リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●6-1 統括プログラム〝アウルゲルミル〟






「喋るでないぞ、ラト」

 僕が謎の人物に声をかけようとした瞬間、しかし後ろにいたハヌから鋭い制止を受ける。

「〝返事をした者を吸い込む〟という妖術もある。迂闊に口を開くでないぞ。あやつの素性がわからぬ内はな」

「う、うん……」

 小声で囁きかけるハヌに、僕も小さく頷き返す。

 まったくハヌの言う通りだ。相手は得体の知れない――しかも天井から幻のように現れた――怪しい人物だ。やけに親しげに語りかけてくるのも、罠の一種かもしれない。

 気を緩めるな。ここはルナティック・バベルで、しかも『開かずの階層』の特別セキュリティルームなのだ。

『ラグさん、とにかくいつもの私達の陣形で行きましょう。他の方々のことは後です』

 右腕にウルスラグナを装着したロゼさんが、戦闘ジャケットの背中の穴から二色の鎖を放出しつつ、通信網に念話を流す。

 既にドゥルガサティーとスカイレイダーを戦闘起動させていたフリムは、言葉もなく『ストライクランス』の切っ先を謎の人物に向けていた。

「……やれやれ。どうやら余程警戒されているらしいね、オレは。まぁ致し方のないことだけど、それでもちょっとは傷付くものさ」

 お辞儀のポーズから再び直立体勢に戻った赤毛の少年――暫定的にこう呼ぼう――が、どこか芝居じみた言葉遣いで溜息を吐く。台詞の割には表情は涼しげで、まるで堪えている様子には見えない。

「ではこう宣言しよう。オレは君達の敵じゃあない。戦うつもりもない。ほら、こうして両手を上げて降参しようじゃないか」

 言葉通り、やけに優雅な所作で両腕を上げる少年。動作一つ一つが感心するほど洗練されていて、どことなく貴族の子女めいた風格が漂っている。

 そして、そういった振る舞いが似合いすぎるほど、彼の容貌は優れていた。

 切れ長の目、すっと通った鼻梁、形のよい唇――どれをとっても一流の芸術家が彫り上げた石像のごとく、完璧なバランスを保っている。

 まるで人形。

 ヴィリーさんのように、薔薇がごとき美しさでもなく。

 ハヌのように、シャム猫にも似た高貴さでもなく。

 ロゼさんのように、どこか陰をたたえた色香でもなく。

 フリムのように、太陽みたいに溌剌とした可愛げでもなく。

 ただただ、綺麗に整っている――あるいは、それだけの美貌。

 作られた存在――そんなフレーズが脳裏をよぎった。

『ああ言ってるけど、どうする? 確かに丸腰で、敵意は感じなくて、アタシ好みの美少年みたいだけど……』

『阿呆、余計なことを言っておる場合か。口先だけなら何とでも誤魔化せよう。この場にあの愚物共とヴィリーらがいないのをどう説明するつもりじゃ』

 真剣な声で言わなくてもいいことを付け加えて念話したフリムを、ハヌがピシャリと叱りつける。

『ですが、相手の手の内もわからない状態でこちらから仕掛けるのも危険です。いったん会話してみるのも一つかと』

『……そうじゃな。まずはヴィリーらの安否を尋ねてみるか。妖しげな術を使おうものならすぐに振り払ってくれる』

 ロゼさんの冷静な指摘に、ハヌが頷いた。ハヌには『天輪聖王』という魔を払い、邪を滅する眷属がついている。もし赤毛の少年がハヌの懸念する〝返事をした者を吸い込む〟術を使ったとしても、彼女なら抵抗レジストできるはずだ。

「――そこな男子おのこ、まずはおぬしに問わねばならぬことがある。答えるつもりはあるか?」

 小さな体に似合わぬ大きな声で、ハヌが赤毛の少年に問いかけ前の確認を投げた。広々とした空間に、場違いなほど可愛らしい声が、わんわんと反響しながら響く。

 すると、彼は両手をゆるく上げたまま、

「ああいや、残念だけどお嬢さん。今のオレはマスターとしか話すつもりがないんだ。質問なら後にするか、もしくはそこの彼――そう、その黒髪の。彼を窓口にしてくれないか。それならいくらでも話をするし、質問にも答えるから」

 今度こそ明確に、僕を指名してきたではないか。

 当然、女性陣三人の視線が僕へと集中する。

『……どういうこと? ハルト、あれアンタの知り合いとか言わないわよね?』

『し、知らない知らないっ、知っているわけないよっ!』

『ということは、やはりラグさんの持つミドガルズオルムのコンポーネントによって、あなたをマスターだと認識しているのでは?』

『ロゼの言う通りじゃ。あやつとラトの繋がりなど、それしか思いつかぬ』

 僕もそう思う。どう考えても彼とは初対面だし、こんな場所にいる存在との関連性なんてミドガルズオルムのコンポーネントしかあり得ない。

「――じゃあ、改めて聞くけど、僕の質問になら答えてくれる……?」

 どうしても先立つ警戒心で、ストレージから黒玄と白虎を取り出したくなるけど、我慢する。両手を上げて降伏の意を表している相手へ武器を向けたら、それこそ交渉の余地がなくなってしまうかもしれない。

 僕が気後れしながらハヌと同じ問いかけをすると、赤毛の少年は、

「ああ、もちろんさマイマスター。なんでも聞いてほしい。なんでも答えよう。もちろん、オレに答えられることだけに限られるけれど」

 あは、と無邪気に笑った。

「――――」

 その威力に一瞬だけ心奪われる。

 言っては何だが彼の第一印象は『どこか気障っぽい』で、それだけに今見せた笑顔は、まるでよくなついた子犬のそれのようにも見えて、不覚にも胸がときめくほど可愛らしく思えてしまったのである。

 ――って、いけないけない! いまはそんな場合じゃないだろ、僕!

「……こ、ここに、先に入ってきた人達は、どこへ……?」

 不意の自失から立ち直った僕は、出来るだけ簡潔な質問を口にした。

 赤毛の少年は、おや? という顔をして、腕を組む。

「なんだい、最初の質問がそれなのかい? てっきりオレの名前を聞いてくれるものと思ったのだけど……まぁ仕方ないか。マスターの期待には応えなくてはね。質問の答えだけど、君達より先に入ってきた連中ならちゃんと【ここ】にいるよ」

「え……?」

 組んでいた腕をほどき、両手でこのセキュリティルーム内を示す少年に、思わず理解不能の声が漏れた。

 ――ちゃんと【ここ】にいる……? どこに? もしかして、からかわれてるのか……?

「いやいや、そんなに眉根を寄せないでくれマスター。言い方が悪かったね。言い直そう。彼ら彼女らは確かに【ここ】にいる。ただし、オレ達がいる【ここ】とは違う位相の次元にね」

「違う位相の、次元……?」

 聞きなれない単語を繰り返すと、赤毛の少年は然りと頷いた。

「そうさ。次元の位相が違う場所にいる。細かい説明は省くけれど、【一枚めくったところ】に君の連れ達はいるんだ。だから安心して欲しい。会おうと思えばすぐにでも会える」

 それはつまり、ハウエル達もヴィリーさん達も同じくこの部屋にいるけれど、次元の位相――喩えて言うなら存在する〝階層レイヤー〟が違うために、本当は近くにいるのにお互いを認識できないと、そういうことなのだろうか?

 何をどうすればそんなことが出来るのかはさっぱりわからないけれど、ここはルナティック・バベルの中で、相手はその『開かずの階層』の奥に潜んでいた存在だ。あの仮想空間と同じく、古代人の超技術の賜物であることは間違いあるまい。でも、

「ど、どうして、そんな……?」

 想像などおよびもつかない超絶技術を使ってまで、先に入った人達をこの場に存在していないように見せかけているのは、何故なのか。

「そんなことは決まっているじゃないか」

 僕の曖昧な疑問に、けれど赤毛の少年は、はは、と軽やかに笑った答えた。

「マスター、君とゆっくり話がしたかったからだよ。それ以外に何があるというんだい?」

 一点の曇りもない完璧な笑顔。そこの嘘の匂いはなく、欺瞞の影は欠片も見当たらない。

「オレはね、君達がこの階層に入った瞬間からマスターの存在を認識していたんだ。でもどうやら最初の集団と二つ目の集団にはマスターがいなかったようだから、悪いけど隔離させてもらったのさ。わかるかな? 悪気はないんだ。ただオレは、マスターとゆっくり話をして、オレのことを理解してもらえれば、それだけでいいんだよ」

 片手を胸に当て――やはりどこか芝居がかっている――、少年は僕を真っすぐ見つめてくる。

「だから、ほら――彼女達に言ってくれないか? オレはマスターに危害を加えるつもりはない。そんなことは論外だから、そう殺気立ってオレを睨むのはやめて欲しい、と」

 チラ、と薄い紅色の瞳がロゼさんやフリムの顔を一瞥する。当たり前だけど、僕の前に立つ二人も、そして背後に位置するハヌも、微塵も警戒を解いていない。僕と少年の会話を見守りつつ、いざとなれば総攻撃を叩き込む態勢だ。

 さもありなん。今の時点でも、やはり彼の言っていることは信憑性に乏しい。何かしら裏が取れない限り、頭から信用するわけにはいかないのだ。

「……悪いけど、信用できない。先に入ってきた人達が無事なら、証拠を見せて欲しい」

 言外に彼の要望を突っぱねると、ふむ、と少年は再び腕を組んで、しばし考え込んだ。

「……なるほど、仕方ないね。では、ほんの少しだけ。これなら証拠になるかな?」

 うん、と一つ頷くと、またしても腕をほどき、パン、と両掌を打ち合わせた。

 次の瞬間、忽然と百人を超える人の集まりが目の前に現れた。

『な……!?』

 重複して響く驚きの声は、僕達のものであり、ヴィリーさん達のものであり、ハウエル達のものでもあった。

 近いなんてものではなかった。

 僕のすぐ隣にヴィリーさんが立っていたし、左斜め前にあるごつい体躯はハウエルでしかなかった。

 少年の言葉通り、僕達は同じ部屋どころか、ほとんど同じ場所に立っていたのである。そうとは気付かなかっただけで。

 ふと、ヴィリーさんの深紅の瞳と目線がかち合う。

「ラグ君、いつからそこに――!?」

「ヴィリーさん、あの僕達は――!」

 言葉を交わそうとした刹那、出現したのと同じぐらい唐突に、僕ら四人以外の姿が消失した。

 掻き消えたとか、色が薄くなって見えなくなったとかではなく、時間が止まっている間に立ち去ったかのごとく、ぶつ切りでいなくなったのだ。

「どうだい? 今ので充分な証拠になったんじゃないかな? 見ての通り、全員無事さ。そしてマスター、君がオレと〝契約〟してくれるのなら、この後の安全も保証しよう。どうか信頼して欲しい」

 ほんの少しだけ、という言葉に嘘はなかった。わずかな瞬間だけ僕らを再会させた少年は、変わらずにこやかな調子で嘯いた。

 ここまで来たら、もはや僕に出せる問いなんて一つしかない。

「……君は、いったい何なんだ……?」

 今更と言えば今更な問いに、くすっ、と少年は微笑んだ。

「やっとそれを聞いてくれたね。ようやくオレに興味を持ってくれたようで嬉しいよ、マイマスター」

 最後の『マイマスター』という呼び声に含みを持たせて、彼は片手をあげて、目にかかった前髪を掻き上げた。

 そして、こう名乗る。



「オレはこのルナティック・バベルの統括プログラム〝アウルゲルミル〟。……けれど、そうだね。君には、是非ともこう呼んで欲しい。――〝エイジャ〟、と」






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