リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●22 天地の主、蛇の王ここにあり







「……これは……!」

 思わず喉から呻きが漏れた。

 こうして近付いて見ると、確かにニエベスの言っていた通り、ひどく大きく見える。

 朽ちた都会の真ん中にぽつんとある、自然公園のような開けた空間。

 そこに鎮座する双頭蛇の巨像の足元――腹元?――に立った僕は、喉を反らしてその威容を見上げていた。

「ここまで近寄っても微動だにしないってことは、やっぱり直接触るのが起動条件なのかしら?」

 同じく、僕の右横に立って巨大な石像を仰ぐフリムは、けれど相変わらずの軽い調子で首を傾げた。この従姉妹、叔母のお腹に恐怖心を置き去りにして生まれてきたのではなかろうか、と時々思う。

「先程、あなた達はこのフロアマスターのどのあたりに触れたのですか?」

 フリムを挟んで向こう側に立つアシュリーさんが、さらに隣のニエベスに問い掛けた。お互いに不本意なハプニングが起こって以降、必要以上に距離を取られている気がする。致し方ないことだとは思うけれど。

「た、確か、あのへんに祭壇みたいなのがあってよ……」

 彼の指差す先へ目を向けると、なるほど、確かに黒い石造りの祭壇のようなものが見えた。

 現在、この場にいるのは僕ら四人だけである。

 他のメンバー――つまり赤コート、鼻ピアス、ノッポの三名には、先程の廃トレーニングジムで待機してもらっている。赤コートは自前のブラッド・ネクタルを飲んでもまだフラフラしていたし、鼻ピアスは傷は癒えてはいたけど体の芯に喰らったダメージが深すぎて、無理をさせるのは禁物だった。唯一、体調に問題がなかったノッポにも、いざという時のために二人についていてもらうことになった。

 よってフリム、アシュリーさん、ニエベス、そして僕の四名だけで、この場所までやって来たのである。

 何のために? そんなのは決まっている。

 このゲートキーパーを――否、〝フロアマスター〟を倒すためだ。

「――ちょっと、この祭壇、何か書いてあるわよ?」

「どれですか?」

 祭壇前に移動した途端、フリムが目ざとく何かを見つけた。すぐさまアシュリーさんが覗き込み、その内容を確認する。

「こ、このへんを適当にベタベタ触ってたら、急に動き出しやがってよ……」

 出発してからずっと気になっていたのだけど、何故かさっきからニエベスはビクビクしっぱなしで、妙に挙動不審になっている。最初はフロアマスターが怖いのかもと思っていたのだけど、どうやらそれだけではないらしい。僕やフリム、アシュリーさんに向ける視線にまで、怯えの感情が入り混じっているようだった。

 ――ああ、なるほど……

 気付いてみれば、さもありなん、と察するしかない。

 さっきのドラゴンの群れとの戦闘で、僕は我ながら大暴れしたように思う。そういえばニエベスが駆竜にやられそうになっていたところを助けたときも、彼は恐怖に歪んだ表情で僕を見ていた気がする。そして、アシュリーさんには耳を切り飛ばされているし、フリムとも色々とあったはずだ。

 それを思えば、彼の態度も納得せざるを得なかった。

 あわよくば、これで僕への逆恨みとか報復とかも諦めてくれるといいのだけど……

 と、目の前の絶望をあえて無視して少し先の希望を見つめていると、

「……これ以上ないほどのヒントが、ここに書かれているではありませんか」

 ふぅ、と溜息混じりに呟いたアシュリーさんが、じろり、と横目でニエベスを睨めつけた。

「げっ……!?」

 嫌なものを見つけられてしまった、という風にニエベスが呻く。

「何て書いてあるのよ?」

 黒曜石で出来ているらしき祭壇――その上に置かれているこれまた漆黒のプレートを、アシュリーさんの横からフリムが覗き込む。互いに肩をくっつけあいながら一緒に祭壇を見つめる形になったけれど、意外なことにアシュリーさんは特に嫌がる素振りも見せず普通に受け入れていた。あの悲しみしか生まなかった『裸の付き合い』事件が、二人の仲を親しくさせる結果を呼んだのなら、不幸中の幸いと言う他無い。少なくとも、僕の苦労だけは報われた感がある。

「かなり古いフォントと言語ですが――天地の主、蛇の王ここにあり。その目覚めは世界のうねりを呼び、その滅びは世界の終わりを示す。勇猛なる者よ、世界の覇権をかけて戦え。さすれば叡智が与えられん……要約するとそういった内容が書かれています」

 黒い石版に刻まれた見慣れない文字列を、アシュリーさんはスラスラと読み上げた。〝SEAL〟に翻訳アプリを入れているのか、自前の知識なのかはわからないけれど、流石はトップ集団に属するエクスプローラーである。僕もフリムも、一見しただけではその文字列がブレイクダンスをしているミミズにしか見えなかった。

「よ、読めるわけねぇだろそんなの! 俺達はもうエクスプローラー廃業してたんだからよぉ!」

「でしたら、なおさら気をつけるべきだったのです。こんな街中にこのような場違いなものがあるのですよ? 少しでもおかしいとは思わなかったのですか。いえ、思わなかったから触ったのでしょうけれど」

「うぐっ……」

 アシュリーさんの繰り出す正論と皮肉に、ぐうの音も出ないニエベス。

「――ってことはアシュリー、アンタの読み通りみたいね」

「ええ、確信が深まりました」

 隣り合って立つフリムとアシュリーさんは、揃って祭壇から双頭蛇の巨像を見上げた。

「ここにある『その滅びは世界の終わりを示す』の記述通り、このフロアマスターを倒せば、仮想空間は解除されるはずです。そうなれば、私達は元の場所へ戻ることができるでしょう」

 自信を持って断言するアシュリーさんにつられて、僕も〝フロアマスター〟――ウロボロスの巨体を仰ぐ。

 頭がある位置までの高さは、五〇メルトル前後だろうか。ちょっとしたお城ぐらいの大きさはある。

 その形は話に聞いていた通り、一言で言えば、頭を二つ持つ長大な蛇の石像。しかし僕はてっきり、本来なら尾になる部分がもう一つの頭になっているものと思っていたのだけど、そうではなかった。実物を見てみると、二匹の蛇が尻尾の先を融合させ合った形状になっている。そんな、微妙に双子に成り損なった蛇二匹が銘々にとぐろを巻き、左右対称のポーズをとって地上を睥睨しているのだった。

 ニエベスの話では全長一〇〇メルトル以上と聞いていたが、確かにこの双頭蛇が体を伸ばせばそれぐらい――いや、下手をすればもっとあるかもしれない。それほど巨大だった。

 それにしても、普通の――いや、こういうものに普通も何もないとは思うのだけど――像と違うのは、やはりゲートキーパーらしくシルエットが機械型のそれだというところだ。

 これまで僕が直接目にしてきたゲートキーパーは、ボックスコング、海竜、ヘラクレスの三体。そのどれもが通常のSBのような生体型でも、ましてやルームガーディアンのような半機械型でもなく、完全無欠のロボットそのものだった。このウロボロスとて、そこは例外ではない。

 しかも、二匹の蛇の接合部分は大きく膨らんでおり、何やら一回り大きい球体と化している。これはニエベスからの情報にはなかった特徴だ。その球体はウロボロスの頭部よりも大きいようで、どう見ても怪しさしか感じられない。

「あ、あの、アシュリーさん、あれ……」

「――ええ、あの部分は気になりますね。〝作戦〟に修正が必要です」

 もし眼鏡でもかけていたらクイっと押し上げただろうか。僕が件の球体を指で示すと、アシュリーさんは冷徹な眼差しを向けて端的に告げた。

 作戦。

 当たり前だけど、僕達だって無為無策のままここに来たわけではない。戦力にならないだろう三人を置いてこの四人で来たのも、ちゃんと考えあってのことなのだ。

 僕らはアシュリーさんの主導の下、敵の懐深くという、よく考えなくてもとんでもない場所で追加の打ち合わせを行った。

 現在、僕ら四人はニエベス達が使用していたルーターを用いて即席のパーティーを結成している。あの三人を待機させるとなった以上、余っているルーターを使わない手はなかった。

 なにせ僕達は、これからたった四人で、ゲートキーパーを超えるだろうゲートキーパー――〝フロアマスター〟に戦いを挑むのだから。

 使えるものはとことん使い、打てる手はとにかく打つしかなかった。出し惜しみして勝てる相手ではないだろうし、少しでも手を抜いて死んだ日にはひどい未練が残ろうというものだ。

「――これで以上です。色々と言いましたが、いざ戦いが始まればあとは臨機応変に対応していくしかありません。アドリブの連続になるとは思いますが、得てして戦闘とはそういうものです。心してかかってください」

 事前に作戦会議で決めていたことの修正点を列挙すると、アシュリーさんは極ありふれた物言いでもって打ち合わせを手短に終わらせた。既にその両手には愛用の曲刀〝サー・ベイリン〟が握られている。よく見ると、僅かながらその手が震えていた。武者震いなのか、それとも――

「ま、鬼が出るか蛇が出るか――って、もう蛇ってのは確定してたわね。なんにせよ、どうせ行き当たりばったりだっていうのは同感よ。さっきも言ったけど、ここは【隠しステージ】なんだから」

 肝っ玉がすわっているフリムは、逆にあっけらかんと言い放つ。こんな時でも口元に笑みを浮かべているのは、我が従姉妹ながら尊敬に値すると思う。それはきっと虚勢ではなく、実際に彼女の長いツインテールには戦意が充満し、今にもそれ単体が動き出しそうなほど力が漲っていた。彼女はここにいる誰よりも信じているのだ。僕達四人の勝利を。

「な、なぁおい……ま、マジか? マジなのか? ほ、本気で俺らがやんなきゃなんねぇのか?」

 一方、この期に及んで諦めが悪いのがニエベスである。ここまで来て何を言っているのか――という感じではあるが、しかし僕も正直、少し同調する部分はあるので何とも言えなかったりする。

 全身で『戦いたくない』と主張するニエベスに、フリムが呆れ顔を向けた。

「まだ言ってるのアンタ? ここまで来たんだからもう腹くくりなさいよ。さっきアシュリーが言ってたじゃない」

 ここで彼女は、隣のアシュリーさんにアメジスト色の瞳を向ける。無言のパスを受け取ったアシュリーさんはニエベスに向き直り、作戦会議の時にも告げた言葉を繰り返した。

「――先程も言いましたが、この空間に救助が来る可能性はほぼゼロです。私のルーターはゼルダ――仲間との接続設定を維持していますが、未だ通信は回復していません。緊急救難信号が届いているかどうかは不明ですし、届いていたところで私が第一一一階層にいることを特定できるかどうかもわかりません。例えログを辿ってこの階層に到達できたとしても、あの見るからに怪しいゲートです。まともなエクスプローラーならまずもって飛び込みません。それこそ、長大なトレインに追われでもしていない限りは」

 冷静に落ち着いて、氷みたいな顔と声で現状分析を述べるアシュリーさん。こんなわかりきったことを何度も言わせないで欲しい――と、半ば棒読みっぽく言い放った態度が、言外にそう言っているかのようだった。

「…………」

 その【長大なトレイン】の原因の一人でもある僕としては、微妙な顔をするしかない。確かにアシュリーさんの言う通りで、僕とフリムだってトレインに追われてさえいなければ、ほぼ間違いなくあの黄緑のゲートに飛び込もうとは思わなかったはずだ。別に自分がまともなエクスプローラーだと主張するつもりはないけれど。

「で、でもよ! 一日! 一日ぐらい待てば、もしかしたら助けが来るかもしれねぇだろ!? なっ!?」

 藁にもすがる思いなのか、ニエベスは必死に食い下がる。けれど、この問答とてさっきの繰り返しなのだ。

 はーやれやれ、とフリムが溜息混じりに肩を竦める。

「だから、その間の食料はどうするのよ? 携帯食料はもうほとんど底をついてるのよ? 無駄に時間を浪費して、挙げ句に空腹で本領発揮できずに負けました――じゃあ洒落になんないじゃない」

 実を言うと、僕とアシュリーさんはそれなりの量の非常食をストレージに入れてあったのだけど、普段あまりエクスプロールをしないフリムやニエベスらは、そういったものを一切用意していなかった。故に、出発前に一回食事をとっただけで、手持ちの食料がほとんどなくなってしまったのである。残っているのはチョコレートや飴、ビスケットといったものが少量のみ。人数を考えれば、せいぜいがあと一回、食事ともいえない食事がとれる程度だった。

「け、けどよ、く、食い物なんかそこらを探せば……」

「ありません。それは確認済みです」

 勢いが落ちたニエベスの抗弁に、アシュリーさんが断言する。

「おそらくはそのあたりも考慮されたデザインなのでしょう。この空間に野生動物や魚は存在しません。また、植物も人間が食べられる種類は見当たりません。要は長居させる気がないのですよ、ここを作った人間は。通常のルナティック・バベル内もそうですが、この軌道エレベーターは中で人が生活できないよう計らっている節があります。もしかしたら、と期待するだけ無駄です」

「ま、マジかよ……」

 儚い希望が、圧倒的な正論の前に消え失せていく。がっくりとニエベスの肩が落ちた。

 この朽ちた街には水だけは豊富にあるけれど、アシュリーさんの言う通り、食料になりそうなものは何一つなかった。植物などは無理をすれば食べられないこともないのだろうけど、それでお腹を壊してしまった日には本末転倒だ。

 助けが来る可能性は限りなく低く、それを待つにも物資がまるで足りない。

 よって、僕達はごく短期間のうちにフロアマスターへ戦いを挑み、勝利するしかないのである。

「納得できましたか? それでは各自、配置について下さい。合図は私が出します」

「オッケー」

「はい」

「くそが……!」

 あっさり論破されたニエベスを含め、アシュリーさんの指示に僕達はめいめい頷いた。

 祭壇の前で散開。僕は〈シリーウォーク〉、フリムはスカイレイダーで空へ駆け上がる。僕らの担当はウロボロスの双頭だ。僕は右、フリムは左の顔に向かって移動した。

 空中、僕の身長の三倍ほどはある巨大な顔の前に立つ。石で形作られた蛇面は獰猛な顔付きで、虚空を睨んでいる。薄く開いた口からちろりと顔を覗かせる細長い舌は、けれどそこに人間一人が立っても大丈夫なほどに長く大きい。

 僕はストレージから祖父の形見の一つ、全長二メルトルほどの両手大剣ツヴァイヘンダーを取り出す。柳葉刀と十文字槍クロススピア、それにいくつかの武器はドラゴンの群れとの戦いで破損してしまって、今では使い物にならない状態だ。まぁ、白虎の〈如意伸刀〉だって〝アブソリュート・スクエア〟状態での負荷に耐えきれなかったのだから、これは当然の結果である。武器の予備はあといくつかあるし、その中にはそれなりの【逸品】があるけれど、多分それを使う機会がくるのは今より後だと思う。

 柄と、刀身の根元にあるリカッソを握り、両手で白銀の大剣を構えた。この武器は長巻の形状をしていた黒玄と扱い方が似ている。そのせいかどうかわからないが、何だか久々な気分で切っ先をウロボロスに向けた。

『各々配置につきましたね。準備はよいですか?』

 空中の配置――僕はウロボロスの右の顔前。フリムは左頭の真上。

 地上の配置――アシュリーさんは先程見つけた、二体の蛇の融合点である球体の前。そしてニエベスはそこから後方へ離れ、遊撃の位置に立っている。

 僕ら三人が肯定の返事をすると、地上のアシュリーさんは一つ頷き、

『――では、各術式の展開をお願いします』

 その指示に従い、僕は支援術式を展開。まずルーターを介して〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉を他の三人に。フリムとニエベスには強化係数が二倍になるように。アシュリーさんにだけは八倍になるよう発動させる。これはアシュリーさん本人からの希望だ。

 廃トレーニングジムにおける事前作戦会議において、アシュリーさんはこんなことを教えてくれた。

「私は――というより、我がナイツのメンバーは支援術式の加護を受けた上で、十全に動けるよう訓練しています。現在、私が適応可能な強化係数は八倍ですから、ベオウルフ、私にだけはそこまでの重ね掛けをお願いします」

 話を聞くと、どうやらカレルさんが打ち出した方針らしい。なにやら、

「これからは支援術式が必須となる時代が来る」

 と言って『蒼き紅炎の騎士団』全員に、身体能力が数倍になっても本領を遺憾なく発揮できるよう訓練を指令したのだとか。

 アシュリーさん以外の人の適応強化係数については機密になるので教えてくれなかったけど――やはり、あのヴィリーさんやカレルさんも、支援術式で能力を強化して戦えるようになっているのだろうか。あれほどの人たちがそんなことをしたら、一体どれだけ強くなるのか全く想像がつかない。というか、むしろあの人達に支援術式なんて必要あるのだろうか?

 ちなみにフリムとニエベスについては、

「多分、二倍ぐらいならいけるんじゃない? うん、いけるわよ、絶対」

 多分と言った次の瞬間には『絶対』とナチュラルに変わっているあたりが、相変わらずのフリムである。

「お、俺も二倍なら、なんとかよ……マナッドの奴に、強化してもらったことが何度かあるからよ……」

 ニエベスはあまり僕と目を合わせようとせず、視線をあちこちに彷徨わせながら、一応は質問に答えてくれた。

「敵は強大ですが、私達は四人しかいません。となれば、支援術式による強化で能力を上げるしかありません。私が八人分、ミリバーティフリムと彼で四人分。これでエクスプローラー十二人分がまかなえます。そこにベオウルフ、あなたの力が加われば――理論上は勝てるはずです。あくまで、【理論上は】、ですが」

 少なくとも支援術式によって僕ら四人の総合力をクラスタ単位まで引き上げることが出来る、とアシュリーさんは語った。

 数瞬で回想を終えた僕は、続けて自分自身に対して身体強化フィジカルエンハンスの支援術式を同時発動する。〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉、〈フォースブースト〉のフルエンハンス。ひとまずの強化係数は一二八倍だ。

 それに合わせて、さらに〈イーグルアイ〉を四体放ち、周囲に散開させる。これだけ巨大な敵と戦うのだ。視野は広く、視点は多い方がいい。皆にも共有情報としていつでも参照できるよう、〝SEAL〟の設定をする。

『――術式の展開を確認しました。では、これが最終確認です。これから目標〝ウロボロス〟に攻撃を仕掛け、戦闘を開始します。心の準備はよろしいですか?』

 几帳面に確認するアシュリーさんの質問に、胸の鼓動が跳ね上がる。良い意味ではなく、悪い意味で。ただでさえ緊張していた全身に電流が走り、喉に渇きを覚えた僕は、ごくり、と生唾を嚥下した。

 ハヌやフリムみたく心の準備を整える前に火蓋を切られるのも困るけれど、こうして確認されたらされたで、やっぱり返答に詰まってしまう。

 ほんの一瞬だけ躊躇すると、すかさず先を越された。

『いいわよー』

『か、かかってこいやぁ!』

 軽く応じるフリムに、気合で恐怖を誤魔化すニエベス。

 そうだ、支援術式の効果時間は三ミニトしかないのだ。心の準備なんかで無駄に浪費するわけにいかない。

 思いっきり息を吸い込んで、腹に力を込める。

『――いけます!』

 返事をするのがルーターを介した念話でよかったと心底思う。肉声だったらきっと裏返って変な声になっていただろうから。

 僕達三人の返事を受け取ったアシュリーさんは、果たして力強く頷いた。

『では作戦通りに行きます。――三、二、一、』

 カウントダウンが始まる。剣柄とリカッソを握る手に力が籠もる。心臓が喉から飛び出しそうなほど緊張する。戦意を昂ぶらせてそれをどうにか抑制する。歯を食いしばって眉間に皺を寄せる。そして、

『――今ッ!』

 鋭い号令が放たれた瞬間、いくつものことが同時に起こった。

「〈ドリルブレイク〉ッ!」

 僕が剣術式を発動させ、

『ドリル・クラッシュ』

 フリムのスカイレイダーが合成音声を吐き出し、

「〝サー・ベイリン〟――解放抜刀リリース・エンクロージャッ!」

 アシュリーさんが刀身に内包された術力の解放コマンドを叫んだ。

 三人同時攻撃。

 刹那、未だ石像のままのウロボロスに、猛然と二つのドリルとショーテルの切っ先とが突き刺さった。

「――ッ!!」

 背中からフォトン・ブラッドが噴き出し、僕は一発の弾丸と化す。激烈に回転する深紫の螺旋衝角がウロボロスの右顔、その眉間を抉った。さほどの手応えもなくドリルは突き進み、瞬く間に皹が走って石の蛇頭が砕けていく。

 そのまま一気にぶち抜いた。

 巨蛇の顔が粉々に砕け、瓦礫が飛び散る中を僕は突っ切る。

 そうしながら〈イーグルアイ〉の視覚へ意識を傾けた。フリムの『ドリル・クラッシュ』もまた、ウロボロスの左の頭を上から下へ貫き、破壊している。アシュリーさんの〝サー・ベイリン〟は事前に封入した僕の〈フレイボム〉のエネルギーを一挙に放出し、双頭蛇の接合部を爆砕していた。

 ――これで……どうだ!?

 フロアマスターが起動する前の奇襲――これが第一の作戦だった。

 運が良ければ、これで終わりだ。哀れ、この空間で何百年も待ち構えていたであろう双頭の蛇は、しかし一度もまともに戦うことなく滅び消えることになる。

 固唾を呑んで見守る中、三点同時破壊によって、城と見紛うほど大きな石像が砂上の楼閣のごとく崩壊していく。

 だけど――

『――やはり……!』

 ルーターが形成したローカルネットに走る、アシュリーさんの戦慄の声。

 やっぱり世の中、そう易々と思い通りには運ばない。

『【まだ】ですっ! 【目覚めます】よ――!』

 彼女のサー・ベイリンの〝解放抜刀〟が吹き飛ばした接合部の球体。粗挽きにされたように散らばっていく破片の中から――唸るほど馬鹿でかい、青白いコンポーネントが姿を現した。

「――!?」

 思わず目を見開く。ふざけるな。なんだその大きさは。もしかして――いや、どう見ても……ヘラクレスのものよりもでかいんじゃないのか……!?

『……ッ!?』

 それを一番間近で見ているアシュリーさんが、鋭く息を呑む気配。

 直径八メルトルはあるだろうコンポーネントが、空気に触れた端から具現化を始めた。眩いほどの青白い輝きを放ち、周囲に光が溢れる。燐光が一瞬にして巨大な石像の表面を駆け巡った。

 途端、爆散しようとしていた石像の破片が、しかし時が止まったかのごとく静止した。否、それどころか、空中に浮いたまま元の位置へと引き戻されていく。

 僕とフリムが破壊した双頭も同様だ。あっという間に青白い光に包まれたかと思うと、時間の流れが逆になったかのように再生していく。

「――まさか……!?」

 この時になって、僕はようやく悟った。

 僕達は勘違いをしていたのだ、と。

 フロアマスターが石化状態で待機スリープしているのではなかった。

 巨大な石像はただの媒介に過ぎず、本体はコンポーネントの状態で内部に潜んでいたのだ――と。

『――ちょっと、嘘でしょ……!?』

 流石のフリムも、わずかに声音を硬くする。

『……お、おいおいおいおいおいおいおい……!?』

 他に言葉が思い浮かばずとも、何かしら口に出していないと正気が保てそうになかったのか。ニエベスがしつこいほど『おい』を繰り返す。

 無論、これだけで活動停止シャットダウンできると本気で考えていたわけではない。むしろ、そうでない可能性の方が高いと想定はしていた。

 だけど、こうも考えていたのだ。

 少しぐらいはダメージを与えられるはず――と。

 しかし。

 巨像はフロアマスターの本体ではなかった。奴がこの世界へ具現化するための【依り代】でしかなかったのだ。

 よって、僕達の同時攻撃は全くの無駄だった。ただ石像を壊しただけで、奴本体には何の痛痒も与えられなかったのだから。

 そして今、奴は有り余る力で【依り代】を再生し――

 立体的なパズルが完成した瞬間、ニエベスから聞いていた話の通りに石像の色が変化した。水面に波紋が広がるように、黒灰色だった表皮に、禍々しい色合いの玉虫色が浮かび上がっていく。

 それは奇しくも、毒々しい紫を基調にした色だった。僕のフォトン・ブラッドに似て非なる色合い。触っただけで指が腐り落ちそうなほどの異彩。

 ウロボロスが、目を覚ます。



『VVVVVVVVVVRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOOOOOWWWWWWWW――!!』



 四つの目から金色の光が放たれ、蛇の王が巨躯を反らし、二つの口が天高く雄叫びを上げた。

 大気が鳴動する。

 高周波と低周波の入り交じった不可思議な電子音が空間内に響き渡ると――次の瞬間、無数の青白いコンポーネントが、星屑のごとく空と大地に次々と湧出ポップした。

 今更驚くこともない。それらは全て、直径二メルトルを超える竜の卵だということを僕らは知っている。

 中空に忽然と現れた情報具現化コンポーネントが、一拍の間を置き、一斉に実体化する。

『UUUURRRRRRRRRYYYYYYYYYYYYYY――!』『GGGGGGYYYYYYAAAAAAAAAA――!』『WWWWWWOOOOOOOOOOOOOOOOOOWWWWWW――!』『GGGGGRRRRRRAAAAAAAAAA――!』『PPPPPPPPPGGGGGGGGGGYYYYYYYYYYY――!』

 咆吼ウォークライの合唱が高らかに鳴り響いた。

 色とりどりで形状も様々な飛竜と駆竜が全方位に出現し、僕達を取り囲む。

 数はざっと見ただけでも四十体を超えていた。

 空気の密度が濃くなり、鉛のごとく重くなったような錯覚を得る。

 数十体の下兵類トルーパードラゴンを従える機械型の蛇の威容は、もはや噂に聞く将星類ジェネラルドラゴンにも匹敵する存在感を放っていた。

『――これは想定内です! 狼狽えてはなりません! 作戦通りにいきます! 私達はドラゴンを! ベオウルフはウロボロスを!』

 自らを奮い立たせるように、アシュリーさんが鋭く叫ぶ。

 彼女の言う通り、この展開は想定済みだ。奇襲が失敗した場合、ウロボロスが再び竜を呼び出すことは目に見えていたのだから。

 ただ、初手が完全な空振りに終わるとは、流石に思ってはいなかったけれど。

『――ったく本当に〝隠しステージ〟ね! どんだけドSだったのよ、ここの設計者デザイナーは!』

 台詞の割にはどこか楽しげに――自棄になった様にも聞こえるけど――フリムが吐き捨てた。既にその手に握った白銀の長杖〝ドゥルガサティー〟と漆黒のブーツ〝スカイレイダー〟には、彼女のフォトン・ブラッドが充填されている。『マキシマム・チャージ』の音声と共にフリムの〝SEAL〟から飛び出した紫の光線が、長杖とブーツに吸収されていく。

『あああああやっぱこうなるのかよっ! クソクソクソちくしょうがぁああああああああッ!』

 折れた愛剣の代わりにフリムが製作した試作型片手剣と円盾ラウンドバックラーを装備したニエベスが、ライオンの檻に放り込まれた鼠か何かのようにキョロキョロと視線を動かし、絶叫した。

『VVVVVRRRRRRRROOOOOOOWWWWW……!』

 竜の群れを召喚し終えたウロボロスが、二本の鎌首をもたげ、金色に輝く目で僕達を睥睨する。横に大きく裂けた口から、機械仕掛けの細長い――だけど僕の胴体よりも太い――二股の舌型マニュピレーターが、シュルシュルと勢いよく出たり入ったりする。玉虫色の表皮がヌメヌメと陽光を照り返し、色をグラデーションさせる。

 僕は生唾を嚥下した。

 こうなったときの作戦だって、当然考えてはあった。

 もっとも、それが【作戦】と呼べるような真っ当なものであれば――の話ではあるが。

 先述の通り、本格的にウロボロスとの戦闘が始まれば、今のように竜の群れが現れることは想像に難くなかった。

 だから、僕達は役割を分けることにした。

 即ち――フリム、アシュリーさん、ニエベスの三人がドラゴンと戦って露払いをし、短時間ながら瞬間最大戦力を誇る僕が、単身でウロボロスと対峙しこれを撃破する――と。

 さっきも言った通り、単純計算では勝算はある。

 だけど、ここから先は全て行き当たりばったりだ。

 ウロボロスの特性も、性能も、弱点も、何もかもがわからないのだ。ヘラクレスの時と同じように。

 何から何まで、ぶっつけ本番の一発勝負。

 両手に握った大剣の切っ先を巨大な蛇顔に向け、僕は更に支援術式を発動。フルエンハンス、強化係数を二五六倍へと跳ね上げる。

 僕が背負う責任は深刻かつ重大。

 今、何もかもが僕の双肩にのしかかっている。

 だけど、その重さに負けるわけにはいかない。

 生きて帰るのだ。

 ハヌとロゼさんの元へ。

 そして、誰も死なせやしない。誰一人欠くことなく、必ずこの難局を乗り切ってみせる。

 僕ならきっと出来る――ハヌがここにいたら、絶対そう言ってくれただろうから。

 決意を固め、眦を決する。

 フリムが飛竜と、アシュリーさんとニエベスが駆竜との戦闘を開始する中、僕は真っ正面からウロボロスのまん丸い金目を睨みつけ――大きく息を吸い、告げた。



「――行くぞ……! お前なんか三ミニト以内に片付けてやる……ッ!」



〈シリーウォーク〉の足場を蹴る。

 弾丸のように飛び出し、肩で風を切る。

 ウロボロスの鼻先に肉薄し、大上段から大剣を振り下ろす。

 白銀の刀身と毒色の装甲が激突し、火花を散らす。





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