喋ったり、一周回ってチャーミングなウィンクをしてきたりするのは、思った以上のインパクトがあった。ちなみに、声音を可愛くしようとしてはいるけれど、やっぱり響きは男性のそれである。

『うるせぇ、気持ち悪ぃから喋んなクソカマ野郎が。今日こそおめぇらをぶっ飛ばして俺様がこの島の支配者だゴルァ……!』

 二番氏のオカマな言動に衝撃を受けていると、一号氏が番犬のような唸りを上げた。その両眼に青く揺らめく炎が灯り、彼の魔眼『月夜見』が発動したことを示す。

 その光景を笑ったのが、左斜め前方の三等氏だ。

『アッハハハハハッ! 二番ちゃん相変わらずキモカワイー! あんちゃんはやっぱり怖くないしー! あ、僕ちゃんは三等ね! よろしくね〝神使〟さまーっ!』

 ケラケラと笑いながら、自分の兄二人を馬鹿にしてから手を振って挨拶に入る三等氏。こちらもまた、聞いていた話の通りの人物像だ。いかにも他人の話を聞かなさそうな雰囲気がすごい。

『まぁね、今日で決着をつけようという点については、私様も兄さんに賛成よ? うふ。だって、今日は言い伝えにある〝神使〟様が降臨されたのだもの。これは〝啓示〟よ。今日という日こそ、私様がこの島の支配者になるべきというね!』

 石突きを地面に突き立てた槍を左手に持ち、右手の小指を唇に当ててクネクネ動く二番氏は、しかし高らかに嘯いた。

 その左肩に仁王立ちで立つハウエルは、口元に不敵な笑みを刻み、巨人達のやりとりを見ている。ハヌを人質に取るという卑怯な真似をしておきながら、そんな風に楽しそうにしている姿に、僕の神経は逆撫でにされる。

『アッハハハッ! そんなのどーでもいいから、今日も楽しく遊ぼーよ! あんちゃん! 二番ちゃん!』

『ンもうっ! 三等君は相変わらずマイペースなんだから。困っちゃうわ、プンプン!』

『……いいからおめぇら、もう口閉じろ……! せっかく〝神使〟様がいるってぇーのに、恥をさらしてんじゃねぇぞボケクソが……!!』

 これから死力を尽くして戦うとは思えないほど、マイペースというか和やかというか、肩の力が抜ける空気を作る一号氏達。傍から見ていると、もはや子供の喧嘩に近いものを感じる。

 この人達は本気で島の所有権を競って奪い合っているのだろうか、と真剣に悩みたくなってきた。

 が、もちろんのこと、今はそんな時ではない。

『――一号さん』

『おう、わかってるぜベオウルフ様よ』

 僕は冴えた意識を維持したまま、スイッチを介して一号氏を促した。

 ハウエルもヤザエモンも、僕らと同じように巨人との間に専用回線(ホットライン)を作っているはずだ。各々、巨人と神使同士の会話は聞かれる心配はない。この戦いにおいて大切なのは、巨人と神使のコンビネーションである。密な連携こそが勝利への肝なのだ。

 ズン、と一号氏が一歩、前へ足を踏み出した。

『つうわけで、そろそろ茶番はお仕舞ぇだ。二番、三等、今日がおめぇらの命日だぜ。女王の首は――俺様が取る!』

 彼が力強く宣言するのと同時だった。

 僕はこの空間に入る前から取り出していた黒玄〈リディル〉と白虎〈フロッティ〉からディープパープルの光刃(フォトン・ブレード)を出力し、一号氏の掌を蹴って飛び出した。

「――ッ!」

 自分を受け止めるものが何もない宙空へ躍り出る。

 けれど僕は今、ハヌの命を脅かさないため支援術式は使えない。

 【だから】。

「――いくよ〝スカイソルジャー〟ッ!」

『ロジャー』

 両足に履いた戦闘ブーツ〝スカイウォーカー〟改め〝スカイソルジャー〟に『空中歩行』コマンドを叩き込む。漆黒のブーツの表面に深紫のラインが走り、支援術式〈シリーウォーク〉と同じ効果を発揮した。

 何もない空中に深紫の力場が発生し、ブーツの底が確かにそこを踏む。

「――~ッ……!」

 さらにスカイソルジャーに『加速』コマンドを連続で打ち込み、僕は弾丸のごとく疾走を開始した。

 全身に凄まじいGがかかる。三歩目でトップスピードに乗った。

 そのまま戦闘ジャケット〝アキレウス〟にもコマンドを送り、変形を開始。モード〈ステュクス〉起動。前回、ロムニックとの決闘の際は未完成故にオミットされていた機能を使って、全身鎧化させる。

 漆黒の戦闘ジャケットがマントのように広がり、僕の全身を包み込んだ。そうして出来上がるのは、総身黒尽くめの騎士。かつて戦ったシグロスの〝竜人〟形態に少し似ているが、僕はあそこまで偉丈夫ではない。針金のような四肢が、鋭角的なシルエットに覆われてさらに剣呑な雰囲気を醸し出す。

 体温調節機能をラン。体中にまとわりついていた熱気が嘘のように引いていく。

『――!?』

 ここに来て、ようやく一号氏以外の人間が僕の唐突な動きに気付いた。二番氏もハウエルも、三等氏もヤザエモンも、揃ったように瞠目して顔を強張(こわば)らせている。

 だが遅い。僕は漆黒の矢となった。このまま一気に駆け抜けるだけだ。

 黒玄と白虎を諸手突きの形に構え、剣術式を起動。

「――〈ドリルブレイク〉ッ!」

 双剣の左右に〈ドリルブレイク〉を十個ずつ同時発動させ、高速で回転する衝角をミルフィーユのごとく積み重ねていく。

 僕の背中から〈ドリルブレイク〉二十回分のフォトン・ブラッドが噴出し、膨大な推力と化した。

 ただでさえ迅雷のごとく駆けていたところを、さらに背中をサッカーボールみたいに蹴られたように加速する。

「づぁあああああああああああああああああああッッッ!!!」

 雄叫びを上げ、突撃。

 狙うはもちろんハウエル――のすぐ隣にある二番氏の顔だ!

 僕は一条の流星となって突進する。アイスコーンのごとく積層した〈ドリルブレイク〉の穂先が、猛然と大気を切り裂きながら突き進む。

 全ては一瞬。瞬く間に間合いは消えて、

 ――とった!

 このまま、いまだ碌な反応も出来ていない二番氏の両眼をダブル〈ドリルブレイク〉でぶち抜ける――そう確信した瞬間だった。



「いけねぇなぁ、〝勇者〟のぉ」



「――!?」

 思い掛けず間近から、その野太くてザラリとした肉声は聞こえてきた。

 深紫の回転衝角(ドリル)の先端が二番氏の目玉を抉る直前、突如として青黒いものが間に飛び込んできた。

 激突。

 金属に研削盤をぶつけたような激しい音響が轟く。二つの火花が間欠泉のごとく噴き上がり、まるで線香花火よろしく弾けた。

「いきなりブっ込んでくるなんざいい度胸してるじゃねぇか! ハッハァッ!」

 誰何する必要なんて微塵もない。圧倒的なまでの存在感。耳の中をヤスリで擦るような声。

「――ハウエル・ロバーツ……!」

「おうともよ」

 大胆不敵に笑うこの男の得物が、僕のダブル〈ドリルブレイク〉を命中直前で遮ったのだ。

「開戦前に奇襲を仕掛けるのはいい戦法だと、俺も思うぜぇ? だがそこまでだ、〝勇者〟の。せっかくのゲームじゃねぇか、とっとと終わらせちまおうなんざ、無粋にもほどがあらぁな。もっと楽しもうぜ、なぁ?」

「――ふざけるな……!」

 褐色のドレッドロックスを揺らし、ごつい髭面を歪めて笑うハウエルに、僕は気炎を吐く。

「僕はお前達と遊びに来たわけじゃない……!」

 同時に、冷静な思考回路が現状の把握に努める。

 僕の〈ドリルブレイク〉を受け止めているのは、意外なことにハウエルが腰に下げていた舶刀(カットラス)ではなかった。

 碇(いかり)だ。

 おそらく碇そのものではないだろうが、しかし明らかにそうとしか見えない巨大な武器が、二番氏の顔と〈ドリルブレイク〉の間に割り込み、その威力を受け止めていた。

 青黒い色に塗装された、機械的なデザインを持つ碇型の武器――そのサイズは僕がヘラクレス戦で使用した黒帝鋼玄のモード〈大断刀〉にも匹敵するほどだった。

 何という膂力だろうか。こんなものを軽々と扱う上、いくら支援術式で身体強化していないとは言え、僕の〈ドリルブレイク〉×10の諸手突きを完全に受け止めるだなんて。

『――きゃああっ!? えっ!? なにこれっ!? もしかして私様ってば狙われちゃってた!? 不意打ち喰らわされちゃうところだったの!? ひぃぃぃ怖い怖い怖いぃぃぃぃ!?』

 今更のように二番氏が状況に気付き、慌てふためき始めた。そんな情けない声をBGMにして、

「おいおい二番さんよ、あんま動くんじゃねぇよ。揺れるだろうが」

 彼の肩の上に立つハウエルが二番氏をたしなめつつ、僕を上目遣いに見て凄味を利かせた。

「おいおい、熱くなりすぎじゃねぇのか〝勇者〟のぉ? ただでさえ蒸し暑い場所なんだ、少しは頭を冷やした方がいいと思うぜ? ――ああ、安心しな、小竜姫はきっちり無事だぜ。お前さんが約束を守るなら、ちゃんと無事に返してやるよ。ところでお前さん、支援術式使ってねぇだろうな? 今何もねぇところを走ってきたようだけどよ」

 言い掛かりをつけてくるハウエルに、僕も負けじと睨み返した。視線が空中でかち合って火花を散らす。

「使ってない、約束は守る。これは僕が身に着けている武装の力だ。文句は言わせない。どうしてもと言うならスクリーンショットでも何でも撮って、術式アイコンが表示されている証拠を出せ。それが〝公平な勝負〟ってものだろ……!」

「……へっ、なるほどねぇ。そうきやがったか」

 公平な勝負を希望したのはハウエルの方だ。僕が要求に抗して支援術式を使用していると言うのなら、その証拠を出すのもまた〝公平〟というものだ。

 もはや、これ以上の会話の必要性も感じなかった。

 僕はハウエルの碇状の武器と〈ドリルブレイク〉を拮抗させたまま、攻撃術式を音声起動(コール)。

「――〈フレイボム〉!」

 爆裂の術式を一斉に十連起動させ、左肩のあたりに術式アイコンを皿のように重ねて表示させる。そこから照準をハウエルではなく、二番氏――でもなく、やや離れた左方にいる三等氏へと向けた。

 あちらもまだ僕の奇襲攻撃に気付いて、驚いている最中だ。何もせず、棒立ちになっている。その巨大な頭部向けて、〈フレイボム〉の照準光線を飛ばした。

 大きく太い一本角を持つ緑色の顔に、糸のように細いディープパープルの光線が、投げナイフよろしく立て続けに突き刺さる。

 僕の遠隔攻撃に気付いたのは三等氏ではなく、その頭頂部に立つヤザエモンだった。

「――三等殿!」

『へ? なぁーにぃー?』

 声をかけるだけでは間に合わないと判断したのだろう。咄嗟に三等氏の頭の上から飛び降りたかと思うと、彼の横っ面を勢いよく蹴飛ばした。

『――ぐべぇっ!?』

 さっきの明るい調子からは想像もつかないほど変な悲鳴を上げて、三等氏が大きく仰け反る。そのせいで僕が伸ばしていた〈フレイボム〉の照準光線は宙をすり抜け、破壊力の発散どころを失ってしまった。

 だが、これも想定内の出来事だ。

 起爆。

 さっきまで三等氏の頭があった空間に、通常の一〇二四倍もの威力を持つ爆裂術式が炸裂した。

 爆音が轟き、爆風が宙にいたヤザエモンと三等氏の体を、手で突き飛ばしたかのように吹き飛ばす。

「――こうして奇襲を掛けたら、お前達が間に入って邪魔してくるのはわかってた」

 次いで、僕の一連の行動に眼を剥いているハウエルに、僕は真っ向から言い放った。

「だから、お前がこうやって僕の攻撃を防ぐのも計算の内だ……!」

 僕の支援術式を封印させて楽勝するつもりだったのだろう。予想外であろう展開に硬直しているハウエルに向けて、僕はさらに剣術式を発動させた。

「〈レイザーストライク〉!」

 斬撃を飛ばす術式を、今まさに発動中の〈ドリルブレイク〉へと作用させる。起こるのは、かつてミドガルズオルム戦において最後の止めとなったものと同じ現象だ。

 双剣の刀身に纏わりついていた〈ドリルブレイク〉が剣から離れ、さらには後部からロケットのごとくフォトン・ブラッドを噴出して加速を始めた。

「な――んだぁ……ッ!?」

 ハウエルが驚愕に目を見開き、呻き声を漏らす。先程まで拮抗していた碇状の武器と二つの〈ドリルブレイク〉のバランスが崩れ、明らかにハウエルが圧され始める。

 もはや僕がここにいる必要はない。〈ドリルブレイク〉はこのまま自動的に前進を続けるはずだ。

 僕はスカイソルジャーで空気を蹴って跳躍。蜻蛉返りを打ってハウエルの頭上を飛び越えながら、

『――一号さん! 今です!』

『おおともよっ!』

 ホットラインを通じて合図を出すと、一号氏が盛大な雄叫びを上げた。

『■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――ッッッ!!!』

 熱い空気がビリビリと震える中、僕が離れたことによって両手の空いた一号氏は腰に吊した長剣を掴み、一気に抜き放った。

 両眼に灯る月夜見の炎が、勢いよく燃え盛る。

『いくぞクソ女王――――――――ッッ!!! 往生せぃやぁ――――――――ッッッ!!!』

 いかなる材質、製法をもって作られたのか、一号氏の両刃剣は片刃が赤、もう片刃が純白に染められていた。『紅白剣』としか呼び様がない刀身である。

 そんなめでたい感じの長剣を振りかぶり、一号氏は怒濤のごとき勢いで女王――部屋の中央にそそり立つ巨大な火柱へ向かって駆け出した。

 刹那。

 これまで緩やかに明滅を繰り返していた【燃える宝石】のような火柱が、ドクン、と一際大きく脈打った。

 途端、火柱に内包されていた途方もない重圧感(プレッシャー)が一気に膨れ上がる。

 ――顕現する。



『KKKKKKKKYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAA――――――――!!!!』



 耳を劈(つんざ)く凄まじい奇声――否、電子音。

 そう、ここに至って現れたのは、実在する獣でも、ましてや『鬼人』の巨人でもなく。

 人工生命体SBセキュリティ・ボットだった。

 しかも、半ば予想していた通り、ゲートキーパー級を超えた〝フロアマスター級〟の。

『SSSSSSSSSSHHHHHHHHHHHAAAAAAAARRRRRRRRRRYYYYYYYYYAAAAAAAAAAA――!!』

 目覚めた根の国の女王――イザナミが喉を反らして長い咆哮を上げる。

 果たして火柱の中ほどが風船のごとく膨張し、破裂した内側から現れたのは――炎の翼を持つ、漆黒の豹(ヒョウ)だった。

 でかい。

 焼け焦げたように真っ黒な体毛に包まれた肢体は、一号氏達の〝巨人態(ギガンティック)〟と比べてもなお大きい。鋭い爪の生えた太い四足から、赤い炎が鬣(たてがみ)のごとく燃えている頭部まで、軽く二十メルトルはあるだろうか。背中から噴き上がるようにして生えている真紅の炎の翼は四枚。こちらも奴の巨体を包み込んでもなお余るほど長大だ。

「――~ッ……!」

 ハウエルの背後に回りながら、僕は歯を食いしばって胸を貫く感情に耐えようとする。

 この瞬間ばかりは、何度経験しても慣れることはない。

 圧倒的強者が目の前に立ちはだかる、この絶望感。

 込み上げてくる畏怖。今すぐ逃げろと叫ぶ本能の声。頭の中で鳴り響く警鐘。死に神の鎌が首筋に突き付けられているかのような悪寒。

 こいつと戦ったら間違いなく殺される。絶対にひどい死に方をする。恐怖と後悔にまみれた最期を迎える羽目になる――幻視する凄惨な未来。過酷な運命。

 内臓を下から上へと撫で上げるそれら全ての感情を、それでも、ぐっ、と呑み込み、僕は耐える。何故ならそれらの上昇を許せば、口から漏れ出てくるのは弱音でしかない。そんなものを吐いて勝てる相手などどこにもいない。

 だから、込み上げてくる感情を押し殺し、僕は戦意を燃やす。

 ――あいつだ。あいつさえ倒せば……!

 ハヌを取り戻せる。

 僕の大切なあの子と一緒に、元いた空間に還ることが出来るのだ。

 ならば戦え。

 全身全霊を懸けて、この戦いに勝利するのだ――!

「チィッ――! やらせ」

 るものかよ、とでも言おうとしたのだろう。僕の前にあるハウエルの背中が、その分厚い筋肉をうねらせて動こうとした。自分をその場に釘付けにしている〈ドリルブレイク〉を跳ね飛ばし、一号氏を妨害しに行こうというのだ。

 背後にいる僕を無視して。

 それこそ、やらせるものか、だ。

「どこに行くつもりだ。僕はまだここにいるぞ」

「――うるせえっ! テメェの相手は後だ〝勇者〟の! 後で遊んでやるからすっこんでろ!」

 さっきまでの余裕がすっかり弾け飛び、ハウエルはガラガラした声で怒鳴り散らした。

 それほどまでに焦っているのか、それとも余程の自信があるのか。背中を無防備に晒しているというのに、ハウエルはまるで頓着していない。

 いつもの僕なら躊躇う場面だったかもしれない。だけど、今の僕にはそんな気遣いをするつもりなどありはしなかった。

「――〈ヴァイパーアサルト〉! 〈ドリルブレイク〉!」

 右手に刀身を伸ばす剣術式〈ヴァイパーアサルト〉を、左手に再び〈ドリルブレイク〉を十個ずつ装填。

「はぁっ!」

 まず右手の〈ヴァイパーアサルト〉を鞭のように振るって、深紫の剣光を二番氏に向けて伸ばす。これは攻撃が目的ではなく、【拘束】が目的だ。その名の通り蛇のようにしなやかに伸張した剣光は二番氏の首にグルグルと巻き付き、その動きを殺した。

 二番氏が動けばハウエルの位置もズレる。これはそれを防ぐための措置だった。

 次いで、今なおハウエルを足止めしているものと同じ回転衝角を生成した左手を、奴の背中に向け、

「〈レイザーストライク〉!」

 撃ち出した。

 前方から二つの〈ドリルブレイク〉に攻められている奴の背中へ、もう一本。仮に奴の纏うボロボロの戦闘コートに強力な防護機能があろうとも、挟み撃ちにしてやれば、完全にその場へ縫い付けることが出来るはずだ。

 しかし。

「ああくそ、そう来るとは思っちゃいたんだがなぁ……」

 この状況の最中、どこか抜けた声でハウエルがぼやいた。

 その瞬間、新たな〈ドリルブレイク〉の先端が奴の背中に命中する。支援術式の強化こそないが、それでも十回重ねの剣術式だ。普通ならそのまま胴体を貫通して、風穴を開ける――

 はず、と思っていたのに。

 激しく生じたのは、何故か金属的な擦過音。

「――っ!?」

 あまりにも予想外すぎる音響に、思わず眼を剥いてしまった。

 内側に鉄板でも仕込んでいたのか、ハウエルの着ている戦闘コートは〈ドリルブレイク〉の突撃を完全に受け止めていたのである。

「――やれやれだ。こういった仕込みは最後の方でお披露目するのが俺の流儀だったんだがなぁ……」

 肩幅の広い巨躯はこちらに振り返ることもなく、そして三本の十連〈ドリルブレイク〉に攻め立てられながらも、びくともしていなかった。

 右側から二番氏の『きゃあああああああナニコレナニコレぇ!? 首輪!? これ首輪なのう!? 私様そんな趣味ないのよう!?』という悲鳴が聞こえてくるけれど、まるで頭に入らない。

 ――一体、何がどうなってるんだ? いくらハウエルが体を鍛えて生体限界を超えていると言っても、こんな鋼鉄みたいな防御力が、人間の肉体に宿るというのか……!?

 愕然とする僕の目の前で、

「ハッ! まぁ仕方ねぇ、この際だ。ちょいと早いが――見せてやろうじゃねぇか! いわゆる〝奥の手〟って奴をよお! 大人の男を舐めんじゃねぇぞ〝勇者〟のぉ!!」

 ハウエルが高々と豪語した瞬間だった。

 ぐわっ、と一瞬、奴の背中が肥大化した。

「――!?」

 否、それは錯覚だ。

 目に見えない【何か】がハウエルの全身から放射され、それによって奴の肉体が大きくなったように見えたのだ。

 そして次の刹那、【それ】は起こった。

 ハウエルの碇状の武器と鬩ぎ合っていた二本の〈ドリルブレイク〉と、背中で火花を散らしていた一本が、突如として細かい粒子に分解され、砕け散った。

「――え……?」

 わけのわからない光景を目にした僕は、そんな間抜けな声を零すことしか出来なかった。

 ――なんだ、これは。一体どういうことだ。僕は術式をキャンセルした覚えはない。〝SEAL〟のプロセスだってまだ走っている。なのに何故。どうして、僕の〝ドリルブレイク〟が消滅していくんだ……?

 全ての〈ドリルブレイク〉が桜吹雪のごとく散っていく中、僕は戦闘中にも関わらず唖然としてしまう。

 けれど、それも一瞬のこと。

「――っ!?」

 自失から我に返り、咄嗟に後方へ飛び退(すさ)ると、フリムが改良してくれたスカイソルジャーの靴底を空中に引っ掛け、右手の〈ヴァイパーアサルト〉は二番氏の首に巻き付けたまま、ハウエル達の様子を探る。

 と、一拍遅れて〈ヴァイパーアサルト〉までもが分解され始めた。

「な……!?」

 ハウエルが何をしたのかはわからない。だが、奴がした【何か】はこの周辺一帯が圏内だったのだろう。二番氏を拘束していた光の紐が大気に溶けるようにして消失していく。

『……あらなによ、もう〝取って置き〟を出しちゃったのう、ハウエルくん?』

「ハッ、仕方ねぇ。それだけ強敵だっていうわけだ、この〝勇者〟のは。おい、ここはもういい。予定変更だ。俺ぁここで〝勇者〟のを叩く。お前さんはあっちでいつものように兄弟喧嘩してきな。後で合流して、そっから女王退治としゃれ込もうや」

『かしこまりー、うふふ♪』

 さっきの狼狽っぷりが嘘だったように落ち着いた声で話す二番氏に、ハウエルが巨大武器を肩に担ぎ、こちらへ振り返りながら指示を出す。

 鉛色の瞳が鋭い眼光を放ち、こちらを射抜く。にやり、と口元に不敵な笑みを刻み、

「……よう、〝勇者〟の。よくもやってくれたじゃねぇか。どうやらお前さん、支援術式を禁止した程度じゃ大人しくなってくれねぇようだな。こうなりゃ、こっちも本気(マジ)で行かせてもらうしかねぇが、いいかね? ん?」

 顎を、くい、と上げて見下すような視線を向けるハウル。とても片手で扱えるとは思えない超重量武器で、トーン、トーン、と肩を叩きながら、

「こっちとしちゃあ、まずはヤザエモンの巨人と手を組んで、そっちを一気に潰す算段だったんだが……こりゃもうダメだな。まさか〝勇者〟の、お前さんがここまで直截的な戦法に出るたぁな。読めなかったぜ。そんなに小竜姫の嬢ちゃんが大切だったかい? まぁいいさ、こうなった以上ぐだぐだ言っても始まらねぇ」

 ひょい、と碇状の武器を大きく振り上げたかと思うと、ゆっくりと先端を下げていき、尖った先端をこちらに突き付ける高さで止める。

「そんじゃあ望み通り――」

 ハウエルが腰を落とした。もう片方の手も武器の握りにかけ、そのまま――

「――タイマン張らせてもらうぜ、〝勇者〟のぉ!」

 二番氏の肩を蹴って空中に身を投げた。

「――!?」

 次の瞬間、奴がこちらへ向けていた碇型の武器から、濃い赤茶色――海老色のフォトン・ブラッドがスラスターのごとく噴出する。

「いくぜぇぇえええええええええええッ!」

 勢いよく噴き出すフォトン・ブラッドは僕の〈ドリルブレイク〉と同じく、ハウエルの巨体を飛ばす強力な推力と化した。

 その勢いは放たれた矢のごとし。

 猛然と迫る巨大な碇を回避しきれないと判断した僕は、黒玄と白虎を十字に交差させ、素早く防御姿勢をとった。

 激突。

「――ぐぁっ……!?」

 雷電帯びる一つ目の雄牛のSB・ストーンカの突進にも勝るとも劣らない威力に、交通事故レベルの衝撃が僕の両腕に走った。空中という拠り所の薄い足場だけに踏ん張りが効かず、勢いに負けて体が吹っ飛ぶ。

「くっ……!」

 咄嗟に体を捻り、双剣を右に振って衝撃を受け流そうとする。だけどハウエルの突撃の勢いが強すぎて、僕はそのまま独楽のように回転しながら弾き飛ばされた。

「――っ!?」

 視界が滅茶苦茶になる。

 いつもなら支援術式〈レビテーション〉を使って姿勢制御をするところだけど、それはできない約束だ。僕は自らの意識のほとんどを周囲に散らばらせた〈イーグルアイ〉に振り分け、客観的に自分の姿勢を確認してからスカイソルジャーで大気を蹴り、体勢を切り替える。

 とにかく蹴って、飛んで、跳ねて、上下の感覚を整えた。

 そこへ、

「おらおらどうしたどうした〝勇者〟のぉおおおおおおおッッ!!」

 ザラついた声が再び、ドップラー効果を帯びながら近付いてくる。

 上。

 バーニアスラスターを併用して、水中を泳ぐ魚のように飛行しながら旋回してきたのだろう。ほぼ直上からハウエルは急降下してきた。

「こっ、の――!」

 今回も避ける余裕がない。あの大きな碇状の武器から噴出しているスラスターは並の出力ではない。ハウエルの巨体をあれほどの速度で移動させているのだ。もしかしなくとも、ハヌの操る正天霊符〝酉の式〟以上のスピードがある。

 ガギィン! と鉄槌がごとき衝撃が落ちてきた。先程と同じく黒玄と白虎を交差させて受け止めたが、今度は逃げ場がない。あまりの強烈さにスカイソルジャーの力場維持がキャパシティオーバーを起こし、僕を空中に立たせていた足場が皿のように割れて消失した。

「っ!?」

「どらぁあああああああああああああああああッッ!!」

 一気に押し込まれた。ハウエルの巨大な碇に圧され、僕は背中を真下に向けて垂直に落ちていく。

 止められない。さっきみたいに受け流すことも出来ない。

 そのまま黒い岩肌の地面に激突するまで一秒もかからなかった。

「――!」

 背中に凄まじい衝撃。そこから四肢へ、その指先に至るまで一瞬で駆け抜け、体がバラバラになかったかのような錯覚を覚える。

 硬い地面に罅が走り、砕け割れる音が耳に入った。体が深く沈んでいく。

「がはっ――!?」

 衝撃が内臓にまで達し、肺の中の空気が強制的に吐き出された。一瞬だけ呼吸が止まり、目の前が真っ赤に染まる。

 が、思った以上に体へのダメージは少ない。モード〈ステュクス〉を展開していたおかげで、怪我はない。致命的な損傷はちゃんと回避できていた。

 しかし、胸の前で交差させた光刃の上から碇状の武器が押し込まれていて、まるで身動きが取れない。

 完全に縫い付けられている。

「くっ――そっ……!」

 なんて様(ざま)だ。僕の方こそハウエルを抑え込み、活動不能に追い込まなければならないというのに。逆に動きを封じられてしまうだなんて。

「――ハッハァッ! 海の中以外でもなかなかやれるもんだなぁ、この俺も。まぁ、コイツは水中で使う前提の出力なもんだから、地上じゃちとピーキー過ぎるがな」

 碇の弓形に反った部分に両足を載せ、全体重をかけてくるハウエルの言葉から、僕はこの巨大武器の特性に気付く。

 元々ハウエルは海の大穴〝グレート・ブルーゲート〟を根城とする『探検者狩りレッドラム』だ。つまり、主戦場は海中。巨大な碇型の武器は、攻撃用でもあり――【水中移動用】でもあったのだ。

 なるほど、と納得せざるを得ない。潜水艇〝トランスポーター〟に乗って深海へ向かっている途中、こんな重量の碇に高速で激突されてはたまったものではないだろう。

 そして、スラスターの出力は水中の抵抗を前提にされている。道理でハウエルの巨体が、あれほどの高速で飛行するわけだ。

「さぁて、〝勇者〟の。ちぃと早ぇが、これで【詰み】だ。お前さんはここで止まっていろ。少し待ってりゃ、勝負がつく」

 楽しげに顔を歪めて僕を見下ろすハウエルが、自信満々に勝利宣言する。全身鎧化した〝アキレウス〟のおかげで僕はまだ五体満足だが、碇状の武器の重量と合わせて、ハウエルの全体重が胸の一点に重く圧し掛かっている。その上、体が半分ほど地面に埋まってしまっているのだ。どうにか武器ごと奴を排除しなければ、立ち上がることすら出来ない状態だった。

 支援術式さえ使えれば。こんなもの、強化した筋力で撥ね退けてやるのに。

「諦めろ、お前さんらの負けはもう決まった」

「誰が……!」

 まだ終わってなどいない、と態度で示すため、僕は〝SEAL〟を励起させ、攻撃術式を音声起動(コール)。

「〈ボルトステーク〉!」

 支援術式〈フォースブースト〉で強化していない僕の術力では大した威力も出せないが、雷電の杭であればハウエルの体を痺れさせることぐらい出来る。一気に十発も撃ち込めば、いくら奴の防具の性能が高くとも――

「――?」

 ふと気付く。おかしい。〝SEAL〟内で実行されるはずの処理が何故かアベンドしている。

 術式が――起動しない!?

「なっ……!?」

 遅れて愕然とする。馬鹿な、そんなはずはない。先日の〝SEAL〟の不調とは違い、ちゃんとフォトン・ブラッドは輝紋を循環しているし、さっきも〈ドリルブレイク〉や〈フレイボム〉は発動していた。

 なのに、どうして――!?

「ああ、残念だが〝勇者〟の、お前さんにはもう術式は使わせねぇぜ?」

 異常事態に狼狽する僕を見下ろすハウエルが、にたり、と邪悪な笑みを見せた。

「さっきもそうだっただろう? どうして俺が〝追剥ぎハイウェイマン〟だなんて名前で呼ばれてると思う?」

 地面に張り付けになった僕が余程可笑しく見えるのだろう。ハッハッハッ、と笑いながらハウエルは解説する。

「俺ぁ確かに、世間で言うところ『探検者狩りレッドラム』だがよ、知っての通り〝殺し〟はやらねぇ。そう決めている。しかしだ、〝勇者〟の。本気で抵抗する相手を殺さずにやり込めて、エクスプロールの戦果を奪うってのは並大抵じゃねぇ。そうは思わねぇか?」

 僕は行動には出さず、しかし内心では大きく頷いてしまう。

 確かにそうだ。いくらハウエルが熟練のエクスプローラーだったとしても、グレート・ブルーゲートのような場所であれば、狩られる相手もそれなりの実力を有していることが多いはず。それを殺さず無力化し、戦果を奪い取っていくなど並大抵なことではない。

 ――まさか、こいつが僕の〝SEAL〟に何か……!?

「俺はな、こんな稼業で何言ってんだかと思うかもしれねぇが、あまり他人様から恨まれたくねぇと思いながら生きている。だから、俺は〝殺し〟だけはやらねぇんだ。何故なら、誰かを殺せばそこには恨みが生まれる。殺した奴の遺族、仲間……俺が誰かを殺せば殺すほど、俺を殺したいって奴ぁ無限に増えていく。そいつはよくねぇよな? それこそ命がいくつあっても足りねぇだろ? だからな、身ぐるみは剥がすが、それ以上のことはしねぇ。殺さずに解放する。そうするとな、段々とこうなるわけだ。――〝追い剥ぎ〟ハウエル・ロバーツに出会った奴は幸福だ。少なくとも命だけは持って帰れる、ってな!」

 ハッハッハァッ! 喉を反らしてハウエルは豪快に笑い上げる。

「そうなんだよ! 強盗はするが殺さねぇってだけで、感謝されるようになる! 俺に襲われた連中はみんなそうだ! どれだけ奪われようが、最後には生きて地上に帰れることを感謝しやがる。だから、俺は【恨まれねぇ】。俺の命を執拗に狙う人間は出てこねぇ。結果として、俺ぁ【安全に】『探検者狩り』を続けることが出来る。ま、俺に〝追い剥ぎ〟された連中も頑張ってやり直しさえすれば、またエクスプロールが出来るわけだからな。まさにウィン・ウィンの関係って奴だとは思わねぇか。なぁ?」

 ふざけるな。何が『ウィン・ウィンの関係』だ。とぼけるのも大概にしろ。そう思っているのはお前だけだ――そうは思うけれど、口にはしない。言っても無駄だということを僕は知っている。こういう人種には言葉より、暴力で対抗しなければ、いつまでもこうして囀り続けるものなのだ。

「…………」

「おいおい、なんて目付きをしてやがる、〝勇者〟の。お前さんだってそうなるんだぜ? そう、全部終わった時には、お前さんは俺に感謝するようになる。命だけは見逃してくれてありがとうございます、ってな!」

 またしても、ガハハハ、と耳障りな笑い声を上げるハウエル。今すぐその口を塞いでやりたいが、どうしても体が動いてくれないし、術式も発動する兆しを見せない。

「――おっと、話がズレちまったな。ああ、そうそう、術式だ。【コイツ】が俺を〝追い剥ぎ〟でいさせてくれる――いわゆる〝奥の手〟って奴さ」

 軽く握った拳で自分の胸を、コンコン、と叩くハウエル。響いた音は金属的で、どうやら胸当てのようなものを服の下に着込んでいるらしい。

「どういうものかといえば――今ちょうどお前さんが陥っている状況だ。何となくわかるだろ? 詳しい仕組みは言えねぇが、俺ぁ【コイツ】を使うことで相手の術式の発動を潰すことが出来る。要は【そっちの意味】でも身ぐるみ剥がすことが出来るってぇ寸法だ。大抵のエクスプローラーは武器を奪われても、まだ術式が使えれば戦える、と思いやがるだろ? だが、俺ぁそれさえも奪ってやれるんだ。だからよ、どいつもこいつも最後には降伏しやがる。殺さないでくれ、せめて命だけは――ってな? そうして俺ぁ、いつしか〝追剥ぎ〟だなんて呼ばれるようになったてぇわけだ」

 何度もそんな光景を目にしてきたのだろう。思い出し笑いをしたハウエルが、くつくつと喉を鳴らした。

「ま、わかりやすく言えば、俺がこうして直接的・間接的に触れている間は、お前さんは何があっても【術式は使えねぇ】。まぁ無理して頑張ってくれても構いやしねぇが、せっかく発動させられても、どうせすぐ【分解されちまう】はずだ。どう足掻いても無駄だぜ。諦めな、〝勇者〟の」

 踏みつけにされてなお暴れ続ける子犬でも見るかのように、奴は僕を見下ろしてきた。少しだけ懐かしい視線だ、と頭の片隅で思う。それは、可哀想な生き物を見る目。〝ぼっちハンサー〟と呼ばれていた僕が、何度も浴びせられた目線だ。

「もういっぺん言ってやるが、もう勝負は詰んだ。こっちの勝ちは確定だぜ」

「……!」

 だけど、奴の言葉に頷いてやることなど出来ない。そして、楽しげに『探検者狩り』としてのやり口を自慢するという真似を、許してやることも。

 僕は黒玄と白虎をストレージに収納し、胸に乗っている碇型の武器に両手を当てながら、ハウエルを強く強く睨み付ける。

「――何がそんなにおかしい。自分が下種だってことがそんなにおもしろいのか?」

「……ああ?」

 尖った声を突き刺した僕に対して、ハウエルの顔付きが激変する。羽虫が耳元をかすめ飛んだみたいに、不愉快そうに表情筋を歪め、威嚇するように低音の唸りを出す。

「……今、なんつった、〝勇者〟の」

「聞こえていただろ。お前は下種野郎だ、って言ったんだ」

 わざとらしく聞き返してきたハウエルに、僕は真っ直ぐはっきりと言い返した。

「何を偉そうにふんぞり返ってるんだ。自分が強いからって、それだけで上等な人間にでもなったつもりか? 馬鹿を言うな。わかってないのならはっきり言ってやる。お前は正真正銘の下種だ。つまらない小悪党だ。偉そうにしていい理由なんてどこにもない」

 我ながら容赦も呵責もない言葉だった。

 そうさ、こんな奴を相手に遠慮することなど、何一つない。

 こいつはそれだけのことを、しでかしたのだから。

「……へぇ、いっぱしの口を利くじゃねぇか、〝勇者〟の」

 しばらく苦虫でも噛み潰したかのような顔で僕を見つめていたハウエルが、やがてシニカルに唇の片側を釣り上げた。

「驚いたぜ、エクスプローラーなんてヤクザな仕事をしている割には、随分と正義感が強いじゃねぇか。……ああ、だから〝勇者〟だなんて呼ばれてるのか?」

「僕の呼び名なんてどうでもいい」

 論点をずらそうとするハウエルを、僕は吐き捨てるように遮断した。

「お前はただの卑怯者だ。ちょっと狡賢いだけの泥棒だ。どれだけ偉そうにしても何の自慢にもならないぞ。お前は強くなんてない。相手の装備を全部引っぺがさないと戦えない、ただの臆病者だ。だから武器を奪って、術式を奪って――僕からはハヌを奪った」

 そうだ、この男は僕の大切な友達を連れ去った。今だって、見えない場所にあの子を隠している。

 改めてそう認識すると、目が眩むほど怒りが衝き上がってきた。

 全身に力が漲り、指の先までが燃え上がるように熱くなる。

「――許さないぞ……!」

 肺から溢れた怒りの炎が、そのまま言葉になった。僕は〈ステュクス〉のバイザー越しからレーザーのような視線をハウエルに突き刺し、宣言する。

「お前みたいな卑怯者には、絶対に負けない……!」

 僕の瞋恚(しんい)の眼差しを受けたハウエルは、しかし怯むどころかさらに不敵な笑みを浮かべてみせた。鉛色の瞳に魚油のようなぬらつく光を宿し、餓狼のごとく鼻っ面に皺を寄せ、嘯く。

「――ハッ、卑怯で結構! 臆病者も上等! 何と言われようが痛くも痒くもねぇな、〝勇者〟のぉ!」

 右足を上げ、碇状の武器の弓部分に、ガン! と勢いよく落とす。重い衝撃が僕の胸に圧し掛かり、硬化しているジャケットを、みしり、と軋ませた。

「――ッ!」

 ハウエルは歯を剥き出しにし、凄味をきかせながら大きく口を開く。

「不意を打とうが騙し討ちをしようがぁ! 罠に陥れようが人質を取ろうがぁ! 俺ぁなんら恥じるこたぁねぇぞぉ〝勇者〟のぉ! この世は〝弱肉強食〟! そいつこそが宇宙の真理だ! 綺麗ごとだけで生きていけるほど世の中は甘くねぇんだよ! 何も知らねぇ甘ったれのガキンチョがぁッ! 生意気ブッこいてんじゃねぇぞぉッッ!!」

 獅子の雄叫びがごとく力強く断言するその姿には、確かに悪びれる様子など微塵もない。心の底から本気で、ハウエルは恥を恥とも思っていないのだ。それどころか、むしろ誇らしさすら感じているかのごとく、こうも吼える。

「誰が何と言おうと最後に立っていた奴が勝利者だ! 地面に這いつくばっている奴が敗者だ! 今のお前のようにな〝勇者〟のぉ!」

 それはまさに、今の僕とハウエルの立ち位置を示していた。僕は地面に半身を埋めた状態で倒れ、その上にハウエルが足を載せている。明らかに勝者と敗者の構図そのものだ。

 ガン! と再びごついブーツを叩き落とされた。

「よおく覚えておけッ!」

 盛大に唾を撒き散らしながら、ハウエルは堂々と宣言する。

 決してぶれることのない、その信念を。

「どんな卑怯な手を使おうが、どれだけ下種に成り下がろうが、最後に生きていた奴が勝ちなんだよ! その最後に生き残った奴が俺なら――誰にもどんな文句も言わせねぇ!【俺の勝ち】だ! そいつこそが――俺の【道理】なんだよぉッ!」

 ひとくさり吼えたハウエルに、もはや言うべき言葉などなかった。ある意味で奴の言うことは正しい。最後に立っていた者こそが勝者――その通りだ。

 だけど。

「――そうやっていつもいつも、自分が最後の勝者になれると思ったら大間違いだ……!」

 なおも言い返した僕に、ハウエルは音高く舌打ちした。

「チッ……口の減らねぇガキだな、〝勇者〟の。何度も同じことを言わせるんじゃねぇ、もう勝負は決まったんだ。テメェの負けだ。さっさと諦め――」

 こうして話がループして戻ってきた時、僕はようやく【それ】の【把握】を終えた。

 もはやハウエルの言葉を完全に無視して、僕は囁くように、そのコマンドを口にする。

「――アキレウス、トリプル・マキシマム・チャージ」

 すると間髪入れず、僕が身に纏っている戦闘ジャケットが呼応した。

『マママキシマム・チャージ』

 全身鎧〈ステュクス〉の表面を、幾筋もの深紫の光のラインが駆け抜ける。

「――あぁ?」

 突然の変化にハウエルが舌を止め、怪訝な声を漏らした。

 当然ながら、僕とて為す術もなく、ただ漫然と地面に張り付けにされていたわけではない。

 これまでの会話は全て【時間稼ぎ】だったのだ。

 僕の従姉妹、頼れる自称『お姉ちゃん』のミリバーティフリムがリメイクしてくれたこの戦闘ジャケットには、黒玄や白虎、スカイソルジャーと同じく、彼女の開発した光臓(フォトン・オーガン)機構が組み込まれている。

 だが、それらはまだ開発中で、搭載されている機能もテスト段階のものばかり。以前の〈ステュクス〉がそうだったように、実装はしているが正式スペックとしてはオミットされていた。

 しかし僕はそれを、今の今まで〝SEAL〟内で仮想テストランを繰り返し、実行するために必要な動作確認を行っていたのだ。

 無論、これは勝手な行動だ。制作者であるフリムの許可も得ずプログラムを読み込み、解析して、勝手に使用条件をオンにするという、不作法の極みである。

 だけど、例え設計者であるフリムの意志に逆らおうとも、【コレ】は今この瞬間、絶対に必要な力だった。

 ――だから、ぶっつけ本番でもやるしかない……!

 決意を固めた僕は、術式を封じているというのに何をするつもりだ、と言いたげな顔をしているハウエルに、会心の口撃を喰らわせてやる。

 ハッ、とお返しのように笑って、

「――支援術式の使用を禁止? 術式の発動を封じた? お前こそ、本当に僕のことを何にも知らないんだな。そんな逆境(もの)――今更何だって言うんだ!」

 新たに搭載されたのは、先日のロムニックとの決闘における反省点を改善するもの。

 そうとも。僕という支援術式使いエンハンサーに対して、敵が考える対策など決まり切っている。ロムニックもそうだったし、ハウエルだってそうだった。

 僕に術式――特に支援術式を使わせないこと。それが勝利への最短ルートだ。

 【だから】、フリムは〝アキレウス〟に改良を加えてくれた。

 即ち――【支援術式がなくても身体強化が可能となるシステムを】。

「お前の作戦なんて――僕にとってはただの二番煎じに過ぎないっ!」

『パワー・ムーブメント』

 一気に来た。まるで支援術式〈ストレングス〉を使ったような感覚が、体の内側から猛然と押し寄せてくる。

「――っあああああああああああああああああッ!」

 体中の力という力を振り絞る。全身を鎧う〈ステュクス〉が僕の行動をアシストする。胸を圧迫する碇型の武器を両手で掴み、一気に押し上げた。

「な――んだとぉ!?」

 ハウエルの驚愕の声。それを耳にしながら全力で放り投げる。奴の巨体が、碇状の武器にくっついたままおもちゃのように飛んでいく。僕はそれを追いかけるようにして立ち上がり、改めて自身の〝SEAL〟を励起させた。

 動く。ハウエルの武器との接触が断たれた今、僕の〝SEAL〟はしっかりと作動し、諸々のプロセスを正常に処理していく。

 残念ながら筋力強化の『パワー・ムーブメント』の効果時間はたったの五秒。僕はすぐさま次の行動へと移った。

 ストレージから二振りの小太刀を取り出し、両手に握る。黒地に紫のラインが入った柄と白刃を持つこの武器は、ロムニックとの決闘でも活躍したものだ。大中小と三種類のサイズがセットになった、三対六本の刀――これらを総じて〝フラガラッハ〟とフリムは名付けた。

 出来れば、このままハウエルを放置して一号氏の救援に行きたい。あちらはいつもの兄弟三すくみのところへ、ヤザエモンというイレギュラーがいる。二番氏と三等氏が協力関係にあるなら、やはり一号氏が不利だ。

 しかし、ハウエルの飛行速度を考えれば、いくらスカイソルジャーに加速コマンドを叩き込んでもすぐに追いつかれてしまうだろう。

 ――なら、ここで動けなるぐらいのダメージを与えるしかない!

 実を言えば『仕込み』は既に完了している。この空間に足を踏み入れる直前に、準備だけはしてあったのだ。まさか本当に使う破目になるとは思わなかったけれど、転ばぬ先の杖とはまさにこのことだった。

「――ッ!」

 スカイソルジャーに空中歩行と加速のコマンドを叩き込み、疾走開始。両手に銀光煌めく小太刀を携え、矢のように空中を吹っ飛ぶハウエルを追いかける。

「このまま一気に叩く……ッ!」

 不可視の階段を駆け上がりながら、自分と、先程仕掛けた『罠』との相対位置を確認する。問題ない。この立ち位置であれば、ほぼ確実に命中させることが出来るはず。

 跳ねた若鮎のごとく宙で仰け反っているハウエルとの相対距離が吹っ飛ぶようになくなっていく。

 が、小太刀の間合いに入る直前、ハウエルの巨躯がダイナミックに動いた。足を振り回して重心をずらし、碇状の武器を起点に体を回転させる。まるで空中でブレイクダンスを踊るかのように体勢を整え、鉛色の視線がこっちを真っ直ぐ見据えた。

 ハッハァッ! と獣のごとく嗤う。

「――やってくれやがったなぁ〝勇者〟の! テメェふざけやがって! いくつ隠し玉を持っていやがる!」

 ハウエルの武器から海老色のスラスターが噴出され、碇状のそれが、何もない空間に引っ掛かったように唐突に停止する。フォトン・ブラッドの推力が一瞬にしてハウエルと武器にかかっていた慣性を殺したのだ。

 ハウエルが完全に体勢を立て直し、巨大武器を槍のように構え、先程と同じく突撃体制をとる。

「――~ッ……!」

 構うものか、突っ込め。僕は小太刀を十字に交差させて構え、さらに加速して突進する。

 ハウエルが牙を剥いて吼えた。

「気に入った! もうガキだと思って容赦はしねぇ! 本気で殺しにかかってやるぜぇッ!」

 豪(ゴウ)、と武器のスラスターがさらに勢いを増した。

「――オクタプル・マキシマム・チャージ!」

『ママママママママキシマム・チャージ』

 僕も負けじと〈ステュクス〉に八連続チャージコマンドを突っ込み、全身を覆う装甲に自分のフォトン・ブラッドを喰わせる。たった五秒のパワーアシストとは言え、燃費は支援術式よりも悪い。だが、ここで出し惜しみしている余裕など微塵もなかった。

『パワー・ムーブメント』

「づぁああああああああああああああああああッッ!!」

 装甲の表面に、無数の深紫のラインが走っては消える。戦闘ジャケットのパワーアシストが僕の体をさらに加速させた。このまま一気に弾丸のごとく突っ込む。

 激突した。

「――!」

 ナイフを岩に突き立てたような耳障りな金属音が大きく鳴り響く。稲妻のような衝撃が全身を駆け抜ける。腹の底が揺れ、舌の根が痺れる。

 だけど、押し負けなかった。

 フリムの設計した〈ステュクス〉の身体強化機能は、ハウエルの超重量武器と真っ向からぶつかり合ってもなお、互角に持ち込むほどの力を与えてくれていた。

 漆黒の双刃と青黒い碇とが、ガリガリと火花を散らして鬩ぎ合う。

「ヘイヘイ、どういうカラクリだ〝勇者〟の! テメェ本当に支援術式は使ってねぇんだろうなぁ!?」

 楽しそうに声をかけてきながら更にフォトン・ブラッドの噴出量を増大させてくるハウエルに、僕は叩き付けるように言い返す。

「何度も言わせるな! 術式を使えばアイコンが出る! これはお前みたいな奴が現れた時用の〝切り札〟だ!」

「準備万端だったってぇわけか! ハッハァッ! まぁこれはこれで構わいやしねぇさ! ちったぁ張り合いがあるってもんだぁっ!!」

「――そんな軽口を叩いていられるのも今だけだっ!」

 あくまでも遊びの延長かのごとく戦うハウエルに、僕は気炎を吐くと同時、両手に握ったフラガラッハ〈中〉にコマンドを入力。

「――ギャザーアップ!」

 これこそは、ロムニックとの決闘序盤において使用した『奥の手』。神器〝共感(アシュミレイト)〟で相手の心を読み取る奴でさえ躱せなかった、フラガラッハ六本による奇襲攻撃。

 ギャザーアップは、手元にないフラガラッハを一箇所に集める『招集』コマンドだ。

 そして他の四本――フラガラッハ〈大〉と〈小〉は既にストレージから実体化させ、この『女王の間』の出入り口付近に置いてきた。

「あぁん?」

 僕の発声コマンドにハウエルが怪訝に眉をしかめた瞬間、風切り音が走る。

 刹那、四本の刃が迅雷がごとく飛来した。

「――んだとッ!?」

 ほんの僅かな飛翔音を耳で捉えたのか、ハウエルが突撃の手を緩めないまま弾かれたように背後を振り返る。

 が、遅い。

 奴が首を巡らせた時には既にフラガラッハ〈大〉と〈小〉は至近。

 牙のごとく襲いかかった。

 強力な磁石に引き寄せられるような四本の剣が、あの時と同じように深々とハウエルの体に突き刺さ――らなかった。

 先程の〈ドリルブレイク〉がそうだったように、フラガラッハの切っ先が奴の四肢に食らい付いた途端、甲高い金属音を立てて弾き返された。

 やはりだ。奴は服の下に相当堅固な防具を纏っている。

「――ハッ! 何かと思えばこの程度の小細工かよ〝勇者〟のよぉ! こんなもんで俺をどうにかしようなんざ「まだだ!」――あぁ?」

 大したことがなねぇ、と笑い飛ばそうとしたハウエルに、しかし僕は頬を張るように言葉をぶつけて黙らせた。

 そう、まだだ。まだ終わっていない。

 むしろ、こうなることは想定内だ。

 先程も言ったが、ギャザーアップは六本の剣を一つの場所に集める為のコマンド。それは一度跳ね返された程度で力を失うものではない。

 あっさり弾き飛ばされてクルクルと回転していたフラガラッハ達は、けれど山形(やまなり)の軌道を描いてブーメランよろしく戻って来る。今度は勢いが減じていたため、突き刺すというよりは、磁石に引き寄せられる釘のようにハウエルの背中へと張り付いた。

「……なんだぁ?」

 ただ引っ付くだけの武器に、ハウエルが首を傾げる。

 奴は知らないだろう。フラガラッハにはそれぞれ、フリムのフォトン・ブラッドが注入されたカートリッジが装填されていることを。以前みたいに僕の〝SEAL〟に不調があってもちゃんと戦えるよう、非常時の攻撃手段としていつもメンテナンスしてくれていることを。

 そして、フラガラッハのチャージブレイクには、一発でも当たれば総合評価Aランクのエクスプローラーをも倒す威力があることを。

 フラガラッハには一本につきチャージブレイク三発分のフォトン・ブラッドが装填されている。それを僕は、

「――フラガラッハ、トリプル・マキシマム・チャージ!」

 全力全開のチャージコマンドを唱えた。

『『『『『『マママキシマム・チャージ』』』』』』

 六つの機械音声が重なり、合計十八回のチャージが一気に実行される。僕の握っているフラガラッハ〈中〉二本と、ハウエルの背中に張り付いている〈大〉〈小〉四本が、全く同時にピュアパープルの燐光を刀身に宿す。

「ッ!?」

 転瞬、ハウエルの顔色が変わった。具体的なことはわからなくとも、不穏な気配を察したのだろう。

 だがもう遅い。手遅れだ。

「――ブレイク!」

 会心の叫びと共にトリガーをキック。フラガラッハ全てにチャージブレイクの実行を命令した。

 白銀の刃に供給された紫のフォトン・ブラッドが、急速に輝きを膨張させ――

 炸裂。

 無数の雷鳴が一斉に轟いたかのごとき爆音が響いた。

「――――――――――――――ッッ!!!」

 チャージブレイクの余波を受けるのと、『パワー・ムーブメント』のアシストが切れるのはほぼ同時だった。

 僕は襲い来る爆風に抗う愚を犯さず、自ら力場を蹴って後方へ飛び退いた。

 ――どうだ……!?

 何もない空中に着地しながら、視線を巡らせてハウエルの姿を探す。

 碇状の武器と鬩ぎ合っていた二本と、体に張り付いた四本による挟み撃ちチャージブレイクである。しかも、一撃でも喰らえば屈強なエクスプローラーであろうと昏倒する威力を一度に十八発分も叩き込んだのだ。例え奴の着込んだ装甲がどれだけ強固であろうと、衝撃は透るはずだ。

「――――」

 咄嗟に目をつぶって閃光を直視することは避けたが、それでも若干の影響は免れ得ない。僕は白く靄のかかった視界でもなお目を凝らして、ハウエルの姿を追い求める。

 そこへ、ドスン、という重苦しい音が耳に届いた。

 いた。

 少し離れた下方。ハウエルの巨躯と碇型の巨大武器が地面に落下していた。

 ――やった……!

 ハウエルはうつ伏せに倒れている。死んだか、気を失っただけか。それは近付いて確認してみるまではわからない。だが、今見ている限りでは動き出す気配はない。そんな状態であっても武器を手放していないのは、流石と言うべきか。

 しかし動けない状態にあるならば、無駄な確認など必要ない。あの様子では例え生きていてもすぐには動けまい。今はとにかく、あちらで戦っている一号氏を支援するのが最優先だった。

『すみません一号さん! 今すぐそっちへ向かいます!』

 手元の二本と、飛び散ってどこかへ消えてしまった四本のフラガラッハをストレージに収納し、代わりに黒玄〈リディル〉と白虎〈フロッティ〉を取り出して装備する。

「飛ばすよ、スカイソルジャー!」

『ロジャー』

 スカイソルジャーに加速コマンドを突っ込んで、バットで打たれたボールのごとく駆け出した。一歩踏み出す度に加速機能をキックして一気にトップスピードまで。

 弾丸のように走る。

 まずは一人。

 だけど、まだだ。逆に言えば、まだハウエル一人を無力化しただけだ。

 本当の勝利は、この空間の中央にいる女王――イザナミを倒すまで訪れない。

 戦いの本番はこれからだった。




「リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く