リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●9 厳しさも優しさも時には残酷に



 映像データの削除が確認された後、ニエベスを含む四人組は這う這うの体で逃げていった。

 途中、

「け、消したぞ、いや、消しました……」

「コピーも消しなさい」

「コ、コピーなんて取ってねぇよ! ――い、いや、ないです……」

「消しなさい」

 蒼い刀身のショーテルが翻り、ニエベスの右耳が宙を舞った。

「ッ――うぁああああああああああああああッッ!? み、耳がッ! 俺の耳がぁああああッ!?」

「消しなさい。耳の次は鼻、その次は指です」

「は、はいぃぃぃぃ! すみませんでしたぁぁぁぁ!」

 という肝が冷える展開があったけれど、とにかくアシュリーさんは四人組の〝SEAL〟を全てチェックし、記録映像が完全に削除されていることを徹底的に確認してくれた。あまつさえ、

「なお、後日にでも映像データが残っていることが判明した場合、あなたの失禁画像が世間に出回ることになります。よく憶えておくように」

 そう釘まで刺してくれた。

 切り落とされたニエベスの耳を赤コートが回復術式〈リカバリー〉で治癒してから、四人組は尻尾を巻いて逃げていった。

 その直前、赤コートが支援術式〈カメレオンカモフラージュ〉と〈アコースティックキャンセラ〉を発動させるのが見えた。すぐさま隠蔽術式が効果を発揮し、彼らは姿を消して遁走した。

 道理で――と納得する。あの赤コートの男はどうやらエンハンサーだったらしい。彼らがいきなり背後から現れたのも、メンバーにエンハンサーがいたのなら納得だ。

「…………」

 やかましく喚いたり悲鳴をあげてたりしていた人間がいなくなったため、唐突に通路に静寂が戻ってくる。

 ニエベス達がいなくなったことを確認してから、僕も十文字槍をストレージに収めた。

 それから、経緯はどうあれ、とにかく助けてくれた二人に頭を下げてお礼を言う。

「あ、あの……ありがとうございました。その……すごく助かりました」

 だけど、帰ってきたのは冷たい侮蔑の視線だった。

「最低ですね、あなた」

「えっ……?」

 振り返ったアシュリーさんの瑠璃色の瞳が、冷ややかに僕を見ていた。その冷淡さに、思わず胸を強く突かれたかのように声が出た。

 最低ですね――助けてくれたはずの相手から、そのような罵声を浴びせられるとは思ってもみなかった。

 両手のショーテルをデータ化して〝SEAL〟に収納したアシュリーさんは、僕に対する嫌悪を隠さない態度でこう続けた。

「あなた、先程の四人を殺そうとしてましたね」

「あ……」

 図星を指され、言葉を失う。確かにアシュリーさんが止めに入る直前まで、頭に血が上った僕はあいつらを殺そうとしていた――と思う。落ち着いて考えてみれば、ちょっとどうかしていたかもしれない。

「否定しても無駄ですよ。先程のあなたからは、とんでもない殺気が出ていましたから。あんな雑魚を相手に本気になるだなんて……なんて情けない。それでも〝勇者ベオウルフ〟とも呼ばれるエクスプローラーですか」

 もう武器を持っていないというのに、ナイフのような言葉が幾度も僕の胸に突き刺さる。何も言い返せず、黙って聞いていることしか出来ない。

「ま、まぁまぁアシュリー、それぐらいにしておきましょうですよ。あの状況では、ベオさんだって怒っても仕方なかったと思いますですし」

「お黙りなさいゼルダ。気に食わないからといって力尽くで叩き潰していては、ただの野蛮人ではないですか」

 なだめようとしたゼルダさんをぴしゃりと一蹴し、アシュリーさんは再び舌鋒を僕に向ける。

「そうです。感情のまま力を振るうのは愚か者のすることです。仮にも――例え他者から勝手にそう呼ばれているにせよ――『勇者』の名を冠せられているのでしょう、あなたは。それが何ですか。怒りの赴くまま相手を殺戮しようなどとは」

 ――さ、殺戮……!? 流石にそこまでするつもりはなかった――と、思うのだけど……

「す、すみま、せん……」

 あまりの迫力につい謝罪してしまった。だけど、それは火に油を注ぐ結果となった。

 アシュリーさんの声が一段と高くなる。

「謝ればよいという話ではありません。わかっているのですか? 勇者と野蛮人は違うのです。腕力を誇っているだけではそこらの凡俗と変わりません。勇者、英雄と呼ばれる者ならば頭を、知恵をこそ使うべきなのです。事実、私は彼らを殺すことなく事態を収拾しましたよ? どうしてこんな簡単なことが出来なかったのですか、あなたは」

「ご、ごめん、なさい……」

 何だかすごく怒られているのはわかるし、自分が悪いのも理解している。けれどよく考えたら、どうして僕はこの人にここまで怒られているのだろうか? このアシュリーさんとも、隣のゼルダさんとも、ほとんど初対面のようなものだから、ここまで言われる筋合いも無いような気もするのだけど――

「聞いていますか、ベオウルフ」

「あ、は、はいっ!」

 じろり、と睨め付ける吊り目に思わず背筋を伸ばして返事をしてしまう。

「まったく……このような人間が私達四人を差し置いて第三席につこうとしていたとは……団長は一体何を考えていらっしゃるのか。心底、理解に苦しみます」

 ぽつり、とこぼれたアシュリーさんの愚痴に、僕は彼女の怒りの理由を悟った。

 ――そうか、僕があの時、ヴィリーさん達に『NPK』にスカウトされたから……

「ア、アシュリー、アシュリー、流石にそろそろまずいと思うですってばぁ……」

 小さく溜息を吐いたアシュリーさんに、もうこれ以上はやめましょうよぉ、とゼルダさんが肩を掴んで呼び掛ける。

 このゼルダさんも不思議な人だと思う。先程の速度はどう考えてもただごとではなかった。なのに、アシュリーさんの前ではまるで気の弱い妹か何かのように、おろおろとしている。

 だけど、こう見えても彼女は〝疾風迅雷ストーム・ライダー〟と異名をつけられるほどのエクスプローラーなのである。ギャップが激しいなんてものではなかった。

「ほら、ほらっ、黙ってられない事態は終わったわけですから、そろそろ行きましょうですよっ」

「――そうですね。もはやここで時間を浪費することにも飽きました。行きましょう」

 ゼルダさんの催促にようやく応じたアシュリーさんはその場で踵を返し、しかし肩越しの一瞥をくれる。

「ベオウルフ、これだけは言っておきます。ヴィクトリア団長がどれだけあなたを買っていようと、私はあなたを認めません。あなたに勇者を名乗る資格はない。可能ならば、自ら返上することをお薦めします」

 そう言って、背中を向けたアシュリーさんは歩み去っていく。

 その後姿はさながら氷山の絶壁のごとく、例えどんな言葉をかけようと、冷酷に遮断されてしまうような気しかしなかった。

「す、すみませんです、すみませんですっ、失礼しますですっ……!」

 その後ろをゼルダさんがペコペコと頭を下げながらついていく。

 呆然と二人の背中を見送っていると、不意にアシュリーさんが蒼いロングジャケットの裾を無造作に払った。途端、霞がかかったように二人の姿が掻き消えていき、最後には足音ごと彼女らは透明になった。

 隠蔽術式ではなく、あの戦闘ジャケットの特殊機能なのだろうか。光学的に音響的にも、そしておそらくは香気的にも完全に隠蔽され、僕からは瞬間移動して消えたようにしか見えなかった。

 そうして気付けば、ぽつん、と一人だけ取り残されていた。

「…………」

 結局、言いたいことだけ言われて、何も言い返せなかった。

 思い返せば、確かに彼女の指摘通り、僕はかつて無いほど逆上していたように思う。あんなに頭の中が真っ白に染まるほど感情が昂ぶったのは、第二〇〇層でハヌを助けに行った時以来だろうか。

 そうだ、ニエベスがハヌにまで暴力を振るうなんて言い出したものだから、つい――

「……はぁ……」

 今更ながら、自分の短絡さに辟易する。アシュリーさんの言った通りだ。よく考えてみれば、あそこまで激昂する必要なんてどこにも無かった。実際に彼女がやったように、どうにか相手を引き下がらせておけばよかったのだ。

 とは言っても、あんな風に脅して言うことを聞かせるなんてことが自分に出来たとも思えないのだけど――否、だからこそか。出来ないからこそ、短絡的に暴力に走ろうとしてしまったのかもしれない。

 情けない。

『あなたに勇者を名乗る資格はない』

 アシュリーさんの冷たい声が耳に蘇り、胸に鉛を詰め込まれたかのような気分になる。

 別段、自分で自分を勇者だと思っていたわけではない。

 だけど、ああも真っ向から言われてしまうと、自分の未熟さをどうしようもなく痛感してしまう。

 勇者ベオウルフだの雷神だのと呼ばれてはいるが、結局、僕はまだまだなのだ。支援術式による強化が無ければ、仲間であるハヌやロゼさんと肩を並べて戦うことすらおぼつかない、若輩者なのだ。

 故に今回、精神的にも未熟なところが露呈した。つまりはそういうことだった。

 強くなるというのは、ただ戦闘力が高ければいいというだけではない。

 冷静さを失わない心の強さがあって初めて、手にした力に意味が生じるのだ。

 それを教えられた。

「……よし」

 拳を握り締め、更なる努力を胸に誓う。

 頑張るのだ。未熟者に出来る事なんてそうはない。だから、もっともっと頑張るのだ。

 それだけが僕に出来る、唯一のことなのだから。

「――頑張ろう……!」

 そう口に出して宣言した後、床に落ちた柳葉刀を拾いに行く姿は、我ながらちょっとかっこ悪いなと思った。





 以降、僕は気分的には落ち込みつつも、どうにか気を取り直して修行を再開した。

 攻撃術式の使用は控え、処理しきれないほど大量のSBに囲まれてしまった場合のみ、〈ドリルブレイク〉や〈ヴァイパーアサルト〉などを駆使して切り抜けた。

 結果として〈ヒール〉を使用したのは、ニエベス達に絡まれたときに負った傷に対してのみだった。

 結果としては上々である。

 でも、気分は微妙だった。

 結局、気持ちを切り替えたつもりでいても、アシュリーさんに刺された言葉の棘の数々が、ずっと胸の内で疼いたままだった。

 そうこうしている内に時間がきて、僕はハヌとロゼさんと合流するため、事前に決めていた第一層の集合地点へと向かった。

 僕が約束の場所につくと、二人は既にそこで待っていてくれた。

「ハヌ! ごめん、ちょっと遅れちゃった。ロゼさんも、すみません!」

 僕が軽く頭を下げると、頭から外套をすっぽり被ったハヌは、くふ、と笑った。

「うむ。くるしゅうない。妾らも今来たところじゃ」

「お疲れ様です、ラグさん」

 まるでお姫様に仕えるメイドさんのようにハヌの横に控えていたロゼさんが、目を伏せて労いの言葉をかけてくれる。

 揃ってルナティック・バベルの出入り口に向かう途中、ハヌが楽しそうに今日の出来事を話しだした。

「ラト、ラト、聞いてたもれ。今日は大漁だったのじゃ!」

「大漁?」

「実は、よそのパーティーからトレイン・パスを受けまして」

「ええっ!?」

 トレイン・パス。自分達がポップさせたSBの群れを、近くにいる他のエクスプローラーに押し付ける行為のことだ。敵の数が多すぎて堪らず逃げ出したところ、偶然近くにいたパーティーやクラスタに迷惑をかけてしまうパターンもあれば、当然、故意で仕掛けてくる人間だっている。

「おそらくはわざとでしょう。こちらに『よろしく頼むぜ』と陽気に声を掛けていきましたから」

「だ、大丈夫だったんですか!?」

 思わず聞いてしまってから気付いたけど、こうしてここにいるということは大丈夫だったということだ。

 ふふん、とハヌが胸を張って自慢げに語る。

「もちろんじゃ。痴れ者共が土産を置いていった直後に、ロゼがあのでかい馬を呼び出しての」

「ニエロ・スレイプニールです、小竜姫」

「そう、それじゃ。そいつをけしかけてやったのじゃ」

「はい。ただ、少し勢いが余って、【あちらのパーティーにまで飛び込んで行ってしまいましたが】」

「ぇええええええええっ!?」

 ちょっと手が滑った、みたいな感じで言ったロゼさんに、驚きの声を上げてしまう。

「大丈夫です。〈リインフォース〉は使用していなかったので、私の使役SBだとは特定できなかったはずです」

「後は残った化生共を妾とロゼとで殲滅したわけじゃが、その数が凄まじくての。あれでかなりのコンポーネントを集めることができたのじゃ。のう、ロゼ」

「はい」

 容易に想像できてしまう。あちこちでポップしたSBを引き連れて、ハヌ達に押し付けたパーティーの人達。首尾よくトレイン・パスが成功したと思ったら、何故か背後から巨大な八本足の黒い馬が追いかけてくる。ニエニールことニエロ・スレイプニールは、あの巨体と八本もある足ゆえに移動速度はかなり速い。あっという間に追いつかれ、彼らは八個の蹄に次々と踏み潰されていく……

「お、押し付けてきた人達は大丈夫だったの……?」

「ふむ。死んではおらんかったようじゃが」

「一応は最前線にいたのですから、回復術式ぐらいは使えるものかと」

「そ、それでその後、揉め事とかには……?」

「いいえ? 私達は彼らに【よろしく頼まれた】ものを活動停止シャットダウンさせただけですから。文句を言われる筋合いはありません」

 これまたしれっと宣うロゼさんに、僕はもはや返す言葉もなかった。

 二人の話を聞きながら白亜のゲートをくぐり、外へ出る。

 途端、色とりどりの輝きと喧噪とが目と耳に飛び込んできた。

 今晩もルナティック・バベルの周辺には、多くの人々が集まっていた。

 夜のルナティック・バベルは、そこら中に設置された照明でライトアップされている。エクスプローラーではなく、遺跡観光に来た人々の為にである。フロートライズに限らず遺跡レリクスを擁する土地は、そこから収集されるコンポーネントと、遺跡そのものを観光資源とすることで潤っている。また、トップ集団のエクスプローラーがアイドル扱いされているのもその一環だとか。

 色鮮やかに照らされた巨塔を、めいめいに見上げる人々の間を縫って歩いていると、何の前触れもなく、



「ハルトォ――――――――――――――――――――ッッッ!!!」



 いきなり頭上から大音声が落ちてきた。

「ふえっ!?」

 聞き覚えのある声に仰天して反射的に夜空を見上げた。

 ビロードのごとき漆黒の空間に紫色の輝きを認めた瞬間。

 ずどん、と流星のごとく空から落ちてきたフリムが僕の目の前に着地した。

『――!?』

 突然すぎる出来事に、ハヌも、ロゼさんも、そして周囲の人々も一斉に凍りついた。

 時が凝固したような空間の中、唯一動くものがある。ふわり、と重力に引かれて垂れ下がるツインテールと、その持ち主の両腕だ。

 がしっと両肩を掴まれ、フリムの顔が僕に肉薄する。怖い。顔がめちゃくちゃ怒っている。眉根には時空の裂け目みたいな皺が刻まれている。

 フリムの唇が開き、その瞬間『怒られる!?』と思った僕は即座に身構え、

「――アンタ! 体なんとも無いの!?」

「――へっ……?」

 予想の裏斜めちょっと左をいく台詞に、呆気にとられた。

 キョトンとする僕に、くわっ、とフリムが吼える。

「へっ? じゃないわよ! あんたの体は大丈夫かって聞いてんのよ!」

「か、からだ? え? いや、というか、どうして上から……?」

「アンタ達が出てくるの待っててどうせだから見晴らしのいい上空から見てた方が早いと思ったのよ! でっどうなのよッ!? 変なところはない!? 異常を感じてない!? なんかちょっとでも違和感とかないの!?」

 体調を心配する質問を連発して、フリムはベタベタと僕の体を触ってくる。色々と話がぶっ飛びすぎていてついていけない僕は、されるがままになる。

 ――まさか、さっきニエベス達に絡まれたことを知っている? いや、そんなはずはない。アシュリーさんの脅迫が効いているのならニエベス達が口外するはずはないし、していたとしても、もうフリムが知っているなんて拡散が早すぎる。

「お姉様、落ち着いて下さい。何かあったのですか?」

 流石に見かねて、ロゼさんがフリムに聞いた。正直、お姉様、という呼び方にはちょっと思うところがあったのだけど、今はそれどころではない。

「何かあったどころじゃないわよ! ハルトの奴――」

 反射的にロゼさんに食って掛かり、しかしフリムは何かを言いかけて突然、言語を忘れたかのように唇をパクパクさせた。その顔はどこか餌をねだる池の鯉にも似ている。

「? ? ?」

 僕もロゼさんもハヌも揃って首を傾げるしかない。

「……何か言い難いことなのでしょうか?」

 ロゼさんがそう聞くと、フリムは苦虫を噛み潰したような表情をして、視線を足元に落とした。

「……そうね、流石にここじゃマズイ内容だわ……」

「ど、どういうこと? ぼ、僕、何か悪いことでも……?」

 僕の体調を心配した後に、それが公衆の面前では話せないことだと言われると流石に不安になってくる。

「……」

 フリムは、ぢっ、と僕を一瞥すると、すぐに視線を逸らしてしまった。

 ――き、気になるっ……!

「……とにかく、ここじゃ言えないわ。場合によってはめちゃくちゃマズイことになるもの……」

「ふむ……ならば人目を気にせず、静かに話ができるところへ行くべきじゃの」

 ハヌの提案に、僕らは各々の顔を見合わせる。

 この時間、このメンバーで内密の話ができる場所など、ほとんど限られていた。





 短い協議の結果、選ばれたのは『カモシカの美脚亭』の二階だった。

 ここなら完全個室で、誰かに聞き耳を立てられる心配もない。

 最初はハヌの部屋もいいかなとも思ったけど、仲間である僕やロゼさんだけならともかく、よく考えれば彼女にとってフリムはよく知らない他人だ。事情はわからないけれど、現人神という身分を隠しているハヌにとっては好ましいことではないだろうと思い、その発案は心の中にしまっておいた。

 看板娘のアキーナさんに案内され――その際、彼女から「先日は助けていただきありがとうございました」と、『ヴォルクリング・サーカス事件』の時のお礼を言われた――四人掛けのテーブルに向かい合って腰掛けた僕達は、何とも言えない雰囲気の中、フリムから詳しい話を聞くことにした。

「ハルト、アンタの戦闘ログを見たわ」

 開口一番、僕の真向かいに座るフリムはそう切り出した。

 テーブルを挟んだ向こう側に座っているのは、フリムとロゼさん。僕の右隣には、今なお頭から外套を被ったままのハヌがいる。

「う、うん……」

 なんだかよくわからない謎の迫力を醸し出すフリムに、僕も神妙に頷いた。

 戦闘ログというのは、その名の通り〝SEAL〟に蓄積された戦闘の記録である。もちろん特級の個人情報にあたり、おいそれと他人に見せるものではない。だけど、フリムのようなクラフターは使い手の細かい癖やら適性を知るため、武具作成前にはこの戦闘ログを読み込む必要がある。使い手もまた、自分に合った武具を作ってもらうために、と喜んでこれを開示する。実際、僕も昨晩フリムに自分の戦闘ログを渡していた。

「……何かの間違いじゃないかって、何度も読み込んだわ。何度もよ?」

 ただ、戦闘ログそのものは単なる情報の羅列であって、そこから実際の戦闘をイメージするのにはそれなりのコツというか、技術がいる。クラフターの修行はまず戦闘ログから正確にイメージをトレースするところから始まるというから、本当に基本中の基本なのである。

 アメジスト色の瞳が僕をひたと見据えた。

「……ハルト。アンタ、攻撃術式のセキュリティ部分にチートかけてない?」

「――あ……」

 予想もしていなかった指摘にうっかり声が漏れた。ぎくり、と胸の中で変な音が鳴る。

「チート?」

「一応、違法改造を指す言葉ですが……」

 聞き慣れない単語をオウム返しにしたハヌに、ロゼさんが説明をしてくれる。

 自然、三人の目線が僕に集中した。

「何度ログを見返してもおかしいのよ。アンタ、何度か発声セキュリティを解除しないで攻撃術式を起動させてるわよね? ――っていうか、その顔だとちゃんと心当たりはあるみたいだけど……」

「あ、や、え、えっと……!?」

 集まる注目に僕は挙動不審な態度をとってしまう。別に後ろ暗いところがあるわけではない。が、すわ違法改造かと疑われたら焦らずにはいられない。

 確かに心当たりはある。

 先日の『ヴォルクリング・サーカス事件』において、僕は確かに、攻撃術式のセキュリティをまともに解除しないまま発動させるというかなり無茶なことをした。しかし、それは――

「――ち、違うよっ!? い、違法改造なんてしてないよ!?」

 ボディランゲージも含めて否定するけど、フリムの疑わしい目線は変わらない。

「じゃあなんでそんなに焦ってんのよ?」

「ち、違くてっ! あれは別にチートじゃなくて、複数の術式の発声セキュリティをワンアクションで解除しているだけで、僕は改造なんてちっとも――」

 そう説明した途端、バン! とフリムがテーブルを叩いて立ち上がった。

「やっぱりッ! アンタ何やってんのよッ!!」

「えっ――」

 劇的すぎる反応に息が詰まる。

 ――や、やっぱり……?

「えっ、じゃないわよ! アンタね、そんな無茶な術式制御なんかやって〝SEAL〟と体に負担がかかってないとでも思ってんの!? それでなくてもアンタの戦い方メチャクチャじゃない! ただでさえ前人未到の〝アブソリュート・スクエア〟やってんだから! いつ何があってもおかしくないのよ!?」

 空気がビリビリ震えるほどの声量でフリムは怒鳴った。僕はその迫力に圧倒されてしまい、頭の中が真っ白になってしまう。

 隣で、もぞ、と小さな体が動く気配。

「……フリム、と言ったかの。少し落ち着くがよい。そのようにいきり立っておっては、おちおち話もできぬじゃろう」

 興奮しているフリムをなだめようと声をかけたハヌに、激昂状態の幼馴染みは過敏に激発した。

「うっさい黙れ! こんな時に落ち着いていられるわけないでしょ!」

 打てば響くような反応速度で叫ぶ。

 まずい。相手はハヌだ。こんな勢いで言い返したら――

「な――!? この……無礼者が! いきなり怒鳴りつけるとは何事じゃ!」

 案の定、ハヌもまた椅子の上に立ち上がり、フリムに負けないほどの声量で喰って掛かった。

 まなじりを吊り上げたフリムと、外套のフードの陰で爛々と輝くヘテロクロミアが真っ向から睨み合う。両者の間でバチバチと大気が帯電したように見えたのは、僕の錯覚であって欲しい。

「アタシはハルトの話をしてるの! アンタは関係ないでしょうが! 勝手に話に入ってくるんじゃないわよ!」

「関係ないわけなかろう! 妾はラトの親友じゃぞ! むしろ妾以上に関係ある者がどこにおる!」

「親友? はっ親友が何よアタシは従姉妹で幼馴染みよハルトとは生まれた頃からずっと一緒にいるんだからアンタなんかに何がわかるっていうのよハルトのことはアタシの方がよく知っているんだからつまりアタシの勝ちねいいからアンタはちょっと黙ってなさいよ!」

「な……!? じっ時間は関係なかろう時間はそれよりも大切なのは仲の深さに決まっておる何じゃ時間しかえばるところがないのかこれは見下げ果てたものじゃのう何が生まれた頃からずっと一緒じゃラトはこれから妾とずっと一緒なのじゃから妾の勝ちじゃこのうつけめ!」

 額をぶつけ合うほどの距離まで顔を近付けて延々と口論する二人を、慌てて止めに入る。

「ちょっ――ちょっとちょっと!? おちっ、二人共落ち着いてっ!?」

 と言ってもハヌの方が近くにいるので、僕としてはそちらを止めざるを得ないのだけど。

「お姉様、小竜姫の言う通りです。お気持ちはわかりますが、あまり大きな声を出されては隣の部屋まで筒抜けになってしまいます」

 僕がハヌを止めている間、ロゼさんが隣に立つフリムに冷静な指摘をしてくれる。これには肩を怒らせているフリムも一理あると認めざるを得なかったのか、何度か荒い息を吐いてから、どすんと椅子に腰を下ろした。

「ハ、ハヌも落ち着いて、ね? ね?」

「ぬぅ……」

 こちらも微妙に納得いかなさそうな顔をしていたけれど、フリムがいったん引き下がったおかげか、やがてハヌも椅子に座り直してくれた。

「――話をまとめましょう。つまり、こういうことですね」

 おそらくこの中で一番冷静なロゼさんが、話のまとめ役を買って出てくれた。

「お姉様はラグさんのお体を心配されています。理由はラグさんの戦闘ログから異常なものが見つかったため。その異常なものとは、攻撃術式の発声セキュリティを無視して術式を発動させているというもの」

 ここでロゼさんは僕に視線を向け、

「そこでお姉様は術式を違法改造したか、もしくは、ラグさんがよほどの無茶な術式制御をしてセキュリティを突破したのではないかと考えた……そうですよね?」

「……そうよ」

 腕を組んでむすっとした顔でフリムは首肯する。

「ところで、〝アブソリュート・スクエア〟とは? 聞き覚えのない名称ですが」

「あ、それは――」

 ロゼさんがフリムにした質問に、僕は横から口を挟んだ。

「――身体強化系の支援術式を最大の一〇二四倍まで重ねがけすることをそう呼ぶんです。〝絶対なる二乗〟――だから〝アブソリュート・スクエア〟って」

「ほう」

「なるほど」

 僕の説明にハヌとロゼさんが得心して頷いた。一応、用語としては以前から存在するのだけど、ほぼ自殺行為なので実行する人なんてほとんどおらず、そのせいで知っている人が数少ない名称である。

「……その〝アブソリュート・スクエア〟だってね、まだ安全って実証されているものじゃないの。理論上は問題なしって言われているけど、ちょっと考えてみなさいよ。千倍よ、千倍? 体に影響がないって絶対に言い切れる? それだけでも馬鹿げてるのに、その上『複数の術式の発声セキュリティをワンアクションで解除しているだけ』ってアンタ……」

 唇をツンと尖らせていたフリムはそこまで言うと、はぁぁぁ、と盛大な溜息を吐いた。

「……っていうか突っ込み忘れてたんだけど、何よソレ……何をどうやったらセキュリティの一斉解除なんて出来んのよ……初めて聞いたわよ……」

 テーブルに肘を置いて頭を抱えてしまう。

「ど、どうやったらと言われても……」

 出来てしまうものは仕方がない。複数の術式を同時に制御する『マルチタスク』同様、一手で複数の発声セキュリティを解除するのも【気付けば出来ていた】だけに、説明するのが難しい。

「ラグさんの術式制御が天才的なのは、お姉様もご存じのはずでは?」

 背中がむず痒くなってくるような賞賛混じりのロゼさんの問いに、フリムが顔を上げる。

「……いやまぁ、ハルトがそういうの得意だっていうのは、アタシもお祖父ちゃんから聞いて知ってはいたんだけど……こうして改めて戦闘ログを見ると、あんまりにも馬鹿げてて――なんなのコイツ馬鹿なの死ぬの!? とか思っちゃって……正直、想像以上だったわ……」

「それで、心配になってルナティック・バベルからラグさんが出てくるのを待っていた、と」

 ロゼさんの導きにより、ようやく話が繋がった。

「そう、そうなのよ!」

 我が意を得たり、とばかりにフリムはロゼさんを指差し、声を高める。

「とりあえず細かいことはいいわ! で、どうなのよ!? アンタ本当に異常ないの!?」

 テンションが最初に戻ってしまった。身を乗り出して顔を近付けてくフリムに、僕ははいしどうどうと両掌を立ててジェスチャーをする。

「だ、大丈夫だよ、特にこれといって違和感はないし……」

「病院には行ったの? 検査とか受けた? 素人の浅知恵なんてダメよ。ちゃんと専門家に診てもらわなきゃ!」

 かなり僕のことを心配してくれているらしく、フリムの勢いは留まるところを知らない。グイグイ迫ってくる。

「ほ、本当に大丈夫だよ。ヘラクレスの時は病院に運ばれたし、この間も、外ではあったけど医療関係の人に治療してもらったから……」

 実際、ヘラクレスの時はおかしくなっていた〝SEAL〟のプロパティも調節してもらっているし、最近変わったことと言えば、ちょっと食欲が旺盛なぐらいで……むしろそっちは健康的な話なので問題はないはずだ。

 くいくい、と戦闘ジャケットの裾が引っ張られた。何かと思えば、隣のハヌである。

「……のう、ラト。おぬし、本当に大丈夫であろうな? 妾にはよくわからんのじゃが、おぬしの術式制御は本当に辛くはないのか?」

 フリムの心配振りが伝染してしまったのか、ハヌまで不安そうにそう問い質してきた。フードの奥で揺れる金目銀目が僕をじっと見上げている。

「だ、大丈夫だよハヌ、本当に……」

「本当の本当か?」

「うっ……」

 疑りの目ではなく、心の底から僕の身を案じているだろうことがわかる眼差しに、咄嗟の嘘がつけなかった。

 ハヌの念押しに迂闊にも呻いてしまった僕へ、フリムもロゼさんも視線を向け、無言で真偽を糾してくる。

 こうなってしまっては、流石に嘘をつくわけにはいかない。

「……えと、術式制御については本当に大丈夫なんだ。同時複数制御も、攻撃術式の同時セキュリティ解除も、僕にとっては自然に出来ていることだから。余程の無茶でもしない限りは。でも――」

「「「でも?」」」

 三人の声がぴったり重なった。

「――正直、〝アブソリュート・スクエア〟については、結構きついものがある……かも……?」

 そう言った途端、フリムとハヌどころかロゼさんの目の色まで変わったので、僕は慌てて補足する。

「あ、いや、そのっ! さ、最大の時だけ! その時だけだから! それにきついって言っても、ABSオートブレイクシステムが発動しないように気をつけたりしてて、精神的にちょっと疲れるってだけだからっ!」

 僕は三人に向かって、必死に自分が健康体であることをアピールする。

「か、体には異常はないよ!? 確かに戦いが終わった後はちょっと疲れちゃうけど、強化係数が五〇〇倍ぐらいなら言うほど大変じゃないし! じゅ、術式制御だって六〇個ぐらい〈フレイボム〉を使った時ぐらいしか〝SEAL〟のプロパティおかしくならなかったし、だ、だから大丈夫だよ! 大丈夫っ!」

 ――ん? ……なんだろう。僕、自ら墓穴を掘ってはいないだろうか?

 不思議なことに主張すればするほど、場の空気が冷えていく気がする。

 実際それは気のせいではなく、気付けばハヌ達の視線が総じてジト目に変化していた。

「ラト、おぬし……」

「私が言うのもなんですが、ラグさん……」

「ハルト、アンタって子は……」

 四面楚歌という感じである。

「あ、あれ……?」

 女性陣にはすっかり呆れ返った雰囲気が漂っており、ついには僕を無視した形で話が始まってしまった。

「というか、ロゼさん。これはアタシからのお願いなんだけど、しばらくハルトに身体強化系の支援術式を使わせないようにしてもらえるかしら?」

「はい、お姉様。奇遇ですね。実は最近、ラグさんには修行のためルナティック・バベルの低層でエクスプロールをしていただいているところです。あのあたりなら身体強化は必要ありませんから」

「確か今日は五〇層あたりで戦っておったはずじゃ。明日からはもっと低い場所へ行かせるべきかの?」

「そうね、アタシはここの遺跡についてはよくわからないんだけど、四〇とか三〇層あたりがちょうどいいんじゃないかしら? どうせすぐ無理するんだから、抑え目ぐらいがちょうどいいはずよ」

 ついさっき、ものすごい勢いでいがみ合っていたはずのハヌとフリムでさえ、何故かそれを忘れたかのように結託してしまっている。

 ロゼさんもこれに頷き、

「ですがその前に、明日は丸一日、病院で検査を受けていただきましょう。あらゆる方面から精査して、本当に体調に問題がないかを確認しなければなりません」

 僕をほったらかしにして、話がどんどん決まっていく。

「い、いやあの、ちょ、ちょっと……!?」

「ダメじゃぞラト」

「――ええっ!? ちょあの、まだ何も言ってないんだけど僕!?」

「本当に大丈夫だから、絶対に問題ないから、気にしすぎだよ――じゃろう? おぬしが言いそうなことぐらい、妾がわからぬと思うてか」

「うっ……」

 図星を指されて返す言葉が無い。僕の性格はすっかり見抜かれてしまっているらしい。

 しかし、このまま黙って流されるわけにはいかない。いくら僕が弱いからとはいえ、みんなに心配された挙句、普段よりさらに低い階層でエクスプロールすることを強いられるなんて流石に屈辱である。僕にだってプライドぐらいあるのだ。

 故に僕はこう抗弁した。

「で、でもね? いくら低層にいても、今日みたいに別のエクスプローラーに絡まれたら危ないのは一緒でしょ? だ、だから、僕はあんまり意味はないと思うんだけど――」

 そこまで口にした時、地雷を踏み抜いたような嫌な感触が唐突にした。

「は?」

「なんじゃと?」

「今、何と仰いましたか?」

 針のような四色の視線が一斉に突き刺さる。

「――えっ?」

 僕はギクリとして、それから、己の失態に気付いた。

 しまった、そういえばニエベス達の件についてはまだ説明していなかった――と。

「――あ、いや、その、ち、ちがっ……」

 あわあわわと慌てふためく僕の右手に、何か柔らかくて暖かいものがそっと触れた。

 見ると、ハヌが僕の手を握っていた。

 彼女はフードの下から、くふ、と微笑む。

「落ち着け、ラト。誰もおぬしを責めておらん」

 きゅっ、と小さな掌で僕の手を握り締め、優しい言葉をかけてくれる。

「ハヌ……」

「それで、何があったのじゃ? 妾に話してみよ」

 ぎゅうっ、と掌を包む力が強まった。

 ――あれ? もしかしてこれ、昨晩フリムがやったのと同じアレなんじゃ……? 優しい感じで捕まえられて、逃げられないようにされているだけなんじゃ……?

「もしや……ラグさんも他のエクスプローラーからトレイン・パスを?」

 気遣わしげな瞳を僕に向けたロゼさんが、一番可能性がありそうな事例を挙げた。そうか。ハヌとロゼさんも同じく別のエクスプローラーからちょっかいを受けたのだから、そう考えるのも当然だ。

 一人、無言のままこちらを見つめてくるフリムも、眉根を寄せて『何があったっていうのよ?』と言外に問いただしている気がする。

「ええと、その……」

 僕は頭の中で今日のことを時系列順に整理してから、三人に話し始めた。

「実は……」




「リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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コメント

  • あ

    ストレス貯まるなあこれ

    0
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