リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-
●6-2 統括プログラム〝アウルゲルミル〟
アウルゲルミル、そしてエイジャと名乗った少年は、出し抜けに歩き始めた。
カツーン、カツーン、と硬質な足音を立て、僕達のいる方へ。
「――おっと、下手なことはしないほうがいいと思うよ。ほら、オレはこう見えて統括プログラムだから。この軌道エレベーターの中でなら、その気になれば結構すごいことが出来るんだ。もちろんマスターを害するつもりはないけれど、逆に言えばそれ以外は割とどうでもよかったりするからね。気を付けた方がいいんじゃないかな?」
歩き出した少年――彼の希望に沿うなら〝エイジャ〟と呼ぶべきか――が穏やかに語りかけるのは、さっと身構えたロゼさんやフリムにである。
口先だけで二人の機先を制したエイジャは、赤く輝く髪を揺らしながら悠然と歩み寄ってくる。
このままではいけない、と僕は内心で覚悟を決めた。何が目的かわからないが、彼のターゲットは僕だ。おかしなことになる前に、僕がみんなから離れておかないと。
「……僕が行く。みんなはここで待ってて」
「――ラト」
「うん、わかってるよハヌ。大丈夫、油断はしない……何かあったら支援術式を使いまくってでも退避するから、ここはいったん僕に任せて。ね?」
心配そうに名前を呼んでくれたハヌに、僕は笑顔でそう言い置いて、エイジャに向かって歩き出す。
コンバットブーツの靴底を鳴らして、こちらへ向かってくるエイジャとの距離を詰めていく。
やがて、お互いの手が届くか届かないかのところで、どちらからともなく足を止めた。
「嬉しいよマスター。君からも近付いてきてくれるなんて。少しは敵意がないことを信じてもらえたのかな?」
「……本当に敵意がないのなら、婉曲的な脅迫はどうかと思うけど……」
朗らかな態度で接してくるエイジャに、僕はチクリと針を刺す。
彼がギリギリのラインに接しないようにしているのは、なんとなくわかる。
けどやっぱり、自らの素性を明かした上での『気を付けた方がいいんじゃないかな?』という物言いは、遠回しな脅しでしかない。
「ああ、そこについては大変申し訳ないと思っている。だけどマスター、考えてもみて欲しい。もしオレがその気になれば、彼女達を〝別の位相〟へ移動させるのなんて簡単なことなんだ。それを強行していないだけ、オレにも遠慮があるということは理解して欲しい」
つまり、こっちがその気ならもっと早く、そして楽に口を封じることが出来ていたのだ――と言いたいらしい。
もはや言及するまい。
もし彼の言うことが全て真実であるならば、ここは彼の胃の中に等しい。
統括プログラムなる存在がどういったものかまではわからないけれど、既にその力の片鱗は見せてもらった。
正直、今の僕らは『袋の鼠』と言っても過言ではない。
「――君の目的は?」
僕は単刀直入に切り出した。超常的な力を持つ相手に、下手な小細工など無駄である。
僕の態度から意図を悟ったのか、エイジャもまた表情を改め、静かに目を伏せた。
「君とオレとの〝契約〟。明確な主従関係の締結、かな」
「……どうして?」
全然関係ないけど〝契約〟という単語から、ロゼさんと出会った時のことを思い出した。あの時のロゼさんも、とにかく僕に契約を迫ったものである。
「どうして、と言うと?」
「……僕は君と、主従関係を結ぶ必要性を感じない。それに君の口振りからすると、僕は主で君が従みたいだから……正直、意味がわからないし、どういう意図なのかも察しがつかない」
「ああ、なるほど。言われてみれば確かに。これはすまない。オレとしたことが、色々と説明をすっ飛ばしてしまっていたようだ」
ぽん、と右拳で左手を叩き、迂闊だった、と天井を仰ぐエイジャ。一貫して変わらないこの芝居じみた言動は、やはり彼が〝統括プログラム〟であるが故なのか。
否、もしや――僕は彼、つまり〝エイジャ〟と名乗った人格と会話をしているつもりだったのだけど、実はSBを相手にしているのと変わらず、ただAIのインターフェイスとやりとりしているだけなのでは……?
「では順を追って説明しよう。オレが何者で、何故ここにいて、どうして君と主従契約を結ばなければならないのかを。――すまないね、本当なら一番最初にするべきだった話だ。オレの失策だね。道理で誰も警戒を解いてくれないはずだよ」
天井から視線を剥がしたエイジャが、心底申し訳なさそうに微苦笑を浮かべた。若干大袈裟ではあるものの、その表情の変化は人間と同じ生々しさを備えている。突飛な登場の仕方や、浮世離れした言動のおかげで人間でないことはわかっているけど、何も知らずに街中で見かけたら、『綺麗な人だな』という単純な感想だけで終わっていたかもしれない。それぐらい、エイジャは人間臭かった。
「図にして説明しよう。これを見て欲しい」
エイジャが細い腕をさっと振ると、その場にARスクリーンがポップした。
表示されているのは――どうやらルナティック・バベルの全体図のようである。大まかなシルエットだけだけど、百層ごとに目盛りが差し込まれていた。
「さっき言ったように、オレはこのルナティック・バベルの統括プログラム〝アウルゲルミル〟。その名の通り、この軌道エレベーターを統括、管理するために創造された存在さ。それ以上でもそれ以下でもない。わかりやすく言えば〝管理人〟ということになるのかな」
シルエットだけだったルナティック・バベルの内側に幾筋もの光の線が入った。それは葉脈のように塔全体へと広がり、迷宮を描くかのごとく隙間を埋め、密度を高めていく。
ほんの数秒で光の線にビッシリと埋め尽くされてしまったルナティック・バベルの図に、僕は既視感を覚えた。
――これは……回路図……?
よくよく見れば光の線にはいくつかのパターンがあって、どこか〝SEAL〟の輝紋にも似た模様を描き出している。
「わかるかい? 【コレ】がオレなんだ。まぁ、人間であるマスターには、これを『神経』と例えた方がわかりやすいかもしれないね。この線があるところ、全てがオレの管理下で、支配圏内なんだ。もちろん、君がいまいるこの空間だってそうさ」
やっぱり、という感想しか湧いてこない。ここは彼の腹の中も同然。吐き出すか、そのまま消化するかは、エイジャの胸三寸というわけだ。
次元の位相をずらされるぐらいなら、多分まだいい方だ。
下手すれば、またあの仮想空間のような【地獄】に叩き落とされたとしても、なんら不思議ではない。
「さて、そんなオレが何をしているのかと言うと――まぁ、一言で言えば〝管理〟だね。あまり細かく説明すると長くなるから割愛させてもらうけど、楽しい仕事ではないかな。オレは統括プログラム――つまりは他のプログラムが正常に動作しているかを監視して、問題があれば対処する。そういう存在だ。――本来なら、ね」
言葉通り、実に退屈そうに語っていたエイジャが、クス、と意味ありげな含み笑いをした。僕に流し目を使って、やけにコケティッシュな目線を向けてくる。
――って、なんでドキドキしてるんだ僕!? お、男っ、彼は男なんだからっ……!
そういえばフリムが時々、こういう目付きや仕草をすることがある。アレもアレで心臓に悪いので、早晩やめて欲しいところだ。
「そう、何事にも例外はある。普段のオレはこの軌道エレベーターが円滑に稼働するための装置の一部なのだけど、今のような事態においては役割が変わってくるんだ。望むにしろ、望まないにしろね。もちろんそれは君も同じさ、マスター」
エイジャの言葉に合わせて、ARスクリーンの表示に変化が起きる。ルナティック・バベル全体に血管のように張り巡らされていた光の線が、塔の中央、やや下部あたりへと寄り集まり、小さな円を作った。
「……?」
図の変化の意味がわからず、僕は首を傾げる。
「君がここへ踏み入ったことで、第一段階の条件は満たされた。統括プログラム〝アウルゲルミル〟からオレという個体が抽出され、その機能と権限の大半はここへ集約された」
エイジャの言葉を受けて、ようやく理解した。
光の円が出来たのは、ちょうど『一〇〇』と書いてあるメモリのちょっと上だったのである。
そう、光の円はエイジャ自身を指し、場所はこの第一一一階層を示していたのだ。
「――そして、そんなオレを下僕とするのが、ここまでの苦難の数々を見事に突破してのけた君へのご褒美なのさ、マスター」
またしてもエイジャの声と同期して、光の円の内部に画像が浮かび上がる。
描画されたのは――僕の顔。一体いつの間に撮影されていたのだろうか。我ながら間抜けな表情を浮かべている。
「君は、あるいは君達は、この階層に用意されていた〝ミドガルド〟へ挑戦し、その中心を担っていたミドガルズオルムを活動停止させた。オレが言うのもなんだが、これは大変な偉業だよ。本当に大したものだ。おめでとう」
パチパチパチ、と一人で拍手して言祝いでくれるエイジャ。竜が群れなす空間と、超巨大なフロアマスターとの戦いを思い返せば、それはあまりにも軽いお祝いだったのだけど。
「ミドガルズオルムの停止により、マスター、君という個体の識別パターンは、半永久的にこのルナティック・バベルのデータベースへと登録されることになった。よって現時点でオレは君を、ミドガルズオルムのDECに依らずマスターとして認識している。ついてはその認証を完全にするために――」
「で、DEC……?」
スラスラと語るエイジャの口から聞き慣れない単語が飛び出したので、思わず聞き返してしまった。
「――? ああ、すまない。〝Data Embodiment Component〟、つまりは情報具現化コンポーネントの略称さ。今時の人類はアレを何と呼んでいるのかな? いや、別に興味はないから答えなくていいのだけど」
どうやらルナティック・バベルの開発者が使っていた専門用語だったらしい。普通に使うので何かと思った。
「話を戻そうか。既に君の個体パターンは登録されてはいるのだけど、それをより確実にするためには『認証』が必要となるんだ。それが〝契約〟。なに簡単なことさ。君の生体情報を読み取らせてもらえれば、それだけでいい。すぐに済む。さぁ、マスター。口を開けて唾液を吸わせてくれ」
「――へぁっ!?」
ごく自然にとんでもないことを言い出したので、思わず変な悲鳴を上げてしまった。
まるで、さりげなく手渡されたものをよく見たら安全ピンの抜けた手榴弾だった――みたいな。
「えっ、ちょっ、ええっ!?」
「? どうしたんだい?」
空中にあったARスクリーンを消して、当たり前のように歩み寄ってくるエイジャに、僕は一気に錯乱状態へと陥った。
「な、なんて!? 今なんて言って……!?」
「簡単なことさ、マスターの生体情報を読み取らせてもらいたい」
「その次っ! その次に言ったことっ!」
「それだけでいい、すぐに済む?」
「ち、違くてっ、」
「……さぁ、マスター。口を開けて?」
「わ、わざとやってるのかなっ!?」
いつまで経っても核心に触れようとしないエイジャに、僕はバッと両腕を突き出して待ったをかけた。
すると、ははは、とエイジャは明るく笑う。
「なんだ、バレてしまったね。すまない、マスターがあまりに可愛らしい反応をするものだから、つい魔が差してしまったんだ」
軽く謝罪したエイジャは、なんと僕が突き出した手に己の両手を合わせ、ぎゅっ、と優しく握ってきた。
「――~ッ!?」
ゾワゾワッ、と背筋に悪寒が走った。
――しまった、捕まった……!?
迂闊だった。こんな体勢では捕まえてくれと言っているようなものではないか。
「ご期待通りはっきり言ってあげよう。唇と唇を合わせて、君の唾液を吸い取ろうと思う。体液から遺伝子情報を読み取って初めて『認証』は完了するからね。これは仕方のないことなんだ、マスター」
「待って待って待って嘘ウソうそっ!? じょ、冗談――」
「冗談じゃないさ。なに、幸か不幸かオレは人間ではないからね。ノーカウントというやつさ。例えば、幸運の指輪やネックレスにくちづけするようなものと考えればいい。どうだい? 別に乱暴はしないし、失うものなんて特にないだろう?」
「待って待ってだから待ってって!?」
にこやかに、しかしジリジリと距離を詰めてくるエイジャを、僕は必死に押し止める。乱暴はしない、という言葉通り、力尽くでどうこうするつもりはないみたいだけど、生半可な拒絶では止まってくれそうにもなかった。
「き、君は男の子でしょ!? そ、そういうのは、こ、個人の自由だとおもうけど、でも、ぼ、僕はノーマルだからっ、そ、そういうのは愛し合う人同士でするものだと思うしっ、あのそのえっとだからっ!?」
もしかしたらフリムみたいに同性愛者、ないしは両性愛者なのかもと思い、ワンクッションを置いてから謝絶しようとしたのだけど、
「おや、そういえばまだ言っていなかったね。そういうことなら安心して欲しい。オレは【男ではない】よ、マスター」
「――へっ!?」
「まぁ【女でもない】のだけどね? それにもう一つ。オレはマスター、君を【心から愛しているよ】。目に入れても痛くないというやつさ。まぁ悲しいかな、〝刷り込み〟の結果ではあるのだけど、しかしこの想いはここに存在する、確かな本物さ。さて、他に何か問題は?」
「ちょっ――えっ!? あっ!? はぇっ!?」
しれっと不思議なことをのたまいつつ、さらには愛の告白までしてくるエイジャに、僕の理解はまるで追い付かない。
男でも女でもないって何だ。それに、僕のことを愛しているって。いや意味がわからない。何がどうなればそうなるのか。前提条件は全てクリアされた? これで問題はない? 本当に?
『どうしたラト!? 攻撃されておるのか!?』
『手助けが必要ですか、ラグさん』
『なにやってんのよハルト! 交渉決裂なら今すぐブチまかすわよ!?』
ことここに至っては、流石に遠巻きにこちらを眺めていた女性陣も騒ぎ出す。見かねた三人が身構える様子を見て、僕は慌てて制止をかけた。
『だ――大丈夫、だいじょうぶっ! ま、まだ平気だからっ! 多分っ!?』
いや、実を言うとめちゃくちゃ怖いのだけど。
何故だかよくわからないけど、貞操の危機を感じるのだけど。
かと言って、この場をハヌ達に助けてもらうのは何か違う気がするし――!
「さぁマスター、わかったのなら観念して唇を開くといい。痛くなんてないさ、ちゃんと優しくするから」
「た、体液から遺伝子情報を取得する時に使う言葉じゃないと思うんだけどっ!?」
「そんなに嫌なのかい? なら仕方ないな。ではこうしよう。オレが下になって口を大きく開くから、君はそこに唾液を落としてくれ。それで目的は達せられる」
「見た目の構図が変態的すぎるんだけどっ!?」
ああ言えばこう言うエイジャ。段々と、否、最初から話がおかしな方向へ飛んで行ってしまっているので、僕はそもそもの問題点を指摘する。
「だ、第一僕は承服してないよっ!? 君と〝契約〟を結ぶなんて一言も言ってないっ!」
すると突然、エイジャが真顔になった。
「いいや、残念だけど君に拒否権はない」
「えっ……?」
低く押し殺した真剣な声に虚を突かれ、全身が硬直した。
その隙を狙われた。
「こうなっては仕方ないね。少し手荒くなるけど恨まないでおくれ。君が悪いんだから」
ぐいっ、と右手を引かれたかと思うと、エイジャはそのまま僕の人差し指に唇を触れさせた。
ぬるり、と指先が口の中へと吸い込まれる。温めたゼリーに指を突っ込んだような感触が、人差し指全体を包み込んだ。
「な……!?」
突然の奇行に驚き、さらに身が竦んでしまった。男か女かわからない、けれど秀でた美貌の持ち主に指を銜えられている――目の前にあるそんな光景は、どこか倒錯的で、淫靡なもののように思えて――
しかし、
「――ッ……!?」
同時に、チクッ、と指先に鋭い痛みが走って、馬鹿な考えに冷水が浴びせられた。またそれに連動する形で僕の〝SEAL〟が一瞬だけ励起し、指先を起点に、深紫色の幾何学模様がさっと皮膚上を走る。
「……ふぅ……お疲れ様。これにて認証完了だ、マスター」
「えっ……?
ちゅぽん、と音を立ててエイジャが僕の指を引き抜いた。彼の口内に呑まれていた人差し指が、空気に触れた途端やけに冷たくなる。
我に返った僕は、慌てて手を振り払って腕を引いた。
「ああ、安心して欲しい。オレの体液は汚いものではないし、むしろ殺菌作用がある。オイルのようにすぐ揮発するし、匂いもない。そのまま放っておけば、何事もなかったかのように元へ戻るはずだよ」
「…………」
なるほど、道理で妙に冷たく感じるはずである。早い揮発のおかげで、気化熱によって指が冷えたのだ。
見ると、指先に小さな点のような傷があった。と言っても、もうほとんど塞がりかけの状態ではあるけれど。
「指先から少しだけ血をもらったよ。むしろこちらの方が、より多くの情報を読み取れるのだから僥倖だったね。おかげで色々なことがわかってしまったよ」
ふふっ、とエイジャが口元を抑えて笑う。そこだけ見ると、上品そうに笑う可憐な少女、に見えなくもないのだけど――
「……………………はっ?」
――ってなに見惚れているんだ僕は!? というか、なんだか勢いに押されて〝契約〟を結ばされてしまったけど、大丈夫なのコレ!?
今更のように後悔する。いつの間にか雰囲気に呑まれて、エイジャのペースに乗せられてしまっていた。
「――ぼ、僕に、何をしたの……?」
血を吸われた人差し指を左手で隠し、さっと身を引く。声に怯えの微粒子が混ざってしまうのをどうしても止められなかった。
「ははは、そう警戒しないでおくれよ、マスター。これでもまだ序の口なんだから。君……そう、ラグディスハルト、いい名前だね。さてラグディスハルト、実を言うとね、君がオレの本当の主人になるためには、まだこれからいくつもの『確認』が必要となるんだ。この程度で音を上げられてしまっては、先が思いやられてしまうよ?」
「へ……?」
さっきからずっとそうなのだけど、またしても予想外なエイジャの言葉に、僕はキョトンとする。
「……え、ちょっと待って? だっていま、認証が完了したって……?」
「ああ、そうだね。『認証』は完了したさ、『認証』は。君が君であることが確認された。よかったね?」
「いや、よかったね? じゃなくて……」
「当然だけど、手続きはまだまだ続くよ? オレを下僕にするというのは、つまりはそういうことなのさ。諦めておくれ、マイマスター」
「え、ええー……?」
なんてことないように宣うエイジャに、僕はかつてない脱力感に襲われる。
一体何なのだ、この茶番は。自分で言うのもなんだけど、僕はあの地獄のような『仮想空間』で血反吐を吐くような思いでミドガルズオルムを倒し、ここまでやって来たのだ。あれだけの試練を課しておいて、これ以上何を求めるというのか。
「それにしても……ふっ、ふふっ……君は、本当におもしろいね、ラグディス。ああ、失敬。マスターのことをラグディスと呼んでもいいかな? もちろん、最大限の敬意を込めて」
「べ、別に、それぐらいなら……」
「ありがとう。それではマイマスター、ラグディス。君のフォトン・ブラッドを確認したところ、とてもおもしろいことがわかった。いやはや、君は本当に数奇な運命の持ち主だね?」
「数奇な運命……?」
実に不穏な響きである。確かに、短いながらも僕の人生は順風満帆だったとは言い難い。だけれど、これから先もそうであるとは限らないのだ。今ではハヌという大事な親友もいるし、ロゼさんやフリムといった仲間も増えた。今回の合同エクスプロールでは資産がどっと増えたのだし、むしろ僕の運命はこれから好転していくはずだ、と断言してもいいぐらいである。
エイジャはフルフルと首を横に振り、まるで自分自身を掻き抱くように胸の前で腕を交差させた。
「ああ、何度確認しても本当にひどい。これはひどい。あまりにあんまりだ。こんな【混ざり方】があっていいものなのか。君の生まれに育ち、環境に境遇……そして、そんな君がこのルナティック・バベルに訪れ、よりにもよってミドガルズオルムを活動停止させ、このオレのマスターになるだなんて。運命の女神は意地の悪い魔女の顔をしている――だなんてよく言うけれども、こいつはとびきりだ。ラグディス、君は前世でとんでもなく悪いことをしたんじゃあないのかい?」
「ちょ、ちょっと……」
あからさまなほど悲劇のヒロインみたいな口振りで僕の身の上を嘆くものだから、思わず手を出して止めたくなってしまった。
いくらなんでも、ちょっと血を舐め取ったぐらいでそこまで言われるのは心外すぎる。
「これはおもしろいね、実におもしろい。きっとオレの創造主でさえろくに想像していなかった事態に違いないよ。もし君が、本当にオレのマスターとして完全に権限を掌握してしまったら、この世界はどうなってしまうのだろうね? とても楽しみだよ」
「え、えっと……一人で盛り上がっているところ悪いんだけど……僕達、そろそろ帰らせてもらっても……?」
なにやら一人の世界に没頭しているようなので、ツッコミがてら冗談半分でそう言ってみたところ、
「ああ、これはすまない。オレとしたことがつい。まぁ、わかっているだろうとは思うけれど、君達はここから逃げることはできないよ。出入り口は塞がっているし、力尽くで無理矢理脱出しようとしても、オレの力は既に見ただろう? 逃がしはしないさ。無駄なあがきはしないで、どうか諦めて最後まで付き合ってほしい」
頭のどこかにいる冷静な自分が、容赦なく状況を計算する。今すぐエイジャを攻撃するとか、ハヌの術式でならここの外壁を破れるだろうか、とか。
何をどう割ったところで余りが出た。
――しかたない。
ふぅ、と僕は溜息を吐く。軽く両手を上げて降参の意を表し、
「……わかった。わかったから、君の言う〝契約〟の手続きを早く終わらせよう。つまりもう逃げ場はないし、僕は君の言う通りマスターになる資格を持ってて、とにかくそうなるまでは決して帰してもらえないんだね?」
現状を要約すると、エイジャは満面の笑みで首肯した。
「その通り。正しく理解してくれていて助かるよ、マスター」
こうなってくると、彼の使う『マスター』という呼称すらも、本来の意味通りのものか怪しいものだ。最初に『今この瞬間から、オレは君の忠実なる下僕さ』などと言っておきながら、この顛末である。彼の言っていることは半信半疑――否、必ず裏があることを前提に疑っていくのが一番だろう。
しかし、これ――というか彼も、間違いなくルナティック・バベルの設計者、ないしは建設者が用意したものなのだろうけど、これをして『ご褒美』というのはどういうセンスなのだろうか?
他のルームにあったアーティファクトならともかく、こんなにも手間がかかったり、条件が色々と面倒くさそうなものは、本当に報酬と呼べるのだろうか?
――いや、でも逆に考えれば、それだけの障害を越える価値があるのかも……? 遺跡の統括プログラムを名乗っているだけあって、もしかしたら最上階までのセキュリティすら一息に解除できたりして……?
と、つらつらと頭の裏でそんなことを考えたり、期待に胸を膨らませていたりすると、
「さて、オレが言うのなんだけど話を急ごうか、マスター。どうやら君の命も残りわずかみたいだし。急がないとね」
「えっ?」
ちょっと待って。いま、ものすごく聞き捨てならないことを言わなかった? いや、言った。言った言った、すごく言った。
だけど、それを問いただすよりも早く、
「さぁ、ここからは生きるか死ぬかのサバイバルだよ、ラグディス」
「――へっ?」
続けて、いともたやすく吐かれたとんでもない台詞に一瞬、本気で理解が追いつかなかった。
「だけど安心して欲しい。これが本当に最後さ。ここをクリアすれば、オレとの〝契約〟は間違いなく締結される。なに、君と、君の仲間たちの力ならきっと大丈夫さ。必ず乗り越えられるはずだよ。まぁ、オレは君以外のことは何も知らないのだけど」
適当極まる上にぶっちゃけ過ぎなことを言い放ったエイジャは、すっ、と両手を胸の前まで持ち上げる。
「え、あの、ちょっ――」
有無を言わせぬ展開に、嫌な予感しかしなかった。
胸の奥で急速に成長した不安が、
「何を言って――」
反射的にエイジャに向けて手を伸ばし、けれど、
「それじゃあ頑張って。オレは君を応援しているよ」
「いや待っ――!?」
エイジャが両手を、パンッ
気が付いたら何もない浜辺に立っていた。
ハヌと二人っきりで。
「…………」
「…………」
ざざーん、ざざーん、と波の音だけが響いている。
ギラギラと照り付ける陽射しはもはや熱光線で、自覚した瞬間から、どっ、と汗が噴き出してきた。
いや、意味がわからない。
離れた位置にいたはずのハヌが、何故か僕のすぐ右隣にいる。
同じ方向――海の方を向いて、ただ突っ立っている。
視界に移るのは、一面のマリンブルーとスカイブルー。所々に白い雲が浮かんでいて、ちょうど南国の海ならこういう感じなんだろうな、という感想が脳裏をよぎる。
「…………」
「…………」
僕らはどちらからともなく、お互いの顔を見合わせた。
目の前にある海とよく似た色合いの右目と、空に浮かぶ太陽みたいな左目とが、呆けたように僕の顔を見つめている。
僕とハヌは見つめ合うこと数秒。
「「…………?」」
二人揃って、同じ方向へと小首を傾げた。
そして――
「――ぇええええええええええええええええええええええええええっっっ!?!?!?」
「な――なんじゃこれはぁああああああああああああああああああああっっっ!?!?!?」
大空に向かって、思いっきり絶叫したのであった。
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