リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広 仙戯

●6 お姉ちゃんフリム



「……っとに信じらんない……何よこれ……何をどうしたらこんな事になんのよ……」

 思う存分叫び尽くしたフリムは、しゃがれた声で打ちひしがれた。改めてベッドに腰を下ろし、片手で顔を覆って、はー、と重い溜息を吐く。

「……えーと、それはその、色々とあって……」

 言い訳を考える僕の舌も重い。何をどこから説明したらよいものか、容易に判断がつかない。

 本当に色々とあったのだ。とはいえ、その内訳は我ながらひどいものだと思う。

 ちょっと整理してみよう。

 黒玄が壊れた理由――モード〈大断刀〉を敵の腹に突き刺し、そこへ〈フォースブースト〉で一〇二四倍に強化した術力で以って、六〇個の〈フレイボム〉を一斉に起爆。その結果、刀身が粉々に砕けてしまった。

 白虎が壊れた理由――モード〈如意伸刀〉をフルエンハンス一〇二四倍で振り回し、そこへ〈ボルトステーク〉×三〇を乗せた上で〈ズィースラッシュ〉を発動させ、その終わり際に〈ドリルブレイク〉×十五を重複させた。すると、内部の機構が故障してしまった。

「――――」

 あれ? ちょっと待って? 何だろう。これ、僕が思っていた以上にひどいんじゃなかろうか?

「――ハルト」

「ひっ……は、はいっ!?」

 鋼鉄の冷たさを思わせる声音に、思わず悲鳴が飛び出しかけた。ビクン、と身を跳ねさせ、ひっくり返った声で返事してしまう。

 フリムは顔を覆った手の隙間からアメジスト色の瞳を覗かせ、剃刀みたいな視線で僕を撫でた。

「……多分、なんか色々と事情があったのよね? ああうん、ちゃんとわかってるわよ。そうよね。そうじゃなきゃ、黒玄と白虎がここまで壊れるわけないもんね」

 湿度の低い声で、けれど意外と優しげな言葉がフリムから発せられ、僕はちょっと驚いた。

「……う、うん……?」

 てっきり頭ごなしに怒られると思ったのに。

 安全ピンを抜いたのに爆発しない手榴弾を見守るような気持ちでフリムを見つめていると、彼女は手を下ろして顔を見せる。

 そこにあったのは、怒っているというより深刻な表情だった。

「……ねぇ、ハルト。アンタ、この二本の原材料のこと知ってる?」

 フリムの神妙な態度と予想外の質問に、頭の中で疑問符の花が乱れ咲く。

「げ、原材料って……黒玄と白虎の?」

「そ。ウチに代々伝わる家宝、歴代の戦士が使いこなしてきた古代武具エンシェントアームズの黒帝鋼玄と白帝銀虎。その基になったものとは……さぁ何でしょう?」

 ピッと人差し指を突き出して、再び足を組んだフリムがそんな問いかけをしてきた。と言っても、僕はその答えを知らない。だから素直に首を横に振った。

「し、知らない……というか、考えたこともなかったけど……」

 そう答えると、フリムは、ふっ、と自嘲するような笑みを浮かべた。

「よね。まぁいいのよ。使い手はあくまで使い手なんだから、武器の出自とか製法とか、別に知っている必要はないわ。だから、知らないこと自体は別に問題ないんだけど――」

 そこでいったん言葉を切って、フリムは粉々になった黒玄の刀身に視線を向ける。

「――だから、こっから先は別に知らなくてもいい与太話なんだけどね?」

「う、うん……」

「これの原材料、皇帝類カイゼルのコンポーネントらしいのよねー」

「あー……あの――」

 知っている。皇帝類っていうと、確かドラゴン型SBの親玉みたいな怪物で――って!?

「――皇帝類ッ!?」

 ええええええええっ!? なにしれっとすごいこと言っているのこの人!?

 何気ない口調で爆弾を投下した幼馴染に、僕は目を剥いて大声を出してしまった。

「かっ、かかかか皇帝類かいぜるってっ、ド、ドドドドドラゴン・フォレストの奥の奥にいるっていう……!?」

 思わずリズミカルにどもってしまう。

 フリムはこちらを一瞥もせず、今度は内部機構が壊れた白虎へと視線を向ける。それからまた、何でもないことを言うかのような声で、

「そ。名前の通りドラゴンの皇帝よねー。討伐記録なし。曖昧な目撃証言があるだけで、実在そのものが疑われる伝説のアレよー」

 あくまで視線を合わさずに、まるで黒玄と白虎に語りかけるようにしてフリムは応答した。組んだ足の先端が、僕の目の前でプラプラと揺れている。

「えっ、え……!? う、嘘……ほ、本当に……!?」

 我知らず生唾を飲み込んだ僕の問いに、やっぱりフリムは顔を下に向けたまま、

「さぁー? アタシにしても小耳に挟んだって程度の話だし。本当か嘘かまではわかんないわねー」

 他人事どころか、他国のニュースでも語るような口調で応じた。

 ドラゴン型SBには『下兵類トルーパー』『将星類ジェネラル』『皇帝類カイゼル』と三つの階級がある。その内、下兵類と将星類については存在が確認されているし、討伐記録だってある。と言っても、将星類の公式討伐数はたったの七体しかないのだけど。

 しかし、最高階級の皇帝類に関してだけは、討伐記録どころか実在するという証拠すらない。どうやらドラゴン・フォレストの最奥に生息しているらしい――という噂がまことしやかに囁かれているだけで、存在を証明する根拠が未だに見つかっていないのだ。

 皇帝類の存在を示しているのは、絵本になるような伝説や御伽噺の中だけだ。当然それらの信憑性は薄く、実在する可能性は限りなく低いと見られていた。

「でもね」

 一転して、フリムが強い声を発した。気付けば彼女の双眸は眩しそうに細められていて、口元には笑みが刻まれている。

「それもあながち嘘じゃないかも――って今は思い始めてるわ」

 彼女の紫水晶の瞳が見つめているのは、やはり黒玄と白虎だ。むしろ、目が離せない、という風である。

「ど、どういうこと……?」

「アンタはクラフターじゃないからわかんないかもしれないけど――この二本、まだ【生きてる】のよね」

「え?」

 生きている? 黒玄と白虎が?

 僕の視線も、粉々になった漆黒の長巻と純白の脇差しへと吸い寄せられた。だけど、どう見たってそこに転がっているのは、刀身が砕けた長巻と鞘に収まった脇差しでしかない。

 生きているとか死んでいるとか、そういった状態を判別できる要素なんて全然わからなかった。

「……そ、そういうもの、なの……?」

「そうよ。ま、見ただけでわかるのはクラフターぐらいだと思うけど。素人が見てもわからないのは仕方ないわ。でも、これだけは断言してあげる。この二本はまだ武器として【生きてる】わよ。間違いなくね」

「……と、いうことは……?」

 上目遣いでフリムを見ると、彼女はようやくこちらを見返し、にゃは、と笑った。右手の親指をぐっと立てて、ウィンクする。

「ちゃんと直るわよ、黒玄も白虎も♪」

「……!」

 その言葉が聞きたかった。僕は思わず息を呑み、喜色を満面に出してしまう。

 僕の反応を見たフリムは満足げに頷き、次いでこんなことを語り出した。

「そもそもね、黒玄にしても白虎にしても、化け物みたいな武器なのよ」

 やれやれ、という感じで肩を竦めるフリムだけど、言葉の割にはどこか楽しそうな顔をしている。きっと、一介の武具作製士クラフターとして家宝の古代武具エンシェントアームズの修理が出来るのが嬉しいのだろう。何となく、それがわかった。

「お師匠から聞いた話によると、時代とともに使い手を変えて、その度にフォームチェンジを繰り返してきたっていうのよ? しかも、その時その時の持ち主に合わせてチューンナップして、形も特性も変えて。どんだけ内部マウント領域が広いのかって話よ。アレスお祖父ちゃんの代で今のノーマルモードになったらしいけど、その前の黒玄なんて武器どころか鎧だったらしいわよ? しかも全身鎧。なんか先代の使い手が格闘士ピュージリストだったから、それに合わせて白虎も――」

 フリムの蘊蓄が止まらない。心の底から楽しげにペラペラと、僕の知らない黒玄と白虎について語っている。

 こうなると長いのだ。

 そういう血筋なのかどうかはわからないが、僕にもこういった知識オタク的な気質がある。だからこそフリムの舌がよく動くのもわかるのだけど、かと言って後半になればなるほどよくわからない単語が飛び出してくる話を聞き続けるのは、これまた結構な苦痛だったりするわけで。

「え、えーと……つまり、どういうこと?」

 話が途切れた隙を狙って、そんな質問を挟み込んだ。

 趣味人が語っているときにこういう質問をぶつけると、これまでの内容を要約して伝えてくれることを、僕は経験から知っていた。

 ピタリと長口上が止まり、フリムが視線を天井に向ける。

「――つまり、こういうことよ」

 やおらフリムが立ち上がり、床に屈みこんだ。僕のそれとぶつかりそうな位置に膝を置き、目の前に正座する。長いツインテールの先がコルクマットの上でとぐろを巻き、アメジスト色の瞳と目線の高さが合ったかと思うと、彼女の手がこちらへ伸ばされた。

 フリムが僕の両手を握り、胸の高さまで持ち上げる。

 にっ、と自信に満ちた笑みが真っ正面から向けられた。

「修理どころか、黒玄も白虎も、どっちもアンタ専用にチューンナップしてあげる」

「――え?」

 一瞬、言葉の意味がわからなくて首を傾げてしまった。

 するとフリムが、「ったくアンタはもー」と堪えきれずに吹き出した。

「だーかーらー。アレスお祖父ちゃんのお下がりじゃなくて、【ハルト専用】の黒帝鋼玄と白帝銀虎を作ってあげる、って言ってんのよ。そ、一から百まで、アンタのためだけに作られたワンオフの武器をね?」

 まぁ勿論、色々と手続きとか時間が必要だけどね――と片目を瞑って言うフリムの声を、僕は意識の表層で聞き流していた。

 頭の中を占めるのは、一つの単語。

 専用武器。

 その響きの、なんと甘美なことか。

 なんと心躍ることか。

 僕だけの、僕専用の、僕のためだけの武器。

 しかも黒玄と白虎を基にした、オリジナル武器アームズ

 無論、師匠だった祖父の形見がその形状を失うのはちょっと残念ではあるけれど、でもそれ以上に、『自分専用の武器』という言葉にどうしてもワクワクしてしまう。期待で鼓動が高鳴り、今にも胸が弾け飛んでしまいそうになる。

 とはいえ、

「……で、できるの、そんなこと……!?」

 マリアお祖母ちゃんが作った武器をそのように作り変えてしまって大丈夫なのか――と、そう思って問いかけた僕に、フリムは笑って頷いた。

「安心しなさいよ。許可ならアタシがとってあげる。大丈夫、ちゃんと事情を話して、設計図を提出して――そこで問題がなけりゃ、きっとお師匠様も許してくれるわよ」

 自信満々で断言する彼女に、僕は喜びを抑えきれなくなった。思わず前のめりで何度も確認してしまう。

「ほ、ほんとに!? ほんとに、僕の専用武器が出来るの!?」

 握られた両手を押し出すようにして食い付く僕に、フリムは呆れたように苦笑する。

「だから、出来るって言ってるじゃない。アタシの才能ナメんじゃないわよ」

「……!」

 感激で全身が打ち震えた。

 エクスプローラーとして、否、一人の戦士として、自分の専用武器が持てることがどれだけ誇らしいか。

 かつて四本も、しかも全て古代武具を所有していた祖父に、僕がどれほど憧れたか。

 だけどついに僕も、夢にまで見た専用武器を持つことが出来るのだ。

 キラキラと輝いているだろう僕の顔を前にしたフリムは、それこそ出来の悪い弟を見る姉のように嘆息した。

「ま、正直、ここまで徹底的に壊れているなんて思ってもみなかったから、心底ビックリしたけどね……でも、こうなったらもっけの幸いよ。ただ元通りにするぐらいなら、アンタ用にチューンナップした方がよっぽどいいでしょ? アタシとしてもこれまで培ってきた技術の粋を見せられるし、アンタも専用武器が持てるし。WIN―WINってやつね」

「うん、うんっ!」

 僕の両手をぎゅっと握って自信に満ちた笑みを浮かべている幼馴染みに、力強く首を縦に振って同意を示す。

「――だからね、ハルト?」

「うん?」

 胸の高さまで持ち上げられた両手を包む力が、不意に強くなった。さっきまでは軽く握る感じだったのに、今では、ぎゅううううう、と雑巾でも絞るかのごとく強烈になってきている。

「あ、あれ……? あ、あの、フリム? ちょっと痛いんだけど……」

「痛くしているのよ? 逃げられないようにね?」

 にっこり、とフリムが完璧すぎるスマイルを見せ、小首を傾げた。

「……あ……」

 天使の振りをした悪魔みたいな笑顔から、赤黒いオーラが立ち上っていることに、僕はようやく気付いた。

 口角を吊り上げた唇から、うふふふ、とバンシーみたいな笑い声が漏れ出る。

「武器が直るって聞いて安心したでしょ? 専用武器を作ってもらえることになって嬉しかったでしょ? じゃあ――そういうことだから、そろそろ聞かせてもらおうかしらぁ?」

 見れば、コルクマットに先端を触れさせていたはずのツインテールが、いつの間か宙に浮いていた。怒髪天を衝くという言葉があるけれど、これもロゼさんに言わせれば〝勁〟が毛先まで浸透しているとかそういうことになるのだろうか。

 笑顔の仮面越しからでも伝わってくる怒りの炎の温度に、僕は全身の毛穴から冷や汗を垂れ流した。

「普通に使ってたらここまで壊れる武器なんてまず無いわよハルトぉ? しかも白虎に至っては〈如意伸刀〉モードのまま壊れてるみたいじゃない? ねぇ、アンタなにやったの? どんな使い方したの? お姉ちゃん怒らないから言ってみなさい? うん?」

 僕は腰を引きつつ、弱々しく首を横に振った。

「う、嘘だ……絶対嘘だ……も、もう怒ってるよね……?」

「何いってんの怒ってないわよどこ見てそう思ったのよいい加減にしないと怒るわよ」

「やっぱり怒っているじゃないかぁ――――――――ッ!?」

 悲鳴をあげて逃げようとしたけど、両手をしっかりホールドされてしまっていたため、全然振り解けなかった。

 こうして両手を取ったのは親愛の証ではなかったのだ。最初から僕を逃がすまいと、捕まえておくためにこうしたのだ。

 遺跡のそれよりも遥かに恐ろしい、幼馴染みの罠だった。

 にこやかな悪魔が抑揚の薄い口調で、マシンガンのごとく質問を繰り出す。

「お師匠様の作った黒帝鋼玄が粉々ってどういうこと? どんだけ硬さに特化した武器だったと思ってるの? つか、アンタ相当な無茶したわよね? あれだけアレスお祖父ちゃんもマリアお祖母ちゃんもアタシも、安全には気をつけなさいって口酸っぱく言ってたの覚えてないの? アンタどんな危ないことしたの? ねぇ? まさかアタシ達が心配するような真似してないわよね? どうなのよ? 聞こえてる? 早く話しなさいよどうしたのなんで黙ってるのハルトねぇ聞こえてるお姉ちゃんおこよおこ?」

「あ、ああ、ああああ……!」

 逃げられない僕に、フリムの顔が近付いてくる。どう見ても、ちゃんと落ち着いて話を聞いてもらえそうにない。何を言っても怒られる未来しか見えない。というか、僕自身どうしようもなく無茶なことをやってしまった自覚があるから、本当にどうしようもない。

 だから、せめてもの情けとして、これだけはお願いした。

「や、約束してくれる……?」

「何を? アタシに出来ることならいいけど?」

 笑顔を崩さないまま背中に断罪の刃を隠し持っているフリムに、僕は神様に乞い願う信者のごとくこう言った。

「お、お願いだから……最後まで黙って聞いてくれると、嬉しい、です……」





 幸いなことに、フリムは【一応は】、最後まで黙って話を聞いてくれた。

 黒帝鋼玄が砕けたルナティック・バベル第二〇〇層での戦い。

 白帝銀虎が壊れた竜人シグロスとの戦闘。

 どちらもネット上に映像があったので、それらを見せながら状況を説明した。

 フリムは僕がお願いした通り、ちゃんと話が終わるまで一切の口出しなく聞いてくれた。

 ただ、そのアメジストの瞳は、ずっと僕の顔を捉えて離さなかったけれど。

 胃に穴が空きそうなプレッシャーの中、そもそもヘラクレスのいるセキュリティルームに飛び込んでいった経緯や、シグロスがどんなに危険な奴だったのかを、僕なりに説明した。

 また、どちらの記録映像も最後の最後は僕の動きが速すぎて――フルエンハンスで一〇二四倍の速度で動いていたのだから当たり前だけど――よくわからなかったので、ここも口頭で解説をした。

 多重連〈フレイボム〉によって、〈プロテクション〉で強化していた黒玄がそれでもなお粉々に吹っ飛んでしまったこと。

 ただでさえモード〈如意伸刀〉を五〇〇倍以上の強化係数で振り回していた上、終いには武器そのものに〈ボルトステーク〉を叩き込み、さらには〈ズィースラッシュ〉と〈ドリルブレイク〉を重ね掛けしてしまったこと。

 改めて自分の口から話すだに、それは空恐ろしい所行だった。

 その間、ずっと僕の顔を見つめては、時に冷たい目を向け、時に眉根を寄せて怒りの炎を瞳に宿していたりしていたフリムは、話し終えた僕に向かってまずこう言った。

「……なるほどね。よくわかったわ」

 それから目を伏せ、はぁぁぁぁぁ、と深く大きな溜息を吐く。

 パッとフリムが両手を離し、ようやく僕の拘束が解かれた。けど、まだ安心は出来ない。まだ安堵するような時間ではないのだ。

「あ、あの、フリム……?」

「…………」

 その沈黙は噴火寸前の火山を思わせた。フリムは腕を組んで顎を引き、眉間に亀裂みたいな深い皺を刻んでいる。

「そ、その……ごめん……」

「…………」

「や、やりすぎだよね……よく考えたら、あんなに〈フレイボム〉を重ねる必要はなかったと思うし……それに、機構メカニズムが動いている状態の白虎に〈ボルトステーク〉とか……」

 黙り込んでいるフリムがあまりに怖いので、僕は逆に、自らの罪状を告解してしまう。

 正座したまま腕を組んでいるフリムは、目を閉じたまま微動だにしない。いつしか僕もかけるべき言葉を見失い、居心地の悪い気持ちで口を閉じてしまった。

 そんな沈黙状態が一ミニトは続いただろうか。

 不意にフリムが瞼を上げて、真っ直ぐな視線が僕を射貫いた。

「……女の子――〝小竜姫〟だったかしら? その子を助けようとして戦場に突っ込んでいったのはよし。それと、大勢の人を虐殺しようとする悪党をぶっ飛ばしたのもよし。その二点については褒めてあげるわ」

 低く押し殺した声で言うフリム。その口調から、多分、額面通り褒めているわけではなさそうだ、と予測する。

「一応、噂で耳にしちゃいたけど……アンタがなんで〝勇者ベオウルフ〟なんて大層な名前で呼ばれているのか、ようやく理解できたわ。確かに大したもんよ、アンタのやったことは」

「……ご、ごめん……」

 どう聞いても怒っている風にしか思えなかったので、僕は思わず謝ってしまう。

「どうして謝るのよ? アタシは褒めてるのよ? 黒玄と白虎についても、そういった事情なら仕方ないじゃない。武器の一本や二本で大勢の人を助けられたんなら、それはすごく良いことよ。だって、武器ってのはそういったことをするためにあるんだから」

「――あ……」

 フリムの言葉から、不意にマリアお祖母ちゃんの声が耳に蘇った。

 ――私の作る武具はね、人を助けるためにあるのよ。少なくとも、私はそう思って作っているわ。

 マリアお祖母ちゃんは何かにつけ、よくそんなことを言っていた。

 僕はいつの間にか俯かせていた顔を上げ、フリムを見返す。祖母の信念をしっかり受け継いでいる従姉妹の女の子は、唇を引き結び、何とも言えない微妙な表情で僕を見つめていた。

「だからね」

 フリムが組んでいた腕を解き、再び両手を僕の方へ伸ばした。

 やけに暖かい掌が、そっと僕の頬の両側に添えられる。

「アタシが怒ってんのはそっちじゃない」

 ぎゅうう、とフリムの両手が僕の顔を挟み込んだ。あんまり強くはないけど、そのせいで僕の唇は間抜けな形で突き出されてしまう。

「――なんでそんな危ないことしたの」

 心配そうに潤むアメジストの瞳が、真っ正面から僕を見ていた。眉間に皺を寄せ、少し尖った唇が彼女の不満を現している。

「正義漢も結構よ。英雄的行動も素晴らしいわ。でもね、それで死んじゃったら元も子もないのよ?」

 声が奥底の方でちょっと震えている気配を感じた。多分、泣きかけ。長い付き合いのせいで、そんな些細な変化からフリムの気持ちが否が応でもわかってしまう。

「武器だったら修理も出来るし、何だったら新しいのに交換することだって出来るわ。でも、アンタの体と命は世界に一つしかないのよ? 修理も交換も出来ないの。なのに――」

 そこでいったん言葉を切って、フリムは深く息を吐いた。手綱の弛みかけた感情を落ち着かせるような間を置いてから、続ける。

「――ゲートキーパーに一人で立ち向かうとか、体の半分が吹っ飛ぶような真似するとか、ヤバイ犯罪者と戦って殺されかけるとか……ほんっっっっっっっっとにっ、無茶も大概にしなさいよ……!」

 思いっきり溜めに溜めて言ったフリムの、頬を挟む力がわずかに強められる。怒った顔で――それこそ姉が弟に対してそうするように――、彼女は僕に説教した。

「わかってないみたいだから言ってあげる。この一年間、マリアお祖母ちゃんもアタシも、ちゃんとアンタのこと心配してたんだからね? 人助けもいいわよ。善行もいいわよ。……けど、もっと自分を大切にしなさいよ。アンタにだって、いなくなったら悲しむ人間はちゃんといるのよ? だから、無茶しすぎはダメ。絶対にダメ。いい? わかった?」

「は、はい……」

 有無を言わせない眼力に、思わず改まった返事をしてしまう。

 フリムが怒っているのは、武器を壊したことではなかった。

 否、思い返してみれば――ブロックリストの件は別にするとしても――最初からそうだったのかもしれない。彼女は黒玄と白虎を壊したことより、そんな事態を招くような危険な行動をとった僕に怒っていたのだ。

 エクスプローラーに危ないことはやめろ、というのは土台無理な話で矛盾しているのだけど、きっとそんなことは関係なくて。

 一歩間違えれば死んでいたかもしれないのよ――と、フリムは家族の一人として、僕の身を案じて怒ってくれているのだ。

 そう思うと、急に申し訳なくなってきた。

「……ごめん、なさい……」

 心からの謝罪が自然と出てきた。

 胸の奥が水を吸った布のように重い。何だか普通に怒られるよりも、気持ちが落ち込んでいる。怒鳴ったり罵倒されたり足で踏まれたりするよりも、今にも泣きそうな顔と声で叱られる方が、よっぽど胸に応えた。

「……ちなみに、今のは身内としての意見ね。でも、クラフターとしても一緒よ。アタシ達クラフターは、武具だったらいくらでも用意できるし、何度だって修理できる。でも、使い手は作れないの。武器と使い手、どっちが大事かって言ったら断然後者よ。だから、武器を壊すだけならともかく、アンタみたいに自分自身を犠牲にするような戦い方なんて言語道断だわ。お師匠様だって同じこと言うわよ。――これも、わかるわよね?」

「……うん。本当に、ごめんなさい……」

 もはや謝りの言葉しか出てこない。フリムの言い分は至極もっともだった。僕はもう申し訳なさで彼女の顔を見ることが出来ず、視線を下に向けてしまう。

「――――」

 考えれば考えるほど、フリムの言う通りだった。振り返ってみれば、思い当たる節が多々あった。ハヌもロゼさんも多分、同じことを思っていたに違いない。僕が無茶をする奴だと知っていたからこそ、ロゼさんは修行について提案し、ハヌもそれに賛同したのだろう。これ以上僕が無理をしないように、と。

 今更気付く自分に、深く落胆せざるを得なかった。

 俯いて落ち込む僕がよほどしょんぼりして見えたのか、

「……ま、わかりゃいいのよ、わかりゃ」

 ふん、と鼻息を漏らし、フリムが僕の顔から手を離した。よいしょ、と立ち上がって、再びベッドに腰を下ろす。

 ギシリ、と音がしたのを最後に、室内に静寂が訪れた。

「…………」

「…………」

 叱られて謝った後の、微妙に重たい空気が漂う。

 とっかかりのない雰囲気を変えたのは、やっぱりフリムからだった。何とも言えない雰囲気をかき混ぜるかのように、彼女は明るい声を出す。

「……ま、さっきも言ったけど、やったこと自体はえらいと思うわよ? きっとお祖母ちゃんも聞いたら喜ぶだろうし。アレスお祖父ちゃんだって、草葉の陰でガッツポーズとってるわよ、今頃」

 フリムが腕と足を組み直して、にゃは、と笑う。意味ありげな目でこっちを見て、

「しっかし、女の子の危機に飛び込んでいくとか、アンタも柄じゃないことしたわよね? なによ、その〝小竜姫〟って子、そんなに可愛いわけ?」

「なっ……!? ち、ちがべっ……!」

 いきなり変なことを言われて、驚いた僕は思いっきり噛んでしまった。わたわたと両手を振って否定する。

「違うよっ、あ、あの子は別にそういうんじゃ……! ……いや、可愛いことは可愛いんだけど……」

 後半は声を抑えてボソボソと呟く。

「え? なに? 聞こえなーい?」

 わざとらしく耳を傾けてくるフリムに、僕は顔に熱を覚えながら言い返した。

「う、ううううるさいなっ、別に何でもないよっ! ハ――小竜姫は僕の友達で、今じゃ同じパーティーの仲間だしっ。ロゼさんだって今じゃ仲間だからっ? べ、別にそんな下心があったわけじゃ――!」

「はいはい、わかってるわよ。冗談よ、冗談。アンタがそんな真似出来っこないヘタレだってことは、お姉ちゃんよぉぉぉぉく知っているから」

「うぐっ……」

 ひらひらと手を振りながら、プププ、と笑うフリムに僕はぐうの音も出ない。幼馴染み故に、あちらは僕の性格を熟知しているのだ。やりにくいことこの上ない。

「だ、大体、お姉ちゃんお姉ちゃんってさっきから言っているけど、僕とフリムは同い年だし、誕生日だって二日しか違わないじゃないかっ!」

「それが何よ? 一セカドでも先に生まれていたら、そっちの方が偉いに決まっているじゃない。頭大丈夫?」

「堂々と言い切ったね!?」

 久しぶりに見るフリムの独裁者っぷりに僕は目を剥くしかない。そうなのだ。多分、根っこの方では優しかったり情が篤かったりするのだろうけど、基本的には暴君なのだ、この従兄弟は。主に僕に対してのみ。

「それにしてもねぇ……まさかアンタが本当にエクスプローラーになって、しかも〝勇者ベオウルフ〟なんてご大層な二つ名をつけられるまで出世するなんてねぇ……あの泣き虫ハルトがねぇ……いやま、さっき映像も見せてもらっておいてなんなんだけど、未だに信じられないわ……アンタそんなに強かったっけ?」

 はー、と溜息を吐いて、意地悪な視線でフリムが僕を見る。しみじみと呟かれた『泣き虫ハルト』という名称に少々ダメージを喰らいながらも、僕はそっぽを向いて言い返す。

「そ、そんなこと言ったって、あれから一年も経ってるんだから、僕だってそれなりに成長してるよっ。い、いつまでも泣き虫じゃいられないだからさっ」

「ま、別にいいんだけどねー。さって、話も終わったし、そろそろ……」

 んー、と両手を組んで大きく伸びをするフリム。その姿から、用事も済んだしそろそろ帰ろうかしら的な気配を察し、僕も腰を浮かす。

「あ、もう帰る? だったら送っていくよ。どこのホテルとってるの?」

「え? そんなのとってないわよ?」

 キョトンとしたアメジスト色の瞳が、至極当然のごとく宣った。

「へっ?」

「ここに泊まっていくに決まってるじゃない」

「……えっ?」

「そろそろシャワーでも浴びようかなって。じゃ、お風呂借りるわねー」

 しれっと言い捨てて、フリムは立ち上がった。すい、と僕の前を通り過ぎて、浴室へ向かおうとする。

「え、ちょ、まっ――ぇえええええええええええええええっ!?」

「えー? 何よもー、文句あるわけ?」

 僕の大声にフリムが振り返り、片手を腰に当てて苛立たしげに眉根を寄せた。振り向いた拍子に長いツインテールがヒュンと僕の鼻先をかすめる。

「い、いやだって――あ、あるよ! 大ありだよ!?」

「なんでよ。アンタとアタシの仲じゃない」

「そ、それはそうだけど、でもここワンルームだし、ベッドだって一つしかないし――!」

「平気よ。別に気にしないし」

「僕が気にするんだよ!?」

「何言ってんのよ、昔はよく一緒に寝たじゃない」

「何年前の話!? だ、ダメだって! 今じゃ僕も君も大きくなってるんだから……! 大体、このベッドのサイズじゃ――」

 必死に言い募ろうとした僕に、フリムは、ははあ、といじめっ子の表情を浮かべた。にひ、と笑って、

「――ハルト、アンタまさか、お姉ちゃんのこと女として意識しちゃってたりするぅ?」

「うぇっ――!?」

 いきなり図星を指されて僕はギクリと固まってしまう。そんな僕にフリムはニヤニヤしながら近付いてきたかと思うと、いきなりヘッドロックをかけてきた。

「そりゃっ!」

「わっ!?」

 首をフリムの脇に挟まれて頭を押さえ込まれ、左頬に、むにゅう、となにやら柔らかくて暖かくて重量のある物体が押し付けられる。

 ――こ、これってもしかして……い、いや、か、考えちゃダメだ!

「うりうりどうしたのハルトぉ? もしかして、久しぶりに会ったお姉ちゃんが美人になっててビックリしたとか? それとも、ブロックリストに入れてたのは初恋のお姉ちゃんへの未練を断つためだったとか? うふふふ、いやーアンタもまだまだ可愛いところあるじゃなーい?」

「ち、違うしっ! そんなんじゃないしっ! 違うからっ! は、離してよ!」

「どうしたのー? 顔が赤いわよハルトー?」

 僕をからかって遊んでいるフリムが、じゃれつく猫のようにぐいぐい体を押し付けてくる。その度にスキンシップと呼ぶには過剰な接触が増え、嫌でも体のあちこちに彼女の体温を感じてしまう。

 ――というか、何だか左頬に当たっている部位だけでなく、昔に比べて色々なところが柔らかくなっているような気が……って、違う違う違う! なに考えてんだ僕!?

「は、離してっ! もう離してってばフリム!」

 あまり強く抵抗も出来ず、ジタバタと両手を振っていたら、いきなり耳元で囁かれた。

「――なんだったら、お姉ちゃんと一緒にお風呂入る?」

「なっ――」

 ぼっ、と顔が火をつけたみたいに熱くなった。同時に、カキンッ、と全身が凍りついたように停止してしまう。

 左耳のすぐ近くで、くす、と笑う気配。

「……冗談よ♪」

 とても楽しそうに笑ってヘッドロックを解除したフリムは、石化した僕を置いてスタスタと浴室へと向かった。歩きながら右のツインテールを結っていたリボンを外し、まとめていた長い髪を解く。

 左側のテールだけを残したフリムはその状態で振り返ると、さっきのリボンを口に咥え、にゃは、と笑った。

「アンタもすっかりエロガキね」

 紫の瞳からコケティッシュな視線を飛ばし、残りのリボンも解いて完全に髪を下ろしたフリムは、「じゃねー♪」と手を振って、そのまま浴室の扉を開けて中に消えていってしまった。

 パタン、と扉が閉められる。

 ヘッドロックをかけられた体勢で硬直していた僕は、そのまま間抜けに取り残されてしまう。

「――~っ……!」

 大きな羞恥の波は遅れてやって来た。全身を烈火のような感情が駆け巡り、声に出来ない衝動が胃の腑の底から迫り上がってくる。

 ――うっ……うわぁあああああああああああああああああっ!!

 こんな時でも近所迷惑を気にして叫べない自分が嫌だったけど、そのぶん心の中で悲鳴をあげまくった。地団太を踏みたいのを全身に力をこめてどうにか我慢する。

「――ッ!」

 だけど結局、いてもたってもいられなくなった僕は、どうしようもない衝動を少しでも発散しようと思って、手近にあったベッドへと体をダイブさせた。

 大の字でベッドに顔を埋めた瞬間、

「……!? わっ!」

 そこにまだ残っていたフリムの体温に気付き、慌てて飛び退いた。すると体勢を崩してしまい、そのまま頭から床へ転落してしまう。

 ごん、と後頭部を強く打って目の前に火花が散った。

「――あだっ!? い、てててて……」

 コルクマットを敷き詰めておいて本当に良かったと思う。これがフローリングだったらもっとダメージを喰らっていたところだ。あと、階下の住人から苦情が来ていたかもしれない。

 けど、今はそれどころではなく。

「――~ッッ!!」

 僕はコルクマットの上に寝転がったまま両手で顔を覆い、ジタバタと悶絶した。

 ――ああもう、何やっているんだ僕は……!!

 フリム相手にドギマギしてしまった挙句、今なお動揺している自分自身に、声無き悲鳴をあげ続ける僕なのであった。




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コメント

  • あ

    情けなさ過ぎ主人公

    0
  • 冬ニャンコ

    フリム可愛い

    2
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