リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●13 根の国の女王







「 騰蛇とうだ 因達羅いんだら へびの式 」



 強力な言霊の籠もった声が響くと、宙に浮かんだ十二個の護符水晶が、その内部に淡いスミレ色の輝きを灯した。

 護符水晶の一つ一つから光の線が延びて、互いを連結する。やがて出来上がるのは、一匹の蛇のような、あるいは龍のような光の紐だ。一定間隔で護符水晶が一列に並び、列車のような形を取っている。

 ハヌの持つ正天霊符こと〝正対化霊天真坤元霊符せいたいかれいてんしんこんげんれいふ〟は、十二支という獣の特性を秘めている。

 以前に〝ミドガルド〟で使用したのは『とりの式』。その名の通り術力でおおとりを編み、背中に乗って大空を飛翔した。

 だが今回は『巳の式』。つまり光の紐は、大蛇を表しているのだ。

「ほれ、行ってこい」

 ハヌが正天霊符の扇子型リモコンを一振りすると、光の大蛇が宙を滑るように動いた。まるでウミヘビのごとく、ぬるりと滑らかに大気中を泳いで、下へ。

 今なお大声で荒ぶっている赤鬼のところへ、その身を伸ばしながら飛んでいった。



「おおいゴルァアアアアアアアアアアアッッ!! いつまで俺様を見下してやが――のぁああああああああああ何じゃこりゃぁあああああああああああッッッ!?!?!?」



 数秒もすると、灰の山の頂点で喚いていた柄の悪い声が大きな悲鳴へと変化した。

「……余計にうるさくなったの。やはり口を塞ぐとするか」

 ふぅ、と呆れの溜息を吐くと、ハヌは再び扇子型リモコンを一振り。その途端、下方から響いていた怒声は「もがっ――!?」という呻きを最後にピタリと止んだ。

 何が起こっているのかというと、僕にもさっぱりよくわからない。

 ただ、ミニサイズというか人間大になった赤鬼の怒鳴り声が大きすぎて、ハヌとの相談もまともに出来ないので、ひとまず黙ってもらうことにしたのである。

 そんなわけで、手っ取り早くハヌの正天霊符の『巳の式』で赤鬼を拘束してもらったのだけど、見ての通りさらに悪化したので、体だけではなく口までもを塞ぐこととなった。

 巨大なテーブルの上から見下ろすと、スミレ色に輝く大蛇に巻き付かれ、上半身と顔の下半分が完全に封印されている赤鬼が確認できる。だが、がっちり拘束されているにも関わらず、まだ暴れようとしているのが、プルプルと震えるその姿から容易に推察できた。

「――さて、ラトよ。おぬしはどう思う?」

 開いた扇子型リモコンで口元を隠し、ハヌは綺麗なヘテロクロミアを上目遣いにして僕に聞く。

 僕は静かになった赤鬼の様子を見下ろしながら、なんとなく思いついたことを呟いてみる。

「どう、って言われても……何というか……〝中の人〟、ってことなのかな……?」

 鬼の巨人がハヌの術式によって〝浄化〟され、鎧のようだった体躯は灰となって崩れ落ちた。その中から、あの赤鬼は現れたのだ。普通に考えて〝本体〟というか、〝操縦者〟というか、そういった存在なのではないか、と僕は考える。

「ふむ。あの魔性の中に潜んでおったのか。それとも、生存に必要な部分を掻き集め、あの形に圧縮したのか……なんにせよ、口振りから察するに、あれが鬼めの〝核〟であろうことは間違いないの」

 蒼と金の視線を眼下に降ろし、もがき苦しんでいる鬼を眺めやるハヌ。

「先も言うたが、妾の術は魔を祓う。ということは、じゃ。奴めこそが『正の想念』であり、あのでかい図体は『負の想念』の塊だった――となるのであろうな。しかし、成仏することもなく、ああまで見事に〝核〟が残るというのは妾も初めて見る。これは珍しいことじゃぞ、ラト」

 どうやらハヌはあの赤鬼に興味を抱いたらしい。どこか楽しそうな口調に、僕はちょっとだけ嫌な予感を得る。またぞろ変なことを言い出さなければいいのだけど――

「それに、あやつが生き残ったのは思わぬ幸運じゃ。言葉が通じるということは、何ぞ知っておるのかもしれぬ。口を割らしてみるのも一興であろう」

 くふ、と笑うハヌの口元は扇子型リモコンで隠されているけれど、僕にはわかる。これは、悪い方の『くふ』だ、と。

「よし、あやつのところへ降りるぞ、ラト。妾を連れていってたもれ」

「あ、うん、それはいいんだけど……あの、ハヌ?」

「ほ? どうしたのじゃ、浮かぬ顔をして」

 振り返ったハヌが、キョトン、と首を傾げる。そんな彼女に、僕は微妙な笑みを浮かべながら、おそらく無駄になるだろう問いを出した。

「……何か、妙なこと考えてたりしてない……よね?」

「それは秘密じゃ」

 案の定ハヌは、ある意味では肯定にしかならない返答をしてくれた。くふふ、と眼を細めて楽しげに笑う顔は、会心のいたずらを思いついた悪童のそれにしか見えない。

「……お願いだから、危ないことだけはしないでね……」

「うむ、心得ておる。安心せよ、ラト」

 もはや無理に聞き出す気にもなれず、最低限のお願いだけすると、ハヌは上機嫌に頷いてくれた。

 僕は再びハヌを抱き上げ、〈シリーウォーク〉を発動。空中の階段をゆっくりと降りて、灰の山の頂上へと向かう。

「……! ――~ッ……!」

 近付いていくと、スミレ色の光る蛇に絡みつかれている赤鬼はなおも激しい抵抗を見せていた。と言っても巳の式の拘束は完全に極まっていて、赤鬼はほとんど身動きできない状態だ。だと言うのに、護符水晶で編まれた大蛇がギチギチと軋むほど、赤鬼は力を振り絞っていた。

 だが残念なことに、巳の式の拘束が千切れることはまずない。水晶同士を連結しているのはハヌの術力だ。つまり物質ではなく、エネルギーないし力場によって繋がっているのである。自由に伸び縮みも出来るので、純粋な力勝負で圧倒するか、術力を打ち消さない限り、拘束を解くことは不可能なのだ。

「そこな鬼よ。よく聞け」

 厳かな声音が、ハヌの喉から放たれた。これには僕もちょっと驚く。現人神として君臨していた頃の杵柄だろうか。実に威風堂々とした振る舞いだった。

 僕にお姫様抱っこされているハヌは、扇子型リモコンを優雅な所作で閉じると、すっ、と先端を赤鬼に向ける。

「おぬしを拘束しておるその蛇は、妾がその気になれば煉獄の炎を纏うことが出来る。この意味、わかるな?」

 今の僕は空中に立ちつつ、不測の事態にも対応できるよう、赤鬼から微妙な距離を取っている。そのため立ち位置としては僕らが上、赤鬼が下となっており、はたから見れば、国を裏切った臣下が女王の前にひざまずかされている、といった図に見えなくもない。

 なにせハヌの態度が変な意味で完璧だ。僕に抱きかかえられた状態から偉そうに赤鬼を見下ろし、否、【見下し】、女王然として声をかけているのだ。誰がどう見ても、僕はハヌの忠実な下僕かつ、女王の身を護衛する守護騎士にしか映るまい。

 ――本当は僕達、普通の友達同士なんだけどね……

「よいか、おぬしの生殺与奪の権は妾の手にある。先程は『自分はまだ負けていない』などとほざいておったようじゃが、よもや現状が理解できないほど愚かでもなかろう? それとも、強がったまま意地を通し、生きたまま焼け死ぬか? ん?」

 楽しげに赤鬼に語りかけるハヌ。その声からはものすごく意地悪なオーラが漂っている。こういう時のハヌって本当に楽しそうだなぁ、といつも思う僕なのであった。

 とはいえ、焼き殺すと脅迫するのはちょっとどうかと思うので、

「ハ、ハヌ、流石に生きたまま、っていうのはちょっと……」

「ラト、おぬしは黙っておれ」

『おぬしが口を開くと話がこじれる。交渉事とは妾に任せよ。適材適所と言うであろう?』

 口を開いた途端、ぴしゃりと叱られた。しかもスイッチを介した念話で補足までされて。

 ハヌは再び赤鬼へと視線を戻し、

「さぁ、妾の言うておることがわかるのならば、おとなしくせよ。さすれば、口のそれは外してやらぬでもないぞ」

 からかうようにハヌが告げると、ピタリ、と赤鬼が動きを止めた。

 だけど、それがハヌの言葉に従ったわけでないことは、彼――おそらく男性だろう、と暫定的に判断する――の両眼を見ればわかる。

「…………」

 思いっきりこっちを睨んでいた。青白い鬼火がさっきよりも、ボボボボ、とすごい勢いで燃えている。太い眉の間には地割れのような皺が寄っているし、明らかに殺意しか感じられない。

「……ふむ。気に食わぬ目をしておるな。ラト、剣を出せ」

「――えっ!?」

『演技でよい。今は妾の指示に従うのじゃ』

 念話でそう言われて、僕はそれ以上聞き返す愚を避けた。言われたとおり、右手に黒帝鋼玄〈リディル〉を取り出し、術力を籠めて光刃フォトン・ブレードを出力する。

「……!?」

 赤鬼が目の色を変えた――というのは修辞表現のつもりだったのだけど、本当に両眼の火の勢いが減じて、彼の動揺が実際に見て取れた。

 深紫の光刃はつい先刻、彼の分厚い筋肉をも切り裂いた強力な凶器だ。なるほど、自分を害するものを目の前にしては、とても平静ではいられないだろう。

 くふ、とハヌが冷酷に笑う。

「生きたまま焼かれるのが嫌というのであれば、この剣で首を刎ねてやるのも一興じゃ。こやつの切れ味は先程味わったばかりであろう? おぬしの首など【ころり】じゃ。飛び散る血の噴水も見物じゃろうて。のう?」

 ――どうしよう、このハヌの台詞って本当に演技なのかな? まさか本気で言ってないよね? なんだか、演技にしてはかなりガチっぽいのだけど……!?

 そんな内心の動揺が顔に出ないよう努めて、僕はあくまで恫喝の道具になりきる。表情は出来るだけ無にして。目線も冷たくして。女王様の命令あれば即座の貴様の首を落とすぞ、みたいな雰囲気が漂うように。

「……ふむ。大分と気勢が削がれてきたの。よかろう、口を動かすことを許す」

 赤鬼の心を見透かすようなことを言って、ハヌは扇子型リモコンをさっと一振り。光の大蛇が拘束をやや緩め、赤鬼の口元を解放した。

「…………」

 が、無言。赤鬼は今度は拗ねたように顔をあらぬ方向へ向け、沈黙を続ける。こう言ってはなんだけど、この期に及んではささやかすぎる抵抗だ。

 くふ、とハヌがまた笑う。どこか加虐的な空気を発して。

「よいか、鬼よ。妾達は情報を求めておる。おぬしが今生かされているのは、それだけが理由じゃ。妾の役に立つというのなら、命だけは助けてやろう。じゃが……」

 そこで一拍置くと、ハヌの口から言霊の籠もった声が放たれた。



「 逆らうなら殺す 」



「「――~ッ……!?」」

 ビリッ、と全身が痺れたようだった。僕も赤鬼も揃って息を呑み、衝撃に身を震わせる。

 先日、〝恐怖の大王メガセリオン〟という異名をつけられる原因にもなった、あの時と同じだ。

 言霊の籠められた言葉は、よくも悪くもその影響力を強くする。言葉の意味が、聞く者の精神にダイレクトに浸透するのだ。だから、殺意のある言葉にはより猛烈な殺意が、恐怖を呼ぶ単語にはより大きな恐怖が付随し、相手の頭に直接作用する。

 ハヌが言霊を籠めて『殺す』と言い放つのは、実際にその行為を実施するのとほぼ同義なのだ。

 つまり――今の瞬間、赤鬼は確かに『殺された』のである。

「よいな? しかと心得よ」

 気付けば、僕の腕の中にいる少女のぬくもりが綺麗さっぱり消え去り、まるで冷たい氷を抱いているかのような感覚があった。そんなはずはないと言うのに。体温が高めのハヌと密着していて、冷たいだなんて思うわけがないのに。

 先程、僕はハヌのことを女王に例えたが、それは誤りだったかもしれない。

 この女の子は女王どころか――あるいは〝魔王〟になる可能性すら秘めているのではなかろうか。

「まずは名を聞こう。名乗れ」

 もはや命令するというより、遥かな高みからの下知だった。それこそ大いなる神様が、矮小なる人間にそうするかのごとく。

「――チッ……!」

 しばしの沈黙の挙句、赤鬼は音高く舌打ちを鳴らした。業腹だが命には代えられない、とアピールするかのように。

「一号」

 ぺっ、と吐き捨てるように言った。

 しばしの間。

 流石に説明が足りないと思ったのか、赤鬼が再び口を開く。

「……一号、そいつが俺様の名前だ。おら、名乗ったぞコラ」

 ガラの悪い性格だというのは喋り方から何となく予想していたけど、やはりである。以前にもこうしてルナティック・バベルの異空間に囚われた際にいた、ニエベスという人間を思い出す。彼とその仲間の三人が、ちょうどこんな感じのタイプだった。

『一号って……名前じゃないよね……?』

『うむ。じゃが、どことも知れぬ謎の島じゃ。そういった風習なのやもしれぬぞ』

 一号などという、名前と言い張るには記号的すぎる名称について、念話で話し合う。

「――つーかよ、おめぇらこそ何なんだ? いきなり俺様のシマまでやって来やがって、一体こっちに何の恨みがあっ」

「 聞いてもいないことをさえずるな 」

「――ッ!?」

 赤鬼、もとい一号氏がブチブチと愚痴り始めたのを、ハヌが言霊を籠めた言葉で一方的に遮断した。途端、赤鬼は舌を強く噛んだような反応を見せて、唇を止める。

 ふ、とハヌが笑って、蔑むような視線を赤鬼に突き刺した。

「おぬしは聞かれたことにだけ答えればよい。それで一号よ、おぬしの年齢は?」

 母親に怒られた子供のような表情を浮かべていた赤鬼が、ハヌの次なる質問に首を傾げる。

「ああ、歳だぁ?」

 と、素で反応してから、しまった、と肩を竦め、気まずそうに声音を改める。

「ええとよ……もう細かくは憶えてねぇが……多分、四十か五十ぐらいだと思うぜ?」

 意外と普通の数字が出て来て、逆に驚いた。

 この一号氏、口調や態度こそニエベスのような若者然としているが、その見た目は年相応に老けている。何と言うか、簡潔な一言で表すなら『頑固親父』といった四文字が実にしっくりくるのだ。肌が朱色で頭から三本の角が生えているのもあって、『地震・雷・火事・親父』の最後の一例としてイラスト化されても不思議ではないほどに。

 とはいえ、である。繰り返しになるが、頭から漆黒の角が三本も生えているのである。

 果たして彼は『人間』と呼べる存在なのだろうか。

 僕が見る限り、どうも〝変貌者ディスガイザー〟とも違う気がする。〝変貌者〟は〝SEAL〟を活性化させて文字通り『変貌』するのだけど、一号氏の角はそうではなく、ごく普通に『生来のもの』にしか見えないのだ。

 そんな人外めいた容姿なものだから、何となく百年や二百年も生きている妖怪なのかも、と勝手な想像をしていたのだけど――結果としては大いに的外れであった。

 ハヌの質問は淡々と続く。

「一号よ、ここに住んでおるのはおぬし一人だけか?」

「……ああ、俺様一人だぜ。見ての通りだ。他には誰もいねぇよ」

 けっ、とこの期に及んでまだぶっきらぼうな態度を続ける一号氏。まぁ、彼の境遇を考えれば無理もない。一号氏にとって僕達は無作法な闖入者。しかも、こんな風に上から物を言われて不満を抱かないわけがない。

「この島に、おぬしのような鬼は他にもおるのか?」

「……なんだ、おめぇら二番か三等の野郎の差し金じゃなかったのかよ? 見え透いた演技はよしな。他にどんな理由があって俺様のシマまで襲撃に来たってんだ? ああ?」

「二番か三等? それは何の話じゃ」

「……おいおいだからよ、白々しい茶番は、」

「 答えよ 」

「ッ!? ――~ッ……! チィッ! 二番も三等も俺様の弟だよ! この島にいるのは兄弟三人だけだっつーの! それがどうしたってんだゴルァ!」

「……ラト、どうやらこの一号とやらは耳が悪いらしいの。一つぐらい切り落としが方が、【音の通り】がよくなるとは思わぬか?」

 一号氏を威嚇して無理矢理質問に答えさせていたハヌは、彼の畏敬の欠片もない態度に苛ついたのか、ヘテロクロミアを眇めてとんでもないことを口にした。

『――うぇっ!? ちょっ、ハヌっ!?』

「なっ――テ、テメェ!? 俺様はちゃんと質問に答えただろうがぁっ!」

 念話で慌てる僕に、両眼の鬼火を点滅させて狼狽える一号氏。

 ふぅ、とハヌが酷薄な吐息を一つ。

「言うたであろう。おぬしは聞かれたことにだけ答えよ、と。余計な口を叩くでない。それと、おぬしの生殺与奪の権を誰が握っているのか……それをゆめ忘れるな」

「ウギィッ!?」

 一号氏が奇妙な悲鳴を上げるのと、ハヌの『巳の式』がギチリと軋むのはほぼ同時だった。護符水晶への術力の供給を増やし、拘束をさらに強めたのだ。

「つまり、この島にはおぬしと、おぬしの弟二人がおるというわけじゃな。そやつらは今どこにおる?」

「――し、知らねぇよ! お、俺様と同じで、どっかの穴蔵にでも籠もってらぁっ! ってかおいっ! いい加減これ緩めろよ話しにくいじゃねぇかコラァ!」

「口の減らぬ奴じゃのう……」

 まるで懲りない一号氏に、流石のハヌも少々辟易してきたようだ。はぁ、と呆れの息を吐き、

「まぁよい。口の利き方を知らぬ猿と思えば、腹も立たぬか。おい猿、おぬしと同じデカブツは本当に三人だけなのじゃな?」

「誰が猿だコラァ! 俺様の名前は一号だつってんだろが!」

「……ラト、そろそろこやつを燃やそうと思うのじゃが、おぬしはどう思う?」

 僅かばかりの自制心が残っているのだろう。ハヌが、にっこり、と微笑みつつ、頬肉をヒクヒクと痙攣させながら僕に話を振ってきた。

 どうやら、ここは僕がバトンタッチした方がよさそうである。

 んん、とわざとらしく咳払いをしてから、

「……一号さん、どうしてあなた達は地下に住んでいるんですか?」

 と努めて低くした声で質問した。

 すると、一号氏は初めて僕の存在を認識したようで、マジマジとこちらのことを見つめてきて、

「……へっ、そりゃ簡単なことよ。昼間はやたらとあっちぃからな。俺様達が外に出るのはお日さまが姿を消してからよ。ご先祖様もそうした方がいいって言ってるからな」

 ちゃんと『一号さん』と敬称をつけたのが功を奏したのか、一号氏はちょっと嬉しそうに笑うと、さっきまでの態度が嘘のように気持ちよく喋ってくれた。

 ――何だろう、これ。まるで童話みたいになってるなぁ……

 図らずもハヌが北風役となり、僕が太陽役になってしまったようである。

「それによ、地下に潜ってた方が『女王』にすぐ会いに行けっからな。色々と都合がいいんだよ。ま、ここにいるだけじゃあ腹が減っちまうから、夜には外に出て狩りをしなきゃあならねぇけどよ」

 よっぽどハヌとの会話で鬱憤が溜まっていたらしい。今度は得意げに、聞いてもないことを詳しく語り出した。

 ――あれ? もしかしてハヌの態度がやたらと高圧的だったのって、これを狙ってのことだったのかな?

 そう思って幼い現人神の顔をチラ見してみると、何とも言えない微妙な顔をして沈黙していた。

「…………」

 呆れ果てたような二色の目線を一号氏に向けて、不貞腐れたように口を閉ざしている。

 多分これは『思惑通りに事が運んだし首尾は上々なのだが、予想以上に上手く行き過ぎた上にこの鬼猿の掌の返しっぷりが思った以上に気に喰わない』といったところだろうか。

 ある意味、ハヌらしい反応であった。

 まぁともかく、すんなりと情報を聞き出せるようになったのは何よりである。

「……『女王』、というのは何ですか?」

 今が好機だ、とばかりに気になった単語ワードを拾って、質問を続けていく。

「あ? なんだおめぇら、この島に来ておきながら『女王』のことも知らねぇのかよ? マジ何が目的なんだ?」

 どうやらこの島に住まう一号氏、そして彼の弟という二号氏と三等氏にとっては常識中の常識らしい。頭大丈夫か? ぐらいの勢いで赤鬼は首を傾げる。

『ラト、答えるでないぞ。こやつにだけ喋らせるのじゃ』

『う、うん、わかってる』

 だがハヌの指示通り、僕は一号氏の詮索に沈黙を通す。すると、先程のハヌの警句がまだ尾を引いていたのだろうか。数秒の間を空けただけで、一号氏は僕が何も答えるつもりがないことに気付いた。

「……チッ、俺様はただ質問に答えてりゃあいいってことかよ……ケッ、仕方ねぇ……」

 舌打ちしながら恨みがましげに視線をあらぬ方向へ逸らし、吐き捨てるように、自棄っぱちでこれみよがしな深い溜息を一つ。

「知らねぇなら教えてやるよ。『女王』ってのは、俺様のねぐらの奥にある通路を通って、さらに島のど真ん中に居座る怪物のことだ。位置的には……そうだな、外にでけぇ火山があっただろ? あの真下あたりだ。俺様達はあの場所を『ネノクニ』って呼んでてよ、『女王』もご先祖様には『ネノクニの女王』って呼ばれてたって話だ」

 火山の下にいるという『ネノクニの女王』――しかも一号氏のご先祖様が言い伝えに残しているということは、かなり長寿の怪物のようだ。

「――――」

 嫌な予感がする。

 だって、それはもしかしなくても、先程襲ってきた巨大ワームの群れより厄介な存在であろうこと間違いないのだから。

『ネノクニ……ふむ、〝根の国〟か。なるほど、では『女王』とは伊邪那美いざなみのことじゃろうな』

 ハヌが念話で納得の唸りを上げる。

『知ってるの、ハヌ?』

『無論じゃ。黄泉比良坂よもつひらさか黄泉軍よもついくさときて、火山の底にいる女王とくれば、これはもう一柱しかおらぬ』

 むふー、と僕の腕の中でドヤるハヌ。いつもは僕が解説する側に回ることが多いが、今回、特にこの洞穴に入ってからはハヌの独壇場だ。普段ではなかなかない立ち位置の逆転に、幼い彼女は得意気になっているようだった。

伊邪那美命いざなみのみこと、あるいは〝黄泉津大神よもつおおかみ〟ともいう。妾の住んでいた土地を創ったという夫婦神の片割れじゃ。黄泉、つまり冥府の神でもあり、火山とも深い縁があるのじゃ』

 どこかで聞いたような話である。名前こそ違うが、どこの伝承も大体は似たようなパターンが多い。ハヌの土地に伝わるのもその一種だろう。世界は大抵、光と闇の神が一緒に創って、その後は天と地に分かれて争い合うのが鉄板なのだ。

『じゃあ〝根の国〟っていうのは?』

『諸説あるが、要は黄泉と同じ場所を指しておる。この洞穴の場合はどうやら、黄泉比良坂が先程の通路で、黄泉がここ、根の国はこの先にある――ということなのじゃろう』

 ハヌの考察に、なるほど、と納得する。イザナミとやらが〝ネノクニ〟の女王であるならば、さしずめ一号氏は黄泉の住人――すなわち地獄の鬼、といったところだろうか。

「……一号さんは、どのような用件で『女王』に会いに行くんですか?」

 ハヌとスイッチを介して情報共有を行った後、僕はそう問うた。彼は地下に住んでいた方が『女王』に会いに行くのに便利だと言った。同時に、『女王』を化物だとも呼んだ。

 僕の予想が当たっているのなら、もしかしたら一号氏は心強い味方になってくれるかもしれない。

「ああん? どんな用件もクソもあるかよ。怪物だぞ? ンなのぶっ殺すために決まってるだろうが。他に何しろってんだ。仲良くしろってか? 言葉も通じねぇのに? 大体、あの野郎が生きてる限り俺様はこの島の所有者になれねぇんだ。ぶっ殺す以外にあるかよ」

 案の定だ。やはり一号氏は女王を目の敵にしている。もしこの浮遊島から脱出する条件が『女王』――つまりここの〝フロアマスター〟の打倒なのだとしたら、彼は僕達に手を貸してくれるかもしれない。

「……島の所有者、というのは?」

「ああ、俺様の親父が決めた掟なんだよ。兄弟の中で、一番早く『女王』をぶっ倒した奴にこの島の所有権を譲ってやる、ってな。だからとっととぶっ殺してやりてぇのによ、二番と三等の野郎共がいつもいつも邪魔してくれやがって……!!」

 憤懣やるかたない様子で一号氏は鼻息を荒くする。何となく察してはいたが、やはり弟の二番氏、三等氏との仲は険悪――否、それどころか敵対関係にあるらしい。

 ――というか、子供の名前に一号、二番、三等って……どう考えても適当に順番で決めて……お父さん……

 あまりの適当さにちょっとだけ不憫に思えてくる。多分、島に兄弟三人暮らしみたいだから、そのあたりに違和感を覚えたことはないのだろうけれど。

 勢いづいたのか、ああくそ、と一号氏は血気盛んに続ける。

「俺様は毎日毎日よぉ! 必死になって『女王』狩りに精を出してるっつーのに、なんでどいつもこいつも邪魔してくれやがるんだよクソがっ! つうか早いところ『女王』をぶっ殺さねぇとこの島が爆発するっってんだろが! ああっ!? とっとと諦めて俺様に所有権譲りやがれってんだクソ弟共がぁっ!」

「……え?」

 いや、ちょっと待って欲しい。

 今、とてつもなく聞き捨てならない台詞があったのだけど――あったよね?

「……あの、ちょっといいですか……?」

「ああっ!? なんだコラ!? つうかおめぇらもそうだからな!? なんで俺様の邪魔ばっかしやがる! なんか恨みでもあんのか!? 心当たりありすぎてわかんねぇぞゴルァ!」

 うわぁ何だか自業自得なこと言っているなぁ、この人――いや、この鬼? と若干甘引きしつつ、

「いえ、特に恨みとかはなくて成り行きで――ってそうじゃないですよ!? いま何て言いました!? 爆発!? この島が爆発っ!?」

 誤解を正そうとして、しかし徐々にそれどころではないということに気付き、思わず声を高めてしまった。

 ――この島が爆発するってことは、まさか時間制限があるのか!? ということは、それまでにここを脱出しないと、僕とハヌは死ぬ……!?

 おかしいとは思っていたのだ。前は食料になりそうなものが何一つない空間で、長丁場になることを避けていたというのに。今回は何故か、やろうと思えばサバイバル出来そうな環境を設定してきた。その点については前よりもマシ――そう考えたのが浅はかだった。

 そんな甘い話など、あるはずがないのに。

「お、おう……いや、別に今すぐって話じゃねぇけどよ……」

 いきなり大声を出した僕に驚いたのか、一号氏はやや喉をそらしつつ、呻くように答えた。

 僕は喰い気味で問いを畳み掛ける。

「いつですか!? 後どれぐらいで爆発するんですか!? 詳しい日時はわかってるんですか!?」

「し、知らねぇよ! 俺様だってご先祖様からの言い伝えでしか聞いてねぇんだからよ!」

「でもだって今さっき『早いところぶっ殺さねぇと』って!」

「だぁああああああ何だ何だ何なんだおめぇはよぉ!? だ、だから、ご先祖様の言い伝えにあるんだよ! あと五百年の間に『女王』の息の根を止めなければこの島は粉微塵に砕け散るであろう、ってよ! んで、今が大体その五百年目あたりだからヤベぇって言ってるだけだコラァ!」

「今が五百年目って……じゃ、じゃあもういつ爆発してもおかしくないんじゃないですか!? かなりまずいんじゃないんですか!?」

「だからそう言ってんだろうがよゴルァアアアアアアアアアアアッッ!! ちゃんと話聞いてんのかッッ!!」

 売り言葉に買い言葉というわけでもないけど、僕の狼狽っぷりに一号氏が同調シンクロして、お互いに大声をぶつけ合ってしまう。そこへ、

「 落ち着け、おぬしら 」

 ハヌの呆れた声の言霊が、冷水のように浴びせかけられた。

 効果は覿面てきめんで、僕と一号氏は、ピタリ、と口を止めてしまう。

 ハヌは冷静な瞳で一号氏を見下ろし、

「して、鬼猿。いつ爆発するか知れぬということは、今日明日にでもそうなる可能性はあるのじゃな?」

「誰が鬼猿だコルァ!? ……チッ、ああそうだよ、その可能性は十分にあるぜ。ただ、それがいつになるのかは本当にわからねぇ。おめぇらの言う通り今日明日かもしれねぇし、あるいは一ヶ月後かもしれねぇし、もしかすっと一年後かもしれねぇ。俺様に言えることはただ一つ。『女王』をぶっ殺さねぇ限り、【この島の寿命はあと僅か】ってことだけだ。クソが」

 ぺっ、と顔を逸らして一号氏は自らの灰に唾を吐き捨てた。

「――。」

 間違いない。僕は確信する。

 ――これ絶対すぐ爆発するやつだ……!!

 ここまでお膳立てされて、爆発が一年後だなんて絶対に有り得ない。

 僕にはわかる。ほんの短い間だけとは言え、第二〇〇層でのヘラクレス戦で、そして〝ミドガルド〟のフロアマスター戦で、このルナティック・バベルの空気を呼吸してきた僕にはわかってしまう。

 猶予なんてほとんどない。間違いなく、今日明日にでもこの島は爆発する。絶対だ。そうに決まっている。

『ま、まずいよハヌ! 急がないと、急がないと……!』

 あわあわわ、と慌てふためきながら、ハヌに救いを求めるような視線を向けると、

『だから落ち着けと言うておろう、ラト。そう急くな。妾もわかっておる。じゃが、拙速は禁物じゃ。うっかり妙なものに躓いてはことじゃからな』

 いつも通り、冷静沈着に諭されてしまった。

 僕は、すー、はー、と深呼吸してセルフコントロール。とにかく焦りを抑え込み、頭が冷えるよう落ち着きを取り戻そうとする。

 そうしている間に、ハヌが一号氏へと視線を向けた。

「――よかろう。喜べ、鬼猿。妾らがおぬしに力を貸してやろうではないか」

「……はぁ? 何言ってんだおめぇ?」

 本気で何を言っているのかわからない、という顔を一号氏はした。

 さもありなん。彼にしてみれば、自宅に強盗にやって来た相手が「力を貸してやろう」と言っているのだ。居直りもいいところだろう。

 しかし、ハヌにはそんなことなど関係ない。

「弟共に勝って、この島の所有権を手に入れたいのであろう? これまでおぬし一人だけでは上手くいかず、今に至るまで不可能だったことを、妾らが手伝うてやろうと言っておるのじゃ。深くこうべを垂れて感謝するがよい」

 超がつくほどの上から目線だった。

 当然、一号氏はそれこそ【猿から生まれたエイリアン】でも見るような目付きでハヌを見上げている。

「よし、そうと決まれば善は急げじゃ。鬼猿、妾達を案内あないせよ。手足を動かすことを許してつかわす」

 パチン、と扇子型リモコンを閉じて、ハヌは一号氏を拘束していた巳の式を解除した。スミレ色に光っていた大蛇がその連結をほどき、再び十二個の護符水晶へと戻る。そのまま、ハヌと僕を守護する衛兵のように周囲へ散らばった。

「…………」

 が、体が自由になったにも関わらず、一号氏は怪訝な顔をしたまま微動だにしない。灰の山の頂上から上半身だけ出した状態で、放心したように両腕をだらりと下げている。

 これをハヌが見咎め、

「どうした、鬼猿? 早くも臆したか? ああ、それとも妾が削いでやったその身がなくては何も出来ぬか? それならば仕方あるまい。口頭でよい、これより先の道案内を――」

 早くも一号氏に見切りをつけようとしたところ、

「あぁああああああああああそうかぁっ! おめぇらもしかして――〝神使しんし〟かっ!?」

「――ほっ?」

 一号氏が突如として大声を放ち、意表を突かれたハヌの口から、可愛いけどちょっと間抜けな声が漏れた。

 ぱぁっ、と一号氏の顔色が明るくなる。これまでの仏頂面が嘘だったかのように。

 それこそ、神様に出会った信者のごとく。

「なぁーんだよぉぉぉっ! それならそれで先に言ーえーよぉーっ! 俺様わけがわからなくて呆然としちまったじゃねーかよーっ!」

 だっはっはっはっ、と豪快に笑い始める一号氏。

 だが、いきなり話に置いて行かれた僕とハヌは、互いの顔を見合わせて「???」と頭に疑問符の花を咲かせるしかない。

「いやーすまねぇすまねぇ、おめぇらが〝神使〟なら全部納得だぜ! そりゃ流石の俺様でもやり込められるってわけだ! こいつぁ仕方ねぇ!」

 なっはっはっはっ、と別人のように上機嫌になった一号氏は、ヒラヒラと手を振って、文字通り掌を返したかのように僕達を誉めそやす。

「――――」

 ますます意味がわからない。

 一体全体、彼の中でどんな化学変化が起こったというのだろうか。

「……あの、ちょっと確認したいんですが……〝神使〟、って何ですか……?」

 トゲトゲした不機嫌から爆弾低気圧みたいに上機嫌になったものだから、つい腫れ物に触るかのように質問してしまう。

「あ? なに謙遜してんだよオイ、〝神使〟つったらそのままの意味に決まってるじゃねぇか。神の使いと書いて〝神使〟。なぁ、おめぇらアレだろ? ご先祖様の言い伝えにある〝赤い髪の神様〟の御使いだろ! かーっ、言ってくれよ最初からぁ! そういうことなら俺様だってはたき落とそうなんざ考えなかったのによぉ!」

 怖いぐらいに意気揚々と、赤鬼の一号氏はよくわからないことを言う。

 だが、その言葉の中にはひどく気になるキーワードが含まれていた。

『赤い髪の神様、って……』

『うむ。間違いないの』

 念話でハヌに話しかけると、具体的な名詞を出すまでもなく同意してくれた。

 この浮遊島と、そこに言い伝えられている『赤い髪の神様』ときたら、そんなもの一人しか思い浮かばない。

 エイジャ。

 僕達をここへ転移させた張本人だ。

「いやいや、話にゃ聞いてたけどよ、マジで来るのな! ――ん? ってことはアレか? まぁアレだよな? いやマジか? ちょっマジでか!? いやっほうっ! やっぱ俺様が選ばれし者ってわけだよな!? なぁおい!?」

『どうしようハヌ、すごいテンション高めで何言っているのかさっぱりわからないよ……』

『妾もじゃ。……というかの、確かにこの身は地に降り立ちしものじゃが、よりにもよってこの妾を、他の神の、しかも使い人風情として扱うなど言語道断なのじゃが。許せぬ』

『あ、怒るポイントそこなんだ?』

 ぷくー、とリスみたいに頬を膨らませるハヌは、けれどどこかピントがズレている。

「……ちょっと待ってください、一号さん。赤い髪の神様の言い伝えって、どういうことですか?」

「お、なんだなんだ? アレか? やっぱ神使さんには細かいことは伝わってねぇ? 神様に俺様に力を貸せ、みたいな話しか聞いてねぇ? まぁそりゃそうだよな! おっし、じゃあちょっくら聞いてくれよ!」

 そう言うと、一号氏は灰の山に大きな手をついて、下半身を抜け出しにかかった。筋骨隆々の太い両腕が、灰に埋もれていた腰から下を少しずつ露わにしていく。そうしながら、

「まぁアレだ、よくある話なんだがよ、さっきの『女王』と関連した言い伝えさ。細けぇ言い回しは忘れちまったが……〝ネノクニの女王を打倒する勇者に、赤髪せきはつの神から使いあり。使いは勇者に力を与えたもう〟――みてぇな? そんな話がご先祖様から伝わっていてよ。ま、要は『女王』をぶっ殺す手伝いをしに来てくれたんだろ? で、さっきのは俺様の実力を確認するためだった、つーわけだろ? ったくよー、それならそうと言ってくれりゃ、俺様も愛用の武器を用意して出迎えたっつーのによー」

 恥ずかしいところ見せちまったぜ、みたいなノリで笑う一号氏は、どう見ても楽観的である。敢えて聞くまでもない。いま彼は、その伝承にある『勇者』が自分だと信じて疑っていない。

 僕とハヌが『赤髪の神』の神使であり、自分はその力を借りて『女王』を打ち倒し、この島の所有権をその手にする――そんなストーリーを思い描いているのだ。

 ――なんて都合のいい解釈を……

『まぁよい。こやつの勘違いは少々癪に障るが、結果は同じじゃ。この鬼猿めを上手く活用し、女王とやらの居所へ案内あないさせるぞ、ラト』

『……うん、まぁ、そうだね』

 確かにハヌの言う通りだ。話は概ね、僕達が望む方向へと転がっている。一号氏の盛大な勘違いには驚いたけれど、それもある意味では間違ってはいないとも言える。

 なにせ僕達は実際に、その『赤髪の神様』とやらにここへ送り込まれたのだから。

「――えっと、じゃあ、はい。そんな感じで……女王さんのところまでの案内、お願いできますか?」

 ずぼっ、と両脚を抜き、あらかじめ手で叩いて固めておいた灰の上にすっくと立ち上がった一号氏に、僕はそう申し出た。

 一号氏は、むん、と胸を張って快諾してくれた。ぐっ、と親指を立て、にかっ、と人懐っこく笑って。

「おう、任せとけっ! ちょうど今日も『女王』のところに行く予定だったからな! 今日があの怪物と二番と三等の命日だな!」

 女王はともかく、弟という二番氏と三等氏まで? と疑問は湧くけれど、そこは敢えて深く追求するまい。なんとなくだけど、藪蛇になりそうな気がする。

 ようやっと全身が出てきた一号氏は、幸いなことに虎柄の腰巻きを身につけていた。内心、ちょっと安心する。多分だけど、ずっと巨人の中にいたのであろうから、全裸なのかも、と思っていたのだ。

 ここは小さな浮遊島で、どうやら住んでいるのは一号氏とその家族のみ。おそらく僕らの一般常識は通じるまい。まぁ服を着る習慣がないのも文化の一つではあると思うのだけど、この場においては、流石にハヌの教育に悪いので――別に僕が育てているわけでもないのだけど――ちょっと心配していたのである。

「じゃあちょっくら待ってろよ、おめぇら! 俺様愛用の武器を取ってくっから――」

 そう言い置いて、灰の山を駆け下りようとしていた足が、ピタリ、と止まる。

 それから一号氏は、まじまじと自分の体を見回し、

「……おい、この状態でどうやって武器振り回すんだ、俺様……?」

 ぽつり、とそう呟いた。

 それはこっちが聞きたいです、とは流石に口には出せなかった。



 ■



 幸いなことに、ハヌの術式によって灰となった一号氏の肉体――というか、巨人の体は、どうやら再生が可能らしい。

 というのも話を聞くに、あれも一つの〝変貌ディスガイズ〟であることがわかったのだ。

 普通の――しつこいようだが〝変貌者ディスガイザー〟自体そもそも珍しいのだけど――〝変貌者〟は人間の姿から別の何かへと変化する。

 が、一号氏は素の姿からして異形。頭から生えた三本の黒い角、歪に突き出した間接の骨、ボディビルダー大会で軽く優勝をかっさらえそうなほどの筋肉の鎧。明らかに『鬼人』のそれだ。

 実際、詳しく話を聞いたところ、彼の両眼はやはり『魔眼』の一種であった。僕達に対して使ったように隠蔽術式を見破ったり、障害物を無視して対象を視認する、いわゆる透視が可能だったり。他にも術力の流れを見たりして、色々なことが出来るらしい。一号氏はこれを『月夜見つくよみ』と呼んでいるそうな。

 このように通常からして〝変貌〟した姿形、そして能力を持つのである。そんな彼がさらに〝変貌〟するのなら、それはもう〝巨大化〟しかないだろう。

 そう、ある意味で一号氏は〝変貌者〟の【さらにその先】であると言えた。変な言い方だが、〝変貌〟した〝変貌者〟がさらに〝変貌〟する――〝二重変貌者ダブル・ディスガイザー〟とでも呼ぶべき存在であった。

 さて、もう一つの肉体とも言える〝巨人態ギガンティック〟を失った一号氏だが、それをどうやって取り戻すのかというと――

「ま、ありゃぶっちゃけカロリーの塊みてぇなもんだからな。喰えばなんとかならぁ」

 と、いうことらしく、僕達は現在、一号氏が貯蓄していた食料を使って食事を取っていた。

「まーまー食え食え! こう見えて俺様は信心深ぇんだ! 神使にはいいもの捧げておかねぇとな!」

「は、はぁ……」

 巨人サイズの一号氏の部屋だが、よく見ると、隅っこの方に今のような『人間サイズ』の家具や調度が備え付けられていた。一応、〝巨人態〟を失った時用に準備されていたらしい。勿論、埃を被ってはいたけれど。

「甘いものはあるか、鬼猿。妾は甘いものを所望する」

「はいはーいただいまー! 美味しい果物もたんまりありますよー、っと! へへっ!」

 今や一号氏は、すっかりハヌにへつらってしまっていた。つん、と澄ました態度でテーブルについているハヌに、嬉しそうに大ぶりの桃や葡萄などを木皿に載せて提供する。

 最初の頃の仏頂面はどこへやら。一号氏はすっかり態度を軟化させ、僕とハヌのことを歓迎していた。

 それもこれも、僕達二人のことを『自分を勝利に導く神使』だと思い込んでいるから、なのだけど。

「ほれ、ほれ、ほれ、ほれっ! 喰いねぇ喰いねぇ!」

 一号氏が立っているのは、自家製グリル台の前。劫々と燃える炎が、網に載せられた肉や野菜を次々に焼き上げていく。

 そう、僕達はいま、絶賛バーベキュー中なのであった。

「これ喰ったら『女王』のところへ行くんだからよ! 神使のお二人さんもたらふく喰って、英気を養ってくれよな!」

 朱色の肌を真っ赤な炎に照らされて、にっこりと笑うその姿は、もはや気のいい屋台のおじさんか何かである。

 ちなみに、バーベキューの材料は全て一号氏が狩猟してきたものだ。

 昨晩、僕達が見た巨人は一号氏で間違いないらしく、先程の話でもあったが、外の気温が暑すぎるので昼間は地下で過ごし、涼しくなった夜に洞穴を抜け、食料や水を調達しているのだとか。

 そのあたりの話を詳しく聞くと、狩猟の方法がワイルド過ぎて吃驚する。なんと、素手で鹿や猪を掴み取り、それらの首を歯で噛み千切って、その場で血抜きするというのだ。巨人ならではの大雑把さ、という感じである。

 なお、口から吐き捨てた首部分はそのまま捨て置くと、他の獣達が勝手に処理してくれるらしい。

 一号氏はそうやって毎日、適当な鳥獣を二頭か三頭捕まえては、それを食して生きているのだという。

「意外に思うだろうがよ、見た目ほどカロリーはいらねぇんだよな、あの状態の俺様は。ま、ちょっとした馬に乗ってるみてぇなもんよ。馬にゃエサをやらなきゃいけねぇが、体の大きさに比べたらその量は微々たるもんってな」

 得意げに語りながら、一号氏は自ら焼き上げた肉に塩をつけて、呑み込むように胃袋へ納めていく。なお、塩は海水から作ったものらしい。

「はぁ……」

 僕は自分の食事もそこそこに、一号氏の食べっぷりに少々見とれてしまう。

 鯨飲馬食とはまさにこのことで、一号氏は大きな網の上で肉や野菜を一気に焼き、そしてものすごいスピードで平らげていくのだ。もちろん傍らには、水の入った二リットルぐらいの木製ジョッキが置いてあって、そっちもガブガブ飲んでいる。

 本人は〝巨人態〟の大きさに比べて小食であることをアピールしているつもりなのだろうが、それは全くの逆効果であった。

 どうやら〝巨人態〟の大半は一号氏の肉体というよりは『追加部品』のようなもので、一度作ってしまえば維持に大してエネルギーは必要ないらしい。だが、僕が〈ヴァイパーアサルト〉と〈レイザーストライク〉の合わせ技で腕を斬った際に飛び散ったフォトン・ブラッドは一号氏本人のものらしく、どうも〝巨人態〟の内部に疑似血管を通すことで、あの巨体をコントロールしているようだった。

 それ故、本人の言う通り、確かに十五メルトルもの巨躯を動かすにはコストパフォーマンスが良い方なのだろうが、逆に人間サイズで考えれば、その食事量は異常でしかない。

 なにせハヌを襲った巨虎のように、この島の動物はどれもサイズが大きめで、それだけに肉の量も半端ではない。だというのに、一号氏はそれらを【一日で数頭も】食べるというのである。もちろん、一部はこうして僕達に振る舞われているように、保存しているのもあるのだろうけれど。

 どう考えても人間一人が一日に摂取するカロリー量ではない。

「ん? どうした、そっちの……えーっと……? お、そういや名前まだ聞いてなかったな。いや、神使さんに名前ってあんのか?」

 馬鹿でかい包丁で切り分けたステーキ肉を焼いては喰い、焼いては喰いしていた一号氏が、僕に話しかけようとして言葉に詰まった。

 そういえば、まだこちらの自己紹介はしていなかった。これから『女王』との戦いで共闘することになるのだろうから、お互いの名前ぐらいは知っておいた方がいいだろう。

「あ、えと、僕はその――」

「そやつは〝ベオウルフ〟じゃ。妾のことは〝小竜姫〟と呼ぶがよい」

 が、名乗ろうとした瞬間、葡萄の実を一つ一つ味わっていたハヌが、素早く口を挟んだ。

『何も素直に本名を名乗ることもなかろう。こやつには通り名だけで十分じゃ』

 くふ、と笑って僕に流し目を送るハヌ。すると少し前に、ロムニックとの決闘において『ラト』『ハヌ』という、僕達二人の間だけでしか使えない名称を呼ばれた不快感を思い出す。特にロムニックのあれは悪意というソースがべったりと塗りたくられていたので、当時は頭の中が真っ白になるほど怒りが噴き上がったものだ。当然、一号氏はそういった意図を持ち得ないだろうけど、無駄に不快になる種をまくこともなかろう。種がなければ、芽も出ることはないのだから。

「へぇへぇ、ベオウルフに、小竜姫、だな! ま、よろしく頼むわ! でだ、ベオウルフ! さっきから俺様の顔を見つめてどうした? 何か聞きてぇことでもあるのか?」

 肉の脂でテカテカしている唇を動かして、一号氏は小首を傾げる。僕はそんなに見つめてしまっていたのか、と慌てて、

「あ、いえ、別に――」

「聞くべきことなら山ほどあるぞ、鬼猿。まず、敵の情報じゃ。これから『女王』とやらを倒すのであろう? また、おぬしの弟共も邪魔立てするというのであれば、そちらの話も聞いておかねばならぬ」

 またしてもハヌが僕の言葉を遮り、さらには現実的な提案をしてくれた。

 言われてみればそうだ。敵を知り、己を知ればなんとやら。ゲートキーパー攻略においてもそうだけど、戦いにおいて情報は重要な武器の一つなのだ。

「おうおう、そうだったそうだった! いいこと言うねぇ小竜姫ちゃ」

 ん、と言おうとしたのだと思う。だが、その刹那、

「 死ぬか? 」

 遠雷のごとくハヌの言霊が響いた。

 それはまるで、強大な百獣の王が、一唸りしたかのようであった。

「「――~ッ……!?」」

 すぐそばに雷が落ちたのかと思った。僕も一号氏も総身を震わせ、背中に戦慄を走らせた。

「……ん? どうした、鬼猿。なんぞ妾に言うことがあったのではないか?」

 ニコリ、とそういえば怒ったときのフリムがこんな笑い方をするなぁ、という完璧すぎる笑みを浮かべて、ハヌは一号氏に続きを促した。

「――しょ、小竜姫、様……」

「うむ、それでよい」

 敬称をつけて呼ばれた途端、ハヌの顔から笑顔が滑り落ち、澄ました表情が現れた。そのまま手に持った桃を僕の方へ差し出し、無言のまま『皮を剥いてたもれ』とお願いしてくる。

『よ、容赦ないね、ハヌ……』

『一度負けても懲りぬ奴じゃからの。上下関係はしっかりと骨身に叩き込んでおく必要がある。それよりもラト、この果物はなかなかに美味じゃぞ。おぬしも食べるがよい』

 飼い犬の調教でもしているかのように念話で言ったハヌは、くふ、と微笑むと、さっさと話を切り上げて僕に葡萄の一粒をあーんしてくれた。

 結局、このハヌのゴリ押しによって一号氏のフレンドリーさは大幅に減少し、さらに気を遣ったのか、次からは僕相手にも『様』を付けて呼ぶようになってしまったのである。



 さて。

 この時のやりとりを思い返すに、僕達は一山越えたのもあって、一時的に神経が緩んでいたのだろう。

 巨大ワームの群れやトラップの嵐を潜り抜け、懸念していた謎の巨人の正体も明らかになった。

 この後のシナリオはわかっている。

 仮想空間〝ミドガルド〟でそうだったように、おそらくは『ネノクニの女王』こそが島の〝フロアマスター〟であり、そいつを活動停止させれば僕達は元いた場所へと還れる――そんな風に考えていた。

 そう、それ自体は別に間違ってはいなかった。

 だが、気を抜くべきではなかったのだ。

 どれだけ苦難を乗り越えようと、どんな謎の正体が判明しようと――そこは未だ【戦場】でしかなかったのだから。

 ほんの少しの気の緩みが命取りとなる、そんな場所だったのだから。

 後に僕は、この時の自分を殴り飛ばしてやりたいぐらい憎むことになる。





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