リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●6 剣嬢とデートとデッド・オア・アライブ



 ヴィリーさんは、とにかく僕を楽しませてくれようと精一杯努めてくれた。

 僕も、出来るだけそれに応えようと思って頑張った――つもりだ。

 けれど実際には、僕はデートを楽しむどころか、周囲からの視線によって針のむしろに座っているような気分にさえ、ならざるを得なかったのである。

 さもありなん。

『カモシカの美脚亭』を出てすぐ、僕は周囲から殺到する異常な量の視線に気が付いた。

 考えてみれば当たり前の話で、いくらほとんどのエクスプローラーがとっくにルナティック・バベルへ行っている時間だとはいえ、僕の手を引いて歩くのは【あの】剣嬢ヴィリーさんなのである。

 目立たないわけがなかったのだ。

 他の街ならともかく、この浮遊都市フロートライズにおいて、トップエクスプローラーであるヴィリーさんを知らない人間なんていない。

 ただでさえ『ヴォルクリング・サーカス事件』での功績――事前に襲撃予防策、および対応準備計画を提案し、事件発生後は迅速に事態の収集を図ったこと――を讃えられて、都市長から表彰状を授与された英雄なのだ。しかも、その一部始終は様々なメディアを通じて世界中へ配信された。

 もう一度言う。目立たないわけがなかったのだ。

 通りを歩けば誰もが足を止め、振り返る。今日はトレードマークのポニーテールではなく髪を下しているせいもあって、例え一目でヴィリーさんであることを見抜けなくとも、その類稀なる美貌が必ずそうさせる。老若男女を関係なく。

 もう一度だけ言おう。目立たないわけがなかったのだ。

 そんな美女に手を引かれて歩く、全くもって不釣り合いな男が。

『隣のアレは誰だ?』

 という疑問の視線が一斉に突き刺さり、僕をハチの巣にする。

 いわゆる悪目立ちという奴だろうか。石ころがただ路傍に転がっているだけなら誰も気にしないが、それが最上級の宝石の横に並ぶとなると、話は変わってくる。いっそ太陽みたく、強すぎる光で影も形も見えないようにしてくれれば楽だったのに、現実はそうもいかなかった。

 あまりにも華麗なヴィリーさんの至近にいる僕は、対比的にはどうしようもなくみすぼらしく、街の人々の目には映ったことだろう。

 ヴィリーさんの進む先、人混みが自然と分断され、道が開けられていく。

「あ、〝剣嬢〟だ……!」「うわ、ほんとだ……」「すっげぇ美人……」「あんな格好してるの初めて見た……」「お、おい、お前声かけてこいよ」「え!? い、いや俺は……ってか、あの手ぇ繋いでるの誰だ?」「あれ? そういえば……」「……なんか、パッとしない人ね……」「つか誰? なんで手まで繋いで一緒に歩いてるの?」「あれ? 剣嬢ヴィリーに弟なんていたっけ?」「いや、姉弟なら髪の色一緒じゃね?」

 不幸中の幸いだったのは、新しいジャケットを着てきたおかげか、僕がベオウルフだとバレなかった点である。まぁもしバレたところで、何がどうなるわけでもないのだけど。しかし、多少なりとも恥ずかしさを軽減する効果はあった。

 というか、

「――あ、あのっ、ヴィ、ヴィリーさんっ? その、て、手を、あのっ……」

「ダメよラグ君。さっきも言った通り、今日はデートなのよ? 手ぐらい繋ぐものよ」

 こうして繋いでさえいなければ変な目立ち方もしないはずなのに、僕が何を言ってもヴィリーさんは手を離してくれなかった。というか、こうして歩いているだけでも彼女はひどく上機嫌になっていた。

「久しぶりだわ、こうして誰かと手を繋いで街を出歩くだなんて。しかも――」

 ちらり、と深紅の瞳が僕を一瞥する。身長差があるので、ちょっと見下ろす感じだ。

「相手が名高い〝勇者ベオウルフ〟だもの。最高の気分だわ。ほら、さっきからみんなが注目しているわよ。流石ね、ラグ君」

 何の邪気もなくそんなことを宣うヴィリーさん。

 いや違いますから、僕ではありませんから。みんな、あなたを見ているんですから。何故それに気付かないんですか――!?

 もはやツッコミを入れて訂正する気にもなれず、僕は微妙な表情を顔に張り付けて、楽しそうに歩くヴィリーさんの後をついていく。

 次第に周囲の視線が怨嗟のそれへと変化して、全身に煮えたぎった酸をぶっかけられたような感覚が生じるが、出来るだけ無視するよう努めた。まともに受け止めると、僕の胃どころか内臓全てがドロドロに溶けてしまうに違いなかった。

 極力眼前で揺れる、それ自体が発光しているかのような金髪を視界に収めながら歩いていると、やがて、

「ついたわ、ここよ」

 ヴィリーさんが立ち止まり、こちらを振り返った。

 ヴィリーさんの背中が右へ動き、その光景が目に飛び込んでくる。

「――ここって……」

 僕は息を呑んだ。

 煌びやかな光景に、目がチカチカする。

 この地域エリアがフロートライズの中央区にあることは、知識では知っていた。

 だけど、足を運んだことはない。だから、ここへ来たのはこれが初めてになる。

 当たり前だ。だってここは――

「別名〝竜宮城への道〟だなんて呼ばれて、一部の会員しか入れないみたいな噂が流れているけれど、別にそんなことはないのよ? 確かに一見さんはお断りみたいな雰囲気はあるけれど、入ってみればわかるわ。別に守衛に首根っこを掴まれて追い出されたりなんてしないから、安心してちょうだい」

「ダ――」

 意気揚々と説明するヴィリーさんの声を聞きながら、驚愕に打ち震える僕は、思わず独り言のようにその名を呟いていた。

「――〝ダイヤモンド・ストリート〟……!」

 超高級商店街――そう説明すればわかりやすいだろうか。

 いわば『露店街』の上位互換、それも最上級のものと言える場所である。

 真っ直ぐ伸びる大通り。その道沿いに軒を連ねるのは、いずれも劣らぬ名店揃い。それも僕みたいな庶民にとっては、名前を聞いたことはあれど、敷居を跨いだことなど一度もない有名店ばかりである。

 特に金箔や銀箔をあしらった建物群というわけでもないのに、通りの光景は、何故か僕の目にはキラキラと輝いて見えた。

 通りを練り歩く人々もまた、他とはどこか雰囲気を異にしていた。身に纏っている衣服だとか、ちょっとした佇まいだとか――そういった細かい部分が、しかし決定的に違っているのだ。

 そして、ヴィリーさんが口にした別名――〝竜宮城への道〟が示すように、ジャンルを問わず最高級ブランドの店舗がひしめく通りの先には、文字通り、輝かしい城が屹立している。

 あれこそが〝竜宮城〟。このフロートライズで最大にして最古の高級デパート――〝アトランティス〟である。

 城、というのは比喩でも何でもない。天高くそびえ立つ巨体は、どう見たって城そのものだ。都庁のようなシンプルなシルエットのビルではなく、荘厳華麗なデザインの巨大建造物。まさしく、〝竜宮城〟と呼び称されるにふさわしい威容を誇っている。

 無論、規模的には以前『ヴォルクリング・サーカス事件』の際、シグロスとの戦闘中に突っ込んで崩壊させてしまったショッピングモールの方がまだ大きい。だけど、それは些細な問題だ。

 言うなれば、あちらは庶民の店。

 こちらは――〝貴族〟の店なのだから。

 格式において、まるで次元が違うのである。

「――え……? あ、あの、ちょ……ちょっと待って下さい……?」

 竜宮城アトランティスを見上げる僕は、震える喉から変な声をこぼした。

 察してしまったのだ。

 ヴィリーさんが僕をここへ連れてきた、その意味を。

「……は、入るん、ですか……? こ、ここここっ、ここへっ……?」

 ギチギチギチギチと、油の切れた機械みたいな動きでヴィリーさんの方に首を回し、僕は質問する。これでも、ブルブル震える人差し指でダイヤモンド・ストリートを示し、そこはかとなく拒絶っぽい雰囲気を醸し出したつもりだ。

 しかし。

「勿論よ。そのためにここまで来たんですもの」

 ヴィリーさんが僕の金銭感覚などを斟酌してくれるわけもなく、実に無邪気な笑顔でそう答えられてしまった。

 ぐい、と手が引かれる。

「さぁ行きましょ。ここには色々とおもしろいものがたくさんあるのよ」

 通りの入り口にある大きなアーチゲートへ向かって、ヴィリーさんは何の躊躇いもなく歩を進めていった。総合評価Dランクの弱小エクスプローラーが、かの剣嬢ヴィリーの腕力に敵うはずもなく、むしろこちらの無駄足掻きに気付いている素振りすら見せず、彼女は僕をダイヤモンド・ストリートへと引き込んでいった。

 輝かしい大通りに足を踏み入れた瞬間、僕ら二人に殺到する視線の量は倍増し、しかも種類が増えた。

 ひいぃぃぃ、と僕は声にならない悲鳴を上げる。

 誰が見たって、どう考えたって、場違いにも程があった。服装とかの問題じゃない。身に纏っているオーラからして違うのだ。まさに水と油。今この場にいる僕は、砂漠にいる魚よりも異物であるに違いなかった。

 だけどヴィリーさんは全く頓着しない。

「ここは基本、服や車、日用品なんかを売っているところが多いのだけど、エクスプローラー専門のお店だって少なくないのよ。勿論、術式アプリの専門店だってあるわ。あなたも上を目指すなら知っていて損はないわよ」

 手を繋いで歩きながら、ヴィリーさんは楽しげに教えてくれる。だけど、それはある意味、この辺りのエクスプローラーなら誰でも知っていることであった。

 なるほど。このダイヤモンド・ストリートおよび竜宮城アトランティスには、およそ考え得る最高のものが揃っているはずだ。例えばルーターだったら、間違いなく十五ポートのものなんかが売っていることだろう。

 それこそ、桁違いの値段で。

 どう考えたって一介のエクスプローラーの手に届くはずもなく、きっと豪邸でも買えそうな金額であるに決まっていた。

「私の〈ブレイジングフォース〉なんかも、ここにある系列の店で組んでもらったのよ。ラグ君もそろそろオリジナル術式を持ってもいいんじゃないかしら? 例えば、一度に身体強化の〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉の支援効果が出るものとか。フォトン・ブラッドの使用効率も上がるでしょうし、きっと役に立つと思うわ。――といっても、これは最近、私とカレルレンが考案しているものなのだけど」

 てへ、と感じでヴィリーさんは舌を出して照れ笑いする。

 それはそれで目が潰れてしまいそうなほど可愛いかったのだけど、オリジナル術式の開発費は多分ルーターが一〇個か二〇個は買えるぐらいのお金がかかるはずなので、僕はまったく笑えなかった。

 ――貴族だ……! やっぱりこの人、筋金入りの貴族だ……! 金銭感覚の次元があまりに違いすぎる……!

 戦慄を禁じ得ない僕の手を引いて、ヴィリーさんはどんどんダイヤモンド・ストリートの奥へと進んでいく。もしかして、このままアトランティスまで行くつもりなんじゃ……!?

 周囲の人々からの視線は、誰も彼も同じ段階を踏んで変化する。まず最初に、ヴィリーさんの決して無視できないオーラへ目を吸い寄せられるようにして振り向き、しばしその美しさに見惚れ、ややあってから肩から手の延長にいる奇妙な男へと行き着き、そこで軽く驚いて目を見張る――こればっかりだ。

 湖で美しい白鳥の姿を眺めていたら、何故だか近くに野良犬が一匹いるのを見つけたかのような反応であった。

 ごめんなさい、ごめんなさい、と口の中で何度も呟きながら、僕は顔を俯かせてヴィリーさんについていく。

 恥ずかしいのや申し訳ないのもあったけど、それ以上に街の何もかもが眩しくて、僕は目を開けていられなかったのである。

 心の中で叫ぶ。

 ――誰か……! 誰か助けて……!





 買い物をすることを『ショッピング』と呼ぶのなら、それは確かに『ショッピング』であったのだろう。

 一軒家でも買えそうな値段のものが、ポンポンといともたやすく購入されていく光景のことを、あくまでも『ショッピング』と称するのであれば、だが。

 失礼な言い方だけど、それは、僕みたいな庶民にとっては吐き気を催すような光景であった。

 まず最初に立ち寄ったのは武器屋だった。

 武器屋と言っても、僕がよく武器のメンテを頼みに行っていた『カリバーン』とは似ても似つかない。店構えも、雰囲気も、店員も、システムも、何もかもが違う。

 宝石店と見紛おうばかりの内装に、見るだけで業物とわかる各種の武器が丁寧に飾られている。祭壇にも似た台上にビロードを敷いて並べられている剣や槍、斧や戦鎚には、それぞれ銘が彫ってあったり、傍らに証明書が添付されている。

 どれもこれも、著名な武具作製士クラフターの手によるものだ。フリムがいたら、きっと目を輝かせて走り回ったことだろう。

 何よりも僕を震え上がらせたのは、どの武器にも【値札がついていない】ということだった。

 つまり、値段がわからないのだ。

 そのことに気付いた瞬間、どば、と全身の毛穴という毛穴から脂汗が滲み出てきたのは言うまでもない。

 だというのに。

「これと、これ。ああ、そこのそれと――あちらに置いてあるあれも」

 ヴィリーさんは何の遠慮もなくディスプレイされている武器――主に剣が多いけど他のも――を手にとって検分し、気に入ったらしいものを即座に買い上げていく。

 値段を確認することもなく。

 お店の人もそのあたりには一切触れず、当たり前のように手続きを進めていくから、さぁ大変だ。

 なにやら暗黙のルールらしきものがあるのはわかるのだけど、その法則性が全くわからない。何故、値段がどこにも表示されてないのか。何故、値段を聞かずに購入できるのか。何故、値段について誰も触れないのか。

 ――もしかして、ここでは値段なんて気にする方がおかしいのだろうか……?

 あれが当たり前なのだろうか? 値段を気にしている僕が小心者過ぎるのだろうか? というか、値段を気にするような奴がこんなところへいていいのだろうか?

 考えれば考えるほど肩身が狭くなってきて、僕は頭を抱えてしまいそうになる。

 そんな風に、棲む世界が違いすぎるギャップにクラクラしていると――

「あと、このあたりのものも全部もらえるかしら」

 何気ない口調でヴィリーさんが店内の一角を示した瞬間、背筋に氷を入れられたかのごとく寒気が走った。

 ――こ、このあたりって……なんか二〇本ぐらい高そうな剣が並んでいるですけどそこぉ!?

 目玉が飛び出すかと思った。

「――あ、あの、ヴィ、ヴィリーさん……?」

 流石に気になって、どうしてそんなにたくさん買うのか、と質問すると、ヴィリーさんはこう答えてくれた。

「ナイツのメンバー用に予備の武器が必要なのよ。いいものは買える時に買っておかないと、もったいないでしょう? あ、そうだわ。ラグ君も何か気に入ったものはあったかしら?」

 明るい声でそう問われて、僕は慌てて「い、いえっ!? と、特にはっ!」と逃げた。間違いなく、どれか一つでも「これが気になって……」なんて言った日には、それをプレゼントされてしまうに違いなかった。

 ちなみに、僕も高級武器の放つ迫力に圧倒されつつ店内を回っていると、展示されている中に〝光り輝く翼ヴェルンド〟こと祖母レイネーシスマリアと、〝無限光(アイン・ソフ。オウル)〟こと従姉妹ミリバーティフリムの作品を見かけて、思わず口から変な汁を噴き出しかけてしまった。

 お祖母ちゃんのはともかく、フリムの作成した武器がこんなすごいところに置かれているだなんて、予想してなかったのである。こんなことで思わずフリムを見る目が変わってしまいそうな自分に、少し情けなくなる。己の矮小さが恨めしい。

 しかし逆に考えれば、僕が愛用している黒玄と白虎は、そんな祖母と従姉妹の手による逸品なのである。そう思えば、こんなに心強いことはないではないか。

 ――などと、胸の内で密かに誇らしい気分に浸っていると、一通り買い物を終えたらしきヴィリーさんが僕のところまで戻ってきた。

「ごめんなさい、ラグ君。これを持ってくれるかしら?」

「え? あ、はい」

 やにわに差し出された物を、僕は反射的に受け取ってしまった。細長い見た目によらず、なかなかの重量に少し驚く。

 そうしてから、ようやく受け取ってはならない物を受け取ってしまったことに気付いた。

「……え? あれ? あの……こ、これは……?」

「ええ、お近づきの印よ。心ばかりのものだけど、どうか受け取ってちょうだい。【それ】なら邪魔にはならないでしょう?」

 ヴィリーさんが手渡してきたのは、鞘に収まった一振りのナイフだった。

 思わずマジマジと見てしまう。飾っている武器と比べると、あまり過度な装飾もなく、質実剛健なデザインのものである。細長い見た目にしては、いやに重い。多分、使われている金属の密度が高いのだろう。

 ――って、お近づきの印!? こ、これ、プレゼントだこれ!

 大慌てて突っ返そうとして、

「――え、いやでも、そ、そんな! う、受け取れないですよ! た、ただでさえ今度の合同エクスプロールで――」

 ナイフを差し出す僕に、ヴィリーさんは首を横に振った。

「残念、もう購入してしまったのよね。不良品でもなければ返品できないわ」

 僕の反応を予想していたらしく、ヴィリーさんは事前に用意していたらしき台詞を告げ、わざとらしい仕種で肩を竦めてみせた。

 僕は陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせるしかない。

「そうだわ、本当に不良品だったら大変だから、確認してみてくれるかしら。さ、抜いてみて?」

 笑顔で、どうぞ、と促すヴィリーさん。ぐうの音も出ない僕は言われるがまま柄に手をかけ、これまたしっかりした拵えの鞘からナイフを引き抜いてみた。

「――これって……」

 姿を見せた刃に、目を見張る。なるほど、見た感じよりもずっと重いはずだ。

 蒼い刀身――希少金属〝エーテリニウム〟を精製した刃が、そこにはあった。

 磨き抜かれた蒼い鋼に映る自分の顔と目が合った瞬間、僕の呼吸は確かに止まったと思う。

 このナイフはつまり、ヴィリーさんの〝リヴァディーン輝く炎の剣〟や、アシュリーさんの〝サー・ベイリン双剣の騎士〟と同じ材質で出来ているのだ。即ち、硬く、重く、しかし靱性があり、何より現実改竄現象のエネルギー――つまり術力を吸収する特性があって、

 めちゃくちゃ高価い。

「――ッ!?」

 思いっきり目を剥いて、バッ! バッ! と何度も何度もヴィリーさんとナイフの間で視線を往復させてしまった。この感情を表現する言葉が思い浮かばず、絶句するしかない。

 だというのに、ヴィリーさんは何故か嬉しそうに微笑んで、けれどちょっとだけすまなさそうに言う。

「本当は剣をプレゼントしたかったのだけど、材料が材料だけに品切れしているみたいなの。でも、ナイフぐらいの大きさのものなら在庫があったから、それにしたわ。その大きさならラグ君でなくとも――そうね、小竜姫でも扱えるでしょう? お近づきの印というのは、ラグ君個人ではなく、あなた達『BVJ』へのものよ。きっと役に立つと思うから、受け取ってくれないかしら?」

「い、いや……あの……あの……」

 あわあわわと動揺して、受け取ってしまったナイフをどうしたものかと挙動不審になる僕に、ヴィリーさんは、ニコ、と向日葵みたいな笑みを見せた。

「何なら、メンバー全員分用意した方がよかったかしら?」

「これだけありがたく受け取らせていただきますっ本当にありがとうございますっ誠にありがとうございましたぁ――――――――ッッ!!」

 空恐ろしい言葉に僕は深々と頭を下げて御礼を叫んだのだった。





 次にヴィリーさんが向かったのは、僕も予想していた通り、防具屋だった。

 ここでもヴィリーさんは鯨飲馬食するかのように、一流かつ高級の品を買い込んでいく。まさしく爆買いだ。

 そして、またしても僕に何かしら見立てようとするので、流石に今度という今度は、断固として固辞した。

「ぼ、僕にはこの、あ、新しい戦闘ジャケットがありますので……!」

「あら、そうなの? ……って、よく見ればそれ、もしかして〝無限光アイン・ソフ・オウル〟の……?」

 ヴィリーさんが僕の戦闘ジャケット、〝アキレウス〟の左胸に浮かぶシグネイチャーに気が付いた。身長差のため、やや身をかがめて僕の胸へと顔を寄せる。

 横に並んだ三つ『0』というマークが〝無限光アイン・ソフ・オウル〟を表すことと、それがフリムという武具作製士クラフターを示すことを、ヴィリーさんが知っていることに僕は驚いた。というか、この人といると僕はびっくりしてばっかりな気がする。

「え? し、知ってるんですか?」

「ええ、新進気鋭の武具作製士クラフターとして有名じゃない。最近は特に、フォトン・オーガン機構の発明が話題ね。でも気難しい職人で、気に入った注文しか受けないと聞いているのだけど……?」

 ちら、と深紅の瞳が上目づかいに僕を見る。その蠱惑的な視線に射抜かれ、僕はまたしても息が詰まる。髪と同じプラチナブロンドの睫毛が、優美なカーブを描いているのが見て取れた。

 どうしてあなたがこれを? という目線での問いに、僕はどう答えたものかと考える。

 フリムが気に入った注文しか受けないというのは、半分は正解で、半分は誤解だ。というのも、フリムは注文の内容で受ける受けないを決めているわけではない。

 彼女は注文してきた相手を見て、受諾するか拒否するかを決めているのだ。

 選別の基準は、相手が注文した武具をどう扱うのか、という一点に尽きる。

 例えば、世の中には『武具コレクター』なる人種が存在する。これはもう、フリム的には完璧アウトな相手だ。

『使ってナンボの武具を飾ってどうすんのよ! そりゃ綺麗なのは認めるけど!』

 とのことで、しっかりした使用目的を持たない人の注文は断固としてお断りしているのである。

 逆に、じゃあどういった注文主なら快諾するのかというと、それは勿論、武具をきちんと愛用してくれる人だ。

 そういった人は、大体が見た目でわかるらしい。身に着けているものはちゃんとメンテナンスされているか。物腰、つまり他人と接するときの態度や言葉使いは礼儀正しいか。服装において奇抜な格好をしていないか――等々。

 武具を使い捨てにする人間ほど、普段使用している武器はボロボロのままで、態度や口調が悪く、自己主張の激しい出で立ちをしているらしい。

『ま、うちのハルトみたく、無茶しすぎてバカスカ壊す例外もいるにはいるんだけどね』

 やはり武具作製士クラフターとしては、精魂込めて作ったものは大切に使って欲しいし、同時にしっかり役立てても欲しいのだ――と彼女は語った。

 だからフリムは客を選ぶ。自らが全身全霊をかけて鍛え上げた武具を愛用してくれ、戦場にいる間は一蓮托生の存在として扱ってくれる戦士――そんな相手にのみ、彼女は腕を振るうのだ。

 誰に何と言われようとも。

 ちなみに、そんな彼女の作品がさっきの武器屋に置かれていたのは、なかなか皮肉な話である。あれはおそらく、フリムに武具を注文した人物が売却した中古品なのだろう。

 フリムの作る武器は、ドゥルガサティーやスカイレイダー、僕の黒玄〈リディル〉や白虎〈フロッティ〉のように個人専用武具オーダーメイドが基本だ。だけど僕が『カリバーン』で武器のメンテを依頼していたように、技術を持つ人がその気になれば武具の改造なんていくらでも出来る。さっきのももし購入者が現れた際は、その人専用にチューニングされるだろうことは想像に難くなかった。

 僕が言うのもなんだけど、別段、武具を持ち替えるのは使い手の自由なのだ。使わなくなった物は売却して、さらに強力な武具を買い求める――これは、エクスプローラーのように戦場に生きる者の常だと思う。

 だから、こればっかりは仕方ない。世の中そういうものだと思って割り切るしかないのだ。――まぁ本人が見つけたら、ものすごく不機嫌になりそうだけど。

 閑話休題。そんなポリシーを持つフリムだけに、ヴィリーさんのようなエクスプローラーに彼女を紹介するのは、微妙に躊躇われてしまう。

 ヴィリーさんがそうだとは思わないけれど、先日フリムがこんなことを言っていたのだ。

『いるのよねぇ。〝お近づきになった印に注文を受けてくれませんか?〟って奴。ちゃんとしている人なら別にいいんだけど、そういうこと言う奴に限って、コネでゴリ押せば何とかなるだろうって考えてるんだもの。ああいうのアタシ大っ嫌い』

 げー、と舌を出して嫌悪感を丸出しにしていた。

 だから、もし仮に、ヴィリーさんがフリムに武具制作の注文を出す気になったら大変なことになるかもしれない。フリムがヴィリーさんを気に入って注文を受けてくれればいいけど、もし万が一、そうならなかったとしたら――

「……ラグ君? どうかしたのかしら? おかしな方向を見て、何か隠し事?」

 嫌な想像をしている内に、自然とヴィリーさんの視線から目を背けてしまっていたらしい。くすくすと悪戯っぽく笑うヴィリーさんの声に、僕は振り向いた。

「い、いえ、えっと……」

 苦笑い。

 とはいえ、だ。畢竟、近い内に合同エクスプロールでヴィリーさんとフリムは顔を合わせることになるのだ。黙っていても埒があかないどころか、変な火種にもなりかねない。

 だから、ここで上手く説明しなければならなかった。

 僕は敢えて言いにくそうな顔を繕い、

「……あの、実は……ちょっと秘密にして欲しいんですけど……」

「あら? 内緒のお話? いいわよ、おもしろそうね」

 口の横に掌を添えて小声で囁くと、ヴィリーさんは好奇心に目を輝かせ、子供みたいに楽しそうな表情を浮かべた。そうすると――失礼な言い方かもしれないけど――年相応には思えないほど、やけに幼く見える時がある。もしかして意外と、子供っぽいところがある人なのかもしれない。

「なになに? 大丈夫よ、私は口が堅いから。秘密は絶対に守るわよ」

 と、躊躇のない動きで僕の口元へ耳を寄せてくるヴィリーさん。ピトリ、と彼女の体が胸に密着して、僕は心臓が爆発しそうになり、うぐふ、と息を詰めた。

 ――む、無防備すぎる……!? いや、無遠慮すぎると言えばいいのか……!?

 多分、幸いと言えばいいのか残念ながらと言えばいいのか、僕は男として全く意識されていないのだろう。故にある意味、ヴィリーさんは安心して無造作に距離を詰めてくるのだ。

 本当に、幸いなのか、残念なのか、自分でもよくわからないのけれど。

「……えっと……さっき話に出た僕の従姉妹なんですが……」

「ええ、確かあなたのクラスタの新メンバーで……フリムさん、と言ったかしら?」

 僕のひそひそ話に、ヴィリーさんも小さな声で相槌を返してくれる。

「……それが、その……〝無限光アイン・ソフ・オウル〟なんです……」

「……えっ?」

 虚を衝かれたような声をこぼすヴィリーさん。いったん頭を離して、僕の顔をまじまじと見つめる。それから、ちょいちょい、と手招きをするので、その意図を察した僕は逆に耳を差し出した。

「……勘違いだったらごめんなさい……私が知っている名前と違う気がするのだけど……?」

 その質問に、ああ、と僕は頷く。再び体勢を入れ替え、今度は僕が耳打ちした。

「……すみません、フリムは愛称なんです。本名はミリバーティフリムです。知らないかもしれませんが、〝光り輝く翼ヴェルンド〟っていう僕のお祖母ちゃんの弟子で、僕の従姉妹でもあるんです……」

「ヴェル――!?」

 いきなり大声が上がりかけて、ヴィリーさんは慌てて両手で自分の口元を押さえた。よほど驚いたらしい。予想以上の反応に僕もびっくりした。

 流石に、一瞬だけ店内の視線が僕達へ集中する。が、さほどの興味は引かなかったらしく、すぐに注目は分散していった。

「……ご、ごめんなさい、つい驚いてしまって……」

 周りの注意が薄れるのを確認してから、ヴィリーさん自身も勝手に出てしまった声に戸惑ってるような様子で、謝罪してくれた。僕は慌てて首を横に振り、気にしてないとアピールする。

「い、いえ、大丈夫ですから……」

「ほ、本当にごめんなさいね……で、でも、そうね、なるほどだわ。ミリバーティフリムだから、フリムさん……ええ、納得ね。言われてみればそうよね。それしか考えられないわよね……どうして気付かなかったのかしら……」

 ヴィリーさんは朱が差した顔を俯かせて、どうやら本気で恥ずかしがっているようだった。顔が火照ってきたのか、両手で頬を挟んでちょこっと身体の向きを変える。

「…………」

 あれ? 何だろう、この感じ。何だかハヌとも、ロゼさんとも、フリムとも違う種類のリアクションに、僕は妙な新鮮味を感じてしまう。

 多分だけど、こういうのがきっと〝普通の女の子〟――というものではないだろうか? 僕の周囲にはいないタイプなので確信はないのだけど……何となく、そんなことを頭の片隅で思う。

 恥じらうヴィリーさんの姿を、僕は我知らず凝視していたらしく、

「あ、あんまり見ないでちょうだい、ラグ君……私、今とても恥ずかしいの……そんなに見られると、余計に恥ずかしくなってしまうわ……」

 と、ヴィリーさんらしかぬか細い声で言われてしまい、僕は不可視の矢に胸を射貫かれたかのように、足元をふらつかせてしまった。きゅん、と痛んだ胸の中央辺りに拳を当て、高鳴る動悸をどうにか押さえ込もうとする。

 ――な、なんだこれ……!? なんだこの気持ち……!?

 心臓が早鐘を打つのを止めようとしない。

 あのヴィリーさんが、あの〝剣嬢〟ヴィリーさんが、普通の女の子みたいに恥じらっている――それは僕にとって、かなり衝撃的な光景だった。

 見てはいけないものを見ているような背徳感――とでも言おうか。

 ゾクゾクと背筋を走る得も言えぬ衝動に打ちのめされ、僕は立ち尽くす他なかった。

「――って、違うわね、それどころじゃなかったわ。ええ、ええそう、そうよ。ラグ君、本当に? 【あの】ヴェルンドがあなたのお祖母様って……ほ、本当なの?」

 はたと我に戻ったヴィリーさんが体勢を立て直し、今度こそ抑えた声で問うてきた。

「は、はい……あの、うちの祖母をご存じなんですか……?」

 僕が聞き返すとヴィリーさんの表情がパッと輝き、いきなり僕の両手をとって――って近い! 顔が近いですヴィリーさん!?

「それは勿論よ。エクスプローラーで〝光り輝く翼ヴェルンド〟レイネーシスマリア氏の名前を知らないなんて、モグリよモグリっ」

 小声で大げさな声を出すという、器用な真似をヴィリーさんはした。

「ああ、でもそうね、ラグ君の名前を知ったときに気付くべきだったわ。確かにネーミングタイプが同じじゃない。ええ、でも、そう、そうね、すごいわ、ものすごい偶然だわ……!」

 なにやらとても興奮しているらしく、ヴィリーさんの口調が弾む弾む。紡ぐ言葉も落ち着かず、セリフを忘れた俳優みたいになっていた。

「あの、あのね、私ね、会ったことはないけれど、レイネーシスマリア氏を以前から尊敬していたの……! 彼女こそは武具作製士クラフターとエクスプローラーの――いいえ、世界の至宝よ……! いつか、彼女に剣を作ってもらうのが私の夢の一つだったの……!」

 深紅の目をキラキラさせて勢い込むヴィリーさんにも驚いたけど、それ以上に自分の祖母の高名さに僕はびっくりした。

 マリアお祖母ちゃんが有名な武具作製士クラフターであることは知っていたけど、まさかヴィリーさんをして、ここまで言わしめるほどの存在だったとは。

「今まで知らなかったけれど、こうしてあの方のお孫さんと私は出会っていたのね……! 今更だと思うかもしれないけれど、とても光栄だわ……!」

 こちらの手をぎゅうっと握って、白馬の王子様に憧れる少女のごとく喜ぶヴィリーさんに、僕は言葉を失う。

 その姿が、あまりにも予想外すぎて。

 これは、祖母がすごすぎるのだろうか。それとも、ヴィリーさんが意外とミーハーな人だったのだろうか。どっちなのか判断がつかないけど――でもヴィリーさんのこんな顔、初めて見た。というか、こんな表情が出来る人だなんて思いもしなかった。

 憧れの人の意外な一面に唖然としていると、やがて熱が落ち着いてきたのか、ヴィリーさんがふと我に返った。

「――ご、ごめんなさいラグ君、私ったらつい興奮してしまって……! ……なんだか私、さっきから謝ってばっかりね……」

「い、いえ……」

 わたわたと僕の手を離し、今度はしゅんと落ち込む。

 凜とした剣士としての姿しか知らなかったけど、もしかしてヴィリーさんって――意外と普通の人なのかな……?

 そういえば、これまでヴィリーさんと二人だけという状況になったことがない。いつだってカレルさんが一緒にいた。そのせいだろうか。いつだってヴィリーさんは『団長』としての仮面を被って振る舞っていたように思う。

 けれど、今日は近くにナイツのメンバーがいないせいか、油断して素が出ているのかも――などと思っていたら、

「……おかしいわね。今日はラグ君の色んな面を見せてもらおうと思って誘ったのに、これじゃ私が恥をかいているだけみたいじゃない。何だか理不尽な気がしてきたのだけど?」

 腰に両手を当て、ぷぅ、と頬を膨らませたヴィリーさんが、突然そんなことを言って僕を軽く睨んできた。

「え、えへぇえっ!? そ、そんなことは……!?」

 いきなりのことに思わず素っ頓狂な声が出てしまった。両手を壁のように立てて、防御の態勢をとる。

「いいえ、そんなことあるわ。ラグ君、あなた大人しい振りして実は結構なやり手ね? もしかして、今そうやって慌てているのも擬態ブラフじゃないかしら?」

 腰を曲げ、ぴっ、と突き出されたヴィリーさんの人差し指が、僕の胸の真ん中を、つん、とつついた。その指が、そのまま『の』の字を描くように動きつつ、ヴィリーさんは目をすがめ、

「自分で言うのも何だけど、私が〝光り輝く翼ヴェルンド〟をリスペクトしているということは有名なはずだもの。本当は私を驚かせようと思って、ずっとそのネタを暖めていたのでしょう? どうなの? 素直に白状なさい」

 くるくるくる、と白魚のような指が僕の胸をくすぐる。それに合わせて僕の心臓の鼓動も高鳴っていく。

「ご、ごめ、ごめんなさっ……そ、それは知らなくて……ぼ、僕っ……!?」

「――なんてね、冗談よ」

「へっ?」

 膨れっ面をしていたヴィリーさんが一転して、くすっ、と笑った。

「わかっているわ、あなたがそういうタイプではないってことは。ちょっとした照れ隠しよ、ごめんなさいね」

 茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってウィンクすると、ヴィリーさんは僕の手をとった。そのまま手を繋いだ状態で店内の展示物を見る振りをしながら、会話を続ける。

「それにしても驚いたわ。世の中は狭いものね。こんな近くに、私の尊敬する人の親族がいただなんて」

 立ち直りの早いことに、ヴィリーさんはもういつも通りに戻っていた。そのメンタルコントロールの手腕は流石と言うべきだろうか。

 ちらりと横顔を覗き見してみると、ヴィリーさんはすっかり澄まし顔をして、壁にかかった大盾を眺めていた。けれど、綺麗な金髪の隙間から覗いている耳の先が、ほんのちょっとだけ赤いままだった。

「けれど、それがどうして秘密なのかしら? 知らなかった私が言うのも何だけど、〝無限光〟が〝光り輝く翼〟の弟子であることと、そのミリバーティフリムさんがあなたのクラスタに加入したという話は、遠からず広まってしまうことだと思うのだけど?」

「…………」

 それはそうだろう。僕の悪評が広まるのを止められないように、情報の拡散はどうしたって防ぎようがない。

 だから秘密にして欲しいのはそちらではなく、僕がこれからお願いする内容なのだ。

「あの、実はフリムは、その……気難しいと言えば気難しいんですが、でも世間で言われているようなアレではなくて――」

「あ、ちょっと待ってラグ君。わかったわ」

「え?」

 説明を途中で遮られた上、皆までいうことなく了解を示されたことに目を丸くする。

「私が今回の縁をもってミリバーティフリムさん、さらにはレイネーシスマリア氏に、どうか作成依頼を受けてくれないか――とお願いするかもと危惧したのでしょう? それなら大丈夫よ、安心して。そんなつもり微塵もないから」

 朗らかに笑って、ヴィリーさんは言った。図星だった僕は口を噤んでしまう。

「どちらも生粋の職人気質と聞いているわ。そういったコネを使った依頼はお嫌いでしょうね。奇遇なことに、私もそういったやり方は好きではないの。だから、依頼を出すときは正式なルートからするつもりよ。まぁ、今はその時ではないけれど」

「そ、そうだったんですか……」

 その台詞を聞いてほっと胸を撫で下ろす。よかった、これなら余計なトラブルが起こる心配もない。もっとも別の意味でなら――フリムが美男美女に目がないという意味では――まだ一抹の不安は残っているけれど。

 ヴィリーさんは再び店内の防具品へと視線を移し、ややため息交じりでこう呟いた。

「特にレイネーシスマリア氏への依頼は、私の実力がその境地に達するまではお預けね。今の私では、まだまだ相応しくないのだから」

「え!? そ、そんなこと……!?」

 ヴィリーさんが自嘲気味に、しかも思いがけないことを言い出すものだから、僕はほとんど反射で否定の言葉を口にしていた。

 ――ヴィリーさんの実力が足りない? そんな馬鹿な。

「あ、あの……ヴィ、ヴィリーさんは剣号を授与されるほどの剣士なんですから……その、相応しくないってことはない、と思うんですが……えと、僕の個人的な意見なんですけど……」

 うふ、とヴィリーさんは振り向かないまま、小さく笑った。

「ありがとう、ラグ君。でも本当のことなの。私はまだまだ未熟者だわ。先日もそれを痛感したばかりよ。なにせ、あなたという勇者がいなければ、私は危うく大切な仲間を失うところだったのだから」

 ヴィリーさんは少し視線を落とし、無意識にだろう、僕と繋いでいる手に少し力を込めた。

「――剣の腕に優れているだけでは、駄目なのよ。お母様と同じ〝剣嬢〟の名を頂けたのは誇りだけれど、それだけではただの【飾り】だわ。人よりちょっと剣の扱いが上手いだけでは、勇者にも英雄にもなれない。私は、もっと【大きく】ならないと――」

 段々と平坦になっていく口調で綴っていたヴィリーさんは、そこではたと気付いたように言葉を切った。

「――つまらない話だったわね。とにかく、そういうことだから安心してちょうだい。あなた達に迷惑がかかるようなことは決してしないわ。勿論、この話自体がオフレコなこともわかっているわよ」

 顔付きを改め、ヴィリーさんはいかにも取り繕ったようにしか見えない笑顔で振り返った。

 それに対し僕が何かを言うよりも早く、

「さ、次に行きましょ。今度は私が特におすすめする場所なのよ。ラグ君もきっと気に入ると思うわ」

 ヴィリーさんは宣言すると同時、僕の手を引いて早足で歩き出した。プラチナブロンドの長い髪を翻して、有無を言わさぬ勢いで僕を連れ去っていく。

「え、ちょ……あ、あのヴィリーさん――!?」

 直接接触しているせいで、ヴィリーさんの〝SEAL〟が表示するARスクリーンが僕の視界にも映っている。その何枚かが同時に決済処理を完了させて、立て続けに消滅していった。ここでのショッピングはもうおしまいということなのだろう。

 本気なのか、その場しのぎなのか、ヴィリーさんはスキップでもしそうな歩調で防具屋を出ると、一路、ダイヤモンド・ストリートの最奥にある〝竜宮城アトランティス〟へ向かって歩き出した。

 ヴィリーさんは城のごとき建造物を空いた手で指差し、

「あそこに、おもしろいお店……お店っていうのかしら? とにかく、いいところがあるのよ。ついてきて」

「は、はい……!」

 再び殺到する衆人環視の中、きゅっ、と胃が絞り上げられるようなプレッシャーに耐えつつ、僕は母親に連れられる子供のようにヴィリーさんについていくしかないのだった。





 スポーツチャンバラ。

 老舗の高級デパート内にスポーツ施設が組み込まれていたことにも驚きだったけど、それ以上に驚いたのは、いくつもあるコーナーの中からヴィリーさんがチャンバラを選んだことだった。

 いや、ある意味では驚きに値しないと言えばしないのだけど。

「身体を動かしてリフレッシュしましょ」

 とヴィリーさんは僕をここへ連れてきた。

 言うまでもないが、ベースボールにせよサッカーボールにせよ、スポーツは広い空間を要することが多い。スポーツチャンバラも一応は格闘スポーツの部類に入るので、それなりの空間が確保されていた。

 というか、僕の感覚ではものすごく珍しい。チャンバラ専用コートがあるスポーツ施設だなんて。

「珍しいでしょ? 私も初めて見つけた時は驚いたわ。こんな所にこんな場所があるだなんて」

「は、はい……」

 僕は施設内を見回しながら、素直に頷く。もしかしたらお金持ちの間では当たり前なのかなとも思ったのだが、どうやら本当に珍しいらしい。

「この街に遺跡レリクスがあるからかしらね? 訓練用の需要があると予想して用意したのだと思うけれど……」

 四つのコートに、雛壇状になっている観客席まであるのに、人気はほとんどない。何組か家族連れらしい人達や、エクスプローラーを目指して訓練中という感じの男の子達がいるけど、それだけだ。観客席に座っているのは、男の子達の保護者だろうか。

「――まぁ、空いているおかげで私達も待つ必要がないのだから、都合は良かったけれど」

 そう言いながら、ヴィリーさんは壁に並んで立て掛けられているチャンバラソードを見繕う。大小様々なサイズがあって、中にはアシュリーさんの〝サー・ベイリン〟みたいに大きく湾曲したものまである。

「たまにナイツの子達と来るのよ。なにせ対人訓練の際は、いくら訓練と言っても、私が本気を出すわけにはいかないでしょ? その点、ここでなら例え本気で打ち込んでも怪我で済むもの。勿論、当て所には気をつけないといけないけれど」

 ヴィリーさんは青い、形状としてはオーソドックスな一本を手に取った。長さも普通の長剣ぐらいである。雰囲気的に愛剣〝リヴァディーン〟に似たものを選んだのだろうか。

「ほら私、〝剣嬢〟と呼ばれているでしょう? そのおかげでナイツの子達もあまり本気でかかってきてくれなくて。どうせ勝てないとか、逆に上手くいって私に怪我させたらどうしようとか、そういったことを考えてしまうらしいのよ。これはカレルレンから聞いた話なのだけど」

「あー……」

 その気持ちはわかる。僕もロゼさんから格闘訓練を受けているが、組み手の際はどうしても躊躇してしまうのだ。どうせ勝てないから――なんてことは思わないけれど。ただ、自分みたいな未熟者でも、もしかしたらラッキーパンチが――などと考えてしまって、全力で打ち込むことが出来ないのだ。ロゼさんほどの達人にそんなことを考えるのは、傲慢かつ自意識過剰だとわかってはいるのだけれど。

「でも、ラグ君も剣士ならわかるでしょう? 訓練であっても、本気の斬り合いは楽しいものだわ。それが出来ないだなんて、美味しいケーキを食べている人間を隣に置いて、自分はブラックコーヒーを飲みながら眺めていることしか出来ないのと一緒だもの」

「そ、そうですね……」

 つまりは『苦々しい』と言いたいのだろう。しれっと、斬り合いが楽しいもの、と妙に怖いことを言う辺りがいかにも〝剣嬢〟という感じだった。

「だから、そういう時はここへ来るの。安全なソフトソードならお互いに遠慮なく、本気で打ち合えるから。もし怪我をしても回復術式ですぐ直せるレベルだから、安心してちょうだい」

 確かに、ソフトソード、チャンバラソードと呼ばれるそれは、剣を模した棒にスポンジのようなものを巻き付かせたものだ。あれならよほど強く叩き付けても、そうそう負傷するようなことはあるまい。目や耳といった危ない箇所を打つ分にはちょっと危険だろうけど。

 ヒュン、と風切り音がしたと思ったら、ヴィリーさんが何度もソードを左右に振っていた。重さや手応えを確認しているのだろう。そのまま笛を鳴らすような音がいくつも連続する。

「――というわけで、ラグ君も好きなものを選んでくれる?」

 ヴィリーさんが笑顔でそう言った瞬間、ものすごいスピードで振られていた青いチャンバラソードが、ピタリ、と止まり、その切っ先が僕の顔に向けられた。

 たったそれだけのさりげない動作だったけれど――動きのしなやかさや正確性、動から静へと移行するスムーズさなどから、匂い立つような凄まじい技術の完成度が見て取れた。

 けれど。

「――え?」

 この瞬間まで、考えてみれば至極当たり前のことを僕は完全に失念していた。

 ここへ――スポーツチャンバラのコートへ、ヴィリーさんと二人で来たのだ。

 何をするかなど、決まり切っていたというのに。

「……え?」

 だけど僕はもう一度、そう聞き返してしまった。

 まるで頭になかったのだ。

 ――自分が、ヴィリーさんと剣を持って立ち合うことになるだなんて。

「え?」



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