リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●4 思春期の少年を殺す剣嬢の




 あの後、晩御飯の支度が終わったロゼさんと、レンタル工房から帰ってきたフリムにも事情を説明して、どうしたものかと相談してみたのだけど、結局原因はわからずじまいだった。

 ハヌとヴィリーさんとの間で取り交わされた密約は謎のまま、よってハヌが怒った理由も迷宮入りとなり、とにかく僕が悪かったのだ、という結論になった。

 ちなみにハヌの晩御飯は、後ほどロゼさんが直接部屋へと運んでくれた。それから小一時間アワトもすると、空になった食器が部屋の前に置かれていたので、食欲の方は問題なかったようである。

 そして翌朝。

 起床した僕は、顔を洗いに行く途中、起き抜けのハヌと廊下でばったり出くわしてしまった。

 それはちょうど、彼女の部屋の前を通りがかったときのことだった。昨晩何度も叩いたスライドドアがすっと開いて、ちょうど寝ぼけ眼のハヌが出てきたのである。

 一瞬ドキッとして思わず息を呑んだけど、黙って見ているわけにもいかず、意を決してこちらから声をかけた。

「お――おはよう、ハヌ……」

「んぬ……はよう、にゃ……らと……」

 ハヌは朝に弱い。むにゃむにゃと目を擦りながら、パジャマ姿のハヌは微妙に呂律の回っていない喋り方で挨拶を返してくれる。

 まだ寝ぼけているのか。それとも、昨日の件はもう許してくれたのか。現時点ではまだ判然としない。

「よ、よく眠れた……?」

「うにゅ……そうにゃ、の……」

 普段は綺麗に整えられている銀髪も、今は寝癖がついてボサボサになってしまっている。

「ふぁ……」

 ハヌが上を向いたかと思うと、大口を開けて猫みたいな欠伸をした。

「え、えっと……」

 まるっきり自然体でいるハヌに、何と言ったものかと考えあぐねていると、欠伸のおさまったハヌが、

「……ラト……そこへなおれ」

 さっきよりは少しはっきりした声で、ちょいちょい、と自分の足元を指で示した。

「う、うん……?」

 いつもの体勢だ。僕はハヌの前で廊下に膝を突き、目線の高さを合わせる。すると、まだ半分以上【とろん】としたヘテロクロミアと目が合った。

 いつものようにハヌの両手が僕の頬を挟むと、次いで、こつん、と額と額がくっつけられた。おでこを通して、起き抜けのハヌの体温が伝わってくる。

 瞼を閉じたハヌが、ぼそぼそと囁き始めた。

「……昨晩はの、妾も悪かったと思うておる……許してたもれ……」

「え……?」

 くるっと掌を返したような言葉に、僕の中にわずかに残っていた眠気が全て吹っ飛んだ。

「? ? ?」

 突然の翻意に呆気にとられていると、くふ、とハヌが笑った。

「……しかしの……よもや、夢の中にまで謝りに来るとは思わなんだぞ、ラト?」

「え、ええっ?」

 思いがけない言葉に、僕は困惑するしかない。

 ――夢の中? な、何の話だろう?

「顔を合わせとうなくて、せっかく部屋に籠もったというのに……夢にまで出てこられてはの。おちおち眠ってもおられぬ」

 くふふ、とハヌが含み笑いをする震動が、額に伝わる。何だかちょっと楽しそうだ。そんなに面白い夢だったのだろうか。

 僕は話を整理する。

「え、ええと……つ、つまり……ハヌの夢に僕が出てきたの……?」

 むに、とハヌの両手が僕の頬を軽く摘まんだ。

「そうじゃ。いくら突っぱねても諦めずにの、何度も何度も謝ってきよった。あれだけ粘られては、流石の妾も形無しじゃ。あちらで『仕方あるまい、許してやる』と言うたらの、夢のおぬしは何と答えたと思う?」

「――? 許してくれてありがとう、とか……?」

 直感でそう答えると、くっくっくっ、とハヌが身体を揺らして笑いを堪えるような仕種をした。ぐりぐりと額を擦りつけて、首を横に振る。

「違う、おぬしはこう言うたのじゃ。『じゃあそれを【あっち】の僕に教えてあげて』、とな。全く、【あちら】のラトは【こちら】と違って遠慮がなくての。随分うるさかったものじゃ」

「…………」

 嬉しそうに語るハヌの声を聞きながら、頭の片隅でロマンもへったくれもないことを考えてしまう。

 心理学的に考えて、夢の中に僕が出てきたってことは、つまり夢に見るぐらい、ハヌは僕のことを考えてくれていたことに他ならないわけで。

 その夢の中の僕が、わざわざ『現実の僕に許したってことを教えてあげて』と告げたのは、おそらくはハヌの無意識がそうすることが正しいと判断したわけで。

 ついつい意地を張ってしまったことを後悔しているハヌの無意識が、有意識に対し、本能が要求する通りの行動をするよう働きかけた――そう考えれば、なるほど、納得のいく話ではある。

 本当に、ロマンもへったくれもない話だけど。

 だから、そんなことはどうだっていい。

 つまるところハヌは、ハヌ自身の力で、己の心を説破して部屋から出て来てくれたのだ。

 僕はただ、それを素直に喜べばいいだけのことなのだ。

「――じゃあ、僕も【あっちの僕】の代わりに、ちゃんと言わなきゃだね」

「? 何をじゃ?」

「出て来てくれてありがとう、本当にごめんね、ハヌ――って」

「…………」

 しばし、ハヌがキョトンとした顔で沈黙した。まるで僕の言葉をじっくり噛みしめるかのように。

 再びハヌの指が、むに、と僕の頬を揉むと、

「……よかろう。許してつかわす」

 くふ、とハヌが微笑んだ。

「じゃから、ラトも妾を許してたもれ……?」

 その台詞に、僕も、あは、と笑った。

「うん、大丈夫。僕は怒ってないから」

「……怒っておらなんだのは妾も一緒じゃ。ラトは勘違いをしておる」

「え?」

 むにむにと手持無沙汰っぽく僕のほっぺたを弄りながら、ハヌがちょっとだけ唇を尖らせる。

「その……なんじゃな……ヴィリーの奴が言っておったのは、実はの……」

 そう語り始めたハヌの額が、じんわりと熱を帯びた。何故か、彼女の体温がぐんぐん上昇していく。

「じ、実は……?」

 間を溜めているのか、相当言いにくいのか、黙ってしまったハヌに先を促すように問いかける。

 すると、本当に蚊の鳴くような小さな声で、返答があった。

「……っぷんを、したかどうか、じゃ……」

「――え? ご、ごめん、もう一回……?」

「じゃ、じゃからっ……ぷんを、したかどうかをじゃな……」

「……ぷん?」

 そこしか聞き取れなかったので、そう聞き返すと、

「――~っ……!」

 ぶるぶるぶるっ、とハヌの全身が震えて、額に伝わる体温がさらに熱くなった。

 かと思うと、ふっとハヌが身を離し、僕の耳に口を寄せた。

 そっと囁く。

「……妾が、おぬしに接吻したかどうか、じゃ……」

「――ッ!?」

 ビリッという衝動が耳から全身へと広がった。ハヌの吐息がちょっとくすぐったかったとかそういうのもあるけど、純粋に内容に驚いてしまったのだ。

 なるほど。道理であの時のハヌも、身を跳ねさせながら変な声をあげていたわけである。

「せっ、せっぷんって……!?」

「……あの時のことじゃ。妾とおぬしが……その……仲直り、した時の……」

 目を剥く僕に、耳元から顔を離したハヌが恥ずかしそうに答える。

 憶えている。というか、忘れようにも忘れられない。

 第二〇〇層におけるゲートキーパー戦の後日。病院から出ようとする僕をハヌが呼び止めてくれて、仲直りしたあの日。

 助けてくれた御礼にと、ハヌは僕の頬にキスしてくれたのだ。

 もっとも刺激が強すぎて、その直後に僕は気を失ってしまったのだけど。

「……あの時にも言うたであろう? あれはヴィリーの入れ知恵での。故に、実際にやったのかやってないのか教えろと、そう云われたのじゃ……」

「あ、ああ……うん……」

 それは恥ずかしい。うん、とても恥ずかしい。ハヌを介して聞いた僕でさえ、顔が火照ってしまうぐらいに。

 ――い、意地悪だ……! ヴィリーさん、意外と意地悪な人だっ……!

「のう? 妾がラトと顔を合わせ辛かったのも、わかろうというものじゃろ……?」

「うん、うんっ……!」

 力一杯頷いてしまう。今になって昨晩のハヌの気持ちが痛いほどよくわかった。

 とはいえ、

「あ、でも……今日のお出かけをキャンセルしちゃうぐらい、そんなに嫌だったの……?」

 恥ずかしいと言えば恥ずかしいが、かといってヴィリーさんはそもそも『御礼のキス作戦』を授けてくれた人である。そこまで知られているのなら、もはや実際にやったかやってないかは大した問題ではないのでは、と思ったのだ。

 けれど。

「嫌じゃ。あやつには何があろうと言いとうない」

 きっぱり。ほとんど即答でハヌはそう言った。しかも、恥じらいとか照れとかそういったものが一気に抜け落ちた、素の真顔で。

「そ、そう……なんだ……そんなに、なんだ……」

 謎の迫力に圧倒され、僕はそれ以上言及する気になれなかった。多分、女性同士でしかわからないプライドや意地みたいなものがあるのだろう。そういえばフリムも昔、他の女の子と似たような理由で喧嘩していた記憶がある。

「じゃがのう、ラト。憶えてたもれ。お預けを食らった分、次なる休みでは思う存分楽しむからの? ……ふふふ……今から覚悟しておくことじゃ……!」

「ふ、ふん……わはっは……」

 ハヌがちょっと力を込めて僕のほっぺたを捏ねるので、返事が変になってしまった。

 よかろう、とハヌは頷き、

「ああ、それとな。今日は気をつけるのじゃぞ。あの女狐のことじゃ、まだラトを諦めておらぬようじゃからの。なにをしてくるかわからぬ。ゆめゆめ警戒を解くでないぞ?」

「ふ、ふん、ふん……」

「絶対にじゃぞ?」

「ふん、ふんっ……!」

 念入りに念押ししてくるハヌに、僕は何度も頷く。だけど、それでも疑念が晴れないのか、ハヌは訝しげに目を細め、顔を近付けてきた。

「……そういえばおぬし、ヴィリーが相手となるとよく呆けておるからのう……本当に大丈夫なんじゃろうな……?」

 色違いのジト目から放たれる疑惑の視線が、僕の顔にチクチクと突き刺さる。

「――ッ!?」

 ぎくり、と僕の胸が嫌な鼓動を打った。

 だって――言い訳するつもりはないけど――それはある意味、しょうがないことなのだ。

 何故なら、相手は【あの】ヴィリーさんなのだから。

 僕にとって、〝剣嬢ヴィリー〟の名前は少々特別な意味を持つ。

 というのも、ヴィリーさんは僕がエクスプローラーを志した頃にはもう、彼女の出身国であり〝剣王国〟と名高いデイリート王国から、〝剣嬢〟の称号を授かっていた。

 確か、当時の年齢は十六歳。今の僕と同じ歳だ。

 そんな若さで並み居る強豪を押しのけ、剣王国の王家が認める〝剣号〟――〝剣〟を冠する称号を授与された例は、他にはない。唯一あるとしたら、非公式ながらヴィリーさんの父親である〝剣聖〟ウィルハルト・ファン・フレデリクスが、とある少年に送ったとされる剣号だけだ。

 僕が初めてヴィリーさんの名前を知った時――それは今でもまざまざと思い出せるほど、鮮烈で衝撃的だった。

 当時十三歳だった僕にとって、そう大して年齢の変わらない女の子が、いくら剣聖の実子とはいえ剣士の最高位である〝剣号〟を授けられたという事実は、とんでもなくエキサイティングなことだったのだ。

 すごい、この人は天才なのか。……いいや、僕だって頑張れば、いつかきっと――!

 今思えば思い上がりも甚だしい思考だったのだけど、しかしこの時の僕は、臆面もなく本気でそう考えていた。師匠だった祖父からあらゆる武器全般の扱い方を学んでおきながら、それでも剣を主武器メインウェポンに選んだのは、きっとヴィリーさんの影響だと思う。

 勿論、僕にとっては、トップ集団に属するエクスプローラーなら誰だって畏敬の対象なのだけど、その中でもヴィリーさんは年齢といい、肩書きといい、宝石箱の中でも一際輝く巨大なダイヤモンドみたいな存在だった。

 そう――ずっとずっと、憧憬の念を抱いていたのだ。

 そんな憧れの御仁が、である。

 今でも信じられないことに、僕と直に対面して、握手までして、ネイバーになってくれたのだ。これはいわば、アイドルファンが目当てのアイドルと友達になってしまったようなもので、それはもうとんでもないことなのである。

 これで挙動不審になるなっていうのが無理な注文なのだ。

 しかもヴィリーさんは遠慮なく距離を詰めてくるし、ニュースで見るよりも美人だし、近くにいると何だかいい匂いがするし、恐れ多いことに今でも『蒼き紅炎の騎士団』のメンバーに誘ってくれるし――

 あ、ダメだ。そんな人とデートなんかしたら、僕は今度こそ死んでしまうかもしれない。

「……何故おぬしは返事をせんのじゃ、ラト?」

「むぎゅっ!?」

 回想にふけっているとハヌが、にっこり、とまるでフリムみたいな冷たい笑顔を浮かべ、僕のほっぺたを両側から押し潰した。

「妾は、本当に、大丈夫、なのかと、聞いて、おるん、じゃが、のう? んん?」

 パン生地でも捏ねるかのように、ハヌは両手にぎゅっと力をこめては緩め、ぎゅっと力をこめては緩めるのを繰り返す。まるで僕の顔をポンプに見立てたかのごとく。

 口元は笑みの形をしていたけど、蒼と金に輝く瞳は全くと言っていいほど笑っていなかった。

「――ふぁ、ふぁい! ふぁいほうふ! はいほうふはらら!」

「何を言うておるかわからぬの。ほれ、もう一度言ってみよ」

 ハヌがいったん手を止めてくれたので、僕は慌てて声を絞り出す。

「――だっ、だいじょうぶっ! だいじょうぶだからっ!」

「本当かのう?」

「ほ、本当っ! 本当に大丈夫だからっ!」

「ほう? 自信満々じゃな。そこまで言うのならば、根拠を示してみよ」

「こ、こんきょ!?」

 その場しのぎの誤魔化しなど許さぬ、とばかりに切り込んできたハヌに、僕は大いにたじろいだ。

 じぃぃぃぃ、とハヌの金目銀目が疑念の眼差しを向けてくる。

「そ、その……えっと……」

 僕は言葉を探しながら、思考を回転させる。

 ハヌに嘘はつかない――それは決定事項だ。

 だから、やるべきことは一つしかない。

 僕は、素直な気持ちをそのまま言葉に換えることにした。

「……じ、実は……正直に言うと、ちょっと自信はないんだけど……」

「ほう……」

 ハヌの声が遠雷よろしく低まる。ちょっと背筋がビクッと震えてしまうけど、ほっぺたを握る手に動きはないので、とりあえず最後まで聞いてはもらえるようだった。

「と、というのも……ヴィリーさんは僕の憧れの人だったし……ううん、今でもすごい人だなって思うし……一人のエクスプローラーとして、すごく尊敬しているから……その、色々と言ってもらえるのはとっても光栄で、嬉しくて……」

「…………」

「で、でもねっ? それでも、ちゃんと大丈夫だって思うんだ。だ、だってね、僕は多分きっと……」

「……多分、きっと? ……なんじゃ?」

「うっ……」

 ハヌに促されて、ちょっと言葉に詰まる。

 この先を口にするのはかなり情けなかったのだけど、でも、僕は意を決して言うことにした。

「で、でも僕は――土壇場になったら、最後の最後にはいつもハヌのこと思い出すからっ! これだけは絶対だからっ! い、今までもずっとそうだったしっ! ぜ、絶対そうに決まってるからっ! 絶対ハヌの顔が思い浮かんでくるはずだからっ! だ、だから、その……ぜ、絶対に大丈夫っ! ……だと、思う……」

 最後の最後に尻込みして余計な一言をつけてしまうのが、我ながら僕だった。

「………………って、それが根拠じゃ……だめ、かな……?」

 僕はハヌの顔を直視するのがちょっと怖くて、思わず上目遣いに顔色を窺ってしまった。

 すると。

「――~っ……!?」

 耳まで真っ赤になったハヌがそこにいた。

「え……?」

 ――あれ?

 いきなりの変化に、僕は目を点にした。思いがけない反応に、キョトンとするしかない。

 ――何かそんなにおかしなこと言ったっけ……?

 目の前で花火が爆発したみたいにびっくりしていたハヌは、けれど僕の視線に気付いた瞬間、はっ、と我を取り戻し、うおっほん、とわざとらしく咳払いをした。

「……う、うむ……し、仕方あるまい。ラトがそこまで言うのなら、唯一無二の親友である妾としては、信じぬわけにもいくまいて。よ、よかろう、おぬしの自信のほどはようわかった。此度のでぇと、心して臨むがよい……」

 そうぶっきらぼうに告げるとハヌは、ぷいっ、と素早く顔を背けてしまった。そうすることによって、露わになったうなじや鎖骨あたりまでもが、よく熟れた林檎のように紅潮しているのがわかった。

 僕はわけがわからない。

「? ? ? う、うん……? あ、ありがとう……?」

 何だかよくわからないハヌの反応に、疑問符の花を頭に咲かせつつ、ただ頷くしかない僕なのだった。





 ■





 去り際の宣言通り、デートの待ち合わせ時間と場所については、ヴィリーさんが引き上げた約一アワト後にダイレクトメッセージが届いていた。

 時刻はちょっと遅め。待ち合わせ場所は、意外なことに『カモシカの美脚亭』だった。

 出発前。僕は自室の姿見で服装をチェックする。

 いつものディープパープルの戦闘ジャケットに黒の上下――ではなく。

 今日は、ほんのちょっとだけおめかしをしていた。

 上着は、新調された戦闘ジャケット。これは昨晩、フリムが仕上げてくれたものだ。ほとんど漆黒に近い紫紺で、一部縫い目に沿ってピュアパープルのラインが走っている。

 実はこれ、僕のお気に入りだった戦闘ジャケットをリメイクしたものなのだ。

 というのも、

「……アンタのそれ、流石にボロくなってきたわよね」

「え?」

 ある時、フリムが僕の戦闘ジャケットを見て、しみじみとそう呟いたのが発端である。

 武器と同じく定期的にメンテしたり補修しているとは言え、服も人体と同じくじわじわとダメージが蓄積していくものだ。破れたり千切れたりした箇所はコンポーネントを消費して修復できるけど、細かい経年劣化だけはどうしようもない。

 この時もフリムにメンテナンスをお願いして、返してもらったタイミングだった。

「そろそろ新しいの買うつもりはないの?」

「うーん……そう思ったことがないでもないんだけど……でもこれ、お祖父ちゃんの形見でもあるし……」

 多少古臭くなってきたとはいえ、防具としての性能は十分だし、まだまだ使えるはず――とジャケットの裾を摘まんで渋る僕に、フリムがこう提案してくれた。

「――じゃあソレ、リメイクする?」

「え? そ、そんなこと出来るの?」

 リメイク――この時の僕は、その言葉を生まれて初めて聞いたかのように驚いてしまった。そんな発想、まるで頭になかったのだ。

 僕の聞き返しに、フリムは何てことないように首肯した。

「出来るわよ。ちょっと手間はかかっちゃうけど。それに、前から思ってたのよねー。アンタには防具もちゃんとしたの用意しなきゃって」

「――?」

 どうしてそんなことを? と首を傾げた僕に、フリムはARスクリーンを表示させながら説明してくれる。

「あのね、戦闘ログ見てると、アンタのピンチって大概が防御力不足からくるものばっかりなのよ。まぁ〈プロテクション〉かけてるから大丈夫って慢心もあるかもしれないけど……なんにせよ、ダメージ食らいすぎて動けなくなるパターンが多いと思わない?」

「……言われてみると……そうかも……」

 心当たりはある。シグロスの時も、ヒュドラの時も、一発いいものをもらった途端に動けなくなり、絶体絶命の危機に陥っている。いくら支援術式の加護を得ているにしても、体内に浸透した深いダメージだけはいかんともし難かった。

「だからそうならない為にも、今よりもっと防御力を強化しないとね。せっかく支援術式が使えるんだから、素の防御を高めておけば、効果はそれこそ倍増でしょ?」

「うん……あ、でも、僕は剣士だし、あまり重装備になると……」

「そこよね。わかってるわ。それで、アタシちょっと考えてみたんだけど――」

 というわけで設計された新しい戦闘ジャケットこそが、今身に纏っているコレである。

 元は僕のフォトン・ブラッドによく似た深紫色だったジャケットが、更に色を濃くしてほとんど真っ黒に近くなっているのは、おそらくリメイクの際に使用した【特殊な材料】のせいだろう。

 その【材料】とは何か、というと。

『ヴォルクリング・サーカス事件』の時のことだ。僕は竜人形態のシグロスを倒した際、密かに奴から【あるもの】の所有権を奪い取っていたのである。

 そのことに気付いたのは、例の仮想空間から還ってきてドラゴンのコンポーネントを整理している時だった。〝SEAL〟に吸収されていたコンポーネントの中に一つ、見覚えのないものが混じっていたのである。

 星石。

 幻想種ドラゴンの中でも、将星類ジェネラルと呼ばれるクラスのコンポーネントは半物質化して、宝石の形をとると言われている。僕が竜人形態のシグロスを撃破し、奴と同化していたSBを活動停止シャットダウンさせて入手したものが、まさにそれだった。

 将星類ジェネラルドラゴンの公式討伐数は七。その全てが複数の国の博物館や国庫、研究機関などに保管されていて、念のためそちらを調べてみたところ、どうやら盗難されたり紛失したものはないようだった。

 つまり、これは存在が認められていない、非公式の星石。何時どこで誰が倒したかもわからない、将星類ドラゴンの魂だったのだ。

 ロゼさんに解析してもらって判明したこの星石の真名は、〝リモールヘッズ〟。種別は『蟲竜インセクト・ドラゴン』。

 その実際の姿はロゼさんの〈リサイクル〉で再現してみなければわからないが、こいつと融合した時のシグロスを思い出せば、大体の予想はつく。コールタールのごとく光を吸い込む漆黒の甲殻、熾火のように不気味に仄光る真っ赤な複眼――きっと禍々しいまでに凶悪な見た目をしていたに違いない。

 フリムが目を付けたのは、そんな〝リモールヘッズ〟の装甲の硬さだった。

「こいつを取り込んだシグロスって奴の強さなら、動画で見たわ。支援術式で身体強化フィジカル・エンハンスしているアンタの白虎を弾き返すほどの甲殻……こいつは使えるわよ」

 僕の従姉妹はアメジスト色の瞳を爛々と輝かせ、不敵に笑ったものである。

 ただコンポーネントとして消費するのではなく、黒玄や白虎のように元々持っている性質を活かしながら加工すれば、きっと古代武具エンシェントアームズのように、〝生きた武具〟が造れるかもしれない――と。

 無論、ロゼさんにはちゃんと話を通した。異母兄妹――かもしれない――シグロスの、ある意味忘れ形見とも言える品だ。それに、将星類ドラゴンとはいえ、彼女がここぞという時に使用するハーキュリーズよりも使役ハンドルしやすいかもしれない。感傷的にも戦力的にも、色んな意味で確認をとったところ――

「一向に構いません。どうぞリメイクに使ってください」

 粗大ゴミの日は明後日です、ぐらいの簡単さでロゼさんは答えた。表情筋を一ミリと動かさず。

「え……い、いいんですか?」

「はい、全く構いません。私にはラグさんから預かっているハーキュリーズがあります。ですから【それ】は必要ありません。どうかそのまま、ラグさんの装備強化にお使いください。といいますか、私もフリムさんの提案には賛成です。あなたの防御力が向上すれば、随分と危険が減り、心配も少なくなるでしょうから」

 淡々と、何の執着もない口調でロゼさんは言い切った。それこそゴミ捨て場に持っていくゴミ袋を扱うような感じで、星石に全く興味ないのが丸分かりだった。

 でもロゼさんのことだから、鉄仮面のような無表情の裏には一口では言い切れない複雑な思いが入り乱れているのかもしれない。そうは思うけれど、こうもはっきり断言されてしまうと、僕らとしては深く言及するわけにもいかなかった。

 こうして、将星類ドラゴン〝リモールヘッズ〟の星石と、僕の愛用の戦闘ジャケットとが融合し、出来上がったのがこの新しい防具――フリム命名するところの〝アキレウス〟であった。

 ちなみにジャケットの左胸にうっすらと、フリムが作成したことを示す『000』というシグネイチャーが浮かび上がっている。

「……こんな感じで、大丈夫だよね……?」

 鑑に映った自分に対し、自信なく独りごちる。思えばこんな風に鑑の前で思い悩むのは、この街に来て二回目だ。

 ジャケットのインナーを選んでくれたのは、これまたフリムである。少ない手持ちの服から僕の姉貴分が選んでくれたのは、クリーム色のタートルネックケーブルセーターに、オーソドックスなブルーデニムパンツ。

 ちょっと普通すぎるのでは、と僕は思ったのだけど、

「男の格好なんて簡素なぐらいでちょうどいいのよ。女を際立たせる背景になれる男、それがデキる男よ♪」

 と、フリムに自信満々で言い包められてしまった。

 考えてみれば、前にこうやって服に悩んだ時も、最後はいつもの格好で待ち合わせ場所へ向かったのである。結局、あの時のハヌもいつもと同じ格好で待ってくれていたのだし、今回のヴィリーさんだって、きっとそんなに身構える必要なんてないはずだ。

 行ってみたら拍子抜け、ヴィリーさんも活動的でデートのデの字も連想させない格好をしていた――なんて、実にありそうな話ではないか。

 大丈夫、きっと大丈夫――なんて思いきや……

「待っていたわ、ラグ君。よく来てくれたわね」

「――――」

 待ち合わせ場所である『カモシカの美脚亭』二階の個室で僕を待っていたのは、まさしく美の女神の化身としか言いようがない存在だった。

 ずどん、ときた。

 その姿が目に入った瞬間、大砲の砲弾で胸を撃ち抜かれたような衝撃が生まれ、僕の理性は木っ端微塵に打ち砕かれた。

 圧倒的に魅入られてしまったのだ。

 昨晩のロング丈セーターとレギンスパンツという格好がラフと呼べるのであれば、今日の出で立ちは、全くの正反対。

 いつもはポニーテールにしている輝くような金髪を下ろして。純白のフリルブラウスと、深紅の瞳によく似た臙脂色の紐ネクタイ、濃紺でバルーンシルエットのハイウエストスカート。隣の椅子の背にかけられているのは、多分ベロア生地の黒いジャケットだろうか。

 ジ・お嬢様。

 細かい服装の差異などよくわからない僕にとっては、そうとしか言い表しようのない装いで、ヴィリーさんはそこにいた。

 神々しいにもほどがあった。

「随分早く来てくれたのね。嬉しいわ。私もついさっき来たところなのよ。あ、どうぞ、座って?」

 喜色満面。本当に嬉しそうな顔で微笑んで、立ち上がったヴィリーさんは掌で向かいの椅子を指し示した。

 けれど、僕は頭の芯が痺れたようになっていて、何の反応も出来ない。

「――――」

 このヴィリーさんは、ルナティック・バベルの中で初めて出会った時とも、僕とハヌがどこのクラスタに所属するかを決める会議の時とも、病室にお見舞いに来てくれた時とも、まるで違う。完全に別物で、別種で――そう、まったく別人の雰囲気を纏っていた。

「……ラグ君?」

 しいて例えるなら、今まで僕が会ってきたヴィリーさんは、いつもナイフの切っ先にも似た鋭さを内包していた。いざとなればその手に剣を握り、振り回す――そんな空気が、どこからともなく滲み出ていたように思う。

 だけど、今日は違う。

 言うなればまさしく――立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。まさかこの言葉を体現するような女性が実際にいるなんて――

「――大丈夫、ラグ君? 入ってきた途端に固まっちゃって……どうかしたのかしら?」

 気付けば目の前にヴィリーさんの顔があった。

「――ッ!? す、すみませんッ!?」

 昨晩と同じく、見惚れすぎて自失していた僕は電撃的な反応で飛び退さる。

 ――あ、危ない……ハヌにあんなことを言ったばかりなのに、何を呆けているのだ僕は。

「本当にどうしたの? 昨日もそうだったけれど、もしかして無理してないかしら?」

「い、いえ、いいえっ! そんなことないですっ! そ、そのっ、い、いつもと全然雰囲気が違ったので、ビ、ビックリしちゃって……!」

 表情を曇らせて心配してくれるヴィリーさんに、僕は慌てて首と両手を振って否定した。

「ああ、これ?」

 すると、ヴィリーさんは照れくさそうにはにかみ、片手でスカートの裾を摘まんでみせた。

「久しぶりに袖を通してみたのだけど……そんなにおかしいかしら? これでもエクスプローラーになる前は、よくこんな格好をしていたものだけど」

 そんな風に質問されたら、僕は拳を握りしめ全力でこう答えるしかない。

「に、似合ってますっ! ものすっっっっごく! 似合ってますよっ!!」

 腹の底からの声で断言すると、ヴィリーさんはちょっと驚いた表情を見せ、けれどすぐに口元を綻ばせた。

「そう、よかったわ。ありがとう。気合いを入れて服を選んできた甲斐があるというものだわ」

「――!?」

 そう言って嬉しそうに微笑むヴィリーさんに、僕の魂は危うく昇天しかけた。

 ときめきの槍が心臓を突き穿つ。

 何というか、こんなの反則である。

 鬼に金棒、駆け馬に鞭、ヴィリーさんに清楚な服。

 最強の組み合わせすぎる。

 むしろ卑怯すぎて僕の動悸がやばい。

 ――あ、あれ? 目の前の風景がぐにゃりと歪んできた……?

「……はぁ……っ……はぁっ……はぁ……っ……!」

 ドクドクドクドクドクドクドク、と早鐘を打つ心臓が、今にも胸骨をぶち破って外に飛び出しそうだった。

「ラ、ラグ君? ラグ君? ほ、本当に大丈夫なの? 何だか顔が真っ赤で、目もちょっと怖いのだけど……?」

「ら、らいりょうふ、らいりょうふれふ……ちょ、ちょっとやすめば……」

 あまりにときめき過ぎて過呼吸状態になり、目を回しかけている僕の体を、ヴィリーさんがさっと支えてくれた。そのままテーブルまで連れて行ってくれる。

 クラクラと揺れる頭をどうにか落とさないよう気をつけながら、ゆっくり椅子に腰を下ろす。

「どう、ラグ君? 気分は悪くない? あ、お水は飲める?」

「は、はひ……」

 ヴィリーさんがテーブルに置いてあったお冷やを出してくれた。頭どころか全身が火照っている僕は、ありがたく頂くことにする。

 と。

「……?」

 口をつけてみてわかったのけど、受け取ったコップには本来なら入っているはずの氷がなく、しかも水が温かった。

 流石の僕も、この因果ぐらいはすぐに察せられた。多分、氷は溶けてしまったのだろう、と。

 先程ヴィリーさんは『私もついさっき来たところなのよ』と言ってくれたけど、きっとそれは優しい嘘だ。僕も約束の十五ミニト前に来たのだけど、ヴィリーさんはそれよりも更に早くここへ来て、待っていてくれていたに違いない。

「本当にごめんなさい、私の我が儘で無理をさせてしまったみたいで……」

「ち、違います、これは僕が単に……っとと、じゃなくて、えとその、も、もう落ち着いてきましたし、大丈夫、大丈夫ですっ」

 危うく『ヴィリーさんが綺麗すぎて胸が苦しかっただけなんです』などと馬鹿なことを言いかけて、慌てて軌道修正した。

 申し訳なさそうにするヴィリーさんに、僕の方こそ申し訳なくなって、無理に声を高めてしまう。

「そ、それより、何か注文しませんかっ? あの、ぼ、僕はアイスコーヒーにしますっ。ヴィリーさんは何がいいですかっ?」

「え? え、ええ……じゃあ、私はロイヤルミルクティーを」

「ま、任せてください、注文なら得意なんですっ」

 ――って何アホなことを口走ってるんだ僕は!? 注文が得意って何だ!? そんなの誰だって出来るよ僕のバカバカバカっ!?

 内心で壮絶に後悔しながら〝SEAL〟で店内のシステムに接続し――

「……あれ?」

 思わず変な声が漏れた。

「? どうしたの、ラグ君?」

「え? あ、いえ、な、なんでもっ……す、すみません、すぐ注文しますからっ」

「慌てなくてもいいのよ。時間はまだたっぷりあるのだから」

 うふふ、と優しく笑って、ヴィリーさんはテーブルを挟んだ向かいへ座る。お尻あたりに手を添えてスカートを挟まないよう腰を下ろす所作ですら、匂い立つような美しさがあった。

 って、また見惚れている場合じゃない。僕はヴィリーさんから視線を外すと、じっと目を凝らし、眼前に表示させたARスクリーンを睨みつけた。

 何でそんなことをするのかというと、単純に見にくいからである。

 目の焦点が合わないのか、それともARスクリーンの表示がおかしいのか。あるいはその両方か。このお店のメニューが表示されているはずのARスクリーンが、モザイクがかかったように微妙にぼやけてしまって、上手く読み取れないのだ。

 ――【また】だ。

 この間から何故か、たまにこういうことが起こるのだ。先日、アシュリーさんとここで話していた時の誤注文もそうだった。

 まぁ、といっても、戦闘中の術式制御には問題ないし、変なことが起こるにしても大したことではないし、すぐに直るからあまり気にはしていないのだけど――

 と、どれがアイスコーヒーでどれがロイヤルミルクティーなのか判別しようとしていたところで、何の前触れもなくいきなりARスクリーンの表示が正常に戻った。

 僕はほっと胸を撫で下ろし、二人分の注文を店内システムに登録する。

 当たり前だけど、〝SEAL〟のクロスセルフチェックもしたし、一応病院にも行って専門の先生に診察してもらった。

 結論から言うと、

「大したことないですね」

 とのことだった。要は偏頭痛や耳鳴りみたいなもので、起こる人にはよく起こることだし、そうでない人でも稀によくあるものなのだとか。

「疲れているか、ストレスが溜まっているのでしょう。エクスプローラーの方ならよくある職業病みたいなものです。よく休んで、上手く付き合っていってください」

 それが先生の結論だった。全く、エクスプローラーとは死線をくぐるのが仕事みたいな職業である。ましてや最近の僕はちょっと色んなことがあり過ぎた。自覚はないけれど、少し神経がまいっているのかもしれない。

 これは、ヴィリーさん達との合同エクスプロールまでにはちゃんと治しておかないと。

「――改めて、今日は来てくれてありがとう、ラグ君。急な誘いに応じてくれて、とても嬉しいわ」

 僕が〝SEAL〟で注文するのを見計らってから、ヴィリーさんがにっこりと微笑んで話しかけてきてくれた。

 ようやく人心地ついた所だったけど、それをきっかけにして、僕は再びガチガチに緊張し始めてしまう。

 なにせ相手は、【あの】剣嬢ヴィリーさんなのだ。この麗しい美貌を抜きにして考えても、若手エクスプローラー最強の一角と名高い人物を前にして、どうして肩に力を入れずにいられようか。

 こうして差し向かいで座るのは、少し前に高級レストランでの食事に誘われて以来になるだろうか。あの時はカレルさんがいたけれど、今回は正真正銘、しかも個室で二人っきりである。

 なんて畏れ多い。

「あ、あの、そのっ――ひょ、ほんじつはお日柄もよくっ、お、おみゃ、おまねきいただき、みゃ、みゃことにありがとうございまひゅっ!?」

 みっともなく噛みまくる僕を、ヴィリーさんは穏やかな深紅の視線で撫でて、くすりと笑う。

「そう緊張しないで? デートのお誘いとは言ったけれど、別にあなたを取って食べようってわけじゃないのだから。昨日も言ったように、今度の合同エクスプロールの打ち合わせの延長だと思ってちょうだい」

「は、はいっ……!」

 背中に棒を入れられたみたいに姿勢を正しつつ、どうにか頷く。

 考えてみれば、すごい話だ。少し前まで〝ぼっちハンサー〟だなんて呼ばれていた――今でもそう呼んでいる人はいるだろうけど――僕が、トップ集団の一人であるヴィリーさんと『クラスタのリーダー同士』という立場で、こうして向かい合っているのだから。まるで夢のような状況である。

「ただ――昨晩はいきなり驚かせてしまって、ごめんなさいね。自分で言うのも何なのだけれど、私は思い立ったらすぐ行動に移さないと気が済まない質なの。それでよくカル――カレルレンにも怒られてしまうのだけど……駄目ね、リーダーがこんなことじゃ」

「い、いえっ、じょ、情報共有とか、ミーティングも大事だと思いますしっ、ひ、必要ですからっ……!」

 軽く自嘲するヴィリーさんを、僕は辿々しくフォローする。すると、ヴィリーさんはにっこりと微笑んで、

「そうね。――でも私、前から言っているけれど、下心がないわけでもないのよ? あなたにはずっと興味を持っていたのだし。実は、今日の目的の半分はそれだったりするわ」

「え……?」

 高速突きのような一言にまさしく虚を突かれ、僕は喉から変な声をこぼした。

 ヴィリーさんはテーブルに両肘を突き、組んだ指の上に顎を載せ、じぃぃぃっ、と深紅の視線を僕の顔に注ぎ込む。

「実は私、ナイツの団員をスカウトするときは、いつもこうやって直に話をしているのよ。一日ぐらい一緒にいれば、全部とは言わないけれど、大体の人となりがわかるというものでしょう?」

「え、えっと……?」

「真っ正面から話せば、好きなものや嫌いなもの、様々な側面が見えてくるわ。それで話が合う、気が合うとなれば最高でしょう? その時は、私も頭を下げてお願いしているの。どうか私の騎士になってちょうだい、と」

「は、はぁ……」

 嫌な予感が背筋を何度も上下する。ふと、今朝のハヌの言葉が耳に蘇った。

『ああ、それとな。今日は気をつけるのじゃぞ。あの女狐のことじゃ、まだラトを諦めておらぬようじゃからの。なにをしてくるかわからぬ。ゆめゆめ警戒を解くでないぞ?』

 ――まさか……

 正直、ハヌは心配しすぎだ、今更そんなこともあるまい――と心のどこかで高を括っていたのを認めよう。だって僕は既に一つのクラスタのリーダーで、今じゃハヌだけでなく、ロゼさんやフリムがメンバーになってくれているのだ。

 なのに。

 そんな僕を、未だヴィリーさんがナイツのメンバーに欲しているだなんて、どうして思えようか。

 しかし。

「確か、前にもあなたに言ったわよね。私はこうして――」

 ヴィリーさんは片手を上げ、人差し指を伸ばし、拳銃の形を取らせた。そのまま銃口を僕に向けるように構え、片目を瞑り、

「――絶対に逃がさないから。覚悟しておきなさい、って」

 バン、と弾丸を撃った振りで、銃身に見立てた人差し指を上に跳ね上げる。

 刹那、見えない弾丸が再び心臓を撃ち抜き、真実、僕は呼吸を止めた。

 同時、ぶわ、と全身の毛穴から脂汗が噴き出すような感覚。

「あの時の言葉は、別に強がりでも何でもないわ。聞かせてもらえるかしら? あなたのこと。たくさん知りたいことがあるの。ラグ君……いいえ、【ラグディスハルト】?」

 ニコニコと女神様みたいな微笑で、ヴィリーさんは宣う。

「私はまだ、あなたのことを諦めていないのだから」

 深紅の瞳に、獲物を狙う猛禽の鋭さを宿して。





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