リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●15 飛び交う小細工




 長らくの辛抱から解放された四肢が、力強く駆動する。

 全身の筋肉という筋肉が戦える喜びに躍動する。

 弾けるバネのごとく僕は溜めに溜め込んだエネルギーを爆発させた。

「づぁあああああああああああああああッッッ!!」

 連撃に次ぐ連撃。息つく暇もないほど両手に握った二振りの大刀を振るい、ロムニックに斬閃を畳み掛ける。

 胸を劈く衝動に任せるまま、闘争本能の赴くがまま僕は刃を振るっていた。

 しかし同時に、頭の中の冷静な部分が戦況を的確に把握している。

 ロムニックの出で立ちは、見るからにランサーそのもの。色はさておき、戦闘服の上に胸当てや籠手などの軽鎧を身につけ、肩には戦闘マントを羽織っている。

 ランサーたる由縁である白槍は、しかしさほど長くはない。取り回しの軽快さを優先したのか、いわゆる短槍だ。ロムニックの身長ほどあるかないかのサイズで、純白の金属の所々に、グリップ力増加と衝撃を吸収するためのバンドが巻かれている。勿論、そちらも白で統一されていた。

 だが、白一色というふざけた格好ながら、〝下克上〟の異名をとる奴の実力は本物だった。

「――ッはぁっ!」

 僕の双刀が風を裂き、毒蛇のごとく宙を躍ってロムニックに襲いかかる。しかし、

「おっとっと、おっとっと」

 奴は初手から防御一徹で、ひたすら僕の攻勢をいなしていた。白銀の刀身と純白の槍とが激突を繰り返し、快音を伴う火花が無数に狂い咲く。

 ロムニックは余裕を見せていた。否、むしろ余裕しか見せていなかった。

 僕が格下であることを殊更にアピールしたいのか、いかにも余裕ぶった態度と動きで僕の斬撃を時に受け止め、時に受け流し、時に回避している。その都度、羽織ったマントが癪に障るほど優雅に躍り、奴の動きをより華麗に彩っていた。

「どうしました、ベオウルフ? 私を後悔させてやるのではなかったのですか? こんなものでは後悔どころか、あくびが出てしまいますよ?」

 右、左、右、右、左と連続で繰り出す斬閃を、しかしロムニックは的確に防御し、風に吹かれる柳のごとくいなしてしまう。

 なるほど、神器を抜きにした『推定総合評価Bランク』というのは伊達ではない。Dランクを三流、Cランクを二流、Bランクを一流、Aランクを超一流と考えれば、確かにロムニックは一流のエクスプローラーだった。

「――はぁっ!」

 右下からの斬り上げを槍の柄で受け止め、反動を生かして素早く飛びずさり、ロムニックは間合いを離す。懐に踏み込まれれば僕の間合いになるせいか、奴はさっきから後ろに下がってばっかりだった。

 客観的に、ヴィリーさんやロゼさん、アシュリーさんに比べれば、速度も腕力も技術も大したことはない。だけどこの場合、比較対象が規格外すぎる。支援術式なしの時は三流クラスの実力しか発揮できない僕にとっては、ロムニックは天と地ほどの差がある強敵だった。

 ――なのに何故、攻撃してこない……?

 僕は内心、首を傾げる。

 最初は様子見、ということなら納得は出来た。けれど、そんな時間はもうとっくに過ぎている。僕の全力を軽く弾いてしまえるロムニックなら、いつだって攻勢に移れるはずなのに。

 自分の【流れ】を作り、相手の【流れ】を読み、隙を突く――それがこの数日の特訓で叩き込まれた戦法だけど、そもそも相手が攻撃してこなければ【流れ】を読みようがない。

 間合いに踏み込み、斬りかかる。受け止めるか弾き返され、彼我の距離を空けられる――この繰り返しにいい加減飽きてきた頃、急にロムニックが足を止め、真っ向から斬撃を受け止めた。

 三つの金属が激突し、甲高い音をまき散らす。そのまま、二本の大刀と白槍がギチギチと鍔迫り合いのごとく鬩ぎ合う。

 わざと力を抜いて拮抗状態を保ったロムニックは、にっ、と口角を吊り上げた。

「ええ、そうですねぇ。私も飽きてきましたよ、ベオウルフ。そろそろ次の展開へ行きましょうか。一応聞いておきますが、まさか、何の目論見もなくここへ来たわけではないのでしょう? なら、さっさと出してはいかがですか? 【秘策】か何かを」

「……!」

 一体どうやって見抜いたのか、ギクリ、と奴の言葉が胸に突き刺さった。ニヤニヤと笑みを絶やさないロムニックは、身長差からくる高みから、こちらの腹の底を探るような視線を向けてくる。

 ――こいつ、気付いているのか……!?

 代わり映えのない攻防に飽き飽きしているのがバレたのは、僕の顔色を読んだからか。だけど奴が言うところの『秘策』については、一体何が原因で見破られたのかがわからない。

 交差し、力比べをする武器の向こうから、ロムニックはさらに顔を近付けてきた。そして、〈エア・レンズ〉のマイクに拾われないほど小さな声で囁く。

「あるんでしょう? 何か特別な作戦が。ええ、ええ、あるでしょうとも。なにせ支援術式による身体強化がなければ、あなたの推定総合評価ランクはD。天地がひっくり返っても私には勝てないのですから。もし仮に、無為無策で突っ込んできただけなのでしたら、それこそあなたは〝勇者〟の称号を返上するべきですね。それは〝勇気〟ではなく、〝蛮勇〟と呼ぶべきものですから」

 くっくっくっ、と喉を鳴らして笑うこいつに、心の底から生理的嫌悪を覚える。ぞわっと怖気が走り、僕は反射的にその場を飛び退いた。

 ロムニックを見据えたまま着地して、戦闘ブーツで床をわずかに滑る。双刀を構え直し、思考する。

 ――視線か? 僕の目から何か狙っていると見抜いたのか? それとも当てずっぽう? 確かに今日の装備は、奴が持っているであろう事前情報にはなかったものだ。そして、奴は僕の従姉妹がフリム――〝無限光〟であることを知っていた。そこから、この大刀や円盾に何かしら機構メカニズムが組み込まれているだろうと予測したのか。いや、あるいはさっきの言葉は全部適当なブラフで、カマをかけただけでしかなく、僕は見事に引っかかってしまったとか……?

「おやおや、随分と警戒されていますねぇ。さっきも言った通り、単純な推察ですよ。言ってはなんですが、正面からぶつかれば負けるのはあなたです。なにせあなただけ支援術式の使用が禁止という、とんでもなく不利な条件を呑んでくれたのですからねぇ。それも、あんな安い挑発なんかに乗って」

 構えることもなく、白槍を手に無造作に立つロムニックは、楽しげに口元を歪める。その声からは、愉悦の感情が滴り落ちそうだった。

「ですから、あなたが勝つには私の意表を突くしかない。そうでしょう? なら間違いなくその為の作戦なり、道具なりを用意してきているはずです。それぐらい、ちょっと考えればすぐにわかることですよ。何を焦っているのですか?」

「…………」

 予想はしていたが、やはりこのロムニックという男は、相当慎重な性格をしているらしい。僕としては、これだけ有利な条件で戦うのだから――と、多少なりとも相手の油断に期待していた節はある。しかし、どうやら見立てが甘かったようだ。奴は僕の立場になって考え、その思考をトレースしている。つまり、万が一の可能性すら考慮に入れて、慢心することなく身構えているのだ。

「それとも何ですか。もしやその作戦は、私が攻勢に移らないと効果が発揮できないとか? いやはや、それなら仕方ありませんね。では敢えて、あなたの術中に飛び込んでみますか。危ない橋も一度は渡れと言いますし――ねっ!」

 語尾を強く発声すると同時、いきなりロムニックが動いた。

 弾かれたような急激な飛び出し。瞬時に槍を構え、一直線に突っ込んでくる。

「――!」

 僕とて油断していたわけじゃない。この目でしっかり奴を観察していたからこそ、この突然の攻撃にも即座に対応することが出来た。

「はっ!」

 左へサイドステップ、こちらの腹めがけて真っ直ぐ突っ込んでくる穂先に、諸手の大刀を袈裟懸け叩き込み軌道を逸らす。純白の切っ先と白銀の刀身が激突し、ギャリン! と金属質の打音と擦過音が鳴り響いた。

 かなりハードだったけど、ヴィリーさん達のような強い人と特訓しておいて本当によかったと思う。相対的にだけど、ロムニックのスピードが遅く見えるのだ。

「ほう? 今のを躱しますか」

 すれ違い様、ロムニックが呟くのが耳に届いた。

「――~っ……!」

 すぐさま反転する。奴も鋭く体を回転させ、ダイナミックに純白のマントを翻させた。

 攻守を入れ替え、今度は奴の連続攻撃が始まる。

「ほらほら、お待ちかねの攻撃ですよ? 絶好の機会ではありませんか? どうぞあなたの秘策を見せてください、ベオウルフ」

 のんびりと喋りながらも、しかしロムニックの槍さばきは苛烈だった。小回りの利く短槍を巧みに扱い、素早い連続突きを放つ。その最中、柄の部分を用いての薙ぎ払いや、石突きによる牽制攻撃をも交え、至極真っ当な槍術を披露してのけた。

 先日の『開かずの階層』で十文字槍クロススピアを使っていたように、僕も祖父の指導のおかげで槍の扱いには多少なりとも心得がある。意外なことに、その僕から見てもロムニックの槍術は堅実の一言に尽きた。

「くっ……! はっ! づぁっ! こん――のぉっ!」

 円、回転、螺旋を意識して、骨に力を凝縮。ハヌと行った正天霊符のトレーニングを思い出しながら、僕は双剣で白い刺突を迎撃する。

 瀟洒な見た目とは裏腹に、ロムニックの槍捌きはいっそ地味なほど基本に忠実だった。型通りで無駄がなく、洗練されている。面白味がないといえばないが、それは同時に、隙が無いことをも意味しているのだ。

 剣の攻撃は円を描き、線の結果を残す。一方、槍は直線を描き、点の結果を残す。剣の動きはどうしても大振りになるため見切られやすいが、槍はコンパクトに動けば穂先の切っ先が〝点〟となって近付いてくるため、非常に見極めにくいのだ。また最短距離を貫いてくるため、体感的にひどく速く思える。

「ほらほらほらほら、早くしないと本当に貫いてしまいますよ?」

 軽口を叩きながら、ロムニックは受けるこちらの手が痺れるほどの突きを放ってくる。咄嗟に身を沈めて回避した僕の頭上を、白槍が唸りを上げて通り過ぎた。

 槍の突き方には大きく分けて三通りある。諸手突き、繰り突き、片手突きの三種だ。諸手突きは文字通り両手でしっかり握って突く。一番力が入って威力の高い突き方だ。ただしリーチは短い。繰り突きはビリヤードのように、先手の中で槍を滑らせる突き方。これは連続攻撃が出しやすい。最後の片手突きは威力こそさほどではないが、大きく動くことが可能で、何よりリーチが長くなる。だがその分、隙も大きい。

 ロムニックは基本、諸手突きか繰り突きのどちらかしか繰り出してこなかった。大振りになる片手突きだけは、頑なに使わないのだ。おかげでこちらの付け入る隙が全く見当たらない。

「おやおやぁ? ここまでしても何も出てこないということは、もしや本当に無策で来たのですか? だとしたら幻滅もいいところなんですがねぇ?」

 僕を小馬鹿にしながらも奴は決して油断せず、防御を固めている。口で言うほど気楽に構えているわけではなく、むしろ警戒しているのだ。僕がロムニックの予測を超える行動――所謂〝秘策〟を発動させるのを。

 ――いいさ、そこまで言うなら見せてやる……!

 僕は目の前に迫った白槍に双刀を全力で叩き込み、反動を利用して飛び退さった。先程ロムニックがやったように、間合いを大きく離す。予想通り、ロムニックは追撃してこない。

 ――どうせ使わなければ勝てる見込みのない戦いなんだ。勿体ぶる理由はない……!

 僕は左の大刀を背中の鞘に戻し、両手で一本の大刀を構えなおした。

「ほう? 片手じゃ力負けするので、武器を一つに絞りましたか。しかし所詮あなたの腕力では、私には到底敵わないと思いますが?」

 そう言いながら、ロムニックは防御の構えをとる。

 奴の言う通りだ。小柄な僕は速度はともかく、膂力ではまず勝てない。ロムニックがその気になれば、僕を力尽くで叩き潰すことだって可能だろう。

 だから。

「チャージ」

『マキシマム・チャージ』

 僕の発動音声コールに大刀が答えた。刀身の輪郭をなぞるように紫の燐光が灯る。

「いくよ、〝スカイウォーカー〟」

『ロジャー』

 両足の戦闘ブーツが呼びかけに応じ、全体に走る紫のラインから光を放った。

 フリムの用意してくれた武具には、各々フォトン・オーガン機構システムが組み込まれている。つまり、彼女が愛用するドゥルガサティーやスカイレイダーと同じように、特殊な機能が搭載されているのだ。無論、間に合わせの武具であるため、あの二つほどの出力はないけれど。

 ――でも、これで十分だっ!

 突然の発光にやや目を見開いているロムニックへ向けて、僕は床を蹴る。

 両足のハイカットブーツ――スカイウォーカーは、その名のごとくフリムのスカイレイダーの弟分のようなものだ。故に、搭載されている機能もよく似ている。流石にレイダーほどの攻撃性能は備わっていないけれど。

「――ッ!」

 スカイウォーカーの持つ力は『加速』と『空中歩行』。ブーツからアシストされる力によって、僕はこれまで以上のスピードで、目に見えない階段を駆け上がるように立体機動に入った。

「な……!?」

 流石のロムニックもこれには瞠目した。急激な加速と、空中を疾走する僕を見上げ、口から驚きの声を漏らす。

 僕は〈シリーウォーク〉で三次元移動するのと同じ要領で、スカイウォーカーで見えない力場を蹴りまくり、何もない空間を跳弾のごとく飛び回った。

 瞬く間に、驚愕に固まるロムニックの頭上へと至り、奴の死角に飛び込む。その場で宙返りして天井方角を蹴りつけ、反転。天地を逆さにして、紫の燐光を纏う大刀を振りかぶり、

「――はぁあああああああッ!!」

 【真上】から奇襲した。

 支援術式どころか攻撃術式すら使えない今の僕には、ロムニックを圧倒する一撃が放てない。だからフリムは、そんな僕でも敵を一発で打倒し得る武器を用意してくれた。なおかつ、その必殺の一撃を当てるために必要な機動力まで。

 急落する鷹のごとくロムニックの後頭部を強襲する。奴は振り向くことさえ出来ない。完全に意表を突いた。いつかのヘラクレスとの戦いが一瞬だけ脳裏に過ぎる。

 ――もらったっ!

 少々早いがこれで終わりだ。戦闘マントに覆われた背中を狙えば命までは取らないはず。

「――――――――ッ!!」

 会心の手応えを予感した刹那、しかし両手に生じたのは硬い衝撃だった。

「……ぁぁぁんちゃって、と言ってしまうと、少しおちゃらけ過ぎですかねぇ?」

「!?」

 愕然と目を剥く。驚愕したのはロムニックの台詞にではない。

 奴は白槍を担ぐようにして背後に回し、振り返ることもなく僕の斬撃を受け止めてみせたのだ。信じられないほど正確に。

 ――読まれてた!? いや、そんな馬鹿な、いくら何でも見向きもしないでここまで完璧に防がれるなんて……!?

 大刀と白槍はいっそ綺麗なほどに十字を描いていた。斬閃の軌道を完全に読んでいなければ不可能な受け止め方だった。

「くっ――!」

 だが、このまま押し切ってやる――!

 僕は〝人工SEAL〟から大刀へコマンドを送って、トリガーをキック。刀身にチャージしたエネルギーを解放。

「――らえぇぇえええええええええッッ!!」

 刀身を包む紫の燐光が輝きを強め、爆発的に膨張した。

 その瞬間、

「おっと危ない」

「ッ!?」

 目の前にあったロムニックの背中がいきなり、ひょい、と消え失せ、力のかけどころを失った大刀があっけなく空振りする。

「な――!?」

 たたらを踏んだ時にはもう手遅れだった。

 炸裂。

 カートリッジから供給されたフリムのフォトン・ブラッドが爆裂し、衝撃と化した。剣先から落雷のごとき爆音が轟き、大気をビリビリと震わせる。

 これがフリムが大小中の刀全てに搭載した機構メカニズム――〝チャージブレイク〟だ。指向性の爆破を放ち、敵を破壊する強烈な武装である。

 もっとも、今の一発は無駄になってしまったけれど。

「いやぁ、なるほどなるほど。そんな隠し技がありましたか」

 左後方から、その軽い声は聞こえてきた。弾かれたように振り返ると、そこには無傷のロムニックがいる。

「危ない危ない」

 ぬっふっふっ、といやらしく笑うロムニック。

「……!」

 焦慮の炎が肋骨を焼くかのようだった。何故、あそこまで綺麗に回避されてしまったのか。僕の身は奴の死角に入っていたはずだし、あの体勢から何をするかなんてわからなかったはずだ。

 なのに、ロムニックは後方頭上からの奇襲も、その後のチャージブレイクも、完全に避けてみせた。まるで、事前にそうすることがわかっていたかのように。

「今のはすごい威力でしたね。いやぁ納得です。確かにあんなものを喰らったらひとたまりもありません。しかも何ですか、さっきの動きは? 驚きましたねぇ。なるほど、支援術式が禁止されても装備品の機能ならルール違反になりませんものね。いやはや、考えたものです」

 褒めそやしつつも、馬鹿にするような笑みだけは消えていない。話す内容も上から目線だ。

「しかし、今の攻撃は数に限りがあるんじゃないですか? 見たところ、攻撃術式ではなかったようですし。確かベオウルフ、あなたのフォトン・ブラッドはもっと濃い色でしたよね?」

 聞かれたところで答えるわけもない。

 確かにチャージブレイクは、剣一本につき三発までしか撃てない。つまり、最大で十八発。さっき一発が空振りしたから、残りは十七だ。この残弾が尽きるまでに一発でもロムニックに直撃させられれば、僕の勝ち。もし全弾外してしまったときは――

 ――そのとき考えればいい!

 歯を食いしばり、一瞬でも弱気になりかけた気持ちを全力で奮い立たせる。

 暗い未来を思い描いている暇なんてない。そんなことよりも、何故さっきの攻撃が当たらなかったのかを考えろ。

 奇襲は成功していた。確かに奴の意表を突いていたはずだ。その証拠に、ロムニックだって驚きを露わにしていたではないか。

 ――まさか気配を察知して、あそこまでの動きを……? 熟練の戦士なら、そんな芸当が出来てもおかしくないとは聞いているけれど……

 確かに、ロムニックの槍術には実直なまでの積み重ねを感じる。真面目に修行して、肉体に刻み付けた確たる技術。弛まぬ鍛錬の末に手にした、本当の実力。

 しかしそれだけで、振り向きもせず奇襲をさばくなんてことが可能になるものだろうか。第一、そこまでの実力があるのなら、どうして奴は総合評価Bランクなんかに甘んじていたのか。

 ――いや、違う。そうじゃない。そうじゃないはずだ。落ち着け。答えは一つしかないではないか。

 神器だ。

 ロムニックの異名の一つ〝下剋上〟を実現させてきた原因。奴の急激な栄達の源。〝SEAL〟で発動させる術式ではない、超常の力。

 それしか考えられない。

「無反応ですか。つれないですねぇ。ですがまぁ、今は戦闘中ですし、沈黙は金などと言いますからね。こうやっベラベラ喋っている私の方がおかしいとはわかっているのですが」

 余裕綽々の態度で、楽しそうにロムニックは槍を構えなおす。

 神器のことを忘れていたわけではない。だけど、僕がこれまで見てきた神器は、どれも派手な見た目をしていた。それはヴィリーさんの質量を持つ蒼炎であったり、ロゼさんの異常な怪力であったり、シグロスの融合能力であったり。

 だけどロムニックの神器については、未だ全容がわからない。神器を発動させる素振りすら見せないものだから、いつの間にか意識の片隅に追いやってしまっていたのだ。

「さて、あなたの【奥の手】もわかったことですし……そろそろ次のステージへと行きましょうか」

 ロムニックが穂先を突き出し、宣言する。僕はこの時初めて、奴の体から立ち上る戦意を感じた。にやついた顔はそのままながら、目付きが若干鋭くなったように思える。

 いきなり来た。

「ッ!?」

 突如として目の前に迫ってきたロムニックに度肝を抜かれる。速い。さっきまでとは段違いのスピードだ。

 突きがくる。

「――!」

 咄嗟の判断で左に飛んだ。奴は右利き。こちらへ避ければ、奴は体勢を整えない限り追撃を放てない――そう考えていたのに。

「ほっと」

 軽い掛け声と共に、重い衝撃が僕の右腕を撃ち抜いた。

「ぐぁっ……!?」

 薙ぎ払い。ロムニックは突き出した槍から左手を離し、そのまま横薙ぎに叩き付けてきたのだ。けど幸い、ダメージは小さい。

「おやおや、シールドまでお持ちでしたか。用意周到ですねぇ」

 両腕に取り付けていた円盾。食事に使う皿サイズのそれを中心に、〈スキュータム〉にも似た紫色の防御シールドが展開している。これもフリムのフォトン・ブラッドをエネルギー源とする、フォトン・オーガン武装だ。チャージブレイクと違ってかなり燃費がいいため、左右どちらも百回ぐらいは使えると聞いている。

 臨機応変に繰り出された打撃をどうにか受け止め、僕はさらに間合いを離そうとした。

 それが失敗だった。懐に踏み込むべきだったのだ。遠間は槍の間合いなのだから。

「ですが――そこ、【抜き】ますよ?」

 防御シールドが消えた、まさにそのタイミング。白い穂先が大蛇のように鎌首をもたげた。

 右肩に衝撃。

「がっ――!?」

 熱い痛みに勝手にうめき声が出て、僕は強く突き飛ばされるように体勢を崩した。しかし、ロムニックの追撃は止まない。立て続けに体のあちこちに衝撃が生じた。

 都合六回。肩、胸、腹に突きを受けて、僕は大きく吹き飛んだ。転倒し、ゴロゴロと床を転がる。

「――うーん、硬いですねぇ。流石は〝無限光〟謹製の装備、と言ったところでしょうか。次は露出しているところを狙いますかね」

 暢気に嘯くロムニックの声を聞きながら、僕は飛び起きた。素早く大刀を構え、奴の姿を見据える。

 さっきの畳み掛けるような連続突きのダメージは少ない。全部、〝アキレウス〟の防護機能が槍の威力を減少させて防いでくれた。硬い棒で叩かれたような痛みは残っているけど、穂先が肉を抉るのだけは免れている。

 と思いきや、

「しかしまぁ、まずは一筆目。楽しい色塗りはここからですよ」

 ロムニックの一言で、白槍の切っ先がわずかに深紫に染まっていることに気付いた。

「……!」

 同時に、右頬に走る熱を感じる。手をやると、指先にぬるりとした感触があった。大して深くはないけれど、白槍の穂先が掠めて裂けたらしい。

 ――いつの間に……

 身体に叩き込まれた六発は認識できたけど、さらに七発目の突きが、危うく頭部を狙って繰り出されていたのだ。

 全然気付かなかった。

 それだけじゃない。コンポーネントやフォトン・ブラッドをエネルギー源とする戦闘ジャケットの防護機能は、衣服のみならず全身を覆う膜のように展開している。だけど、当然ながら露出している部分の防御力は相応に低くなる。ロムニックの槍はその防護膜を貫いて僕の頬を切り裂いたのだ。

 いけない。リメイクされた戦闘ジャケットの防御力に寄っ掛かっていては駄目だ。うかうかしていると、胴より先に頭や喉を貫かれてしまう。

「そういえば、あなたはルールで支援術式が禁止になっていますが、別に攻撃術式や剣術式などは使っても構わないんですよ? まぁ、先日見たアイコンの大きさから察するに、〈フォースブースト〉による術力の強化がなければ大した威力は出せないのでしょうけど」

 隙無く槍を構え、左へ移動しながら間合いを測るロムニックが、またぞろ挑発的な言葉を投げかけてきた。無論、答える気など毛頭ない。僕の〝SEAL〟が麻痺していて術式が使えないということが露見したら、奴はさらに調子づくに違いない。戦いに不利になるとかそういう次元でなく、ロムニックが図に乗るのが何よりも嫌だった。

 僕もまたジリジリと右へ動き、二人で円を描くようにしながら飛び出すタイミングを探る。奴の持つ神器がどういった力を秘めたものなのかはわからないが、とにかく奇襲は失敗した。迂闊に動けば、返り討ちに遭う可能性が高い。

 ――どうにかして、奴の神器の特性を見極めないと……

「そうそう、知っていますか? あなたには〝勇者ベオウルフ〟以外にも、〝怪物ジ・モンスター〟や〝雷神インドラ〟といった大層な異名がつけられているんですよ。すごいですねぇ。私の〝下克上〟や〝決闘者〟とは全然スケールが違います」

 褒めて持ち上げる振りをして、後で叩き落とすつもりなのはもうわかっている。僕はロムニックの語りかけのほとんどを適当に聞き流しながら、次の動きを考えていた。

 ――とにかく情報が足りない。奴の神器の能力は一体何なんだ? どうやらかなり地味で、発動しているのかいないのかよくわからないものらしいが。奴は先程、こちらの奇襲に最初は驚き、でも攻撃自体は完璧なまでに防いでみせた。まさか瞬間的な未来予知か? あるいは五感の拡大? 見た目に変化はなくとも、視野が三六〇度になっていたとか? もしくは耳や鼻の感度が上がって、共感覚のように死角からの攻撃が手に取るようにわかるとか……?

 様々な憶測が脳裏に浮かんでは、確信の札を貼れないまま通り過ぎていく。

 僕は我知らず、唇を噛む。

 ――駄目だ、情報が少なすぎる。確定できない。こうなったら、もう少し攻勢をかけて様子を見るしかないか……くそ、こんな時に攻撃術式が使えれば、せめて牽制ぐらいには使えたのに……!

「しかしまぁ、それも今日限り。あなたの名声は地に落ち、無様に這いつくばることになるでしょう。そして、あなた自身は自らの血の池に沈む……ああいえ、安心してください。別に殺しはしませんよ? あなたには生きて、我々……ええと、何て名前だったかな? ははっ、どうでもよすぎて正式名称を忘れてしまいました。まぁ別にいいでしょう。とにかく、ベオウルフなんちゃら被害者の会に頭を下げて、補償金を出してもらわねば困りますからねぇ」

 軽い声で綴られる台詞には、流石に聞き捨てならない部分が混じっていた。

 ――どうでもよすぎて忘れてしまった、だって……!?

「……お前……!」

 胸に灯る怒りの炎に、油を注がれたかのようだった。口が勝手に動く。

「今のはどういう意味だっ!」

「はい? どういう意味だと言われましても……そのままの意味ですよ? ……おやおや? もしかして、まだ気付いていらっしゃらなかったんですか?」

 戦闘の最中だというのに、ロムニックは両手を広げて肩を竦めて見せた。

「まさか、私がベオウルフ・スタイルを真似するようなお馬鹿に見えますか? いやいや心外ですねぇ」

 嘲笑うと同時、ロムニックが動いた。素早く諸手突きの構えを取り、床を蹴る。

 純白の槍が稲妻のごとく大気を貫き、迫った。

「ッ!」

 迎え撃つ。槍の穂先を払いのけるように大刀を合わせ、逆袈裟に斬り上げる。銀の刀身と白の柄が激突し、金属音が耳を劈いた。

 本当なら奴の動きに合わせてカウンターを入れたいところだったけど、どうも上手く距離感が掴めない。奴の全身が白で統一されているせいで、カメレオンのごとくセキュリティルームの内装に溶け込んでしまい、動き出しがよく見えないのだ。

 ――もしかして返り血がどうこうっていうのはブラフで、本当はこの効果を狙っていたのか……!?

 だとしたら、小細工が過ぎるというものだ。支援術式なしという有利な条件で決闘を申し込んでおきながら、そこまで用意周到に策を弄してくるだなんて。どこまで慎重で、どこまで油断のない男なのだろうか。

 ロムニックはそのままグイグイと槍を押し込みながら、顔を近付けてくる。蛇のごとく長い舌で舌なめずりをして、

「するわけないでしょう、あんな無謀な戦い方。根本的にエクスプロールの基本を無視しているじゃあないですか。自分より弱いSBを狩ってコンポーネントを収集する――それがエクスプロールの原則なんですよ? 本来の実力以上のSBを倒す? そうすれば実入りが増える? みんなが強いって褒めてくれる? ははは、馬鹿言っちゃあいけません。たかだか三ミニトしか効果のない術式を使って、自分自身が強くなったと思い込むなど愚の骨頂です。あんなスタイルを真似するのは、総じて頭がお花畑のお馬鹿さんだけなんですよ」

「……!」

 自分の仲間であるはずの『ベオウルフ・スタイル被害者の会』を、ロムニックは他人事のように嘲弄した。心の底からの言葉なのだろう。間近にあるモスグリーンの双眸には、侮蔑の光が明らかだった。

「危険なスタイルを安易に真似したがるのはね、つまるところ功名心にはやった愚か者だけなんですよ。もしくは、身の程知らずの業突く張りと言ってもいい。あなたも見たでしょう、感じたでしょう、彼らの愚劣さを、卑劣さを。自ら責任を負わず、身に降りかかった不幸が全て他人のせいだと断じる自分勝手な思考回路。やることと言えば、パクリ元であるあなたに全責任を擦りつけ、自分達の不明や過失には目を瞑り、思考を停止させて文句を叫ぶだけ。本当に悪いのは、ろくに考えもせず、他人の猿真似をしたあいつら自身だっていうのにねぇ?」

 何がそんなにおかしいのか、ロムニックは喉を引きつらせるように、ひっひっひっ、と気味の悪い笑い声をこぼした。

「ですから、あんな奴らと一緒にされちゃあ困るんですよ。迷惑なんですよ、不愉快なんですよ。あなた私を馬鹿にしてるんですか? ははは、勘弁してくださいよ。私はね、そういった馬鹿な連中に声をかけて、一つの集団にまとめただけなんですよ。まぁ、多少はけしかけましたけどね。いやぁ、簡単でしたよぉ? なにせ彼らは、自分たちの過失から目を背けたがっていた。そう、仲間や恋人を失った連中は特にね。誰か自分以外の悪役を欲していた。そうしなければ自分の無能さに目を向けざるを得ませんから。しかし、そんな彼らにはこれ以上ないスケープゴートが存在した。そう、それがあなたです、ベオウルフ」

「……!」

 自らの優位を確信しているのだろう。ロムニックは毒液を垂らすがごとく、聞いてもいない内情を語り始めた。知りたくもなかった、吐き気を催すようなネタばらしを。

「ひとたび憎しみが他者に向かえば、その修正は容易ではありません。理屈じゃあないんですよ。怨みがあるから恨むのではなく、恨みたいから恨むんです。だからどんなに破綻した理屈であっても、自分達に都合のいい話には頷き、そうでないものはとことん否定する。実に愚かでしょう? でもね、そういった人間はどこにでもいるんですよ。あなたが全ての元凶だと思い込み、生卵をぶつけるような人間がね」

「うるさい黙れ……!」

 もはや聞いていられなかった。ロムニックの引き笑いが堪えきれないほど癇に障った。耳から入った声が直接神経を逆撫でしているかのようだった。

「お前が言っているのはただの詭弁だ。都合よく利用しておいて勝手なことを抜かすな……!」

 歪んだ愉悦に浸るモスグリーンの瞳を睨みつけ、僕は押し殺した声を発する。

「どんな言葉で取り繕うが――あの人達の背中を押したのは、他でもないお前自身だ……!」

 同情はしないけど、理解は出来る。ロムニックの言うように、被害者の会に属する人々には〝わかりやすい悪役〟が必要だったのだろう。そして、そういった闇が人間の中にあることも、僕はこれまでの人生経験で知っている。

 だから。

「そのお前が、あの人達を愚かだなんて笑うな。馬鹿にするな――!」

 腕に力を込め、白槍を押し返す。怒りをそのまま視線に籠めて、ロムニックの顔を射貫く。

「僕からすれば――お前が一番汚くて醜い人間だッ!」

 叩き付けるように叫び、続けて、

「チャージ!」

『マキシマム・チャージ』

 刀身に紫の輝きが充填される。まさしく紫電が刃から迸り、視界を灼く。ロムニックの顔が顎下から照らされ、一瞬、死相のごとき不気味な相貌が浮かび上がった。

「おおっと怖い怖い」

 途端、小馬鹿にするように嘯きながらロムニックがあっさりと身を引く。先程のように俊敏に逃げるつもりなのだ。しかし、そうくることはお見通しだ。チャージブレイクのトリガーを保持したまま、僕は前へ出る。奴と僕の敏速性の差は両足のスカイウォーカーが埋めてくれる。ロムニックが開こうとした間合いを殺し、磁石のようにぴったりついていく。

「おやおや、そうきますか」

 あくまでも余裕を保ったままロムニックは後ろへ下がりながら槍をさばいて、ピュアパープルに輝く大刀を撥ね除けようとする。だけど僕はそれをも見越していた。

 合わせるようにチャージブレイク発射直前の剣を引き、短くバックステップ。力尽くで大刀を弾こうとした白槍が目の前で空を切る。そして着地した瞬間、僕は左の足裏で抉り込むようにして床を蹴り、跳ね返るボールのごとく再び前へと飛び出した。

「――ッ!」

 チャージ中の大刀を直突きに構え、槍を振り切った体勢のロムニックに切っ先を向け、トリガーをキッ

「ほっと」

「!?」

 白槍を大きく空振りさせたと思っていたロムニックが、予想外の反応速度を見せた。槍から左手を離し、するりと右手の中で滑らせる。柄の下――石突きに近い位置を握り、返す刀のように振ったのだ。

 最悪な意味で、ジャストなタイミングだった。

 ヒュッ、と鋭く風を切った一撃は、突き込んだ僕の大刀の横っ腹を勢いよく叩いた。遠心力から生まれる強い衝撃で切っ先が大きく逸らされ、そしてチャージブレイクのトリガーはもはやキャンセルできるタイミングを逸していた。

 爆裂。

 轟音とともに二発目のチャージブレイクが大刀の切っ先から噴射して、しかし誰もいない空間を無為に貫いた。稲妻を孕んだ竜巻のごとき力が、ロムニックのすぐ横を唸りを上げて通り過ぎていく。奴の戦闘マントがバサバサと大きくはためいた。

「いやぁ惜しかったですねぇ。あともう少しだったのに」

「くっ……こ、のっ!」

 残念がる僕の心を見透かしたようなことを抜かすロムニックに、瞬間的に頭に血が昇った。ついさっき鞘に収めたばかりの左の大刀を引っ掴み、抜き放つ。

「――づぁああああああああああああああッッ!!」

 姿勢を低くして、スカイウォーカーの力を借りて一陣の疾風のごとく奴の懐へと潜り込む。槍の得意とする間合いの内側へと滑り込むと、僕は二振りの大刀でラッシュを仕掛けた。

〝剣嬢〟と〝絶対領域〟仕込みの双剣術が荒れ狂う。右腕と左腕がそれぞれ別の生き物のごとく動いて、縦横無尽に剣閃を奔らせた。銀に煌めく刃と白く艶めく白槍とが立て続けに激突し、火花が百花繚乱の様相を呈する。

 全身を駆動させ、自らの【流れ】を作り、途切れることなく剣撃の雨を降らせる。しかし、ロムニックはそのことごとくを防いでみせた。

「……ッ!」

 やはり隙がない。連続攻撃で奴の防御を突き崩し、そこにチャージブレイクを叩き込んでやりたいのだが、どうしてもこじ開けられない。

 もはや鉄壁と呼んでも過言ではないほどの堅固さだった。

 類推するに、以前のロムニックは堅実に槍術の研鑽を重ねた、典型的なランサーだったのだろう。人を食った言動とは裏腹に、こいつの実力は紛れもない本物。神器などなくとも、奴は十分に強いのだ。

「――はっ!」

 スカイウォーカーの靴底で不可視の力場を踏んで、立体機動へ移る。ゴムボールのように飛び回り、奴の意識を攪乱させるのが目的だ。

 ――だけど、こいつの反応速度や死角への対処力は異常だ……!

 それこそ背中に目でもついているかのごとく、ロムニックは死角からの攻撃を悠然と受け止め、苛立つほど優雅に回避してみせる。

「ねぇベオウルフ、あなたは先程こう言いましたね?」

 野ウサギよろしく跳ね回る僕とは対照的に、ロムニックは泰然と槍を構えているだけ。またしても専守防衛を旨として、最小限の動きで僕の攻撃をいなし続けている。

「わたしこそが、一番汚くて醜い人間だ――と」

 ふぅ、と小さく吐息したその瞬間、これまでタコの触手のごとくぬるりとしていたロムニックの声が、不意に硬く凍りついた。

「あのねぇ、殺しますよ?」

 告げた刹那、稲光のごとき薙ぎ払いが閃いた。

「ッ!?」

 死角から攻めようとしていた僕への、振り返り様の一撃だった。かろうじて反応する。右腕の円盾を突き出す。紫色の防御シールドが、風切音が後からついてくるような高速の一撃を受け止めた。衝撃が全身に伝播して四肢が痺れる。我知らず後ろへ下がった足が、

 何かに引っかかった。

「な――!?」

 予想もしていなかった躓きに体勢を崩し、僕は堪えきれずその場に尻餅をついた。

 このパターンには覚えがある。特訓中、ロゼさんから『先々の先』について聞かされた時の――

 数日前の光景が脳裏にフラッシュバックした瞬間、下顎部に衝撃。目の前に火花が散る。喉が大きくのけ反る。ロムニックの装甲靴に顎を蹴り上げられたのだと体感で悟った。

「……!?」

 喉が詰まって悲鳴も出なかった。後頭部に衝撃。頭蓋骨の中が揺れる。床に頭をぶつけたのだ。僕は今、無防備にも床に仰向けに寝転がっている。駄目だ、まずい、こんな体勢で追撃を受けたら――

 ガギンッ! と首のすぐ右に金属音と風圧。刃の気配。

 目を見開いた。

「――あなた、自分を何様だと思っているんです?」

「ぐぁ――!」

 胸に重石を落とされたような圧迫感が生まれる。何かと思えば、ロムニックが僕の胸部に装甲靴を載せていた。

 首のすぐ近く――触れるか触れないかぐらいの擦れ擦れの位置に、奴の槍が突き立っていた。標本の針のごとく、僕の影を縫い止めるかのごとく。

 わざと外したのであろうことは、考えるまでもなかった。

「ベオウルフ、あなたさっきの私の話を聞いて、心のどこかで安心していませんか? ああ、こいつは自分を殺す気がないのだ――とね。謝罪と補償金のために、命までは取られないだろう、と」

 冷然とした見下しの目線が僕の顔に突き刺さる。ロムニックはさらに、ぐぐぐ、と足に体重をかけて僕の胸を圧迫しにかかった。

「が……はっ……!」

「ええ、そうですよ。殺しはしませんよ? 【積極的には】。でもね? もし不慮の事故で死んでしまったら、その時はその時なんですよ。わかります?」

 地面に落とした煙草を踏み潰すように、ぐりぐり、と装甲靴が動く。肺がよじれて、我慢していても呻き声が出てしまう。

「そろそろ自覚しましょうよ。あなた、私より弱いんですって。はっきり言って私の圧勝なんですって。ぶっちゃけ私が本気だったら、この決闘が始まってからもう十回以上は死んでますよ? 既にどれだけ喉笛を掻っ切ったり、顎下を貫く機会があったと思ってるんですか? 互いの実力差はわかっているでしょう? これ冗談に聞こえますか? ええ?」

 くい、とロムニックが槍を傾けると、首筋に冷たくて熱い感触が生じた。穂先が戦闘ジャケットの防護膜ごと皮膚を切り裂き、食い込んでいるのだ。

「……!」

 僕は内心でほぞを噛む。

 わかっている。今のは嘘でも誇張でもあるまい。僕と奴との間には、確かにそれだけの差がある。

 だけど、しかし――だったら何故こいつは、僕を瞬殺しようとしないのか。

「どうして、すぐに決着をつけようとしてこないのか――そう思っていませんか、ベオウルフ? いやはや、わかりやすい人だ。顔を見ただけで考えていることが丸わかりですよ」

 胸が苦しくて顔を歪ませている僕の、どんな変化を見ればそんなことがわかるのか。しかし確かにロムニックは僕の心の裡を言い当て、唇の片側を吊り上げて野卑た笑みを見せた。

「ちょっと考えてみればわかることですよ。この決闘はいわば茶番。つまり、【シナリオ】があるんです」

「……シ、ナリ、オ……?」

「ええ、そうです。かいつまんで言ってしまえば、あなたの敗北はもはや決定事項なんですよ。支援術式を使わないあなたは、どう逆立ちしても私には勝てない。私にボロ雑巾のように叩きのめされ、情けなくも必死に命乞いをした挙げ句、降参して負ける――それが理想の結末です。まぁ、別に支援術式を使っても構いませんけどね。しかし、その場合もやはりあなたの反則負け。流石に命乞いする姿には敵いませんが、それでも十分あなたの株は暴落するでしょう。それに、法律はともかく、掟にはめっぽう厳しいこの業界です。ルールを破る不届き者がどうなるか、あなたもご存じでしょう?」

 無法地帯である遺跡に潜るエクスプローラーには、法律よりもむしろ業界の掟を重視する風潮がある。法を守らず、そして法に守られない無法者だからこそ、エクスプローラーには厳然たる掟があり、徹底的に遵守される。

 それ故、まつろわぬ者達の、さらにまつろわぬ者は、必ず排斥され、真の意味で居場所を失うことになるのだ。

 ロムニックの言う通り、僕が支援術式を使えば――使えればの話だが――確かに目先の勝利は掴めるだろう。だけど、決闘のルールを破った僕と、その仲間であるみんなに待っているのは、エクスプローラー業界からの追放だ。

 おそらく、誰も僕達の味方にはなってくれないだろう。あのヴィリーさんやカレルさんだって、手をこまねいて見ていることしか出来まい。僕達は世界中のエクスプローラーを敵に回し、ただただ逃げ回ることしか出来なくなるのだ。

 もし捕まれば、僕らは私刑に処されるだろう。

 そう。かつて『スーパーノヴァ』という名のクラスタを率いていた、あのダイン・サムソロがそうだったように。

 だから、決闘に臨むエクスプローラーでルールを破る者はほとんどいない。例え決闘中に致命傷を受けようとも、仲間のことを思えば、回復術式を使わずに死んでいく方が正しいと知っているから。その場しのぎで生き残っても、最終的には殺されてしまうことを理解しているから。

 それは僕だって同じだ。だから、支援術式禁止のルールは絶対に破るわけにはいかなかった。

「いやはや、本当に馬鹿ですねぇ、あなたは。まんまと口車に乗せられて、支援術式禁止などという不利なルールを受け入れてしまうだなんて」

 その口車に乗せた張本人が何をほざく――くつくつと笑うロムニックにそう言ってやりたいが、息が苦しくてまともに発声できそうにない。

 決闘といっても所詮は私闘。ルールは当事者同士が決めることだ。その内容がどうあれ、当人の間で合意がなされた以上、外野が口出しすることはまずない。例えそれが、今回のようにあからさまに片方が不利になるようなルールであっても。

「直情径行、猪突猛進、軽挙妄動……色々と突っ込みどころが満載ですが、それが『若さ』って奴ですかねぇ。普通は受けませんよ、こんなルールの決闘なんて」

 ――そんなことは言われなくてもわかっている。それに、当のお前に言われたくない。あの時、執拗なまでに僕を煽ったのはそれが目的だったくせに。

 今ならわかる。最初から全て、こいつの企てだったのだ。この男は、一方的な条件の決闘を取り付けるためだけに、あれだけの人数を揃え、扇動し、卵を投げつけさせ、僕の怒りに火を点けたのだ。こちらが見境をなくすほど挑発して、自分が絶対的優位に立てる決闘を仕掛けるために。

 赫怒に我を忘れた僕は衝動的に、普通なら絶対呑まないだろうルールを呑んでしまった。何もかもが奴の目論見通りだったはずだ。唯一、僕と一緒にいたヴィリーさんがロムニックと同じ〝神器保有者〟であったこと以外は。

 僕は奴からは見えない位置にある手を動かし、ベルトループに吊るしてある紫のスティックに指を触れさせた。上部のカラビナを操作して取り外し、長さ五セントルほどのそれを手の中に握りこんで隠す。

「ですからね、悪いことは言いません。開始前にも言った通り、命乞いをしなさい、ベオウルフ。そう、みっともなければみっともないほどいいですよ。いい感じにかっこ悪いところを見せてくれれば、殺さずに見逃してあげましょう。ああ、そうそう。命乞いする前にいきなり降参するとかはなしでお願いしますよ? その時は聞こえなかった振りをして一瞬で殺しますから」

 ぐっ、とさらに槍の角度を変えて、首に刃を埋めてくるロムニック。モスグリーンの瞳が冷たく光り、その宣言が嘘ではないことを示していた。

 声が出せない僕は、目線だけで言い返す。奴の顔を真っ向から睨みつけ、意思を込める。

 ――ふざけるな。誰がそんなことするものか……!

「……ふふふ、まぁいいでしょう。まだまだいたぶり具合が足りませんからね。その戦意が折れる頃にはきっと、命乞いをするのにピッタリな姿になっている――」

 ――コレでも喰らえ……!

 僕が、手の中に隠していたスティックを手首のスナップだけで投擲しようとした瞬間だった。ロムニックがねっとりとした口上を唐突に打ち切り、

「!」

 生まれて初めて炎を見た獣みたいな勢いで、槍ごと素早く僕の上から飛び退いた。電光石火の速さで後退し、大きく距離を離す。

「――!?」

 胸に圧し掛かる重みが消えた瞬間、僕も全力で起き上がり、近くに転がっていた大刀二本を拾い上げ、構えなおした。

 ロムニックへ目線を飛ばすと、さっきまでの余裕はどこへやら。にやけ面が弾け飛び、奴は険しい顔をしてこちらを睨んでいた。

「……今、何をしようとしました?」

 油断なく――むしろ過剰なほど警戒の姿勢を見せるロムニックが質問を放った。モスグリーンの視線は、スティックを握り込んでいる僕の右手へと注がれている。

 違和感。

 ――どうして、気付かれたんだ……?

 僕は、ロムニックからは見えない位置でこれを掴んだはずだ。それに、奴の目はずっと僕の顔へと向けられていた。だから絶対に気付かれていないという自信があった。

 なのに。

 ――何を以て、僕がこれを使うことを察知したんだ……!?

 ロムニックは白槍をさっと振って、穂先についた僕の血を払う。ぴぴっ、と数滴の血飛沫が飛んで純白の床に点描を並べた。

「……やれやれ、まだ何か奥の手があるようですね。油断のならない人です。なるほど、若くして名声を欲しいままにするエクスプローラーだけはありますね。ええまったく、抜け目のない……ふふふ」

 自分のことは棚に上げて、やれやれ、と僕を狡知に長けた人間扱いする。

 しかし、バレてしまっていては隠す必要もない。僕はまだチャージブレイク未使用の大刀を鞘に収め、武器を持ち替えた。残弾一の大刀を右に、一二本ある内の特殊スティックを左手の中に。

「チャージ!」

『マキシマム・チャージ』

 この大刀では最後のチャージブレイクを刀身に充填する。白銀の刃が紫の燐光を纏い、唸りを上げた。

 この手の中にあるスティックが何なのか。それは流石のロムニックにもわかるまい。おそらくだが、奴は僕の表情の変化や目の動き、わずかな仕種といったところから僕の心理を読んでいるのだと思う。心理学的な読心術の一種だと考えられるが、しかしいくらなんでもこのスティックが閃光発音弾スタングレネードであることまでは見破れないはずだ。

 ――スカイウォーカーで攪乱してから、コイツを目の前に叩き付けてやる……!

 そう決めてから、僕は左に走り出した。すぐさま両足のスカイウォーカーが本領を発揮して、全身が加速する。高速で不可視の階段を駆け上がり、疾風のごとくロムニックの死角へと回り込む。

 やはり奴の神器は知覚上昇といった能力なのか。よほど死角からの攻撃対処に自信があるのだろう。もはやロムニックは僕の姿を目で追うこともなく、悠然と構えたまま微動だにしなかった。

 だが、今度ばかりはその慢心が命取りだ。

「――っ!」

 再び跳弾のごとく奴の周囲を飛び回り、ここぞというタイミングで左手のスティックを奴の眼前に投げつけた。フリムの付与術式が込められた紫色のスティックが、一直線にロムニックの足先十セントルあたりへと落下する。僕は疾走の勢いそのまま、奴の頭上を飛び越えて背後へと回る。空中でいったん足を止めて、ぎゅっと目を閉じ、両腕で耳を塞ぐ。

 炸裂した。

 閃光。少し遅れて爆音。

 あんなに小さい物体にどうやってこれだけの光と音を封じ込めていたのか――そう思うほどの威力だった。破壊力を伴わない大爆発だったと言っていい。全身がビリビリと震えた。

 閃光発音弾の効果は約三セカド。頭の中できっちり時間を数えてから、僕は瞼を開いて駆け出した。ロムニックの無防備な背中が視界に飛び込んでくる。気障な白マントに今度こそ渾身のチャージブレイクを叩き込んでやろうと、

 ――な……!?

 愕然とする思考。何故かというと、ロムニックが僕と同じように両腕で耳を塞いでいたからだ。後ろ姿からは類推するしかないが、もしかして目も瞑っているんじゃ――!?

 瞬時にそこまで思考して、けれど勢いに乗った動きは止まらない。止められない。物怖じしている場合ではなく、僕は意を決し、奴の背中へ紫に輝く大刀を振り下ろす。

 だがやはり、目の前に魔法のごとく白槍が現れた。しかも、

「〈トルネードスピナー〉」

「!?」

 ロムニックの起動音声。純白の槍に紺青こんじょう色のフォトン・ブラッドが蛇のごとく纏わり付く。

 ――槍術式……!

 暗い青――ブロンズブルーの輝きが唸りを上げて猛回転を始める。〈トルネードスピナー〉は剣術式〈ドリルブレイク〉によく似ていて、穂先から柄の半ばまでを覆う螺旋状のフォトン・ブラッドが高速回転し、刺突や薙ぎ払いの威力を高める術式だ。

 だけど。

 ――かまうものか。このままチャージブレイクを……!

 瞬く間に全体がぶれて見えるほど激しく旋転した〈トルネードスピナー〉と、僕の振り下ろしたチャージブレイクとが激突する。

 タイミングを合わせてトリガーをキックした。

「――ッ!?」

 僕は頭のどこかで、自分が〝アブソリュート・スクエア〟状態にあると勘違いしていたのかもしれない。素の非力な僕の斬撃と、総合評価Bランク以上のロムニックが発動させる槍術式とがぶつかり合って、まともな勝負になるはずがなかったのだ。

 チャージブレイクは確かに発射された。

 天井に向かって。

 猛烈にスピンするロムニックのフォトン・ブラッドに触れた瞬間に、矢も楯もたまらず弾き飛ばされてしまったのだ。

 ひとたまりもなかった。まさかここまであっさり力負けするとは思っていなかった。

 六本中の一本、その最後の一発は虚しく暴発し、それどころか手から離れて後方へと吹っ飛んでいってしまった。

 戦慄が背筋を駆け抜ける。真実、肝が凍りつく。

 両手で握っていた剣を跳ね上げられ、僕は万歳をしている状態。衝撃で腕は痺れ、全身が硬直している。そんな中、背中を向けていたロムニックが動く。腰を落とし、身体を捻って――振り返り様に諸手突きが来る、そのことがわかってしまった。

「……!」

 目は見えている。頭も回転している。だけど身体が言うことを聞いてくれない。このままじゃやられる――!

 叶うことなら腕を下げて円盾で防御したかった。でも間に合わなかった。

 高速回転する紺青の〈トルネードスピナー〉を纏った穂先が僕の土手っ腹を貫く――のではなく、狙いが逸れて左脇腹を軽く抉り抜けた。

 ロムニックがわざと狙いを外したのだ。しかし、それだけでもとんでもない威力だった。捻れた力が脇腹で爆発し、僕は玩具の人形みたいに間抜けな体勢で真横に吹っ飛んだ。

「――ッ!?」

 凄まじい勢いで弾き飛ばされた身体が、飛び石のように真っ白な床の上を何度もバウンドする。その度に衝撃を覚えるけれど、どこをどうぶつけたかなんて全くわからなかった。

 都合四回は跳ねてからようやく慣性を殺しきり、背中で床を滑る。このまま痛みに身を丸めるのは簡単だが、それじゃ追撃の隙を与えることになる。僕は身体中に走る痛覚をねじ伏せてバネ仕掛けのように跳ね起きた。背中の鞘から残り一本の大刀を引き抜き、構える。

 途端、脊髄に電流を流されたような激痛が走った。

「――ぁっ……ッッ!!」

 一瞬だけ目の前が真っ白になるような苦痛に声もなく喘ぐ。意志に反して目尻から涙が滲み出た。

「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

 肩で呼吸して、震える息を何度も吐く。体内で暴れ回る痛みの虫を宥めようとするけど、一部がしつこく神経を噛み付きまくっていて、今すぐにでも膝を突いて踞ってしまいたくなる。

 受けた被害を確認する。〈トルネードスピナー〉の穂先を受けた左脇腹は、戦闘ジャケットの防護機能があってなお、ズタボロになっていた。幸い深手ではないけれど、それでも若干血が滲んでいる。深紫のフォトン・ブラッドが、ボトムズの内側、下着の中へ染みこんでくる感触があった。

 次に、肘や膝、口元に強い痛み。唇の端をジャケットの袖でごしごしと擦ると、あまり目立たないが深紫の血で汚れている。少し躊躇ってから、口の中に溜まっていた血を唾と一緒に、ぺっ、と吐き出した。ふと見ると、僕がバウンドしてきたと思しき場所に、細かな血痕が点々と残っていた。

 ――大丈夫、痛みが収まればまだまだ動ける。問題ない。

 敢えて機械の調子を確認するように自身のコンディションを判断して、僕は大刀の切っ先をロムニックに向ける。じくじくと痛む左脇腹の痛みを、出来るだけ意識しないよう努めた。

 くくく、とロムニックが笑っている。奴は自らの衣服に付着した、〈トルネードスピナー〉の炸裂時に飛び散ったであろう返り血を眺めて、悦に浸っているようだった。

「いいですねぇ、あなたの血。白いキャンバスによく映える色をしていますねぇ。いやはや、それにしても驚きましたよ、ははは。その小さな棒が、まさかスタングレネードだったとは。これはまたとんでもない代物を用意してくれたものですね、〝無限光〟は。見た目からはさっぱりわかりませんでしたよ」

「……っ!」

 余裕綽々で笑うロムニックに、僕は歯噛みする。

 ――だったらどうして防げたんだ! 何の事前知識もなしにさっきの不意打ちを避けることなんて不可能なはずだ。五感が鋭敏になっているだけでは説明がつかないぞ。……いや、待て。ということは、奴の持つ神器の力は知覚の上昇などではなくて……

 ふと耳の奥に、ヴィリーさん声が蘇る。

〝まだ未確認だけれど、中には『時間を操作する』権限の神器まであると言われているわ〟

 そうだ。時間に関する特権を得る神器――即ち、〝未来予知〟。さっきもその可能性を思いついて、でも確信が得られなくて候補の一つ止まりだった能力。だけど今の閃光発音弾のおかげでようやく絞られた。

 奴の神器は〝未来予知〟を可能とするものに違いない。

「さぁ、これで万策尽きた感じですかね? では、もっともっといたぶらせていただきますよ、ベオウルフ」

 ロムニックがいったん〈トルネードスピナー〉をキャンセルして、白槍を構え直した。頭から爪先まで真っ白だった奴の姿は、今やところどころに僕の血飛沫を浴びて周囲の景色からは浮いてしまっている。おかげで今度は保護色に惑わされて、距離感を誤ったりすることはなさそうだった。

 ロムニックが駆け出すのに合わせて、僕もまた痛みが収まりきっていない身体に鞭打ち、スカイウォーカーで立体機動に入った。奴の神器の正体がわかった今、とにかく近接戦闘は避けなければならない。

 高速で空中を駆け上がりながら、僕は必死に頭を回転させる。

 ――考えろ、考えろ考えろ考えろ考えろ! 奴の神器の力は〝予知能力〟だとわかった。それはいい。だけど、どうする? どうすれば未来を予知する――いわば完璧な先読みをする相手に、攻撃を当てることが出来る?

 こうなったら恥も外聞もない。僕はあからさまに逃げ回りながら、神器の攻略方法を探し求めた。

 未来が見えるってことは、つまりロゼさんの言っていた『先々の先』が確実にとれるってことだ。これまでの戦いの展開を思い出せば、むしろ心当たりしかない。奴はずっと、僕がとる行動を事前に知っていたとしか思えない動きをしていた。ロゼさんの分析通り、普段は『後の先』をとり、ここぞという場所では『先々の先』をとる。勿論、奴の地力があってこその芸当なのだろうが、それだけに隙がなさすぎる。

 僕は空中で足を止め、振り返った。

「おやおやベオウルフ、こんな時に空中お散歩ですか? 一応、私との決闘中なんですがねぇ。早く下りてきてくださいよぉ」

 床に立つロムニックが構えを解いて、やれやれ、とわざとらしく肩を竦めていた。奴は空が飛べない。高い位置にいる限りは、おいそれと手を出せないのだ。

 しかしだからといって、いつまでも逃げ回っているわけにもいかない。この決闘に制限時間はないが、ロムニックも業を煮やせば攻撃術式でこちらを撃墜しにかかるだろう。

 僕はゆっくりと深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。

 ――これまでの様子を見る限り、あまり遠い未来は見えないはずだ。おそらくは、極端に近い未来……多分、ほんの数セカド程度先のものしかわからないのだろう。そうでなければ、僕がスカイウォーカーで加速した際、あそこまで驚くわけがない。

 数セカド先の未来――それを知ることによって、ロムニックは死角からの攻撃すらものともせず、捌ききる。なにせ、どの方角から攻撃が来るのかわかっているのだ。奴ほどの技量があれば、確かに背を向けたままでも対処できるだろう。

 でも、ほんの数セカドなら、ある意味『すごい直感力』と言い換えてもいいかもしれない。

 そう、どれほど事前に来ることがわかっていようとも、避けるに避けられない攻撃だったら――いや、それより、そもそも【目に見えない攻撃】だったらどうだ?

「――!」

 閃いた。それこそ閃光発音弾のごとく。

「おぉい、聞こえてますかー? 今頃、外の観客はブーイングしてますよー? まぁ自分から無様な姿を晒してくれるのは大歓迎なんですがねぇ」

 両手で口の周りに筒を作って、ロムニックが呼び掛けてくる。それに応えてというわけではないが、僕は膝を折って深く沈み込み――弾丸よろしく駆け出した。不可視の階段を蹴っ飛ばし、階段を駆け上がる感覚で、しかし【駆け降りる】。

「お? 来ますか」

 こちらの行動に合わせて、ロムニックが身構えた。僕は斜め下にいる奴めがけて、流れ星のように真っ直ぐ突き進んでいく。

 その途中、〝人工SEAL〟から身に纏っている〝アキレウス〟へコマンドをキック。すると、命令を受け取った戦闘ジャケットが【変形】を開始した。襟の部分が伸長し、ほぼ漆黒に近い深紫の膜が瞬時に僕の頭部を覆い尽くす。瞬く間に出来上がったのは、対閃光バイザーと対音響キャンセリングを備えたフルフェイスの兜だ。

『いいハルト? この機能はまだ調整中だからオミットしてるけど、とりあえず兜の部分だけは使えるようにしておいたから。スタグレを連発する時とかに使うのよ』

 フリムの説明が耳の奥に蘇る。黒玄や白虎といった古代武具エンシェントアームズと同じように、将星類の蟲竜〝リモールヘッズ〟の星石と融合させた〝アキレウス〟は【生きている】。つまり、防具内部に膨大なリソースを有していて、幾通りもの変形、もしくは【変身】を可能とする特性を持つのだ。

 これがその一つ。本来は戦闘ジャケットである〝アキレウス〟が全身鎧プレートアーマー化する、その名もモード〈ステュクス〉――のほんの一部。フリムが言った通り、まだ調整中の段階なので、兜の部分だけを機能解放してもらったのだ。

 これを被った僕には、もう強い光も大きな音も通用しない。即ち――

 ――閃光発音弾を連続でばらまける!

 左手でベルトループから紫のスティックを三つまとめて取り外す。猫の爪みたいに一本ずつ指の間に挟んで持つ。

 その場を動かず、僕を待ち構える体勢のロムニックと目が合った。頭部だけに展開した〈ステュクス〉を見て、やや瞠目している。驚くということは、この未来は視えていなかったのか? いや、もしかして奴が視られる未来とはひどく限定的なものなのか? 落ち着け、迷っている暇はない。今はとにかく、

 ――これで……どうだっ!?

 空中を疾走しながら、左腕を振って一本目を投擲。紫のスティックがロムニックの足元に着弾し、閃光と轟音を撒き散らす。しかし、僕の目にはしっかりと奴の姿が映っているし、音もさほど大きくは聞こえない。〈ステュクス〉のキャンセリング機能が十全に働いているのだ。

 一方、ロムニックは当然ながら強く目を瞑り、槍を持ったまま腕で耳を塞いでいた。途端、期待が胸で弾ける。しめた、今度こそ奴に渾身の一撃を――!

「チャージ!」

『マキシマム・チャージ』

 右手の大刀に一発目のチャージブレイクを充填。ピュアパープルに輝く剣を引っ提げて、僕は眩い光と爆音の奔流へと突っ込んだ。

 一発目の効果時間を逆算して、二発目を投下。こうして繋げていけば九セカドは――いや、オーバーラップタイムも考慮にいれると、上手くいって八セカド、最低でも七セカドは稼げるはずだ。

「……!」

 いける。

 この好機だけは逃せない。

 僕は最後の三発目を放り投げると両手で大刀の柄を握り、スカイウォーカーに唸りを上げさせさらに加速した。無防備な姿を晒すロムニックの姿がぐんぐん近付いてくる。

 例え未来が視えようとも、いざという時に目を開けていられないのでは意味がない。もしくは、未来視という能力が真に『視力のみ』の情報なのであれば、こうして光に塗りつぶされている未来が視えないのは必定。奴の驚きにも納得がいく。

 だから。

 ――これで決めるっ……!

 紫に煌めく大刀を両手突きに構え、一直線。とにかく最短距離を駆け抜け、全身全霊を込めた突撃を。

 時間が間延びする。

 一セカドが百分割されたように感じる。

 切っ先が宙を突き進み、放たれた矢のごとく斜め上からロムニックを襲う。

 身長差や、上空からの襲撃という条件もあって、僕が狙うのは奴の上半身。頭、胸、あるいは肩でもいい。とにかく当てて、チャージブレイクを炸裂させればそれだけで致命打を与えられる。

 ――当たれっ……!

 祈るように強く願う。どうか今この瞬間が、奴が見たであろう未来ではないことを。この攻撃が奴の意表を突いたものであり、最初で最後の一撃になることを。

「――ぉおおおおおおああああああああああッッッ!!」

 我知らず雄叫びを上げていた。

 自分で言うのも何だが、心技体のバランスが取れた、これまで最高の突きだったと思う。

 紫色に光る剣の切っ先が、ロムニックのブレストアーマーに触れる。

 ――とった!

 期待が確信に変わり、必殺の手応えに心が打ち震えた。

 刹那。

「……!?」

 愕然とする。

 反動が、こない。手に伝わってくるはずの感触がない。切っ先は確かにロムニックの胸先に届いたのに。

 答えはすぐにわかった。僕の刺突の速度に合わせて、ロムニックの体が後方へ下がっていたのだ。上半身を後ろへ倒し、海老反りするように。

 ――なん……だって……!?

 完璧なタイミングだった。申し合わせたような速度でロムニックは体を反らせて、見事にこちらの刃をブレストアーマーの表面で滑らせたのだ。紫の刀身と純白の装甲が擦れ合って硬い音を鳴らす。浅い。ロムニックはそのまま床へ倒れ込むような勢いだ。このままだと大刀はブレストアーマーの上を滑るだけ滑って、空振りしてしまう。

 ――だったら、ここで!

 僕はこの瞬間にチャージブレイクを放つことを決意。すぐさま〝人工SEAL〟を介してコマンドを送信して、トリガーをキック。

 だが、まさにその時。

 腹部に衝撃。

「がッ――!?」

 意識の外から来た痛みとショックに、全身を制御していた神経が一瞬だけ断線した。体が勝手にくの字に折れ曲がって、全てのリズムが崩れる。

 スウェーバックで突きを回避したロムニックが、勢いそのまま右足を振り上げ、真下から僕の腹へ装甲靴の爪先を叩き込んだのだ。

 蹴りの威力に狙いがぶれる。だけど僕は歯を食いしばり、意地でもチャージブレイクを維持した。

 ――くっらえぇえぇぇえええええええッッ!!

 心の中で叫びを上げて、僕はチャージブレイクを炸裂させた。

 紫色の光が爆発する。

 轟音に次ぐ轟音。閃光発音弾の大音響を突き破るように、チャージブレイクの爆音が全身を貫いた。

「ぅぁっ……!?」

 無理な体勢で撃ったせいで、僕自身もチャージブレイクの反動を受けて吹っ飛んだ。重心が崩れてしまっていてはスカイウォーカーも力を発揮できない。僕は背中から床へと落下し、ゴロゴロと転がる。

 勢いが弱まったところで手を突いて体を起こし、結果を確認する。

 ――どうだ!? やったか!?

 頭部の〈ステュクス〉を解除し、視線を巡らせてロムニックの姿を探す。果たして、ロムニックは先程の場所に蹲っていた。純白の戦闘マントを頭から体へ巻きつけるようにして丸まっている。カメレオンのように背景と同化しているものだから、危うく見落とすところだった。

「……やれやれ、姑息な手を使いますねぇ、ベオウルフ」

 バサリとマントを広げて、ロムニックが立ち上がった。

 無傷――では流石になかった。灰褐色の巻き毛は大きく乱れていたし、左頬には殴られたような痕がある。唇の端から、紺青色の血が細く流れ落ちていた。

 でも、それだけだ。とても大ダメージを受けているようには見えない。

 ――まさか……そんな……!? 直撃させられなかったって言うのか!? あの距離で!?

「今のは少々焦りましたよ。まったく……見た目に依らず強引な手を使ってきますねぇ。ああでも、おかげで一ついいことがわかりましたよ」

 愕然とする僕の前で、パンパンと手で体のあちこちを払い、汚れを落とすロムニック。そうしながら奴はモスグリーンの目をこちらへ向け、にやりと笑った。

「あなた、さっきから頑なに術式を使おうとはしませんねぇ? 過去の映像ではあんなに使っていたというのに、一体どういう風の吹き回しです? こんな光と音の玩具まで用意して……ああ、もしかして術式を使えない理由でもあるんですか?」

 薄々勘付いてはいたのだろう。ロムニックは白い手袋をはめた手で口の端の血を拭うと、下から舐め上げるような視線を向けてくる。

「…………」

 いずれ気付かれるのはわかっていた。いくらルールで支援術式が禁止されているとは言え、他の術式を使わないのはあまりに不自然。しかもこれだけの装備を整えているのだ。目敏い奴が早々に勘付くことは計算に入っていた。

 だから、構うことはない。そして答える必要もない。

 僕は疼く腹を左手で抑えながら、大刀を持って立ち上がる。

 閃光発音弾の残数は残り八本。

 もう一度だ。もう一度、奴の目と耳を潰して、今度こそ確実にチャージブレイクを叩き込む――それしかない。

 さっきは途中まで上手くいったのだ。どうにかして奴の〝未来予知〟をかいくぐることが出来れば、全然勝機はある。

「おや、だんまりを決め込みますねぇ。私とは話もしたくないですか。じゃあ、いいですよ。ほら、かかって来て下さい。いくらでもどうぞ?」

 鉤爪状にした人差し指を、くいくい、と動かし、こちらを挑発する。半笑いのその顔に、瞬間的に膨大な殺気を抱きかけた。

 その時、ガシャン、という音がロムニックから聞こえた。

「おっと、これは失礼。留め金が壊れてしまったみたいですね。お恥ずかしい」

 音の発生源は、奴の足元に落ちたブレストアーマーだった。ついさっき僕の刺突を受け流そうとした時の、鋭く縦に走る傷跡が残っている。それがロムニックの言葉通り、留め金が壊れて落下したのだ。

「……!」

 我知らず息を呑む。

 ブレストアーマーにはかなりの損傷が見られた。留め金の部分だけではなく、フレームにまでにダメージが浸透している。あれが外れて落ちたのは、決して留め金のせいだけじゃない。

 なのに、ロムニックはほぼ無傷。

 それで気付いた。

 ――そうか、あの防具には『身代わりの加護』が付与されていたのか……!

 祖母から聞いたことがある。フリムを見てわかるとおり、武具作製士クラフターはそのほとんどが付与術式使い(エンチャンター)を兼任している。それ故、武器防具に、エネルギー源さえあれば半永久的に稼働する『加護』を付与することが出来るのだ。例えば、防具などには僕の戦闘ジャケットのように『防護の加護』を付与することが多い。これにより防具をさらに頑丈にして、防御力を上げるのである。

 しかしながら『加護』の種類は一つだけではない。中には『身代わりの加護』であったり、『治癒の加護』であったり、様々なものがある。無論、実際に付与できるか否かは作製者の技量にもよるし、『加護』の多重掛けは武具そのものに広いマウント領域が必要だから、そう簡単なものではないのだけど。

 おそらく、ロムニックのブレストアーマーには『身代わりの加護』が付与されていたのだ。装着者が受けるはずのダメージを代わりに引き受け、防具が自壊する『加護』。当然、受けたダメージが大きすぎれば許容量を超え、余りが装着者へと流れる。

 僕のチャージブレイクは確かに直撃していたのだ。そして、その威力はあのブレストアーマーの耐久力を上回った。だからこそ、ロムニックは口元に血を滲ませていたのである。

「どうしたのですか、ベオウルフ? 止まっているだけでは勝利は掴めませんよ? ほらほら、今の私は隙だらけでしょう? どうぞ来てくださいな」

 もうわかった。今度という今度こそ確信した。

 奴の口振り、態度は、全てにおいてブラフなのだ。

 僕に対して『用意周到ですねぇ』などと言っておきながら、奴の方がよっぽど万全を期しているのがその証拠だ。ある意味、予想通りではあるけれど。

 僕がフリム仕込みの隠し玉を持ってきているのと同じく、ロムニックも無数の切り札を準備してきている。もしかしなくても、こちら以上に入念に。間違いなく、奴の仕込みはブレストアーマーだけにとどまらないだろう。両腕の手甲や戦闘マント、衣服――ありとあらゆる小細工を弄しているはずだ。

 そう悟った時、胸の奥から込み上げてきた感情は、しかし絶望や恐怖などではなく――歓喜だった。

 どうしても堪え切れなくなって、僕は口元に笑みを刻んでしまう。

 改めて認めよう。僕にとって、このロムニックという男はとんでもない強敵だ。地力からして桁違いの差がある上に、なにせ奴には油断が微塵もない。支援術式禁止ルールという有利なカードを引いておきながら、こうして念には念を押した完璧な準備をして、あいつは決闘に臨んでいるのだから。

 でも、だけど。

 だからこそ。

 ――叩き潰し甲斐がある……!

 そう思ったのだ。

 考えてみれば、何のことはなかったのだ。

 そう。これまでの戦いを思えば、この程度の相手なんてのは。

 ヘラクレスは強大だった。多くの一流エクスプローラーがことごとくなます切りにされた。

 シグロスは怖かった。何を考えているのか、何をしてくるのかわからないという底知れなさがあった。

 ミドガルズオルムは絶望だった。どれだけ攻撃しても倒し切れる気がしなかった。まるで底なし沼のようだった。

 だけど奴らに引き替え、ロムニックはどうだ?

 確かに〝神器保有者〟という特殊性ペキュリアリティはある。でもそれは、ヘラクレスの豪刃と装甲、シグロスの速度と堅固さ、ミドガルズオルムの巨躯と破壊力に及ぶものだろうか?

 あるいは、ヴィリーさんの怪物じみたスピードと正確性、アシュリーさんの絶妙な剣技と戦闘理論、ロゼさんの卓越した怪力と研ぎ澄まされた武術――この決闘のために僕を鍛えてくれた女傑三人と比べた場合はどうだ?

 全然だ。これっぽっちも脅威に感じない。

 今までの強敵に比べれば、昨日までの特訓に比べれば――そう、まったく大したことないのだ。

 だから、僕は笑う。

 ――今日まで、僕がどれだけの修羅場をくぐってきたと思っている。お前なんか所詮、小癪な道化師だ。どんなに有利な状況でも、どんなに弱い相手でも、小賢しい小細工をたくさん用意してガチガチに身を固める。お前はただの臆病者だ。凄そうに見えても、タネさえわかってしまえば何のことはない。怖くも何ともない。その程度の相手なのだ――と。

「……何を、笑っているんですか、あなたは」

 僕の表情の変化に気付いたロムニックが、余裕ぶった顔から一転、眉を寄せてしかめっ面を見せた。声の調子もやや低まり、不機嫌そうな響きを孕んでいる。

 逆に少し、ほんの少しだけ気分がよくなった僕は、ゆっくりと首を横に振って口を開いた。

「別に。何でも」

「何ですか、気になるではありませんか」

 いやに食い付いてくるロムニックに、僕は殊更に――フリムがそうする時の顔を思い浮かべながら――笑みを深めて見せた。

「……ただお前のこと、大したことない奴だなって。そう思っただけだ。だって大口を叩くわりに、やっていることはくだらない小手先の小細工ばかり。これじゃあ支援術式なしの僕とほとんど変わらないじゃないか。それに、今みたいにベラベラ喋って僕を挑発するのもわざとらし過ぎて逆に冷める。それ、かっこつけてるつもりなのか? もしそうだったとしたら、言っちゃ悪いけど相当ださいぞ。あと余裕ぶってこっちの攻撃を待ち構えている振りをしてるけど、要はビビって動けないんだけなんだろ? バレていないとでも思ったのか? こっちを挑発して攻撃を誘わないとまともに戦えない、情けない奴なんだろ、お前は。全部わかってるんだぞ」

 僕の幼馴染みなら、フリムなら、きっとこんなことを言うだろう――そうイメージして言ってやった言葉だった。正直、思った以上にスラスラと嫌味が出てきてしまって、自分でもちょっと吃驚している。

 果たして、効果は想像以上に覿面だった。

「……ベオウルフ……あなた……!」

 ロムニックの声音が遠雷のごとく低まった。目尻が吊り上がり、モスグリーンの双眸が強く睨め付けてくる。

 どうやら僕の発言が逆鱗に触れたらしい。ロムニックは天井を見上げ、わざとらしいほど大きな溜息を吐く。

「……いいでしょう、そこまで言うのなら私も多少本気を出しましょうか。ショー的には少しつまらなくなりますが、しかし、」

 またぞろ始まったロムニックの長口上を、僕は怒声でぶった斬った。

「――いいからさっさとかかってこいって言ってるんだ! さっきからずっと防御一辺倒で、そんなに僕が怖いのか!」

 多分ハヌだったら言ったであろう台詞を、僕は勢いよく叩き付けた。

「……ッ!?」

 誰の目にも明確に、ロムニックの頬肉が引き攣る。

 そして、ロゼさんならきっとこうするはず――そう思って剣を構え、前に足を踏み出した。

「そっちが来ないなら――こっちから行くぞッ! チャージ!」

『マキシマム・チャージ』

 五発目のチャージブレイクを充填し、スカイウォーカーの加速に乗る。迅雷のごとく一直線、ロムニックめがけて突撃をかけた。

 チャージブレイクの残弾は十四。

 閃光発音弾の残りは九個。

 まだまだ全然だ。

 戦いはまだ始まったばかり。

「だぁあああああああああああああああああッッ!!」

 真っ向から飛び込んで振り下ろす斬撃が、純白の槍に弾き返される。ぱっと火花が飛び散り、僕とロムニックの顔を一瞬だけ赤く照らす。

 奴の顔に浮かぶは憤怒の表情。これまで被っていた余裕の仮面をかなぐり捨て、僕の挑発に乗って怒りを露わにしている。多少なりとも傷を負わされた、その悔しさもあるだろう。

 きっと奴も本気で来る。ここからが本番だ。

 だけど僕の頭の中に、敗北の可能性など欠片もない。

 勝利の行方なんて終わるまで誰にもわからない。

 そう。

 勝負はこれからなのだから。






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