リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●9 決闘者の下克上




 不幸中の幸いなことに――いつの間に情報交換したのか――ヴィリーさんがハヌとネイバーになっていたので、連絡については問題なかった。

 まずはラグ君を病院に連れて行くので、あなた達は部屋で待っていて欲しい――とヴィリーさんはメッセージを送ったそうだ。

 すると、今すぐ行くから病院の場所を教えろ、とハヌが返してきたという。

 結局、僕がお医者様に診てもらっている間に、ハヌとロゼさんとフリムの三人が病院に駆けつけていた。

「ラト! 大丈夫かラト!」

 診察室から出て来た途端、ハヌが大きな声を上げて駆け寄ってくる。カランコロンカランコロンとぽっこり下駄で廊下を走り、チリンチリンチリンと頭のサークレットを揺らすものだから、かなり騒々しいことになっていた。

「ハ、ハヌ、駄目だよ、廊下は走っちゃ……!」

「大丈夫かと聞いておるのじゃ妾はっ!」

 ハヌはぶつかるように僕の腰に抱きついてきた。ぼふ、と小さな体を受け止め、僕は一歩だけ後退る。

 眼下から蒼と金の瞳が心配そうな、それでいて必死そうな目線を突き刺してくる。先日、僕がこの子の目の前で血塗れになって倒れた記憶も新しい。ハヌの剣幕はそのせいだろう。

 僕は片手をハヌの背に置き、もう一方の手で自然と綺麗な銀色の頭を撫でていた。

「……ごめんね、心配かけて……でも大丈夫だよ、体の方には異常ないって、先生が」

「さようか……それはよかった……」

 はふぅ、と目に見えてハヌは安堵した。ぎゅうう、と抱き付いていた力がふと脱力する。

「……いや待てラト。今、体の方には、と言うたか?」

 耳聡く言葉尻を捕らえ、ハヌは再び表情を緊迫させた。

 僕は苦笑い。

「……うん。〝SEAL〟はしばらく使えないみたい」

「…………」

 僕にかける言葉が見つからないみたいに、ハヌは重い沈黙を返した。

「お医者様はなんと仰ってられましたか?」

 ロゼさんの声。

 ハヌに遅れること数セカド、同様に診察を待っていてくれていたロゼさん、フリム、ヴィリーさんが歩み寄って来てくれたのだ。

 じっ、と四人の女性の視線が僕に集中する。僕は先程のお医者さんの言葉を思い出すため、宙に視線を泳がせた。

「ええと……過労だ、って言われました。〝SEAL〟でかなり無理な術式制御を繰り返していた反動で、一時的なショック症状が出たのかもしれないって」

 思い返せば、少し前から調子は悪かった。確かミドガルズオルムとの戦いの後、アシュリーさんから剣術指南の提案を受けた頃には、前兆のような症状が出ていたように思う。意図しない注文を店内システムにしてしまったり、ARスクリーンがぼやけて見づらくなったり。

「……治るのよね、それ……?」

 珍しく抑え目な声でフリムが聞く。よほど急いで来てくれたのか、いつもはツインテールにしている長い黒髪が、無造作なポニーテールになっていた。今日はヴィリーさんが髪を下しているけど、いつもの髪型だったら被っていたかもしれない。

 みんなに安心して欲しくて、僕は笑って頷いた。

「うん、あくまで一時的な症状だから、しばらく休ませておけば自然に治るだろうって。それに、悪いことばかりじゃないんだ。ここまで高負荷をかけてショック症状を引き起こしたんだから、自然治癒した後は〝SEAL〟がもっと頑丈になるんだって。だから、今度は同じぐらいの負荷をかけても、今回みたいなショック症状は出なくなるだろうって」

 大昔の、それこそ開発された当初の人工臓器としての〝SEAL〟なら、壊れてしまったらそこでおしまいだっただろう。

 だけど、今の人類の体内にあるこれは、もはや立派な生体臓器である。余程ひどく壊れない限りは自然治癒するし、自然治癒する以上は筋肉や皮膚のように硬くなったり太くなったりして、強くなる。

 完治した暁には、これまで以上に正確で素早く、そして大量の術式制御が可能になるかもしれない。勿論、それもまたやりすぎれば、今回と同じ症状が出てしまうだろうけど。

 僕の返事を聞いて張り詰めていた気が緩んだのか、みんなは、ほっ、と息をついたようだった。ハヌとフリムは見るからに笑んで、ロゼさんも尖っていた雰囲気が柔らかくなる。

「あの……えっと……」

 ここ最近のこともあってか、みんなには過大な心配をかけてしまったみたいだ。だから僕は、駆けつけてくれた全員に向かって、深く頭を下げた。

「――心配かけて、ごめんなさい。わざわざ病院まで来てくれて、ありがとう」

 すると、

「かまわぬ。ラトに大事がなかったのなら重畳じゃ」

「そうです。謝罪する必要なんてありません」

「お姉ちゃんが弟分を心配するなんて、呼吸するみたいなもんよ。お礼なんかいらないわよ」

 めいめい、彼女達らしい言葉を返してくれる。

「でも、本当によかったわ、回路障害とかではなくて」

 ふぅ、とヴィリーさんも胸を撫で下ろし、微笑んだ。

 掌を返すようだが〝SEAL〟は生体臓器であるのと同時に、やはり精密な情報回路でもある。脳と同じで、強い衝撃や負荷がかかると、重度の障害を起こすことがあるのだ。

 それがヴィリーさんが口にした〝回路障害〟。この障害を持つ人は、例え見た目が普通に見えようとも、正式に身体障害者として認定される。今の世の中は〝SEAL〟を持たない、あるいは使えない人が生きるには、いささか不便なところも多い。その為の措置だ。

 そして、当然ながら義手や義足のように、〝人工SEAL〟というものも存在する。

 普通の人なら手足の欠損などは回復術式で取り戻すことが出来るけれど、先天性障害で〝SEAL〟を持たない人は、回復術式の恩恵を受けることが出来ない。それ故、術式で治療するのが当たり前のこの時代でも、義手や義足、〝人工SEAL〟の研究開発が世界中で進められているのだ。

 ただし、〝人工SEAL〟に関しては過去のデータが『終末戦争』で喪失してしまっている為、どこも一から研究をやり直しているらしいけど。

「はい。お医者さんによると、そこまで大変なことにはなっていないそうです。ただ、しばらくは〝SEAL〟を安静にさせておかないといけないんで、後で〝人工SEAL〟を貸し出してくれるそうです」

「そう、なら日常生活は大丈夫そうね……それで――そのショック症状は、大体どれぐらいで治る見込みなのかしら……?」

 ヴィリーさんが多分、今一番気にしているであろうことを質問してきた。これに対し、僕は思わず、少しだけ視線を逸らしてしまう。多分、それだけで大体のことは察せられてしまっただろう。

「……早ければ三日か、四日……だそうですが……原則、五日間は安静に……とのことです……」

 僕もヴィリーさんも、揃って頭が痛い時にするような表情を浮かべた。ヴィリーさんは溜息を我慢するように目を伏せ、

「……ギリギリになるかもしれないわね」

「はい……」

 声を沈ませて頷くと、くいくい、とハヌが僕のジャケットの裾を引っ張った。

「のう、ラト。何の話じゃ? 一体全体、何故に二人して暗い顔をしておる。何かあったのか?」

 無垢な金目銀目に見上げられて、そうか、まだロムニック達の件は聞いていないのか――と思う。

 話だけなら、僕が診察されている間にヴィリーさんが説明していてもおかしくはない。けど、それをしなかったということは――

 僕はヴィリーさんへ目線を振り、どうしましょう、と問う。ヴィリーさんは、こくり、と頷いた。

「……その説明は後でするわ、小竜姫。ここでは大きな声で話せないことだから。話はあなた達の拠点ベースに戻ってからにしましょ」





 ヴィリーさんが病院で事情を説明しなかったのは、ロゼさんはともかく、ハヌやフリムが大騒ぎするだろうから、というのがその理由だった。

 それはまったくもって大正解で、話を聞き終わった二人は、予想通りほとんど同じタイミングで席を立った。より正確に言えば、ハヌは僕の膝上から、だけど。

「ラト、妾はちと出かけてくるぞ」

「奇遇ね小竜姫、アタシもちょうど外出しようと思っていたところよ」

 どう見てもハヌの〝SEAL〟は全開で励起していてスミレ色の輝きを放っていたし、フリムの手には白銀のドゥルガサティー、足には漆黒のスカイレイダーが具現化していた。二人とも完全に戦闘モードである。

 ロゼさんはと言うと、相変わらずの無表情でソファに座ったままだったけれど、その両手はがっつり組み合わされ、ギチギチと力一杯握りこまれていた。

「おぬしは行かぬのか、ロゼ」

 ハヌがそう問うと、ロゼさんは無言で頷き、ふわふわしたアッシュグレイの髪を揺らした。

「はい。私はもう少し話を聞きます。なにせ、【居場所が判明しなければ乗り込みようがありませんから】」

 二人より変に冷静な分、余計質が悪かったかもしれない。

 いきり立つ三人を止めてくれたのはヴィリーさんだった。

 テーブルに用意した香茶を一口含み、

「落ち着きなさい、あなた達。気持ちはわかるけれど、これはあくまでラグ君個人の問題よ。外野が出張ったところで、意味がないどころか余計にややこしくなるだけだわ」

 よかった、ヴィリーさんがこの場にいてくれて本当によかった――僕は心の底からそう思った。その瞬間だった。

「ヤるなら、全て終わった後からでも遅くはないわ」

 前言撤回。この人も危なかった。いや、もしかしなくても、この人が一番デンジャラスなのかもしれない。

「み、みんな、落ち着いて、あの、落ち着いてくださいっ」

 僕はというと、みんながもの凄い勢いで怒ってくれるものだから、逆に冷静になってしまった。両手を使って、まぁまぁまぁ、とみんなを宥める。

 ギラン、と剣呑に輝くヘテロクロミアがこっちを見た。

「じゃがのラト、妾らを愚弄されておぬしが怒ったように、妾らもおぬしを虚仮にされて黙ってなどおられぬ。何が決闘じゃ、こうなれば妾の手で一切合切を塵に帰してくれる……!」

「そ、それは流石に被害が大きくなりすぎちゃうから、ちょっと……」

 不穏な発言をするハヌの肩に手を置いて、どうどう、と僕の膝上に座りなおさせる。最近、こういう時はハヌが僕の膝に座るのが恒例になりつつある。

「であれば、私が出ましょう。ご安心を。外傷を残さず死に至らしめる術なら心得があります。月の出ない夜が来れば完璧です」

「暗殺拳ですか!? い、いやいや、そういう殺伐したのもちょっと……というか、この浮遊都市だと月はずっと出てますから……」

 淡々と物騒にも程がある発言をしたロゼさんに目を剥き、手を振って拒絶する。

「ならアタシの出番ね。いい方法があるわよ、ハルト。奴らのヤサにこの爆弾を投げ込むの。大丈夫、音も光も出ないからすぐにはバレないわ」

「だからなんでさっきから闇討ちでオーバーキルな話ばっかりなのかな!? お願いだからちょっと落ち着いて!?」

 得意満面に筒状の爆弾を取り出したフリムに仰天して、僕は思わず大きな声で叫んでしまった。

 多少は効果があったのか、ハヌ達は少々気勢を削がれたように視線を逸らす。あのロゼさんまで、まるで拗ねた子供のように。

 はぁ、と僕は息を吐いて――だけど、胸に灯る熱い炎を意識せずにはいられなかった。

「――僕の為に怒ってくれて、ありがとう。でも、大丈夫だよ」

 我ながら意外なことに、はっきりとした声がすんなりと出た。

 すると、驚いたようにみんなが振り向いた。ハヌやロゼさん、フリムだけでなく、ヴィリーさんまで。

 何故だか自然と笑みが込み上げてきたので、僕は軽く笑いつつ、こう言った。

「これは僕の決闘だから。僕自身が、決めたことだから。――だから、ちゃんと僕が戦うよ」

 みんながキョトンとした顔で僕を見ている。でも、気にせず続けた。

「みんなが怒ってくれるのは嬉しいよ。でも……今回ばっかりは譲れないんだ。これは、僕の怒りだから。僕の、意地だから。――だから、直接、僕がぶつける」

 言葉にすると、胸の奥に宿った熱がさらに温度を上げていくようだった。あの時の感情の昂ぶりが、沸々と思い出されていく。

 頭を真っ白に染めるほどの衝動――純粋な怒り。

「絶対に許さない」

 それは他者に対して言う言葉ではなく、自分自身に対する誓いだったのかもしれない。

「後悔させてやるんだ。必ず」

 気付けば、僕はもう誰にも視線を向けず、俯いて自分の握り拳を見つめていた。その手は、ロムニックとネイバー交換のため握手した手だった。

 思いっきりぶん殴ってやる。そんな意志が籠った拳だった。

「…………」

 はっ、と我に返った時にはもう手遅れだった。

「――あ、えと、いや、今のはなんというか、意気込みというか、意思表明みたいなもので、別に変な意味は……」

 わたわたと両手を動かして誤魔化そうとしたところ、何故か立ち上がっていたフリムが、すとん、と無言のまま椅子に腰を下ろした。

 ヴィリーさんを除いた僕の仲間は、声もなくお互いの顔を見合った。なにやらアイコンタクトで意思の疎通をしているらしいのだけど、それがどんなやりとりなのかまではわからない。

 申し合わせたように、三人が同時に頷いた。

 揃って僕を見る。さっきまでの剣幕はどこへやら、何故だか心配そうな顔つきで。

「――ラト。おぬし、やりすぎてはいかんぞ?」

「そうよハルト、さっきはアタシ達も言い過ぎたわ。アレは冗談だから、本気にしちゃダメよ?」

「ラグさん、流石に『放送局』の目の前で虐殺、というのは些か体面が良くありません。考え直してください」

「ええええええええぇ!? なんでそうなるの!? ちょっと待って!? ちょっと待って!?」

 どうして僕が、いかにも乱暴者の問題児が受けるみたいな注意をされなければならないのか。しかも、僕よりもよっぽど凶悪なことを宣っていた三人に。

 僕のツッコミにハヌは目を眇めて、渋い顔をする。

「ふむ。なんでと言われてものぅ……のう?」

 微妙に言葉を濁して、蒼と金の瞳で隣のフリムに話を振る。

 僕の幼馴染で従姉妹な少女は、うんうん、と首を縦に振って無造作なポニーテールを揺らした。

「アンタってほら、本当にやばい時ってモードが切り替わるでしょ? 本気モードっていうか、ガチモードっていうか。そういう時のアンタって、マジで容赦なくて本気でヤバイんだけど、自覚ある?」

「え、ええっ?」

 なんだそれは。そんな自覚、まったく全然、これっぽっちもないのだけど。

「これまでの戦いを振り返るに、ラグさんには敵への止めの刺し方に一定の癖があります。それはいわば、【過剰飽和攻撃】とも言える癖です」

「か、過剰、飽和……?」

 僕のオウム返しに、ロゼさんは恬淡に頷く。

「はい。先程ラグさんが口にした〝オーバーキル〟という言葉が、一番わかりやすいでしょうか。ヘラクレス戦しかり、シグロス戦しかり。先日の『開かずの階層』でもそうでしたが、ラグさんには最後の一撃に、過剰なほど威力を込める癖があります」

「あ……」

 言われてみれば、確かに。思い返してみれば、むしろ心当たりしかない。

「先程フリムさんが例えたモードの切り替えですが、確かにそのような部分は多々見受けられます。これは私、小竜姫、フリムさんとの共通見解なのですが……」

 表情筋はほとんど動かないのに、その琥珀色の瞳だけは強い光を放ち、ロゼさんは僕を見つめた。

「窮地にあってもなお、ラグさんが笑顔を浮かべている時――その時は、間違いなくそのモードに入っている時ですね」

「え……?」

 またしても自覚のない話をされ、僕は困惑する。

「え、笑顔……? そ、そうですか……?」

 みんなの顔を見回しながら聞き返すと、うむ、とハヌが大きく首肯した。

「そうじゃ。聞けばラト、おぬしはシグロスという輩と戦う時はロゼに。この前のフロアマスター……ミドガルズオルムじゃったか? そやつと決着をつける前も、フリムに笑ってみせたと言うではないか。妾の時もそうじゃったぞ。しかもな、その上でおぬしはこう言うのじゃ」

 次の瞬間、三人の声がぴったり重なった。



「「「三ミニトの間だけなら、僕は世界最強の剣士だ」」」



「――――」

 自分で言っている時は気付かなかったけれど、こうして他人の口から聞くだに、それはとてつもなく恥ずかしい台詞だということに気付いてしまった。

 っていうか、そんなとんでもない台詞を、よりにもよってヴィリーさんがいる前で――!?

「――ま、待って待って!? そ、それはその、ち、違くて、えっとあの、そ、その場の勢いというか何というか……!?」

 顔どころか全身が熱い。体中の血液が沸騰したかのようだった。僕はハヌを膝に乗せたまま手足をバタバタさせながら、どうにか誤魔化そうとして、

「あら、実は結構な自信家だったのね、ラグ君?」

 というヴィリーさんの声に、背後からナイフで刺されたみたいに動きを止める。楽しむような、からかうような、それでいて聞き捨てならないとでも言うような、そんな響きだった。

 僕は、多分さっきのヴィリーさんよりも真っ赤になった顔で、ばっ、と振り返る。

「ち、違うんですよ!? あ、あくまで! あくまで自分を鼓舞するために言っているだけであって、ほ、本気でそう思っているわけじゃなくてですね!? ぼ、ぼぼぼ僕が世界最強だなんて本当におこがましいことだと……!?」

「あら、謙遜なんてしなくてもいいのよ? 素敵なフレーズだと思うわ。それに、あながち嘘でもないでしょうし」

 にっこり、と女神様スマイルを浮かべて、ヴィリーさんは僕を褒めそやす。その場のノリで口にする大言壮語を、本当に世界最強の剣士の一角である〝剣嬢ヴィリー〟に聞かれてしまっただけでも恥ずかしいのに、さらには笑顔で肯定されるだなんて――

「――~っ……!?」

 恥ずかしい。どうしようもなく恥ずかしい。穴があったらそこに入ってそのまま消えてしまいたいぐらいに。

 僕は真っ赤になったまま、身を小さくして黙り込むしかなかった。

「それで小竜姫? それの何が問題なのかしら?」

 僕をからかうことに飽いたのか、ヴィリーさんは折れた話の腰を再接続した。ハヌはヴィリーさんに頷きを返し、

「うむ。この口上を述べた時のラトはやたらと頼りになるのじゃが……逆に言うとの、理性の箍が外れておる状態とも言える。先刻もフリムが言うておった通り、敵に対する遠慮容赦がなくなるのは勿論じゃが、同じぐらい保身の念も薄くなりよるのじゃ。今回は一対一の決闘であろう? 相手を挽肉に変えかねぬ上、ラト自身も大怪我をするやもしれん。妾はそこが心配なのじゃ」

「右に同じよー」

「その通りです」

 フリムは右手を上げて、ロゼさんは点頭し、彼女の言葉に同意する。

 知らなかった……というか、いつの間に三人でそんな情報共有をしていたのだろうか。やっぱり僕一人だけが男だから、仲間外れにされているのだろうか。ちょっと――否、かなり寂しいかもしれない。仕方ないとは思うけれど。

「なるほどね。でも、今回はそうも言っていられないと思うわよ? なにせラグ君の〝SEAL〟は不調によって麻痺状態。代理品の〝人工SEAL〟では基本的な機能は使えても、戦闘術式までは発動させられないわ。つまり、支援術式なし、攻撃術式なし、剣術式もなしで、ラグ君は決闘に臨むことになる可能性が高いの。相手を挽肉するどころか、勝利できるかどうかもわからない状況よ。今のままでは」

 ぐさり、とヴィリーさんの言葉が胸に突き刺さる。

 そうなのだ。病院が借し出してくれた〝人工SEAL〟は確かに〝SEAL〟の代用品として動いてくれるのだけど、流石に現実を改竄するフォトン・ブラッドの力――即ち〝術力アルターフォース〟までは扱えないのである。一般的なアプリケーションや通信、ネットダイブといった普通の機能は使えても、いわゆるエクスプローラーが使うような攻撃術式や剣術式といった、戦闘術式は発動どころか起動させることすら出来ない。

「それに、さっきラグ君が診察を受けている間に決闘相手のことを調べてみたの。ロムニック・バグリー。年齢は二十五歳。ここ最近、急激に名を上げてきているエクスプローラーよ」

 ヴィリーさんが〝SEAL〟のARスクリーンを表示させ、僕らにも見えるように拡大させた。現在、この場にいる五人は暫定的にルーターで相互接続しているので、直接接触がなくてもデータの共有が出来るのだ。

 ヴィリーさんが表示させたのは、とあるニュースの一面だった。ロムニックの顔写真や、エクスプローラーとしての武装した姿などが掲載されている。

「というか、ここ数日ね。ラグ君の時ほどではないけれど、随分とセンセーショナルな扱いを受けているわ。元々は中堅どころのエクスプローラーで、推定総合評価はBランク。戦闘スタイルは槍を愛用しているようだから、ランサーかしら。トップクラスと呼べるほど強いわけでも功績があるわけでもないのだけど、この数日間で打ち立てた【実績】のおかげで、妙な異名がついているわ」

 そこにはロムニック自身が名乗ったものと、さらにもう一つ、別のあだ名が記されていた。

「〝下剋上アプセッター〟、それと〝決闘者デュエリスト〟……どうしてこんな名前をつけられたのかは、推して知るべしね。その名の通り、自分よりランクが上のエクスプローラーと決闘して、全戦全勝しているからよ」

「――!?」

 脳天に稲妻が落ちたかと思った。それぐらい驚いた。というか、驚きのあまり頭の中が真っ白になって、ヴィリーさんの言葉が上手く理解できなかった。

「ぜ……全戦、全勝……!? え、あの、そ、それって……!?」

 何かの間違いじゃないんですか、と言うより早く。

 ヴィリーさんはルビーみたいな目で僕を見返して、端然と頷いた。

「ええ、間違いないわ。あちこちにある記事が全て嘘でなければ――の話だけど。私が調べたところによるとこのロムニックという男は、推定総合評価Aランクどころか、一人だけだけどSランクとも決闘して勝利しているわね。戦績は、今のところ十二連勝無敗。最初は自分から決闘を申し込んでいたようだけど、途中からは噂が噂を呼んで、逆に他のエクスプローラーから決闘を挑まれるようになっているみたいよ。最初の決闘から一週間も経っていないのに、十二連戦もしているのはそれが理由ね」

 信じられない。一日二回以上も決闘をして、しかも自分より強い相手に、連勝するだなんて。

 以前にも説明した通り、エクスプローラーのベンチマークは、筋力、耐久、敏捷、術力、血量、の五項目を基本として評価される。僕の場合は、筋力D、耐久C、敏捷C、術力E、血量B、といった具合にだ。

 各項目はどれもかなりざっくりした評価なので、同じCランクでもピンからキリまでがあって、必ずしも同ランクだから同じぐらいの強さというわけでもなかったりする。

 また、この他にもスキル評価、アビリティ評価というものがあって、そちらも最低Eから最大SSSまでランク付けされる。ちなみに僕のスキル評価は一つだけで、『武器全般B+』というのがそれだ。これは知っての通り、師匠だった祖父ドラディドアレスから様々な武器の扱い方を習っていたおかげで、剣や槍、弓といった多種多様な得物をどれもそこそこのレベルで使いこなせる点が評価されたのだ。『+』評価がついているのは、支援術式によって威力をブースト出来るところを考慮されたのだろう。

 アビリティ評価というのは、技能ではなく、能力――つまりタレントに対するランク付けだ。例えばフリムの特異体質――異様なほどフォトン・ブラッドが濃くて、ほとんど無限に『現実改竄物質』が溢れてくる――『永久回炉メビウス・オヴェン』などがこれにあたる。ちなみにランクはEX。EからSSSまでのランクをつけるにあたって『計り知れない』『次元が違う』という時につけられる、規格外の評価だ。

 なお、僕の『マルチタスク』については一切秘密にしている為、評価はつけられていない。実際の所、ベンチマークしたらスキルとアビリティ、どちらのカテゴリになるのだろうか? いや、評価してもらうつもりはないのだけど。

 そして、これまで挙げた基本評価、スキル評価、アビリティ評価――これらを総合して下される評価が、まさしくさっきから言っている『総合評価』なのである。

 これはもう単純なようでいて、ややこしいようでいて、やっぱり単純な話だ。

 というのも、例えば同じ総合評価Cランクでも『筋力A、耐久A、敏捷E、術力E、血量E、スキルC、アビリティE』といった、完全に戦士になるために生まれてきたような人もいれば、一方で『筋力C、耐久C、敏捷C、術力C、血量C、スキルC、アビリティC』という、どれをとっても平均的な人だっている。要は全ての要素を掛け合わせた結果、弾き出されるのが『総合評価』なのである。

 だから、評価する際の計算は相当にややこしいのだろうけど、しかし結果だけを見れば一目瞭然、単純明快だ。

 総合評価ランクが高ければ高いほど、その人は純粋に強い。

 もっと言うと、総合評価低ランクが総合評価高ランクの人に勝つためには、相当な運や強力な武具といった、かなりの追加要素が必要となってくる。いわゆる『評価外項目』という奴だ。

「一度や二度なら、ただのまぐれかもしれないけれど……流石に十二回連続ともなると、ただの偶然では片付けられないわ。もしそうだとしたら、それはもはや奇跡としか呼びようがないわね」

 そうだ。常識的に考えて、格上を相手に常勝無敗というのは明らかにおかしい。

 もし仮に、あのロムニックという男が推定で総合評価Bランクだとしよう。しかも、『Bランクの中でも限りなくAランクに違いBランク』だとしよう。

 それでも、総合評価Aランクを相手に勝つのはかなり難しい。例え相手が『Aランクの中でも限りなくBランクに近いAランク』だったとしても、相当困難なはず。それほどランクの差は大きいのだ。

 むしろ複雑かつ膨大な計算シミュレーションの結果であるからこそ、総合評価ランク間に刻まれた溝は深く、立ちはだかる壁は高いとも言えた。なにせ、【総合的に見た上で格上】だと認定されているのだから。

「単に、何かやたらと強力な武装を持っているからとかじゃないの?」

 まずフリムがその可能性を挙げた。クラフターらしい意見である。

 しかしヴィリーさんは首を横に振り、輝くようなプラチナブロンドを揺らした。

「この画像や、他で流れている映像を見る限りでは、確かになかなかの業物を使っているわね。でも、だからといって武器の性能に頼った戦い方をしているわけでもないの。むしろ大抵の場合、相手の使っている武器の方が優れていることが多いわね」

 ヴィリーさんはロムニックの得物が映っている画像を抜粋して、並び立てた。フリムはやや前のめりになって、じっと凝視する。

「……うぅん……本当ね。この槍だけで総合評価ランクの差をひっくり返すのは、ちょっと無理があるわ……でもじゃあ、武器じゃないとしたら……?」

「ベンチマークで考慮されていないスキル、ないしはアビリティを持っているのではないでしょうか」

 眉間に皺を寄せて唸るフリムの言葉を、ロゼさんの冷静な声が引き継いだ。僕の『マルチタスク』同様、そもそも評価を受けていなければ当然、そのスキルやアビリティは総合評価ランクには反映されない。それ故、実はロムニックが総合評価Aだったとしても、周囲には推定総合評価Bランクだと思われている可能性は十分にある。

 ちなみに先程から『推定』という語句を用いているのは、当たり前だけどベンチマークテストの結果は個人情報にあたるため、通常は公開されていないからである。しかし、エクスプローラーとは戦う職業であり、戦闘行為はいわば自らの情報を周囲に発信しているのと同義だ。手に入れられる情報や記録を解析することによって算出されるのが、推定総合評価なのである。

 ちなみに、以前にもフリムに問われて答えたことがあるが、僕の総合評価はDランクである。ただし、術式制御に関する評価は含まれていないものだが。

「目に映らない特殊スキルであれば、推定総合評価には含まれないはずです。実際のところ、そのロムニックという人物はAランク、ないしはSランクなのでは?」

 というロゼさんの意見に対し、

「ええ、そのようなものね」

 と、ヴィリーさんが微妙な肯定を返した。

 ――そのようなもの? つまり、それそのものではないが、似たようなもの、ということだろうか? いや、というか、今の口振りからすると、まるでヴィリーさんは正解を知っているみたいな……?

「確かに『評価外項目』ではあるわね。でも同時にスキルとも言えるし、アビリティとも呼べるわ。多分、評価ランクはEXになるでしょうけど」

 勿体ぶった言い回しをしながら、ヴィリーさんは鋭い眼光を何故かロゼさんに向けた。そこへ、

「何じゃヴィリー、おぬし、さも知っている風な口を利くではないか」

 ハヌが、僕と思ったことと同じ指摘を繰り出した。すると、ヴィリーさんはロゼさんから視線を外さないまま、首肯する。

「ええ、知っている風な、ではなく、知っているわ、実際に。そしてそれは、そこのあなた――ロルトリンゼさんも同じはずよ。そうでしょ?」

 確認するような問いを投げかけられた瞬間、ロゼさんの顔がはっと緊張した。

「――まさか……」

「ええ、そのまさかよ」

 ヴィリーさんがやおら立ち上がり、右の掌を胸に押し当てる。

「そういえば、色々とあったおかげで正式な挨拶がまだだったわね。ロルトリンゼさん、ミリバーティフリムさん。改めまして、私はヴィクトリア・ファン・フレデリクス。知っているかもしれないけれど、世間からは〝剣嬢ヴィリー〟と呼ばれているわ」

 ヴィリーさんがマリアお祖母ちゃんについて語ったときの言葉を借りるが、今時のエクスプローラーで〝剣嬢ヴィリー〟を知らない人間はモグリに決まっている。だから、ロゼさんにしても、フリムにしても、その自己紹介に対してさほど驚きはしなかった。

「そして――」

 だから爆弾は、次の瞬間に投げられた。

「――ロルトリンゼさん、私もあなたと同じ〝神器保有者セイクリッド・キャリア〟よ」





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