リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●13 決戦前夜





 初日の特訓をどうにか乗り越えて拠点――ハヌが契約しているマンションの一室へと帰ると、タイミングよくロムニックからネイバーメッセージが届いた。

 決闘の日時のお知らせである。

 彼が指定してきたのは、やはりヴィリーさんの予測通り、あの日から三日後の昼過ぎだった。つまり、現時点における二日後である。

 メッセージは僕とヴィリーさん宛に来ていた。そのため、これに対してヴィリーさんがこう返信してくれた。

『その日は審判役である私の都合が悪い。その翌日以降を希望する』――と。

 するとロムニックはほとんど間を置かず、速攻でリプライしてきた。

『了解しました。ですが、こちらが話をつけた放送局の都合もありますので、延期可能なのは一日のみです。剣嬢の都合がどうしてもつかない場合は、代理の人物を審判役としてご用意して頂くよう、お願い申し上げます』

 それは慇懃無礼のお手本となるような文章で、言葉遣いは丁寧ながらも、内容はひたすら一方的な押し付けでしかなかった。

 しかし、これ以上粘ってさらに日程の延期を図れば、あちらに僕の不調がバレてしまうかもしれない。それに、四日も休めば僕の〝SEAL〟が本調子を取り戻す可能性だって高い。

 そんなわけで、僕は今日を含めて四日間の猶予を得ることとなった。

 そして、僕達『BVJ』メンバーは当然のことながら、さらにヴィリーさんとアシュリーさんまでもが、決闘当日までエクスプロールを休み、僕のトレーニングに付き合ってくれることになった。

 まさか全日通してコーチしてもらえるとは思っていなかったので驚いたのだが、ヴィリーさん曰く、

『ラグ君、前にも言った通り、こと神器が絡むのならこれは私達にとっても最優先事項よ。今回の件はカレルレンにも通達してあるし、彼も了承しているから、私達のことは気にしないでちょうだい』

 とのことで、あの『蒼き紅炎の騎士団』のリーダーと幹部が二人も揃って、エクスプロールを休止してまで僕の特訓に全力を注いでくれることになったのである。

 とりもなおさず、それは決闘当日まで行われる特訓の激しさを物語っていたわけだけれど。

 そう。

 言うまでもなく、それからの特訓はさらに過酷を極めた。

 朝起きて、ルナティック・バベルの第二階層のルームへと赴き、何度も休憩を挟みながら時間の許す限りトレーニングを重ね、拠点に戻ってからはお風呂に入って気絶するように就寝する――僕はこれを、都合三回繰り返した。

 ヴィリーさんとアシュリーさんによる剣術指南。ロゼさんによる徒手による接近戦や体術の教導。ハヌによる反応速度や直感力の修行。とにかく、思いつく限りのありとあらゆる手段を用いて、僕は鍛えられた。

 特訓の熾烈さは日に日に増していき、最終日においてはほとんど実践形式になって、組み手ごとに怪我をするのが当たり前になっていたほどだ。幸い、〝人工SEAL〟でも回復術式を受けることは出来る。自ら発動させることは不可能でも、医療用ポートを設定して回復術式を送信してもらえれば、相手のフォトン・ブラッドに宿る術力によって術式が効果を発揮するのである。

 訓練がより厳しくなるようお願いしたのは、勿論、僕の方からだ。最初はハヌ以外のみんなに反対されたけど、僕の『どうしても、何が何でも絶対に勝ちたいんです!』という主張に、ヴィリーさんやロゼさん、アシュリーさんも最終的には折れてくれた。

「――そこまで言うのなら、私はもう何も言わないわ。骨を折るつもりでやるから、それなりの覚悟はしてもらうわよ、ラグ君」

「痛みに慣れる、体の故障を自覚した上で正確に動く術を持つ、というのも強い戦士の条件です。いいでしょう。ラグさんの覚悟は受け取りました」

「むしろ、あなたは向こう見ずなところが多々見受けられますから、多少は痛みを覚えて慎重さを覚えるべきです。こうなったら更にビシビシいきますよ、ベオウルフ」

 一方、既に手加減なしの件については了承してもらっているハヌはというと、

「ラト、妾の頬を持て」

 突然、自分の両頬を指差してそんなことを言ってきた。さらに、ちょいちょい、と足元を指差して、僕に跪くよう要求する。

「? こう……?」

 意図が全く見えなくて、小首を傾げながら指示に従った僕に、ハヌはこう続けた。

「うむ。そのまま目一杯つねるがよい」

「えっ?」

「目一杯じゃぞ」

 覚悟は出来ておる、と言わんばかりに金目銀目を閉じて、ハヌは痛みを待つ体勢に入る。だけど、いきなりそんなことを言われて、はいそうですか、というわけにはいかなかった。

「な、なんで? どうしてそんなこと……?」

 意図が読めない僕に、ハヌは目を瞑ったまま端的に答えた。

「妾はラトに痛みを与える。いや、もう与えた。ならば、ラトも妾に痛みを与えて釣り合いを取るべきじゃ。ほれ、早う」

「え、ええっ!?」

 ハヌの言い分に吃驚して、思わず変な声が出てしまった。

「い、いいよ、いいんだよ、ハヌ。これは僕がお願いしていることだから、そんなこと気にしなくても……」

「駄目じゃ。妾とラトは唯一無二の親友じゃ。対等の関係なのじゃ。どちらか一方が痛みを与えるだけなど、言語道断じゃ」

「……その割には僕、よくハヌにほっぺたつねられている気がするんだけど……あと、叩かれたりも……」

 つい釣られて、そうこぼしてみると、ハヌが溜息を吐いた。

「ふむ……ちなみにの、痛みというのは心に与えるものもあるのじゃぞ? これまで妾が、どれだけおぬしを心配して胸を痛めてきたと思う?」

「うっ……」

 それを言われると辛い。肉体的な損傷をともかくとすれば、ハヌには初めて出会った頃から様々な心労をかけてきている。実際、ハヌの目の前でボロボロになって倒れたことは二度もあるし、一度目は体の一部が吹き飛んでいたらしく、二度目に至っては鼻どころか目からも血を流していたのだ。相当な心配をかけたはずである。先日の入院時に見た、涙を枯らして憔悴しきったハヌの顔は、未だ瞼の裏に焼き付いて離れてくれない。

「こう言うては何じゃがの、ラトが気を失っている間は、それこそ生きた心地がしなかったものじゃ。それを頬をつねる程度で許してやってるのじゃから、おぬしはもっと、妾の温情に感謝すべきではないかのう?」

 ぱち、と右の金色の目だけ開けて見せて、くふ、とハヌは笑う。しかし、そういうことであれば、

「じゃ、じゃあ、その時の痛み分けということで、今回は別にハヌのほっぺをつねったりしなくても……」

 僕の妥協案に、ハヌは再び目を閉じて首を横に振った。

「それとこれとはまた別じゃ。今、おぬしに痛みを与えてもらわねば、妾の心にはしこりが残る。妾から手心を奪いたくば、今のうちに存分に力を込めてつねることじゃ」

「で、でも……」

「わからぬ奴じゃのう……こうでもせんと気が咎めて手加減してしまうかもしれんと言うておるのじゃ。ほれ、おぬしはもっと強うなってロムニックとやらをとっちめてやるのであろう? 怪我をするわけでもなし、とっとと覚悟を決めぬか。迷いが多いのがおぬしのよくないところじゃぞ」

 はぁ、と溜息を吐いたハヌが、堂々と腕を組む。これから彼女の頬をつねるのは僕の方なのに、まるで立場が逆になっているみたいだ。

 しかし、そこまで言われてしまっては、僕としてもこれ以上ごねるわけにはいかない。

「――じゃ、じゃあ、いくよ……?」

「うむ。よきにはからえ」

「……えいっ!」

 僕としては結構な力を込めて、ハヌの両頬を摘まんでひねったつもりだった。けれど、

「……いはふはいほ、はほ」

「え?」

 不明瞭すぎて何を言っているのかわからないので、いったん手を離す。

「痛くないぞラト、と言ったのじゃ。もっと力を入れてつねらぬか。目一杯と言うたであろう」

「も、もっと? ……うん、わかったっ」

 再度チャレンジ。さっきよりも手に力を込めて、柔らかくてプニプニのほっぺたを引っ掴む。ぎゅううう、と。

「ど、どう?」

「……まったく足りぬ。ほれ、もっと力を入れよ!」

「は、はいっ! え、えいっ!」

 とうとう痺れを切らしたハヌが大声を出した。僕は慌ててさっきの倍ぐらいの勢いでつねるけど、それでも満足いかなかったのか、

「――ええい、これでは埒があかぬではないか! もっと思い切りよくいかぬかばかもの!」

 と叫ぶや否や、僕の両手にちっちゃな手を重ね、ぎゅう! と握りこんだ。僕の手を間に挟んで、自分で自分の頬をつねる形である。

「わわっ!? ハ、ハヌ!?」

 多分、僕は無意識にかなりの手加減をしていたのだろう。間接的に自分の頬をつねるハヌの力は相当なもので、白い肌が瞬く間に真っ赤に変色していった。

 ぎゅうううううううううううううう、と結構な時間が経過してから、ハヌはようやく手の力を緩める。

 そして、心行くまで力を込めまくった結果はというと――

「だ、大丈夫、ハヌ……?」

「大丈夫じゃ」

「……えっと……ほ、本当に大丈夫……? 本当は、かなり痛いよね、ハヌ……?」

 さもありなん。思わず本気で心配してしまうほど、ハヌのほっぺたは赤く腫れ上がってしまっていた。

「……大丈夫、じゃ」

 ハヌは強がってそう言うけれど、蒼と金のヘテロクロミアの目尻には涙が浮かんでいる。

「で、でも……」

 見ているこっちまで痛くなってくるぐらい、つねっていた部分がジンジンと赤く膨れ上がっている。

「……だっ、だいじょ、ぶっ……じゃ……!」

 ハヌの金目銀目に浮かんだ涙の粒が、じわわっ、と増量し、固く結んだ唇がワナワナとわななきだした。ぐすっ、ぐすっ、と懸命に鼻をすする音も混じり始める。

 わかる。こういうのって、徐々に痛みが増していくものなのだ。むしろやられた瞬間より、後になってからの方がよっぽど痛かったりする。しかも波のように大きくなったり小さくなったりしつつ、段々と熱さも覚えてきて、本当にたまらない疼痛となるのだ。

 ハヌも我慢しようとしたみたいだけど、結局は堪え切れず、ボロボロと涙をこぼし始めた。

「――~っ……!」

 まるで親に叱られた幼子みたいに声を押し殺して、ブルブルと震えるハヌ。

「あああああ、だから言ったのに……! だ、誰かに〈ヒール〉を――」

「――かまわぬっ! これぐらい、にゃんともにゃいわっ!」

 痛みを吹き飛ばすかのごとく鼻声で怒鳴り、ハヌは身にまとっている外套の端っこでぐしぐしと目元を拭った。懐から正天霊符のリモコンを取り出し、ばっと開く。

「さぁ始めるぞラト! もはや遠慮はせぬ! おぬしの希望通り、妾も本気で特訓に付き合ってやる! 覚悟せよ!」

 ――とまぁ、こんな感じでハヌも心置きなく全力全開で付き合ってくれるようになって、僕の特訓は大いに捗ったのだった。

 その分、怪我も増えたけれど。



 さて、そんなこんなで迎えた、訓練最終日。

 明日は決闘本番。

 だけど結論から言うと、この日の訓練が一番激しかった。

「――まだまだ集中が甘いわよ! もっと深く! 追い詰められてから集中しても遅いの! 追い込まれないと力が発揮できないのなら、敵にではなく自分で自分を追い込みなさい!」

 苛烈な斬撃と共にヴィリーさんの厳しい叱咤が飛んでくる。

 ヴィリーさんの教育方針はとにかく実践だ。体で覚えろと言わんばかりに連続で組み手をして、一も二もなく戦闘経験を積まされる。あの〝剣嬢〟が誇るありとあらゆる絶技がバーゲンセールのごとく披露され、僕は防戦一方になるのが常だった。

「集中力を高めるためのルーティンは、スイッチであると同時に枷よ。本来あなたには何の枷もついていないのよ、ラグ君。最初からあなたの心は自由なの。だから、いつだって真の力が発揮できるようになっているはずよ。あなたはそのことに気付くべきだわ。頭ではなく、心と体でね」

 ヴィリーさんの振るう訓練用の片手剣と、僕の柳葉刀が連続で快音を響かせる。一合打ち合う都度、両腕に衝撃が走って痺れそうになる。ヴィリーさんは難無く剣を振っているだけなのに、膂力の差がありすぎて、あちらの牽制の斬閃ですら僕にとっては致命打になりかねないのだ。

 今日まで色々なルーティンを試してきたけど、畢竟、これはというものは見つからなかった。当たり前と言えば当たり前の話で、長い間ずっと支援術式の発動だけをトリガーにして『ゾーン』に入ってきたのだ。一朝一夕で新たなトリガーが用意できるのなら、誰だってすぐ〝アブソリュート・スクエア〟に対応できるという話だ。

「生命の危機に陥ったときに本能が目覚めるのは当然のことよ。だからといって、戦うたびに危ない目に遭っていたら命がいくつあっても足りないわ。だから、自らの意志で闘争本能を呼び起こすの。イメージして。既に窮地にいる自分を。死を目前にした自分を。そのイメージをリアルにすればするほど、あなたの中の【スイッチ】は入りやすくなるはずよ。ちょうど今――こうして追い詰められているようにね!」

「――!?」

 ただでさえ閃光のようだったヴィリーさんの剣速が、さらに上がった。もはや視認していられない。僕は気配だけを頼りに双剣を動かし、

「ぐっ、がっ! あっ、ぐぁっ!?」

 まったく認識できなかった斬撃が幾度も僕の体を打ち付けた。右肩、左脇腹、右太股、左臑――体のあちこちに、ほとんど同時と思えるようなタイミングで交通事故レベルの衝撃が爆ぜる。

 堪らずその場に崩れ落ちて、ワンテンポ遅れてやってきた激痛に僕は悲鳴を上げた。

「――ぁああああああああああああッッ!?」

 訓練用の剣は刃を潰してあるから、本当に斬られる心配はない。だけど硬さと重さは従来のままだ。ヴィリーさんの強烈な剣閃は僕の肉と骨を砕き、完全に破壊していた。当たり所が悪ければ、本当に死んでしまうところである。

「アシュリー、〈リカバリー〉と〈ヒール〉!」

「はい、団長」

 アシュリーさんが僕に回復術式をかけてくれる。まず〈リカバリー〉で破砕された骨が復元し、次に〈ヒール〉で潰れた肉が治癒された。

「あ、ありがとうございます、アシュリーさん……!」

 傷は治っても痛みはすぐに消えない。立ち上がりつつ、涙目でお礼を言った僕に、アシュリーさんは鋭い視線を向けた。

「……いえ。それよりもベオウルフ、ヴィクトリア団長の【流れ】を読もうとしているようですが、実力差がありすぎる相手にそれは愚策ですよ。この場合は、自らの【流れ】をしっかりと保ち、防御に徹するのが得策です」

「は、はい、やってみます……!」

 実践派のヴィリーさんと打って変わって、アシュリーさんは神経質なほどの理論派だ。こうして僕の組み手を観察しては、いつも的確なアドバイスをしてくれる。そういえばロゼさんも、どちらかというとアシュリーさんに近い指導方法をとってくれていた。

「さぁ、再開するわよラグ君!」

「はいっ!」

 ヴィリーさんの声に両手の柳葉刀を構えなおす。集中しろ。また反応できなかったら、さっき味わったばかりの激痛をもう一度喰らうことになるぞ。

 ヴィリーさんの構えた片手剣の切っ先が、ゆらり、と蝋燭の炎のごとく揺れる。

「本来のあなたの反応速度なら、私の動きは見えるはずよ。既成概念にとらわれないで。あなたにリミッターなんてついていないわ。あるとしたら、それはあなた自身がつくったもの。そこから解放された自分をイメージして、自己を塗り替えるの。大丈夫、あなたなら絶対に出来るわ」

 具体的なアシュリーさんの助言と違って、ヴィリーさんの指導はどこか漠然としている。このあたりはハヌとよく似ていて、どうやらこのあたりに実践派と理論派の違いが出ているようだった。

 ハヌやヴィリーさんは、言うなれば『天才』という人種に属するのだろう。こうすれば出来る、ああすれば問題ない――という感じの感覚的なアドバイスが多くて、正直、あまり要領を得ない。それもあってか、二人は実際にやってみて感覚を掴め、とばかりに実践に走る傾向がある。多分、二人ともが理論などそっちのけで【やれば出来る】人だから、それを上手く説明できないのだろう。

 一方で、ロゼさんとアシュリーさんは武術や剣術を基礎から学んできたこともあって、実に論理的な指導をしてくれる。Aの時はBをしろ、何故ならCという現象が起きてDという結果が出るからだ――と、一から十までちゃんと説明してくれる。これは非常にわかりやすくて、僕としてもすぐ呑み込むことが出来た。ただし実際、理論通りに実行できるかどうかは、また別問題だったけれど。

 どちらが良くてどちらが悪いというのではない。天才肌の二人はわかりにくいけれど、逆に言えば理論を超えた【強くなるためのコツ】を教えてくれようとしているのだし。理論的な二人は、圧倒的に足りていない僕の基礎を固めてくれようとしているのだ。

 だから――僕はどちらの期待にも応えなければならない。

「はい、お願いします!」

 ヴィリーさんに返事しながら、僕はこれまで教わったことを反芻する。

 相手をよく見る。予測を立てて未来を視る。円と回転と螺旋。骨に力を乗せる。【流れ】を意識する。判断は瞬時に。考えてから動かない。思考も行動も同時に。迷う時間は無駄な時間。他の誰でもない僕にとって最適な動きをとる。剣になれ。斬ろうと思って斬るな。斬るという意思と共に斬れ。その上で基本に縛られるな。意を決せよ。心を研ぎ澄ませ。相手の気を読め。イメージしろ。追い詰められている自分。死の淵に立つような窮地。僕に枷なんかない。いつだって力は発揮できる。自分を塗り替えろ。大丈夫。

 僕なら絶対出来る。

「――!」

 その瞬間、稲妻のような直感が脳裏を劈いた。

 何の前触れもなかった。

 真っ正面から真っ直ぐ。

 考えるまでもなく両手が動いた。

 柳葉刀を交差させて、予感したポイントへ。

 それは不意打ちだった。

 きっと僕を試そうと思ったのだろう。

 ヴィリーさんは何の予告もなく超高速のダッシュをして、片手剣で突きを放っていた。

 おそらく全力。混じり気なしの本気。

 本来なら、僕の左肩あたり、骨の隙間を通って貫通していただろう刺突だった。

 何故あちらが動き出す前に動き出しを予知できたのかはわからない。

 だけど、見える。

 ものすごいスピードで白銀の切っ先が突き進んでくる。

 わかる。

 このまま行けば、僕が交差させた二本の柳葉刀と、あの流星のような突きは綺麗に激突する。

 違う。わかるなんてものじゃなかった。

 これは必然だ。

 十字に交差した柳葉刀がつくる鋏。ヴィリーさんの突きはそこに挟まれた。

 上方へ勢いよく弾き逸らす。

 金属と金属がぶつかり擦れ合う快音。

 一輪の火花が、咲いた瞬間に散り消える。

 光の矢のごとき刺突が僕の前髪を何本かひっかけながら頭上の空気を貫いた。

 ピタリ、とヴィリーさんの動きが止まり――そして僕の主観時間も元に戻った。ギャリリッ、と片手剣と双剣の擦れる音が聞こえる。

「……ッ!?」

 息を呑む声は、しかし僕じゃない。すぐ近くにいたアシュリーさんのものだった。

「な……い、今のは……!?」

 そこにいたアシュリーさんが瞠目かつ絶句しているということは、今のヴィリーさんの高速ダッシュ突きは彼女の目にも止まらなかったということだ。

 うん。僕もびっくりだ。だから今、僕もヴィリーさんの剣を柳葉刀で上に持ち上げながら、呆然としている。

 ほんの一瞬で至近距離まで肉薄してきたヴィリーさんが、剣を引きつつ、うふ、と口元に笑みを刻んだ。

「――今のは上出来よ、ラグ君。ものは試しと思って殺気を放ってみたのだけど、見事に反応できたわね。今の感覚、忘れちゃ駄目よ」

「は、はい……」

 微笑するヴィリーさんに、僕は唖然としたまま生返事を返してしまう。

 今の感覚――覚えがある。そうだ、先日ハヌの正天霊符を完全に回避した時にも感じたのと同じものだ。

 この場にある全てのものと一体化したような、不思議な感覚。目で見たわけでも、耳で聞いたわけでも、肌に触れたわけでもないのに、自分を取り巻くありとあらゆる事象が感知出来ていたような。想像したイメージではなく、まるで本当に【未来そのものが視えていた】かのごとき万能感。

「…………」

 僕は得も言えぬ感触が残る両手を、じっ、と見下ろす。

 あの時と今の共通点は、何だっただろうか? ただ単に僕の集中力が増していただけ、なのだろうか?

 僕の中で何かが切り替わったみたいに、急に意識がクリアになった。何もかもが手に取るようにわかった。それは何故?

 まず共通するとしたら、どちらもそれなりのダメージを受けていた時だった。体に痛みが残る状態で動いていて……ということはつまり、ヴィリーさんが言うように【追い詰められた状態】だったから、集中力が増したのだろうか。

 いや、それだけじゃないはずだ。これまでの三日間、そんな状態の時は幾度もあった。なのに、感覚の鋭さは安定していない。何か他に要因があるはずだ。

 ――などと、必死に思考を巡らせていたら、

「――い、今のは危険すぎます団長!」

 アシュリーさんの大声が、僕の意識を爪弾いた。

「え?」

 顔を上げると、意外なことにアシュリーさんがヴィリーさんに詰め寄り、ほとんど怒っているような調子で抗議していた。

「どう考えても、一歩間違えれば剣先がベオウルフの額を貫通していましたよ!?」

「だ、大丈夫よ、アシュリー。あなたも見たでしょ? ラグ君は見事に防いでみせたじゃない」

 さらに意外なことに、立場が上のはずのヴィリーさんが彼女の迫力に圧倒されていた。なんというか、苦手な虫が出て来てしまった、みたいな表情を浮かべている。視線も少し逸らして、腰も若干引き気味で。

 これに対し、アシュリーさんはさらに猛った。

「そんなものはただの偶然です! 先日も訓練中に同様のことをして、危うくユリウスを殺しかけたことをもうお忘れですか!」

 ぐっ、と痛いところを突かれた感じの表情を浮かべるヴィリーさん。もしかしなくても、僕以外に対してもこんな苛烈な訓練を……?

「あ、あれはあの子が油断しているのが悪いと思うのだけど……」

「訓練中に本気を出す方も相当悪いでしょう!」

 ぐわっ、と獲物に襲い掛かる猛虎のごとく前のめりになるアシュリーさん。ヴィリーさんは飛び散る唾を避けるように上半身をやや仰け反らせる。

「そ、そうね、わかったわ、わかっているわアシュリー。ごめんなさい、私が悪かったから……ほら、今はラグ君や小竜姫もいることだし……ね?」

 とりなすようにヴィリーさんがアシュリーさんの肩に手を置いた瞬間、

「――っ!?」

 ビクン、とアシュリーさんの全身が跳ねた。どうやら僕達のことを完全に失念するほど、激情に駆られていたらしい。

「も、申し訳ありません!」

 我に返ったアシュリーさんが、途端にペコペコと頭を下げまくる。ヴィリーさんも申し訳なさそうに首を横に振った。

「いいのよ。でも、訓練中に調子に乗ってしまうのは、確かに私の悪い癖ね。この間もラ」

 と、そこまで言ったヴィリーさんが、かなり不自然なタイミングで言葉を切った。その瞬間、僕の脳裏に先日のスポーツチャンバラの記憶が蘇る。

 ピンク色の、何か。

「? この間もら……?」

 あまりに唐突に舌を止めたものだから、流石にアシュリーさんも面を上げて怪訝な表情を見せる。

 あわあわわ、と外野で勝手に慌てていたら、いきなりこちらを向いたヴィリーさんと目が合ってしまった。

「「……!!」」

 多分、お互いに同じことを思い出してしまったのだろう。ヴィリーさんの頬に羞恥の朱が差す。そして、僕の顔はそれ以上に赤くなっているに違いなかった。

「な、何でもないわ。ちょっと噛んでしまっただけだから、気にしないでちょうだい。とにかく、これからは気をつけるわ。ありがとう、あなたの忠言にはいつも助かっているわ、アシュリー」

「? ? ? は、はぁ……」

 紅潮する顔を隠すように左掌で顔を覆いながら誤魔化すヴィリーさんに、アシュリーさんは腑に落ちない様子を見せつつも引き下がってくれた。

 よかった……変に勘繰られてあのことがバレてしまったら、どうなっていたことか。想像もしたくない。

「いったい何の話をしておるのじゃ?」

「わあっ!?」

 出し抜けに背後からハヌに話しかけられて、僕は跳び上がるほど仰天してしまった。ばっ、と振り返ると、そこには僕を見上げる純真無垢なヘテロクロミアがある。

「ハ、ハヌ!? あ、あっちでロゼさんと休憩していたんじゃ……!?」

「おぬしらがなんぞ騒がしくしておったからの。気になって来てみたのじゃ。で、この間もラト……がどうしたのじゃ?」

 ――クリティカルなところをしっかり聞かれてしまっている上に、きちんと脳内補正までされてる!?

「か、噛んじゃっただけみたいだから、と、特に意味は無いと思うよ!? 僕も僕の名前が聞こえたかと思ったけど、言い間違えただけみたいだから僕は関係ないんじゃないかな!?」

「ふむ。そうか」

 ハヌに嘘を吐いているみたいで――いや、隠しごとをするために知らない振りをしているから嘘を吐いているようなものか――心苦しいけれど、流石にあの件はヴィリーさんの尊厳のためにも他言するわけにはいかない。というか、なかった。そうとも、あんな悲しい事故は最初からなかったのだ。忘れよう。忘れてしまおう。そうだ、そうするべきだ……!

「――ラグ君、さっきの感覚を忘れないよう、もう一度やるわよ! 準備はいいかしら!」

 場に流れ始めた奇妙な雰囲気を吹き飛ばすように、ヴィリーさんが声を張った。

「はい! よろしくお願いします!」

 当然、僕は微塵の躊躇もなく、打てば響く速度で返事をしたのだった。





 アシュリーさんとロゼさんが協力して計算してくれた、一晩眠ればギリギリ回復可能なところまで体力を消耗した僕は、小休憩を挟んだ後にルナティック・バベルを後にした。

 最終日だけあって、あれからのトレーニングは本当にきつかった。あの後、またハヌの正天霊符を相手に回避訓練をしたり、武器を落としても応戦できるようロゼさんと無手の組み手を重ねたり、アシュリーさんの双曲剣と打ち合ったり。

 かなり濃密な特訓だったと思う。

 我ながら、この三日間で技術的にかなりの成長をしたと自負できるほどだ。

 しかし残念ながら、あの不思議な感覚のトリガーについては結局、正体を掴めずじまいだった。

 というのも、アレはアレで〝アブソリュート・スクエア〟時に入る『ゾーン』とは、また違った感覚のように思えるのだ。

 あれは集中力が高まっていると言うよりは、周囲のことが不思議とよく見えるというか、わかるというか――とにかく、気合いを入れれば出来る、なんてものではない感じだった。

 何かもっと他に、必要な条件があるのだと思う。自分のことでありながら、わからないっていうのも情けない話だけれど。

 とはいえ、出来る限りのことはやったつもりだ。後は運否天賦、明日の自分に任せるしかない。

 トレーニングに付き合ってくれた皆と拠点の部屋へ帰ると、そこには、この三日間ずっとレンタル工房に缶詰になっていたフリムが戻ってきていた。

「あ、おかえりなさーい。アタシもちょうど今戻ったところよ♪」

 陽気に玄関まで迎えにきた従姉妹の顔には、けれど目の下の深いクマが見て取れる。多分、徹夜続きだったのだろう。髪の毛だけはいつものツインテールにしてあるけど、左右のバランスがやや崩れている。

「フリムさん、もうお帰りになられたということは……?」

「うん、そう。なんとか明日の決闘用の装備、用意できたわよ。早速見てくれる?」

 ロゼさんの問いかけに、フリムはにんまりと笑って頷いた。

 フリムを先頭にゾロゾロとリビングへ入っていくと、いつも食卓に使用しているテーブルの上に青いシートが敷かれ、そこに彼女が明日のために作成してくれた武器がズラリと並んでいた。

「わ……!」

 あまりの壮観さに思わず声が出る。

 確かに黒帝鋼玄や白帝銀虎のようなすごいオーラはないけれど、それでもヴィリーさんが連れて行ってくれた武器屋に並んでいた武具と同じか、それ以上の気迫が感じられる。

 しかも、たくさん。大小様々なサイズの違いはあるけれど、剣だけでも軽く五本以上はある。

「こ、こんなに……!?」

「そうよー、〝SEAL〟が使えないなら、いざという時に備えて手持ちの武器はたくさんないとね。ああ、ちゃんと抜けるところは抜いて軽量化してるから、アンタの筋力でもさほど重荷にはならないはずよ」

「えっ……? こ、これ、全部装備して決闘するの、僕?」

 しれっと告げられた台詞に、思わず素で聞き返してしまった。

「? 当たり前じゃない。使わない武器をいちいち用意すると思ってんの? アタシそんなに暇じゃないんだけど」

「で、でも……」

 シートに並んでいる武器に視線を向ける。

 以前の白虎のような脇差が二本。訓練用の柳葉刀と同じサイズの太刀も二本。それらよりちょっとだけ長い、太刀サイズのものも二本。その隣には、お皿ぐらいの大きさの円盾ラウンドバックラーらしきものが、これまた二つ。どれも戦闘ジャケット〝アキレウス〟と似たような、黒と紫のカラーリングをしている。

 さらにはスカイレイダーほどロングではないけれど、漆黒の戦闘ブーツ。デザイン的には、僕が普段履いているハイカットのコンバットブーツによく似ている。

 そして、十二本ある紫色のスティック状の物体は――もしかして、爆弾か何かだろうか? 上端にカラビナのような輪っかがついていて、ベルトなどに吊せそうな形をしているけれど。

「……多くない……?」

「大丈夫よ、両肩、両脇、腰の左右、〝アキレウス〟とベルトのハードポイントとリングに装着したら、とりあえず邪魔にはならないわ。まぁ、見た目はちょっとゴツくなるかもだけど」

 フリムの説明に、僕は脳裏にこれら全てを装備した自分の姿を思い浮かべた。

「……これは、なんというか……」

 ちょっとどころじゃなく、ゴツい気がする。重装歩兵かってぐらいに。イガグリのようにトゲトゲになった自分の姿が脳裏に浮かぶ。

 僕の想像を見抜いたのか、にゃは、とフリムが笑った。

「まぁね。敢えて名付けるなら、〝フルアーマー・ハルト〟って感じかしら? でも、こう見えて武器も盾も簡易小型化したフォトン・オーガンを搭載してるし、アタシのフォトン・ブラッドを封入したカートリッジもセットしてあるのよ。見た目以上の性能は保証するわ。あ、〝人工SEAL〟からエネルギー残量を確認できるようになっているから、使いどころには気をつけなさいよ?」

「す、すごいね……この短期間で、よくこんなに……」

「なぁに言ってるのよ、これぐらい当然じゃない。ほらアタシってば、天才エンチャンターにして超絶クラフターだし♪」

 わざとらしく胸に片手を当て、ドヤ顔をするフリム。だけど、並大抵の苦労でなかったことは、目の下のクマを見れば一目瞭然だ。

「…………」

 そのことに気付いた途端、胸の奥から感謝の念が怒涛のごとく溢れてきた。フリムだけじゃない。ハヌも、ロゼさんも。そして、ヴィリーさんとアシュリーさんも。僕の為に、今日までいっぱい尽力してくれた。

 本当に、心の底からありがたいと思う。

 だから、僕は皆の前に向かい直ると、深くお辞儀をした。

「あの……改めまして、ありがとうございます。僕なんかのために、こんなにたくさんの力を貸していただ――いたっ?」

 口上を述べている途中で、下げた頭のてっぺんに軽い衝撃が生じた。何事かと頭を押さえて面を上げてみれば、まったくアンタは、という感じでフリムが苦笑いしていた。その右手は、デコピンを打った後の形をしている。

 いや、フリムだけではなく、ハヌもロゼさんも、ヴィリーさんもアシュリーさんも、それぞれの顔に微苦笑を張り付けて僕を見つめていた。

「こら。お礼を言うのはまだ早いわよ、ハルト」

「そうじゃラト。勝負は明日、これからじゃ。自信があるのは結構じゃがの、もう勝ったつもりでおるのは尚早じゃぞ」

「小竜姫の言う通りです、ラグさん。それに、あなたは私達のために戦ってくれるのですから、私達が協力するのは当然のことでしかありません。改まった礼など不要です」

 仲間の三人に続き、ヴィリーさんもくすくすと笑いながら、

「そうよ、ラグ君。既に言っている通り、今回の件は私達にとっても最優先事項なの。神器に関することなら労力は厭わないし、その為にあなたに力を貸すのだって吝かじゃないわ。それに、私達はまだあなたに受けた恩を全て返し切れていないのだから」

「ええ、私と交わした剣術指南の約束は合同エクスプロールの前日までですし、ヴィクトリア団長の言う通り、あなたから受けた恩を思えば、この程度のことは何でもありません。それに、何度言わせるのですかベオウルフ。あなたのような立場の人間が、そう易々と頭を下げるものではないと」

 最後にはアシュリーさんにぴしゃりと叱られてしまい、僕は何とも言えない気分になって、

「あ、あはは……」

 と誤魔化すように愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 でも、確かにそうだ。今から勝ったつもりでお礼を言うのは、気が抜けている証だと思われても仕方がない。

 僕は今度こそちゃんと、あは、と笑って、

「――わかりました。じゃあお礼はまた明日、決闘に勝った後に言わせてもらいますね」

 気付けば、ぐっ、と握りこんでいた右拳に視線を落とし、僕は誓いを新たにする。

 そう、明日の決闘でロムニックとの決着をつけるのだ。

 何日経とうとも、あの時、胸に灯った決意の炎は微塵も翳っていない。

 僕の仲間を馬鹿にしたことを、絶対に後悔させてやる――その思いはむしろ、抱いた時よりも数段大きく、強くなっていた。

 ――勝つ。明日は必ず、何が何でもあいつに勝つ。

 勿論、状況は厳しいことはわかっている。未だ僕の〝SEAL〟は本調子を取り戻していないし、明日の決闘までに間に合うかどうかもわからない。そして、支援術式がない僕とロムニックとの戦力差は明らかだ。そんなことはわかっている。

 だけど。

 ――負けられない。

 仲間の誇りのためにも。

 今日まで力を貸してくれたみんなのためにも。

 何より、僕自身の意地のためにも。

 絶対に負けられないのだ。

 ふと、握り締めていた拳に、ちっちゃな掌が触れてきた。ふに、とマシュマロみたいな柔らかい感触。誰何するまでもなく、ハヌだとわかった。

 視線を向けると、透き通るような蒼と金の瞳が、優しい眼差しで僕を見上げていた。彼女は僕の右拳に両手を添え、くふ、と笑う。

「まぁ、さっきはああ言うたがの、妾はおぬしの勝利を信じておるぞ、ラト」

「ハヌ……」

「おぬしは名実共に、世界最強の剣士を目指すのであろう? ならば、此度のことは通過儀礼に過ぎぬ。目にもの見せてやるがよい」

 きゅっ、とハヌの両手が僕の拳を包み込む。そうされることで、手どころか全身、顔の表情までバキバキに固まっていたことに気付いた。

 ハヌの体温と笑顔にほだされるように、僕は口角を持ち上げ、彼女に釣られるようにこう豪語してしまった。

「うん、頑張る。〝小竜姫〟の唯一無二の親友は伊達じゃないって、必ず証明せてみせるから」

「…………」

 僕の言葉に、ハヌは虚を突かれたようだった。ぱちくりと金目銀目を丸くして、呆気にとられたみたいな顔をする。そんなに意外だったのだろうか。

 けれどすぐに我に戻り、今度は歯を見せて満面の笑みを見せた。そして、強く頷く。

「うむ! その意気じゃ! それでこそ妾の親友じゃぞ、ラト!」

 ぴょん、と兎みたいに飛び跳ねるハヌ。

 こんな時に場違いだけれど、唇の端から見える、ちょこん、と尖った八重歯が可愛いな――と僕は思ったのだった。






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