リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●7 剣嬢の実力を垣間見る、色々な意味で





 というわけで――いや、どういうわけだかよくわからないのだけど――僕とヴィリーさんは四つあるチャンバラコートの一つを借りて、その中央で向かい合っていた。

「…………」

 本当に意味がわからない。

 何度でも言うが、ヴィリーさんは以前から僕の憧れの人だったのである。

 否、今でもそうだ。

 剣士が目指すべき最高峰の一つである〝剣号〟。その一つ〝剣嬢〟を授与されし若き剣士。それがヴィリーさんこと、ヴィクトリア・ファン・フレデリクスなのだ。

 そんなすごい人物と知り合って、あまつさえデート――という名の打ち合わせ――なんてした上、いくら偽物イミテーションとは言え武器を手に、こうして立ち合っているだなんて。

 夢でも見てるんじゃないだろうか、と思って頬をつねってみるけど、普通に痛かった。

 正真正銘の、現実だった。

「恐縮だけど、私は手加減させてもらうわね。でもラグ君は遠慮なく、本気でかかってきてちょうだい」

 にっこり、と女神様みたいな微笑でヴィリーさんは言う。

 だが優しく言ってくれている割には、その構えには信じられないほど隙がなく、どこからどう剣を打ち込んでもカウンターを喰らう未来しか見えない。

「――あら?」

 僕が軽く構えた途端、ヴィリーさんは不思議そうな声を漏らした。

 柔和な雰囲気を纏っていても、こと剣を握ると深紅の瞳はどうしようもなく鋭くなるらしい。ヴィリーさんは改めて僕の出で立ちを確認した上で、

「――二刀流なのね。前に見た時はとても大きな剣を持っていたようだけど、スタイルは固定ではないの?」

「は、はい。一応、どんな武器もある程度は扱えるよう、師匠に指導してもらったので」

 へぇ、という感じでヴィリーさんが軽く目を見張る。

「珍しい指導者なのね、ラグ君の師匠は。普通なら適性のある武器一本に絞るものだけど……あ、いえ……そう、そうね……なるほどだわ。【だから、あなたはそうなのね】」

「――?」

 何故か一人で納得するヴィリーさんに小首を傾げると、くす、と彼女は笑った。

「何でもないわ、こっちの話よ。さ、始めましょ」

 そう言って、ヴィリーさんは〝SEAL〟からコート脇に設置されているタイマーへコマンドを送った。

 ポーン、とやや気の抜けるような電子音が鳴り響く。

 試合開始だ。

「――――」

 途端、僕はコート内の気温が一気に氷点下まで下がったかのように錯覚した。それでいて大気が帯電しているかのごとく、全身の肌がビリビリと粟立つ。

 目に映る光景が激変したかのようだった。

 裸のまま高空を飛行しているかのような緊迫感が、身体の芯を貫く。

 原因は言うまでもない。僕の目の前に立つ、〝ジ・お嬢様〟な格好でソフトソードを構えているヴィリーさんである。

 力を抜いた体勢で立ち、ただ青い棒の先端をこちらへ向けているだけのあの人が――ここまで空気を変えたのだ。

 表情、構え、どちらにも大きな変化はない。

 だというのに、場の雰囲気だけが異界と化したかのごとく変じていた。

「どうしたの、ラグ君? 初撃はそちらからで構わないわよ?」

 涼やかな声で、微笑みさえ浮かべて、ヴィリーさんはそんなことを宣った。

 剣気――とでも言うのだろうか。ヴィリーさんの全身から迸る、この場の空気を息苦しいまでに収斂させているものは。

 我知らず、両手に持った白と黒のソードをぎゅっと握り込む。ヴィリーさんと同じで、色は自然と黒玄と白虎に似たものを選んでいた。だが今回は刀身が少し短めの、いわゆる小太刀タイプにしてある。

 というのも、アシュリーさん曰く――

『元来、二刀流は大小の二刀でそれぞれ違う役割を持たせる手法と、小から中の同じ大きさの武器を扱うものとがあります。翻って、大二つというのは、あなたのように身体強化の手段がなければまずしない――論外の戦型です。ざっくり言ってしまえば、絶妙なコンビネーションで隙を作らない、もしくは軽いが速い連環双撃で相手に攻撃させる暇を与えない、それが二刀流の極意です。しかし大型の武器で二刀流となれば、体勢の関係から強打を放てず、剣速は遅く、まるで益がありません。それどころか最低の悪手です。いいですか、もし支援術式が使えない状態に陥った場合は、なるべく素早く振るえる武器を選ぶのですよ、ベオウルフ』

 よもや今日のことを予見していたわけでもなかろうが、あまりにも状況が合致しているので、その助言をありがたく活用させてもらっていた。

 試合のルールは単純明快。先に相手へ有効打を一発打ち込むか、場外へ押し出した方の勝ち。制限時間は五ミニト。当たり前だけど、術式の使用は禁止だ。

「…………」

 僕は右手に黒、左手に白のソフトソードを構えつつ、コンバットブーツの底を左に滑らせた。ざり、と青いシートの上を削るように移動する。

 無闇に突っ込んでいっても、あっけなく返り討ちにあうのはわかりきっている。かといって、先手をヴィリーさんに譲ったところで、僕に彼女の攻撃を防ぎきれるかどうか。

 流石に勝てるとは思っていない。だけど、勝ち目がないわけでもない。

 ヴィリーさんは手加減してくれると言った。その〝手加減〟がどの程度のものかはわからないけれど、よく訓練をつけてくれるロゼさんを基準にすれば、ある程度の予想はつく。

 だからきっと、隙は用意されているはずだ。要は、その隙をどう突くのかが問題なのである。

 相手が用意した隙を突いて勝とうだなんて浅ましい考えだとは思うけれど、この場合は仕方ない。真っ向から斬り合って、僕が〝剣嬢〟ヴィリーに敵うはずもないのだから。

 じりじりと距離を測る僕を、ヴィリーさんは笑みをたたえたまま眺めやる。

「意外と慎重派なのね。ヘラクレスやシグロスとの戦いでは、かなり前のめりな戦い方をしていたと思うのだけど。それとも、相手が私だからかしら? それなら光栄だわ」

 余裕綽々である。それもそのはず。支援術式がなければ僕が凡庸な剣士であることは、ヴィリーさんほどの達人ともなれば言葉にせずともわかることだ。

 ――何だか、じっくり観察されている気がする……?

 ゾク……と不意にうすら寒いものを感じて、全身に怖気が走った。

 ダメだ、こうしていても埒があかない。

 すぅ、と息を吸って、

「――いきますっ!」

 意を決して僕は飛び出した。

 一歩目から全力。効率的に加速する歩法ならロゼさんに習っている。膝の屈伸を利用して一気にトップスピードへ。

 ソフトソードを構えたまま棒立ちになっているヴィリーさんへ――主観的には――素早く接近し、右の突きを放った。

「はっ!」

 当たるとは思っていない。どうせ切り払われる。けれど目的はそうして隙を作ることだ。だから見え見えの軌道で突きを出し、ヴィリーさんが動いたところで左の斬を――

「――えっ!?」

 切り払われるどころか、【切っ先が届きもしなかった】。

「ッ!?」

 愕然とする。肩も腰も入れた。右の黒ソードはヴィリーさんへ向けて突き進み、僕の腕は最大限までピンと伸び切った。

 なのに、【ヴィリーさんに届かなかった】。

 僕のソードの届くほんの数セントル先に彼女はいて、突きが起こした風に胸元の紐ネクタイがふわりと揺れた。

 ――目測を誤った!? 嘘!? そんな初歩的なミスを!?

 信じられない。十分に距離を測って出したはずなのに。

 驚きと混乱に全身の筋肉が凝固して、動きを止めてしまう。

「あら、こんなことで止まってしまってはダメよ?」

 その声が耳に入った時には、ヴィリーさんは既にソードを大きく振りかぶっていた。天を衝くように右腕を上げ、大上段から無造作に振り下ろす。

「――っ!?」

 大袈裟な動作は手加減の一つなのか。露骨な予備動作を経て襲い来る攻撃を、しかし僕は死に物狂いで回避した。右へのサイドステップで上段斬りの軌道から逃れる。

 ヒュオッ、と鳴る風切り音に、刹那、死神の鎌を幻視した。

「下からいくわよ」

 攻撃予告。その言葉通り、青いソードの切っ先が床に触れる直前、飛燕のごとく身を翻した。

 追いかけてくる。

「ッ!?」

 鋭角な切り返しではなく、蛇の強襲にも似たシームレスな動きに戦慄が走る。まるで僕がこちら側へ逃げることを予測していたかのような――違う、実際にそう見切っていたのだ。

 左。白のソードで青い斬撃を迎え撃とうとした瞬間。

「!?」

 激突の寸前でまたしても軌道が変わった。僕が盾代わりに差し出した白のソードを、ぬるりと軟体動物の触手めいた動きで避け、こちらの懐へ滑り込んでくる。

「!!」

 まるでソード同士が磁力で反発し合っているかのような、奇妙で不可思議な軌道だった。

 防御できない――そう判断した僕は全力でバックステップバックステップバックステップ。

「――っはぁっ……!?」

 一気に距離を離して安全圏――コートの端まで逃げ切ってから、ようやく自分が息を止めていたことを思い出した。全身を使って呼吸する。

「いい判断だわ。それによく見えてる。流石の集中力ね」

 悠然と褒めてくれるヴィリーさんの立ち位置に、僕は違和感を覚える。

「……?」

 今の攻防において彼女はほとんど動いていないはずなのに、いつの間にか中央の開始線から離れた場所に立っていた。

 まさか瞬間移動? いや、馬鹿な、そんなはずはない。術式は使わないルールだったし、ヴィリーさんが卑怯な小細工を弄するとも思えない。

 つまり――動いたのだ。僕が気付かない内に。もしくは、僕が気付かないように。

 敵の目を欺く歩法があると、ロゼさんに聞いたことがある。実際に見せてもらったこともあるが、多分あれと同じ技術だ。

『相手の視線がこちらの上半身へ集中している時に、その隙を突いて身体を上下に揺らすことなく動くのがコツです。剣士フェンサーなら剣の先端、格闘士ピュージリストなら拳に注意を集めるのが常套手段ですね』

 ロゼさんの言葉が耳の奥に蘇る。確かに突進を始めた瞬間からヴィリーさんの足元には注意を払っていなかった。おそらく、その間にヴィリーさんは特殊な歩法で後退し、最初の突きがギリギリ届かない位置へと移動したのだ。だから僕は目測を誤ったように錯覚した。

「……!」

 理解した瞬間、稲妻のごとく戦慄が全身を駆け巡る。まだ剣を合わせてもいないのに、ヴィリーさんの力の片鱗を垣間見てしまった。

 ――どれだけ強いんだ、この人は……!?

 まるで底が見えない。宣言通り手加減しているはずだし、見た目からして手を抜いているのは明らかだ。

 なのに、まるで勝てる気がしない。

 例え支援術式を使って〝アブソリュート・スクエア〟状態になったとしても、果たして勝てるのだろうか――脳内シミュレーションをしてみても、絶対に勝てる自信が持てない自分に一層驚く。

 そう。筋力とか、速さとか、硬さとか――この人の【強さ】は、そういう次元のものじゃない。

 自分より力の強い敵、自分より素早い敵、自分より防御の厚い敵――己を凌駕する強敵と、互角以上に戦うための【技術】。

 弱者が強者に勝つための、下剋上の力。

 その究極が、ヴィリーさんの剣には宿っていた。

 ――これが……〝剣嬢〟……!

「じゃあ、今度は私からね」

「ッ!」

 軽い宣言に、ギクリ、と体が硬直する。

「突いて斬るわよ」

 わざわざ予告してくれるヴィリーさんだけど、今の僕にとってそれは優しさなのか、残酷なのか。

 ――集中だ、集中しろ。技術はもちろん、力も速さも敵わない。だけど、僕には唯一他人に自慢できる集中力がある。動体視力にだって自信がある。ロゼさんも言っていたではないか。相手をよく視ろ、そこから動きを予測しろ、と。

 僕は目を凝らしてヴィリーさんの一挙手一投足を見逃すまいと、ふわり、と鼻孔にいい匂いが――

 気が付いた時には、突きの体勢をとったヴィリーさんが目の前にいた。

「――うわあっ!?」

 堪らず悲鳴を上げてカエルみたいに跳ね上がった。場外へ出ないよう、右手で剣を握っているヴィリーさんの死角側――僕から見て左へ飛ぶ。

 ――なっ何だ今の!? 動き出しどころか移動そのものが知覚できなかった!? 音も聞こえなかったし嗅覚が反応しなかったら無防備なままやられていたんじゃ……!?

 まるで、彼我の距離を次元の悪魔に喰われたみたいだった。時空が歪んで、ヴィリーさんをこちらへ引き寄せたとしか思えなかった。

 もはや体裁など繕っていられる余裕もなく、僕は床へ頭から突っ込むようにして転がり、ゴロゴロと体を回転させて逃げた。二回転したところで素早く立ち上がり、

 目の前に剣を振りかぶったヴィリーさんがいる。

「いっ――!?」

 ――だから何で!?

 思わず叫びたくなるのを我慢して僕は両手のソードを構え、とっさの判断で敢えて前へ出た。

 さっきはあちらの斬撃をソードで受けようとして避けられたのだ。なら、こっちからぶつけに行くしかない!

 結果としてその判断は正解だった。青のソフトソードと、黒と白の小太刀ソードが激突して、パァン! と乾いた音を立てた。

「いいわよ、その調子」

 その声は、何故か少し離れた空間から聞こえたように感じた。

「――!?」

 視覚と聴覚のズレに気付き、一瞬どちらを信じればいいのかわからなくなる。けれど目はさっき騙された。

 風切り音。ヒールの高い靴を履きながらなお足音を消せるヴィリーさんとて、流石にソードが大気を裂く音までは抑えられないはずだ。僕は耳に意識を集中させて【本当の間合い】を推し量る。

 ――右、いや左!?

「ッ!?」

 ほぼ直感だけで左右から襲いかかってきた斬撃を二本のソードで防ぐ。柔らかいソフトソード同士がぶつかる小気味いい音が耳朶を打った。衝撃に両手がビリビリと痺れる。

 ――何だ今の!? 左右どっちが先だった!? ほとんど同時じゃないか!?

 速すぎる。一刀しかないというのに、二刀流みたいな剣速だ。肝が冷えるどころか凍ってしまいそうになる。

「どんどん行くわよ」

 ゆらり、とヴィリーさんの姿が蜃気楼みたいに揺らめいた。修辞表現ではない。本当にそう見えたのだ。

 連続攻撃の気配を察知する。

「――~っ!?」

 僕はぐっと息を呑み、五感の全てを総動員した。どれか一つだけでは絶対に切り抜けられない。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の全てを駆使し、かくなる上は第六感をも呼び起こす勢いで集中状態へと突入する。

「――――」

 時間の流れが滞る。世界が粘性を持つ。全身の感覚器官が冴え渡り、ヴィリーさんの髪の毛一本一本の動きすら見て取れるようになる。

 外を歩いている時に着用していたベロア生地の黒ジャケットは脱いで、『カモシカの美脚亭』で会った時と同じ格好になっているヴィリーさん。

 純白のフリルブラウスに、臙脂色の紐ネクタイ、濃紺のハイウエストスカート。

 それらを大雑把に言ってしまえば、白と赤と青の色に分けられる。

 そこに輝く髪の金を加え――四色の色合いだけしか視認できないようなスピードで、ヴィリーさんが動いた。

「――!」

 十数の蛇が一斉に襲い掛かってきたかのようだった。どれが最初の一撃で、どれが最後の攻撃なのか一瞬わからなくなる。僕は五感を鋭敏にした上で、直感を頼りに両手のソードを振るった。

 全身全霊で迎え撃つ。

 パパパパパパパパパパパンッッ! とチャンバラソードのぶつかり合う音が高らかに、幾重にも重なって鳴り響いた。

「くっ……!」

 見える。わかる。つぶさに観察できるほどの余裕はないけれど、どうにか斬撃の〝気配〟のようなものを察知して迎撃することが出来ていた。

 だけど、あくまで防御出来ているだけだ。ヴィリーさんの連続攻撃は止まらない。こちらから反撃する暇がない。

「そうそう、いいわよ。もっと速くしても大丈夫かしら?」

「!?」

 まだ速くなるのか、と愕然とする。こうして斬撃が来る方向を読んで、それを受け止めているだけでも精一杯なのに。

 見えてはいる。防御もどうにか出来ている。しかし、極度の集中力によって攻撃の軌道や狙いがわかっても、それだけじゃどうにもならない。

 体がついてこなければ。

 今の僕は支援術式による強化がない状態だ。僕のエクスプローラーとしてのベンチマークは総合評価Dランク。ヴィリーさんは推定Sランクかそれ以上と言われているのだ。中に入っているソフトウェアはともかく、ハードウェアにおいては天と地以上の差がある。

「さぁ、回転を上げるわよ」

 ヴィリーさんの嬉しげな声。こうしてチャンバラをするのがとても楽しいのだろう。常にない嬉々とした響きが声音に混じっていた。

 当たっても大したことないことはわかっているのに、どうしようもなく恐怖を覚える。まるで真剣で斬り合っているかのような緊迫感だ。

 上下左右、四方八方、あらゆる角度から斬撃と刺突が生まれる。速度がさらに上がった。僕は歯を食いしばり、立て続けに双剣でその全てを弾き返す。そうしながら後方へ飛び退さったりサイドステップで間合いを離そうとするのだけど、不思議と逃げられない。ならば前へ出て懐へ――と足を進めても、これはこれで何故か距離が縮まらない。

 ヴィリーさんに、完全に間合いをコントロールされていた。

「すごいわラグ君、この間とは見違えるよう。こんな短期間でここまで成長したのね」

 僕の目には金と白と赤と青の、ブレブレの像にしか見えないヴィリーさんが、子供の成長を喜ぶ母親みたいなことを言う。そういえばヴィリーさんには、ルナティック・バベルのゲートキーパー〝海竜〟と戦った時の無様な姿を見られているのだ。確かにあの頃に比べれば、肉体的な成長はともかく、戦闘技術においてはかなりマシになったと自分でも思う。

 そう、技術だ――と今更ながらに気付く。嵐のような猛攻を薄氷を踏む思いで捌きつつ、僕はアシュリーさんとロゼさんの言葉を思い出した。

『いいですかベオウルフ、私は〝流れ〟を作れとあなたに言いました。ですが、〝流れ〟をつくるのはあなただけではありません。敵とて同じことをします』

『ラグさん、〝流れ〟とは即ち〝呼吸〟です。〝呼吸〟とは即ち〝意図〟です。戦いの中において敵の意図を探ることはとても重要です。相手をよく視る――それは即ち、敵の思考を読むことに他なりません』

 片や剣術、片や格闘技の先生は、言葉は違えど、しかし本質的には同じことを教えてくれた。

 マシンガンのごとく乱発されるヴィリーさんの攻撃にも、きっと〝流れ〟があるはずだ。むしろ、達人であればあるほど綺麗な〝流れ〟を作っているはずだ。

 ――読むんだ、ヴィリーさんの〝流れ〟を。探るんだ、その〝呼吸〟を、その〝意図〟を。そして、視ろ。彼女の思考の行く先を。

「――――」

 そう決意した瞬間から、頭の中がさらにクリアになった。

 攻撃を防ぎ、ヴィリーさんの動きを先読みしつつ、同時に、僕も〝流れ〟を作るのだ。いや、少し違うか。〝流れ〟を【合わせる】のだ。息を合わせるように。心を重ねるように。

 ヴィリーさんになりきって、その動きを見切って。隙を作って、付け入って――!

「――動きが変わったわね? 別人みたいだわ。切り替えが速いのね。もしかして、もう気付いたのかしら?」

 くす、とヴィリーさんが微笑む気配。

 気付いてみれば、何のことはなかった。

 斬閃を、突きを、弾き受け流す都度、ヴィリーさんの思惑が少しずつ見えてくる。

 そうだ。ちょっと考えてみればわかることだ。【今の僕にヴィリーさんの連続攻撃を防ぎきれるわけがない】――なんてことは。

 防御させてくれているのだ。僕が二本のソードで青いチャンバラソードを受けていたのではない。ヴィリーさんが、僕の小太刀ソードを狙って攻撃してきていたのだ。

 道理でこんなに追い詰められているのに、一発も有効打が出ないわけである。

 遊ばれている――そのことに気付いてしまった。まぁ、スポーツチャンバラなのだし、遊ぶこと自体は別に悪いことではないのだけれど――でも、少し悔しい。

 だけど、だからこそ、そこには隙がある。

 ヴィリーさんは主に僕のソードへ狙いを定めている。ならば――

「――はっ!」

 気合い一発。失敗する覚悟で、ぐるん、と時計回りにその場で一回転した。

「――っ?」

 ヴィリーさんが軽く驚く気配。それもそのはず。この突然の行動は、あちらにとっては隙だらけの自滅行為にしか見えないはずだ。あるいは高く上げた発声から、何かしら罠を用意しているものと警戒したのかもしれない。

 だけど意味のない、それこそ自爆同然の意表を突いた動きに、一瞬だけ青いソフトソードの動きが止まった。

 確信する。読みが当たったのだ、と。

 ヴィリーさんは遊んでいる。もっと長引かせて楽しみたいと思っているはずだ。だから絶好の機会であればあるほど、逆に見逃すはず――僕はそう推察したのだ。

 そして、それは正解だった。一か八かの賭けではあったけれど。

 これが実戦だったら、僕だってこんな危ないことはしない。だけど、ヴィリーさんが遊びだからこそと戯れるのであれば、僕もまた、遊びだからこそ出来る行動をとってもいいはずだ。

 一度背を見せたことで、ヴィリーさんは狙うべきソードの姿を見失った。故に剣先は行き先を失くし、剣速が鈍る。

 僕の目はその一瞬を見逃さない。

「――っせぇいっ!」

 僕自身の〝流れ〟を作ることは、実は一回転フェイクを仕掛けた際に始めていた。回転によって得た遠心力を二本の小太刀ソードに振り落とし、横薙ぎの斬撃を放つ。

 まずは右の黒ソードで、宙に浮いた形の青のチャンバラソードを切り払う。鋭く乾いた音が生まれ、しかしほとんど弾くことは出来なかった。腕力の差が如実に表れている。だけど、これでいい。ヴィリーさんはソードを一本しか持っていない、このまま一刀を封じた状態で懐へ飛び込み、左の白ソードで突きを撃つのだ。

 ――いける!

 ヴィリーさんは連続攻撃の最中で、体勢が前のめりになっていた。ここから瞬時に後退したり、サイドステップを踏むのは難しい。

 当たる。そう確信する。

 果たして、白のソフトソードの切っ先がヴィリーさんの腹部を、するり、と貫いた。

 ――えっ!?

 手応えも何もなく、幽霊でも突き刺したかのように、純白のブラウスへチャンバラソードの刀身が埋まっていく。

 ――いや違う、これは……幻!? 残像!?

 気付いた途端、僕の目が捉えていたヴィリーさんの姿が、ふわっ、と大気に溶けるようにして消え失せた。まるで霞のごとく。

「こっちよ」

「ッ!?」

 声は【上】から聞こえた。

 跳躍、飛び越え。

 背後。

「……!」

 突きを出した体勢のまま僕は加速した。全力疾走によって一気に距離を離す。

 全速力でコートの端まで走り――嫌な予感を抱きつつ――ばっと振り返った。

 幸いなことに、ヴィリーさんは足音のない歩法で追いかけてはきてなくて、着地してこちらに体を向けているところだった。

 ――まさか、あの体勢から頭上へ飛ぶだなんて……

「今のは上手な逃げ方だったわよ、ラグ君」

 ご満悦な顔でヴィリーさんは僕を称賛してくれる。

「あ、違うわよ、今のは皮肉ではなくて。逃げる、離れるのも戦いの一部なのだから、上手なのはいいことよ」

「あ、ありがとう、ございます……」

 僕はぜえぜえと肩で息を繰り返しつつ、お礼を言った。ごく短時間の攻防だったと思うけど、緊張のせいで普段の三倍以上の速度で消耗していた。

 ――僕としては今のは攻勢に出たつもりで、逃げるための行動ではなかったのだけど……

 これが剣術指南だとするのなら、アシュリーさんとは全く正反対のやり方だ。あちらはよく怒られて、時々褒められる。ヴィリーさんはよく褒めてくれるけど、その稽古は下手をすれば怒られるよりも怖い。

「本当、思っていた以上よ。素晴らしい成長速度だわ。ますます私のナイツに欲しくなる逸材ね、あなたは」

 心底から嬉しそうに、ヴィリーさんは朗らかな笑みを浮かべる。さっきまで苛烈な猛攻を繰り出していた人には到底見えない。それとも、彼女にとってあの程度は呼吸するにも等しい児戯なのだろうか。

「さぁ、もっとあなたの剣が見たいわ。どんどん披露してちょうだい」

 にっこりと微笑んで、ヴィリーさんは再び自然体で剣を構えた。

「は、はいっ!」

 返事をしてから、僕は大きく深呼吸して自分を落ち着かせる。

 冷静になろう。思考を巡らせよう。ヴィリーさんの手加減のほどはわかった。超絶的な体捌きのおかげでまるで捉えられる気がしないけど、とりあえずあちらの攻撃はどうにか凌げている。まぁ、ヴィリーさんが遊んでくれている間は、だけれど。

 この条件下で、僕にとれる戦術とは何だ?

 ヴィリーさんの〝流れ〟は多少なりとも掴めた。速度差がありすぎて、二刀流の僕より手数が多いのも特徴だ。そして、ヴィリーさんはなおも僕と遊ぶつもりで――こちらの戦闘技術がどれほどのものかを見定めようとしている。

 ならば。

「――ッ!」

 ヴィリーさんめがけて駆け出す。一気にトップギアまで上げて加速する。

 イメージしろ。今の僕は双剣使いだ。見本ならいくらでも見せてもらっただろ。アシュリーさんの姿を思い出せ。あの綺麗な動き、〝流れ〟を。相手の動きを予測し、あちらの〝流れ〟とこちらの〝流れ〟を同調させる、あの光景を。

「づぁああああああああっ!」

 悠然と立つヴィリーさんの間合いに入る。今度は足元もちゃんと視野に入れていた。ヴィリーさんはどこへも動いていない。目測は誤らない。

 ヴィリーさんの右手が動く。いったん振り上げてからの上段斬りと見るが、そんなはずはない。

「――!」

 上下からほぼ同時に襲ってくる、獣の牙のような二連撃。やっぱり上下のどちらが先に放たれたのかはわからない。それほどの剣速。

 右の黒ソードで上方を、左の白ソードで下方を防御。鋏にも似た同時攻撃を迎え撃ち、それでも突進を止めない。

「――はぁっ!」

 次は左右から、と予測して動く。来た。さっきと同じく速すぎる二連撃。それも黒と白のソードで受け流してさらに進む。腕を畳み鋭く小さく一回転。ぎゅるん、とヴィリーさんの剣を捌きながら一息に懐へ潜り込んだ。

「――!」

 最短、最小、最速。稲妻のごとく鋭く一気呵成に。

 この戦術を以て、僕は今度こそ確実にヴィリーさんへと肉薄した。

 彼女のすぐ後ろは場外だ。だから後方へ退くことは出来ない。そして、僕は上方へ跳躍されることを見越して、深く踏み込み、自らも飛び上がるつもりで斬撃を――

 ゾグン、と嫌すぎる予感が脊髄を貫いた。

「!?」

 さながら小動物が猛獣の雄叫びを聞いた時のように。カエルが蛇に睨まれた時のように。

 得も言えぬ悪寒が全身を駆け抜け、僕はどうしようもなく凍り付いた。

 四肢が麻痺してしまったかのように、ビタッ、と斬り上げのモーション途中で動きを止めてしまう。

 ふと鼻孔を、ヴィリーさんの纏ういい匂いがくすぐった。

「――あ、ごめんなさい、私ったらつい」

 はしゃいでいるような、ヴィリーさんの声。僕は体の芯からくる、おこりのような震えをこらえつつ、ゆっくりと頭を上げてヴィリーさんの顔を窺った。

 やっぱり向日葵みたいな笑みを浮かべていた。くすくす、と堪えきれなかったように彼女は笑って、

「本当にごめんなさい、ラグ君があまりにいい動きをするものだから、ちょっと【本気】になりかけてしまったの。でも、驚かせ過ぎてしまったみたいね」

 殺気――だったのだろうか。それとも、濃密な剣気だったのだろうか。どちらにせよ、ともかく濃厚すぎて胸を押し潰さんばかりの重圧が、僕の手足をその場に縫い付けてしまっていた。

「でも私、今は申し訳ないぐらい嬉しくて、楽しいの。だって、さっきのはもしかしなくてもアシュリーの剣を真似たのでしょ?」

「えっ……」

 ギクリとする。まさか、たったあれだけの動きだけで、元となったイメージが見破られるだなんて。

 仕切り直しのため、ニコニコと上機嫌なヴィリーさんはスタスタと歩いて、相互の距離を離す。僕も全身の痺れが抜けてきたので、どうにか体勢を立て直した。

「例の空間で一緒に戦ったとき、目にして覚えたのかしら? 見て盗むだなんて、すごいセンスだわ。しかも、あのアシュリーの剣を」

 あれ? と僕は違和感を覚える。

 この口振りから察すると、もしかしてヴィリーさんは朝の剣術指南について何も聞いていないのだろうか?

「――ラグ君、ちょっとだけルール変更いいかしら?」

「は、はい?」

 唐突な申し出に目を丸くする。このタイミングで一体何を言い出すのか、全く予想がつかない。

「私、これから少し本気を出すから、まずいと思ったらあなたも支援術式を使ってくれないかしら? 可能な限り、私についてきて欲しいの」

「え――ええっ!? で、でも術式は禁止なんじゃ……!?」

「大丈夫よ、死にはしないわ」

 とんでもない極論が飛び出した。

「い、いえ、た、確かに、死にはしないとは思いますけど……」

「そんなに駄目かしら……? 私も別に、全力全開でやると言っているわけではないのよ……?」

 流石に断ろうと思ってぶんぶんと手を振った途端、しょぼん、とヴィリーさんの肩が少し沈む。

「その……私、手加減するとは言ったけれど、これはこれで少しストレスが溜まるというか……すっきり出来ないと言えばいいのかしら……? だから、出来ればもう少し……ね?」

 チラ、チラ、とこちらを見てはすぐに視線を外し、また見るというのを繰り返しながら、ヴィリーさんはさも言いにくそうに言いたいことを言った。

 そりゃ確かに逆の立場になって想像してみれば、気持ちはわからないでもない。楽しいはずのスポーツとはいえ、極端に力を抑えてプレイしていれば、逆にストレスが溜まってしまうこともあるだろう。

 でも、だからといって支援術式を使うというのは――

「で、ですが、それは流石に……」

 僕が困り顔で渋っていると、ヴィリーさんはさらに説得の言葉を紡いだ。

「ほら、こうして真似事とはいえ、他のクラスタの人と剣を合わせる機会ってそうはないでしょ? お互いに貴重な経験になると思うのよ。大丈夫、本当に危ないレベルまで行ったときは、先にこのおもちゃの方が壊れるわ。その時はそこで試合終了ということにしましょ。これなら……どうかしら?」

「で、でも……」

 そうは言っても、僕の〈プロテクション〉は手にしている武器や、服にも作用する。こういった効果範囲で融通が利くのは、高コストの支援術式ならではの利便性だ。

 だから、僕はいい。最悪ヴィリーさんから有効打を受けてもほとんど怪我はないだろう。しかし、ヴィリーさんは防護を強化するわけじゃない。もしラッキーで僕のソードが直撃してしまったら、その時は骨折で済むかどうか。

「――ああ、もしかして私の身を案じてくれているのかしら? それなら大丈夫よ、私はとっくに〝生体限界〟は超えているもの。その気になれば、真剣でも弾き返せるぐらい硬くなれるわ。そこは信頼してちょうだい。〝剣嬢〟の名に誓ってもいいわよ」

 むん、と胸を張るヴィリーさん。言葉の通り、とても誇らしげに。

「か、体は大丈夫でも、服とかは……」

「平気よ。破れてしまっても、すぐそこで買えるわ」

 お金持ちの台詞をごく自然に吐かれてしまった。

「えと、あの、その……」

 他に何か断る理由がないか、僕が思案していると、

「さぁ、これで問題はなくなったわよね? それじゃ、今度は私から行くわよ」

「――えっ!? ちょっ、まっ、ええっ!?」

「安心してちょうだい、ほんのちょっとだけの本気だか――らっ!」

 もはや問答無用とばかりにヴィリーさんが動いた。砂金を落としたかのごとき長い髪が、冗談ごとではすまない速度で横方向へと流れる。

 一瞬にして視界の外へ逃げていく――言い得て妙だけど――〝輝く影〟を目で追いかけるけど、視界の端に捉えるのがやっとだ。

 足音もなく金と白と赤と青の姿が素早く接近してくるのがわかる。

「――っ!?」

 僕は本能的な恐怖に衝き動かされて、支援術式〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉を二回ずつ同時発動させてしまった。フルエンハンス――強化係数は四倍。激変する体感覚に意識をチューニングしていく。

「いくわよ――!」

 果たしてその声はどこから聞こえたのか。僕は予想と直感だけで竜巻のごとき勢いで背後を振り返る。

 流星のごときその斬撃を双手のソードで受け止めることが出来たのは、我ながら奇跡だったと思う。

「そう、いいわ、反応がとても鋭くなった」

 声が耳に入ってきた時には既に、ヴィリーさんの姿は視界から消え去っている。

 ――駄目だ、四倍じゃ足りない……!

 さっきも仰天するほど強かったけど、今のヴィリーさんはそれと比べてもまるで別人だ。僕はフルエンハンスを更に上乗せして、強化係数を一気に三二倍まで引き上げた。

 微かな気配を頼りに、ヴィリーさんの位置を探し求める。

 いた。というか、僕が見つけた瞬間には彼女は矢のごとく突進してきていた。

「――ッ!」

 閃光のような連撃が放たれた。ほとんど同時に迫り来る二十以上の青い剣閃を、僕は全力で打ち払う。ヴィリーさんの〝流れ〟を読み、こちらも〝流れ〟を作って合わせていく。

「まだ行けるわよね? 更に上げるわよ」

 本当に嬉しそうに言って、ヴィリーさんがさらにギアを上げた。僕もさらに支援術式を発動。強化係数を六四倍へ。

 猛烈な打ち合いになる。

 もはや考えてから動いてなどいられなかった。直感と本能と閃きだけで体を動かす。途中から段々、僕がソードを動かしているのか、僕がソードに動かされているのか、わからなくなってきた。これがアシュリーさんの言っていた『剣になる』ということなのだろうか、と頭の片隅で思う。

「素敵ね、いいわ、もっと、もっと強く、速くいくわよ」

 気のせいではない。チャンバラの激しさが増せば増すほど、ヴィリーさんの声音に含まれる喜悦の色が、どんどん濃くなっている。

 玩具を与えられた子供みたいに。

 ――こ、この人……もしかして、戦闘狂バトルジャンキー……!?

 有り得ない話ではない。なにせ、この若さで〝剣嬢〟と呼ばれるほどの境地に至っているのだ。剣を振るのが好きで、戦うことが大好きでもなければ、世界記録なんて出せるわけがない。

 ――つまり、こういうことだろうか。

 最初は僕を励ますつもりで、体を動かすスポーツ施設へと連れてきた。もちろん、スポーツチャンバラのコートがあるのだから、ヴィリーさんとしてはそれをお勧めするのが当然だ。軽く打ち合って、気持ち良く体を動かせればそれで良い――そう思っていたに違いない。

 だけど。

 思いの外、僕の戦闘力は向上していた。支援術式を駆使して強敵を倒していることは知っていたが、よもや素の状態でもここまで成長しているとは――そう思ったのだろう。

 すると俄然、興味が出てきてしまった。

 興味が湧けば欲も出る。欲が満たされていけば、どんどん楽しくなってくる。

 もっと打ち合ってみたい。どこまで行けるか試してみたい。もっと思いっきり、本気で戦ってみたい――そう願うようになってしまって。

 その結果が――【コレ】だ。

「――~ッ!?」

 嵐のごとく降り注ぐ斬撃と刺突を弾き、防ぎ、流し、躱し、かいくぐる。強化された脚力で距離を離し、詰め、逃げて、回り込む。

 僕はさらにフルエンハンスを発動。強化係数を一二八倍に。

「何だか嬉しいわね。そうやってアイコンが出る度にあなたに褒められているみたいだわ、まるで」

 けど、それが裏目に出た。更にヴィリーさんのギアが上がって、素の百倍以上の性能になっている僕の動きについてくる。

 ――僕の百倍以上強いかもって思ってたけど、まさか本当に……!?

 でも流石にここまでくると、僕にも余裕が出てきた。少なくとも体の方は、ヴィリーさんの恐るべきスピードに十分についていけている。

 目も大分慣れてきた。これまでは金と白と赤と青のシルエットにしか見えていなかったヴィリーさんの姿も、しっかり視界に捉えられるようになっている。

 だからこそ、改めて確信する。この人は、本当に戦うことが大好きなのだ――と。

 僕の予測は的中していた。ようやく目に映った戦闘中のヴィリーさんは、ただただ笑っていた。どうしようもなく楽しそうな笑顔で。まるで小さな子供みたいに――否、子供そのものの表情で。深紅の瞳をキラキラさせて、桃薔薇色の唇の両端を吊り上げて。パフェを前にしたハヌにちょっと似ている、と思う。

 顔だけ見れば遊興にふけっているようにしか見えないのに、やっていることは尋常ではない。ほんの一瞬で無数の斬撃を放ち、青いソフトソードの軌跡が文目を描く。突きとなれば、もはや槍衾だ。壁となって立ちはだかる刺突の群れには、度肝を抜かれるしかない。

 あまりに激しすぎる速度のせいで、ヴィリーさんのソフトソードは鞭のように撓り、ずっとその状態になっていた。このまま行けば、遠からずへし折れてしまうことだろう。

 戦闘の速度が上がっていくにつれ、互いの動きも激しさを増していく。もはやチャンバラだなんてレベルではない。僕達は狭い――さっきまで広く感じていたのに――コートの中を乱舞していた。ソフトソードが激突する音があちこちで破裂する。

 僕は黒と白のソードでヴィリーさんの連打をかいくぐって有効打を与えようとする。けれど、その全てが彼女の超絶技巧の体捌きによって、あともう少しというところで回避されてしまう。

 視界が回る。周囲の景色がめまぐるしく変化する。ヴィリーさんの色、金と白と赤と青、それを時には必死に追いかけて、時には全力で離れて、荒れ狂う斬閃の間隙を、ピンク色の何かが見え隠れして、

 ――え? ピンク?

 今さっき、ちらっと見えた新たな色彩に疑問を抱く。

 ――何だろう? さっきまでピンク色のものなんて視界に映っていただろうか? ヴィリーさんの唇? いや、それはない。だって、僕が見た薄い桃色のそれは、さっきから見えたり見えなかったりしているのだ。

「……?」

 ヴィリーさんと豪快に立ち回りを演じながら、僕は今もなお、花弁のように見え隠れする色について思考する。

 そのピンクは、ヴィリーさんが攻撃を仕掛けてくる際によく視界に入ってくる気がする。位置は青――正確には濃紺の色彩の中に生まれる。そう、下半身だ。上半身ではない。

 ヴィリーさんの下半身の濃紺と言えば、つまりバルーンシルエットのハイウエストスカートで、そこから時折ピンク色のものが見えると言うことは――



「ッッッ!?!?!?!?」



 気付いた。否、気付いてしまった。理解してしまったその事実に、愕然とする。

「――ヴィ、ヴィリーさんっ!?」

 声は口を衝いて飛び出していた。

「まっ、待って下さい! ちょっ、ちょっとだけストップ!」

「あらどうして? ここからがいいところじゃない」

 ヴィリーさんはまるで気付いていない。平然とそんなことを言って、攻撃の手を緩めるどころか激化させてきた。

 そのおかげで、ピンク色の見える率が悪化の一途を辿る。

「ほ、ほんとうにっ! まって! まってくださいっ!?」

 顔やうなじ、胸の辺りが熱く火照ってくる。あまりの恥ずかしさと申し訳なさに顔を逸らしたくなるけど、そんなことをしたら確実にクリーンヒットをもらうだろうから、目を離すことが出来ない。

「駄目よ、もう少し楽しませてちょうだい。あなた、体のバランスもいいのね。関節の可動範囲も広い。鍛え甲斐がありそうだわ」

「あのあのあのあのっほっほんとうにまってまってまってまってください!?」

 ヴィリーさんの褒め言葉も耳に入ってこないぐらい焦る。あちらの動きがより大きくなってきて、それに応じて見えるピンク色の面積も増した。

 もう駄目だ。

「し――したっ! したです! したっ!」

「下?」

 堪らずストレートに叫ぼうとして、しかし微妙な心理的抵抗により単語の一部を省略したところ、やっぱり通じなかった。

「下への攻撃が欲しいの?」

 わけのわからない勘違いをしたヴィリーさんが僕の足元へ攻撃を集中させる。僕は足を刈ろうとするそれらを飛び退いて回避しつつ、

「ちっ違います違います! あのそのあのえっと……!?」

「どうしたの? なんだか動きが散漫になってきたけれど、何か気になることでもあるのかしら?」

 そう思うなら攻撃の手を緩めてください、と叫びそうになったけれど、今はそれよりも優先されることがある。

 僕は意を決してその単語を口にした。

「で、ですから、その、した――ぎが!」

「え?」

 ヴィリーさんの振るうソフトソードの風切音が邪魔するのか、ヴィリーさんは要領を得ない様子で聞き返す。そうこうしている間にもピンク色のそれはチラリチラリと姿を見せ、僕は目のやり場に困る。

 もうここまで来たらやけくそだった。

「――み、見えてます! し、下着が! 下着が見えてるんです――!」

 そう叫んだ瞬間、ものすごいことが起こった。

 時が止まったかと思うほど唐突に風切音が止まり。

 代わりに鋭い衣擦れの音が立って。

 もはや別人としか思えないほど可愛いらしい声が。



「ぃやだっあたし――っ!?」



 本日最高速の動きで、ヴィリーさんが両手でスカートの前と後ろを押さえていた。

 それも、トマトみたいに真っ赤な顔をして。

「――――」

 得も言えぬ、とんでもない表情をしていた。

 完全に不意を突かれた、という感じだった。

 呆気にとられるしかない。

 ヴィリーさんがこんな顔をするだなんて、想像もしてなかった。

 いや、顔だけじゃなくて、体勢もだ。

 腰を引き、内股で、恥ずかしそうにスカートを押さえ、絶句して、肌という肌を紅く染めている剣嬢の姿。

 いや、それ以前に――さっきの声は何だ。いつもの落ち着いた響きなど微塵もなく、更に言えば一人称が『私』ではなく『あたし』で、話し方もお嬢様と言うより蓮っ葉な――そう、まるでフリムみたいな口調だった。

 ――も、もしかして……今のがヴィリーさんの【素】……?

 目を丸くして見つめることしかできない僕を、ヴィリーさんもまた、顔と同じぐらい真っ赤な瞳で見つめ返している。

 僕達の間に下りた沈黙は、一体どれほど続いただろうか。

「――ス……」

 長いようで短いようだった静寂の果てに、羞恥に染まるヴィリーさんの唇から、か細い声が漏れ出た。

「……スカート……久しぶり、だったから……」

 まさかの言い訳だった。多分、ヴィリーさんも気が動転しているのだろうと思う。でも、

「で、ですよね……?」

 と返してしまう僕も相当だった。

 はたと気付く。こうして水を打ったように静かなのは、何も僕達の間だけではなかった。スポーツチャンバラの全コートにおいて、静寂が訪れていたのだ。

 さもありなん。

 僕達より先に来ていた親子連れも、何やら訓練中のようだった男の子達も、その保護者であろう観客席の人々も、みんなが僕らに注目していたのだから。

 いや、唖然としていた、と言った方が正確かもしれない。みんな凍りついたように動きを止めて、総じて口を開いてこちらを見つめていた。

 理由なんてわかりきっている。僕とヴィリーさんのチャンバラが、あまりに凄絶だったからに違いない。当たり前だ、敢えて客観的に言うけど、剣嬢ヴィリーと勇者ベオウルフが半分本気で戦ったのである。ソフトソードのぶつかり合う音だってかなり大きく響いたはずだ。周囲の人達が驚くのは、無理もない話だった。

「……ご、ごめんなさい、ラグ君……み、見苦しいものを、見せてしまったわね……」

 震える声で言って、とうとう我慢出来なくなったのか、ヴィリーさんは赤らめた顔を俯かせた。さらさらと綺麗なプラチナブロンドが流れて、隙間からよく熟れた林檎色になった耳が顔を出す。

「…………」

 ヴィリーさんの台詞に、僕は何と返せばいいのかわからず、水面から顔を出す鯉のごとく口をパクパクと開閉させた。

 そんなことはありません――なんて言ったら、しっかり目に焼き付けました、と告げているようなものだ。

 気にしないで下さい――いや、この状況では何の慰めにもならないだろう。

 ありがとうございます――論外だ。ご褒美をもらったみたいじゃないか。

 すみません――これが一番無難だろうか。でも、余計にヴィリーさんを恥ずかしがらせてしまう気もする。

 そうやって考えあぐねていると、僕はふと〝不幸中の幸い〟に気が付いた。

 こちらを呆然と見つめている人達の表情を見るに、どうやらヴィリーさんのスカートがめくれていたことには誰も気付いていないようなのだ。

 確かに僕もヴィリーさんも、ものすごい高速で動いていた。僕にとってヴィリーさんがそうだったように、あの人達の目にもブレブレの像として映っていたに違いない。

 とはいえ、それがヴィリーさんにとって救いとなるかどうかは微妙だけれど。

 僕の視線の動きに気付いたヴィリーさんもまた、同じことを察したらしく、はっ、と表情を改めた。

 さっと体勢を立て直し、ソフトソードを握ったまま乱れた手早く髪を整える。毛質がいいのか、ヴィリーさんの金髪はすぐに元の状態へ戻った。

 顔つきも凛然たるものへと変化し、頬の赤味も潮が引くように収まっていく。

 その時だった。誰かが、パチ、と手を鳴らした。多分、方角的に親子連れの内の誰かだったと思う。手を打つ音はそのまま拍手となり、次第に他の人にも伝播して、ゆっくりと広がっていった。

 気付けば、僕とヴィリーさんはささやかながらオールスタンディングの拍手に囲まれていた。

「ありがとう、ありがとう」

 立ち直りの早いことに、ヴィリーさんはそれに対して手を振り始めた。にっこり、と向日葵みたいな笑顔を浮かべて。そして、ひとしきり歓声に応え終えると、ツカツカツカツカと真っ直ぐ僕のところまで歩いて来て、

「行きましょ、ラグ君」

 にこやかに笑ったまま、しかし張りつめた声で告げて、僕の両手から黒と白のソフトソードを取り上げた。三本のソードを脇に抱え、空いている方の手で僕の右腕を掴むと、出口に向かって歩き出す。

「え、あ、あの……?」

「ごめんなさい余裕がないの早く来て」

 一髪千鈞を引くような声音で言われて、僕は喉まで出かけた質問を慌てて呑みこんだ。問答無用で僕を引っ張っていくヴィリーさんに、逆らうことなく連れられて行く。まぁ、抵抗したところでどうせ敵わないのだけれど。

「大丈夫、大丈夫よ、見せる用のものだと思えば大丈夫、恥ずかしくないわ、大丈夫よ大丈夫」

 ブツブツと呟く独り言が耳に届く。言葉通り、本気で余裕がないようだった。

 ――というか、その言葉が意味するところはつまり、【アレ】はやはり見せる用のものではなかったというわけで……

 その事実に気付いた瞬間、さっきまで目にしていたピンク色の布地が脳裏にフラッシュバックし、僕は鼻血を噴きそうになってしまった。慌てて片手で鼻を摘まみ、暴発を防ぐ。

 ヴィリーさんは勝手知ったる様子でチャンバラソードを指定の場所へ戻すと、僕の手を引いて足早にスポーツ施設を後にした。



 そのまま、どこへ行くのかさっぱり見当もつかないまま引っ張られていくと、ヴィリーさんは何故かどんどん人気のない方向へと進んでいった。

 と言っても、別に怪しい場所ではない。

 百貨店内にはエレベーターやエスカレーター、ムービングウォークなどがたくさんあって、だからこそ使われない場所がある。

 階段だ。

 非常時か、従業員しかほとんど使わないであろうその場所へ僕を連れてきたヴィリーさんは、ぱっと手を離したかと思うと、一人で物陰に入っていき、

「…………」

 無言のまま、両手で顔を覆って座り込んでしまった。

 ものすごいヘコみようであった。

 そうしたまま微動だにしなくなったので、流石に僕も見かねて声をかける。

「……あ、あの……」

「そっとしておいて……」

 掠れた声でヴィリーさんが囁いた。よく見ると、丸まったその背中は微かに震えている。金色の髪の隙間から見える耳やうなじは、再び茹でタコのごとく真っ赤になっていた。

「少ししたら、もう少ししたらちゃんと立ち直るから。だからお願い。ほんのちょっとでいいの。それまで、どうか私をそっとしておいて……」

 プルプルと羞恥に震えるヴィリーさんに、僕はやはり、かけるべき言葉を持たないのだった。




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