リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●20 アンリミテッド・ファイアーワークス





 幾度も武器を持ち替えながら、とにかく目についたドラゴンをしゃにむに撃破し続けていた僕は、スイッチを介したフリムの呼び掛けでいったんニエベス達の元へと戻ってきた。

 この時には既に体力も武器の在庫も底を突きかけていたので、フリムの【提案】はある意味渡りに船だったのかもしれない。

 支援術式をキャンセルしようと〝SEAL〟に解除コマンドをキックした途端、感覚の変動と共に体の力が抜けてしまい、僕はその場に膝を突いて四つん這いになった。

「――はぁーっ……はぁーっ……はぁーっ……!」

「ちょ、ちょっと、本気で大丈夫? いけるのハルト?」

 全身をふいごのようにして、荒いというか今にも酸欠で倒れそうな呼吸を繰り返す僕に、フリムが心配して背中をさすってくれる。

『――だ、だいじょぶ、だいじょぶ……むしろ、倒れる前に始めた方がいいと思う……』

 口ではまともに答えられそうになかったので、スイッチの念話で返事をする。そっちでも言葉が途切れ途切れになってしまうのは、精神的にもかなり疲労しているからだろうか。

 先程、フリムの付与術式〈マインスパークラー〉によって打ち上げられた花火で、飛竜達が続々とここへ集まってきているのが〈イーグルアイ〉の視覚情報からわかる。

 本来〈マインスパークラー〉は〈バンクマイン〉のように、発動までのインターバルと最大射程距離を決めて地面や壁などに設置する『時限式発射爆撃』の術式だ。発射タイミングは一ミニト以内の任意の時間。最大射程は一キロトル以内。発射後、設定された距離まで進むと自動的に爆発する。もちろん、最大射程に達するまでに何か物体と接触してもその時点で爆発する。そういう微妙な術式だ。

 けど、さっきの〈マインスパークラー〉は攻撃のために発動させたわけじゃない。理由は二つ。一つは、空に散らばっている飛竜をおびき寄せるため。もう一つは、連絡手段のないアシュリーさんを呼び戻すためだ。

 自分で言うのもなんだが、〝アブソリュート・スクエア〟状態で二ミニト近くも戦った僕は、周辺にいたドラゴンをあらかた活動停止シャットダウンさせていた。特に駆竜は探しても見つからないほど殲滅させていて、いまや残るほとんどは飛竜だけという状態である。

 アシュリーさんが僕らと一緒に戦ってくれていることも、突然ドラゴンが出没した【理由】も、既にフリムから聞いている。だから、あともう少しだけドラゴンの数を減らし、アシュリーさんと合流することが出来れば、そこからは僕の支援術式で雲隠れできるはずだった。

「じゃあ行くわよハルト、準備はいい?」

 僕の背中をさすっていた手を止め、フリムが問う。彼女にも〈イーグルアイ〉の視覚情報は伝わっているから、頃合はわかるはずだ。

 僕は頷いた。

『だいじょうぶ、いける』

 嘘である。実を言うとものすごく辛い。傷は負ってないけど、今の今までずっとドラゴンを倒しまくっていたのだ。どれだけ走り回ったのか自分でもよく覚えていない。滅茶苦茶に消耗している。骨が全部重りになったみたいだ。息をするのも苦しい。おなかの中で色んな臓器がぴょんぴょんジャンプしていて、ちょっとでも気を抜いたら全部口から出てきてしまいそうだった。

 だけど、今は弱音なんて吐いていられない。

 何とかするんだ。

 どうにかするんだ。

 他の誰でもない、ここにいる僕が。

『VRRRRAAAAAAAAOOOOOOOOOWWWWW!!』『GGGGRRRRRRYYYYYYY!!』『URRRYYYYYYYYYYYYYY!』『PPPPGGGYYYYYYYYYY!』『GGGGGRRRRRRAAAAA!』『wWWWWOOOOOOOOOOOOOOOWWWWWW!!』

 頭上から降ってくる飛竜達の戦歌ウォークライ

 僕は顎を上げ、空を飛ぶ奴らを睨んだ。既に何体かはブレス発射態勢に入っている。

 僕はどうにか息を整えようと苦心しながら、改めて支援術式〈フォースブースト〉×10を発動。術力のみ強化係数を最大まで上昇させる。

 僕の両肩あたりに浮かび上がった一〇個のアイコンが全部弾けるのを確認してから、すぅ、と背後のフリムが息を吸う。

「〈フォトンプロバイダー〉!」

 僕の背中に添えられたフリムの両掌が、にわかに熱を帯びた。

 途端、得も言えぬ感触が僕の体内に侵入してくる。まるでフリムの手がそのまま背中に埋没してしまったかのような異物感。だけど暖かい。

 力が、溢れてくる。

 僕は鉄芯でも入っているのかと思うほど重い両腕を持ち上げ、双手を上空の飛竜の群れに向けた。

「――〈フレイボム〉、〈エアリッパー〉、〈ボルトステーク〉」

 ぐっと息を堪えて、攻撃術式のセキュリティを起動音声で解除。それぞれ五つずつ、合計十五個の術式を〝SEAL〟の出力スロットに装填する。

 アイコン展開。術力を全開で注ぎ込んだそれらは、一つ一つが直径十メルトル近い大きさへと膨張する。僕とフリムを覆い隠すほどのアイコンを輪状に展開させ、これらを砲塔と見立てて全天に向ける。

 言わずもがな、いくら僕の〝SEAL〟にインストールしてある攻撃術式が下級のものであっても、〈フォースブースト〉で最大まで強化した術力でもって全力全開で発動させれば、あっという間にフォトン・ブラッドは枯渇してしまうだろう。

 しかし、今だけはその心配をする必要はない。

 フリムの〈フォトンプロバイダー〉は、彼女の、彼女による、彼女だけのオリジナル術式。祖父に〝永久機関〟とまで言わしめた、生来のフォトン・ブラッドの濃さを活用するために開発された術式なのだ。その効果は、今はもう見る影もなく大破して凍結した湖の底で眠っているアシュリーさんのエアバイク、〝ゼーアグート〟の最後の疾走を思い出してもらいたい。

 自分のフォトン・ブラッド、正確にはそこに含まれた『現実改竄物質』としてのエネルギーを分け与える付与術式――それが〈フォトンプロバイダー〉の効果だった。

 今、フリムは僕の〝SEAL〟に〈フォトンプロバイダー〉を作用させた。つまり、これから僕が発動させる攻撃術式は、全てフリムのフォトン・ブラッドを流用することが可能となる。

 だから、今だけは消耗を気にしなくてもいい。

『OK、繋がったわ。いつでもいいわよ!』

『わかったっ!』

 この状態で何をするのか。そんなのは決まっている。前にも似たような事をやったことがある。そう、『ヴォルクリング・サーカス事件』の時、天龍の術式を発動させるハヌを守るため、僕はこんな風に天空へ向けて――

 盛大な花火をぶっ放したのだ。





 地上から空へ、光の滝が昇った。

 全速力で馳せてきたアシュリーは、その壮絶な光景を目の当たりにして、忘我のうちに足を止める。

 真っ先に抱いたのは、美しい、という感動。

 次いで、恐ろしい、という冷たい感触が背筋を這う。

 それはアシュリーをして、かつて見たことのない絵図だった。

 地面に屈み込んだベオウルフとミリバーティフリム。その頭上に、トップウィザード級サイズの術式アイコンが、どう見ても十個以上展開されている。そこから発射されているのは、それこそドラゴンブレス並に太い稲妻や風巻く個体空気の刃。それらの中に混じっている、アイコンを描いている光と同じ深紫の光線は、もしや〈フレイボム〉の照準線だろうか。

 止まらない。攻撃術式が尽きることなく連続で発動している。ウィザードの軍団が総攻撃しているかのようだった。連発される攻撃術式は間欠泉よろしく噴き上がり、吸い込まれるように上空の飛竜の群れへと着弾していく。爆撃の術式が途切れることなく大空に轟音を響かせていく。

 いくら竜の鱗に術式に対する耐性があるとはいえ、限度があった。一発二発なら耐えられようが、それが十倍、二十倍の密度で襲いかかってくるのだ。人間とて一度や二度なら殴られてもすぐ死んだりしないが、その回数が十倍、二十倍ともなれば致命傷になりかねない。それと同じだった。

 雷の槍、固体空気の砲弾、鎖のごとく連なる爆裂の嵐。

 集中砲火を受けて滅多打ちにされた飛竜が次々と消滅し、コンポーネントへと回帰していく。

 生き残っているドラゴンがブレスをもって応戦しようとするが、畢竟、そんなものは津波に矢を射るにも似た無駄な行為でしかない。己が身を削る攻撃術式の怒濤を前に、彼らの必殺の吐息もまた、瞬く間に摩滅していく。むしろ応戦はさらなる反撃の呼び水にしかならず、攻撃行動をとった飛竜から率先して墜とされていった。

『GGGGGRRRRRRAAAAAAAAAA――!?』『UUUURRRRRRRRRYYYYYYYYYYYYYY――!?』『GGGGGGYYYYYYAAAAAAAAAA――!?』『WWWWWWOOOOOOOOOOOOOOOOOOWWWWWW――!?』

 アシュリーにとっては、筆舌に尽くしがたい光景だった。

 全て下兵類とはいえ、少なくとも三十は下らない数のドラゴンが、湖に溶ける淡雪のごとく消えていく。つい先程まで自分があれほど苦戦していた相手が、手も足も出せず蹂躙されていく。

 それも、よりにもよって、この口で「あなたは弱い」と断言した少年の手によって。

 侮っていた、としか言いようがない。頭ではわかっていたつもりだった。彼の爆発力の凄まじさを。これまでの実績や記録、映像によってその瞬間最大風力は知っていたつもりだった。

 しかし、〝つもり〟は〝つもり〟でしかなかった。

 こうして直に目にすることで初めてわかる凄味があった。理屈を超えた説得力がそこにはあった。

 危ないところを助けられた時もそうだったが、まざまざと見せつけられるのは、圧倒的なまでの【突破力】。

 たかが三ミニト。されど三ミニト。

 この時間が過ぎれば、あの少年はもう使い物にはなるまい。だが、これほどの破壊力を生み出せるのであれば、それだけで十分なのではあるまいか? 制限時間が過ぎるまでに敵を全て殲滅出来るのであれば、何の問題もないのではないか?

 無論、そんなわけはない。冷静に考えればそんなはずがないことぐらいわかっている。しかし何故だろう、見ているだけに虜にさせられるような――【期待】してしまう何かが、少年の姿にはあった。

 今ならば上司である剣嬢ヴィリーが、何故あれほどまでに彼を欲しがったのかもわかる気がする。彼女の人材収集癖を考えれば、あの少年は喉から手が出るほど魅力的だったに違いない。

 盛大な花火にも似た三種の攻撃術式の乱発によって、この辺りに集結していた飛竜がことごとく消滅していく最中、ふと視界に多くの青白い球体が現れていることにアシュリーは気付いた。

 コンポーネントである。ベオウルフが撃破した他のドラゴンのものが、今になってようやく新しい所有者の所在を検知し、ここへ集ってきたのだろう。

 撃破されて所有者が書き換わったはいいが、新しい主の動きが速すぎて宙ぶらりんになっていたコンポーネントが流星のように尾を引き、ベオウルフへと吸収されていく。上空で活動停止シャットダウンさせられた飛竜のそれもまた、彼の元へと落ちていく。

 煌めく輝きが幾重にも交差し、さらにこの場を眩く飾るかのようだった。

 しかし、苛烈で幻想的な光景はほんの短い一時のことだった。飛竜の群れはさしたる抵抗も出来ずに消滅し、その全てがコンポーネントへと回帰した。

 同時に巨大な噴水のようだった攻撃術式の嵐も止み――静寂が訪れる。

 術式アイコンが弾け飛び、空に向けて両手を上げていたベオウルフが糸の切れた操り人形のようにガクリと項垂れた。当たり前だ、あのようなことをしてただで済むはずがない。

 しかし――

 バッと勢いよく顔を上げた少年が、何やらキョロキョロと視線を彷徨わせ――こちらを見た。

「――!」

 漆黒の瞳がこちらを捉えた瞬間、見えない指が胸の真ん中を強く突いたような気がした。ドクン、と心臓の鼓動が一瞬だけ大きくなる。

 真剣な表情で少年が叫んだ。

「――アシュリーさんっ! 手をッ!」

 右手をこちらへ差し伸ばしながらの必死な声には、意図はわからぬまでも、有無を言わせない迫力があった。何のつもりだと問う愚を避け、アシュリーは彼とその背後にいるミリバーティフリムへ向けて走り出す。

 駆け寄り、とにかく差し出されたベオウルフの手を掴んだ瞬間だった。

「――!?」

 ベオウルフの足元から膨大な量の煙が噴き出し、一瞬にして全身を包み込んだ。煙は爆発的に膨張し、辺り一面に充満していく。噴煙に視界を塞がれていながら何故そんなことまでわかるのかと言えば、アシュリーの目には煙幕が半分透けて見えるからである。

 それが支援術式〈ハイドスモークスクリーン〉によるものだということをアシュリーが知ったのは、しばらく後のことだった。





 周囲にいるドラゴンをどうにか全滅させた僕とフリムは、アシュリーさんと合流するや否や、念のため〈ハイドスモークスクリーン〉を発動させてから〈カメレオンカモフラージュ〉、〈アコースティックキャンセラ〉、〈タイムズフレグランス〉といった隠蔽術式を併用して完全に気配を隠した。

 勿論、フォトン・ブラッドは引き続きフリムのを使わせてもらっている。正直、僕自身の残量はほとんど枯渇寸前だったのだ。後でストレージにあるブラッド・ネクタルを飲んでおかなくてはなるまい。

 術式の伝播については、僕とフリムはスイッチでリンクしているからいいとして、そうでないアシュリーさんおよびニエベス達については、直接接触によるチェーンリンクでどうにかした。

 僕はアシュリーさんの手を握り、フリムは戦闘ブーツの足首をニエベスに握らせている。スカイレイダーはその特性上、履いたままでも接触回線が開ける仕様らしい。なお、ニエベス達四人はそれぞれルーターで繋がっているため、そのまま隠蔽術式を作用させることが可能だった。

「「ふぅ……」」

 人心地がついた瞬間、僕とフリムの溜息が重なった。半透明の煙の中、僕は肩越しに振り返り、彼女と目を合わせる。僕の幼馴染みは少し苦しげに、にゃは、と笑った。

「……どうにか、作戦通りにいったわね……ってか、アンタすごいわ……流石のアタシも、人生初の枯渇イグゾーストするかと思ったわよ……」

「ご、ごめっ……む、無我夢中だったからっ……!」

 いくらフリムのフォトン・ブラッドが無尽蔵に近いとはいえ、最大強化した僕の術力は常人の十倍ほどにもなる。それを十五個のスロットで手加減なしに連発しまくったのだ。いくら何でも負担が大きいに決まっていた。

「ま、大丈夫よ、アタシの場合すぐに回復するから。それより……」

 ちら、とフリムの視線が逸れた。その行き着く先を追いかけると、そこには、膝立ちになって僕と手を繋いでいるアシュリーさんがいた。

 何故か思いっきり顔を背けて後頭部とうなじをこちらに向けている。気付けば、僕の右手を掴んでいる彼女の掌がふるふると微妙に震えていた。心なしか、伝わってくる体温もやけにあたたかい。

「ア、アシュリー……さん……?」

「……どしたのアンタ?」

 僕はキョトンと、フリムは怪訝な顔をして挙動不審なアシュリーさんに問い掛ける。

「――き、気になさらないでください。正直に白状しますと、度重なる戦闘で少々お見苦しい顔をしていると思われます。後生ですから、今の私を見ないでください……」

「あ、は、はい……」

 よくわからないけれど、女性特有の心理というものだろうか。アシュリーさんほどの美人ならどんな表情でも問題ないと僕なんかは思うのだけど、赤金色の髪の隙間から見える耳までが真っ赤になっているから、よほど恥ずかしいものなのだろう。僕はそれとなく視線を別方向へと動かした。

「……それで、これはどういうことなのでしょうか? 言われるがままに手を取りましたが……」

 顔を背けたままのアシュリーさんが僕と繋いだ手をくいくいっと持ち上げ、質問する。ちょうどそのタイミングで〈ハイドスモークスクリーン〉の効果時間が終わり、視界がクリアになった。

「あ、えっと……」

「それはアタシが説明するわ。こっちの【ヴァカ共】の件もあるし」

「うっ……」

 ヴァカ共、の部分をやたらと強調して言ったフリムの背後で、その足首を握っているニエベスがバツが悪そうに呻いた。そこから少し離れた場所に、赤コート、鼻ピアス、ノッポの三名が陸に打ち上げられた魚のように転がっている。ちなみに、重傷と思しき鼻ピアスは一応ノッポの回復術式〈活命光〉で治療済みらしく、意識はないが命に別状はないとのことだ。一安心である。

 フリムは僕の背中から手を離し、肩を竦めた。

「ま、現状については見ての通りよ。派手な花火を打ち上げて、アンタと空のドラゴン達をおびき寄せて一網打尽。この辺りの敵を一掃してからハルトの術式で雲隠れ――って作戦だったの。視界の端っこに支援術式のアイコンが出てるでしょ? 今現在、アタシ達は熱源探知でもされない限りSBに見つからない状態よ。これなら新しいドラゴンも出てこないでしょうし、出てきたところでいずれ消えるわ」

 ふとフリムが空を見上げたので、僕もつられてそうした。崩れかけた建物によって輪郭をギザギザに切り取られた蒼穹が、静かに広がっている。飛竜の姿は見当たらず、未だ上空に配置している〈イーグルアイ〉の俯瞰視角にも、駆竜のくの字もない。

 さっきまでの戦闘が嘘だったかのように、辺りは静かになっていた。まるでこの空間へ来たばかりの時のように。

「……その言い方では、私ごと一網打尽のように聞こえますが……まぁいいでしょう」

 アシュリーさんの小さな抗議を、フリムはすげなく無視した。にゃは、と笑い、

「ぶっちゃけアンタがこっちの合図に気付いてくれるかどうかが賭けだったんだけど……ま、上手くいって何よりだったわー」

 ふぅ、とアシュリーさんが溜息を吐く気配。

「……突然あのような目立つことを始めたので、正直なところ、ついに本格的に気が狂ったのかと思いました。しかし偶然とはいえ、そちらの思惑にのることが出来たのは幸運でしたね」

「ついに本格的に……ってどういう意味よそれ。ちょっと聞き捨てなんないわよ」

「察している通りの意味です。そも、少人数でドラゴンの群れを相手にすること自体が正気の沙汰ではないのですから」

 ツンケンした口調から、背を向けていてもアシュリーさんがどのような表情をしているかが容易に想像できる。これに対し、フリムはピキピキと冷たい笑みを浮かべ、毒針のごとき舌鋒でちくりと刺した。

「……へぇぇぇ? じゃあ結局一緒になって戦ったアンタも、その狂人のお仲間入りってことでいいのよね? そこんとこちゃーんとわかってて言っているのよねぇ?」

「…………」

 フリムの皮肉にアシュリーさんは無言を貫いたけど、僕と繋いでいる手にぎゅうっと力が籠もったので、どうやらしっかり精神的ダメージを食らっているようだった。

「……なんにせよ、そのような荒唐無稽な作戦を立てて実践してしまったあなた方には、敬服のほかありません。それにベオウルフ、先程は助かり――いえ、少々お待ちください」

 お礼の言葉を中途で止め、アシュリーさんは、すーはー、と深呼吸して息を調えた。見苦しいと称していた顔が大丈夫になったのか、背けていた顔をゆっくりと振り返らせる。

 僕の手を握ったまま、瑠璃色の瞳がまっすぐ僕を見た。

「……命の恩人に対して、適当な態度で礼を言うべきではありませんでした。申し訳ありません。改めまして――」

 そう仕切りなおすと、アシュリーさんは両手で恭しく僕の右手をとり、体勢を片膝立ちに変え、目を伏せた。

 その姿は一言で言えば、まるで姫に仕える騎士みたいだった。

 ――あれ? 僕が姫?

「先刻は危ないところを助けていただき、誠にありがとうございます。正真正銘、私がこうしていられるのはあなたのおかげです。心より御礼申し上げます」

「へ……?」

 我ながら間抜けな声が出た。つい、助けを求めるようにフリムの方を見てしまう。すると、フリムはフリムで急に畏まったアシュリーさんの態度に目を丸くしていた。

「……本当にどうしたの、アンタ……? ――ま、まさか、さっきの戦闘で頭打ったんじゃ……!? このおバカっ! だからあんなに気をつけろって言ったのにッ!」

「――ですからあなたは私の姉か母ですかっ!? 頭も打ってなければ熱もありませんっ! 私は騎士として命の恩人に対しまっとうに礼を述べたまでですっ! おかしな風にとらないでいただけますかッ!?」

 アシュリーさんを心配したあまり息を呑んで怒鳴りつけたフリムに、彼女もまた辛抱堪らずといった風にえらい剣幕で噛みつき返した。

 いやあの、いくら〈アコースティックキャンセラ〉で音響を殺しているとはいえ、そんな大声を出されるとちょっと怖いのだけど……

 一旦大声を出して気が晴れたのか、ふー、とアシュリーさんは深く息を吐いて僕に向き直った。

 再び、ぺこり、と頭を下げる。

「……これまでのご無礼、どうかお許しください。どうやら私は、英雄、勇者という称号の持つ意味を履き違えていたのかもしれません。……そのことについては、未だ私の中で明確な答えは出ていませんが……とにかく、これだけは撤回させていただきます」

 面を上げたアシュリーさんが、じっ、と見えない圧力を発するかのごとく、僕の目を覗き込んだ。真摯にこちらを見据える瑠璃色の双眸に、僕もまた吸い込まれるように見つめ返してしまう。

「――あなたは弱くなどありません。とても強い意志を持つ、立派な【騎士】でした。……失礼なことをほざいた我が不明、ここに改めてお詫び申し上げます」

 僕の右手を掲げるようにきゅっと握り、またも頭を垂れるアシュリーさんに、僕は火が出そうなほど顔が熱くなってしまった。喉の裏側を羽毛で撫でられているような猛烈なくすぐったさに、言葉も出ない。

「あ……え……っと……そ、の……!?」

 多分というか絶対に顔が真っ赤っかになっているだろうし、喉から出る声は震えてひっくり返っている。なんか泣けてきた。恥ずかしさがオーバーフローして別のものに昇華する寸前なのが何となくわかった。

 ――この目の前にいる人物は、本当にあのアシュリーさんなのだろうか? ちょっと見ない間に、顔がそっくりな別人と入れ替わったのではないだろうか?

 そんなことあるはずもないのに、思わずそう考えてしまうほど態度が変わっていた。

「ですが」

 一変しすぎた対応のギャップに、僕が泡を吹いて失神してしまうより早く、アシュリーさんが言葉を翻した。

 再び僕と目を合わせた彼女は、今度はきつめの目線を向け、しれっとこう言った。

「今回上手くいったのは結果論だと私は思っています」

「――へ?」

 肩透かしを食らったような気分で、またも変な声が喉から漏れる。

「よって、私はあなたの【流儀】には異を唱えさせていただきます。というか馬鹿ですか無謀ですか考えなしですか。結果的に全員生きているからよかったものの、一歩間違えれば全滅していたと言っても過言ではないのですよ? そもそもあなた、ミリバーティフリムや私が助勢するなんて計算に入れていなかったでしょう?」

 段々と声に怒りが混じってきて、それに比例するように僕の右手を握る両手にも力が籠もっていく。

 あ、やっぱりこの人アシュリーさんだ――と僕は妙な安心感とともに再確認した。紅潮していた顔色も、すーっと治まっていく気がする。

 ぎゅうううう、と雑巾を絞るように僕の手を掴むアシュリーさんに、フリムが呆れの溜息を吐きながらぼやいた。

「アシュリー……アンタってほんと『言いたいことははっきり言う主義』よねぇ……」

「あなただけには言われたくありません、ミリバーティフリム」

 ツン、と顔を背けるアシュリーさんに僕は心の中で同意する。確かに、フリムにだけは言われたくない。

「――さて、では肝心の話を聞かせていただきましょうか」

 結局、僕の返事を待つことなくアシュリーさんは話題を次に進めてしまった。と言っても、僕としては許すも許さないもなかったので大丈夫だったのだけど。

 ちらり、とフリムの後ろでその足首を掴んでいるニエベスを一瞥すると、

「彼らが何か?」

 と、フリムに視線を戻す。ああそれね、とフリムは顔をやや顰め、投げやりな感じで答えた。

「こいつらだったのよ、原因」

「はい?」

 主語を省いた返答に、もちろんアシュリーさんは小首を傾げる。

「いきなりドラゴンが出てきた理由。こいつら」

 苛立ちがぶり返したのか、言葉をぶつ切りにしてフリムは親指で背後を示す。

 既にフリムから事の次第を聞き及んでいる僕としては、しでかした事態の大きさゆえにちょっとだけ彼らに同情を禁じえなかったりする。もし僕が同様のことを引き起こしてしまって、フリムとアシュリーさんから責められでもしたら、きっと胃痛で悶絶死してしまうだろうから。

「……はい?」

 小首を傾げたまま繰り返されたアシュリーさんの声が――【冷えた】。

 ぐりっ、と僕の右手に万力で締められたかのごとき激痛が走る。

「――いッッッ!? いっ痛い痛いッ!? 痛いですアシュリーさんッ!?」

 堪らず悲鳴をあげた僕に、はっ、とアシュリーさんが我に返った。

「も、申し訳ありません、つい……」

 すぐに力を緩め、指が食い込んだところをさすさすと擦ってくれる。痛いのを止めてくれるだけだと思っていたので、優しく撫でてくれたのはちょっと以上に意外だった。やっぱり本当は、見た目以上に優しい人なのかもしれない。

「――しかし、どういうことですか? 一体何をしたのですか、あなた達は」

 瑠璃色の眼光がフリムの後ろで項垂れているニエベスに突き刺さる。地面に腰を下ろしてスカイレイダーの足首部分を両手で握っている彼の顔は、茶色の髪がカーテンのようになっていて窺い知れない。ただ、その肩はいっそ危険なほど大きく震えていた。

「……ち、違ぇんだ……違ぇんだよ……お、俺らは……こんな……こんなことになるなんて……思ってもみなかったんだ……思ってもみなかったんだよ……っ!」

 言葉の合間合間にカチカチと聞こえてくるのは、ニエベスの歯が鳴る音だろうか。だけど、寒いはずはない。彼の総身を震わせているのは他でもない――【恐怖】の感情であった。

 もう我慢出来ない、という風にニエベスが勢いよく顔を上げた。目に涙を滲ませて、必死の形相で叫ぶ。

「だってそうだろ!? 普通いるなんて思わねぇよッ!!」

 彼をここまで怯えさせる存在の名を。

「――あんな【バカでけぇゲートキーパー】がいるなんてよぉッッ!!!」




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