リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●25 勝利の兆し




 クレーターの中心部が爆発し、土砂の柱が突き立った。

『――!?』

 再生中のヒュドラへ絶え間なく攻撃を加え続け、その回復を可能な限り遅延させていたフリムとアシュリーも流石に振り返らざるを得なかった。

 逆巻く瀑布がごとき【噴土】の根元から、紫紺の雷光が飛び出す。

 それは地を這う蛇のごとく、一直線に地上を疾走する。その矛先は当然のごとくヒュドラだ。

『ハルト……!』

『ベオウルフ……!』

 二人の少女は喜色の詰まった思念でその名を呼んだ。余りに高速すぎて判別しがたいが、この場であの輝きを持つ人間など一人しかいない。

 しかし、そんなフリムとアシュリーよりも神速の反応を見せたのは、直接敵意をぶつけられたヒュドラだった。

『SSSSSSHHHHHRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAA――!!』

 あるいは、少年が立ち上がった時から既に警戒していたのかもしれない。

 再生中は攻撃行動をとらないというルーチンすらブレイクして、雄叫びを上げたヒュドラが幾本かの首を、とんでもない速度で這い寄ろうとする閃光へと突っ込ませた。

 巨大すぎる図体から繰り出される頭突きは、それだけで一撃必殺の破壊力を持つ。その速度もまた、流星のごときだ。

 先行した頭の一つが直撃コースに入った。

 彼我の距離は一瞬でゼロになる。

 激突。

 刹那、金属と金属が衝突する激しい音が鳴り響き、あまりの衝撃の余波で地面が抉れ、土砂が噴き上がり――

 ヒュドラの首が一気に根元まで爆裂した。

『『!?』』

 驚愕のあまり、フリムもアシュリーも、戦闘の最中だというのに動きを止めて凝視してしまった。

 二人をして何が起こったのかも理解できていない。

 彼女らの視点から見れば、戦線へ復帰した少年――ラグディスハルトにヒュドラの首の一本が突っ込んでいった次の瞬間、そいつが丸ごと粉々に爆ぜたのだ。それだけしかわからなかった。

『SSSSSHHHHHHRRRRRRRYYYYYYYYYYYYY――!?』

 残った首が理不尽を訴えるかのごとく啼く。一本目に追随していたいくつかの首が動きを止め、様子を窺うかのように金色の眼を光らせた。

 ヒュドラの攻撃は、少年の進撃を止めるという意味では成功したと言えるかもしれない。爆心地かと思わせるような大穴の中心に、ディープパープルの輝きを全身に纏った少年が、超大型武器を構えて屹立していた。

『あれ――もしかして〈鬼包丁〉……?』

 空中から少年が握る武器を目にしたフリムは、我知らずそんな思考を垂れ流す。

 華美もへったくれもないあのフォルムには見覚えがあった。馬鹿げた大きさの片刃剣――確か銘は〈鬼包丁〉。フリムと少年の祖父であるトラディドアレスが愛用していた黒帝鋼玄のモード〈大断刀〉の前身となった、試作武器である。コンセプトを絞るための叩き台として試作されたものだが、結局は実戦で使われることなくお蔵入りになったはずだ。

『確かにちゃんと鍛えてあるらしいけど……』

 同時に試作型であるが故、手を抜かれている部分も多く、特に重量バランスが滅茶苦茶だと祖母レイネーシスマリアから聞いたことがある。そんなもの、武具作製士クラフターにしてみれば『武器未満の玩具』でしかない。

 だが、少年はその巨大さこそが必要だと判断したのだろう。確かに〈鬼包丁〉はその威力を発揮し、ヒュドラの首の一本を破砕してのけた。

 とはいえ――

『……なによあの威力……』

 たったの一合である。それだけで、あの巨大な蛇体が一瞬で弾け飛んだ。まるで尻の穴に爆竹を突っ込まれた蛙のように、あっさりと。

 全盛期の祖父アレスが使った〈大断刀〉でならともかく、試作型の〈鬼包丁〉で、しかも使い手があの少年だ。いくら支援術式によって身体能力が最大まで強化されていると言っても、限度というものがあろう。

 否、違う。しっかりしろアタシ、とフリムは自分に言い聞かせる。寝ぼけるな、目を醒ませ。今のように一撃でヒュドラの首が吹き飛ぶのを見たのは、これが初めてではないだろう。つい先刻、少年が押し潰される直前、【彼は素手で同じことをしたではないか】――

 その点については、フリムとはまた別の意味で、より激しく驚愕している人物がいた。

『――あれは……〝招龍勁〟……?』

 己が感覚を疑うように、アシュリーは呆然と呟いた。直後、そんな自分に対して否定の言葉を紡ぐ。

『いえ、そんな、まさか……』

 一挙に浸透し、内部から崩壊する――それはアシュリーにとって見覚えのある【壊れ方】だった。彼女の属する『蒼き紅炎の騎士団』には、今のベオウルフと同じ【壊し方】をする人物がいる。アシュリーと同じ〝カルテット・サード〟の一人だ。

 確か、〝招龍勁〟と呼ばれる技術だったと記憶している。

 敵の攻撃を受け止め、その威力を素通りさせるようにそのまま足元の大地――龍脈へと流し込む。すると大地は反動として同じだけの力を返してくるので、そこに自らの膂力を上乗せして打ち出す――確かそのような術理だった。

「龍脈の龍を呼び起こすから、即ち〝招龍勁〟ってな」

 とはその男の談である。

 ちょうどアシュリー自身が持つ〝サー・ベイリン〟の特殊能力と似ていたので、詳細を尋ねたことがあったのだ。

 しかし――

『――有り得ません……!』

 いけ好かない男ではあるが、【彼】は格闘士ピュージリストとして破格の達人だ。その彼をして「そうポンポン連発できるもんじゃないけどな」と言わしめた技術を、ベオウルフが修得しているはずがない。しかも、徒手ではなく剣で実践するなど。

『――SSSSHHHHRRRRRRRRRRRRRR!!』

 だが、理性による否定は、目に飛び込んでくる光景にあえなく打ち砕かれた。

 一度攻撃を打ち払ってから微動だにしなくなった少年に、ヒュドラが咆吼を上げ、再び躍りかかった。三本の首が三方向から、時間差をつけて突貫する。その動き、速度に躊躇いはない。少年が何をしてこようが力尽くで、自らの質量にものを云わせて叩き潰すつもりだ。

 しかし。

 アシュリーの十八番である〝絶対領域〟のごとく、ヒュドラの鼻先が間合いに入った瞬間、少年が動いた。

 高速。三連撃。

 電光石火の斬撃が閃き、テンポ良くヒュドラの三つ首が全て爆砕した。

 破壊の波は蛇頭から根元の本体部まで瞬く間に駆け抜け――しかし、そこで青白い〝膜〟に遮断される。威力の浸透はそこで堰き止められ、肝心の本体である〝眼球〟には届かない。

 やはりあの防御フィールドが最大の難関だ。あれを破らない限り、ヒュドラの本体部に確実なダメージを与えることは出来ない。

 地面に散らばったヒュドラの破片が、時を戻すかのように本体へ吸い寄せられ、再び長大な首を再生していく。こぼれた水が盆に戻っていくような光景にはもう見飽きてしまった。

『……っ!』

 ふと、アシュリーは我に返った。何を黙って傍観しているのだ、自分達は。フリムでさえ呆けたように動きを止めているのは、それだけ少年の復活とその強さが衝撃的だったことを暗に示しているのだが、今は戦闘中だ。生きてこの空間を出るかどうかの瀬戸際なのだ。

『――フリムッ! 呆けている場合ではありません! 私達も加勢に『いらない』いきま――えっ?』

 ルーターを介して短い言葉が割り込んできた。不可思議なことに、その声はひどくザラつくノイズにまみれていて、瞬時には誰のものなのかわからなかった。

 遅れて、それがベオウルフのものだと理解した。

 ――いらない……?

『ちょ――ちょっとハルト、アンタなに一人で『ぼくひとりでいい』ってだから突っ走ってるんじゃないわよあああもおおおお!! 待ちなさいよゴルァ!!』

 制止しようとしたフリムすら、まるで別人のごとき冷酷な声で振り切り、少年は再び駆け出した。

 紫紺の光条と化す。

 宙を行かず敢えて地上を走るのは、やはり龍脈を活用するためか。重戦車がごとく土煙を上げ、ヒュドラの本体めがけて突っ込んでいった。

『SSSHHHHAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 もはや物理攻撃では間に合わないと判断したのか、再生途中のものを除いた六本の蛇頭が鎌首をもたげ、大きく口を開く。

 一斉に熱閃が放たれた。

 対する少年の疾走は軽妙を極めた。直進していたコースが突然ジグザグに折れ曲がり、まるで震度計の波を描くようにして地面に突き立てられる熱と光の柱を回避していく。

 あっという間に懐へ潜り込んだ。

 鋭く突き刺すがごとき勢いで地面に左足を踏み込ませ、

『〈ヴァイパーアサルト〉』

 大上段に振り上げた〈鬼包丁〉に深紫のフォトン・ブラッドが絡みつく。ただでさえ長い刀身がさらに伸長し、烈光が蛇のごとくうねる刃と化した。

『〈ズィースラッシュ〉』

 二つ目の剣術式が追加発動。本来であれば短剣、小太刀といった軽量武器で放たれるべきものが、少年の常識外の制御によって強制的に走らされる。

 鞭のようにしなる斬撃がヒュドラの展開した青白い〝膜〟に叩き込まれた。光刃が一瞬だけ防御フィールドとせめぎ合い――喰い破られる。

 薄いビニールラップのように青白い〝膜〟が引き裂かれ、『Z』を描く軌跡に引っ掻き回された。歪みながら巻き取られ、千切れていく防御フィールドの隙間。少年はそこに体を無理矢理ねじ込み、どこまでも冷徹に術式を繰り出した。

『〈ドリルブレイク〉』

 地層を積むように深紫のドリルが幾重にも覆い被さり、膨張していく。回転速度が指数関数的に加速していく。〈ヴァイパーアサルト〉によって伸長し、十五重の〈ドリルブレイク〉を重ねた大剣が、ヒュドラの本体部に突きこまれた。

 少年の背中から、花が開くようにフォトン・ブラッドの噴射光が撒き散らされ――

 突撃。

 金属同士が擦れ合い、砕ける激しい音が轟いた。

 巨大なライフル弾と化した少年の体が、ドーム型のヒュドラ本体部の中へ埋没していく。

 荒れ狂うドリルによる突撃はあっという間に中央の〝眼球〟に届き、これを打ち砕いた。

『SSSSHHHHGGGGGGYYYYYYAAAAAAAAAAAAA――!?』

 ヒュドラの首が揃って断末魔の叫びよろしく耳障りな電子音を叫喚するが、しかし見かけでしかないことはもうわかっていた。

『――ベオウルフ! おそらくですがその〝フロアマスター〟には、そこの〝眼球〟以外にも九つの首全てにコアカーネルがあるはずです!』

 アシュリーが指摘し、

『そうよ! そこだけ潰しても意味ないわ! だからアタシ達とタイミングを合わせて――』

 攻撃しないと意味がない、とフリムが言いかけたその時。

『〈ズィースラッシュ〉』

 ヒュドラの本体部が内側から切り裂かれた。上面の装甲が破裂したように吹き飛ぶ。

『『――!?』』

 度肝を抜かれた。

 ちょうど直上から見れば、ドーム状になっている本体部の上面装甲に、巨大な『Z』の字が亀裂によって刻まれている。無論、そこから溢れ出ているのは深紫の輝きだ。

『――SSSSSSSHHHHHHHGGGGGGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――!?』

 先程のものに倍する絶叫が蛇の口から迸った。

 ヒュドラの体内に侵入した少年が、卵から孵る雛がごとく内部で暴れているのだ。ヒュドラの内臓とも言える内部機構が乱暴に掻き回され、亀裂の隙間から金属がへし折れ、叩き潰される音が間断なく響いてくる。その都度、ヒュドラの九本の首が悶絶するように身をくねらせた。

 さらには、

『〈ボルトステーク〉』

 十数本の稲妻の槍が装甲を突き破り、本体部の内側から剣山のごとく飛び出した。

 絶句するほど、凄絶な光景だった。

『『――……!』』

 熱のない声で苛烈な攻撃を繰り出し続ける少年の姿に、フリムもアシュリーも激しい違和感を禁じ得ない。

 別の人格がその身に宿っているとしか思えない言動と戦いぶりに、もはや二人は加勢することさえ出来ずにいた。

 ――あれは……あそこで戦っているのは、【誰なのですか】……!?

 錯乱しそうになる頭を必死に宥めながら、アシュリーは疑問する。あれは、本当に【あの】ベオウルフなのだろうか?

 まるで別人だ。傷付いた彼に何があったのかはわからないが、少なくともアシュリーの――否、姉貴分のフリムですら知らないであろう少年の顔が、そこにはあった。

 感情に流されることなく、冷酷に、容赦なく、機械のように戦う――冷たい狂気とでも呼ぶべき戦意が彼の全身に漲り、その魂までを支配しているようだった。

『KKKKKKRRRRRRRYYYYYYY!!』『GGGGGGGGRRRRAAAAAAAA!!』『RRRRRRWWWWWOOOOOOOOOWWWWWW!!』

 その時、再び飛竜と駆竜による猛攻が再開された。飛竜は空中のフリムに、駆竜は地上のアシュリーへと殺到する。そういえばニエベスからの反応がないが、どこぞで倒れてしまったのだろうか。ルーターで確認できるバイタルには変化はないようだが。

 ひとまず内心の驚愕を棚に上げ、アシュリーはドラゴンに応戦する。天地を問わず全方位から迫り来る竜の息吹を双曲刀でいなしながら、頭の片隅で思考を巡らし、ある可能性に思い至る。

 もしやあの少年は、未だ目覚めていないのかもしれない。意識が飛んだ状態で、しかし闘争本能に衝き動かされ、無意識のまま戦っているのかもしれない。そう仮定すれば、こちらの話が通じず、何の考えもなくただ力任せにヒュドラを叩き潰そうとしているのも納得がいく。

 納得がいくのだが――

『――有り得ません……!』

 先程と同じ言葉を、アシュリーは繰り返した。

 例え気絶していようとも、残った本能だけで狂ったように戦い続ける――そんなものは〝修羅〟の業だ。

 あんなにも頼りなくて、どう見ても勇者や英雄、それどころか戦士にすら見えない、あたふたとするばかりだった少年の中に、そんなものが眠っているなど到底信じられるわけがない。

 有り得ないのだ。

『――ハルト! ハルトッ! ねぇ聞こえてる!? ねぇハルトってば! 返事しなさ――お願いだから返事してよぉ! ねぇ!』

 飛竜を相手取りながら念話で叫ぶフリムの声。彼女もまた、己が内に生じる戸惑いや焦燥と戦っているのだろう。声音がひどく不安定だった。しかし、それも仕方のないことだ。先程から少年は、彼女の呼び掛けに一切応じていないのだから。

 やはり、昔からベオウルフをよく知っているはずの彼女でさえ、今の彼の状態は見知らぬものなのだ。

 ふと、ある仮説がアシュリーの脳裏を過ぎる。

 もしかすると、あれがベオウルフの本性なのではないか――と。

 少年の大人しく弱々しい性格は、あの尋常ではない闘争本能――凶暴性のカウンターとしてのペルソナなのではなかろうか。あまりに強すぎる破壊衝動を抑えるため、安全機構セイフティとして彼の気弱な人格が形成されたのだとしたら――?

 異常な強さと、それに反比例するかのような消極性――そう考えれば、あのチグハグさにも説明がつく。

 おかしいとは思っていたのだ。

 あの剣嬢ヴィリーや氷槍カレルレンでさえ、初見では戦いを回避することを選んだゲートキーパー〝ヘラクレス〟を単身で倒し、なおかつ『ヴォルクリング・サーカス事件』では首謀者であるシグロス・シュバインベルグを一騎打ちの上で破ったというのに。

 それほどの傑物が、何故あんなにも自信のなさそうな、乱暴に表現すれば『ヘタレ』としか言いようのない雰囲気を纏っているのか。

 だがそれも、暴力への渇望を抑え、周囲を傷つけないための【擬態】であったのならば、納得がいく。

「…………」

 次第にアシュリーの中で、ただの思いつきが確信へと変化していく。

 だが、しかし――

 あの惰弱さをカウンターウェイトと仮定しよう。ならば、一方が重ければ重いほど、もう一方もその重量が増すものだ。

 殴られようとなじられようと、小竜姫の名前を出されるまで無抵抗でいたあの少年である。逆に考えれば、あの腰抜けの仮面に抑制されてきた攻撃衝動とは、一体どれほどの規模になるというのか。

 アシュリーには全く想像がつかなかった。

 しかも、今はそのバランスが崩れてしまっている。

 となれば――

「――ッ!?」

 瞬間的に閃いた未来予想図に、矢も盾もたまらずアシュリーは叫んだ。

『い、いけませんフリム! ベオウルフを止めなければ! このまま放っておけば彼は――』

『――自爆するっていうんでしょ!? わかってるわよそんぐらいッ!』

 どうやらアシュリーと同じ思考の道筋で同様の結論を得たのか、フリムは叩き付けるように言い返した。口調が荒々しいのは、彼女もまた、頭を掻き毟りたくなるほど焦っているからだろう。

 抑制力であった理性が失われている今、ベオウルフは純粋なまでの破壊衝動の塊と化している。感情もなく計算もなく、ただ持てる力の全てを用いてヒュドラを潰そうとしている。そこに、我が身を守るという観念は無きに等しい。

 石が坂道を転げ落ちていくように、ストッパーを失ったベオウルフの凶暴性はなおも膨張を続けるだろう。

 挙げ句には、自身の命を犠牲にしてでもヒュドラを撃破しようとするに違いない。これは予測でも推測でもなく、ただの必然だった。

 それが、闘いの化身――〝修羅〟というものなのだから。

 アシュリーは瞬時に決断した。

『――ドラゴンは私が全て引き受けます! あなたはベオウルフを!』

『――っ!? ……っ……』

 ルーターの向こうで、フリムが驚愕に息を呑む気配。そんな無茶よ――そう言いかけて、無理矢理呑み込んだような沈黙が後に続く。

 アシュリーとて危険は承知の上だった。

 だが、おそらくはフリムも、自分がこう申し出ることを望んでいたはずだ。期待していたはずだ。そして同時に、おいそれと口には出せなかったはずだ。何故なら、それを頼むのは遠回しに「死んでくれ」と言っているようなものなのだから。

 しかしベオウルフを止めるには、地上を這うしかできない己より、宙を行けるフリムの方が適任だ。せめて〝ゼーアグート〟があればとも思うが、ないものねだりをしても始まらない。

 このまま闇雲に戦っていても活路は開けないのだ。どちらかがドラゴンを引きつけ、どちらかがベオウルフに正気を取り戻させるしか道はない。

 それはフリムにもわかっているはずだ。

 故に、躊躇いで時間を浪費する愚を犯さず、彼女もまた即答した。

『――ごめん任せた!』

 ヒュドラから少し離れた空中で飛竜を蹴散らしていたフリムが大気を蹴り、アシュリーのいる地上へ向けて疾走を始めた。

 滑空する燕のごとき軌道を描いて、真っ直ぐ斜めに突っ走る。

 無論、靴裏から〈エアーマイン〉を撒き散らすのを忘れない。置き土産の空中機雷に引っかかった飛竜が次々と爆発し、墜落していく。

 掬い上げるようなコースで駆竜と戦うアシュリーの直上を通過する瞬間、

『悪いわね! 帰ったら何かおごるわ!』

 そう言い残して、フリムは再び上昇軌道に入った。角度の浅いVの字を描くように、空中へ駆け上がっていく。

 トレイン・パス。

 引き寄せた飛竜の群れをアシュリーに押し付けて、フリムは少年がいるヒュドラの本体部へと向かったのだ。

 旋風のごとく走り去って行く背中に、アシュリーは剣を振るいながら激励の声をかける。

『そんなことより、あなたまで無茶をしてはいけませんよ! ミイラ取りがミイラになっては意味がないのですから!』

 通信の向こうでフリムが微かに笑った。

『アタシ、別にアンタの妹ってわけじゃないんだけど!』

『お黙りなさい! 無事生きて帰った暁には、あなたには放言のツケとして新しいエアバイク代の半分は持ってもらいますからね! ですから――ですからベオウルフと共に、必ず無事に戻ってきなさい! いいですね!』

 我ながら屈折した物言いだ、とアシュリーは内心で自嘲する。素直に心配していると言えばいいものを、と思わないでもない。だが、フリムとのこういったやりとりに、妙な小気味よさを感じている自分がいるのもまた事実だった。

 今は蒸発してしまっているベオウルフの甘さが乗り移ったのかもしれない。とにかくこの難局を乗り越え、ニエベス達を含めた七人全員で生還すること――それだけが今のアシュリーが抱く唯一無二の願いであり、その祈りこそが、彼女の戦意を挫けさせることなく支えていた。

『はいはいわかったわよ! ったく気にしないって言ってた――く、せ、にっ!』

 軽いノリだった声音が、最後の三言で真剣に切り替わる。長いツインテール――否、片方が解けて【シングルテール】になっている――を後ろに流し加速する姿が、放たれた矢のごとく遠ざかっていった。

 ――こちらこそ任せましたよ、フリム。ベオウルフをお願いします。

 胸の内で囁き、アシュリーは彼女の背中から視線を外す。

 見回すは、自分を取り囲むドラゴンの群れ。

『GGGGRRRRRRYYYYYYY!!』『PPPPGGGYYYYYYYYYY!』『VRRRRAAAAAAAAOOOOOOOOOWWWWW!!』『GGGGGRRRRRAAAAA!』『PPPPPRRRRRYYYYY!』『HHHRRRRRRRRRRRRYYYYYY!』

 単純に密度が倍以上になり、形も色も様々な竜種が敵意に燃ゆる眼でアシュリーを照準している。

 支援術式の効果時間、残り九〇セカド。

 いくら強化係数八倍の状態でも、これだけの数を捌ききれるかどうか。

 だが、やるしかない。

 アシュリーは蒼の曲刀二振りを握り締め、瑠璃色の双眸に鋭い眼光を宿す。

『UUUUUUUURRRRRRRRRYYYYYYYYYYYYY――!!』

 ムカデのごとき多足の駆竜が長大な身をくねらせながら突っ込んできた。土煙を上げながら大口を開き、獰猛な牙がアシュリーを噛み千切らんと迫る。

「――はぁっ!」

 後ろへ退くという消極的な選択をせず、アシュリーはむしろ駆竜へ向かって駆け出した。交錯の直前で左脚を強く踏み込み、跳躍する。通常の八倍の脚力によって遥か高い位置にあるムカデ駆竜の頭上を飛び越え、その背中へと着地する。装甲靴の底が鱗の上で硬い音を立てた。

『PPPPPRRRRRYYYYY!』『HHHRRRRRRRRRRRRYYYYYY!』『GGGGGRRRRRAAAAA!』『VRRRRAAAAAAAAOOOOOOOOOWWWWW!!』

 ずっと同士討ちを誘っていたせいか、もはやドラゴン達はそれを辞さず距離を詰め、ブレス発射体勢に入った。ムカデ駆竜ごとアシュリーを殲滅するつもりだ。

 一斉攻撃が来る。

「〝サー・ベイリン〟!」

 そうと察したアシュリーはムカデ駆竜の背を蹴って再び跳躍。胸の前で両腕を交差させ、宙返りを打つ。上下が逆さまになった視界の中、【間合い】にいるドラゴンの数を見極め、

「〝解放リリース――」

 サー・ベイリンに溜め込んでいた力を、ここで一気に解き放つ。

「――抜刀エンクロージャ〟ッッ!!」

 圧縮されていた術力が爆発すると同時、赤金の髪の少女は両腕を振るい、斬撃を繰り出した。

 解放された極光が剣閃と化し、嵐のごとく荒れ狂う。スパーク状の斬撃波が炸裂し、全方位にいるドラゴンの身を、ゼリーのごとく容易く切り裂いた。

『GGGGGRRRRRAAAAAA――!?』『UUUURRRRRRYYYYYYYYY――!?』『WWWWWOOOOOOOOOOWWWWWWW――!?』

 甲高い断末魔の叫びが連続で上がった。

 自ら放った極光の煌めきを浴びながら、少女はそのまま華麗に宙を舞う。

 しかし。

『GGGGGAAAAAAAAAAAAAA!』

 背後から雄叫び。咄嗟に視線を向ければ、そこには影のごとき漆黒の飛竜――闇黒竜が迫っていた。音を消し、気配を殺し、上空から急降下してきたのだ。

「――ッ!?」

 迂闊だった。過去の経験から竜種の中に隠密性の高いものがいることは知っていたのに。激戦の最中にあって、その存在を見落としていたとは。ベオウルフの〈イーグルアイ〉による共有俯瞰視覚さえあれば、事前に知れたものを。

 ――やられるっ……!

 だが、強化されている今の防御力なら即死はあるまい。いったん敵を引きつけつつ退避し、傷を回復しながら体勢を立て直さねば――と、瞬きにも満たぬ刹那で傷つく覚悟を決め、アシュリーは次にとるべき行動を即座に組み立てる。

 次の瞬間、闇黒竜の剣のごとく鋭い爪が、猛然とアシュリーの背に突き刺さ

 らなかった。



『――やっと見つけましたですよ!』



 突如、聞き慣れた声が脳内に飛び込んできた。

 同時、視界の端に一条の迅雷が閃く。

「――!?」

 音もなく奔る【濃紺の稲妻】。それがアシュリーの視界に飛び込んできた。転瞬、

「ガルァッ!!」

 野獣の哮りを放った雷光がアシュリーの右横をすり抜け、背後に迫っていた飛竜の胴体を砲弾のごとくぶち抜いた。

『GGGAAAAAAA――!?』

 腹に風穴を空けられた漆黒の飛竜が、ひとたまりもなく活動停止シャットダウンシーケンスに入る。

 竜の鱗と肉と骨。それらを貫通した際に抵抗を受け、結果として速度の落ちた迅雷が、空中で人の形を取り戻す。

 ネイビーブルーのウルフカット。ペルシャンブルーの双眸。頭の上部からピンと生えた【狼の耳】に、【毛むくじゃら】になった藍色の四肢。人のものとは思えぬほど鋭利な爪が伸びた両手に握られているのは、ランスかと見紛うほど長大なエストック。

 獣人の剣士――そうとしか呼べない存在がそこにはいた。

 変貌者ディスガイザー

 特殊な〝SEAL〟を持ち、その力で【人ならざるもの】に変身できる特異体質者をそう呼び称す。

 フォトン・ブラッドに含まれる『現実改竄物質』の力で己が肉体を変貌ディスガイズさせ、通常ならば有り得ない形へと作り替えてしまう特殊な人種だ。その形状は人によって千差万別。獣や魔物そのものになってしまう完全ジェニワン型の者もいれば、ここにいる獣人のように混合ハイブリッド型の者もいるという。

「グルルルル……!」

 蒼のショートジャケットを来た獣人が低く唸った。例え半分程度でも獣と化した変貌者は、声帯の構造が変わることもあって人語が話せなくなることも多い。

『無事でありますですか、アシュリー!?』

 だが【もう一つのルーター】から伝わってくるのは、明るく元気な少女の声。念話による通信であれば、変貌者であろうと問題なくコミュニケーションがとれるのだ。

 くるり、と身を回転させて見事に着地を決めたアシュリーは、しかし声を発する間もなく全方位から発射されたドラゴンブレスのことごとくを〝絶対領域〟で斬り払う。呼吸するように死の吐息を退けたアシュリーは、それからようやく忽然と現れた獣人に声をかけた。

「――ゼルダ……!? あなた、何故ここに……!?」

 驚きのあまり、思わず声が上擦ってしまう。

蒼き紅炎の騎士団ノーブル・プロミネンス・ナイツ』の〝カルテット・サード〟が一人――〝疾風迅雷ストーム・ライダー〟のゼルダ・アッサンドリ。

 藍色の獣人の正体こそ、まさしくその人であった。

 同じく猫のように軽やかに着地したゼルダは、狼と人間の特徴が融合した顔で、にぱ、と人懐っこく笑った。

『何を言ってるですか! 助けに来たに決まっていますですよ! ほら、みんなも来ていますですから!』

 相も変わらずおかしな言葉遣いで、行儀悪くエストックで南の空を示す。

 つられて振り仰ぐと、崩れたビルが連なる山脈の遠く彼方に、ここからでもよく見えるほど巨大な蒼い火柱が、天を焼き焦がしていた。

 アシュリーがあの蒼炎を見間違えるわけがない。

「ヴィクトリア団長……」

 呆然とその名を呟く。

 剣嬢ヴィリー。他でもない、アシュリーが剣を捧げた主の象徴ブレイジングローズが、そこには咲いていた。

『ここへ来た時に分断されたみたいですけど、多分あっちには副団長達がいますですよ』

 そう言って、ゼルダは今度は西の方角へエストックの切っ先を向けた。

 すると、そちらには陽光を浴びて輝く真紅の氷の大樹が屹立している。

 一体いつの間に――と驚く。目の前の戦闘に集中し過ぎて、戦場以外の場所の変化に全く気付いていなかった。

 あれこそ、氷槍カレルレンの血氷――〈ユグドラシル・エーリヴァーガル〉。『ヴォルクリング・サーカス事件』で見せた、普段は戦闘指揮に徹する副団長の本領だ。

 蒼い火柱や、真っ赤な氷樹の周囲を飛び回っている羽虫のような影は、おそらく飛竜だろう。仲間達がこの空間へ来ることによってドラゴンがポップし、戦闘に入ったのだとアシュリーは察した。

『自分はアシュリーが心配だったですので、こうして一足早く駆けつけた次第であります。本当に無事で良かったですよ!』

 ほっと胸を撫で下ろすように安堵の思考をこぼしながら、しかしゼルダは油断なくエストックを構え、周囲にペルシャンブルーの視線を振りまく。

 飛竜も駆竜も、まだまだ残っている。本来ならば一息吐いていられるような状況ではないのだ。

 しかし、ゼルダと同じくサー・ベイリンを構えて警戒しながら、アシュリーの口元がどうしようもなく笑みを形作っていく。

 ――仲間が、来てくれた……!

 ――緊急信号が、届いていた……!

 まず届くまいと思いつつも、一縷の望みを託して発し続けていたルーターの緊急信号。よしんば届いたとしても、あのような怪しいゲートを前に仲間達は来てくれないだろうと頭のどこかで諦めていた。

 なのに。

 来てくれた。

 危険を省みず、ナイツの皆で救助に来てくれた。

 その事実に、ぐっと胸が熱くなる。

 実質的には、この場に増えた戦力はゼルダ一人だけだ。だが、同じ空間に他の仲間達も一緒にいる――それだけでもう、目に映る光景すらその色合いを変えたかのようだった。

 きっと〝カルテット・サード〟の残り二人も来てくれていることだろう。皆がいれば百人力、否、千人力だ。アシュリーの胸に、温かな水が注がれるように安心と喜びが満ちていく。

 この戦い、勝てる――アシュリーはそう確信する。

 ナイツの皆がいれば、ドラゴンであろうがフロアマスターであろうが、何するものぞ。

 必勝の予感が、アシュリーの全身により一層の力を漲らせた。

 少女二人は背中合わせに立ち、互いの死角を補い合う。

『――礼を言います、ゼルダ。色々と聞きたいことはあるでしょうが、とにもかくにも、ここを乗り切ってからです。どうかあなたの力を貸してください』

『がってん承知の助でありますよ!』

 快活な応答が実に心地よい。アシュリーは笑みを深め、自らを鼓舞するための言葉を叫ぶ。

「――我が名は『蒼き紅炎の騎士団ノーブル・プロミネンス・ナイツ』が騎士、〝絶対領域ラッヘ・リッター〟のアシュリー・レオンカバルロ! 我が同胞〝疾風迅雷ストーム・ライダー〟のゼルダ・アッサンドリと共に――推して参るッ!」

「ガルァアアアアアアアアアッッ!!」『がおー!』

 喋れないゼルダの代わりにアシュリーが名乗りを上げ、それに応じて藍色の獣人が獰猛な咆吼を放つ。

 威風堂々と仁義を切った二人の騎士は、同時に地を蹴って飛び出した。

 蒼の双曲刀が、鋭い刺突剣が、猛威を振るう。



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