リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●15 塵芥ほどの価値もないもの







『な、なぁ、ベオウルフ様よぉ、ちょいと落ち着こうじゃねぇか。今からそんなに張り詰めていちゃあよ……ほれ、アンタ今にも擦り切れてしまいそうじゃねぇか。いったん肩の力抜いてみねぇか、なぁ?』

『大丈夫です。気にしないでください』

 一号氏の気遣いを、僕は端的に突っぱねた。

 現在、僕と一号氏は『根の国』に向けて移動中である。水を掬うような形にした一号氏の両手に僕が乗り、彼の徒歩によって大きな坂道を下っているのだ。ちなみに、通路の先を照らすカンテラは一号氏の左肘に引っ掛けられている。

 一号氏との会話はスイッチを介して行っていた。というのも〝巨人態〟の一号氏とは、体のサイズが問題となって、音声では上手くコミュニケーションがとれないのである。

 僕の声は一号氏にとって『小さいし、早いし、キーが高いし』となるし、逆に彼のは、こちらにとって『大きいし、遅いし、低音すぎるし』となってしまうのだ。

 故に、一号氏とはこうして通信でしか交流が出来ないのだった。

『いやまぁ、小竜姫様が攫われちまって怒り心頭なのはわかるぜ? どっちにせよ俺様の弟共が関わってるのも明らかだからよ、俺様も悪いたぁ思ってる。けどよ、変に逆らわなけりゃ手は出さねぇって言ってたんだろ? ならベオウルフ様よ、そんなに思い詰めるこたぁねえんじゃねぇか?』

 沈黙が苦手なのか、彼の部屋の奥にあった扉を開き、この坂道を下り始めて以降、一号氏は盛んに僕に話しかけてきていた。

 僕は一号氏の掌の上で三角座りをした状態で、我ながら大人げないことに、ムスッ、とした顔を崩せないでいた。

 いつもの僕であれば、きっとありがたく感じているのだろうけれど、今の状態では、そんな一号氏の優しさすらも煩わしく思えてしまう。

 肩の力を抜けと言われようが、思い詰めるなと言われようが、そんなの絶対に無理だ。

 大事な友達を目の前で攫われたのだ。

 しかも、ハヌを傷つけないと約束した相手は、以前に僕を騙した奴なのだ。

 信じられるわけがない。

 もし今頃、そんな約束など反故にされ、ハヌが奴らにひどい目に遭わされていたらと思うと――

「…………ッッッ!!!」

『お、おおおおおおどうしやがったベオウルフ様ァッ!? アンタめちゃくちゃ激しく体が震えてるじゃねぇか!? そんなに寒ぃのか!?』

 壊れた機械みたいにバイブレーションする僕に驚いて、一号氏が足の運びを乱す。

『いいえ。何でもありません。ほっといてください』

 ロゼさんみたいな言葉遣いで、僕は慌てる一号氏に応えた。

 いけない。想像力が変なベクトルで暴走してしまった。落ち込むのは止められないにしても、極端なことは出来るだけ考えないようにしよう。一号氏の言う通り、このままでは体が保たなくなってしまう。

『いやしっかしよぉ、妙な要求だよなぁ、〝公平な勝負〟ができりゃいいなんてよ。卑怯なのか正々堂々としてんのか、よくわからねぇぜ』

 ずしん、ずしん、と重苦しい足音を立てながら、一号氏が話題を変える。やはり彼から見ても、ハウエルの要求はおかしなものに思えるらしい。当然と言えば当然だけど。

『んで、その支援術式ってやつが使えねぇとなると、ベオウルフ様はどんぐらい困るんだ?』

 そんな素朴な疑問に、僕は暗い目をして答える。

『……僕は支援術式使いエンハンサーです。その僕が支援術式を使えないってことは、剣を奪われた剣士みたいなものです』

 ここで剣士を例に出したのは、僕だけではなく一号氏も剣の使い手だからである。

 唐突だがここで、僕とハヌが昨夜目撃した一号氏の姿について、再びの訂正をしよう。

 最初に抱いた〝鎧の巨人〟という印象は、やはり間違っていなかった。あの時、一号氏は確かに鎧を纏っていたのである。

 そう、まさに今、巨大な体に装備している堅固な甲冑を。

『……おう、なるほどだぜ。そいつぁ大変だな。俺様も剣さえあれば、神使のアンタ達に遅れは取らなかったと自負しちゃいるが……逆に言えばよ、剣がねぇと……まぁ知っての通り、いいようにやられちまったわけだしな』

 考えてみれば当たり前の話で、これから僕達はさらなる地下――『根の国』に君臨しているであろう『女王』と戦うのである。着の身着のまま突撃するはずなどなかったのだ。

 ハヌの出身地でもある『極東』の伝承をベースにしているからだろうか。一号氏の甲冑のデザインの雰囲気も、そちらに寄せられていた。いわゆる『鎧武者』の出で立ちである。

 が、しかし。そんな見た目の雰囲気とは裏腹に、何故か一号氏の得物は両刃剣。僕が以前使っていた長巻形態の黒玄や、脇差形態の白虎のような刀ではなく、ヴィリーさんが使っているような直剣(ロングソード)なのである。

 この色々と適当に設定した感じが漂うあたり、何となくあのエイジャらしいな、と思ってしまう。いや、彼と知り合って間もないし、細かい性格がわかるほど交流したわけでもないのだけど。

『――ま、安心してくれや、ベオウルフ様よっ! なんせこっちには俺様がいるんだぜ? 今日まで二番や三等の野郎に邪魔されて女王退治には失敗し続けてきたけどよ、こう見えて俺様は兄弟で一番強ぇんだ。二番と三番が協力し合って俺様を攻撃してきやがるから、いつも勝負がつかねぇまま引き分けになっちまうんだよ。けどよ、今日はアンタがいる。伝説の〝神使〟様が味方にいるんだ、俺様の勝利は間違いなしだぜ!』

 はっはっはっ、と豪快に笑う一号氏。実際に彼の喉から発されているのは『■■■■■■■■■■――!!』という轟雷がごとき大音声で、それが真上から降ってくる位置にいる僕は咄嗟に両手で耳を塞ぐしかない。そうしていてもなお、巨大な音波で全身がビリビリと痺れてしまった。

 笑いの波が収まったところで、またぞろ笑い出されては堪らないと思い、今度は僕から話題を提供する。どうせ放っておいても延々と喋られてしまうのなら、少しでも建設的な移動時間にしたい。

『……あの、改めて情報を整理したいんですけど、いいですか?』

『お? なんでぇなんでぇ? 俺様にわかることでよけりゃいくらでも話すぜ。遠慮なく聞いてくんな!』

 僕の唐突な話題転換に、一号氏は快諾してくれた。

『じゃあ、もう一回確認しておきたいんですが……弟さんの二番さんと三等さんについて、もう少し詳しく教えてください』

 攫われたハヌのことを考えすぎないためには、別の思考で頭を埋め尽くすしかない。この際、これから戦うであろう相手の情報を入力して、そちらの対策にリソースを割いた方が現実的である。僕がどれほど心配したところで、それだけでは決してハヌは戻ってこないのだから。

『あいつらのことか……あー、どこまで話したんだっけか?』

『青白い肌で二本の角を持っているのが二番さん。緑色の肌で角が一本なのが三等さん――という外見の特徴ぐらいですね。もっとこう、二人の性格とか、趣味の傾向とかを知りたいんですが……』

 戦いにおいて相手の嗜好を知ることは思考を読むことに繋がり、さらには志向さえも捉えることが出来る――と言ったのは師匠だったか、それともロゼさんだったか。

 食事中に聞いた時には二番氏と三等氏の外見情報だけが開示され、それ以降は一号氏の愚痴話へと流れて行ってしまったものだから、二人の細かい性格などがまだ何もわかっていないのである。

『あー、うん、あいつらの性格か……つっても俺様とあいつらが一緒に暮らしてたのはガキの頃だけだからなぁ……』

 一号氏は難しそうに唸る。声の雰囲気から察するに、あまり語りたくないのか、あるいは、それほどまでに語るべきことがないのか。

『大体でも大丈夫ですよ? 要は戦闘でどんな行動をしそうか、ってところが重要ですから……』

 僕がそう助け舟を出すと、一号氏は勢いよく乗ってきた。

『お、なんだよそうかよ! そういうことならいくらでもあるぜ! なんせ毎日のように戦ってるからな!』

 よく考えれば割とひどいことを、しかし一号氏は明るく話す。

 土地や資産の問題もあるのだろうけれど、兄弟同士で相争うのはとても悲しいことだと思う。特に僕は、そういった存在がいないだけに余計にそう感じてしまう。勿論フリムとは小さい頃から一緒に育ったし、従姉妹というよりは殆ど兄妹みたいなものだけれど。でも『兄妹』と『兄妹みたいなもの』との間には深い河が流れているし、『みたいなもの』という言葉は【限りなく同一に近いけれど、しかしだからこそ決定的に違う】という意味を持つのだ。

 兄弟同士で争っているということを、一号氏はどう受け止めているのだろうか――?

『二番の奴はよ、ありゃあ口から生まれた生粋の〝嘘吐き〟野郎さ。あの野郎が嘘を吐く時は口を開いている時で、嘘を吐いてないのは口を閉じてる時だけだ、ってぐらいにな』

 げんなりした様子で、おそらくだけど次男である二番氏について彼は語る。

『ああ、そうそう、それに二番の奴はその口が厄介だな。俺様の月夜見(つくよみ)と似たようなもんで、小竜姫様みてぇな力を使いやがる』

『? ハヌみたいな力……?』

 どれのことだろう、と思って問い返すと、

『ほれ、なんかこう、めちゃくちゃ強い言葉で頭ん中をぶん殴ってくるやつ? 二番の奴もああいうのやってきやがんだよなぁ』

 なるほど、言霊だ。ハヌは何度も言霊を使って一号氏を威圧して、その口を塞いでいた。それと似たようなことが出来るということは――やはり〝異能〟の一種だろうか。

『二番の得物は槍なんだがよ、それ以上に厄介なのがあの〝口〟なんだよな。音だからよ、どうにもこうにも避けきれねぇ。一応俺様も耳栓とか、こっちも大声上げるとか、色々と試してみたんだけどよ……ちょっとだけ威力を殺すことは出来ても、完全に避けることはまだできてねぇんだ。ったく、性格も戦い方もうぜぇオカマ野郎だぜ』

 嘘吐きで、槍使いで、性格がうざい。

 ――どうしよう、ちょっとどころじゃなくロムニックに似ているのでは……? いやまぁ、奴はオカマではなかったけれど。

 しかし、またああいうタイプを相手にしなければならないのかと思うと、一号氏ではないけれど、僕もちょっとげんなりしてしまう。敵としての厄介さもさることながら、ああいうタイプは、人として相手にするのが精神的に【しんどい】のである。

『でもまぁ、あの野郎の〝口〟はそれこそ口先だけだぜ。一瞬クラッとくるがよ、すぐに回復するし、そこまでヤベェもんでもねぇ。あー、でもな』

 大丈夫と言った矢先に前言を翻し、一号氏は不機嫌な犬のごとく唸る。

『二番と三等が組むとかなりウザくなりやがる。三等の野郎は耳が特殊だからな。二番の〝声〟の影響を完全に無視して突っ込んできやがるんだよ』

 はぁ、と苦虫を噛み潰すように溜息を吐く。

 どうやら三等氏の〝異能〟は耳にあるようだ。

 ということは三人兄弟それぞれが、別々の部位に〝異能〟を宿しているということになる。

 一号氏は〝目〟、二番氏は〝口〟、三等氏は〝耳〟。

 まるで『見ざる、聞かざる、言わざる』の教訓をそれぞれ逆にしたようだ。ハヌが一号氏を〝鬼猿〟と称していたのも、あながち間違っていなかったのかもしれない。

『……そういえば、ちょっと疑問なんですけど、どうして名前と角の本数が逆なんですか?』

『あ? 角?』

 ふとした拍子に思い浮かんできた疑問を、僕は率直に投げた。

『えっと、一号さんが三本角、二番さんが二本角、三等さんが一本角って……なんだかややこしいかな、って』

『ああ、それな。俺様も昔、おかしいと思ったもんだぜ。まったく、あのクソッタレ親父の適当さ加減には叶わねぇよ』

 言葉とは裏腹に、くくくっ、と一号氏は笑う。

『ま、そのまんま単純な話だぜ。最初に生まれたから一号、二番目に生まれたから二番、三人目だから三等。肌の色や角の本数なんざ母親によってよく変わるもんだからな。番号と角の本数が逆になってんのは偶々(たまたま)だよ、たまたま』

 ということは、察するに一号氏、二番氏、三等氏はそれぞれ異母兄弟だということだろうか。なるほど、それなら確かに、肌の色や角の本数が違うのも納得である。

 ――というか一号さん達のお父さん、奥さんが三人もいるのか……

 平然と話しているあたり、彼らの一族において一夫多妻制は当たり前なのかもしれない。というか、よく考えてみれば一号氏のような『鬼人』の女性もまた存在するということに気付き、ちょっと驚いてしまう。まさか女の人もこうして〝巨人態〟になれたりするのだろうか? もしそうなら、夫婦喧嘩なんか起こった時にはとんでもないことになりそうだ、と思わず想像してしまう。

『まぁでもよ、角が多ければ多いほど強い、って話は聞いたことがあるしな。実際、俺様の親父は角が多いからよ。ありゃ生まれつきの王様だぜ。ま、次の王はもちろんこの俺様だがよ!』

 なっはっはっはっ、と自信満々に胸を張って笑う一号氏。だからそうやって肉声で笑うのは勘弁して欲しい。〝巨人態〟の声はかなりうるさいし、僕を載せている両手も上下に大きく揺れてしまうので。

『すみません、話を戻しますね。それで、三等さんについてなんですが……耳が特別なこと以外には何か?』

『ん? ああ、あいつな。あの野郎はアレだ、なんつうか、一言で言うと――【他人(ひと)の話を聞かねぇ奴】だ』

『……えっ?』

 耳に〝異能〟を持ってるのに? という僕の『えっ?』に対して、一号氏は大きな兜をかぶった頭でウンウンと頷き、

『わかるぜ、ベオウルフ様。俺様もそう思う。クソ思う。おめぇそんな耳にしておきながら他人(ひと)の話を聞かねぇたぁどういう了見だ、ってよ』

 僕の気持ちはしっかり伝わっていたらしく、無理もねぇ、無理もねぇ、と一号氏は同意してくれた。

『母親からの遺伝ってやつかねぇ? ともかく三等の野郎は周りの意見に耳を貸しやしねぇ。チビの時からそうだ。いつもの女王退治も、あの野郎にとっちゃただの〝お遊び〟なんだとよ。この島の所有権なんざビタイチ興味がねぇみてぇでな。毎日俺様達と戦って暮らせりゃ、それで満足らしいぜ』

 これまた濃ゆい弟さんである。三男ゆえの自由気質ってやつだろうか。天真爛漫というか天衣無縫というか、かなりハチャメチャなイメージを僕は抱く。

『そういう野郎だからよ、いわゆる〝トリガーハッピー〟て奴だ。見境なく撃ちまくってくるから、そこんとこは気を付けてくれよ、ベオウルフ様』

『トリガーハッピーってことは……得物は銃なんですか?』

 意外である。いや、確かに一号氏の住処に至るまでの道程で、無数にあった罠(トラップ)の中には火薬式の砲塔などもあったので、技術的には別段驚くことではない。

 だけど、せっかく〝巨人態〟として強大な膂力があるというのに、銃火器を使用するというのは、せっかくの特性を殺してしまっている気がするのだ。

 僕の質問に、一号氏は難しげに首を傾げる。

『あー、あいつのは得物は銃っつーか……三等本人が銃っつーか……ま、アレだ。【撃てるもんは何でも撃つ】、って感じだな』

『撃てるものは、何でも撃つ……?』

 思わずオウム返しにしてしまうぐらい、それは不思議な言い方だった。

『ああ、なんて言やいいんだろうなぁ……説明が難しいぜ。ま、見りゃわかるさ、見りゃあよ』

 まったく要領を得ないまま、一号氏は説明するのを諦めてしまった。

 撃てるものは何でも撃つ――それはつまり、いくつもの銃器をローテーションさせて延々と遠距離攻撃を仕掛けてくる、という意味だろうか?

 トリガーハッピーと言うぐらいだ。よほどの連射をしてくるのだろうし、ということはかなりの数の弾丸を使用するはずだ。そう考えると、マシンガンとかガトリング砲とか、そういったものを得物にしているのかもしれない。

 巨人としての腕力を振るわないという意味ではちょっと拍子抜けだけど、扱う銃器のサイズが身長十五メルトルに準拠したものだとしたら、かなり洒落になってない。銃弾の雨どころか、砲弾による絨毯爆撃が襲いかかってくる可能性がある。

 ――二番さんの〝口〟、おそらくは音波による妨害。そして、その隙を突いた三等さんからの遠隔攻撃……なるほど、一号さんが苦戦するわけだ……

 先程も言った通り、一号氏の装備は武者鎧に剣が一振りだけ。それ以外に武装はない。

 おそらくだけど、一号氏の戦闘スタイルはその自慢の目――魔眼『月夜見』に頼ったものだ。その目に映るもの全てを見切り、躱し、間合いを詰めて渾身の一撃を叩き込む。自身がトリガーハッピーと呼ぶ三等氏の弾幕すら突破する自信があるのだろう。だから、鎧と剣だけを頼みとして、戦いに身を投じているのだ。

 そして、その戦い方に誇りを持っているのだろう。一号氏のこれまでの口振りから、それとなく自信めいたものを感じる。

 だけど、悲しいかな、彼は自家中毒に陥っていると言う他ない。

 いくら何でも無理が過ぎる。

 彼は先程、こんなことを言っていた。

『今日まで二番や三等の野郎に邪魔されて女王退治に失敗し続けてきたけどよ、こう見えて俺様は兄弟で一番強ぇんだ。二番と三番が協力し合って俺様を攻撃してきやがるから、いつも勝負がつかねぇまま引き分けになっちまうんだよ』

 そう、つまり一号氏は〝同じような戦闘を毎度のように繰り返している〟のである。

 これは流石に怠慢だと言わざるを得ない。

 一号氏の戦闘スタイルを根底から否定するつもりはないけれど、毎日同じことを繰り返しながら、いつもと違う結果を望むのは狂気の沙汰だと、この僕でも知っている。

 同じ戦術が何度も通用するほど、戦いというものは甘くない。特に、相手が考える能を持つ存在であればなおさらだ。何度も同じ手が使えるのはSB(セキュリティ・ボット)のような、人工的かつ画一的な相手ぐらいである。

 一号氏はもっと工夫を凝らして戦わねばならなかったのだ。だから、毎日のように引き分けに持ち込まれていた。まぁ、毎回同じことを繰り返しながらも敗退していないのは、それはそれですごいことなのだけど。

 この戦い、僕は〝神使〟として一号氏を勝利に導かなければならない。もっと正確に言えば、必ず彼に『根の国の女王』を打倒させねばならないのだ。

 そう考えると、先程ヤザエモンが突き付けてきた要求は少々ピントが外れていると言う他ない。

 今回、重要なのは僕達の間における勝敗ではない。

 一号氏、二番氏、三等氏の中で、誰が『女王』を倒すかが肝心なのだ。

 目指すべきは僕の勝利ではなく、【一号氏の勝利】である。そこを履き違えてしまっては――

「……あっ?」

 刹那、電撃的な閃きが脳裏を過ぎり、僕は思わず俯かせていた顔を上げて、間抜けな声を出してしまった。

 ――いや、違う、そうじゃない。そうじゃないぞ。まさかヤザエモンを介したハウエルの要求は、もしかして、僕自身の戦闘力を抑えるためじゃなくて……

「……そうか、そうだったのか……!」

 今更ながら、パズルのピースがカチリとはまった。

 そうだ。支援術式は本来、パーティーやクラスタの仲間を支援(サポート)するもの。術者本人にかけるものでは、原則ない。

 例えばの話、僕が一号氏に〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉といった身体強化(フィジカルエンハンス)系の支援術式を使えば、一体何が起こるのか?

 簡単な話だ。二番氏の〝異能〟と三等氏の弾幕によって何とか抑え込めていた、三兄弟中最強の一号氏が、文字通り手の付けられない怪物と化す。

 全ての攻撃や妨害を魔眼『月夜見』で見通し、ただでさえ強靭な身体能力を以て、たった一人で弟二人と拮抗していた一号氏が、その能力をさらにブーストされるのだ。

 もはや二番氏と三等氏に、彼を止めることは不可能だろう。間違いなく彼ら二人を圧倒し、一号氏は瞬く間に勝利を収める。その一振りの剣で『女王』の命を絶つことで。

 それをこそ、ハウエル達は忌避したのだ。

「――――」

 やっと理解できた。

 奴の言う『公平な勝負をしよう』とは、つまりそういうことだったのだ。

 してやられた、としか言いようがない。ただ単純に僕の〝アブソリュート・スクエア〟を封じただけではなく、『女王退治』というゲームにおいても、最も有効な戦術を禁止されてしまったのだ。

 なるほど、道理である。それならば確かに、ハヌを人質にしてでも要求したくなる条件だろう。そうでもしなければ、僕が味方についた一号氏が勝利者になるのは、ほぼ確定なのだから。

『お? どうしたよ、ベオウルフ様? 何かあったのか?』

 僕の様子がおかしいことに気付いた一号氏が、スイッチを介して声をかけてくる。

 この瞬間、僕はいくつもの決断を一気に下した。

 やるしかない。

 先程も言ったが、これは〝勝てる勝てない〟の問題ではないのだ。

 勝つ。

 その上でハヌを取り戻す。

 そういう話なのだ。

 例え、何を犠牲にしてでも。

『――一号さん、大事な話があります。よく聞いてください』

 両手の上から、一号氏の顔を見上げた僕に対し、

『お、おお? べ、別に構いやしねぇがよ、でもほれ、そろそろご到着だぜ?』

 彼は戸惑いつつも、くい、と巨大な顎を動かして歩む道の先を示す。

 つられて前方へ視線を投げると、僕はそこに光を見た。

 赤い光。ぼんやりとした、熱感のある輝きである。それが、薄暗い通路の先に見える。

 溶岩(マグマ)――真っ先にその単語が頭を過ぎった。

 この地下空間に足を踏み入れた際、少し不思議に思っていたのだ。どうしてこんなに涼しいのか、と。火山と思しき山があり、日中は太陽からの熱光線があんなにも強力なのに、何故――と。

 何かあるのかもしれない、とは思っていた。

 そして、得てしてそういう予感は当たるものだ。

 今回もそうだった。

『見な、ベオウルフ様よ。あれがネノクニ――『女王の間』だ。あそこにあのクソ女王がいやがるんだぜ……!』

 一号氏の念からも緊張が滲む。それと同時に湧き上がっているのは、昂揚感だろうか? 若干だけど、周囲の気温が上がった気がする。僕を乗せている一号氏の両手と、背後にある胸板から熱波のようなものが放たれているみたいに。

 いや、それだけではない。

 これから向かう先からも、緩やかに熱い空気が流れてきている。まるで、地下中の熱を全てそちらに集めているかのごとく。静かに、けれど激しく燃える溶鉱炉に近付いていくような、そんな感覚があった。

『――あの、一号さん……? もしかして、あっちってものすごく……?』

『ああ、熱いぜぇ……! メチャクチャなァ! あ、つうか言い忘れちまってたな! すまねぇ! でもそこんとこは我慢してくれよな、ベオウルフ様よ!』

 なんと今更な。そうならそうと言ってくれてさえいれば、何ができるわけでもないけど、心の準備ぐらいはしておいたのに。いや、最悪の場合、支援術式〈テンパチャーコンスタント〉という気温調整の術式や、フリムがリメイクしてくれた戦闘ジャケット〝アキレウス〟のモード〈ステュクス〉には体温調整機能があるのだけど。

『さぁて頃合いだぜ、そろそろ二番と三等の奴らもあそこに集まってるはずだ。行こうぜ、ベオウルフ様!』

 込み上げる戦意を堪え切れないのか、一号氏の足が早まる。

 なので、僕は慌てて待ったをかけた。

『――待ってください! まだ話は終わってません! 一号さん!』

『大丈夫だって大丈夫だって! そんなのは後で――』

 適当に流されそうになった瞬間、僕の中で何かの糸がブツンと切れた。



『聞いてください、って言っているんですよ』



 ビリッ、と空気が帯電した剃刀みたいに鋭く尖った。

 怒鳴りつけたわけでもないのだけど、我ながら容赦のない念だったと思う。

 苛立ちとか焦燥とか、そういったものが全部、そこに集約されているかのようだった。

『――――』

 無言のまま、ピタ、と一号氏が一切の動きを止めた。まるでハヌの言霊でも受けた時のように。

 そのまま、気まずい沈黙が下りる。

「…………」

 言い訳させてもらうなら、僕もいっぱいいっぱいだったのだ。目の前でハヌが攫われて、今回も敵から支援術式を封じるよう工作されて、ストレスが異常なほど溜まっていたのだ。我ながら、激しく爆発しなかったことが不思議なぐらいに。

 とはいえ、さっきの言い方は下手に怒るより、余計に威圧感が出てしまったかもしれない。

『――すみません、言い方が悪かったです。ごめんなさい……』

『あ、ああ……いやぁ、そんな風に謝らねぇでくれ、ベオウルフ様よ。今のは話を無視しようとした俺様が悪ぃ。おう、そうだ、俺様が悪かった。マジすまねぇ』

 僕が先に謝ると、一号氏も頭を下げてくれた。巨体が動いて、ぶわ、と空気が大きく揺れる。

『いえ、僕こそ。ちょっと、気が張り詰めちゃって……』

 こんな時、ハヌが傍にいてくれたら「落ち着け、ラト」なんて言ってくれて、場合によっては僕の顔を両手で挟んでくれて、それで僕は平静さを取り戻せるのに。

 駄目だ、あの子がいないだけで僕はガタガタだ。

 こんなことじゃいけないのに。

「――ッ!」

 気合い一発。パァン! と両手で自分の頬を勢いよく叩いた。頭の中のモヤモヤが吹っ飛ぶほどの衝撃に、一瞬だけ目の前に火花が散る。

『お、おい、ベオウルフ様……!?』

 いきなり自傷行為に走った僕に、瞠目した一号氏がオロオロと両手を動かす。

 震える足場の上で、僕は深呼吸を一回、二回、三回――

『――大丈夫です。今ので目が覚めました。気を取り直していきます』

 まなじりを決し、僕は意識を切り替える。

 迷うな。惑うな。狼狽えるな。

 この先でハヌが僕を待っている。

 今はあの子を取り戻すことだけを考えろ。

『一号さん、僕に作戦があります。聞いてください』

 恐れも躊躇いもかなぐり捨てろ。

 邪魔になるものなんて何もいらない。

 だから、僕はこう宣言する。



『――奇襲を仕掛けます』



 誇りも礼節も、ハヌに比べたら塵芥ほどの価値もないのだから。






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