リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●1 エクストラハードモード 3





 ふんわりと柔らかそうなアッシュグレイの長髪。藍色の戦闘ドレス。そして、その右腕には真新しい武装が一つ。

 白銀の籠手ガントレット

 あれこそは、僕達『BVJ』が誇る天才武具作製士クラフターフリムが開発した、ロゼさん専用の武装。

 その名も〝ウルスラグナ〟。

 最終的には装甲靴グリーブも合わせて四肢に装着し、ロゼさんの比類無き格闘能力をさらに向上させるものになる予定だという。

 だが、今身につけているのはその試作品プロトタイプ。カラーリングも、完成版ではもっとロゼさんに似合う色に変える予定よ、とフリムが言っていた。

『出番ですよ、ウルスラ』

『オハヨウ ゴザイマス マスター』

 ロゼさんが略称で呼び掛けると、ウルスラグナに内蔵されたAIが片言の音声を発した。同じくフリム謹製であるスカイレイダーやドゥルガサティーとはまた違った性格や性別の設定がされているらしく、ロゼさん呼ぶところの『ウルスラ』の声は女性的で、生真面目な雰囲気を纏っていた。

 タケミナカタの足元――腹元?――に踏み込んだロゼさんが、格闘士らしく構える。

『敵を打ち砕きます』

『了解シマシタ 〝グラディウス・エクスティンクション〟 発動シマス』

 サラリと剣呑なことを宣うロゼさんもロゼさんだが、それに対して、事務的に応じるウルスラグナもウルスラグナである。

 ヴゥン、とウルスラグナが低く唸った。籠手の至る所に刻み込まれたスリットから、マラカイトグリーン――即ちロゼさんのフォトン・ブラッドと同じ色の輝きがほのかに湧き上がる。

 あれは〝無限光アイン・ソフ・オウル〟ミリバーティフリムの作った武具。当然のごとく、彼女の発明したフォトン・オーガンが搭載されていた。

『瞬撃 ノ ダッシュブレイク』

 その宣言と共に、スリットから漏れる光が一層激しくなった。孔雀石色の煌めきが目を灼くほどに強まり、力の充実を感じさせる。

 変形が始まった。

 ギンヌンガガップ・プロトコルでウルスラグナのストレージに格納されていたパーツが具現化し、白銀の籠手に追加されていく。いくつもの部品が寄り集まり、まるで鎧のようにロゼさんの右腕を覆っていく。

 果たして出来上がったのは、あまりにも鋭角的なフォルムを持つ拳甲。

 装甲を展開したスカイレイダーのように悪魔的で、武器形態に移行したドゥルガサティーのごとく攻撃的で、原材料となったドラゴンにも似て怪物的。

 もはやロゼさんがウルスラグナを装備しているのか、はたまた【ウルスラグナにロゼさんがくっついているのか】、判然としないほどだ。

 そんな凶悪な武器を右腕に装着したロゼさんが、身を低めて力を溜める。

『――破ッ!』

 僕達クラスタメンバーですら耳にすることが珍しい気合の声と、強烈なスタートダッシュ。

 それらを皮切りに、全ては一瞬で起こった。

 ウルスラグナの至る所にあるスリットから、猛然とフォトン・ブラッドが噴出した。

 それはロケットブースターもかくやという勢いで放出され、ただでさえ高速で飛び出したロゼさんの疾走をさらに加速する。

 トップスピードへ至るのにかかったのは、一秒にも満たない短い時間。

 激突。

 分厚い氷をぶち抜き、ウルスラグナの拳がタケミナカタの腹に深々と突き刺さった。

『閃撃 ノ コネクトブレイク』

 さらにブースト点火。スリットから噴き出すフォトン・ブラッドの勢いがより激しくなる。

 手首まで埋まっていた鋼鉄の籠手がめり込み、氷を割り、装甲を引き裂いてさらに深く深く沈み込んでいく。

 そして白銀の拳甲が肘の辺りまで埋まったところで、最後の音声が流れた。

 場違いなほど静かに。

 だけど、はっきりと。

雲耀うんよう ノ ファイナルブレイク』

 次いで轟くは、ユリウス君の〝ブリューナク〟に勝るとも劣らない爆音。

『――!!!』

 さもありなん。おそらくだが彼の自慢の槍と、フリムの開発したウルスラグナはその設計思想を同じくとする。

 即ち――一撃目で装甲を抜き、二撃目で切っ先を奥深くまで沈め、三撃目をもって敵を内側から破壊する。

 この場で二つの似たような武器が、やはり似たような結果を導き出したのは、果たして偶然か。それともゲートキーパーという強大な敵を打倒するにあたり、このような武具が最適解の一つだったのか。

 どちらにせよ、結末は同じである。

 完全に氷漬けになっていたタケミナカタの全身に、激しい音を立てて罅が走った。隅々まで駆け抜ける罅割れは氷のそれであり、同時に水蛇のものでもある。

 まず、奴を固めて拘束していた氷が砕け散った。爆発の衝撃でバラバラに吹き飛び、サファイアブルーの大蛇が再び姿を現す。しかし、その機械の身体は夥しい数の傷に覆われ、まだ形を保っていることが奇跡のように思えた。

『……終わりです』

 断末魔の悲鳴すら上げることなく完全破壊されたゲートキーパーを見上げ、ロゼさんがいっそ優しげに囁いた。

 水蛇の腹に突き刺さっていた右腕を、一気に引き抜く。

 その途端だった。巨大な水蛇の全身が、砂の城のごとく崩れ落ちたのは。

 ザァッ、と瓦礫の山と化していきながら、今更のように活動停止シャットダウンシーケンスが始まる。

 崩壊する破片が、地面に転がるよりも早く青白い光の粒子へと変換されていく。やがて巨大なコンポーネントへ回帰する頃、カレルさんがその場のメンバーに指示を出した。

『二体目撃破だ。次へ行くぞ、我らが団長がお待ちかねだ。総員、移動開始!』

『『『はっ!』』』

 ルーターを介した通信網に、異口同音の返事が木霊する。

 ロゼさんを除いた『NPK』のメンバーが、惚れ惚れするほど統率のとれた動きで次の戦場へと向かっていく。それはまるで、磁石に引っ張られる砂鉄のような、あるいは大海を泳ぐ魚の群れのような光景だ。集団が一つの『個』として機能している姿というのは、こんなにも美しいものなのか――と感動せずにはいられない。

 けれど、今は戦闘中だ。余計なことに気を取られている場合ではない。

 僕も意識を次の戦場――ヴィリー班の方へと切り替えた。

 あちらでは翼蛇ククルカンと、ヴィリーさん率いる部隊&フリムが戦っている。今回の作戦の肝は先述の通りだ。こちらもタケミナカタを足止めしていたカレル班同様、遅滞行動を――

『――今度こそぶっ飛ばすわよレイダーッ!』

『Even I know[わかっておりますとも]』

 ――あれ?

『クインタプル・マキシマム・チャージ!』

『マママママキシマム・チャージ』

 ――ち、遅滞行動を……

『どぉりゃぁああああああああああああああああああああッッ!!』

『ライトニング・グラビトン・ドリル・クラッシュ』

 ――し、してなーいっ!?

 今更ながら愕然とする。いざあちらに差し向けた〈イーグルアイ〉の視覚情報を確認してみると、フリムが手に持った白銀の長杖や両脚の戦闘ロングブーツを駆使して、【ガチ】で戦闘バトっていたのである。

 ――なにしてるのぉぉおおおおおおお!?

 あまりのことに念話による声さえ出せず、大口を開けて目を剥いてしまう。

 だが、予想外の出来事はそれだけではなかった。

『――団長。なにやら、事前に決めた手筈とは随分違うご様子ですが……?』

『あら、カレルレン。早かったわね。もう終わったの? 残念ね、予想が外れてしまったわ』

 頭痛を我慢しているようなカレルさんの声に応えるのは、うふ、と軽く笑いながら〈シリーウォーク〉で空中を駆け回るヴィリーさんだ。軽快な口調とは裏腹に、その剣撃は苛烈そのもの。蒼炎を纏って刀身を何倍にも伸ばした『輝く剣リヴァディーン』が、稲妻のごとくククルカンに襲いかかっていく。

『PPPPPPPGGGGGGGYYYYYYYAAAAAAAAAAAA――!!』

 鞭のようにしなる炎の剣。蒼い焔の描く軌跡が火の粉を散らし、漆黒のルーム内を場違いなほど幻想的に彩る。

 ヴィリーさんは、もはや本気を出したゼルダさんに匹敵するほどの速度で立体機動を行いつつ、愛剣をサーベルのように軽妙に扱い、あらゆる角度からククルカンに斬撃の雨を降らせていた。

『PPPPPPPGGGGGGGYYYYYYYAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOO!!』

 しかし、それを全て弾き返しているのが翼蛇のまとう風の防壁である。

 僕がよく使う〈エアリッパー〉もそうだが、大気は術式で圧縮されることによって固体化し、ナイフのような刃へと変化する。

 タケミナカタが水を操る蛇なら、ククルカンは風を統べる蛇だ。

 人類の身近にあって、かつ大量のリソースと言えば、水を抑えて空気が一等賞を取るであろう。

 奴はその固体化した空気を高速で回転させることによって、自身を護るバリアを形成していたのである。

『――あああもうまったく分厚い砂の壁を殴っているような気分よ! コイツ風を操作しているだけじゃないわ! 固体化した空気をベアリングボールぐらいのサイズに分割してそれを群体で操ってんの!』

 渾身の『クインタプル・マキシマム・チャージ』をも風の防壁に遮られてしまったフリムが腹立たしげに叫ぶ。

『要は、目に見えない小石がたくさん混ざった竜巻、と言ったところかしら。いくら仕掛けても攻撃が通らないものだから、私もフリムさんもつい肩に力が入ってしまったのよね』

 手こずらされているはずなのに、うふふ、とまるで頓着していないかのような様子で笑うヴィリーさん。――だが、声の響きには底冷えするような酷薄さの微粒子が混ざっていた。団長という立場故か、怒りを隠そうとしてはいるけれど、内心ではフリムと同じぐらい苛ついているのかもしれない。

『なるほど。ある意味、グローツラングよりも堅固な相手だったというわけですね』

 ヴィリーさんの言い訳じみた説明に、カレルさんが納得して頷く。

 フリムはククルカンの纏う風のバリアを、分厚い砂の壁のようだと例えた。これは言い得て妙かもしれない。

 風や水、いわゆる流体は形を持たぬがゆえに千変万化の特性を持つ。そして、その力は状況に応じて強くなったりもすれば弱くなったりもする。

 河や砂漠に腰まで浸かって歩くところを想像してみて欲しい。ちょっと考えただけでも、それがどれほど歩きにくいのかがわかるだろう。銃弾ですら水中で撃てばろくに威力を発揮できず、すぐに無力化されてしまうと聞く。ましてや、ククルカンの纏う風は高速で循環しているのだ。

 氾濫する激流を貫いて川底を打つのが難しいように、奴の防壁を破るのにはかなりの攻撃力が必要なのだ。

『確かに予想外でした。過去に出現したゲートキーパーのデータは残っていましたが、それぞれを比較することを失念しておりました……』

 作戦の盲点が露呈したせいか、参謀の一人であるアシュリーさんが低い声で唸るように言う。しかし、

『大丈夫よ、アシュリー。作戦は順調に進んでいるわ。今から全員で力を合わせてこいつを倒せば、ちょっとした見当違いなんてただの誤差よ』

 そんなアシュリーさんを、ヴィリーさんが軽く笑い飛ばした。

 そして、凜とした声が通信網に響き渡る。

『総員、気を引き締めなさい! このゲートキーパーが最後の相手よ! 全員が揃ったからには恐るるに足らないわ! ここが正念場よ!』

 鶴の一声とはまさにこのことだった。ルーターを介して放たれたヴィリーさんの檄が波のように伝播し、『NPK』メンバー全員の戦意が一気に高まるのを、僕は肌で感じ取った。

 空気が一変する。

『――いくわよ、私のあなた達っ!』

『『『はっ!!!』』』

 その呼応は、カレルさんが号令をかけた時と比べて三倍以上のボリュームがあった。

『フリムさん、打ち合わせ通りよ! 陽動をお願い!』

『りょーかいよっ! こっちが先にブチ抜くぐらいの気持ちでやってやるってぇーのっ!』

『ラグ君! 【アレ】でいくわ! 私にタイミングを合わせてちょうだい!』

『は、はい、了解しました!』

 矢継ぎ早に指示が飛ぶ。フリムは自信満々に、僕は少々焦りつつ応答した。

 ヴィリーさんが口にした【アレ】――一応、経験上は二回目となるものだけど、僕の主観においては初めての試みとなる。

 それだけに、果たして本当に上手くいくのだろうか――という疑念が僕の胸の片隅にこびりついていた。

 空中に立つフリムが白銀の長杖を掲げ、叫ぶ。

『サティ、レイダー! 〝ユニゾン〟いくわよ!』

All light了解しました』『Exactlyお任せあれ

 高らかに上げられたフリムのコマンドに応じる声が二つ。合成された女性のものが白銀の長杖〝ドゥルガサティー〟、男性のものが漆黒の戦闘ブーツ〝スカイレイダー〟である。否、正確には〝ドゥルガサティースーパー〟と〝スカイレイダーリバース〟らしいのだが、そのあたりは次からも割愛しようと思う。

『ツイン・ディカプル・マキシマム・チャージ!』

 だが、追加されたスーパーリバースからお察しの通り、かつてこの『開かずの階層』であった戦いにおいて大きなダメージを受けた二つの武具は、創造主フリムの手によって大規模な改修が施されていた。若干だが、デザインにも変更が加えられている。

『『ママママママママママキシマム・チャージ』』

 ドゥルガサティーとスカイレイダーの声が綺麗に重なり、それぞれが十連チャージを実行した。

 フリムの肌に励起した〝SEAL〟の輝紋から、いくつもの紫の煌めきが飛び出し、長杖とロングブーツへと吸収されていく。星屑のように瞬いた輝きは白銀と漆黒の表面を滑り、刻まれたスリットに溶鉱炉にも似た、熱感のあるピュアパープルの光を灯す。

『ジャイアントハンマー・ニョルニル』『ライトニング・ドリル・クラッシュ』

 サティとレイダーの音声が連結した。

〝ユニゾン〟――それはドゥルガサティーとスカイレイダーのフォトン・オーガンを同期させ、同調させ、共鳴させるモード。〝無限光〟謹製の光臓機構フォトン・オーガンを連結稼働させることによって、その出力を加算ではなく【乗算】で上昇させるという。

『いっくわよぉぉおおおおおおおおおおっ!!』

 ドゥルガサティーの各スリットから膨大なフォトン・ブラッドが噴き出した。紫に輝く流体は瞬く間に長杖の先端へと集まり、グングンと成長して巨大なハンマーを形成していく。

 否、ハンマーだけではない。打撃面の片側が三角錐の形に尖っている。その形状を僕が見間違うはずがない。あれはドリルだ。

 やがて完成したのは『ドリルハンマー』としか呼びようのない代物だった。

 大型トラックをそのまま取り付けたかのような、巨大すぎるハンマーに、そのままのスケールで突き出した極大のドリル。さらには無数の紫電が纏わり付き、空気を焼き焦がす音がここまで聞こえてくる。

 あれこそはまさしくニョルニル――雷神の大槌だった。

『ぶっつぶせぇぇえええええええ――――――――――――――――――――ッッッ!!!』

 自慢のツインテールを振り乱して、フリムが突貫する。スカイレイダーの靴底に展開していた力場が爆ぜ、弾丸のように撃ち出された。

『PPPPPPPGGGGGGGGGGGYYYYYYYYYYY!!』

 フリムの行動に気付いたククルカンが咆哮を上げ、身に纏った風の防壁を加速させる。風そのものは目に見えないが、巻き込まれた塵や埃で大体の動きはわかる。

 ドリルハンマーの先端が荒れ狂う風の壁に激突した。

『どおぉりゃぁあああああああああああああああああああああっっ!!』

 轟いた音響は、もはやフォトン・ブラッドと風がぶつかり合っているものとは思えなかった。鋼鉄をグラインダーで削るような音を鳴り響かせ、帯電したドリルハンマーと固体化した空気の集まりが鬩ぎ合う。

『今だ! 総員、〝無限光〟と同じ奴の左側面に攻撃術式を集中! 放て!』

 すかさず下されるカレルさんの指令。集結した『NPK』の全メンバーが〝SEAL〟を励起させ、次々と攻撃術式のアイコンを表示させる。

『皆さんに〈フォースブースト〉送ります!』

 僕も僕で、必要であろう支援術式を送信。攻撃術式の発射態勢に入った人達の術力を強化し、威力を底上げさせた。

 次の瞬間、無数の攻撃術式が百花繚乱の様相を呈する。

『PPPPPPPPPPGGGGGGGYYYYYYYAAAAAAAA――!!』

 総勢三十名を超えるクラスタによる一斉砲撃。瀑布が岩を打つがごとき轟音が耳を劈く。

 だがククルカンは風の守護を、攻撃が集中している左側面に総動員して防御を厚くする。不可視の固体空気の集まりがフリムのドリルハンマーを押し止め、群がる攻撃術式のことごとくを叩き落としていく。

 そこへ――

『ヴィリーさん! 〈ミラージュシェイド〉いきます!』

 防御の薄くなった右側面へと移動したヴィリーさんに、僕は手筈通り支援術式を送信した。

 光学的な幻影を作り出す支援術式〈ミラージュシェイド〉。鏡映しのように任意の対象の姿をコピーして、視覚センサーに重きを置いているSBを幻惑させるための術式。

 しかし、今回の目的は敵を惑わすことではない。

『――〝実在イグジスト〟……!』

 その囁きは、本当に微かな声だったというのに、まるで言霊が籠められているかのごとく強く胸に響いた。

 僕のかけた〈シリーウォーク〉で力場の階段を駆け上がり、ククルカンに急接近中だったヴィリーさんの姿が【ぞろり】と増殖する。

 その数、二十。今の僕が同時発動できる、最大の数だ。

 本物を合わせて二十一人に分身したヴィリーさんは、全身に纏った蒼炎から火の粉を散らしながら上昇し、一気にククルカンの頭上をとった。

 下から上へと伸び上がる二十一本の蒼い炎。その光景はさながら、燃え盛る青薔薇の花弁が宙を舞うようで、もはや戦いとは思えないほど美しかった。

 天井スレスレの場所で愛剣を大上段に振りかぶり、ヴィリーさんは剣術式を発動。アイスブルーのアイコンが背中に灯り、弾け飛ぶ。

『〈ディヴァインエンド〉!』

 総勢二十一人のヴィリーさんが構えた剣に、彼女を包み込んでいた火炎が欠片も残さず吸収された。蒼い焔を貪欲に飲み込んで圧縮した刃は、ヴィリーさんのプラチナブロンドよりもまばゆい金色の光を放つ。

 あれこそはヴィリーさんの切り札――最強の一撃。

 神をも殺す刃ディヴァインエンド

 すかさず僕はヴィリーさんに支援術式〈ストレングス〉×10、〈プロテクション〉×10を送った。二十個のアイコンが一斉に弾け、ヴィリーさんの身体能力が一〇二四倍にまで引き上げられる。

『はぁあああああああああああッッ!!』

 光の剣が振り下ろされる。本体のヴィリーさんに合わせて、〈ミラージュシェイド〉の幻影が全く同じ動きをとった。二十体の偽物は実体を持たないただの幻だ。故にその刃は本体と同じように光り輝いてはいても、何も切り裂くことはできない。

 ――本来ならば。

 だが、【今は違う】。

 ヴィリーさんの所有する神器は〝実在〟。その名の通り『実体化』の力を持つそれは、〈ブレイジングフォース〉のように熱量しか持たない炎にすら質量を与える奇跡を起こす。

 ならば、光の幻影である〈ミラージュシェイド〉もまた然り。

 二十体の幻影はいまや、ヴィリーさんの神器によって【質量を持つ実体】と化していた。

『PPPPPPPGGGGGGGYYYYYYYAAAAAAAAAAAA――!!』

 頭上から降ってくる光の雨に気付き、ククルカンが雄叫びを高める。だが遅いし甘い。フリムや『NPK』メンバーの攻撃をそのままにしておきながら、ヴィリーさんの〈ディヴァインエンド〉まで止められるはずがない。

 案の定、ククルカンが掻き集めて展開した風の防御は何の役にも立たなかった。

 ククルカンの上方に張り巡らされた風のバリアを、光の剣が紙か何かのように切り裂く。押し寄せる大気の流れが金色の輝きに二分されていくのが、煽られて躍るヴィリーさんのポニーテールの動きでわかった。

 光り輝く〈ディヴァインエンド〉の太刀筋は、上から下へ真っ直ぐ。風のカーテンを引き裂きながら流れるように落ちた。

 残光が軌跡を残し、二十一本の光の棒が空間に突き立った。

『P――G――』

 かつてボックスコングがそうだったように、ククルカンの装甲もまた、熱したナイフでバターを切るようにあっさりと切断された。

 そのまま、拍子抜けするほどあっけなく活動停止シャットダウンシーケンスへと移行する。

 終わった。

 これで三体のゲートキーパーを活動停止させた。

 やっと、長いようで短かった戦闘が終わる。

 誰もがそう思い、安堵しようとした――その瞬間だった。

『――気を抜くな! まだコンポーネントが残っているぞ!』

 カレルさんの苛烈な声が、電撃のごとく通信網を駆け抜けた。誰もがはっとなり、油断しかけていた気を引き締める。

 そうだ。カレルさんの言う通り、まだコンポーネントは【そこにある】。

 さっきから不思議に思っていたのだ。グローツラングもタケミナカタも、活動停止してコンポーネントに回帰したまではいいが、何故かそこから微動だにしていない。本来ならとどめを刺したユリウス君とロゼさんの〝SEAL〟に、それぞれ吸収されてなければいけないというのに。

 ククルカンのコンポーネントもまた、ヴィリーさんの〝SEAL〟に吸収されることなく、いまなお活動停止した空間に居座っていた。

 嫌な予感がする。

 この遺跡――ルナティック・バベルの中では嫌な予感を得た時は決まって、本当にろくでもないことが起きる。ここでエクスプロールするようになってから大して長い期間は経っていないけれど、僕はもう嫌と言うほどそういう経験を積んでいた。

『!? コンポーネントが……!』

 ローカルネット内を走る誰かの思念。それはきっと、この場にいる全員に共通した思いだったであろう。

 三つの巨大コンポーネントが、宙を滑るように移動を始めたのだ。それも、互いに引かれ合うようにして。

『近付いてはだめよ! 距離をとりなさい!』

 一部、三つのコンポーネントが合流するのを阻止せんとしたメンバーに、ヴィリーさんの停止命令が飛ぶ。何が起こるかわからない現象に、迂闊に近寄るのは危険だ。特にこのルナティック・バベルにおいては。

 その場にいる全員が固唾を呑んで見守る中、一箇所に集結したコンポーネントが密着する。途端、それらはまるで液体で出来ていたかのごとく溶け合い、融合し始めた。

 やっぱりだ――と真っ先に思った。

 何かがあるとは思っていた。戦いの前にも、みんなで言っていたのだ。ここまできて、ゲートキーパーが三体同時に出現するだけで終わるはずがない。まだきっと、何か恐ろしい仕掛けが用意されているに違いない――と。

 なにせここは『狂気に満ちた神の門ルナティック・バベル』と呼ばれる場所なのだ。そう、『開かずの階層』の仮想空間で起こったことを忘れてはいけない。

 ミドガルズオルム――最初の双頭の蛇から、九本の首を持つヒュドラへ。それだけでは飽き足らず、さらに巨大な形態へと進化しようとしていた。あの時、無理にでも止めを刺しておかなければ今頃どうなっていたことか。想像したくもない。

 いくらだって断言してやろう。この軌道エレベーターをデザインした者は、間違いなく『悪魔』だ――と。

 僕だけではない。ハヌやロゼさん、フリムだって口を揃えてそう言うに決まっている。

 ここは『開かずの階層』の一室。それも、僕の持つミドガルズオルムのコンポーネントというキーがなければ入れなかった場所。

 そこに現れる怪物が、一度倒しただけですんなり消えてくれるわけがなかったのだ。

『――出てくるぞ。防御を固め、不意打ちに備えろ』

 こんな状況にあってなお、冷静沈着すぎるカレルさんの声。融合した三つの巨大コンポーネントが激しく輝きだしているというのに、まるで理科の実験を眺めているかのような口振りだった。やっぱりこの人、神経が鋼線で出来ているのかもしれない。

『OOOOOOORRRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOWWWWWWWWWW!!』

 かつて〝融合〟の神器を持つ男――シグロスが持っていたそれのように、完全に一体化したゲートキーパーのコンポーネントから未知の存在が顕現する。

 果たして青白い強烈な光が止んだ後、現れたのは――ダイアモンドの装甲を纏い、六枚の翼を生やし、長大な尾と鰭をもつ巨大な蛇。

 三匹の蛇が融合して生まれた、歪な合成体キメラだった。

『うわっ、なにあれ、ぶっさいくぅ……』

 全員の気持ちを代弁するかのように、うへぇ、とフリムが吐き捨てた。

 確かに醜い。美しさとか、整合性とか、バランスとかそういったものを完全に無視して、ひたすら強さだけを追い求めたような、そんなフォルムをしている。

 グローツラングの装甲、ククルカンの翼、タケミナカタの牙と爪といったそれぞれの長所を掛け合わせているが、どこもかしこもチグハグなパッチワーク。まるで、そういった合成ソフトがあって、それで自動的に融合させられたかのような――言うなれば、人間の感性が介在しない機械的な合体。

 武具作製士クラフターとして武具のデザインも手掛けているフリムが特にげんなりするのも、無理からぬことであった。

『OOOOOOOOOOOOOOOOORRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRWWWWWWWWWWWWWWWWWWW!!』

 だが姿形が醜悪なれど、それが奴を侮る理由には繋がらない。

 長大な三対六枚の翼を羽ばたかせて、全長三十メルトルはあるであろう巨体が宙を飛んだ。大質量が一気に天井近くまで舞い上がり、強い風が吹く。頭上から落ちる暗い影が、息苦しくなるような重圧感プレッシャーを与えてきた。

 しかし。

『――小竜姫、準備はいいだろうか?』

 カレルさんの確認。その相手は、戦闘が始まってからずっと最後方で詠唱に入っていたハヌである。

『無論じゃ。むしろ待ちわびておったぞ。このまま妾の出番が来ぬかもしれぬ、と思うほどにはな』

 応えるのは、可愛らしいがどこか不敵な声音。だけどその中に微かな息切れを感じるのは、親友である僕だけだろうか。

『準備は万端じゃ。後は妾に任せよ!』

 力強い断言に、自然とみんなの目線が彼女へと向けられる。

 この部屋の入り口近くに立つ、灰色の外套を被った小さな人影へと。



「 〈天照降臨・灰燼烈火〉 」



 濃密な言霊の籠もった起動音声が、静かに紡がれた。

 重たい布の内側から煌めくのは、スミレ色の光。その輝きが一気に強まり、漆黒の室内を眩く照らす。

 ハヌの前身は極東の現人神。それも風を司る荒神だったという。

 だが、風を操ることだけがその全てではない。神たる彼女の眷属は無数に存在し、その権能は多岐にわたるのだ。

 天照大神――天龍と並ぶ眷属神が一柱。太陽の化身と謳われるその力は、光と熱を思いのままにする。

 刹那、スミレ色の輝きが奔った。いくつもの煌めきが宙を駆け抜け、光の軌跡を描いては広がっていく。無数に枝分かれしながら伸びる光線は、やがて一つの大きなアイコンを形作った。

 空中に浮かぶ、立体型のアイコン。

 頭上にいた合成ゲートキーパーを丸ごと呑み込み、それは巨大な鳥かごにも似た形状をとっていた。

『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOORRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW!!!』

 スミレ色のアイコン内に囚われたゲートキーパーが、部屋全体がビリビリと震えるほどの雄叫びを上げる。かつて今と同じように、ハヌの術式で滅せられたタケミナカタの記憶が蘇ったのか。途端に激しい抵抗を見せる。

 だが、無駄だ。

 全身の装甲を開いて金剛石の砲弾を撃ち出そうが、六枚の翼からナイフのごとき羽根を降らせようが、大きく開いた口腔から超高圧の水を発射しようが、ハヌの作った立体型アイコンは決して破れない。

『化生め、何がしたかったのかは知らぬが徒労じゃったの。おぬしらの腹積もりなど最初からお見通しじゃ!』

 可愛い顔に似つかわしくない好戦的な表情を浮かべたハヌが、術式を維持しながら吐き捨てる。

 そう、先述したとおり、この『開かずの階層』における戦いがすんなり終わるものだとは誰も思っていなかった。何かがあるに違いないと、半ば確信めいた予感をもって僕達は戦闘に臨んだのだ。

 そして大方の予想通り、三体のゲートキーパーが融合合体するという前代未聞のことが起こった。

 そんな時に備えて、ハヌには最初から極大術式の詠唱に入ってもらっておいたのだ。何が起ころうと、彼女の術式で一気に吹き飛ばしてもらうために。

 その目論見は、こうして見事に的中した。

『疾く失せよ! 焦熱地獄の底へとな!』

 高らかに宣告したハヌが広げていた両掌を、ぐっ、と握りこんだ。

 途端、立体型アイコンの中心部から純白の輝きが生まれ、瞬く間に膨張する。

『OOOOOOOOOOOOOOOOORRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRWWWWWWWWWWWWWWWWWWW――!?』

 合成ゲートキーパーの大きな口から、耳障りな悲鳴が轟いた。ただの電子音だというのにそれが好戦的な咆哮か、痛覚エンジンによる苦悶の声かがわかるというのは、なかなか不思議な感覚ではある。

 ともあれハヌ曰く、今この瞬間、アイコンの内部は小型の太陽が現れた状態に等しいという。

 その熱量はもはや計測する気も起きない、埒外の数字だ。

 故に、わかることはただ一つ。

 アイコン内部に存在するものは、そのことごとくが焼き尽くされるということ。

 ハヌの〈天照降臨・灰燼烈火〉は、しかし名前とは裏腹に一切の火炎を見せることなく、中央から溢れた光を強めていった。

 真っ白な光は瞬く間に立体アイコンの内部を満たし、目を灼かんばかりに膨れ上がる。

 じっと見守っていた僕達も、次第に眩しさに負けて腕で顔をかばい、目を閉じてしまった。

 だが不思議なことに、熱さはまったく感じなかった。光以外は全て、ハヌのアイコンが遮断しているのだ。完璧に。

『OOOOOOOOOORRRRRRRRRRR――』

 合成ゲートキーパーの断末魔の絶叫は、やがて不意に途絶えた。スピーカーの電源が落ちたかのごとく、プツリ、と。

 いうまでもなく、それが終わりの合図だった。

 恐る恐る腕を下げ、慎重に瞼を開いていくと――

 そこには、巨大な合成コンポーネントが音もなく浮揚していた。

 それ以外には何もなく、もはや物音一つ立たない。

 そんな中、

『ふん、他愛もなかったの。ちと手間をかけすぎてしまったか?』

 つまらなさそうな、しかしどこか自慢げなハヌの声がローカルネットを通じて皆の頭に届く。

 だけど一拍の間を空けてから、彼女は実に脳天気な声でこんな質問を持ち出した。

『――ところで皆の衆。妾は詠唱に集中しておって化生の姿をよく見ておらなんだ。いま妾が消滅させたのは、一体どんな奴だったのじゃ?』

 キョトン、としている顔が見えるような口調だった。

 あんまりと言えばあんまりな問いに、誰もが返す言葉もないまま、通信網に微妙な空気が漂ったのは言うまでもない。






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